多少のグロ表現が含まれます。
妖精が舞う湖の畔に、その館はそびえ立つ。
紅い悪魔の住まう、赤い館。
紅魔館。
その館に存在する、ヴワル魔法図書館
幻想郷最大の図書館である。
そこに私、パチュリー・ノーレッジは存在する。
その日も、普段と同じように本を読み漁り、知識を蓄え、
書に記す作業をしていた。
恐ろしいほど静かな書斎に、カリカリ、ペラペラと微かな音が響く。
管理人である魔女が動かす羽ペンの先と紙が擦れあう音と、
魔法によって、独りでに捲られる本の音だ。
静かな図書館を支配していた二つの微かな音。
その音が同時にやむ。
「ふぅ……」
紫の魔女は息を吐き出す。
少し、疲れたわね……
傍らに置いてある淡い青色をしたビー球。
ソレを指で一撫でする。
淡い青色が、仄かに輝く。
「誰か、お茶を用意してくれないかしら?」
まるで呟くような、小さな声。
それで十分。
このビー球に魔力を込めれば、彼女の言葉は確実にメイド達に伝わる。
出不精な彼女らしい魔法の道具だった。
暫くすると、ドアをノックされる。
「入りなさい」
「失礼します」
あら……
普段なら、この図書館の司書を務める小悪魔のリトルが持ってくるのだが、
この時入ってきたのは、見知らぬメイド。
特徴的なのは、髪を左右で縛っている事だった。
あの子じゃないなんて、珍しい……
「そこに置いといて頂戴」
「はい」
メイドがカチャカチャと、紅茶の準備をしていると、
またも部屋をノックされる。
「だれ?」
「リトルです」
入室の許可を出す。
カチャリと空いて、小悪魔のク・リトル・トゥールー、通称リトルが現れる。
ティーセットを載せた台車が、彼女の背後に見える。
「すいません、遅れてしまい……あら?」
リトルが目を瞬かせる。
メイドと、準備された紅茶が視界に入ったからだ。
「リトルさん、私がご用意させてもらいました」
「あ、ありがとう御座います……」
「どうぞ」
メイドが指示した場所に、紅茶を置く。
「ん、二人とも下がっていいわ」
「はい」
メイドが台車を押して退室しようとする彼女をリトルが呼び止める。
「あ、ちょっと手伝ってもらいたい仕事があるんだけど……いいかしら?」
「はい、いいですよ」
ツインテールのメイドが笑顔でリトルに答え、
「「失礼します」」
と、二人そろって出てゆく。
一人になったところで紅茶を手に取り、一口飲む。
「んく……、あら……美味しいじゃない……」
リトル以外の従者が淹れた紅茶を飲んだのは随分久々な気がする。
ふむ……リトルの仕事分担にさっきのメイドは良さそうね……
コクリと二口、三口、紅茶を飲み、ページを手で捲る。
……読書再開ね
_/_/_/_/_/_/_/_/
その頃、紅魔館の地下室では……
「やだ! 私もお姉様に着いて行く!」
少女の声が地下に響く。
我侭を言っているのは紅魔館主人の妹、
フランドール・スカーレットだった。
レミリアが、「出かけるから大人しく留守番していてね」
と告げたところ、着いて行きたいと言い出し、ゴネていた。
「フラン、外は日が射していて危ないわ。だから大人しく……」
レミリアがやんわりと説得しようとするが、
「いつもそればっかり! アレ以来魔理沙も霊夢も来てくれないし……
私だって外で遊びたいのに!」
フランは一気に捲くし立てる。
ここまで不満を撒き散らすのも珍しい事だった。
「フランの言いたい事も判るけど、貴女は私みたいに再生できないでしょ?
私でさえ日傘が必要だと言うのに……」
レミリアの圧倒的な身体能力と再生能力。
これは吸血鬼本来の力に加え、彼女の能力である運命操作によるものだった。
つまり、フランには持ち得ない力と言う事だ。
「ぅ……、そ、それじゃあ夜に外に出るのはいいでしょ?」
なおもフランドールは食い下がる。
どんな事があっても、フランは外に出す事は出来ない。
フランの制御できない力は、幻想郷すら『破壊する』恐れがある。
それにフランが、
私の知らない所で、
私の知らない間に、
私の知らない存在と仲良く遊ぶかもしれない。
そんなの……許せない。
「フラン、夜はお勉強でしょ? 外に出るなんてダメよ!」
_/_/_/_/_/_/_/_/
薄暗い図書館。
ページを捲る音だけが、部屋に響く。
読書に集中していたパチュリーだったが、
羽ばたくような、微かな音が耳に入ってくる。
「……ん?」
ページを捲る手を止め、顔をあげる。
どこから入り込んだのか、コウモリが一羽部屋に入り込んでいた。
「これは……レミィの使い魔……」
キィっと鳴くと、少しだけ開いた扉から、そのまま部屋を出て行ってしまう。
自分で開けたのかしら?
呟きながら本を閉じると静かに立ち上がる
「まぁ、呼んでるのなら行って上げなきゃ……親友だし…」
閉じた本といつもの本の二冊を小脇に抱えて、コウモリの後を着いて行った。
_/_/_/_/_/_/_/_/
地下の口論はまだ続いていた。
私はただ、外でみんなと遊びたいだけなのに……
それを出てはいけないと、否定するお姉様。
そんなお姉様に、
私のカンガエ、キモチ、ノゾミ、全てをぶちまけて、
私はお姉様を否定した。
「そんな……姉妹なのに不公平だよ! おかしいよ!、間違ってる!」
「―――ッ」
大きく目を見開いて、レミリアが驚愕する。
そして、悲しそうに目を伏せて、私を見据える。
「……そう、ね………私が……間違ってたわ……」
「……! お姉様……」
やった! お姉様が、私の意見を聞いてくれた!
レミリアが、フランドールの手を取る。
ドクンッ
心臓の高鳴りと共に、頭の片隅が、信号を出す。
私の中で、意味不明な不安が芽生える
な……に、これ?
「間違ってた……、私は……フランの姉なのに……」
私の手をきゅっと握ってお姉様がブツブツと呟いている。
ダメ、ハヤク アヤマッテ
???? なんで謝らなきゃいけないの?
「ダメな……姉には……罰…が、必要……ね……」
フランの手を握るレミリアの手に、力が加わる
「いたッ……お姉様、手、いたいよぅ……」
「フラン、私に……ダメな姉に罰を頂戴……」
「ぇ……」
私の手を、そのまま顔の高さまで持ってくる。
思い出した……
さっきの心臓の高鳴りも、妙な不安も、全て……
フランの目から勝手に涙が流れ出る。
「ゃ……やめて……お姉様、やめてよぉ!」
手を抜こうとしても、万力のような力で手首を固定されている。
「ほらフラン……指を伸ばしなさい!」
「ひぐッ……やだぁああッ」
一喝され、強制的に指を伸ばされる。
「大丈夫……フランは痛くもなんとも無いから……」
お姉様は優しく語り掛けてくる。
狂った目をして。
「やめて……、やだ……やだ……」
これから起こる出来事は、大好きなお姉様も、私の心も傷つける。
私は、それを「何度も」経験していた。
やだ、あんなこと、もうやだ……
「しっかり見て………ほら……フラン、見なさい!」
「ヒィッ」
泣きじゃくり、目を伏せる私の瞼を、
お姉様が空いている手で開き、固定する。
「ご……ごめんなさい、ごめんなさい、ひっく、ごめんなさい、」
謝る私に、お姉様が微笑む。
「私が、『間違っていた』そうよね? だから、私は罰を受けるわ……」
そう言うと、私の手を動かす。
やめて、やだ……壊したくないのに……
傷つけたくないのに……
やめてよ……やだ……
指先が触れる。
「いやぁああああッ」
指先にぐちゃりとした感触
涙となって流れ出る血液。
「うわぁああぁぁっぁあああぁッ」
自らの目を突き刺したのだ。
私の手で。
「……ッ……ん、……ふ、うふふッ……ふふ…」
微笑みながら残った目で私を見る。
咲夜もパチェも……みんなお姉様のモノ。
私はただ……お姉様みたいに、私だけのモノが欲しかっただけなのに……
私にはお姉様しか居ないのに、
私の手はお姉様を傷つけた。
私のワガママがいけないんだ……
私が、望んだのがイケナインダ……
「ぐすッ……ひぐッ……うわぁあぁああん」
ぐちゅっと手を引き抜いて、その場で泣き崩れる。
「フラン……どうして泣くの? これで貴女は外に出れるのよ?」
ブンブンと首を横に振る。
「ごめッ…さぃ……、ぐしゅ、ひぐッ……私が……フランが…いけない子でした……」
だから、ワガママな記憶を、イケナイ私を心の底に……
「フラン……」
お姉様が、泣きじゃくる私を優しく抱きしめてくれる。
「お…お姉様……」
なんでお顔が真っ赤なの?
「泣かないで……フランが力を扱えるようになったら……その時は、お外で遊びましょ?
だから、今日はお部屋でお留守番してて、ね?」
でも、だっこ……温かい……
「……ぅん…お部屋でお留守番……してる……」
「そう、フランは良い子ね……」
レミリアがそっとフランの頭を撫ぜる。
やっぱりお姉様は優しい……
私は、お姉様の胸に顔を埋めた。
甘えるフランの頭を、レミリアが優しく撫でていると
「レミィ、何かあったの?」
と声が掛る。
階段を下りてくるのは……
「あッ、パチェだ!」
フランドールがその名を呼ぶ。
コウモリに呼ばれて図書館から駆けつけたパチュリーだった。
「えぇ、出かけるから後は宜しくね」
そう言うと、フランを放して立ち上がる。
「あら……『また』やったの?」
パチュリーがレミリアの赤く染まった顔に手をやり、こびり付いた血をとってあげる。
「……ん、大丈夫よ。 もう治ってるから……」
潰れていた方の目を何度か瞬きしてみせ、小声で呟く。
「偶にしか相手してあげられないから、フランも我侭になっちゃうみたいね……ふふ…」
「……そう」
「お姉様、行っちゃうの?」
「えぇ、じゃあねフラン……、パチェ、お願いね」
それだけ言うと、レミリアは階段を上がって地下室から出ていってしまった。
私が心配なのは、怪我ではなくて……
貴女と妹様の……
「ねー、パチェー」
フランドールがパチュリーの袖を引っ張る。
「ん、どうしたの?」
フランドールのお腹から、きゅーっと可愛らしい音が鳴る。
「お腹空いちゃった……」
「……咲夜を呼んでくるわ。 それまでこの本でも読んでるといいわ」
持ってきた本を渡す。
ポタリ、ポタリと本に雫が落ちる。
「うん……あ、あれ? 涙が……勝手に……」
目を擦ろうとして、手が真っ赤になっているのに気がつく。
「あ……なんで手が汚れてるんだろ……」
「……」
「汚いなぁ……」
ゴシゴシと、フランドールは真っ赤になった手をスカートで拭う。
……やっぱり、記憶を……
「……それでは、私も失礼するわ」
妹様と別れ、地上への階段を上がる。
ふぅ……、二人の我侭も困ったものね……
妹様は能力の制御も出来ないのに外に出たがるようになってしまった。
レミィは、外に出たいと言う妹様を更に束縛しようとする……
運命操作によって、フランドールの中でレミリアは、
『生きる支え』と言えるほどの存在になっている。
離れようとする妹様の心を傷つけてまで繋ぎとめるなんて……
そこまで慕う姉を自分の手で傷つける事は、
生きる支えを失う事に繋がる。
すなわち、自分を否定する事になる。
フランドールは無意識に自らの心を『壊し』
慕っている姉を傷つけた記憶を押しやって『無かった事』にして、
これを避けたのだ。
フランドールに残る記憶は、『優しいお姉様』だけ。
まったく、狂おしい姉妹愛ね……
お互いに壊れている事に気がつかないのかしら?
「今の時間だと……外かしら? そこの貴女、咲夜はどこかしら?」
廊下を歩いているメイドを捕まえて居場所を問う。
「あ、パチュリー様、メイド長なら詰め所の方ですよ。 お連れしましょうか?」
ん……、偶には外に出るのもいいわね
「……そう、いいわ、私が直接向かうから」
「はい、それでは失礼いたします」
メイドと別れ、パチュリーは詰め所に向かうことにした。
_/_/_/_/_/_/_/_/
その頃、紅魔館門前の詰め所では……
詰め所の前で、深呼吸。
すー、はー、
よしッ
詰め所のドアノブを捻り、そっと開ける。
「失礼します……」
「遅いわよ、美鈴」
ビクッと身を固くし、直立不動になる。
私を呼び出し、待っていたのは、メイド長の咲夜さん。
お嬢さまが夜行性なので、実質紅魔館を取り仕切っている存在。
それでいて、防衛部隊の長で、門番である私とは同期で同僚。
そして……
「美鈴、呼び出した理由……わかるわね?」
「はい……」
咲夜さんが呼び出した理由。
今月の防衛結果に対する評価だ。
結果良好の場合は、隊員皆の前で褒められるが
悪い場合、こうやって呼び出されて私が代表で罰を受ける。
「防衛回数が12回、その内撃退数が2回……」
「ぁ……その……相手はあの黒いのなんですよ?」
訪れた存在があの黒い魔法使いなのだ。
そのスピードに物を言わせて突破されたり、
不意打ち気味にマスタースパークを放たれては防衛以前の問題だ。
しかし、メイド長は言い切る。
「言い訳はいらないわ」
「ぅ……」
「『また』オシオキね…」
咲夜が怪しく微笑むと、ナイフを取り出して、立ちすくむ美鈴に近寄り、頬に手を添える。
「ぁ……」
咲夜さんの手が……
美鈴の頬が薄っすらと朱色に染まる。
「…ふふ……何を期待しているのかしら?」
そのまま私を抱き寄せると、
服を肌蹴させて肩を露出させられる。
「12-2……10秒、ね……」
耳元で優しく呟き、
私の、露わになった肩口にナイフを突き刺す。
「ッ……!」
すぐにナイフは抜かれる。
傷自体は深くは無い。
けれど、傷口を咲夜の指がゆっくりと這い、流れ出る血を掬う。
指が傷に触れるたびに、痛みに顔をしかめる。
「ぅッ……くッ……」
咲夜さんは、私のそんな顔をみて嬉しそうに微笑む。
「たった10秒でしょ?……大丈夫よ。
来月はちゃんと、成功した回数――二度、愛してあげるわ……」
「ぁ……」
愛して……もらえる……
もちろん、体を重ねるという事だ。
一瞬で顔が真っ赤になる。
以前の事を思い出しただけで体が熱くなる。
「さぁ、いくわよ」
咲夜さんの指が、
傷口を人差し指と薬指で押し広げ、中指が傷口を撫でる。
「――ッッ!!」
そして、遂に指が傷口に――私の体に入り込む。
「あッ!!! くッ……!」
私の苦悶の表情を見て、咲夜さんが舌なめずりをする。
「んふ……良い表情……もっと見せて……」
傷の中で、咲夜さんの指がカギ状に曲がり、傷を抉る。
肉の裂ける感触が激痛と共に私を襲う。
「ギ――ッ、ッゥウううぅうウッ」
痛みを堪える為に、咲夜さんにしがみ付く。
「あら……まだオシオキの最中でしょ? ふふ……」
微笑みながらも、傷口で指を蠢かす。
今度は傷口を拡張するように円を描く。
「むぅ――ッ!! あッ!! アッ!!!」
痛みを堪えきれずに、大粒の涙が流れ落ちる。
「い――ッ 痛いッ咲夜さん、いたいッ、痛い痛いですッ!」
膝がガクガクと笑い始め、抱きしめる腕に力が入らなくなる。
「うふふ……罰なんだから、我慢しなさいッ」
「ア、アッ、――ッ」
痛みにより、一瞬ではあるが、完全に気を失ってしまう
「ほらッ、もっと声を聞かせてッ
グチッ
「ぃ――ッ、んひぃいいッ」
「もうそろそろで10秒ね……これで……終わりよ!」
ミチミチと肉が裂ける音と共に、傷口に指が四本も挿入される
「ぁ…ひッ……ぎぃ――ッ!!」
大粒の涙を流す目を大きく見開き、喉を逸らして、口をパクパクと動かす。
その様子は呼吸しようともがく、陸に揚げられた魚のようにも見える。
膝が遂に力尽き、抱きついていた咲夜を支えに、美鈴はずるずるとしゃがみ込んでしまう。
「ハァ…、ハァ…、ハァ…、」
涙で顔をぐしゃぐしゃに濡らし、
震えながら荒い呼吸で息を整えている美鈴の頬に手を添える。
「んッ……、ふふ…、可愛いわ……美鈴……」
傷が大分酷くなっているが、暫くすると、傷口がドンドン小さくなっていく。
咲夜が傷の時間を薪戻しているのだ。
「ぁん……ぁりがとぅ、ござぃます……」
あったかくて、優しい手……
咲夜の手に頬を摺り寄せる。
傷の時間を巻き戻しながら、美鈴の頬を撫で続ける。
「……美鈴、来月は頑張ってね……」
「はぃ……がんばります……」
へたり込んだ美鈴が、潤んだ瞳で咲夜を見つめる。
「美鈴……」
このまま『罰』から『ご褒美』へ――
だが、そんな二人だけの時間の終わりを知らせる様に、
ドアをノックする音が部屋に響いた。
コンコン、
「咲夜、居るかしら?」
扉を開けずに、声だけ掛けてみる。
「はい、なんでしょうか? パチュリー様」
返事は背後から聞こえた。
少し、不機嫌そうだった。
「あら……出てきたのね……」
まったく、従者と言うものは主人に似るのかしら?
咲夜も、美鈴も、狂おしいほど良い趣味してるわ……
「まぁいいわ。レミィの外出は知ってるわね?」
「はい、私が詰め所に立ち寄る直前に出てゆかれましたわ」
「そう、それと、妹様がお腹すいたって言ってたわ……」
「はい、判りました。 パチュリー様はいかがいたします?」
おやつを用意するのですから、ご一緒されますか?
と、言う事だ。
「いらないわ。 それよりも妹様の話し相手になってあげて……甘えたい気分だろうし……」
「判りましたわ」
「ん、それじゃ頼んだわ。 私は書斎に戻るよ」
それだけ言うと、私は図書館に戻ろうと歩き出す。
暫く歩くと、小悪魔のリトルとバッタリ出会う。
なにやら持ってるみたいだけど……
「あ……、パチュリー様、珍しいですね。 お散歩ですか?」
「……違うわ。 それよりリトル、貴女こそ珍しいわね、何処に行くの?」
「私は美鈴さん達に差し入れです。 結構部隊の人とも仲良しなんですよ?」
見ると、手に持った包みは結構な大きさだった。
「結構な量ね、一人で作ったの?」
「はい、私一人で作ったんですよ…ふふッ」
嬉しそうにリトルが答える。
別に褒めた訳じゃないのだけれど……まぁ、いいわ
「そうなの……」
「はい、そうなんです。 それでは失礼しますね」
そう言って会釈すると、リトルは詰め所に向かって歩いていった。
あの子も、狂っていると言えるわね……
遠ざかるリトルを眺めながらあの子について考える。
悪魔という種族は自分中心で我侭なので人間からも妖怪からも無条件
で嫌われる。
しかし、リトルはまったく当てはまらない。
先ほどの様に、召喚した私以外の存在にも奉仕するし、嫌われていると聞いたことも無い。
それに、我侭な素振りなんて見たことも無い。
それは、悪魔としては狂った存在だ。
立ち止まり、館を見上げて呟く。
「あぁ、やっぱり……この館の住人は……」
▼△▼△▼
今日の出来事を本に記す。
経験も、知識の内の一つである。
だから、私は日々の記憶を、経験という知識をこの本に綴るのだ。
そして、今日改めて判った事。
レミィは妹様を溺愛している。
その愛情は偏りすぎて、ある種の狂気を含んでいる。
妹様は、そんなレミィを慕っている。
自分を壊してまで懐く姿は、やはり狂気を含んでいる。
この二人に、一番近い場所にいる存在の咲夜と美鈴。
拷問まがいの『鞭』と、溺れるほど虜にする『飴』
まるで、妹様に対するレミィの様な……
やはり彼女達も、姉妹の影響を受け、狂気を含んでいる。
そして、司書のリトルはメイド以上の奉仕をする。
それは、悪魔という種族から見れば十分狂っている。
それでも、上記の四名から見れば軽い狂気だ。
姉妹に近ければ近いほど、影響を受けている様ね。
もちろん私も狂っているわ。
本と共にあり、離れる事は無い。
十分な狂気ね。
カリカリ、カリカリ、
動きっぱなしだった筆を休め、息を吐く。
「ふぅ……」
コンコン、と扉をノックされる。
「……どうぞ」
失礼します、と部屋に入ってきたのは小悪魔のリトルだった。
「アールグレイです、どうぞ」
と、机の上にカップを置かれる。
「えらく準備が良いわね……」
「はい、作業を開始されてから一息吐くまでの時間は大体把握していますので」
「……貴女はメイドじゃないのよ? そこまでする必要は無いわ」
一応は忠告をしてみる。
「はい、それでも……パチュリー様の為ですから」
やっぱり、きっぱりと断られた。
それも飛び切りの笑顔で。
うーむ……別にメイドを用意すれば……負担を減らせそうね。
あ、そういえば今朝は……
「リトル、今朝方、お茶を用意してくれたメイドの事だけど……」
リトルが一瞬動きを止めて、口を開く。
「パチュリー様、朝の紅茶を用意したのは私です」
そしてニコリと笑みを向ける。
「な……なにを、言っているの? ツインテールの……」
「そんなメイド居ませんよ」
きっぱりと、笑顔で言い切る。
おかしいわね……
……まさか……この子……メイドを……
「ふふ……パチュリー様はきっとお疲れなんです。
後でマッサージでもどうですか?」
「……そうね、下がっていいわ」
「はい、失礼します」
リトルが静かに部屋から出てゆく。
私は、もう一度筆をもった。
「……訂正しなければ、いけないわね……」
最も影響を受け、狂気を宿していたのは――
妖精が舞う湖の畔に、その館はそびえ立つ。
紅い悪魔の住まう、赤い館。
紅魔館。
その館に存在する、ヴワル魔法図書館
幻想郷最大の図書館である。
そこに私、パチュリー・ノーレッジは存在する。
その日も、普段と同じように本を読み漁り、知識を蓄え、
書に記す作業をしていた。
恐ろしいほど静かな書斎に、カリカリ、ペラペラと微かな音が響く。
管理人である魔女が動かす羽ペンの先と紙が擦れあう音と、
魔法によって、独りでに捲られる本の音だ。
静かな図書館を支配していた二つの微かな音。
その音が同時にやむ。
「ふぅ……」
紫の魔女は息を吐き出す。
少し、疲れたわね……
傍らに置いてある淡い青色をしたビー球。
ソレを指で一撫でする。
淡い青色が、仄かに輝く。
「誰か、お茶を用意してくれないかしら?」
まるで呟くような、小さな声。
それで十分。
このビー球に魔力を込めれば、彼女の言葉は確実にメイド達に伝わる。
出不精な彼女らしい魔法の道具だった。
暫くすると、ドアをノックされる。
「入りなさい」
「失礼します」
あら……
普段なら、この図書館の司書を務める小悪魔のリトルが持ってくるのだが、
この時入ってきたのは、見知らぬメイド。
特徴的なのは、髪を左右で縛っている事だった。
あの子じゃないなんて、珍しい……
「そこに置いといて頂戴」
「はい」
メイドがカチャカチャと、紅茶の準備をしていると、
またも部屋をノックされる。
「だれ?」
「リトルです」
入室の許可を出す。
カチャリと空いて、小悪魔のク・リトル・トゥールー、通称リトルが現れる。
ティーセットを載せた台車が、彼女の背後に見える。
「すいません、遅れてしまい……あら?」
リトルが目を瞬かせる。
メイドと、準備された紅茶が視界に入ったからだ。
「リトルさん、私がご用意させてもらいました」
「あ、ありがとう御座います……」
「どうぞ」
メイドが指示した場所に、紅茶を置く。
「ん、二人とも下がっていいわ」
「はい」
メイドが台車を押して退室しようとする彼女をリトルが呼び止める。
「あ、ちょっと手伝ってもらいたい仕事があるんだけど……いいかしら?」
「はい、いいですよ」
ツインテールのメイドが笑顔でリトルに答え、
「「失礼します」」
と、二人そろって出てゆく。
一人になったところで紅茶を手に取り、一口飲む。
「んく……、あら……美味しいじゃない……」
リトル以外の従者が淹れた紅茶を飲んだのは随分久々な気がする。
ふむ……リトルの仕事分担にさっきのメイドは良さそうね……
コクリと二口、三口、紅茶を飲み、ページを手で捲る。
……読書再開ね
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その頃、紅魔館の地下室では……
「やだ! 私もお姉様に着いて行く!」
少女の声が地下に響く。
我侭を言っているのは紅魔館主人の妹、
フランドール・スカーレットだった。
レミリアが、「出かけるから大人しく留守番していてね」
と告げたところ、着いて行きたいと言い出し、ゴネていた。
「フラン、外は日が射していて危ないわ。だから大人しく……」
レミリアがやんわりと説得しようとするが、
「いつもそればっかり! アレ以来魔理沙も霊夢も来てくれないし……
私だって外で遊びたいのに!」
フランは一気に捲くし立てる。
ここまで不満を撒き散らすのも珍しい事だった。
「フランの言いたい事も判るけど、貴女は私みたいに再生できないでしょ?
私でさえ日傘が必要だと言うのに……」
レミリアの圧倒的な身体能力と再生能力。
これは吸血鬼本来の力に加え、彼女の能力である運命操作によるものだった。
つまり、フランには持ち得ない力と言う事だ。
「ぅ……、そ、それじゃあ夜に外に出るのはいいでしょ?」
なおもフランドールは食い下がる。
どんな事があっても、フランは外に出す事は出来ない。
フランの制御できない力は、幻想郷すら『破壊する』恐れがある。
それにフランが、
私の知らない所で、
私の知らない間に、
私の知らない存在と仲良く遊ぶかもしれない。
そんなの……許せない。
「フラン、夜はお勉強でしょ? 外に出るなんてダメよ!」
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薄暗い図書館。
ページを捲る音だけが、部屋に響く。
読書に集中していたパチュリーだったが、
羽ばたくような、微かな音が耳に入ってくる。
「……ん?」
ページを捲る手を止め、顔をあげる。
どこから入り込んだのか、コウモリが一羽部屋に入り込んでいた。
「これは……レミィの使い魔……」
キィっと鳴くと、少しだけ開いた扉から、そのまま部屋を出て行ってしまう。
自分で開けたのかしら?
呟きながら本を閉じると静かに立ち上がる
「まぁ、呼んでるのなら行って上げなきゃ……親友だし…」
閉じた本といつもの本の二冊を小脇に抱えて、コウモリの後を着いて行った。
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地下の口論はまだ続いていた。
私はただ、外でみんなと遊びたいだけなのに……
それを出てはいけないと、否定するお姉様。
そんなお姉様に、
私のカンガエ、キモチ、ノゾミ、全てをぶちまけて、
私はお姉様を否定した。
「そんな……姉妹なのに不公平だよ! おかしいよ!、間違ってる!」
「―――ッ」
大きく目を見開いて、レミリアが驚愕する。
そして、悲しそうに目を伏せて、私を見据える。
「……そう、ね………私が……間違ってたわ……」
「……! お姉様……」
やった! お姉様が、私の意見を聞いてくれた!
レミリアが、フランドールの手を取る。
ドクンッ
心臓の高鳴りと共に、頭の片隅が、信号を出す。
私の中で、意味不明な不安が芽生える
な……に、これ?
「間違ってた……、私は……フランの姉なのに……」
私の手をきゅっと握ってお姉様がブツブツと呟いている。
ダメ、ハヤク アヤマッテ
???? なんで謝らなきゃいけないの?
「ダメな……姉には……罰…が、必要……ね……」
フランの手を握るレミリアの手に、力が加わる
「いたッ……お姉様、手、いたいよぅ……」
「フラン、私に……ダメな姉に罰を頂戴……」
「ぇ……」
私の手を、そのまま顔の高さまで持ってくる。
思い出した……
さっきの心臓の高鳴りも、妙な不安も、全て……
フランの目から勝手に涙が流れ出る。
「ゃ……やめて……お姉様、やめてよぉ!」
手を抜こうとしても、万力のような力で手首を固定されている。
「ほらフラン……指を伸ばしなさい!」
「ひぐッ……やだぁああッ」
一喝され、強制的に指を伸ばされる。
「大丈夫……フランは痛くもなんとも無いから……」
お姉様は優しく語り掛けてくる。
狂った目をして。
「やめて……、やだ……やだ……」
これから起こる出来事は、大好きなお姉様も、私の心も傷つける。
私は、それを「何度も」経験していた。
やだ、あんなこと、もうやだ……
「しっかり見て………ほら……フラン、見なさい!」
「ヒィッ」
泣きじゃくり、目を伏せる私の瞼を、
お姉様が空いている手で開き、固定する。
「ご……ごめんなさい、ごめんなさい、ひっく、ごめんなさい、」
謝る私に、お姉様が微笑む。
「私が、『間違っていた』そうよね? だから、私は罰を受けるわ……」
そう言うと、私の手を動かす。
やめて、やだ……壊したくないのに……
傷つけたくないのに……
やめてよ……やだ……
指先が触れる。
「いやぁああああッ」
指先にぐちゃりとした感触
涙となって流れ出る血液。
「うわぁああぁぁっぁあああぁッ」
自らの目を突き刺したのだ。
私の手で。
「……ッ……ん、……ふ、うふふッ……ふふ…」
微笑みながら残った目で私を見る。
咲夜もパチェも……みんなお姉様のモノ。
私はただ……お姉様みたいに、私だけのモノが欲しかっただけなのに……
私にはお姉様しか居ないのに、
私の手はお姉様を傷つけた。
私のワガママがいけないんだ……
私が、望んだのがイケナインダ……
「ぐすッ……ひぐッ……うわぁあぁああん」
ぐちゅっと手を引き抜いて、その場で泣き崩れる。
「フラン……どうして泣くの? これで貴女は外に出れるのよ?」
ブンブンと首を横に振る。
「ごめッ…さぃ……、ぐしゅ、ひぐッ……私が……フランが…いけない子でした……」
だから、ワガママな記憶を、イケナイ私を心の底に……
「フラン……」
お姉様が、泣きじゃくる私を優しく抱きしめてくれる。
「お…お姉様……」
なんでお顔が真っ赤なの?
「泣かないで……フランが力を扱えるようになったら……その時は、お外で遊びましょ?
だから、今日はお部屋でお留守番してて、ね?」
でも、だっこ……温かい……
「……ぅん…お部屋でお留守番……してる……」
「そう、フランは良い子ね……」
レミリアがそっとフランの頭を撫ぜる。
やっぱりお姉様は優しい……
私は、お姉様の胸に顔を埋めた。
甘えるフランの頭を、レミリアが優しく撫でていると
「レミィ、何かあったの?」
と声が掛る。
階段を下りてくるのは……
「あッ、パチェだ!」
フランドールがその名を呼ぶ。
コウモリに呼ばれて図書館から駆けつけたパチュリーだった。
「えぇ、出かけるから後は宜しくね」
そう言うと、フランを放して立ち上がる。
「あら……『また』やったの?」
パチュリーがレミリアの赤く染まった顔に手をやり、こびり付いた血をとってあげる。
「……ん、大丈夫よ。 もう治ってるから……」
潰れていた方の目を何度か瞬きしてみせ、小声で呟く。
「偶にしか相手してあげられないから、フランも我侭になっちゃうみたいね……ふふ…」
「……そう」
「お姉様、行っちゃうの?」
「えぇ、じゃあねフラン……、パチェ、お願いね」
それだけ言うと、レミリアは階段を上がって地下室から出ていってしまった。
私が心配なのは、怪我ではなくて……
貴女と妹様の……
「ねー、パチェー」
フランドールがパチュリーの袖を引っ張る。
「ん、どうしたの?」
フランドールのお腹から、きゅーっと可愛らしい音が鳴る。
「お腹空いちゃった……」
「……咲夜を呼んでくるわ。 それまでこの本でも読んでるといいわ」
持ってきた本を渡す。
ポタリ、ポタリと本に雫が落ちる。
「うん……あ、あれ? 涙が……勝手に……」
目を擦ろうとして、手が真っ赤になっているのに気がつく。
「あ……なんで手が汚れてるんだろ……」
「……」
「汚いなぁ……」
ゴシゴシと、フランドールは真っ赤になった手をスカートで拭う。
……やっぱり、記憶を……
「……それでは、私も失礼するわ」
妹様と別れ、地上への階段を上がる。
ふぅ……、二人の我侭も困ったものね……
妹様は能力の制御も出来ないのに外に出たがるようになってしまった。
レミィは、外に出たいと言う妹様を更に束縛しようとする……
運命操作によって、フランドールの中でレミリアは、
『生きる支え』と言えるほどの存在になっている。
離れようとする妹様の心を傷つけてまで繋ぎとめるなんて……
そこまで慕う姉を自分の手で傷つける事は、
生きる支えを失う事に繋がる。
すなわち、自分を否定する事になる。
フランドールは無意識に自らの心を『壊し』
慕っている姉を傷つけた記憶を押しやって『無かった事』にして、
これを避けたのだ。
フランドールに残る記憶は、『優しいお姉様』だけ。
まったく、狂おしい姉妹愛ね……
お互いに壊れている事に気がつかないのかしら?
「今の時間だと……外かしら? そこの貴女、咲夜はどこかしら?」
廊下を歩いているメイドを捕まえて居場所を問う。
「あ、パチュリー様、メイド長なら詰め所の方ですよ。 お連れしましょうか?」
ん……、偶には外に出るのもいいわね
「……そう、いいわ、私が直接向かうから」
「はい、それでは失礼いたします」
メイドと別れ、パチュリーは詰め所に向かうことにした。
_/_/_/_/_/_/_/_/
その頃、紅魔館門前の詰め所では……
詰め所の前で、深呼吸。
すー、はー、
よしッ
詰め所のドアノブを捻り、そっと開ける。
「失礼します……」
「遅いわよ、美鈴」
ビクッと身を固くし、直立不動になる。
私を呼び出し、待っていたのは、メイド長の咲夜さん。
お嬢さまが夜行性なので、実質紅魔館を取り仕切っている存在。
それでいて、防衛部隊の長で、門番である私とは同期で同僚。
そして……
「美鈴、呼び出した理由……わかるわね?」
「はい……」
咲夜さんが呼び出した理由。
今月の防衛結果に対する評価だ。
結果良好の場合は、隊員皆の前で褒められるが
悪い場合、こうやって呼び出されて私が代表で罰を受ける。
「防衛回数が12回、その内撃退数が2回……」
「ぁ……その……相手はあの黒いのなんですよ?」
訪れた存在があの黒い魔法使いなのだ。
そのスピードに物を言わせて突破されたり、
不意打ち気味にマスタースパークを放たれては防衛以前の問題だ。
しかし、メイド長は言い切る。
「言い訳はいらないわ」
「ぅ……」
「『また』オシオキね…」
咲夜が怪しく微笑むと、ナイフを取り出して、立ちすくむ美鈴に近寄り、頬に手を添える。
「ぁ……」
咲夜さんの手が……
美鈴の頬が薄っすらと朱色に染まる。
「…ふふ……何を期待しているのかしら?」
そのまま私を抱き寄せると、
服を肌蹴させて肩を露出させられる。
「12-2……10秒、ね……」
耳元で優しく呟き、
私の、露わになった肩口にナイフを突き刺す。
「ッ……!」
すぐにナイフは抜かれる。
傷自体は深くは無い。
けれど、傷口を咲夜の指がゆっくりと這い、流れ出る血を掬う。
指が傷に触れるたびに、痛みに顔をしかめる。
「ぅッ……くッ……」
咲夜さんは、私のそんな顔をみて嬉しそうに微笑む。
「たった10秒でしょ?……大丈夫よ。
来月はちゃんと、成功した回数――二度、愛してあげるわ……」
「ぁ……」
愛して……もらえる……
もちろん、体を重ねるという事だ。
一瞬で顔が真っ赤になる。
以前の事を思い出しただけで体が熱くなる。
「さぁ、いくわよ」
咲夜さんの指が、
傷口を人差し指と薬指で押し広げ、中指が傷口を撫でる。
「――ッッ!!」
そして、遂に指が傷口に――私の体に入り込む。
「あッ!!! くッ……!」
私の苦悶の表情を見て、咲夜さんが舌なめずりをする。
「んふ……良い表情……もっと見せて……」
傷の中で、咲夜さんの指がカギ状に曲がり、傷を抉る。
肉の裂ける感触が激痛と共に私を襲う。
「ギ――ッ、ッゥウううぅうウッ」
痛みを堪える為に、咲夜さんにしがみ付く。
「あら……まだオシオキの最中でしょ? ふふ……」
微笑みながらも、傷口で指を蠢かす。
今度は傷口を拡張するように円を描く。
「むぅ――ッ!! あッ!! アッ!!!」
痛みを堪えきれずに、大粒の涙が流れ落ちる。
「い――ッ 痛いッ咲夜さん、いたいッ、痛い痛いですッ!」
膝がガクガクと笑い始め、抱きしめる腕に力が入らなくなる。
「うふふ……罰なんだから、我慢しなさいッ」
「ア、アッ、――ッ」
痛みにより、一瞬ではあるが、完全に気を失ってしまう
「ほらッ、もっと声を聞かせてッ
グチッ
「ぃ――ッ、んひぃいいッ」
「もうそろそろで10秒ね……これで……終わりよ!」
ミチミチと肉が裂ける音と共に、傷口に指が四本も挿入される
「ぁ…ひッ……ぎぃ――ッ!!」
大粒の涙を流す目を大きく見開き、喉を逸らして、口をパクパクと動かす。
その様子は呼吸しようともがく、陸に揚げられた魚のようにも見える。
膝が遂に力尽き、抱きついていた咲夜を支えに、美鈴はずるずるとしゃがみ込んでしまう。
「ハァ…、ハァ…、ハァ…、」
涙で顔をぐしゃぐしゃに濡らし、
震えながら荒い呼吸で息を整えている美鈴の頬に手を添える。
「んッ……、ふふ…、可愛いわ……美鈴……」
傷が大分酷くなっているが、暫くすると、傷口がドンドン小さくなっていく。
咲夜が傷の時間を薪戻しているのだ。
「ぁん……ぁりがとぅ、ござぃます……」
あったかくて、優しい手……
咲夜の手に頬を摺り寄せる。
傷の時間を巻き戻しながら、美鈴の頬を撫で続ける。
「……美鈴、来月は頑張ってね……」
「はぃ……がんばります……」
へたり込んだ美鈴が、潤んだ瞳で咲夜を見つめる。
「美鈴……」
このまま『罰』から『ご褒美』へ――
だが、そんな二人だけの時間の終わりを知らせる様に、
ドアをノックする音が部屋に響いた。
コンコン、
「咲夜、居るかしら?」
扉を開けずに、声だけ掛けてみる。
「はい、なんでしょうか? パチュリー様」
返事は背後から聞こえた。
少し、不機嫌そうだった。
「あら……出てきたのね……」
まったく、従者と言うものは主人に似るのかしら?
咲夜も、美鈴も、狂おしいほど良い趣味してるわ……
「まぁいいわ。レミィの外出は知ってるわね?」
「はい、私が詰め所に立ち寄る直前に出てゆかれましたわ」
「そう、それと、妹様がお腹すいたって言ってたわ……」
「はい、判りました。 パチュリー様はいかがいたします?」
おやつを用意するのですから、ご一緒されますか?
と、言う事だ。
「いらないわ。 それよりも妹様の話し相手になってあげて……甘えたい気分だろうし……」
「判りましたわ」
「ん、それじゃ頼んだわ。 私は書斎に戻るよ」
それだけ言うと、私は図書館に戻ろうと歩き出す。
暫く歩くと、小悪魔のリトルとバッタリ出会う。
なにやら持ってるみたいだけど……
「あ……、パチュリー様、珍しいですね。 お散歩ですか?」
「……違うわ。 それよりリトル、貴女こそ珍しいわね、何処に行くの?」
「私は美鈴さん達に差し入れです。 結構部隊の人とも仲良しなんですよ?」
見ると、手に持った包みは結構な大きさだった。
「結構な量ね、一人で作ったの?」
「はい、私一人で作ったんですよ…ふふッ」
嬉しそうにリトルが答える。
別に褒めた訳じゃないのだけれど……まぁ、いいわ
「そうなの……」
「はい、そうなんです。 それでは失礼しますね」
そう言って会釈すると、リトルは詰め所に向かって歩いていった。
あの子も、狂っていると言えるわね……
遠ざかるリトルを眺めながらあの子について考える。
悪魔という種族は自分中心で我侭なので人間からも妖怪からも無条件
で嫌われる。
しかし、リトルはまったく当てはまらない。
先ほどの様に、召喚した私以外の存在にも奉仕するし、嫌われていると聞いたことも無い。
それに、我侭な素振りなんて見たことも無い。
それは、悪魔としては狂った存在だ。
立ち止まり、館を見上げて呟く。
「あぁ、やっぱり……この館の住人は……」
▼△▼△▼
今日の出来事を本に記す。
経験も、知識の内の一つである。
だから、私は日々の記憶を、経験という知識をこの本に綴るのだ。
そして、今日改めて判った事。
レミィは妹様を溺愛している。
その愛情は偏りすぎて、ある種の狂気を含んでいる。
妹様は、そんなレミィを慕っている。
自分を壊してまで懐く姿は、やはり狂気を含んでいる。
この二人に、一番近い場所にいる存在の咲夜と美鈴。
拷問まがいの『鞭』と、溺れるほど虜にする『飴』
まるで、妹様に対するレミィの様な……
やはり彼女達も、姉妹の影響を受け、狂気を含んでいる。
そして、司書のリトルはメイド以上の奉仕をする。
それは、悪魔という種族から見れば十分狂っている。
それでも、上記の四名から見れば軽い狂気だ。
姉妹に近ければ近いほど、影響を受けている様ね。
もちろん私も狂っているわ。
本と共にあり、離れる事は無い。
十分な狂気ね。
カリカリ、カリカリ、
動きっぱなしだった筆を休め、息を吐く。
「ふぅ……」
コンコン、と扉をノックされる。
「……どうぞ」
失礼します、と部屋に入ってきたのは小悪魔のリトルだった。
「アールグレイです、どうぞ」
と、机の上にカップを置かれる。
「えらく準備が良いわね……」
「はい、作業を開始されてから一息吐くまでの時間は大体把握していますので」
「……貴女はメイドじゃないのよ? そこまでする必要は無いわ」
一応は忠告をしてみる。
「はい、それでも……パチュリー様の為ですから」
やっぱり、きっぱりと断られた。
それも飛び切りの笑顔で。
うーむ……別にメイドを用意すれば……負担を減らせそうね。
あ、そういえば今朝は……
「リトル、今朝方、お茶を用意してくれたメイドの事だけど……」
リトルが一瞬動きを止めて、口を開く。
「パチュリー様、朝の紅茶を用意したのは私です」
そしてニコリと笑みを向ける。
「な……なにを、言っているの? ツインテールの……」
「そんなメイド居ませんよ」
きっぱりと、笑顔で言い切る。
おかしいわね……
……まさか……この子……メイドを……
「ふふ……パチュリー様はきっとお疲れなんです。
後でマッサージでもどうですか?」
「……そうね、下がっていいわ」
「はい、失礼します」
リトルが静かに部屋から出てゆく。
私は、もう一度筆をもった。
「……訂正しなければ、いけないわね……」
最も影響を受け、狂気を宿していたのは――
自分じゃこういうの書けないからなぁ……
すごく面白いんですが、こう下腹部が「きゅっ」て! 「きゅっ」て!!(錯乱)
小悪魔が最後に取る行動が読めてしまったのでそこだけ減点しました。
其の逆も叱り・・・
こういう話は好きなので一言送りたいです。今後も楽しみにしております。
紅魔の如き狂気にて、銀時計のように精密に、ナイフのような知識にて物語を紡がん・・・
皆々様揃いも揃って、清く正しく健やかに狂ってらっしゃる。
「正しい」狂気が溢れてる紅魔館。いいですね。
まぁ、狂っている人は総じて自分が狂っているなんて認めてないから、皆さんはきっと自分が正常だと思っているんだろうなぁ。まぁ、そもそも、狂う、ということに一つの形が与えられることはないんですが。
いやほんと、趣味にクリティカルヒットでした。ごちそうさまです。
各キャラの絡みは、一話ごとに分けてもっと沢山読みたいほど良かったです
非常に素敵で御座います、特に最後の素敵な笑顔の小悪魔が最高。
真面目な意味でまともなヤツなんて誰一人もいない、紅の魔が棲む紅魔館。
幸せなるは紅の使徒のみ、狂え狂え狂え狂え。
ご馳走様でした。
しかしこんな中でも弄られる中国って・・・
もっとも、時と場所が変われば常識すら変わる。
狂気が蔓延する世界では、それが普通なのでしょうね。
ああ紫さん。そんな境界曖昧にしちゃあかんて
これが本当のメイドの土産。
ええと、とりあえずご馳走様でした。
妹様が一番マトモにみえた作品は初めてです。