「妖夢、お腹が空いたわ」
「はいはい、もうすぐ出来ますよ」
白玉楼では一日三回、決まってこんな会話が成される。
会話を始めるのはいつも西行寺幽々子のほうで、この会話をする絶対にご飯が美味しくなるとでも思っているかのように、楽しそうな顔をして、料理をしている魂魄妖夢の後ろから声をかける。
料理を絶対に手伝わないのは、幽々子が絶とか極とか、あるいは弩が付いてしまうほどに料理が下手だというわけでも、ただひたすらに楽がしたいというわけでもない。
ただ何もせずに出てくる料理を食べるのが一番美味しい、と経験則で分かっているからだった。
「はい、出来ました」
「わーい」
見た目の歳は少し、中身の歳はずっと幽々子のほうが年上なのだが。
食卓に並べられた料理の数々。その出来栄えはどれもこれも、どこかで店を開いてしまえばあっという間に大評判の店と言われるようになるだろう、と思えるほどだった。
箸で摘めばほろりと身がほどけ、軽く押すとじわり、透明な脂を滴らせるのは、ホッケの開きを良い塩梅で塩抜きしてから、そのまま素焼きにしたもの。外側はぱりっときつね色に焼けて、内側の水分は少しも飛ばさずしっとり温かい程度になるよう、抜群の火加減で焼き上げられたそれを、熱々のご飯に乗せる。
するとホッケの身が保持していた最後の脂も、とろりと下のご飯に溶け出して馴染むのだ。
幽々子はその土台から優しくゆっくり持ち上げて、口の中に届くまでの香りを楽しむよう、おもむろにそれを口にした。
咀嚼は強く多く、鼻で数回呼吸をした後で、ごくりと喉を通す。
「うん、美味しいわ」
「それは良かった」
「ねえ妖夢、こんなに美味しいご飯なんだから、もっともっとたくさん食べたいんだけど、どうにかならないかしら?」
「もっとたくさん、ですか」
幽々子の言葉に、妖夢はとても難しい顔をした。それでも、幽々子の笑顔のためならばと思い、ご飯の量を増やす方法を模索する。
妖夢の前に置かれた茶碗から立ち上る湯気が、少し薄くなるくらいの間を置いて、妖夢は手を打った。
「いい方法があります。どうにかなるかもしれません」
「やったわ!」
「明日からは楽しみにしてください」
「ありがとう、大好きよ、妖夢」
幽々子の笑顔を見れば、妖夢の笑顔もすっと柔らかくなる。
そして翌日から白玉楼の食卓では、幽々子の前に今までの二倍になろうかという量の美味しそうな料理が、毎日と並ぶことになった。
幽々子はそれを幸せそうに平らげて、妖夢はそれを幸せそうに見えて笑う。
こんな日がずっと続くに違いない。
幽々子は間違いなくそう思っていて、こんな日は、確かにずっと続いていくのだった。
「あら妖夢、半霊は?」
ある日人里で、食料の買い込みに来ていた妖夢と咲夜がばったり出会い、咲夜が出会い頭にそんな質問をした。
妖夢は何の後ろめたさも、悔しさも、悲しさまでも振り切った笑顔でこう答えた。
「私はもう、今は立派な幽霊ですよ」
短いですけど、サラリとした恐ろしさがありますね。
結に至るまでの過程が思いっきり吹っ飛ばされていて、これでは短編の設計図をそのままぶん投げたようにしか感じられませんでした。
或いは忠義の成れの果てか。
果たして主がそこまでを望んでいたかどうかはともかくとして。
……幽々子様は食べていらしてますが(笑)
正解かどうかは分かりませんが一年越しに自分の解が出せました