雨が降っていた。
ここ二週間ばかり雨の日が続いている。幻想郷も本格的に梅雨時に入ったということだ。
雨は幻想郷に分け隔てなく降り注ぐ。山に、里に、森に、湖に。
……もちろん、幻想郷の境目にある神社にも。
「雨、やまないわね」
どんよりと曇った空を雨戸の隙間から眺めつつ、霊夢は一人ため息をついた。
「この分じゃ今日も誰も来ないわね」
台所でしゅんしゅんとお湯の沸く音。霊夢は雨戸を閉め、その場を離れる。
梅雨に入ってからというもの、神社を訪れる者はめっきり減っていた……と言うか誰も来なくなっていた。元々この辺境の神社を訪れる者自体が少ないのだが、それでもちょっと前なら魔理沙やらレミリアが入れ代わり立ち代わり訪れていて、それこそ落ち着く暇もなかったのだが、こう雨が続くと彼女たちも流石に来る気をなくすか、さもなくば物理的に来れない訳で……唯一の例外といえば、
「私は来てるよ」
「いつの間に上がりこんでるのよ、あんたは……」
伊吹萃香だけである。いつの間にか居間に上がりこんで勝手に煎餅をかじっている。台所から薬缶を持ってきながら霊夢は萃香を睨んだ。
「あんたは雨は関係ないのか」
「関係ないよ。だって散らしてしまえば濡れないもん」
「そうだったわね」
急須にお湯を注ぎながらまたため息一つ。
「暗いね、霊夢」
「そりゃこうもシトシトとうっとうしく降られたら暗くもなるわよ。じめじめして気分も滅入るし」
「いっそのことドバーッと降ったら少しは気持ちよくなるかな?私の力で幻想郷の雨を全部ここに萃めようか?」
「するな!神社を壊す気か」
「ちぇ、つまんないの」
ごろん、と畳の上に転がる萃香。しばらくごろごろとあっちに転がりこっちに転がりしていたが、やがてむくり、と起き上がる。
「そうだ、ぱーっと宴会でもすれば暗い雰囲気も吹っ飛ぶよ!」
「結局そこに行き着くのねあんたは……だいたい、したくても誰も来ないからやりようがないでしょうが」
「私の力でみんなを無理矢理萃めたら……」
「するな!また色々酷い目に遭いたいのかあんたは」
湯呑にお茶を注ぎながら再び霊夢は萃香を睨む。その癖湯呑は二つ用意している辺りは律儀ではあるのだが。
「あれもするな、これもするなって、それじゃ何すればいいのさ?」
「そこで黙ってお茶でも飲んでなさいよ」
「……はぁ」
ため息を一つついてそれっきり萃香は黙った。沈黙……あたりに聞こえるのは雨音と蛙の鳴き声のみ、それに時々霊夢と萃香がお茶をすする音と煎餅をかじる音が混じる。
「雨、やまないわね」
「やまないね」
湯飲みのお茶がなくなる頃、そうボソリと呟く二人。陽気な萃香も流石に宴会もできず雨が降ってうっとうしい今日のような日には霊夢の鬱が移るものらしい。
「今日は誰も来ないわね」
「うん、来ないね」
今日何度言ったかわからない台詞を呟き、
「はぁ……」
「はぁ……」
二人同時にため息をつくのだった。
魔法の森。普段から嫌な湿気でじめじめしているこの森は、このところの長雨のせいでさらにその湿度を増していた。
「雨、やまないな」
研究していない時はあちこち出かけるのが大好きな霧雨魔理沙も、今日ばかりはおとなしくしているしかないようだ。
窓から外を眺め、陰鬱な風景にため息をつく。
「まったく、こんな天気に、何でこいつと一緒にいなきゃならんかね」
「あんたが呼んだんでしょうが!!」
怒鳴るアリス。
「いやまぁ、貴重なグリモワールが手に入ったから見に来いって言ったのは私だがな。だからって何もこんな雨の日に来る事もないだろ」
「それはその……やっぱり気になるじゃない、蒐集家として。本当に貴重な物か、そうだとしたら何が書いてあるのか、知りたくならない?」
「そりゃ痛いほどわかるけどな……ほれ、珈琲でいいか?」
「頂くわ」
コーヒーカップを受け取るアリス。
「茶菓子は……確か大福があったっけ」
「コーヒーに大福って……せめてクッキーかケーキくらいないのかしら?」
「クッキーは残念ながら持ち合わせがない。ケーキは……すまん、昨日食っちまった」
「はぁ……いいわ、大福で」
「ああ、ちょっと待って……げ」
「……なに、今の『げ』って言うのは?」
「いや、その、なんだ……」
魔理沙は言いにくそうに口ごもる。
「はっきり言いなさいよ、あなたらしくない」
「その……すまん、大福にカビが生えていた」
「……そんな事だろうと思ったわ」
二人同時にため息。
「そんな事より、例のグリモワール、早く見せなさいよ」
「ああ、これだよ」
魔導書をほいっ、と投げて渡す。アリスはさっと目を通した。
「どうだよ」
「んー、点数をつけるなら……50点」
「100点満点でか?」
「200点満点。珍しいといえば珍しいけど、書いてる内容は並以下ね」
「厳しいな」
苦笑する魔理沙。
「こんなものじゃないの……そう言う魔理沙の評価はどうなのよ、200点満点で」
「49点」
「私の評価とあんまり変わらないじゃない、って言うか減ってるし」
「まぁな……だがグリモワールとしての評価と欲しいかどうかは別だしな」
「まぁ、それは確かに」
魔理沙は蒐集家である。価値云々以前に集めることが目的だ。それはアリスも同じである。
「しかし、よく降るな」
魔理沙は窓の外を見てうんざりした表情を見せる。
「早く雨やまないかね」
「それに関しては同意するわ。ただでさえ必要な人形の手入れがさらに大変になるし」
「雨やんだらぱーっと宴会でもするか」
「どうでもいい……どうせ、幹事は魔理沙でしょ?」
「別にお前さんでもいいがな」
「遠慮しとく。そんな柄じゃないし」
それっきり黙りこむ二人。雨の音だけが、ただ辺りを包んでいた。
「雨、やまないわね」
湖のそばに立つ紅いお屋敷、紅魔館。その主であるレミリア・スカーレットは窓の外を見て呟く。
「まったく、これじゃ神社に遊びにいけないじゃない」
「仕方ありませんわ。こればっかりはどうにもなりませんもの」
紅魔館のメイド長、十六夜咲夜はそう言って自分の雇い主をなだめる。
「咲夜、何とかしなさいよ」
「そんなご無体な……まぁそのうちやむと思いますからそれまでお待ちになられるしかありませんよ」
「むぅ……」
不機嫌そうに椅子に腰掛けると、足をぶらぶらさせてさも退屈ですといわんばかりの態度を取る。吸血鬼は流水を渡れないというのは定説である。彼女もその例に漏れず流水をわたることができない。当然こんな雨の日は外に出たが最後、身動きが取れなくなって咲夜あたりに助けを求めることになるのが目に見えているのだ。
「……まぁ、動けなくなって泣きそうな顔をしたお嬢様ってのも一度見て見たい気はしますが」
「咲夜、何か言った?」
「いえ、何も」
何食わぬ顔で紅茶を入れる準備をする咲夜。暖めたポットに小さな缶から出した茶葉を入れ、お湯を注ぐ。
「今日のお茶は?」
「外の世界のお茶だそうです。当然ながら希少品ですわ」
「へぇ、外の世界ね……あの店で買ったもの?」
あの店とはいうまでもなく香霖堂のことである。だが咲夜は首を横に振る。
「いえ、すきま妖怪からせしめました」
「……それ、飲んで大丈夫なのか?」
「美鈴に毒見させましたから大丈夫でしょう」
「あ、そう。なら大丈夫か」
ひどい言い草であるが、まぁ紅魔館における門番の立場なんてそのようなものである。
「どうぞ、お嬢様」
「ん」
茶漉しで茶葉を漉した紅茶をティーカップに注ぎ、銀のトレイに乗せてレミリアに差し出す。レミリアはカップを手に取り、香りを嗅いだ後一口口をつけた。その口元が微かに吊りあがる。
「……咲夜」
「はい」
「いい物を手に入れたわね」
「そう言って頂けると、銀のナイフを投入した甲斐があったというものです」
咲夜も控えめな笑みを浮かべた。
「それにしてもよく降るわね」
再度窓の外を見てレミリアは憂鬱げな顔を見せる。
「梅雨ですから」
「何もこんなに集中して降ることはないと思わない?」
「毎日少しずつ降られても困ると思いますが」
「咲夜はいちいち言うことが極端ね」
「そうでしょうか」
小首を傾げる咲夜。
「そうだ咲夜、雨がやんだら神社に押しかけて宴会よ……当然私が仕切るわ」
「多分同じ事を霧雨魔理沙辺りが考えてそうな気がしますが……あとあの鬼とか」
「あんなのに任せてられない。私が仕切るといった以上誰にも邪魔させないわ」
「はぁ……」
どうしたものか、というようなため息と相槌の中間のような声を出したあと、咲夜は微かに口元をゆがめる。
「では邪魔しそうな者たちの説得は私がすればよろしいですか?」
「任せるわ」
「お任せください。私のナイフは何より雄弁ですから」
「ふふふ、雨がやむのが楽しみだわ」
相変わらず降りしきる雨の向こうにある神社を見るかのように、レミリアは窓を眺め続けた。
翌日。降り続いた雨は明け方ごろに上がり、晴れ間が顔を覗かせた。梅雨の中休みである。
せいぜい2日程度の晴れまであるが、これを待ち望んでいたものはかなり多いはずである。
「やれやれ、やっと晴れたか」
魔理沙は自宅前でうーん、と大きく伸びをした。昼なお暗き魔法の森も、流石に朝ともなると少しはすがすがしい空気に包まれる。
「よし、今日こそは神社へ行くとするか。そして宴会だな。うん、たのしみだぜ」
「朝から元気ね、あなたは……」
アリスが眠そうな目を擦りながら出てきた。結局昨日はそのまま魔理沙の家に泊まってしまったのである。
……ちなみに何もなかった、とだけ申し添えておく。
「一日の始まりに元気がなかったら一日元気が出るわけないだろ」
「はぁ、まったく……これだから野魔法使いは」
「うるさいよ、この萎れかけの温室魔法使い……そんな事より夕方に酒持って神社集合だ。遅れるなよ」
「まだ参加するなんて言ってないんだけど……どうせ強制でしょ?」
「酒持って来るのは強制だが参加は任意だ」
「はいはい、持ってくればいいんでしょ?参加すればいいんでしょ?」
面倒臭そうに答えるアリス。だがその顔は微妙にうれしそうだったりするのだが。
明けない夜はないように、やまない雨もない。
それがたとえほんのひと時の晴れ間であろうとも、幻想郷の少女たちは誰もがその間を満喫する。
「ほら咲夜、早くしなさい!」
「お嬢様、そんなに急がなくても逃げないですよ、神社は」
紅魔館。レミリアが異様なハイテンションで屋敷の廊下を駆ける。その後を咲夜が追いかける。
「何言ってるの。時は金製なりって言うじゃない……銀製だっけ?」
「どっちも違いますし、お嬢様にはあまり関係のない言葉ですが」
「そんな事はどうでもいいんだよ」
レミリアは立ち止まり咲夜を振り返る。
「言葉の意味ってのは確かに重要だけど、今何より優先すべきなのは神社に行くことなんだから」
「優先事項ですか」
「ああ。早くしないと魔理沙とかあの鬼とかに宴会仕切られてしまうじゃないか。今回は私が仕切る、って言ったでしょ?」
「そういうことでしたら仕方ありません。わかりました、お供します……って、お嬢様、日傘、日傘!!」
吸血鬼ってやつはどうにも肝心な所で子供っぽい。日傘も指さずに日の光の中に飛び出そうとするレミリアを追いかけながら、咲夜はため息をつく。
さぁ、宴の仕度は整いました。ほんのひと時の騒乱の幕が開く時です。
名目なんかはどうでもいい。口実なんかはどこかに捨ててしまえ。建前なんか宴に必要ない。必要なのは面子と酒、それだけでいいのだから。
「うわぁ、いい天気だねぇ」
萃香が境内を駆け回る。無駄にテンションが高い。
「あんたねぇ、無駄に体力使ってる暇があったら掃除手伝いなさいよ」
そう言う霊夢もどことなくうれしそうなのは気のせいか。
「宴会っ、宴会っ、宴会っ!」
「あんた気が早すぎ……まだ誰も来てないでしょうが」
「来たよ、ほら」
「魔理沙にアリス……レミリアに咲夜……何でこんなときに示し合わせたように来るかなあんたらは」
呆れ顔の霊夢。
「決まってるじゃないか。今日は私が幹事で宴会だ」
「何言ってるの、今日の宴会は私が仕切るわ」
「あー、ずるいずるい!私がまとめようと思ってたのに!!」
「よーし、それじゃ弾幕言語で勝負だな」
「いいわよ」
「望むところ!」
「あんたら掃除の邪魔しに来たのかっ!って言うか宴会するんなら準備ぐらいしなさいよっ!!」
いきなり弾幕ごっこを始めようとする魔理沙、レミリア、萃香に、霊夢が箒を振り上げて怒鳴る。よくある神社の一シーン。
さぁ、宴が始まる。雨と雨の狭間、わずかな時間をも惜しんで。
長い人生、楽しまねば損だ。酒を酌み交わせ、乾杯をしよう。
……素敵に平穏で騒々しい日々と、五月雨に、乾杯。
ここ二週間ばかり雨の日が続いている。幻想郷も本格的に梅雨時に入ったということだ。
雨は幻想郷に分け隔てなく降り注ぐ。山に、里に、森に、湖に。
……もちろん、幻想郷の境目にある神社にも。
「雨、やまないわね」
どんよりと曇った空を雨戸の隙間から眺めつつ、霊夢は一人ため息をついた。
「この分じゃ今日も誰も来ないわね」
台所でしゅんしゅんとお湯の沸く音。霊夢は雨戸を閉め、その場を離れる。
梅雨に入ってからというもの、神社を訪れる者はめっきり減っていた……と言うか誰も来なくなっていた。元々この辺境の神社を訪れる者自体が少ないのだが、それでもちょっと前なら魔理沙やらレミリアが入れ代わり立ち代わり訪れていて、それこそ落ち着く暇もなかったのだが、こう雨が続くと彼女たちも流石に来る気をなくすか、さもなくば物理的に来れない訳で……唯一の例外といえば、
「私は来てるよ」
「いつの間に上がりこんでるのよ、あんたは……」
伊吹萃香だけである。いつの間にか居間に上がりこんで勝手に煎餅をかじっている。台所から薬缶を持ってきながら霊夢は萃香を睨んだ。
「あんたは雨は関係ないのか」
「関係ないよ。だって散らしてしまえば濡れないもん」
「そうだったわね」
急須にお湯を注ぎながらまたため息一つ。
「暗いね、霊夢」
「そりゃこうもシトシトとうっとうしく降られたら暗くもなるわよ。じめじめして気分も滅入るし」
「いっそのことドバーッと降ったら少しは気持ちよくなるかな?私の力で幻想郷の雨を全部ここに萃めようか?」
「するな!神社を壊す気か」
「ちぇ、つまんないの」
ごろん、と畳の上に転がる萃香。しばらくごろごろとあっちに転がりこっちに転がりしていたが、やがてむくり、と起き上がる。
「そうだ、ぱーっと宴会でもすれば暗い雰囲気も吹っ飛ぶよ!」
「結局そこに行き着くのねあんたは……だいたい、したくても誰も来ないからやりようがないでしょうが」
「私の力でみんなを無理矢理萃めたら……」
「するな!また色々酷い目に遭いたいのかあんたは」
湯呑にお茶を注ぎながら再び霊夢は萃香を睨む。その癖湯呑は二つ用意している辺りは律儀ではあるのだが。
「あれもするな、これもするなって、それじゃ何すればいいのさ?」
「そこで黙ってお茶でも飲んでなさいよ」
「……はぁ」
ため息を一つついてそれっきり萃香は黙った。沈黙……あたりに聞こえるのは雨音と蛙の鳴き声のみ、それに時々霊夢と萃香がお茶をすする音と煎餅をかじる音が混じる。
「雨、やまないわね」
「やまないね」
湯飲みのお茶がなくなる頃、そうボソリと呟く二人。陽気な萃香も流石に宴会もできず雨が降ってうっとうしい今日のような日には霊夢の鬱が移るものらしい。
「今日は誰も来ないわね」
「うん、来ないね」
今日何度言ったかわからない台詞を呟き、
「はぁ……」
「はぁ……」
二人同時にため息をつくのだった。
魔法の森。普段から嫌な湿気でじめじめしているこの森は、このところの長雨のせいでさらにその湿度を増していた。
「雨、やまないな」
研究していない時はあちこち出かけるのが大好きな霧雨魔理沙も、今日ばかりはおとなしくしているしかないようだ。
窓から外を眺め、陰鬱な風景にため息をつく。
「まったく、こんな天気に、何でこいつと一緒にいなきゃならんかね」
「あんたが呼んだんでしょうが!!」
怒鳴るアリス。
「いやまぁ、貴重なグリモワールが手に入ったから見に来いって言ったのは私だがな。だからって何もこんな雨の日に来る事もないだろ」
「それはその……やっぱり気になるじゃない、蒐集家として。本当に貴重な物か、そうだとしたら何が書いてあるのか、知りたくならない?」
「そりゃ痛いほどわかるけどな……ほれ、珈琲でいいか?」
「頂くわ」
コーヒーカップを受け取るアリス。
「茶菓子は……確か大福があったっけ」
「コーヒーに大福って……せめてクッキーかケーキくらいないのかしら?」
「クッキーは残念ながら持ち合わせがない。ケーキは……すまん、昨日食っちまった」
「はぁ……いいわ、大福で」
「ああ、ちょっと待って……げ」
「……なに、今の『げ』って言うのは?」
「いや、その、なんだ……」
魔理沙は言いにくそうに口ごもる。
「はっきり言いなさいよ、あなたらしくない」
「その……すまん、大福にカビが生えていた」
「……そんな事だろうと思ったわ」
二人同時にため息。
「そんな事より、例のグリモワール、早く見せなさいよ」
「ああ、これだよ」
魔導書をほいっ、と投げて渡す。アリスはさっと目を通した。
「どうだよ」
「んー、点数をつけるなら……50点」
「100点満点でか?」
「200点満点。珍しいといえば珍しいけど、書いてる内容は並以下ね」
「厳しいな」
苦笑する魔理沙。
「こんなものじゃないの……そう言う魔理沙の評価はどうなのよ、200点満点で」
「49点」
「私の評価とあんまり変わらないじゃない、って言うか減ってるし」
「まぁな……だがグリモワールとしての評価と欲しいかどうかは別だしな」
「まぁ、それは確かに」
魔理沙は蒐集家である。価値云々以前に集めることが目的だ。それはアリスも同じである。
「しかし、よく降るな」
魔理沙は窓の外を見てうんざりした表情を見せる。
「早く雨やまないかね」
「それに関しては同意するわ。ただでさえ必要な人形の手入れがさらに大変になるし」
「雨やんだらぱーっと宴会でもするか」
「どうでもいい……どうせ、幹事は魔理沙でしょ?」
「別にお前さんでもいいがな」
「遠慮しとく。そんな柄じゃないし」
それっきり黙りこむ二人。雨の音だけが、ただ辺りを包んでいた。
「雨、やまないわね」
湖のそばに立つ紅いお屋敷、紅魔館。その主であるレミリア・スカーレットは窓の外を見て呟く。
「まったく、これじゃ神社に遊びにいけないじゃない」
「仕方ありませんわ。こればっかりはどうにもなりませんもの」
紅魔館のメイド長、十六夜咲夜はそう言って自分の雇い主をなだめる。
「咲夜、何とかしなさいよ」
「そんなご無体な……まぁそのうちやむと思いますからそれまでお待ちになられるしかありませんよ」
「むぅ……」
不機嫌そうに椅子に腰掛けると、足をぶらぶらさせてさも退屈ですといわんばかりの態度を取る。吸血鬼は流水を渡れないというのは定説である。彼女もその例に漏れず流水をわたることができない。当然こんな雨の日は外に出たが最後、身動きが取れなくなって咲夜あたりに助けを求めることになるのが目に見えているのだ。
「……まぁ、動けなくなって泣きそうな顔をしたお嬢様ってのも一度見て見たい気はしますが」
「咲夜、何か言った?」
「いえ、何も」
何食わぬ顔で紅茶を入れる準備をする咲夜。暖めたポットに小さな缶から出した茶葉を入れ、お湯を注ぐ。
「今日のお茶は?」
「外の世界のお茶だそうです。当然ながら希少品ですわ」
「へぇ、外の世界ね……あの店で買ったもの?」
あの店とはいうまでもなく香霖堂のことである。だが咲夜は首を横に振る。
「いえ、すきま妖怪からせしめました」
「……それ、飲んで大丈夫なのか?」
「美鈴に毒見させましたから大丈夫でしょう」
「あ、そう。なら大丈夫か」
ひどい言い草であるが、まぁ紅魔館における門番の立場なんてそのようなものである。
「どうぞ、お嬢様」
「ん」
茶漉しで茶葉を漉した紅茶をティーカップに注ぎ、銀のトレイに乗せてレミリアに差し出す。レミリアはカップを手に取り、香りを嗅いだ後一口口をつけた。その口元が微かに吊りあがる。
「……咲夜」
「はい」
「いい物を手に入れたわね」
「そう言って頂けると、銀のナイフを投入した甲斐があったというものです」
咲夜も控えめな笑みを浮かべた。
「それにしてもよく降るわね」
再度窓の外を見てレミリアは憂鬱げな顔を見せる。
「梅雨ですから」
「何もこんなに集中して降ることはないと思わない?」
「毎日少しずつ降られても困ると思いますが」
「咲夜はいちいち言うことが極端ね」
「そうでしょうか」
小首を傾げる咲夜。
「そうだ咲夜、雨がやんだら神社に押しかけて宴会よ……当然私が仕切るわ」
「多分同じ事を霧雨魔理沙辺りが考えてそうな気がしますが……あとあの鬼とか」
「あんなのに任せてられない。私が仕切るといった以上誰にも邪魔させないわ」
「はぁ……」
どうしたものか、というようなため息と相槌の中間のような声を出したあと、咲夜は微かに口元をゆがめる。
「では邪魔しそうな者たちの説得は私がすればよろしいですか?」
「任せるわ」
「お任せください。私のナイフは何より雄弁ですから」
「ふふふ、雨がやむのが楽しみだわ」
相変わらず降りしきる雨の向こうにある神社を見るかのように、レミリアは窓を眺め続けた。
翌日。降り続いた雨は明け方ごろに上がり、晴れ間が顔を覗かせた。梅雨の中休みである。
せいぜい2日程度の晴れまであるが、これを待ち望んでいたものはかなり多いはずである。
「やれやれ、やっと晴れたか」
魔理沙は自宅前でうーん、と大きく伸びをした。昼なお暗き魔法の森も、流石に朝ともなると少しはすがすがしい空気に包まれる。
「よし、今日こそは神社へ行くとするか。そして宴会だな。うん、たのしみだぜ」
「朝から元気ね、あなたは……」
アリスが眠そうな目を擦りながら出てきた。結局昨日はそのまま魔理沙の家に泊まってしまったのである。
……ちなみに何もなかった、とだけ申し添えておく。
「一日の始まりに元気がなかったら一日元気が出るわけないだろ」
「はぁ、まったく……これだから野魔法使いは」
「うるさいよ、この萎れかけの温室魔法使い……そんな事より夕方に酒持って神社集合だ。遅れるなよ」
「まだ参加するなんて言ってないんだけど……どうせ強制でしょ?」
「酒持って来るのは強制だが参加は任意だ」
「はいはい、持ってくればいいんでしょ?参加すればいいんでしょ?」
面倒臭そうに答えるアリス。だがその顔は微妙にうれしそうだったりするのだが。
明けない夜はないように、やまない雨もない。
それがたとえほんのひと時の晴れ間であろうとも、幻想郷の少女たちは誰もがその間を満喫する。
「ほら咲夜、早くしなさい!」
「お嬢様、そんなに急がなくても逃げないですよ、神社は」
紅魔館。レミリアが異様なハイテンションで屋敷の廊下を駆ける。その後を咲夜が追いかける。
「何言ってるの。時は金製なりって言うじゃない……銀製だっけ?」
「どっちも違いますし、お嬢様にはあまり関係のない言葉ですが」
「そんな事はどうでもいいんだよ」
レミリアは立ち止まり咲夜を振り返る。
「言葉の意味ってのは確かに重要だけど、今何より優先すべきなのは神社に行くことなんだから」
「優先事項ですか」
「ああ。早くしないと魔理沙とかあの鬼とかに宴会仕切られてしまうじゃないか。今回は私が仕切る、って言ったでしょ?」
「そういうことでしたら仕方ありません。わかりました、お供します……って、お嬢様、日傘、日傘!!」
吸血鬼ってやつはどうにも肝心な所で子供っぽい。日傘も指さずに日の光の中に飛び出そうとするレミリアを追いかけながら、咲夜はため息をつく。
さぁ、宴の仕度は整いました。ほんのひと時の騒乱の幕が開く時です。
名目なんかはどうでもいい。口実なんかはどこかに捨ててしまえ。建前なんか宴に必要ない。必要なのは面子と酒、それだけでいいのだから。
「うわぁ、いい天気だねぇ」
萃香が境内を駆け回る。無駄にテンションが高い。
「あんたねぇ、無駄に体力使ってる暇があったら掃除手伝いなさいよ」
そう言う霊夢もどことなくうれしそうなのは気のせいか。
「宴会っ、宴会っ、宴会っ!」
「あんた気が早すぎ……まだ誰も来てないでしょうが」
「来たよ、ほら」
「魔理沙にアリス……レミリアに咲夜……何でこんなときに示し合わせたように来るかなあんたらは」
呆れ顔の霊夢。
「決まってるじゃないか。今日は私が幹事で宴会だ」
「何言ってるの、今日の宴会は私が仕切るわ」
「あー、ずるいずるい!私がまとめようと思ってたのに!!」
「よーし、それじゃ弾幕言語で勝負だな」
「いいわよ」
「望むところ!」
「あんたら掃除の邪魔しに来たのかっ!って言うか宴会するんなら準備ぐらいしなさいよっ!!」
いきなり弾幕ごっこを始めようとする魔理沙、レミリア、萃香に、霊夢が箒を振り上げて怒鳴る。よくある神社の一シーン。
さぁ、宴が始まる。雨と雨の狭間、わずかな時間をも惜しんで。
長い人生、楽しまねば損だ。酒を酌み交わせ、乾杯をしよう。
……素敵に平穏で騒々しい日々と、五月雨に、乾杯。
いつか晴れる日を待って自分も酒買いに行くか…
確かにお酒飲みたくなるお話でもありますが一人で飲んでもおいしくない(泣)。友達みんな県外に出て誰も近場にいないし、田舎だから移動手段が無いので居酒屋にも行けない、と悲しくなってしまいました。空飛べて集まれる幻想郷の住人たちが羨ましいです。
咲夜さんは某正体説のせいで勝手にブリテンのひとだと思ってました。
これは二度三度と読む内に面白さが湧いてくるお話ですね。
萃香がとても彼女らしいなと感じました。
そういえば最近飲み会ってしてないなあ。
今度幹事やって焼肉にでも行こうかしら。
そんな気がします。
そんなことを思いつつ、雨を眺めて飲む酒も一興かと。
かなり好きです。
魔理沙にレミリア、萃香…
なるほど、確かに全員仕切りたがりそうですね…