「あぁ、今日もいい天気ね、まさに夏真っ盛り!だわ」
「……はぁ。まったく、そのとおりね。こう太陽が煌々と照っているなんて、しんどくってしょうがないわ」
「あらあら、ルナはサニーと違って元気が無いわね。やっぱり暑いからかしら」
「違うわ。夏って夜が短いでしょう。力を補給する間も無く朝が来て太陽が昇るのよ。元気になりきれないっていうかね、そんなの」
「何言ってるのよ、ルナはいつも元気無さそうに振舞っているじゃない」
「無駄なことを喋らないだけよ。いつでも無駄におしゃべりなサニーとは違うもの」
「ふふふ、そんなに剣呑にならなくってもいいじゃない」
幻想郷にも夏が来た。
今日も今日とて、悪戯好きの妖精たちは活動を開始する。
だがしかし、やはり妖精にも個人差があるもので、元気なものもいればそうでないものもいるようである。夏は太陽の季節と言ってもいい。それゆえ、太陽の光を力の源とする妖精、サニーミルクは正に絶好調であった。先の、梅雨時の不調を覆す勢いである。
逆に、月の光を糧とするルナチャイルドは、どうも不調なようである。彼女が一番調子が良くなるのは秋、人間達が十五夜とかなんとか、月を眺めて楽しむ季節である。先ほど彼女が自分で言ったとおり、夏は夜が短く、つまるところ月の昇る時間が短い。そんなわけで、ルナチャイルドは不調なわけである。言ってみれば、睡眠不足の人間みたいなものだろうか。
ちなみにもう一人、二人に連れ添っている妖精、スターサファイアは天候などには全く関わらない能力の持ち主であるため、全くいつもと変わらない。まぁ、変わったことのあるスターサファイアを二人は見たことがないため、どこか変化しているかもしれないが、まぁそれは瑣末事である。
「で? 今日は何をするのよ。あまり私出張りたくないんだけど」
「全く……ルナは腑抜けねぇ。そうね、何しようかしらね」
「考えてないのね。ま、いつものことかしら」
「まぁ、とりあえず神社に行きましょうか。悪戯も、人がいなければ出来ないでしょ?」
「そうね。行きましょう」
三人は博麗神社に向かって出発する。
そうやって飛んでいく道のりに、黄色い空間があった。
緑の広がる草原の中に有るそれは、ひどく目立つのだが、違和感を感じさせない。
「あれ、何かしら?」
「そんなことも知らないの、ルナ。あれは向日葵っていう花よ」
「いや、それくらいは知っているわ。なんであんなに沢山咲いているのかしら、ってことよ」
「あら? ルナは知らなかったのかしら、あそこは向日葵畑として結構前から夏には群生しているわよ。里からは遠いから、普通の人間はまず寄り付かないのだけれど」
「ふぅん……」
「あ。 ……いいことを思いついたわっ」
「あらあら、サニー。悪戯でも思いついたのかしら?」
「そうよ。ちょっとあそこに寄るわよ」
そうしてサニーが指を指したのは件の向日葵畑。他の二人は何をしたいのかがわからなくてうん?と首を傾げる。
「何をするの?」
「ふふふっ、夏は太陽の季節。そして向日葵は太陽の花。神社を、太陽で一杯にしてあげるわ!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「あー暑いぜ。こんな日は人ん家で涼むに限るぜー」
「そういうことを、ここで言うんじゃない。放り出すわよ」
博麗神社。相変わらず、黒い魔法使いである霧雨魔理沙が訪れていた。
団扇をぱたぱたさせつつ、やる気も無さそうに巫女である博麗霊夢が言う。本来、いつもの……というより、過ごしやすい季節には、昼下がりのこの時間は境内の掃除をしているのだが、桜の花びらも、紅葉の落ち葉もないこの季節は、ただ落ちてくるのは太陽の熱光線のみ。暑いなかで掃除をしようとするほど彼女は勤勉ではなく、屋内でだらだらしているのもまぁ、自然の摂理ではあった。
「霊夢―なんか無いのか、涼しくなるような便利アイテム」
「そんなの、アンタの家じゃあるまいし、無いわよ。あ、でもそろそろアレは良い頃合かもしれないわね」
「アレ? アレって何だ」
「ま、持ってくるから待ってなさい」
すたすたと奥のほうに引っ込む霊夢。
魔理沙は縁側でだれながら、庭を眺めていた。なんにも変わりない。というか、ちょっと先の風景がゆらゆら揺れているような気がする。つまりそれくらい暑い、ということだ。
「暑いぜー」
一言漏らす。なんかまた暑くなったような気がする。前に暑い暑い言っていると、さらに暑くなるよ?と言われたことがあるが、悔しいことにそれは真実なのかもしれない、と魔理沙がそこまで考えたとき、ぺたぺたと足音が聞こえた。
「ほら、持ってきたわよ」
霊夢の持っているのはお盆……と、それに乗っている、西瓜の切ったものだった。
「お、西瓜か。なるほどな、暑い夏はコレに限るってことか」
「そうそう。今朝がたに井戸につけておいたのよ。いい具合に冷えてたわ」
「しゃくしゃくもぐもぐ、うん、いい具合に冷えてるね。満点あげるよ霊夢」
二人が手をつけないうちに、もう一方から声が聞こえる。そちらを振り向くと、そこには一人の少女がいた。頭に聳え立つ二本の角と、腰に下げた瓢箪。伊吹萃香であった。
「てめ、萃香。いきなり現れて食いやがって、私の取り分が減るだろっ!」
「あー? そんなん知らないよ。美味しそうだったから食べた。それだけだよ。大体、これのどれだけがアンタのだって決まったわけじゃないだろ?」
「決まってたんだよ、私の中で」
「そんなの知るか」
「あんたら、喧嘩もいいけど早く食べないと私が全部食べちゃうわよ?」
その霊夢の一言に、一触即発の空気を撒き散らしていた二人はぴたりと動きを止め、またお盆の上の西瓜に手を伸ばした。食べ物の力は偉大である。
しばしの間、庭を眺めつつ、しゃくしゃくと西瓜を咀嚼していた三人であるが(まぁ一人ほど、西瓜の種をどこまで遠く飛ばせるか、なる議題に挑戦していたが)、残りが少なくなり、真上にあった太陽がほんの少し傾いた頃合に、ふと魔理沙が呟いた。
「しかしあれだな、こうして見ると……共食いだよな」
「はぁ? 何言ってんのアンタ」
「や、だって萃香が西瓜食ってるんだぜ?」
「あ、なるほどね。確かにそれは共食いだわね。音が同じだもの」
「……ほっほぅ。つまりアレだ、黒いの。私に喧嘩売ってるな?」
萃香がこぶしを握り締める。笑顔ではあるものの、その顔は引きつっていた。実はそうとう頭にきているものと思われる。
その様子を見て、魔理沙はにやりと口元を歪めた。
「は。別にそんなつもりは無かったんだがな。買うって言うなら、売ってやるぜ?」
「……上等。表に出やがれ」
二人は連れ立って歩き出す。何故ここでおっぱじめないかというと、ここは狭い上に周りに与える被害が多すぎるためである。というより、何故か神社で行われる決闘は境内で、という暗黙の了解があった。
「二人ともー。あんまりモノを壊さないでよねー」
霊夢はそう声をかけてから、二人の残した西瓜の皮を片付けはじめる。
あの二人はどうも犬猿の仲らしく、会うたび話すたびにこうやって喧嘩をしだす。近親憎悪、ってやつなのかもねぇ、と霊夢は思う。喧しいところとか、結構似てるものね。
「おおおおっ!?」
霊夢が片付けを大体終えて、あとはお盆を片付けるだけだな、と立ち上がったところで表から声が聞こえた。魔理沙と萃香が声を揃えるなんてまた珍しい、と思いながら、取りあえずお盆を台所の流しに置いて境内に出る。
「どうしたのよ…って、これはまた、すごいわね」
境内に出た霊夢を迎えたものは、一面に咲き誇る向日葵の花だった。
それはもう、乱立、という言葉が当てはまるほど辺り一面支配されていた。鳥居すら見えないほど、向日葵の園と化していたのだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
「あははははっ、見た見た? あの黒いのの顔?」
「それに、あの子鬼の声も良かったわね」
「さすがに霊夢は驚かないのね。今日はもしかしたら、っておもったんだけど」
神社の上、三人の妖精たちは自分達の成果に大満足だった。まあ、今回は全部サニーがしたことであるが。
「でも向日葵の虚像を作るなんて、良く思いついたわね」
「ふふふ、そうでしょ? さすがにね、あれ全部運ぶのはきついでしょ? 何本かあれば虚像を映し出すには充分だもの」
そうである。今回三人がしたことは、さっきの向日葵畑から何本かの向日葵をとってきて、サニーの能力である光の屈折を操る力で虚像を何本も作り出し、境内に映し出したというものである。普通の視点では、何本もの向日葵が突然境内に現れたようにしか見えないのだ。
しかし、これにはタイミングが必要だった。境内にいて、いきなり沢山の向日葵が出るというのも確かに驚くだろうが、ふと見た境内がいきなり向日葵の園になっているほうが驚きの度合いは強いだろう。神社にいる人間の目が、境内から離れている瞬間を狙わなければいけない、ということで結構シビアかと思ったのだが……。
「けど人間ってだらしないわね。この程度の暑さでまいっているなんて」
「いやいや、この程度って。平気なのはサニーくらいだと思うわ」
「いいじゃない。だらしないお陰で成功したんだから」
「でもさ……」
「ん? どうしたのルナ?」
「これ、いつ消すの?」
「あ」
そういえば。例え虚像だとしても、普通の視点なら本物と寸分たがわず見えているのだ。いきなり大量の向日葵が消えたら、見ていた人間は不審がるに違いない。いやまぁ、今の時点でも大分不審がっているとは思うのだが、それには全く気がつかなかった。
「……考えてないのね」
「ま、まぁ、大丈夫よ! とりあえずタイミングを見計らってやれば!」
「そのタイミング……いつくるのかしらね」
「とりあえず見ていればいいんじゃない?」
下に視線を戻す。そこには、黒いのと子鬼が向日葵のなかに踏み込んで、調べようとしているところだった。
「……不味いわねぇ……」
スターは、他の二人に聞こえないように、声を漏らした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
「あー、これは虚像なのか。結構上手く出来ているじゃないか」
「ま、本物っぽくないとは思ってたけどね」
つんつん、と指を通り抜ける向日葵を見て、魔理沙は確信をもった。霊夢はそれすら興味がないと言いたげに、賽銭箱の前に座っている。
「……」
しかし萃香だけは、さっきから、つまり向日葵の虚像が沢山あらわれたそのときから、黙ったままだった。腕を組んで、口をへの字に結んでいる。誰の目から見ても、機嫌がよくないのは明らかだった。
「どうした? お前さんにしちゃ、静かじゃないか」
魔理沙としては、萃香はこういったことに遭遇したらもっと騒ぎ立てると思っていた。誰にもわかりやすいような、怒りの表情を浮かべていると考えていたのである。
「……なめやがって」
「あん?」
「これは、鬼である私に対する挑戦だ」
「いや、ただの悪戯でしょ? どっかの妖精の暇潰しってやつね」
「黒いの」
萃香は至極真面目な顔をして、魔理沙に振り向く。それは、妥協を許さない、本気の顔つきであった。まさかこいつ、本当に挑戦されたと思ってるのか?と魔理沙は思ったが、良く考えれば、萃香はひねくれているとはいえ鬼だ。鬼っていうのは、挑まれた勝負は何があっても受ける種族である。そう、例えば、相手が勝負を挑んだと思っていなくても、鬼がそれは勝負だと思えばそうなのである。
そこまで考えて、魔理沙はにやりと笑った。萃香の次に言い出す言葉が、それとなく思いついたからである。実に、楽しそうなことになりそうだ。
「何だよ、萃香」
「この、身の程知らずな妖精に、一発喝を与えてやるべきだと思わないか?」
「……ふふん。確かにな。ここはいっちょ、やってやるぜ」
「「にせものの太陽に、本物の熱さを教えてやらないとな」」
声までそろえて、団結しだす二人を見ながら、霊夢は思う。
全く、仲良しなのか仲が悪いのか、はっきりしなさいよね、と。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ちょっと、不味くないかしら?」
この状況に、さすがにルナは気付いた。どうもあの二人は、何かをしだすところらしい。
「確かにね」
「逃げなくていいの?」
「それ、なんか負けたみたいじゃない。でも、一応準備だけしておいて」
「いますぐ逃げた方がいいと思うけどなぁ」
ルナは文句を言いながらも、いつでも自分の能力が使えるように準備する。気持ち、サニーからは離れて。凄いことになったとき、巻き添えを食うのはイヤだからだ。ちなみに、二人には気付かれていないが、スターは大分遠くにいた。すでに傍観者スタイルである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「じゃ、行くわよ」
「おう、いつでもいいぜ」
萃香は自分の能力を発動させる。萃香の能力は「疎と密を操る程度の能力」。今回は、密のほうを利用してあるものを集めるのである。目を閉じていた萃香が、パッと目を開いたとき、境内、いや博麗神社の敷地全てに向日葵の花が集まっていた。
それは虚像ではない、本物の花だ。つまり、幻想郷の向日葵を全部博麗神社に集めたのだ。虚像は境内にしか存在しなかったが、これは屋根や縁側、はては鳥居の上にまで咲いていた。突然真っ黄色の世界に放り出されたような風景になっても、霊夢は慌てなかった。
が。
「わきゃっ!?」
神社の上空――、そちらのほうから小さい声のようなものが聞こえた。そう、向日葵をいきなり集めたのは、そうして相手を驚かせて位置を特定するためである。ちなみに、ここで位置を特定するためというのは大して大きい理由ではなく、単に驚かせたいだけだったりする。
「そっちか!」
魔理沙はそちらを向く。その手には一枚のスペルカード。そして魔理沙の魔力が高まりだす……。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
「不味い、サニー! 逃げよう」
「言われるまでもないわっ! 行くわよ、音は消してね!」
「勿論よ、サニーこそちゃんと姿消しておいてねっ」
二人は上空をすべるように飛ぶ。しかし、すぐにスターがいないことに気付く。辺りを見渡しても、特に見当たらない……と思ったのだが、ちょっとした遠くにその姿が確認できた。
「ちょ、スター!? なんでそんなとこにいるのよー!?」
「いや、こういうときは離れて行動した方がいいかなぁ、と思うのよ。別行動するわ。あとで合流しましょ」
そういい残すと、スターは反対の方向に飛ぶ。ちょうど、二人が空の方向に逃げているのに対して、スターは地上の方向に逃げていった。サニーの能力の範囲外にいることも考慮してか、見つからないように木々や建造物の影に隠れるように。大分逃げるのに慣れているようだ。
「あれなら、大丈夫そうね。じゃ、私達もいきましょ、ルナ」
「……なんか、嫌な予感がするわ」
「大丈夫よ、早く飛べば、振り切れるわ」
そうして、二人は空の方向に飛んでいく。
さて。この二人はここで大きな失敗を犯したことに気づかなかった。それは、自分達や、スターに気を取られていて、境内の魔理沙の挙動に注目していなかったことである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「さって、悪戯好きの妖精に、お仕置きだぜ。そんなに太陽が好きなら、太陽の熱だってしのぐ私の魔砲を喰らわせてやる――」
大まかな位置を決める。魔理沙は、コレを放つときはそう大して照準を合わせない。目の前全てを吹き飛ばせれば、それでいいからだ。そう、さっきの声の位置と、魔力充填の時間。よくわからないが、よほど飛行が早い妖精でもないかぎり、この魔砲からは逃れられない――!
「いくぜ、マスター――」
手にもったミニ八卦炉を、上空にかざす。
「スパ―――――ク!」
閃光が、一筋。夏の空を、駆けていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「いや、しかしやっぱり暑いな」
すっかり元に戻った境内を眺めながら、魔理沙は団扇をパタパタと扇がせる。魔砲を撃ったことにより、体温がすっかり上がってしまった。まったく、この暑いのにやれやれだ。
「ちょっとやりすぎじゃない? 別に、悪戯くらい放置しておきなさいよ」
霊夢はそんな魔理沙を見ながら、呆れたように息をついた。というより、実際呆れていた。いくらなんでも、妖精ごときにスペルカードを使うことはないと思ったから。
「何をいう。大義名分があって使えるのはいいことだぜ? 誰にも文句言われないからな」
「文句言ったって聞かないでしょうに、魔理沙は」
「聞くことは聞くぜ? 従わないけどな。 ……はー、やっぱり暑いぜ」
まあ、魔理沙がふてぶてしいのはいつものことだ。そうやってやれやれ、などと言いながら団扇を扇いでいた魔理沙が、急に「ひゃっ!?」と言いながら飛び上がった。
「ん? どうしたの?」
「……背中に、いきなり冷たいものが……」
「暑い暑いって言ってるから、氷をプレゼントしたんだよ」
向日葵召喚の際、散らかった境内やその他を掃除していた萃香がいつの間にか魔理沙の背後にいた。まあ萃香が突然いるのはいつものことだが。くくく、と悪戯を成功させた子供の顔まんまで笑っている。
「てめぇ、……そういえばさっきの、まだ途中だったな、よし表に出ろ」
「もう表だけどな。いいよ黒いの、さぁ続きしよう」
そうやって境内に出るやいなや、二人はスペルカードを取り出して決闘を開始する。
その様子を見つめながら、霊夢は溜息をついた。そして、空を見上げる。そこには、夏らしく煌々と照りつける太陽があった。
「地上の太陽もいいけれど。あんなにあると、ね」
そう、地上の太陽も美しい。けれど、空を見れば、いつだって美しい輝きを見ることができる。夏は、太陽の季節。すべての恵みは、あの光から生まれてくるのだから。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「あっついわねー」
「そうねー」
「あらあら、二人とも黒こげね。まるで太陽に焼かれたみたいだわ」
地面に倒れて、空を見るサニーとルナを、見下ろすスター。
空にある太陽は、そんな三人を、微笑ましく見守っているかのように、爛々と照っていた。
幻想郷の夏は、まだ始まったばかりだ。
「……はぁ。まったく、そのとおりね。こう太陽が煌々と照っているなんて、しんどくってしょうがないわ」
「あらあら、ルナはサニーと違って元気が無いわね。やっぱり暑いからかしら」
「違うわ。夏って夜が短いでしょう。力を補給する間も無く朝が来て太陽が昇るのよ。元気になりきれないっていうかね、そんなの」
「何言ってるのよ、ルナはいつも元気無さそうに振舞っているじゃない」
「無駄なことを喋らないだけよ。いつでも無駄におしゃべりなサニーとは違うもの」
「ふふふ、そんなに剣呑にならなくってもいいじゃない」
幻想郷にも夏が来た。
今日も今日とて、悪戯好きの妖精たちは活動を開始する。
だがしかし、やはり妖精にも個人差があるもので、元気なものもいればそうでないものもいるようである。夏は太陽の季節と言ってもいい。それゆえ、太陽の光を力の源とする妖精、サニーミルクは正に絶好調であった。先の、梅雨時の不調を覆す勢いである。
逆に、月の光を糧とするルナチャイルドは、どうも不調なようである。彼女が一番調子が良くなるのは秋、人間達が十五夜とかなんとか、月を眺めて楽しむ季節である。先ほど彼女が自分で言ったとおり、夏は夜が短く、つまるところ月の昇る時間が短い。そんなわけで、ルナチャイルドは不調なわけである。言ってみれば、睡眠不足の人間みたいなものだろうか。
ちなみにもう一人、二人に連れ添っている妖精、スターサファイアは天候などには全く関わらない能力の持ち主であるため、全くいつもと変わらない。まぁ、変わったことのあるスターサファイアを二人は見たことがないため、どこか変化しているかもしれないが、まぁそれは瑣末事である。
「で? 今日は何をするのよ。あまり私出張りたくないんだけど」
「全く……ルナは腑抜けねぇ。そうね、何しようかしらね」
「考えてないのね。ま、いつものことかしら」
「まぁ、とりあえず神社に行きましょうか。悪戯も、人がいなければ出来ないでしょ?」
「そうね。行きましょう」
三人は博麗神社に向かって出発する。
そうやって飛んでいく道のりに、黄色い空間があった。
緑の広がる草原の中に有るそれは、ひどく目立つのだが、違和感を感じさせない。
「あれ、何かしら?」
「そんなことも知らないの、ルナ。あれは向日葵っていう花よ」
「いや、それくらいは知っているわ。なんであんなに沢山咲いているのかしら、ってことよ」
「あら? ルナは知らなかったのかしら、あそこは向日葵畑として結構前から夏には群生しているわよ。里からは遠いから、普通の人間はまず寄り付かないのだけれど」
「ふぅん……」
「あ。 ……いいことを思いついたわっ」
「あらあら、サニー。悪戯でも思いついたのかしら?」
「そうよ。ちょっとあそこに寄るわよ」
そうしてサニーが指を指したのは件の向日葵畑。他の二人は何をしたいのかがわからなくてうん?と首を傾げる。
「何をするの?」
「ふふふっ、夏は太陽の季節。そして向日葵は太陽の花。神社を、太陽で一杯にしてあげるわ!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「あー暑いぜ。こんな日は人ん家で涼むに限るぜー」
「そういうことを、ここで言うんじゃない。放り出すわよ」
博麗神社。相変わらず、黒い魔法使いである霧雨魔理沙が訪れていた。
団扇をぱたぱたさせつつ、やる気も無さそうに巫女である博麗霊夢が言う。本来、いつもの……というより、過ごしやすい季節には、昼下がりのこの時間は境内の掃除をしているのだが、桜の花びらも、紅葉の落ち葉もないこの季節は、ただ落ちてくるのは太陽の熱光線のみ。暑いなかで掃除をしようとするほど彼女は勤勉ではなく、屋内でだらだらしているのもまぁ、自然の摂理ではあった。
「霊夢―なんか無いのか、涼しくなるような便利アイテム」
「そんなの、アンタの家じゃあるまいし、無いわよ。あ、でもそろそろアレは良い頃合かもしれないわね」
「アレ? アレって何だ」
「ま、持ってくるから待ってなさい」
すたすたと奥のほうに引っ込む霊夢。
魔理沙は縁側でだれながら、庭を眺めていた。なんにも変わりない。というか、ちょっと先の風景がゆらゆら揺れているような気がする。つまりそれくらい暑い、ということだ。
「暑いぜー」
一言漏らす。なんかまた暑くなったような気がする。前に暑い暑い言っていると、さらに暑くなるよ?と言われたことがあるが、悔しいことにそれは真実なのかもしれない、と魔理沙がそこまで考えたとき、ぺたぺたと足音が聞こえた。
「ほら、持ってきたわよ」
霊夢の持っているのはお盆……と、それに乗っている、西瓜の切ったものだった。
「お、西瓜か。なるほどな、暑い夏はコレに限るってことか」
「そうそう。今朝がたに井戸につけておいたのよ。いい具合に冷えてたわ」
「しゃくしゃくもぐもぐ、うん、いい具合に冷えてるね。満点あげるよ霊夢」
二人が手をつけないうちに、もう一方から声が聞こえる。そちらを振り向くと、そこには一人の少女がいた。頭に聳え立つ二本の角と、腰に下げた瓢箪。伊吹萃香であった。
「てめ、萃香。いきなり現れて食いやがって、私の取り分が減るだろっ!」
「あー? そんなん知らないよ。美味しそうだったから食べた。それだけだよ。大体、これのどれだけがアンタのだって決まったわけじゃないだろ?」
「決まってたんだよ、私の中で」
「そんなの知るか」
「あんたら、喧嘩もいいけど早く食べないと私が全部食べちゃうわよ?」
その霊夢の一言に、一触即発の空気を撒き散らしていた二人はぴたりと動きを止め、またお盆の上の西瓜に手を伸ばした。食べ物の力は偉大である。
しばしの間、庭を眺めつつ、しゃくしゃくと西瓜を咀嚼していた三人であるが(まぁ一人ほど、西瓜の種をどこまで遠く飛ばせるか、なる議題に挑戦していたが)、残りが少なくなり、真上にあった太陽がほんの少し傾いた頃合に、ふと魔理沙が呟いた。
「しかしあれだな、こうして見ると……共食いだよな」
「はぁ? 何言ってんのアンタ」
「や、だって萃香が西瓜食ってるんだぜ?」
「あ、なるほどね。確かにそれは共食いだわね。音が同じだもの」
「……ほっほぅ。つまりアレだ、黒いの。私に喧嘩売ってるな?」
萃香がこぶしを握り締める。笑顔ではあるものの、その顔は引きつっていた。実はそうとう頭にきているものと思われる。
その様子を見て、魔理沙はにやりと口元を歪めた。
「は。別にそんなつもりは無かったんだがな。買うって言うなら、売ってやるぜ?」
「……上等。表に出やがれ」
二人は連れ立って歩き出す。何故ここでおっぱじめないかというと、ここは狭い上に周りに与える被害が多すぎるためである。というより、何故か神社で行われる決闘は境内で、という暗黙の了解があった。
「二人ともー。あんまりモノを壊さないでよねー」
霊夢はそう声をかけてから、二人の残した西瓜の皮を片付けはじめる。
あの二人はどうも犬猿の仲らしく、会うたび話すたびにこうやって喧嘩をしだす。近親憎悪、ってやつなのかもねぇ、と霊夢は思う。喧しいところとか、結構似てるものね。
「おおおおっ!?」
霊夢が片付けを大体終えて、あとはお盆を片付けるだけだな、と立ち上がったところで表から声が聞こえた。魔理沙と萃香が声を揃えるなんてまた珍しい、と思いながら、取りあえずお盆を台所の流しに置いて境内に出る。
「どうしたのよ…って、これはまた、すごいわね」
境内に出た霊夢を迎えたものは、一面に咲き誇る向日葵の花だった。
それはもう、乱立、という言葉が当てはまるほど辺り一面支配されていた。鳥居すら見えないほど、向日葵の園と化していたのだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
「あははははっ、見た見た? あの黒いのの顔?」
「それに、あの子鬼の声も良かったわね」
「さすがに霊夢は驚かないのね。今日はもしかしたら、っておもったんだけど」
神社の上、三人の妖精たちは自分達の成果に大満足だった。まあ、今回は全部サニーがしたことであるが。
「でも向日葵の虚像を作るなんて、良く思いついたわね」
「ふふふ、そうでしょ? さすがにね、あれ全部運ぶのはきついでしょ? 何本かあれば虚像を映し出すには充分だもの」
そうである。今回三人がしたことは、さっきの向日葵畑から何本かの向日葵をとってきて、サニーの能力である光の屈折を操る力で虚像を何本も作り出し、境内に映し出したというものである。普通の視点では、何本もの向日葵が突然境内に現れたようにしか見えないのだ。
しかし、これにはタイミングが必要だった。境内にいて、いきなり沢山の向日葵が出るというのも確かに驚くだろうが、ふと見た境内がいきなり向日葵の園になっているほうが驚きの度合いは強いだろう。神社にいる人間の目が、境内から離れている瞬間を狙わなければいけない、ということで結構シビアかと思ったのだが……。
「けど人間ってだらしないわね。この程度の暑さでまいっているなんて」
「いやいや、この程度って。平気なのはサニーくらいだと思うわ」
「いいじゃない。だらしないお陰で成功したんだから」
「でもさ……」
「ん? どうしたのルナ?」
「これ、いつ消すの?」
「あ」
そういえば。例え虚像だとしても、普通の視点なら本物と寸分たがわず見えているのだ。いきなり大量の向日葵が消えたら、見ていた人間は不審がるに違いない。いやまぁ、今の時点でも大分不審がっているとは思うのだが、それには全く気がつかなかった。
「……考えてないのね」
「ま、まぁ、大丈夫よ! とりあえずタイミングを見計らってやれば!」
「そのタイミング……いつくるのかしらね」
「とりあえず見ていればいいんじゃない?」
下に視線を戻す。そこには、黒いのと子鬼が向日葵のなかに踏み込んで、調べようとしているところだった。
「……不味いわねぇ……」
スターは、他の二人に聞こえないように、声を漏らした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
「あー、これは虚像なのか。結構上手く出来ているじゃないか」
「ま、本物っぽくないとは思ってたけどね」
つんつん、と指を通り抜ける向日葵を見て、魔理沙は確信をもった。霊夢はそれすら興味がないと言いたげに、賽銭箱の前に座っている。
「……」
しかし萃香だけは、さっきから、つまり向日葵の虚像が沢山あらわれたそのときから、黙ったままだった。腕を組んで、口をへの字に結んでいる。誰の目から見ても、機嫌がよくないのは明らかだった。
「どうした? お前さんにしちゃ、静かじゃないか」
魔理沙としては、萃香はこういったことに遭遇したらもっと騒ぎ立てると思っていた。誰にもわかりやすいような、怒りの表情を浮かべていると考えていたのである。
「……なめやがって」
「あん?」
「これは、鬼である私に対する挑戦だ」
「いや、ただの悪戯でしょ? どっかの妖精の暇潰しってやつね」
「黒いの」
萃香は至極真面目な顔をして、魔理沙に振り向く。それは、妥協を許さない、本気の顔つきであった。まさかこいつ、本当に挑戦されたと思ってるのか?と魔理沙は思ったが、良く考えれば、萃香はひねくれているとはいえ鬼だ。鬼っていうのは、挑まれた勝負は何があっても受ける種族である。そう、例えば、相手が勝負を挑んだと思っていなくても、鬼がそれは勝負だと思えばそうなのである。
そこまで考えて、魔理沙はにやりと笑った。萃香の次に言い出す言葉が、それとなく思いついたからである。実に、楽しそうなことになりそうだ。
「何だよ、萃香」
「この、身の程知らずな妖精に、一発喝を与えてやるべきだと思わないか?」
「……ふふん。確かにな。ここはいっちょ、やってやるぜ」
「「にせものの太陽に、本物の熱さを教えてやらないとな」」
声までそろえて、団結しだす二人を見ながら、霊夢は思う。
全く、仲良しなのか仲が悪いのか、はっきりしなさいよね、と。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ちょっと、不味くないかしら?」
この状況に、さすがにルナは気付いた。どうもあの二人は、何かをしだすところらしい。
「確かにね」
「逃げなくていいの?」
「それ、なんか負けたみたいじゃない。でも、一応準備だけしておいて」
「いますぐ逃げた方がいいと思うけどなぁ」
ルナは文句を言いながらも、いつでも自分の能力が使えるように準備する。気持ち、サニーからは離れて。凄いことになったとき、巻き添えを食うのはイヤだからだ。ちなみに、二人には気付かれていないが、スターは大分遠くにいた。すでに傍観者スタイルである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「じゃ、行くわよ」
「おう、いつでもいいぜ」
萃香は自分の能力を発動させる。萃香の能力は「疎と密を操る程度の能力」。今回は、密のほうを利用してあるものを集めるのである。目を閉じていた萃香が、パッと目を開いたとき、境内、いや博麗神社の敷地全てに向日葵の花が集まっていた。
それは虚像ではない、本物の花だ。つまり、幻想郷の向日葵を全部博麗神社に集めたのだ。虚像は境内にしか存在しなかったが、これは屋根や縁側、はては鳥居の上にまで咲いていた。突然真っ黄色の世界に放り出されたような風景になっても、霊夢は慌てなかった。
が。
「わきゃっ!?」
神社の上空――、そちらのほうから小さい声のようなものが聞こえた。そう、向日葵をいきなり集めたのは、そうして相手を驚かせて位置を特定するためである。ちなみに、ここで位置を特定するためというのは大して大きい理由ではなく、単に驚かせたいだけだったりする。
「そっちか!」
魔理沙はそちらを向く。その手には一枚のスペルカード。そして魔理沙の魔力が高まりだす……。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
「不味い、サニー! 逃げよう」
「言われるまでもないわっ! 行くわよ、音は消してね!」
「勿論よ、サニーこそちゃんと姿消しておいてねっ」
二人は上空をすべるように飛ぶ。しかし、すぐにスターがいないことに気付く。辺りを見渡しても、特に見当たらない……と思ったのだが、ちょっとした遠くにその姿が確認できた。
「ちょ、スター!? なんでそんなとこにいるのよー!?」
「いや、こういうときは離れて行動した方がいいかなぁ、と思うのよ。別行動するわ。あとで合流しましょ」
そういい残すと、スターは反対の方向に飛ぶ。ちょうど、二人が空の方向に逃げているのに対して、スターは地上の方向に逃げていった。サニーの能力の範囲外にいることも考慮してか、見つからないように木々や建造物の影に隠れるように。大分逃げるのに慣れているようだ。
「あれなら、大丈夫そうね。じゃ、私達もいきましょ、ルナ」
「……なんか、嫌な予感がするわ」
「大丈夫よ、早く飛べば、振り切れるわ」
そうして、二人は空の方向に飛んでいく。
さて。この二人はここで大きな失敗を犯したことに気づかなかった。それは、自分達や、スターに気を取られていて、境内の魔理沙の挙動に注目していなかったことである。
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「さって、悪戯好きの妖精に、お仕置きだぜ。そんなに太陽が好きなら、太陽の熱だってしのぐ私の魔砲を喰らわせてやる――」
大まかな位置を決める。魔理沙は、コレを放つときはそう大して照準を合わせない。目の前全てを吹き飛ばせれば、それでいいからだ。そう、さっきの声の位置と、魔力充填の時間。よくわからないが、よほど飛行が早い妖精でもないかぎり、この魔砲からは逃れられない――!
「いくぜ、マスター――」
手にもったミニ八卦炉を、上空にかざす。
「スパ―――――ク!」
閃光が、一筋。夏の空を、駆けていった。
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「いや、しかしやっぱり暑いな」
すっかり元に戻った境内を眺めながら、魔理沙は団扇をパタパタと扇がせる。魔砲を撃ったことにより、体温がすっかり上がってしまった。まったく、この暑いのにやれやれだ。
「ちょっとやりすぎじゃない? 別に、悪戯くらい放置しておきなさいよ」
霊夢はそんな魔理沙を見ながら、呆れたように息をついた。というより、実際呆れていた。いくらなんでも、妖精ごときにスペルカードを使うことはないと思ったから。
「何をいう。大義名分があって使えるのはいいことだぜ? 誰にも文句言われないからな」
「文句言ったって聞かないでしょうに、魔理沙は」
「聞くことは聞くぜ? 従わないけどな。 ……はー、やっぱり暑いぜ」
まあ、魔理沙がふてぶてしいのはいつものことだ。そうやってやれやれ、などと言いながら団扇を扇いでいた魔理沙が、急に「ひゃっ!?」と言いながら飛び上がった。
「ん? どうしたの?」
「……背中に、いきなり冷たいものが……」
「暑い暑いって言ってるから、氷をプレゼントしたんだよ」
向日葵召喚の際、散らかった境内やその他を掃除していた萃香がいつの間にか魔理沙の背後にいた。まあ萃香が突然いるのはいつものことだが。くくく、と悪戯を成功させた子供の顔まんまで笑っている。
「てめぇ、……そういえばさっきの、まだ途中だったな、よし表に出ろ」
「もう表だけどな。いいよ黒いの、さぁ続きしよう」
そうやって境内に出るやいなや、二人はスペルカードを取り出して決闘を開始する。
その様子を見つめながら、霊夢は溜息をついた。そして、空を見上げる。そこには、夏らしく煌々と照りつける太陽があった。
「地上の太陽もいいけれど。あんなにあると、ね」
そう、地上の太陽も美しい。けれど、空を見れば、いつだって美しい輝きを見ることができる。夏は、太陽の季節。すべての恵みは、あの光から生まれてくるのだから。
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「あっついわねー」
「そうねー」
「あらあら、二人とも黒こげね。まるで太陽に焼かれたみたいだわ」
地面に倒れて、空を見るサニーとルナを、見下ろすスター。
空にある太陽は、そんな三人を、微笑ましく見守っているかのように、爛々と照っていた。
幻想郷の夏は、まだ始まったばかりだ。
同感であります! Sir!!
夏はいいなあ。
ルナはやっぱり巻き込まれるのね…