目が覚めたら、その身を置く世界が、全く見知らぬものだったとする。
この場合、どんな感情を抱けばいいのか? そんなもの、誰からも教えられた覚えはないし、そんなものを教わるような人生なら、きっとまともなものじゃないはずだ。
嬉しい再会やあまりそうではない再会に、心も体もふわふわとしていた時点から数日を経て。蘇我屠自古は、雲より高いところで一人、寝っ転がるような姿勢で浮いて、濃い灰色の煙を吐き出していた。
そこでは地上に居るときよりも、太陽がずっと強く照りつけてくる。焼けるような光は、人間だったときのそれよりも温くなってしまった体に、そこそこ心地良く染み入った。
もちろん、心地良さに受ける恩恵以上に眩しさが不快なので、屠自古は目を黒い眼鏡――名称はサングラス、用途は目を光から守るもの、とその店の主人は言っていた――で覆っている。
ところで屠自古が口に咥えて、先ほどからぷかぷかと吐き出す煙の発生源になっているこれ。名称を煙草というらしい。精神安定に使われるようなものらしく、その目で幾千幾百年振りの光を見て以来、何かとイライラしがちな自分にはぴったりだなと思って、目元を飾るサングラスと共に購入したものだった。その店には幾つかの『煙草』が、それぞれ種類によって紙のパッケージでまとめられていて、屠自古はなんとなく『色がそれっぽい』という理由で、黄色いパッケージのものを選んだ。「Peace」という文字がデザインされているが、屠自古はもちろん、店主もその意味を知らなかった。が、この黄色いパッケージに書かれているのだから、きっと良い意味なのだろう。
煙草を咥えたまま口で息を吸い込むと、紙に巻かれた中の茶色い茶っぱがちりちりと燃えて、そこで発生する煙をそのまま肺に入れる。これが煙草の使い方だ、と人に習った。
買った店の店主は、煙草を吸うことで遠回しに自殺するような結果もある、と言っていたが。
まあ、それはそれでいいか。と、割り切って吸えば煙草は心地の良いものだった。
口を閉じてじっとしていると、今の自分の体では、肺に入った煙がそのまま体の一部になってしまいそうだ、と想像してしまう。
慣れない。まだ慣れない。気を抜いてしまえば、想い人を抱きしめることさえ難しいのだ。そんなの。
こんな体でも、息を止めているとなんとなく苦しい。息を吐けば、濃い煙が出てくる。
それは、心の深いところに沈みきった、よく分からないもやもやが形になって出てきている気がして。
その塊はゆっくり表情を歪ませながら、悪意そのものみたいな風体で見下ろしてきて。
にわかに、強い風が吹いた。
「……やーいやーい」
屠自古は、ざまあみろと言いながら。風に流されて形を崩して消えていく煙を、セピア色に染まった視界で見送った。
短かったから全部読めたけど
天子…ぬえ…