ナズーリンは、特にやることが無かった。だから暇つぶしに、広げたダンボール箱を持って、土手に来ていた。これに乗って、土手を滑り下になんだか気付いたら落ちていた宝塔を回収する暇つぶしだ。
ちなみに、一人で遊ぶのが嫌なので、寅丸も一緒だ。
「ほ、本当にやるのですか? ナズーリンこれってかなり怖いです」
「ご主人様、やらないと、ほら、土手の下に落ちた宝塔がなんだか分からない魑魅魍魎にやられてしまう」
そうなのである。いじめなのか、宝塔にはたくさんの蜂蜜がかけられていてたくさん蟻とか群がってくるかもしれない。もしかしたら、甘いものが大好きな鹿が長い舌で舐めまわすかもしれない。
「そもそも、なんで宝塔が土手の下に落ちてるのですか?」
「……ご主人様、決まってるだろう。昨日、暇だったから私が投げたんだ」
寅丸からすれば、なんでこんなことをするのか理解できない。こういうことをしないで普通に遊べばいいと思う。
しかし、もはや躊躇している余裕が無い。既に土手の下には、あらゆる魑魅魍魎達が集まり始めている。宝塔の大ピンチだ。
「ナズーリン、あなたの行動を今は攻めません。なんとか、お一人で宝塔を早く回収してください」
「そう簡単には、いかないんだ。これは、政治的に難しい問題では無いんだが、すぐに獲ってしまったら面白くない」
ちなみに、この土手は低い雑草がはえていて75°の傾斜が50メートル続くのである。別名、悪魔の丘とよばれている。
今まで、幾人ものツクシンボハンターがここで夢破れ採集をあきらめているかわからない。
そのことを知っているのか、知らないのかとにかくこんなところから滑り降りるなど、寅丸からしてみればとても怖いことだった。
「あなたにはきっと毘沙門天様のご加護ありますから。早く獲って来てください」
「なあ、ご主人様! 競争だ!」
次の瞬間だった。物語は怒涛の展開に発展する。ナズーリンが持っていたダンボール寅丸の目の前に落とすと、寅丸の背後に回って膝かっくんした。そして寅丸は突然のことで、わわわと声にならない出しダンボールに崩れ落ちる。そしてナズーリンに押されてダンボールと共に寅丸は土手を滑り始める。
背後からダンボールに立ち乗りしてナズーリンが一気に滑ってきて横に並んだ
「どうだ! ご主人様! 楽しいだろう? このまま一気に宝塔に向かって一直線!」
「あわわわわわわわわわわわ!」
ダンボールには、ブレーキなどついていないこのまま土手の一番下までとまることはできない。余りの速さに、絶叫するしかない寅丸だった。
それを横目に、ナズーリンはさらにスピードを上げて滑り降りていく。
「ご主人様! 怖がっていたら面白くないぞ!」
ナズーリンは、後方に離れた寅丸に向かって大声で叫んだ。
「なななな! ナズーリン! 前を見てください! おおきな岩が!」
「ははは、ご主人様何を言って!」
滑り始めて49メートル付近にナズーリンが油断したところに罠があった。昨日までには無かった岩、いや、良く見るとそれは大きなケズメ陸ガメだ。蜂蜜の甘さに誘われた哀れな亀なのだ。
「うわわわわ、ご主人様!」
「ナズーリン!」
そして、物語は終着に向かって進みだす。
寅丸が勇気を出したのだ。ダンボールに倒れこんでいる体勢から一気に起きてダンボールに片足立ちだ。そして、ものすごい加速でナズーリンに追いついて、ナズーリンを抱きしめて自分のダンボールに移し右に一気に旋回して亀を回避したのだった。
二人を乗せたダンボールは、土手の一番下、宝塔の前に到着したのだった。
「はぁ、はぁ、はあ、ご主人様、……助かった。……そして、ごめんなさい。今日は、少し悪ふざけが過ぎた」
ナズーリンは青ざめた表情で謝り、もう土手滑りをしないと誓った。土手滑りはこんな危険な遊びだったのかと、この小さな賢将は理解したのだった。
「…………ナズーリン、……宝塔も戻ったし、あの、もう一回滑りませんか? 土手滑りがこんなに楽しい遊びなんて知りませんでした」
「え? ご主人様?」
そうは問屋が卸さないのだった。この後28回も土手滑りをして二人は帰路についたのだった。