Coolier - 新生・東方創想話

幻想郷最速選手権EX(完)

2005/07/13 07:44:12
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「私は、彼女を信じてる」


前回までのあらすじ

幻想郷最大の障害レース『幻想大弾幕』に出場することになった魔理沙
彼女はマスタースパークの反則っぷりすら凌駕する猛者たち相手に勝利することが出来るのだろうか?






「あら魔理沙、久しぶりじゃない」
「いよう霊夢……って、ここ何神社だ?」
「何言ってるの。ここは博麗神社よ」

ちょっと待て……この神社って新築だったっけ?
実に2ヶ月ぶり、幻想ダービー以来久しぶりに魔理沙の見た博麗神社は変わっていた。
みすぼらしかった境内は石畳が敷かれ、霊夢の居住空間も完全に立て替えられている。
魔理沙は杉で出来た柱をぺたぺたと撫でつつ、神社の変貌振りに驚いていた。

「ところで霊夢」
「魔理沙、皆まで言うな。神の舞い降りた私の助言を聞きたいのね」
「おや、今日はやけに素直だな」
「当然よ。私も生活が懸かっているもの」











「おーい香霖、さっさと支度しろよー」
「そう急ぐもんじゃないよ魔理沙。まずは店の片づけをしないとね」

大きな風呂敷包みを背負った魔理沙が、せっせと店の片づけをする霖之助を急かす。
今月は8月、そして今宵は満月。
そして『幻想大弾幕』が開催される、年に一度の盛大な夏祭りの夜。
魔理沙の意識はすでにそのレースにだけ注がれていた。

「おまたせ」
「待ちくたびれたぜ。何してたんだ?」
「フフフ……とっておきのユニフォームを支度していたのさ」
「またいつもの全身タイツか。全く、いいセンスしてるぜ」
「褒め言葉として受け取っておくよ」

その姿を見て、生命体だと思える人が何人居るだろうか。
常人ならば背中を向けて逃げ出すその姿。
魔理沙は知らない。自分が既に染まってしまった事に……


そんな二人は一路、白玉楼へと飛び立った。
今宵、文字通り冥界と化すその戦場へ。





「久しぶりね、博麗の巫女」
「これはこれは七色使いさん。てっきり引きこもってしまったのかと思ったわ」
「ふん、二色の癖に」

霊夢は『七色のブレイン』ことアリス・マーガトロイドと対峙していた。
単勝のみ一点集中で勝負する霊夢と、全種類の妖券で勝負を掛けるアリス。
最近絶好調の霊夢に対しアリスは下降気味。過去の栄光は色あせ始めていた。

「いまだに一点集中なんてしているようでは時代遅れよ。これからはでっかく狙わなきゃ」
「当たらなきゃ紙屑が七色ね。七色使いとはよく言ったものよ」

アリスは怒りを必死に堪え、作り笑いを浮かべつつ歯を食いしばる。
そもそも霊夢とアリスのライバル関係は今に始まったことではない。
魔理沙を競妖に誘う前、霊夢は予想屋の端くれとしてアリスと下々の争いを繰り広げていたのだ。
だがある日、アリスは一日全レースを的中させるという快挙を成し遂げ一躍売れっ子予想屋となる。
皮肉にも同じ日霊夢は全てのお金を使い尽くし、予想屋として失格の烙印を押されてしまったのだった。

「まぁ、せいぜいその時代遅れな戦法で頑張ることね」
「時代遅れでも当たるのなら、当たらないよりはマシね」

それゆえ、アリスは一度は蹴落とした霊夢が戻ってきたことが気に入らない。
逆に霊夢はそんなこと意に介さない。当たるときゃ当たるが彼女の持論。
いちいち噛み付いてくるアリスを適当にいなし、投票所へと向かう。



「姉さん、ここは絶対10番だって!」
「なに言ってんの。ここは7番から総流し!」
「うるさい! ここは6番-11番で妖単直撃155倍ッ!!」

「やかましい三人組ね……あ、11番-6番で決まっちゃったわ」



「あら、また来たの?」
「ええ」

『紫の大魔術師』ことパチュリー・ノーレッジは、霊夢の姿を見るなり声を掛けてきた。
パチュリーはこの百年、一日の収支がマイナスになったことなど一度も無い。
そんな化け物じみた成績から、彼女こそ史上最高の予想屋と言う人も多い。

「ねぇパチュリー、今日の調子は?」
「常時プラス……それ以上でもそれ以下でもないわ」

パチュリーの予想は完全無欠、正確無比。
稀に目が霞んで、買う番号を間違える以外で外すことは1日に1回有るか無いか。
彼女の収支は常時プラス……それは霊夢の追い求める境地でもあった。
だが、浅く手広く買って確実に的中させるパチュリーのスタイルは霊夢に真似できるものではない。
そもそも元手の絶対数が違う。
紅魔館競妖場を持つ紅魔館の財源と、わずかばかりの賽銭に頼る博麗神社の財源では桁が違うのだ。

「ところで……あなた誰に賭けるつもりなの」
「なによ、わたしの予想を盗む気?」
「別に。あなたの予想なんて気にしちゃいないわ。ただ外れそうだったら止めてあげるだけ」
「余計なお世話よ」
「私はミッシングスイカを軸にするわ。連勝は止まったけど力は本物、参考にしなさいね」
「ふーん、硬いわね」
「彼女に勝つとすればワーハクタクか妹様ね」
「まぁ、参考にさせてもらうわ」

パチュリーは相変わらずのジト目で霊夢の様子を眺めつつ、その反応を探っていた。
私の予想に心を動かすかどうか。霊夢は本物の予想屋なのかどうか。


「引っかからなかったようね」

霊夢は表情一つ変えず、平然と投票所へと向かっていった。
なぜなら霊夢はパチュリーの予想など興味なかった。
とっくの昔にすでに賭ける相手を決めていたのだから……

「私は、彼女を信じてる」







そして、ついに祭りのメインイベントが始まる
幻想大弾幕(GⅠ)、距離10000m、障害の数は実に30。その全てが超難関。
毎年、完走できるのは半数以下。そんな地獄に今年は25匹が挑む。



「慧音……なにその角……」
「気にするな、ただの生理現象だ」
「生理現象!?」

連覇を目指す、一番人気のワーハクタク。



「ねぇさくや、全部壊していい?」
「もちろんですよ。思う存分暴れてくださいね」
「壊すのはいいけど、後で弁償させられるのは嫌よ」

紅魔館の生ける凶器、二番人気フランドール。



「妖忌、黒いのを討ち取ってきなさい」
「任されよ。我の前に敵は無し」
「おじいちゃん頑張って!」

伝説の剣士、三番人気ヨーヨーキ。



「暑いぜ暑いぜ、暑くて燃えるぜ」
「3着に来ないと呪い殺すわよ、魔理沙~」
「……なんか危ない七色の視線を感じるんだが」

型破りのダービー妖、四番人気マリサ。



「気付けに一杯飲んでいくか~」
「私の作戦通りに行けば勝てますから!」
「任せといて、角があるのは牛だけじゃないってことを見せ付けてあげるよ」

新進気鋭の爆弾娘、五番人気ミッシングスイカ。



「ちょっと待ってくれ、なんで僕がこんなに人気薄なんだい?」
「知らないぜ。それよりも本当にそんな格好で飛ぶ気か」
「僕のユニフォームさ。これは空気抵抗を理論上最も軽減す(以下略)」

表の顔は知的な全身黒タイツ青年、十六番人気コーリン。



それぞれがスタートゲートに入り、スタートを待つ。
カウントダウンが開始され、全員がその時を見逃すまいと固唾を呑む。


その時だった。白玉楼が真っ赤な『何か』に染まっていく。
それは障害ではない。
圧倒的な威圧感、そして純粋な殺意によるものだった。
勝ち負けなんて二の次、24個の玩具を与えられた喜びによるもの。

「早く……早く……!」

だが、並みの妖怪ならば息の根が止まってしまうような殺意もここにいる猛者には通用しない。
むしろ気合を乗せてしまうだけだった。


「さあ妖忌、あなたのその実力を現代に生きる者たちに見せ付けてやりなさい!」
「フランドール! 495年間封印していたその力を解き放ちなさい!」
「慧音、今までの歴史を塗り替えるんだよ!」
「私に勝とうなんて、100年早いぜ!」

バタンと言う音と共に地獄の門が開き、25匹による死闘が始まった。



「まーりーさー!!」
「どけどけどけー、遅いと死ぬぜー!!」

スタートと同時に巨大な炎の剣が、魔理沙目掛けて真っ直ぐ振り下ろされる。
だがそれは弾丸のように突き進む魔理沙を捕らえられず、空しく空を切るだけだった。

「ちぇっ、惜しい」
「惜しい惜しいと思っているうちが華だぜ」



「良し……絶好の位置だ」

驚異的なスタートダッシュで先頭に踊り出た魔理沙。
それを追うような格好でフランが続く。その横には霖之助。
集団の中ほど、先頭集団の様子を伺うように妖忌と萃香。
そして最後方には連覇を目指す慧音。
程なく魔理沙が第一号障害に差し掛かり、一回目の弾幕が展開される。

「なるほど……さすがは幻想大弾幕」

弾幕が展開しきる前に高速で抜ける魔理沙。
弾幕などお構いなし、全て吹き飛ばすフラン。
フランの後ろにぴたりと付け、労せず抜ける霖之助。
弾道を見切り、紙一重でかわす妖忌。
2、3発くらいの被弾なんてお構いなしの萃香。
そして、おそるべきは弾幕を全て記憶し完璧な位置取りで避ける慧音。

「まだまだ小手調べだね。だがじきにレースは動く」



「邪魔だなぁ……それっ!」
「これはっ!」

それは5号障害を通り越えた時、一瞬の出来事だった。
花火が炸裂したかと思った次の瞬間、前を飛んでいた2匹がリタイア。
妖忌はすんでのところで爆風を避けると、背中にしょった二本の刀に手をかける。

「むぅ、早くも仕掛けおったな鬼っ子」
「やっぱりこんなのじゃあダメだったみたいだね」

さすがは伝説の競走妖。安っぽい攻撃では通用しない。
萃香は懐に隠し持つ爆弾『ミッシングボンバー』に手をかける。

「させぬわ小童!」
「!?」

弾幕に紛れて瞬く間に間合いを詰め、驚異的な速度で斬撃を打ち込む妖忌。
時を止められたかのような錯覚に陥る萃香。
彼女は辛うじて鎖で刀の切っ先を変えることで、その無慈悲な攻撃を防ぐ。

「むぅぅ……だがこれならばどうだ」
「いつまでも調子に乗るんじゃないよ!」
「我に切れぬものなど、殆ど無……」

妖忌の動きが、止まった。
次の瞬間妖忌は反転し、右手に持った楼観剣で弾丸らしきものを叩き落す。
萃香の脳は、目の前の出来事を理解するのに2秒の時間を要した。

「構えるな 歴史は急に 止まれない」

それは攻撃と呼ぶにはあまりにも見事で、的確で、そして突拍子過ぎた。
慧音は後方から凄まじい勢いで、妖忌の菊座目掛けて息の根を止めんとばかりに突っ込んだ。
そして妖忌はそれを的確に撃ち落したのだ。
慧音の突撃も型破りならば、妖忌の剣技もまた常識を超えたものだった。
真後ろの死角から超高速で飛んでくるロングホーンアタックを撃ち落すなど妖夢でも到底不可能。妖忌だからこそ出来た防御。
しかし、楼観剣の直撃を受けたはずの慧音には傷一つ付いていない。

「惜しい」
「惜しいとはこれまた物騒な」

お互いに持つ物は二本の凶器。
対峙する妖忌と慧音。萃香はその状況に違和感を覚えた。

「なんで、他の競走妖がいないんだろ?」

私と慧音の間には少なくとも4匹はいたはずだ。
弾幕で被弾した形跡も無い。
かといって私の爆撃で吹き飛ばしたわけでもないし、妖忌の刀の錆になったわけでもない。
となれば、犯人はただ一人。

「そうか……さすがはワーハクタクだね」

萃香は自分と同じく二本の角を持つ慧音を眺めて呟いた。
慧音の角が、血で紅く染まっていたのだ。

「ここは剣士さんにまかせて、私は先頭を目指そうっと」





「まてまてまりさー!!」
「待てと言われて待つやつはいないぜ」

前にはルナティックな弾幕を打ち出す傷害、後ろにはレーヴァテインを持ったフラン。
魔理沙、絶体絶命。

「フランのヤツ……レミリアのスペルすら効かないのかよ」

魔理沙は弾幕が広がりきる前に障害を越え、フランに間接的なスペルアタックを常に仕掛けていた。
第7号障害、テーブルターニング。
第8号障害、幻想郷伝説。
そして第9号障害、不夜城レッド。
だがこれらの障害ではフランに全くといっていいほどダメージを与えられなかった。
それに対しフランのレーヴァテインには相変わらず魔力がみなぎっており、触れれば瞬時に焼肉になってしまうだろう。

「何で逃げるのー、一緒にとぼうよー」
「そんな物騒なもん振り回すヤツとなんて一緒に飛べるか! ルール違反するヤツは嫌いだぜ」
「むー」

魔理沙に嫌われたと思ったのか、その目は涙で潤んでいた。
フランは一瞬考え込み、レーヴァテインを引っ込めた。

「まりさ、これでいい……?」
「もらった! マスタースパーク!!」
「……え?」

まさに外道、霧雨魔理沙。
先程の言葉はレーヴァテインでマスタースパークを防がれないようにするための『布石』
不意を突かれたフランは、マスタースパークをまともに受けてしまう。
魔理沙が放った光の渦に飲み込まれ、フランは大きく後退する。

「ちぇっ……やっぱり落とせなかったか」

だが恐るべきは紅魔館の狂気、マスタースパークの直撃を受けても今だ健在だった。
遠くに見えるその目は紅く光り、魔理沙に言いえぬ恐怖を与える。
とりあえずの窮地を凌いだ魔理沙は逃げ切りを図るべく、さらに加速してフランとの差を広げに掛かったのだった。

「ダメだろうとは思ってたけど、マスタースパークで落とせなかったのはやはりショックだぜ」





「へぇ……あのフランを出し抜くなんて魔理沙もやるじゃない」

パチュリーは熾烈な先頭争いを眺めつつ、冷静にレース展開を分析していた。
賢者の石を展開し、全競走妖の状態を逐一チェックしていく。

「でも、このペースならば魔理沙は最後まで持たないわ……となると最後に躍り出てくるのは」
「とっておきを最後まで温存する、したたかなヤツね」
「あら霊夢、また来たの?」

パチュリーの隣には、両手一杯の妖券を握り締めた霊夢がいた。

「言っておくけど、もう決着は着いたわ。魔理沙は勝てない」
「あら、誰が魔理沙に賭けたなんて言ったのかしら?」
「……え?」

パチュリーの目が丸くなり、その頭脳が混乱する。
あれほど魔理沙頼みだった霊夢が魔理沙を切った? そんなはずは無い。
だが霊夢の目は自信満々だ。動揺した素振りなんて微塵も無かった。
そういえば、これまで霊夢は絶叫して魔理沙を応援していたはず……
まさか、霊夢は本当に魔理沙に賭けなかったのか?

「まぁ見てなさい。最後に笑うのは私よ」
「……どうぞご自由に。負けても笑っていられるかしら?」



「くっ……萃香は何をしているの!」

パチュリーは今だ集団の中ほどに居る萃香を眺め、元々細い目をさらに細めていた。






「変態発見!」
「酔っ払いに言われたくは無いね」
「くらえ、ロングホーントレイン!」

14号障害を抜けるドサクサに紛れ、萃香は霖之助を仕留めに掛かる。
後方から順位を上げてきた萃香は、霖之助を射程圏内に捕らえると物凄い勢いで突っ込んでいった。
それは、先程慧音が妖忌に仕掛けたのと全く同じ攻撃。被害者をあちらの世界にいざなう魔性の技。
このようなお手軽かつ効果的な技を使うことが出来るのは、角を持つものたちの特権と言えよう。
だが……

「そのような攻撃で僕を捉えることは出来ないよ!」
「よ、避けられちゃった」

生き物とは思えない不思議な動きで、霖之助はロングホーントレインを回避してしまった。
殺った! と確信した萃香にとってこの展開は予想外。
全身黒タイツの霖之助の俊敏さは萃香の予想を遥かに上回っていたのだ。

「わ、私の必殺技がぁ……」
「はっはっは、君のような鬼っ子に僕が負けるはずが」
「……なんちゃって、本命はこっちだよ!」
「ば、爆弾!?」
「とっておきは出し惜しむべからず……師匠の教え!」

炸裂する閃光、轟く爆音。
これは正に、咲夜を仕留めそこなったあの爆弾。あの時は咲夜と爆弾との間に距離があったが為に仕留められなかった。
しかし今回は至近距離での爆撃。全ての爆発エネルギーは余すことなく霖之助に向けられているのだ。
直撃を受けた彼は、もはや生きてはいまい。
黒タイツが千切れ飛び、そこには既に彼の姿は無かった。
萃香は彼の冥福を祈ると、そのまま先頭を追いかけるべく加速していく。
その戦いぶりを見て八雲一家はウンウンと頷いていたのだった。




「ちょっと姉さん、何で三連単なんて買ってるのよ!」
「一発逆転こそギャンブルよ! 文句あるの!?」
「姉さんよくやった、と言いたい所だが……ココまで大負けしてるからってそんなもん当たるわけないじゃない!」
「うるさい! あんたたちも文句言うなら当ててから言いなさい!」




「まさか……これほどとは!」
「どうした白沢、よもや之までとは言うまいな」

慧音は、伝説の剣士の実力に驚愕していた。
歴史を遡っても伝説などというものは普通、色がつけてあるもの……
その前提が崩れた。
無添加無着色。目の前の剣士の力は、言い伝えの通りだったのだ。
もはや彼の前に障害など何の役にも立たない。
頼れるのは自分の力のみ。慧音は気合を入れなおす。

「おのれ……この私が敵の実力を見誤るとは!」

慧音はこのとき、妖夢が何と比べて自分が半人前なのかを理解した。
教え子の妖夢は決して弱く無い。半人前と言ってはいるが周りから見れば達人だ。
一人前とはこのことかと慧音は悟った。

「なるほどな……伝説の剣士とはよく言ったものだ」
「むぅ!?」

慧音は全速力で18号障害に突っ込んでいき、妖忌もそれを追いかける。

「どちらが歴史に名を刻むか、今此処で決着をつけようじゃないか!」
「望む所、受けて立とうぞ!」







「まりさ……どこ?」

マスタースパークで吹き飛ばされたフランは、必死に魔理沙を追いかけていた。
魔理沙にとって幸運だったのは、フラン自身どうして吹き飛ばされたかを理解していなかったことだ。
そのため、訳もわからず吹き飛んでしまったフランの心は不安でいっぱいだった。


そこへ飛び込む二匹の競走妖、慧音と妖忌。

「我の邪魔をするものには容赦せぬ。覚悟されよ」
「しまった! そいつは――」
「あなたも私をいじめるの……?」

凄まじい爆音と共に、目の前に迫った紅い壁を防いだ妖忌。
目の前が一瞬真っ白になり、感覚が失われる。それほどの衝撃。

「こやつ、出来る!」
「みんなして私をいじめるのね……」
「まずいぞ、この殺気は危険すぎる」
「もういいよ……みんな壊れちゃえ!」

次の瞬間、二人は別々の策を取った。
フランに正面から立ち向かった妖忌、全速力でスルーした慧音。
慧音はフランを知っている。妖忌はフランを知らない。
その差が出た。

「じゃ……ま……だー!!!!」
「ぬうッ!!」

フランの全魔力が込められたレーヴァテインが振り下ろされ、空間が歪む。
妖忌は素早く白楼剣でそれをいなすと、楼観剣をフランの脇腹目掛けて打ち込む。
だが、その切っ先はフランに届かない。
魔力によって作り出されたシールドによって弾き返される。

「なんと、我にも切れぬ障壁とは!」
「あんたなんかいらないよ!」





先頭の魔理沙は21号障害をすり抜け、後続を引き離そうとスピードを上げる。
既に競走を中止した競走妖はすでに14匹、半分を超えた。
後方ではなにやら不吉な爆発音が引っ切り無しに聞こえてくるが、追いつかれなければ大丈夫。

「待てー」
「待てといわれて待つやつは居ないぜ」
「止まらないと、爆殺しちゃうぞ♪」
「そんなもん投げたら、爆弾ごと蒸発させちゃうぜ♪」

大丈夫じゃなかった。
魔理沙を追いかけてくるのは、萃香。
その両の手にはしっかりと爆弾が持たれていた。
魔理沙は強がって見せたが、実のところ蒸発させるだけの力は残っていない。
ただでさえ難度の高い障害を幾つも越えてきたのだ。体力は限界が近づいている。
おまけにマスタースパークまで放ってしまった魔理沙は一杯一杯な状態だった。
それに対して萃香は霖之助を仕留めただけ。この中では一番余力を残しているかもしれない。

「よし、それじゃあ花火いっきまーす」
「げ、ホントに投げてくるのかよ!」

やばいフェイクでも止まってやればよかった、と思っても既に後の祭り。
魔理沙は曲芸飛行で避けるべく箒をシッカリと握り締め、やって来るであろう爆風に備える。

「では、いっきまー……うぎゃっ!」
「どけどけどけどけー!!」

後方から猛然と追い込んできたのは、ワーハクタクこと慧音。
慧音は萃香を押しのけ全速力でゴールを目指している。
その必死の形相からは、彼女が障害レース最強の競走妖とはこれっぽっちも思えなかった。
それほどの異常事態が起きている……魔理沙は瞬時に判断し、全速力で逃げた。

「いったーい。急に掘るなんて酷いじゃない!」
「お前たちもさっさとゴールすることだ。グズグズすると壊されるぞ!」
「なんだって?」
「幻想郷の狂気が目覚めてしまった! お前のせいでな!」
「ちっ、私も命賭ける羽目になるとは思わなかったぜ!」

既に障害は27個通過した。残るは3つ。
逃げ切れば栄光、逃げ切れなければ死。





「うわああああああん!!!」
「これはマズい。我の手に負える相手ではない!」

レーヴァテインが唸りを上げ、障害ごと弾幕を消し飛ばす。
妖忌はガタガタになってしまった楼観剣をしまい込み、フランドールから逃げている。
フランの圧倒的な魔力の前には妖忌の技も通用しなかった。
百戦錬磨の妖忌ですら経験したことのないほどの危険な相手、『幻想郷の狂気』フランドール。
これだけ狂気に満ち溢れた生物など存在しな……

「おや、君ほどの剣士が逃げ出すなんてどうしたんだい?」
「うぬは……何者だ?」

彼は、生きていた。
それ故に妖忌は出会ってしまった。『もうひとつの狂気』に。
反射的に楼観剣に手をかけるが、それはすでにガタガタになっているため殺傷力は無い。
あわてて白楼剣に持ち替えようとする妖忌を、その青年は制止する。

「この幻想郷をこよなく愛する、荒っぽいことは好まない一人の住人さ」
「そうか。ならばアレを任せたいが……」
「お安い御用さ。僕のラヴパワーで彼女を止めてみせよう」

目には目を、狂気には狂気を。
その褌一丁の妖しい出で立ちをした青年にフランを任せることにした。

「あやつ、そういえばスタート前の待機所で見たような……」


「あ……ああ……」
「どうしたんだいお嬢ちゃん。怖がらなくても良いんだよ」

目と目が、合った。
フランは『あってはならぬ幻葬郷』を目の前にし、恐怖を覚える。
体はガタガタと震え、逃げ出したい衝動に駆られるが彼の絶対領域から逃げ出すことは適わない。
凛々しい顔、鍛え上げられたたくましい肉体、そして風にたなびく褌……
これを狂気と呼ばずして、なんと呼ぼうか。

「さぁ、僕の胸の中に飛び込んでおいで!」
「たすけて……さくや……」

彼女の本能がそっと告げる。
『目の前の変態こそ、貴女が破壊しなければならない史上最悪の狂気』だと。
フランは雑念を振り払い、ありったけの魔力をレーヴァテインに注ぎ込み、空間を歪めながら青年に突撃していく。

「うわあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「ちょっと待ちたまえ! そんな物騒なもの……ぎゃあああああああああ!!!!!!」


「むうっ! あの青年もうやられてしまったのか、使えん!」





「まぁ、あんなのと出会っちゃったら私でもトラウマになるね」

先頭の魔理沙から、最後方のフランドールまでの差はおよそ50m。
残った競走妖はたったの5匹。マリサ、ミッシングスイカ、ヨーヨーキ、ワーハクタク、そしてフランドール。
その中でもフランは既にグロッキーになっている。
あれだけ見境無く暴れた挙句『褌の狂気』に出会い、それを仕留めるために全魔力を使い果たしてしまったようだ。
近年稀に見る激戦となった幻想大弾幕。そのレースもいよいよ大詰めの最終障害。

「こいつは……紫の弾幕結界?」
「ちょっと違うね、深弾幕結界の方だね」

5匹を取り囲むように展開される最終障害『深弾幕結界 ‐夢幻泡影‐』
それはまさに最大の障害レースのトリを飾るに相応しい難度。
隙間無く配置された弾のカーテン。これを9回抜けなければゴールには辿り着けない。

「なにこれ……ぎゃっ!」

最初に弾幕結界に封じ込められたのは、既に魔力を使い果たしたフランドール。
数え切れないほどの競走妖を葬ってきた彼女も、ここで遂に力尽きてしまった。

「ふっ、昨年同様この障害も突破してみせる! オールドヒストリィィィィー!!」

ノーダメージで抜ける事が出来れば残るは直線。他の三人などぶち抜いてみせる。
慧音はここぞとばかりに歴史を紐解き、昨年の突破方法を再現する。
だが彼女はノーミス突破を目指すあまり、ここで致命的なミスを犯してしまった。

「魔理沙様が見てるぜ」
「萃香様も見てるよ」
「……あ!」



「慧音のアホー!」
「残念だったわねアリス。あなたの妖券はここで紙屑に変わったも同然ね」
「うるさいよ紫もやし!」



「しかしラッキーだぜ。まさか目の前で弾幕結界突破のお手本が見られるなんてな」
「ホントホント」
「おのれきさまら……」

弾幕結界を難なく抜けた三人。いよいよ残すはラスト800mの直線だけ。
こうなっては絶対スピードと余力がモノを言う。
スピードだけならば明らかに魔理沙が有利。だがスタミナという点においては萃香の右に出るものは居ない。
この時点で二人の力は全くの五分。勝負は気合と奥の手によって決まるといっても良かった。

「わはー。勝負だ魔理沙!」
「この先は爆弾禁止だぜ!」

見れば萃香は酒を飲み、激しく酔っ払っている。
酔えば酔うほど速くなる……萃香のスピードは既に魔理沙に負けていない所まで早くなっていた。
猛烈な競り合いを演じる二人、そのスピードに慧音はついていけない。
こうなってしまっては二人に追いつく術は慧音には無く、彼女は敗北を覚悟した。
――バレれば失格という覚悟を。

「私以外の全ての歴史は消し飛ぶッ!ネクストヒス……」
「未来――永劫斬」
「な……に……!?」

瞬く間に歴史は切り裂かれ、歴史を司る守り神もまた蹂躙される。
後方からこの一撃を繰り出すタイミングを計っていた妖忌。
慧音を角ごと斬って捨て、妖夢の未来永劫斬とは比較にならないスピードで前の二人を猛追する。

「小童ども、ここで朽ち果てい!」
「わはー、こいつは危ないぞー」
「孫と同じ目にあわせてやるぜ」

残り550m。
ここで魔理沙は必殺のスペルを詠唱し始める。
幻想郷最速を誇る『ブレイジングスター』、これに自力で追いつける競走妖は存在しない。
萃香もそれは重々承知。先に発動されたら負けだということは分かっている。

「ミッシング――パープルパワー!!」
「むっ」
「デ、デカイ!」

抜かせなければ、勝てる。
萃香はコース幅一杯にまで大きくなり、二人の通り道を塞ぐ。
だが、そんな通せんぼなどお構い無しに魔理沙は詠唱を続けていた。
邪魔するものは吹き飛ばす。それが魔理沙スタイル。


最後のスペル、遂に魔理沙はブレイジングスターを発動させた。

「邪魔だぜ邪魔だぜ、デカくて邪魔だぜ!」

ここで魔理沙の向かうべき道は、3つ。
間隙を縫って抜き去るか。
スキマ魔法で飛び越すか。
菊座を狙って仕留めるか。
全て実現可能。だがすぐ後ろに妖忌が途轍もないスピードで迫っている為に魔力の無駄使いは出来ない。
魔理沙は一瞬で萃香とコースの間隙を見つけ、瞬時に抜き去る。

「は、早い!」
「速いの間違いだぜ」

妖忌にも抜かれてしまった萃香。二人とのスピード差は歴然。
だがこれも想定の範囲内だよ、と言うような顔で萃香は元のサイズに戻り自分に残された武器を確認する。

「ミッシングボンバーが3個か……行けるね」



「こ、こやつ速い!」
「お前も速いが、生まれてきた時代が悪かったな!」
「うぬぬぬぬぬ! 幽々子様申し訳ありませぬ!!」

残り200m、魔理沙は遂に妖忌を振り切った。
もはや目の前に敵も障害も無い。ゴールがあるだけ。
勝った……そう確信した直後、魔理沙は後方からの大きな爆発音を耳にした。
チラリと後ろを見ると、萃香がありえない勢いで『飛んで』きていた。

「わはー! 決死の爆弾ダーイブ!!」

前哨戦で咲夜に喫した敗北。それは萃香を一回りも二回りも大きくしていた。
能書きはいい。吹き飛べば分かる。
ミッシングボンバーでの自爆。その爆風がゴールまで運んでくれるのだ。

「三段自爆ロケット第二段!」
「なんだその反則技は!」

白玉楼に再び轟く大爆音。本来ならば抜くことの適わぬブレイジングスターを萃香は着実に追い詰めていく。
命を賭ける覚悟で飛ばす魔理沙と、本当に命を賭けて飛ばされる萃香。
残るは50m。先にゴールした方が勝ち。

「さぁ……最後の一発だよ!」
「抜かせるわけには行かないぜ!!」

全身全霊を込めてゴールを目指す魔理沙に、熱風が襲い掛かった。
3度目の爆音と共に萃香は弾丸となってブレイジングスターを抜きに掛かる。
お互いに火の玉になりながら、二人はゴールへ突っ込んでいく。

「あぢぢぢぢぢぃー!!」
「わははははははー!!」



二人が全く並んだ地点がフィニッシュライン。見た目には全くの同着だった。




「……長い写真判定ね」
「いっそのこと同着でもいいわ。当たったし」
「なっ、パチュリー貴女なんてことを」

パチュリーの買った妖券には、しっかりと魔理沙-萃香の妖連が含まれている。
それに対し霊夢は……

「まりさまりさまりさまりさまりさ……」
「分かりやすいわね」

そう。霊夢はありったけのコインを魔理沙の単勝に注ぎ込んでいたのだ。
神社新築のツケもまだまだ残っているし、ちょうど今朝の朝食で食材も無くなった。
霊夢一世一代の大勝負。これを外した時のショックは計り知れない。
魔理沙が敗北した瞬間、白玉楼のお世話になるかもしれなかった。

「大丈夫、私は魔理沙を信じるわ!」

そして、遂に結果が出た――

















「や、や、やったわ一発大逆転! 三連単的中よルナサ姉さん!!!!!!」
「嘘ッ……ホントに当たってる!!!!」
「さすが姉さん! よくやった、感動した!」
「ちょっと待てリリカ、ドサクサに紛れて当たり妖券を持って逃げるんじゃない!」







「あ……あ……あ……」
「あら霊夢。何しに来たの?」

1着ミッシングスイカ。写真で見ると萃香の角が魔理沙の帽子を僅かに抜いている。
魔理沙はホンの僅かの差でまたまた2着になってしまったのだった。
萃香に協力していた八雲一家はすでに飲めや歌えの大騒ぎ。魔理沙はコッソリと控え室へと戻っていった。

「勝ったよみんなー!」
「さっすが萃香さーん!」
「私がレースに居なかったのだから、当然ね」
「いえ、紫様が居ても居なくても結果は同じだったような気がしますが……」




「うわああああん、負けちゃったよれいむーれいむー!」
「…………」
「……あれ」

返事が無い。ただの抜け殻のようだ。
そこには『博麗霊夢だったもの』と、宙に舞う大量のはずれ妖券だけが残されていた。

「霊夢が……冷たくなってる……」

霊夢も居ない。香霖も居ない。私は一人ぼっち……
魔理沙は現実を目の当たりにし、その場に崩れ落ちて号泣したのだった……




幻想郷最速選手権・EX ~夢幻泡影~ 完


こんばんわ。唐突な妄想のせいで執筆が遅れたさしみです。
魔理沙負かしちゃったよ魔理沙。
そして霊夢、ショックで幽々子のところへ逝っちゃいました。
本編はハッピーエンドだったので、EXはバッドエンドにさせようかなと思いついたのが第6話終了直後。
バッドエンドなのに笑った方、ある意味正常です。
咲夜さんを出したいという願望で急遽EX2をはさんだ挙句、ようやくEX完結と相成りました。
こんな妄想に再び付き合っていただいた方々に一言、ありがとうございました。

以下チラシの裏
妹様が頑張ってくれたお陰で幻想郷は守られました。
一箇所萃香を「彼」呼ばわりしていた点を修正。こーりんと混ざってました。
さしみ
http://www.icv.ne.jp/~yatufusa/
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コメント



0.2470簡易評価
3.100名前が無い程度の能力削除
>そして、遂に結果が出た――
この後の空白の絶妙さ、マウス持つ手が本気で震えました…
本編とは違うバイオレンスな展開ながらも、レース場面のスピード感、緊張感は変わらず、最高に楽しめました!
スイカに賭けてた身としては予想的中で嬉しいですが、霊夢と魔理沙は……
……番外の番外とかで、後日談とか期待したいかも。
11.100名前が無い程度の能力削除
香霖、死んじゃったんですか。
13.100他人四日削除
フラン嬢は良く頑張ったと思う。
何しろ幻想郷を護ったのだから……
38.80おやつ削除
まぁ、人生勝ち組もいれば負け組みも出る。
霊夢がこういう勝負で最後に勝てないのは、なんと言うかもうお約束?
とりあえず、ひたすらに笑わせていただきました。
42.100leon削除
ええもう、すばらしかったです♪