1 ルーミア
私が博打に入れ込んでいたじぶん、よく見た顔に、宵闇のルーミアというのがいた。
夜ごと神社で開かれる賭場に現れては、小金を賭け、小金を落とし、小金を稼いでいた。
「もっと勝負したらどうだい……」
そう私が言うと、彼女は
「うんー」
と苦笑いして、けっきょく小勝負に落ち着くのだった。
それは、まぁよかったが、あるとき彼女は大負けし、軍資金はおろか身ぐるみ剥ぎ取られてしまった。
「今日はいけないね。もう帰ったがいい」
私はそう奨めたが、彼女はいきり立っており、
「クシュン! 聖者だって十字架に磔にされたときは素っ裸だったわよ」
と、なおも勝負しようとした。
「しかし、もう賭けるものがないだろう」
このリボンがある、と彼女は髪をさした。
聞けばそれは由緒あるものだという。
仕方なく、私はルーミアの相手をした。
そして勝った。
「じゃあもらうよ」
観念した彼女からリボンを取ると、ルーミアはどろどろと形を失い、闇に溶けていった。
以来、私は彼女に会っていない。
例のリボンは、ずいぶん前に博打のカタに取られてしまったので、手元にはもう残っていない。
2 チルノ
氷精チルノが賭場に顔を出すようになったのは、夏のさかりのことだった。
たしか、巫女の霊夢が暑くてたまらぬというので連れてきたのが最初だったように思う。
彼女はつねに冷気を帯びていたから、暑気しのぎにはもってこいというわけで、おおむね歓迎された。
やがて、チルノ自身も博打に手を染め始めたのは、ごく自然の流れといっていい。
「他人からモノを取るっていうのは楽しい!」
最初、ビギナーズラックか、ずいぶん景気が良かったころ彼女は上機嫌だったが、やがてどんどん不機嫌になっていった。
むろん、負けがこみ始めたからに他ならない。
「他人にモノを取られるのって悔しい!!」
取られたぶんは取り返してやる、と勝負をやめないから、いよいよ深みにはまる。
単細胞の彼女は、賭場に巣くう博徒どもにとっては格好のカモとなった。
といって完全に素寒貧にはさせず、最後には多少勝たせ、いい気分にして帰してやる。
おかげでチルノは勝ちの味が忘れられず、またぞろなけなしの小遣いを握り締めて鉄火場にのこのこやってくるというわけだった。
私も、彼女からはずいぶん稼がせてもらったものだ。
ある夜のこと、チルノは珍しく一人勝ちで、たんまり浮いていた。
「あたいったら最強ね!」
ちょっとばかり図に乗るのも仕方はなかったが、口を滑らせた。
「今夜のあたいなら、あの巫女巫女レームにだって勝てるわ!」
賭場で、胴元を挑発するのは利口とはいえない。
「景気のいいこと」
噂をすれば、で、当の巫女がお出ましになった。
「少し、遊んでもらおうかしらね」
「ナニクソ!」
威勢は良かったが、賭け事で巫女にかなうはずがない。まして親なのだから。
たちまち、チルノは勝ち分をむしられてしまった。
「畜生! まだまだ」
「よくやる」
霊夢はぼちぼち手を収め、多少は勝たせて帰らせてやるつもりになっているのが傍目にもミエミエ。
「エイ!!」
しかし、けっきょくチルノは負けた。
「ああ悔しい!!」
彼女は地団太踏みながら、帰っていった。
「最後は、花を持たせてやればいいのに」
私が言うと、霊夢は苦笑して、
「ところが、私は勝たせてやるつもりだったんだけど……あの子が勝ち急いだせいで、出来なかったのよ」
「へぇぇ? じゃ、ある意味、チルノの勝ちか」
そんなことはないわ、と霊夢。
「負けは負けだもの」
それもそうだ、と私も思った。
その後、チルノを賭場で見かけた憶えはない。
たまたまよそで会ったとき、
「もう博打はいいのかい」
とたずねたら、
「んんーん、じゅうぶんやったから」
そんな答えが返ってきた。
きっとそうなのだろう、と私は思った。
3 紅美鈴
世の中には二種類の博徒がいる。
『博打好き』。つまり、博打が好きで好きでたまらぬ輩だ。
かたや、『博打打ち』。この人種は、博打を楽しむことはしない。
いわば空気を吸うように、ものを食うように博打を打つ。
おおまかに言えば、前者が『食われる側』、後者が『食う側』とみてさしつかえない。
ところでこの紅美鈴という妖怪は、いっけん『博打打ち』のようなたたずまいをもっていながら、じっさいは単なる『博打好き』でしかなかった。
たまの休暇に足を運んできては、豪快に賭け、豪快に負けた。
CHINAの妖怪というから、さぞや博打にも強かろうという皆の見方は、はやばやとくつがえされたのである。
「いや、私はCHINAといっても租界育ちなので……」
などと彼女は申し訳なさそうに言い訳していたものだ。
とはいえ彼女の博打は綺麗だったから、皆美鈴の相手を喜んでつとめた。
あるとき、時ならぬ嵐のせいで、ほとんど人が集まらないことがあった。
「どうでしょう、ひとつ……」
たまたま来ていた美鈴が、私に勝負を申し込んできた。
私はそれまで、どうしたわけか、彼女と打ったことがなかった。
べつだん美鈴のことが嫌いだったわけではない、いやむしろ好感を抱いていたが、機会がなかったのだ。
それじゃあ、と私が引き受けかけたとき、ふいに胴元の霊夢がやってきて、
「今夜はもうカンバンカンバン……」
と言い出した。この天候では仕方ないか、と皆――といっても私を含めて三、四人しかいなかったが――は納得してお開きにした。
「またこんど、お手合わせくださいね」
美鈴は微笑んで、勤め先に帰っていった。
私はうなずきながらも、なぜか、ひどく安心していた。
その後、私はしばらく神社に顔を出さなかった。
やがて風の噂に、とんでもなく博打の強い流れ妖怪が、賭場を乗っ取ろうと目論んだという話を聞いた。
そやつはなるほど凄腕で、あの霊夢ですら敗北したという。
「しかし、どうも無事のようだな」
「あぁ……」
訪ねていった私に、霊夢は複雑な顔を見せた。
「けっきょく、勝負に負けて逃げていったわ、あいつ」
「へぇぇ? お前さんに勝った相手を負かした? そりゃ、どこの誰だい」
「それがなんと」美鈴だったの、と意外な名を霊夢は挙げた。
私は、しかしふしぎと驚かなかった。
「じゃあ、彼女はもう賭場には来てないんだ」
「えぇ? そうだけど……どうしてわかるのよ」
さぁ、と私は生返事した。
どうしてだか、そう思ったのである。
私がふたたび賭場がよいを始めてからも、美鈴とは顔を合わせることがなかった。
あの晩打っておけば良かった、とも思うし、打たなくて良かった、とも思うのだった。
私が博打に入れ込んでいたじぶん、よく見た顔に、宵闇のルーミアというのがいた。
夜ごと神社で開かれる賭場に現れては、小金を賭け、小金を落とし、小金を稼いでいた。
「もっと勝負したらどうだい……」
そう私が言うと、彼女は
「うんー」
と苦笑いして、けっきょく小勝負に落ち着くのだった。
それは、まぁよかったが、あるとき彼女は大負けし、軍資金はおろか身ぐるみ剥ぎ取られてしまった。
「今日はいけないね。もう帰ったがいい」
私はそう奨めたが、彼女はいきり立っており、
「クシュン! 聖者だって十字架に磔にされたときは素っ裸だったわよ」
と、なおも勝負しようとした。
「しかし、もう賭けるものがないだろう」
このリボンがある、と彼女は髪をさした。
聞けばそれは由緒あるものだという。
仕方なく、私はルーミアの相手をした。
そして勝った。
「じゃあもらうよ」
観念した彼女からリボンを取ると、ルーミアはどろどろと形を失い、闇に溶けていった。
以来、私は彼女に会っていない。
例のリボンは、ずいぶん前に博打のカタに取られてしまったので、手元にはもう残っていない。
2 チルノ
氷精チルノが賭場に顔を出すようになったのは、夏のさかりのことだった。
たしか、巫女の霊夢が暑くてたまらぬというので連れてきたのが最初だったように思う。
彼女はつねに冷気を帯びていたから、暑気しのぎにはもってこいというわけで、おおむね歓迎された。
やがて、チルノ自身も博打に手を染め始めたのは、ごく自然の流れといっていい。
「他人からモノを取るっていうのは楽しい!」
最初、ビギナーズラックか、ずいぶん景気が良かったころ彼女は上機嫌だったが、やがてどんどん不機嫌になっていった。
むろん、負けがこみ始めたからに他ならない。
「他人にモノを取られるのって悔しい!!」
取られたぶんは取り返してやる、と勝負をやめないから、いよいよ深みにはまる。
単細胞の彼女は、賭場に巣くう博徒どもにとっては格好のカモとなった。
といって完全に素寒貧にはさせず、最後には多少勝たせ、いい気分にして帰してやる。
おかげでチルノは勝ちの味が忘れられず、またぞろなけなしの小遣いを握り締めて鉄火場にのこのこやってくるというわけだった。
私も、彼女からはずいぶん稼がせてもらったものだ。
ある夜のこと、チルノは珍しく一人勝ちで、たんまり浮いていた。
「あたいったら最強ね!」
ちょっとばかり図に乗るのも仕方はなかったが、口を滑らせた。
「今夜のあたいなら、あの巫女巫女レームにだって勝てるわ!」
賭場で、胴元を挑発するのは利口とはいえない。
「景気のいいこと」
噂をすれば、で、当の巫女がお出ましになった。
「少し、遊んでもらおうかしらね」
「ナニクソ!」
威勢は良かったが、賭け事で巫女にかなうはずがない。まして親なのだから。
たちまち、チルノは勝ち分をむしられてしまった。
「畜生! まだまだ」
「よくやる」
霊夢はぼちぼち手を収め、多少は勝たせて帰らせてやるつもりになっているのが傍目にもミエミエ。
「エイ!!」
しかし、けっきょくチルノは負けた。
「ああ悔しい!!」
彼女は地団太踏みながら、帰っていった。
「最後は、花を持たせてやればいいのに」
私が言うと、霊夢は苦笑して、
「ところが、私は勝たせてやるつもりだったんだけど……あの子が勝ち急いだせいで、出来なかったのよ」
「へぇぇ? じゃ、ある意味、チルノの勝ちか」
そんなことはないわ、と霊夢。
「負けは負けだもの」
それもそうだ、と私も思った。
その後、チルノを賭場で見かけた憶えはない。
たまたまよそで会ったとき、
「もう博打はいいのかい」
とたずねたら、
「んんーん、じゅうぶんやったから」
そんな答えが返ってきた。
きっとそうなのだろう、と私は思った。
3 紅美鈴
世の中には二種類の博徒がいる。
『博打好き』。つまり、博打が好きで好きでたまらぬ輩だ。
かたや、『博打打ち』。この人種は、博打を楽しむことはしない。
いわば空気を吸うように、ものを食うように博打を打つ。
おおまかに言えば、前者が『食われる側』、後者が『食う側』とみてさしつかえない。
ところでこの紅美鈴という妖怪は、いっけん『博打打ち』のようなたたずまいをもっていながら、じっさいは単なる『博打好き』でしかなかった。
たまの休暇に足を運んできては、豪快に賭け、豪快に負けた。
CHINAの妖怪というから、さぞや博打にも強かろうという皆の見方は、はやばやとくつがえされたのである。
「いや、私はCHINAといっても租界育ちなので……」
などと彼女は申し訳なさそうに言い訳していたものだ。
とはいえ彼女の博打は綺麗だったから、皆美鈴の相手を喜んでつとめた。
あるとき、時ならぬ嵐のせいで、ほとんど人が集まらないことがあった。
「どうでしょう、ひとつ……」
たまたま来ていた美鈴が、私に勝負を申し込んできた。
私はそれまで、どうしたわけか、彼女と打ったことがなかった。
べつだん美鈴のことが嫌いだったわけではない、いやむしろ好感を抱いていたが、機会がなかったのだ。
それじゃあ、と私が引き受けかけたとき、ふいに胴元の霊夢がやってきて、
「今夜はもうカンバンカンバン……」
と言い出した。この天候では仕方ないか、と皆――といっても私を含めて三、四人しかいなかったが――は納得してお開きにした。
「またこんど、お手合わせくださいね」
美鈴は微笑んで、勤め先に帰っていった。
私はうなずきながらも、なぜか、ひどく安心していた。
その後、私はしばらく神社に顔を出さなかった。
やがて風の噂に、とんでもなく博打の強い流れ妖怪が、賭場を乗っ取ろうと目論んだという話を聞いた。
そやつはなるほど凄腕で、あの霊夢ですら敗北したという。
「しかし、どうも無事のようだな」
「あぁ……」
訪ねていった私に、霊夢は複雑な顔を見せた。
「けっきょく、勝負に負けて逃げていったわ、あいつ」
「へぇぇ? お前さんに勝った相手を負かした? そりゃ、どこの誰だい」
「それがなんと」美鈴だったの、と意外な名を霊夢は挙げた。
私は、しかしふしぎと驚かなかった。
「じゃあ、彼女はもう賭場には来てないんだ」
「えぇ? そうだけど……どうしてわかるのよ」
さぁ、と私は生返事した。
どうしてだか、そう思ったのである。
私がふたたび賭場がよいを始めてからも、美鈴とは顔を合わせることがなかった。
あの晩打っておけば良かった、とも思うし、打たなくて良かった、とも思うのだった。
きっと一度披露したら最後、皆と居られなくなる様な。
流れ流れて辿り着いたは幻想郷。
そんな妄想が広がりますよ!
ここはひとつ美鈴主役で前日譚でもどうでしょう、と提案しつつご馳走様でした。
多分チルノは「博打好き」なのでしょうね。
そして一言。この生臭巫女め!
何はともあれ、語りが心地よい、いい作品でした。
みたいに楽しんで博打を打つ事が出来なくなったんだろうなぁ、と妄想し
ました。
博打の内容はなんなんでしょうね、チンチロとか?
それにしても霊夢はどんな役でも違和感ないなあ
だからこそ美鈴は「博打好き」でいたかったんでしょうね。
淡々としながらも心に響く良い話でした。ありがとうございます。
「たまに新聞の文芸欄の片隅なんかに載っている、小説家さんによる連載コラムみたい」
……何言ってんだ、とか思われそうですが、この不思議なお話に対し、兎に角そう思ったのです。