「婚活が上手くいかないんです」
私はたっぷり三秒は含みを持って沈黙してから、「そうかなぁ、私、衣玖の作るトンカツ好きだよ?」とボケたら殴られた。
だって他にどう答えろと言うのだ。
「真面目に聞いて下さい、総領娘様。私は本気なんです」
「真面目にって言ってもさーあ? 私そういうのした事ないから、真面目も本気もへったくれもへそくりもないわよ」
「総領娘様の積立でしたら毎月この衣玖めが」
「マジか」
「総領娘様にがいつか自立なさる時の為にと」
「あ、ありがとうおばあちゃん……!」
また殴られた。
「貴方みたいな大きい癖に手の掛かってめんどくさくて我侭でだらしない孫なんていませんよ!」
「急に手のひら返したように暴言のオンパレードじゃねぇか!」
「孫より先に子供が欲しいんです!」
「知らねぇよ!」
「真面目に聞いて下さってますか!?」
「だから判んないんだってば! 大体、衣玖のそういう一足飛びに過保護な根性の所為で結婚できないんじゃないの!? よく言うでしょ、子供欲しいが為の結婚願望持ってる女は婚期遅れるタイプって!」
「……」
「あっごめんね衣玖言い過ぎたよね私言い過ぎたよ、ごめんねごめんって何も泣かなくても良いじゃないの私が悪かったわよ、いっ衣玖の作るトンカツおいしいからきっと大丈夫よ家庭的な女はモテるって言うじゃないっ、ねっねっ?」
「ですよね!」
「復活はえーわ」
それにしても、何が悲しくて休日に(私は年中有休でエブリデーサンデーだから間違いなく休日だ)家でごろごろしてたら急に呼び出し食らって、何事かと思いきや至極理解からかけ離れた人生相談を受けねばならんのだ。
結婚。
確かにその後の人生を大きく左右する一大イベントだとは思うが、今までそんな事、考えついた事もなかった。
ていうか、そもそもだ。そもそも、天人に結婚とか別に要らない。子供を産む為には当然しかるべき性交渉が必要な訳だが、そんな欲があったら天人になれない。天人になる奴はほっといても勝手になる。わざわざ子供を産んで人口を増やす意味も利点もない。
結婚に関しても、誰か伴侶を定める意味や利点など、天人には趣味以外には何もない。天界に住んでいればそれなりの衣食住は保証されるし、娯楽も道楽も快楽も事足りる事はない。わざわざ『結婚』という枠組みを作る必要はないのだ。
好きな奴がいるなら、好きなだけそいつといれば良いし。嫌になったら離れれば良いだけだ。
だから、結婚。そんな事は、発想もしなかった。私がこの先どう生きるのかはあまり想像がつかないが、今まで全力で親のスネを齧って生きてきたのだし、この先も親のスネを齧り尽くしていく所存である。
やっべぇな、我ながら清々しいクズだわこれ。
まぁ、私の目を覆いたくなるような将来設計は、この場合問題とされていないので良しとしよう。問題は衣玖だ。衣玖の婚活。
しかし。天人には結婚は必要ないと先程結論づけたばかりだが、妖怪にしたって、それ程焦ってやるような事でもないと思うのだが。
老い先短い人間ならいざ知らず。竜宮の使いの寿命は知らないが、一般的な妖怪の平均寿命より極端に短いといった事はよもやあるまい。
だから気長に気軽に構えて、ゆっくり相手を待てば良いような気もする。
……うん、これでばっちり相談乗れんじゃん私。
「でもさー、衣玖? まだまだ人生長いんだし、折り返しポイントにだって到達してないっしょ? んな短い間ん中で、理想の相手なんかホイホイ見つかっちゃったら面白くないでしょ。まだその時じゃないのよーきっと」
「だって、だって私……。私、寿退社するのが夢なんです!」
「……あ?」
「もう嫌なんですよ、竜宮の使い! 私達は本来龍神様のお言葉を理解し、俗世に広めるのが生業の筈なのに、今となっちゃあ龍神様の下働きも良いとこですよ! しかも何故か立場的に天人より下な風潮あるし! そりゃ私達は天人様方から見れば所詮は下卑たる妖怪かもしれませんが、そんな事言ったって天人には龍神様の言葉なんて聞けやしないでしょうが! せめて対等な立場になるのが筋なんじゃあないですか!」
「え、う、うん……ごめ、あ、いや、すみませんでした……」
なんかよく判んないけど衣玖が泣きそう。私も泣きそう。
「うちの実家はお世辞にも裕福とは言えない家庭なんですよぉ……私は長女なんですけど、兄弟がたくさんいてぇ……」
「ねぇ、その話長くなる?」
また殴られたよ。なんでだよ。三度目だよ。
長くなるなら聞き流そうと思っただけじゃんかよ。
しかし、考えてみれば、私は金銭的な理由で生活に困窮した覚えはないから、一般的に見て裕福な家庭であったのだろうと想像はつく。そういう意味では衣玖の気持ちに同調はしてあげられないし、私がしたつもりになっても、それは本当にただの『つもり』でしかないのだろう。
さっきから、つくづく私には縁のない悩みばかりで、なんで衣玖が私に相談するのか判らなくなってくる。もっと適任はいただろうに。ていうかそれこそ竜宮の使い仲間と居酒屋で話せよって感じだよこの話題。
「う、ううん。衣玖も大変なんだねぇ。頑張ってるんだねぇ」
「判って下さいますか」
「根本的には判ってないんだろうけど……まぁ、想像できない程じゃあ、ないかにゃあ」
「にゃあってなんですか何それ可愛い」
「スルーしろよそこは」
「私、考えたんです」
「衣玖ってほんと自由に話の主導権握っていくよね」
「私にとって理想の伴侶とは一体どんな方なのか」
「うん」
「経済的に余裕があって、私を受け入れてくれて、程良く突き放し、程良く優しくしてくれて、茶目っ気があってどこか憎めなくて経済的に余裕があって」
経済的に余裕があって、って二回言ったぞ。よっぽど大事な事項なんだろう。
「私より歳上なのに私より背が低くて、経済的に余裕があって、不真面目で私を振り回してばっかりで、手の掛かってめんどくさくて我侭でだらしないのにどこか憎めなくて」
……おい、なんかこれさっき聞いたぞ。
「あのー、衣玖さん? その理想像ってもしかして、私の知ってる人物ですかね?」
「総領娘様」
「は、はい」
私達の背景に、美しく薔薇の花弁が舞い散るエフェクトを幻視した。
あーやべーこれは立てちゃいけないフラグが立つ音がしたよ。
「私を、貴方の妻にして下さい」
†
「はっ! ……あ、……おぉ、おぉぉぉ……夢オチだぁぁぁ夢オチで良かったぁ……!」
夢は覚めてみればやっとそのおかしさに気付くものだけど、大体衣玖が私を好いている事から間違っている。
あいつ、ちょっとでも機嫌悪いと、私を視界に入れるや否や瞬速で顎にアッパーかけてくるからな。あいつの所為で何回舌噛みちぎったか判らんからな。「いえ、なんだか、今日ものうのうと楽しくだらだらと生きていらっしゃる顔がムカついたもので」とか言われる。理不尽過ぎる。
でもそんな衣玖くらいしか構ってくれる人がいないから、衣玖の視界に出たり入ったりしてその日の衣玖の機嫌を調べている私も私である。機嫌が悪かったらアッパーに加えてヒールで足を踏まれる。勿論ピンヒールだ。めっちゃ痛い。癖になりそうな程痛い。
……、……、……。
夢オチじゃなくて現実でも良かったかもしれない。相談とかされた事ないし。夢の中の衣玖は心なしか優しかった気もするし。三回くらい殴られたような気がするけどたぶん気の所為だし。
「はぁ」
「総領娘様。いつまでも寝てないで、早く起きて顔洗って下さい」
「ふぁーい。でもでも衣玖、私天人だし穢れとかないから顔洗わなくても良いんだよー?」
「私の気分的に汚いように見えるので洗って下さい」
「はい……」
「ちゃんとお布団畳んでから!」
「はい」
「顔洗ったらさっさと朝ご飯食べて下さいね」
「ご飯なぁーにー?」
「オムレツとコーンスープ」
「ぎぇぇぇぇ野菜嫌いぃぃぃやだぁぁぁぁ」
「勿論オムレツはピーマンもニンジンもタマネギも入ってます」
「鬼かぁぁぁ」
「嫌いなものばかりでメニュー考えたんで」
「鬼畜ぅぅぅぁぁ酷いよぉぉぉ」
「好き嫌いの激しい総領娘様が悪いんですよ。嫌なら好き嫌いをなくせば良いじゃないですか」
「だってぇだってぇ」
「早く。顔。洗って」
「はい……」
せめて現実の衣玖も、夢の衣玖みたいにしおらしく優しいひとだったら良かったのに。
妻にして下さいなんて可愛い事言ってくれたら良いのになーもー。
「ねぇねぇ衣玖」
「なんですか。私は貴方と違って忙しいんですから手短にお願いします」
「私の事好きー?」
「嫌いです。いつまでも寝てるし何回言っても顔洗わないしうるさいし、手は掛かるしめんどくさいし我侭だしだらしないし」
「そこまで言わなくても良いじゃん……」
「大体なんで私の家で寝泊りしてるんですか、早く帰って下さいよ。こんな狭い家より立派な家があるじゃないですか」
「だってぇーだってぇー」
「ほんっとに……猫ですか貴方は……」
「可愛いって事?」
「頭がおめでたいって事ですよ」
「衣玖ほんと酷い……」
夫どころか猫だよ私。それもたぶん野良猫だよ。保健所に連れてかれる寸前だよ。
「ねぇねぇ衣玖?」
「まだ用があるんですか」
「衣玖、婚活しないの?」
「別に、今は良いですよ」
「そうなの?」
「そんな事する暇ないくらい、手の掛かるペットがいるんで」
「えっいつの間にペット飼ってたのずるいっ。猫?犬? もふもふできる? 私ももふもふしたいっ」
「猫です。抱き心地はあんまり良くないですよ」
「今度見たい、今度見たい」
「……。総領娘様には見せてあげません」
「酷い、酷いよ衣玖……私が衣玖に何をしたって言うの……」
「良いから、早く顔洗ってきて下さいって。何回言わせるんですか」
「うぅ……」
やっぱり、夢オチじゃなくてあっちが現実だった方が良かったのになぁ。
ここで天子が妙な気を利かせて帰ったら、一番困るのは依玖さんの方ではなかろうか。
「いつまでも世話になってたらいけないわよね。ごめんなさい依玖、私は帰るわ」とか言われたら依玖さん泣くんじゃなかろうか。超見たい。
様式美って素敵
どちらの衣玖さんも可愛いですねぇ
衣玖さんが天子をどのくらい好きなのか、どうして好きになったのか描写がもう少しあるとより良かったです。
正直テンプレっぽく思えてしまったところもありましたので、若干点数は辛め。
事実婚とはよう言ったもんだw
しかし良いいくてんだった!
でも良かったです。
すごくいいですねこれ
ってかもう夫婦みたいなもんじゃんw
文脈的に、事足りぬ?
話は超好きです