Coolier - 新生・東方創想話

上海龍狼伝~序章~

2005/07/09 23:56:05
最終更新
サイズ
6.47KB
ページ数
1
閲覧数
704
評価数
1/28
POINT
1220
Rate
8.59



時は明治十七年、地は上海租界。欲望と欺瞞によって統治されたそこはけして安全とは言えない場所で、ひとたび光の下から出ればそこには何が渦巻いているか判らない、一寸先すら闇の街。
まして、昼なおうす暗い路地裏ともなれば、そこは魔窟。人、人をやめたもの、人でないもの、誰もかれもが入り乱れて、刃の上の生を奪い合う。そんな中にあっては、誰であろうと戦わぬものに生きる資格はなく、しかし誰であろうと同じだけの生きる権利を持っていた。
そんな龍顎の魔都で、今日もまた生きるために己の全てをかけて叫び続ける者がいた。



…はっ。はっ。はっ。たっ。たっ。たっ。
荒い息遣いと駆け足の音が薄暗い路地に響き渡る。音の主は薄汚れた灰色の髪の少女で、右肩の刺し傷からとくとく血を流しながらも必死に走り続けていた。
背後からは複数の重い足音が追って来ていて、もし追いつかれたらアウトだと彼女は知っていた。彼らは、派手にやり過ぎたもぐりの盗人を決して許しはしない。
少女の右手にはナイフがあったが、小さなそれ一本で大人数相手に何が出来るものか。もっとも、逃げる役には立ってくれた…そのナイフはすでに、彼らのうち一人の血に染まっていた。しょせん子供の細腕、大した傷ではなかったが、怯ませて囲みを破るには十分だった。ただ、その行為はもし捕まった場合に彼女の運命をより悪いものにすることも間違いないのだが。
「…っ!」
そして、角を曲がった先の行く手が壁に塞がれているのを発見し、少女は立ち竦んだ。慌てて引き返そうとしかけると、ちょうど今抜けた道に数人が躍り出て来たのが見え、呪いをこめて舌打ちをする。行く手の壁は少女の背に比べてあまりに高く、乗り越えられるとは思えない。…しかし、乗り越えるしか助かる道はなかった。その位置から一気に助走をつけ、少女は躊躇うことなく壁に飛びついた。それは年齢の割に見事な跳躍で、指先はつるつるの石壁に辛うじて引っ掛かった。同時に、右肩の切り傷に激痛が走る。
「ぐっ…!こんな程度…!」
うめき声を噛み締め、少女は恐るべき意志力で辛うじて手を離さなかった。…が、怪我をした腕で登り切る事は不可能だった。背後から足音はどんどん近づき…少女は覚悟を決め、懐のナイフを握りかけた。しかしその時、石壁の上に着地音がし、顔を上げた少女の前に、赤髪の少女が立って手を差し伸べていた。
「ほら、掴まって!早くしないと追いつかれちゃうわよ!」
「…」
少女は訝しげに彼女を睨みつけたが、もうすぐ近くまで迫った足音を耳にして心を決めた。どうせ、捕まるより悪いことになりはしないのだから。右手を伸ばし、しっかりと差し出された右手を掴む。すると、信じられないような力でそのまま軽々と引き上げられた。引っ張られた右肩に激痛が走り、少女の意識は白い光の中に消えて行った…。



「…?」
重い瞼に梃子を入れて目を開いてみると、灰の髪の少女は見慣れない部屋の中にいた。独特の空気や木の板の間から覗く岩壁からするに、おそらくどこかの洞穴を改造したものか。何度か頭を振って意識をはっきりさせると、彼女はすばやく周囲の観察と思考を始めた。…確か、あの赤髪の少女に引っ張り上げてもらったところまでは思い出せる。
「Hi、いいタイミングでお目覚めね、銀色のお姫さま。ちょうど出来立てのとこだったわ」
「?!」
知らない声が間近で聞こえ、少女は腰に手を伸ばしながら身体を跳ね起こし…右肩に激烈な痛みを感じて身体の動きを止め、寝ている時も腰にあるはずのナイフがないことに気付いて精神の動きも止めた。それも少しの間、速やかに思考を切り替えて周囲の把握に努め…ようとした時、ふわんといい匂いが彼女の鼻腔に忍び込んだ。
「ほら、いきなりそんな無茶しちゃ駄目よ。別に何もしないって…この街じゃあ信じにくい台詞だけどさ」
今度はゆっくりと身体を起こすと、少女は疑念のこもった眼差しで眼前の人物を見つめた。…そう、確かこの赤髪の少女に手を貸してもらって逃げられたのだ。そして、今はいい匂いと湯気が盛んに立ち上る粥の椀を笑顔で差し出してくれている。見れば、右肩には包帯も巻いてある。おそらくこの少女がしてくれたのだろう。
「いろいろ世話になったお礼をまず言っておくわ。…それで、あなたはいったい何者。こんなに親切にされるような憶えはないんだけど?」
赤髪の少女は椀を傍らに置くと、びくりとする灰髪の少女にかまわずその身体の下に手を差し入れて優しく身体を支えながら答えた。
「私は美鈴。特に理由なんてないわよ、私もあなたと会ったのは初めてだわ。助けた理由はとっても簡単…ちょっと親近感が湧いたから」
「…親近感?」
眉をひそめながらも、灰の髪の少女は美鈴にされるまま大人しく抱えられ、口元に差し出された木の匙を短い逡巡の後に受け入れた。
「そ。同じくらいの年格好の同性で、追われて逃げるのが珍しくないような暮らしをしてるのも同じ。何より、目が死んでない。だから、同類の連帯感と言うやつで助けたのよ…ほら、熱いから気をつけて…」
話しながら少女の口元に運ばれる粥はとても温かで優しい味で、緊張にこわばっていた体から力が抜けて行くのが感じられた。そして、近くで覗き込んだ美鈴の目に嘘はなかった…判る限りでは、少なくとも。久しぶりのまともな食事の嬉しさに、全く勘が鈍っていないとは言い切れなかっただろうが。
「…なら、ありがたく受け取っておくことにするわ。どうせ、他に道はないんだし」
「上等な答えですこと」
美鈴は、面白くてたまらないと言うようにころころと笑った。
「ああ、そうそう。手当てのついでに身体と服も洗わせてもらったわよ…拭いてみたらびっくり、綺麗な銀色ね。あなたの髪」
「ん」
言われて、匙を口にくわえたまま、灰…いや、銀髪の少女は髪に手を伸ばした。どうりで何か感覚がさっぱりしていると思えば。彼女の髪は、今では最上の銀細工のように光を映してしっとりと瀟洒に輝いていた。
「久しぶりね、綺麗になったのは。…貴重な水を、悪かったわね」
こんな魔窟に堕ちても、それでもまだ少女は充分に少女だった。彼女は綺麗になった髪を見て表情をゆるめ、美鈴に礼を述べた。
「それは大丈夫よ。ここ、ないしょだけど湧水が出てるから。偶然発見した私の秘密のねぐらなの」
「へえ…そんないい場所を確保出来るなんてラッキーじゃない」
「秘密のコツがあるのよ」
そう答えて、美鈴はくすっと笑った。その笑顔の艶やかさに少女が一瞬目を奪われた、その隙をとらえて美鈴はすかさず尋ねた。
「…ところで、もしよければだけど、名前教えてくれない?呼ぶのに不便よ」
「…え」
ふいを突かれて毒気を抜かれ、少女は軽く美鈴をにらみ上げ…しばらく考えると、ひとつ頷いて答えた。
「私は…咲夜よ」
それに満足そうに頷くと、美鈴は言った。
「じゃあ咲夜、よければしばらく私と組まない?一人じゃ色々不便と思ってたところなのよ、ちょうどね」
「んー…」
少しばかり驚いたものの、咲夜は冷静に考え込む様子を見せ、
「…そうね…私があなたと組むメリットは?」
「水は自由に使い放題。毎日の稼ぎは折半。それでどう?」
返った答えに、咲夜は今度こそ目を丸くした。
「ずいぶんと太っ腹ね?初対面で、土地を確保したのもそっちだって言うのに」
すると、美鈴は艶やかに笑い返した。
「勝ち目があると思って賭けたら、あとは自分の勝利を疑わないで結果を待つ主義なの。もし結果が外れなら、目を見誤った私が悪いだけよ。…そして、それで負けたことは、今までそんなにないわ」
その美鈴の目を、咲夜はじっと見つめていた。…そして。
「ふん…気に入ったわ、あなた。いいわ、利害関係が一致する限りは組んであげる」
「あはははっ!組んであげる、と来たわね…いいわ、あなたも。誘った甲斐があるってものよ」
二人は愉快そうに笑い出し、やがてどちらからともなく手を差し出し合い、しっかりと握り合った。



この時から、上海を舞台にした運命の物語は動き出したのだった。
「紅魔館に来る前からこの二人は知り合いだったと言う可能性もありじゃないか?」とふと思いつき、ファンブック発売の前に滑り込みで書き始めてみました。少々進行は遅いと思いますが、生暖かく見守ってくださると幸いです。なお、めーりんの性格は萃夢想の影響を受けて少し強めになっているかも知れません。


そして、最萌2の「上海紅茶館~Chinese Step!」の作者さんに、この場を借りて感謝を。あの話で「龍顎の魔都上海」を美鈴が懐かしんでいた場面も、この話のきっかけの一つでした。以前「ピアノ+美鈴」を流用する許可を頂きましたが、美鈴のプリズムリバー家での修行の話もおかげさまで構想中です…いつになるかわかんないけどorz
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1130簡易評価
5.無評価おやつ削除
紅魔館より以前からの知り合い……
面白そうな設定ですねぇ。
続き楽しみにしてます。
頑張ってください!!
8.90削除
実は東方降魔録~the Scarlets~の頃から貴方の作品のファンでした(*ノノ)
続きも待っております!
美鈴・咲夜の物語を楽しみにしてますね!
ファンファーレのあらし!(90点)