Coolier - 新生・東方創想話

強く儚いものたち

2005/07/17 23:50:47
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「おかえりなさい咲夜。首尾はどう?」
「えぇご要望のままに。遅くなってしまい申し訳ありません」

 ここは紅い悪魔の統べる館。

悪魔は革張のソファーに身を沈め、紅茶を片手に優雅に寛ぎ
従者はその装いに一糸の乱れもなく、丁寧に頭を下げている。
古風な洋館、差し込む月光、揺れる蝋燭の炎。
幼き姿ながらも威厳溢れる主。
硬質な印象を与えながらも、主に対する絶対の畏敬を示す従者。

それは一枚の絵画のように、完成された情景。
何一つ足す事も引く事もできない名画。

悪魔が目を細めて微笑む。

「いいえ、構わないわ。それよりもお茶を淹れ直してくれない? やはり貴方の味でないと物足りないわ」
「勿体無いお言葉です。では少々お待ちを……」

従者の姿が掻き消える。
埃も立てず、どころか空気すらも揺らさずに。

「お待たせ致しました」

 再び従者の姿が現れる。その手に持つ銀の盆には、シミ一つない白雪のような白磁のティーセット。ティーポットからは仄かに湯気が立ち昇り。盆に添えられた左手で危なげなく支えている。

従者は主の前にカップを並べ、ティーポットから紅い液体を注ぐ。その際、一切音は立てない。甘く、品のある薫りが室内に広がっていく。
悪魔はその芳醇な薫りに陶然として瞳を閉じた。

「さ、お嬢様。冷めないうちに」

 悪魔がカップに手を伸ばす。カップはすでに暖めてあり、熱い紅茶を注いで風味を殺す事のないよう配慮されている。このような細かい積み重ねが紅茶に格を与えるのだ。
厳選された葉、瀟洒な器、口にする者の格が、そのまま紅茶の格となる。
なればこそ、それを損なわずに捧げる事こそ従者の務め。

カップに口を付けた悪魔が、深い嘆息を洩らす。
満足げに笑みを浮かべ、陶然と瞳を閉じて。

「やっぱり……咲夜のじゃないと、ね」
「ありがとうございます」

従者の硬質な顔に柔らかな微笑が浮かぶ。主の悦びは従者の悦び。
それは従者としてだけではなく、十六夜咲夜としての悦びでもあった。


「ところで、例のものは?」
「はい、ロビーに置いております。こちらにお持ちした方が宜しかったでしょうか?」
「いえ、構わないわ。そうね……あの娘も待ち侘びているでしょう。今から運んで頂戴」
「はい。では失礼致します」

 そう言うと、またもや従者の姿が掻き消えた。
一人残された悪魔は、窓から差し込む月光を眺めながらカップを傾ける。
窓の外に広がる暗い世界。その中でただ一つ輝く蒼い月。
悪魔は月光の奏でるメロディーを聴きながら、鼻腔を擽る甘い薫りを楽しむ。

「これで、あの娘も喜んでくれるかしら?」

その顔に悪魔の名に相応しくない、優しげな微笑が浮かぶ。
だがその表情は一瞬。すぐにその微笑は翳りに覆われた。

「今更、あの娘のためになんて……虫が良すぎるわね……」

悪魔の呟きは誰に聞かれる事もない。
窓の外に広がる夜の闇に吸い込まれ、月は無言で佇んでいる。

紅茶に浮かぶその顔は、ひどく哀しそうに見えた。











「あ~咲夜ぁー、お帰り~」

 地下室に降り立った咲夜を、場違いな程に幼く無邪気な声が迎える。
緩いウェーブの掛かった金色の髪。子供らしいピンクのブラウスに、赤で揃えたベストとフレアスカート。大きな瞳に柔らかそうな頬、愛らしい
誰からも愛されるべく、神が造り上げた天使のようなその姿。
無邪気な笑顔はそれを見る者の頬をつい緩ませるだろう。

口元から覗く白い牙と、背中に生えた異形な七色の翼。
それを除けば、だ。

「ただいま戻りました。お待たせして申し訳ございません」
「ねーねーお土産は?」
「用意してありますよ。今お持ちしますね」

 咲夜が右手を挙げて合図をすると、館に仕えるメイド達が大きな袋を抱えて地下室に下りてくる。メイド達は咲夜の前にその袋を置き、仕えるべき主と、メイド長である咲夜に一礼すると無言のまま退室していった。

「ん~? これ何?」
「ええ、今開けますね」

 咲夜は袋の前にしゃがみ込むと、袋の口をきつく結んだ紐を手に取った。
人一人入れるくらい大きな麻袋。数人で抱えてきたところを見るとそれなりに重量があると思われる。もぞもぞと動いているところを見ると、中身は生き物か何かだろうか。
咲夜は固く結ばれた紐を、ゆっくりと丁寧に解いていく。
焦らすように、期待させるかのように。

そしてついに―――袋の口が開かれた。

「ぶはっ! 何、何なのよ一体! ここ何処? 何で私が縛られてるわけ?」

 袋の口から、縄で縛られた一人の少女が転がり出る。
赤いリボンをあしらった銀色の長い髪。ラフな、その身体には少し大きめのブラウスにゆったりとしたズボン。全身を炎封じの魔力を込めた荒縄で簀巻きにされ、まだ幼ささえ残る大きな瞳に抗議の色を浮かべ、目の前の二人を睨みつける。

「ちょっとアンタ、どういうつもりよ! いきなり夜道で殴られて、気が付いたら蓑虫状態になってるし! あ、輝夜の差し金ね。アイツ、次から次に手の込んだ嫌がらせを……とにかくこの縄を解きなさいっ!」

「咲夜ぁー これ何?」
「人間ですよ、一応。叩いても引っ張っても壊れない頑丈な一品です」
「ふーん、人間って魔理沙や霊夢だけじゃなかったんだ……人間って色んな形してるのね」
「あの、お嬢様……私も一応人間なのですが……」
「え、咲夜はメイドでしょ? 違うの?」
「いや、まぁ、そうなんですけど……」

「人の話を聞け。お前ら」

縛られ転がされ、挙句に放置プレイをかまされた少女が、再び抗議の声を上げる。

「もう一度聞くわ。どういうつもり?」

縛られた少女は、殺気すら篭った燃える瞳で問い掛ける。炎封じの荒縄さえ無ければ本当に全身を怒りの炎で包んでいただろう。

だけど、流石は紅魔館が誇る鬼のメイド長。
その視線に怯む事なく優雅に微笑んだ。

「いきなり殴ったのは謝るわ。でも、こうでもしないと貴方も人の話聞きそうにないし」
「……まぁいいや。で、何のために私を攫ったわけ?」
「お嬢様の遊び相手になって貰おうと思って」
「? その餓鬼の―――」

カッ!

いきなり少女の鼻先に銀のナイフが突き立てられた。床に突き立てられた刃に、少女の丸く見開いた瞳が反射している。それは正にいきなり出現したとしか思えぬ程に突然の出来事。残像すらも視認出来ない。

「口の利き方に気を付けなさい」
「……そのお嬢ちゃんのお相手をしろっての? 何で私が!」

縛られた少女は僅かに怯えを含んだ声で、それでも精一杯虚勢を張って問い掛ける。
術も使えず全身を縄で拘束されている以上、大人しく相手に従うしかない。
だがそれでも目と声からは、決して消せない『誇り』という名の炎が燃えていた。

「この人間が私と遊んでくれるの? ホント?」
「えぇ、本当ですともお嬢様」
「でも、大丈夫? すぐに壊れたりしない?」
「レミリアお嬢様のお墨付きです。思いっきり叩いても引っ張っても壊れませんよ」
「え、思いっきりやってもいいの? 魔理沙や霊夢にも手加減しろってお姉様にも叱られたのに」
「大丈夫ですよ。思いっきりやっちゃって下さい」

「人の話を聞いて下さい。お願いだから」

縛られた少女は海亀のような涙を流して懇願する。哀れだ。

「まぁ、そんな訳で貴方にはお嬢様の遊び相手になって欲しいのよ」
「その餓―――お嬢ちゃんの? まぁ、別に良いけど……それよりいい加減この縄を解いてくれない? こんなんじゃにらめっこくらいしか出来ないわよ」

「あぁ、もう解いているわ」
「へ?」

 少女を拘束していた荒縄がぽたり、ぽたりと細切れにされ地に落ちる。その鋭利すぎる切断面は、合わせるとまた一本の縄に戻りそうな程だった。
少女は立ち上がり、硬直した身体を回して解す。肩を回すとゴキゴキと関節が鳴る。
全身に縄で付けられた跡が青痣のように残っていたが、瞬く間に白く傷一つない肌へと戻っていく。

「あー痛かった。ったく、女の子の扱いはもう少し考えなさい」
「次からはシルクの荒縄を使うわ」
「縛るな。変態」

「では、お嬢様。私はこれで失礼させて頂きます」
「? 咲夜、行っちゃうの?」
「主の楽しみを邪魔するほど無粋ではありませんので」
「ん~? まぁいいや。それじゃまた後でね」
「存分にお楽しみ下さいませ。それでは失礼致します」

頭を下げると同時に咲夜の姿が掻き消える。
やはり埃も舞わず、空気すらも揺らさずに。


「はぁ―――全く、何考えてんだか。で、何して遊ぼうっての、お嬢ちゃん?」
「ん? じゃあ鬼ごっこ」
「餓鬼じゃあるまいし」
「じゃ、かくれんぼ」
「こんな広いだけの地下室で何処に隠れるんだよ」
「それじゃあ……弾幕ごっこ」

白銀の長い髪の少女がニタリと笑う。

「……あぁ、そうだろう。そうだろうともよ。そんな事だと思っていたさ。だけどいいのかい? 私は子供相手だって手加減しないよ」

金色の短い髪の少女もニコリと笑う。

「勿論よ。遊びは本気だから面白いんだから」

「私の名前は藤原妹紅。短い付き合いだろうが宜しくな」
「私の名前はフランドール・スカーレット。末永く宜しくね」

「では」「そうね」


「「遊ぼうか!」」


 フランの右手が上がる。紅い魔力の礫を無数に生み出し扇状に展開。様子見の為の牽制。しかしその一粒でも掠めれば人間の肉体など簡単に消し飛ぶ。牽制と呼ぶには余りある破壊。放たれた礫が地面を壁を天井を穿ち続けていく。
妹紅は回り込むように地を駆けながら、豪雨のように降り注ぐ紅い破壊を避わしながら、懐から取り出した符を翳す。

「はん! そんな適当な狙いで当たるかっ!」

翳した符は『凱風快晴』
妹紅が符を地面に叩き付けると、地面から赤く燃えるマグマが噴き上げ、荒く猛る火砕流のようにフランの小さな身体を飲み込まんと襲い掛かった。

「うわ!」

フランは慌てて翼を広げ宙に避ける。足元を怒涛の勢いで駆け抜ける煮え滾ったマグマ。瞬間的に加熱された空気中の水分が水蒸気爆発を巻き起こし、閉ざされた地下室は灼熱の地獄と化した。

「ほら、驚いてる暇はないよっ!」

妹紅が取り出した赤、青の二色の符。放り投げられたそれらは、一枚が二枚、二枚が四枚、四枚が八枚と累乗的に数を増し、中空のフランを包み込むように襲い掛かる。

「うわ! うわわ!」

もはや数え切れぬ程の符の嵐。踊るように、舞うように、咲き乱れる二色の符。赤と青は互いに混じり合い紫へと変貌を遂げる。
それはまるで意思を持つかの如くフランを目指して突き進む。
フランは両手を翳し迫り来る符を撃ち落した隙間に身体を滑り込ませていくが、余りにも符の数が多過ぎる。前に進もうと符の壁に穴を開けても左右から雪崩れ込む符がその隙間を埋めてしまう。徐々に後ろに下がるうちにフランは壁際まで追い込まれていった。

「しまっ―――!」

気付いた時には遅すぎた。右に避わそうとしたところで壁に肩をぶつける。痛みにフランの顔が歪んだ瞬間、無数に踊り狂う色鮮やかな符がその身体に殺到した。
立て続けに沸き上がる炸裂音。舞い上がる爆煙。稲妻のような閃光。
放たれた全ての符が一点に集い地下室の壁に大穴を穿つ。小さな少女の肉体など欠片も残るまい。

「やった? ―――うぉっ!」

妹紅の鼻先を光条が薙ぐ。未だ白く煙る大穴からではなく横合いから放たれた光に、すわ伏兵かと目を向けると、そこには―――傷一つないフランが立っていた。

「中々やってくれるじゃない? 今のはちょっと……驚いたわ」
「やったと思ったんだけどな……いつの間に?」
「最初から、よ」

フランの背後に二つの影。
それは全て同じ色と形をしていた。
背後の瓦礫の山からもう一人のフランが立ち上がる。

「四人掛かり……か。ちょっとズルくない?」
「あら私は一人よ。目の錯覚じゃない?」

四人のフランのそれぞれの右手に、紅、蒼、翠、橙の輝きが生み出される。

「さ、続けよ? まだまだ楽しませてくれるんでしょ?」
「……上等!!」

 正面のフラン目掛け妹紅が駆ける。
四人のフランが色鮮やかな弾幕を爪弾く。赤が蒼を覆い、蒼が翠に重なり、翠が橙に染まる。重なりあう四重奏。時折混じる不協和音すらも単調さを崩すフェイクとなり妹紅を押し潰そうと迫る。

妹紅は地を蹴り、壁を蹴り、天井を走りながら弾幕を避わす。符を翳し、受け止め、弾き返しながら徐々に間合いを詰めていく。

妹紅は進む。前へ前へ前へ!

だが、体術のみで押し寄せる光彩の渦を避わしきれる筈も無く。

妹紅の身体は、色鮮やかな粒子の海に飲み込まれた―――





「あれ、もう終わり?」

 フランは、倒れ伏し動かなくなった妹紅へと足を向ける。妹紅の身体からはぶすぶすと煙が吹き上げており、焼けた肉の臭いがフランの鼻腔を擽った。
返事は無い。返事の代わりに赤い血が地下室の床を染めていく。

「つまんない、つまんないつまんないつまんないっ! 何よ、咲夜の嘘つき! 簡単に壊れたりしないって言ったのに、もう動かなくなっちゃったじゃない。こんなんじゃ全然面白くない!」

怒りに震えた声が地下室に響く。だが、その叫びは誰にも届かない。
反響する響きが自らに返った時、フランはその空しさに俯いた。

「せっかく思いっきり遊べると思ったのに……最近誰も遊んでくれなくなっちゃったし……私、私……」

その目から大粒の涙が零れる。
その真珠のような涙は誰にも価値を認められないまま、地下室の床に吸い込まれて消えていく。

「誰も、誰もいなくなっちゃう……私は遊びたいだけなのに……何でみんないなくなっちゃうのよぅ……」

嗚咽が閉じられた地下室に響き渡る。無垢なる幼子の悲哀。その涙を止める者は誰も……

「……泣いてんじゃねーよ。クソ餓鬼」
「え?」

 目を見開いた妹紅が、フランの足首を摑んでいた。

「……餓鬼の泣き声は嫌いなんだよ。気が滅入る。おちおち死んでもいられやしない」
「え、え?」

妹紅はフランの身体を杖代わりにずるずると身体を引き起こす。

「自分で殺しておいて何でも糞もないだろ? ちっとは加減ってものを覚えやがれ」

立ち上がった妹紅は血塗れの顔に笑顔を浮かべる。フランの肩に乗せた両手を回し、そっとフランの幼い身体を抱き締める。

「遊びたいんだろ? じゃあ相手に合わせる事もしなきゃ駄目だ。そうしなきゃ……いつまで経っても一人ぼっちだよ……それで良いのかい?」

妹紅はフランの身体を抱く腕に力を込める。
フランはその抱擁に身を任せたまま……首を横に振った。

「……判ってくれたらいいよ。じゃあ私から、もう一つ言葉を贈ろう」

妹紅はフランを抱き締めたまま、
フランは妹紅に抱き締められたまま、

無言の時が過ぎて――――
























「――――くたばれ」


 轟という爆音と共に、妹紅の身体から噴き上げる転生の炎が、抱き合ったままの二人を包み込む。
密閉された室内で燃え上がる炎が、瞬間的に膨張した空気が、凄まじい爆炎と化し、壁を、天井を、地下室を、館すらも突き破る。噴き上げる獄炎はまるで火山の噴火のように、冥い夜を赤く染めた。
白い煙が月まで届けと立ち昇る。
炎は尚も勢いを増し、爆炎と轟音が拙いダンスを踊っている。

激しい灼熱の舞踏、それは生命の躍動そのもの。



 満天の星が広がる夜空。濃密な夜の大気。半壊した館を蒼い月が無言で照らしている。
爆炎は収まったものの、白い灰が粉雪のように舞い、赤い火の粉と混じりあい、赤白の幻想的な光景を惜しげもなく晒している。

「きゃははははははは!! 面白い! 今のゾクゾクするくらい面白い! 遊ぼ、もっと遊ぼ、もっともっともっともっと―――――!」

瓦礫の中から立ち上がったフランの狂笑が夜の中に響く。

「……嘘だろ? 何で、今ので生きてんの?」

空に掛かる三日月を背に、妹紅の呆れたような呟きが零れる。
フランの虹を思わせる七色の翼が輝きを増す。
その瞳は紅く染まり、額から流れ出る血を拭いもしないで。

「今度は私の番だね――――いくよ!」

 いつの間にかフランの手に握られたリバースハートをあしらった杖。天に翳したその杖が禍々しい赤光を放つ。
赤光は燃え盛る炎と化し、その勢いは――――止まらない。止められない!
轟々と、爛々と、噴き上げる炎は天空に至る。
それは伝説の世界を両断した剣。最上位の天使が持つ断罪の刃。
神剣『レーヴァテイン』

「ちぃ! この私に炎を向けるなんてね……舐めんじゃないよ、このクソ餓鬼がぁぁあああああっ!!!」

 妹紅が懐から取り出した十枚の符。
裂帛の気合と共に放られた符が、燃えて、踊って、回り出す。
回る炎が妹紅の身体を包み――――灼熱の翼と化した。
噴き上げる炎は尚も勢いを増し、空を、大気を、月を焼き焦がす。
其れは伝説の不死の鳥。炎の中で何度でも蘇る神獣の翼。
火の鳥『鳳翼天翔』



地上から天空に振り下ろされる炎の剣。
天空から地上へと噴き上げる炎の翼。


激突する二つの炎。

その超新星のような輝きが、世界を赤く白く包み込んだ。











「終わったみたいね」
「そのようですね」

 館は半壊したものの、この部屋だけは全く無傷。カップ一つ割れてはいない。
悪魔は相変わらずソファーに腰を下ろしたまま、優雅にカップを傾ける。

「館……壊れてしまいましたね」
「そうね。まぁ元通りになるのなら別に構わないわ」
「誰が直すんでしょうね」
「明日から大変ね。咲夜」

従者から深い嘆息が漏れる。実際の作業は他に任せるにしても、現場監督は咲夜にしか出来まい。

「それにしても……何故こんな事を?」

 悪魔はカップをより深く傾け―――紅茶を全て飲み干した。

「咲夜……貴方は人間よね」
「ええ、一応」
「霊夢や魔理沙も人間よね」
「多分……おそらく……きっと……」

「人間の寿命は短い。私やあの娘にとっては瞬きするだけの僅かな時間。いずれ誰もいなくなるわ……そして、いつかは私も……」
「まさか、私共はともかくお嬢様が消えるなど……」

「消えるわ―――あの娘に殺されて、ね」

 従者は言葉を失う。

「これが私の見た運命、変えられない時の流れ、そして私もそれを受け入れるわ」

 悪魔は何も映さない瞳で宙を見る。まるでそこに自らの見た運命を映し出すかのように。

「だけど、私達が誰もいなくなった後、あの娘はどうなるのかしら? 私が見えるのは私の運命の終着点まで。それ以降は私には解らない」

 悪魔は言葉を紡ぐ。慎重に言葉を選びながら、自らの想いを言の葉にのせる。

「だから……あの娘に繋がる縁を少しでも増やしておきたい。あの娘が寂しくないように、あの娘が笑っていられるように―――」

悪魔が微笑む。その笑顔はとても優しく、哀しく、そして儚かった。

従者は姿勢を正し、自らが仕える主に向かい合う。

「私は貴方の下僕です。貴方の運命に従います―――この命、果てるまで」

「……ありがとう、咲夜」

レミリア・スカーレットと、十六夜 咲夜は、揃って窓の外を見る。
蒼い月の奏でる優しい夜想曲が、静かに二人の影を包み込む。

二人は黙って、この夜の行く末を見守った。






















「おい、生きてるか?」
「ん~多分」

 妹紅とフランは揃って館を囲む湖のほとりで、大の字に転がっていた。
二人とも服はぼろぼろ、身体のあちこちから煙をぶすぶすと漂わせている。

「動けるか?」
「無理」

二人は寝転がったまま、全身で蒼い月の光を浴びている。
こんな静かな夜。月光浴も悪くない。

「とりあえず……私の勝ちだろ?」
「違う、私の勝ち」
「何でだよ、私の鳳凰の方が先に当たったろ?」
「その後、私に斬られたじゃない。あれはどうみても私の勝ちよ」

しばらく喧々囂々と言い争う。夜の風情も何もあったもんじゃない。

「ったく、この意地っ張りが」
「そっちこそ、子供みたい」

寝っ転がって身体も動かない癖に、二人はしばし睨み合う。

「ぷっ……」
「くっ……」

「「ぷははははははは――――!!」」

静かな夜に二人の笑い声が木霊する。

二人は腹を抱えて笑いあう。時折、顔が歪むのは傷の痛みか、腹筋が痛いのか。
邪気のない、無垢なる子供たちの笑い声。

空に掛かる三日月も、笑っているように見えた。





「さて、とりあえず帰るわ」

妹紅は立ち上がりズボンに付いた土をぽんぽんと払う。

「もう行っちゃうの?」
「馬鹿。もうすぐ日が昇るぞ。太陽はヤバイんだろ? お前」
「ん~そうなんだけど……」

フランはしゃがみこんで胡坐をかいたまま俯く。
妹紅はやれやれと肩を竦め、フランの頭に右手を乗せると、わしゃわしゃと乱暴に頭を撫でる。

「わぷ。な、何するのよ!」
「湿気た顔してんじゃない」

妹紅はフランの頬に両手を沿え、無理矢理顔を上げさせる。

「また来るからさ。餓鬼は笑ってろ」
「ホント?」
「ホントだ」

フランの顔に輝くような笑顔が戻る。



「―――うん! 待ってるから!」








絶対なる破壊と無限の生命、
壊すものと壊れないもの、
相反する二つに宿るは無垢なる魂。

この強く儚いものたちに



――幸あれ。



 






                     ~終~

こんにちは、床間たろひです。

タイトルは、私の一番好きなアーティストから頂きました。(復帰しないかなぁ)

ご意見、ご感想お待ちしております。

*修正

誤字と内容の一部を修正しました。
床間たろひ
[email protected]
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コメント



0.1880簡易評価
21.20匿名削除
これはこれは気風のいい妹紅さん。
死不と全壊のこの二人が出会えばどうなるのか。
創想話でも幾度か見られた組み合わせですが、色々と妄想が出来ますね。
ちょっと始まりが急な気もしましたが、そこは姐さんの威勢の良さに流して。
24.無評価床間たろひ削除
ご感想ありがとうございました。
妹紅を勇ましくさせ過ぎましたが、気に入って頂けて嬉しいです。
>死不と全壊
良いなぁ。この言葉のセンス。俺も欲しい。
死不の師父。全開で全壊、事が終わればすぐ全快。
むー -30点
27.80名前が無い程度の能力削除
男らしい妹紅も良いですね。おもしろかったです。