今宵は咲夜の血をいただく。
ずいぶん久しぶりのことだ。
咲夜が用意してくれた紅茶に混ぜられた咲夜の血。
カップを口につけ、傾ける。
「…んっ」
さすが十六夜の血、エグみもなく透き通ったような味だ。
とてもおいしく感じる。
この娘の血で思い出した。
昔、月から来たという薬師が館に訪れた。
私は「薬は要らないから、瀟洒な従者を」と冗談半分で告げ、早々に帰したのだけど、この娘がその子なのだろうか。
それならば、この娘は、自然に生まれたように見えても、その存在は異形なもの。
自然に生まれるはずがないもの。
そう、人の業の為だけに作り出された飼い犬みたいに。
図書室にあった、めずらしくもない出所不明の一冊の本。
人間となりに、首輪をつけられた動物が一匹書かれていた絵があった。
それは、外界の人間は自分たちより下等というだけで、足を短くし、胴を長くし、
同族のみで掛け合わせ、寿命を短くしているそうだ。
そして愛玩するのだ。自らの手で運命を変えた生き物を。
自然の摂理なぞ知ったこっちゃない。
生物の運命を思うままに変えている。
外界人は味は悪くないが、そんな嗜好が嫌いだ。
私なら、その運命ありのままを愛す。
自分で変えた運命はそれなりに綺麗だが、変えられていない運命とは、それだけで強く美しいものだ。
無造作に打ち捨てられた四肢、乱雑に切りそろえられた髪、どこも捉えていない瞳、血と汗と汚れに汚れた服。
私が初めて見たのは、そんな姿の咲夜だった。
まるで傷を負った狼。
傷ついているのに、弱った気配は感じられない。むしろ、強さを増しているかのようだ。
そんな姿を見て、この娘を心から愛おしいと思った。
私の手を加えていない、強く美しい運命。
でも、もし薬師が寄越した子なら…
これは、自嘲かもしれない。
だけど、私もそんな人間どもと同罪なのかもしれない。
あの件の依頼者は私。
でも、この娘がそうでもそうでなくても、私は変わらない。
そう咲夜。わたしのかわいい咲夜。わたしだけの咲夜。
かわいいわ。とてもかわいいわ。すべてを食らわんばかりに。
カップを置いたとき、つい咲夜へ顔を向けたままにしていた。
そしたら、こんな言葉が返ってきた。
「どうしましたお嬢様?私の顔に何か付いていますか?」
顔に汚れを残すようなヘマをするあなたじゃない。
でも、そうね…。強いて言えば…
「疲れが張り付いているわ、咲夜。日々のお仕事、ごくろうさま」
「いえ、とんでもございません。すべてはお嬢様のためです」
上辺だけではない、心からの返答。
そんな咲夜のために、とても良いことを思いついた。
「そうね。咲夜、ちょっとこっちに来なさい。そう…もっと近くに寄って」
と、頬と頬が触れそうになるまで、身を屈めて近づく咲夜を私は抱きしめる。
子供を宥めようとする、母親のように。
「あっ…」
咲夜は少し驚いたようだが、かまわない。
そして耳元で静かに語りかける。
「お願い。あまり無理をしないで頂戴。
無理は頼んでるけど、無理を強要させてるつもりはないわ。
だから、少しぐらいの暇ぐらいはあげるわ。もちろんあの子たちにも。
だからといって、一度に全員とは、してあげられないけど…」
「はい…」
「だから、あなたはもう少しわがままでもいい。体を壊されたら一番困るのは私。心配するのも私。
だから、私のためにも無理をしないで、咲夜。あなたはちゃんと私に必要とされている。
それだけではあなたは不満かしら?」
「いえ…、私かお仕えできるのはお嬢様だけです。ほかの誰でもございません」
「そう。よかった。その言葉聞けただけで、私は幸せだわ。ありがとう」
「はい…」
心なしか咲夜は目を潤ませているようだ。
「お嬢様…できれば、もう少しこのままにしてくれませんか…」
思ってもみない咲夜からの言葉。
答えは一つしかない
「ええ…もちろんよ…ずっと、ずっと居ていいわよ…」
そう、あなたを愛していいのは私だけ。
いや、逆だ。
私はあなたを愛さなければいけない。
もし、あなたがここのメイドをやめて、人間の里にすむようになり、
だれか人間を好きになろうとも、わたしはあなたを愛さなければいけない。
それは人間や動物に見られる、母の慈愛に似ている。
いくら子が嫌おうとも、憎もうとも、母という存在は、無条件に子を愛さなければならない。
愛を与えない母は、すでに母とは呼べない。ただの他人だ。
その逆もまた然り。
愛を無条件に与えてくれる存在は、血のつながりがなくとも、母と呼べる。
ならば私と咲夜との関係なんだ?
主と従者。主人とその狗。王と僕。
外から見ればそうか見えるかもしれない。
だが、たったそれだけの関係なのだろうか。
私は、ただ主と従者ではないと思っている。
咲夜を保護した時から、ずっとそう思っていた。
咲夜はそう考えていないだろうが、私は、そうであってほしい関係…
――母と子。
「ねんねこねんね…」
これは人間の里に伝わる子守歌だそうだ。
ずいぶん久しぶりのことだ。
咲夜が用意してくれた紅茶に混ぜられた咲夜の血。
カップを口につけ、傾ける。
「…んっ」
さすが十六夜の血、エグみもなく透き通ったような味だ。
とてもおいしく感じる。
この娘の血で思い出した。
昔、月から来たという薬師が館に訪れた。
私は「薬は要らないから、瀟洒な従者を」と冗談半分で告げ、早々に帰したのだけど、この娘がその子なのだろうか。
それならば、この娘は、自然に生まれたように見えても、その存在は異形なもの。
自然に生まれるはずがないもの。
そう、人の業の為だけに作り出された飼い犬みたいに。
図書室にあった、めずらしくもない出所不明の一冊の本。
人間となりに、首輪をつけられた動物が一匹書かれていた絵があった。
それは、外界の人間は自分たちより下等というだけで、足を短くし、胴を長くし、
同族のみで掛け合わせ、寿命を短くしているそうだ。
そして愛玩するのだ。自らの手で運命を変えた生き物を。
自然の摂理なぞ知ったこっちゃない。
生物の運命を思うままに変えている。
外界人は味は悪くないが、そんな嗜好が嫌いだ。
私なら、その運命ありのままを愛す。
自分で変えた運命はそれなりに綺麗だが、変えられていない運命とは、それだけで強く美しいものだ。
無造作に打ち捨てられた四肢、乱雑に切りそろえられた髪、どこも捉えていない瞳、血と汗と汚れに汚れた服。
私が初めて見たのは、そんな姿の咲夜だった。
まるで傷を負った狼。
傷ついているのに、弱った気配は感じられない。むしろ、強さを増しているかのようだ。
そんな姿を見て、この娘を心から愛おしいと思った。
私の手を加えていない、強く美しい運命。
でも、もし薬師が寄越した子なら…
これは、自嘲かもしれない。
だけど、私もそんな人間どもと同罪なのかもしれない。
あの件の依頼者は私。
でも、この娘がそうでもそうでなくても、私は変わらない。
そう咲夜。わたしのかわいい咲夜。わたしだけの咲夜。
かわいいわ。とてもかわいいわ。すべてを食らわんばかりに。
カップを置いたとき、つい咲夜へ顔を向けたままにしていた。
そしたら、こんな言葉が返ってきた。
「どうしましたお嬢様?私の顔に何か付いていますか?」
顔に汚れを残すようなヘマをするあなたじゃない。
でも、そうね…。強いて言えば…
「疲れが張り付いているわ、咲夜。日々のお仕事、ごくろうさま」
「いえ、とんでもございません。すべてはお嬢様のためです」
上辺だけではない、心からの返答。
そんな咲夜のために、とても良いことを思いついた。
「そうね。咲夜、ちょっとこっちに来なさい。そう…もっと近くに寄って」
と、頬と頬が触れそうになるまで、身を屈めて近づく咲夜を私は抱きしめる。
子供を宥めようとする、母親のように。
「あっ…」
咲夜は少し驚いたようだが、かまわない。
そして耳元で静かに語りかける。
「お願い。あまり無理をしないで頂戴。
無理は頼んでるけど、無理を強要させてるつもりはないわ。
だから、少しぐらいの暇ぐらいはあげるわ。もちろんあの子たちにも。
だからといって、一度に全員とは、してあげられないけど…」
「はい…」
「だから、あなたはもう少しわがままでもいい。体を壊されたら一番困るのは私。心配するのも私。
だから、私のためにも無理をしないで、咲夜。あなたはちゃんと私に必要とされている。
それだけではあなたは不満かしら?」
「いえ…、私かお仕えできるのはお嬢様だけです。ほかの誰でもございません」
「そう。よかった。その言葉聞けただけで、私は幸せだわ。ありがとう」
「はい…」
心なしか咲夜は目を潤ませているようだ。
「お嬢様…できれば、もう少しこのままにしてくれませんか…」
思ってもみない咲夜からの言葉。
答えは一つしかない
「ええ…もちろんよ…ずっと、ずっと居ていいわよ…」
そう、あなたを愛していいのは私だけ。
いや、逆だ。
私はあなたを愛さなければいけない。
もし、あなたがここのメイドをやめて、人間の里にすむようになり、
だれか人間を好きになろうとも、わたしはあなたを愛さなければいけない。
それは人間や動物に見られる、母の慈愛に似ている。
いくら子が嫌おうとも、憎もうとも、母という存在は、無条件に子を愛さなければならない。
愛を与えない母は、すでに母とは呼べない。ただの他人だ。
その逆もまた然り。
愛を無条件に与えてくれる存在は、血のつながりがなくとも、母と呼べる。
ならば私と咲夜との関係なんだ?
主と従者。主人とその狗。王と僕。
外から見ればそうか見えるかもしれない。
だが、たったそれだけの関係なのだろうか。
私は、ただ主と従者ではないと思っている。
咲夜を保護した時から、ずっとそう思っていた。
咲夜はそう考えていないだろうが、私は、そうであってほしい関係…
――母と子。
「ねんねこねんね…」
これは人間の里に伝わる子守歌だそうだ。
主従とは違う愛。私がこの二人に一番求めているものです。
力強くはっきりと示されている、それが素敵だと思いました。
願わくば変わらぬ”愛”があることを切に望みます。
与える「愛」、与えられる「愛」 大切にしたいもんだ。