※オリキャラ注意
それは、どの家庭でも起こる、ありふれた何でもない出来事だった。
その家庭で最年少の家族が生き物を飼いたいと言い出し、家長が了解を出す前にその生き物を家に連れて帰ってきてしまっている。
当然家長はその生き物を元の場所に戻して来るように言うのだが、それに納得する子供はほぼいない、というか、そんなに聞き分けがいいのならばそもそも拾っては来ない。
言われたその時は素直に「はい」と言うだろうが、こっそりとどこかでその生き物を飼っているものだ。
そうなってしまったら、後はお互いの根競べ。
とはいえ、大抵勝つのは年少者だ。
しょうがない、その代わり世話は自分でするんだぞ。
そんなやり取りを経て、その家には新しい家族が増える。
そう、それは取り立てて珍しくも無い、ありふれた出来事である。
飼いたいと連れてきた生き物が、『罪』と大きく書かれた袋を頭に被った二足歩行生命体でさえなければ。
「……で、何なのこれは」
「わたしのペット!」
幻想郷の地底にある地霊殿の一室で、この館の主、古明地さとりは自分の妹である古明地こいしの後ろにいる生命体を見ながら発した疑問に、満面の笑みで答えられてしまいただでさえ引きつっていた顔がますます引きつるのを感じた。
今までにも妹の突拍子も無い行動に苦労した事はあったが、ある意味今回のこれはその中でも群を抜いて強烈なものであった。
それもそうだろう。
こいしが飼いたいと言って連れて来たのは、どう見ても立派な体格をした成人男性に覆面を被せただけで、他の衣服は一切身に着けていない、所謂変態だったのだから。
そんなものが腕組みをしながら仁王立ちをしている姿を見て、反射的に攻撃を仕掛けなかったのは我ながら大したものだと思わずにはいられない。
単に思考も体も停止してしまっていたという可能性もあるが。
「そう……私には裸で覆面を被った人間の男性に見えるんだけど……」
「やだなぁお姉ちゃん、ちゃんとパンツは穿いているじゃない」
そう、それこそがせめてもの救い。
この生き物は、完全な覆面全裸ではなく黒いビキニパンツを身に着けているのだ。
もしも本当に覆面以外は全裸だったのならば、迷わず自分の全火力を目の前の変態にぶつけていただろうから。
当然それは、お燐やお空を含めた地霊殿の全戦力を意味する。
それはさておき、まずこれだけは言っておく必要がある。
「元いた場所に戻してきなさい」
「え~?」
「えー、じゃありません」
「オメガ~?」
「ビーからちょっとひねっても駄目です」
むしろ、ビーよりもつまらない。
というか、このセンスはどこで覚えてきたのだろうか。
最近地上によく行っているのは知っているが、地上のどこなのかを把握しておく必要があるかも知れない。
「いいでしょ飼っても。ちゃんと私が世話をするからぁ~」
「そう言っていつも私が世話をすることになるから駄目です」
そういう問題では無いのだが、他にこの状況に対応できる様なボキャブラリーを持ってはいないのでひとまず正論で押し通すことにする。
持っていたら持っていたで嫌なものがあるのだが。
「大丈夫だよ。それに、この子は自分のことなら大体自分でできるし」
《こいし様、あまり姉君様を困らせてはなりませんよ》
「だってせっかく見つけたのに、このまま帰しちゃうなんて嫌だよ」
《それならばご安心を。私は普段あの場所にいますのでいつでも会う事はできます》
「そうですよ、なにもわざわざ……って、あなた、今会話に加わって……それに!?」
唐突に増えた声のあまりの自然さに流しそうになってしまったが、今この部屋にいるのは自分たち姉妹を除けばこの変態しかいない。
そうすると、自動的に三人目の声の主は決まるのだが、その声が問題だった。
声が、音ではなく直接心に届いていたのだから。
古明地姉妹は人の心を読む『覚り』の妖怪なのだが、妹のこいしは心を読むことで他人に嫌われることに耐えられなくなり、自ら心を読む能力を捨て去ってしまったのだ。
それ故に、『無意識を操る程度の能力』を使えるのだがそれはこの際関係なかった。
心の声ならば、自分には聞こえてもこいしに聞こえるはずは無い。
なのに、今こいしは心の声に対して会話をしていた。
ならば、それが意味するのはただ一つ。
「こいし……あなた自分の心を……」
それは、もう来ることは無いと半ば諦めていた事だった。
妹が覚り一族の象徴である第三の目を閉ざしてから何度もその目を開かせようとして、その度に失敗に終わっていた。
それが、今になって実を結んだというのか。
何かを言いたいのに、それを言葉にできなくて、それでも何かを言おうとしてを繰り返すさとりの姿に、しかしこいしはにっこりと笑顔を向けると。
《お気になさらず。ただのテレパシーですので》
「気になるに決まっているでしょうがっ!!」
予想外の所から、台無しな答えが届けられた。
珍しく声を荒げるさとりに、その元凶はゆっくりと首を左右に振りながら。
《いえいえ、この程度の力など貴女に比べれば実に些細な力ですよ》
なんでこの生き物はこんなにも無駄に紳士的なのか。
ぬか喜びをしたことと合わさって、一気に全身から力が抜けた。
「ね?こんな能力の持ち主って今までのペットの中にはいなかったしさぁ、ウチに置いてもいいでしょ?」
その為、妹の言葉に力無く頷いてしまったのだった。
〇
『罪』と書かれた覆面をしたビキニパンツの変態がこいしのペットとして地霊殿に住み着いてから早数日。
《私のことは『おでん』とお呼び下さい》という本人(?)の希望により、『おでん』と呼ばれるようになった彼は、いつの間にかめちゃくちゃ馴染んでいた。
掃除洗濯といった家事はもちろん、ペット仲間にして物忘れの激しいお空のフォローもこなすおでんはすっかりと地霊殿の一員と化したのだ。
ただ、格好がアレなので一部の連中は頭を抱えていたが。
その頭を抱える事になった一部の筆頭であるさとりは、書類仕事を一段落させて休憩を取っていた。
椅子に深く腰掛けて目を閉じてはいるものの、頭に浮かぶのはおでんのことばかり。
当然好意的な意味ではなく、これから彼をどうしようかというものだ。
こいしの言っていた通り、いやそれ以上におでんは自身の世話のみならず、周囲の者の面倒も見ることのできる有能な妖怪だった。
が、その反面なぜか頑ななまでに服を着ようとはせずに、常に覆面ビキニパンツでいようとするので正直どうしたものかと困り果てている。
と、部屋のドアがノックされた。
それが誰か分かったので、入る様に告げると礼儀正しくお辞儀をしながらおでんが入って来る。
お茶を入れに来てくれたのだが、その動作が一々様になっていて、それが格好の珍妙さをより際立たせてしまっている。
「本当に、何でいつまでもその格好なのかしら。服なら用意してあげたのに」
紅茶の入ったカップを受け取りながら、何とはなしに聞いてみた。
今までにもその理由を探ろうと心を読んでいるのだが、しかし彼の能力のせいなのか、いまいち読み取ることができないでいる。
「別に、服を着ることが弱点というわけでもあるまいし」
《それは、私の生まれに関わることだからです》
それ故に、いきなり返ってきた返答に一瞬何のことだか理解が追いつかなかった。
「生まれ?そういえば、そもそもあなたは何の妖怪なの」
それでもすぐに頭の中を整えて話を続けたのは流石というべきだろう。
《はい。私は、人間の後悔の念が集まって生まれた妖怪です》
「後悔?」
《はい。生前、自分が伝えたいことを伝えられずに人生を終えてしまった人間たちの後悔が私という存在の核を作り、これだけは言っておきたかったという罪の意識と、今更どの顔で会えばいいのかという気持ちがこの覆面を、着飾らず、裸の気持ちでぶつかりたかったと言う心残りがこの姿を形作りました。
だからこそ、私は服を着るわけにはいかなかったのです》
「そう……」
自分が想像していた以上の理由が聞き出せたため、納得した。
いや、あんな格好をした妖怪にそんな理由が存在していたとは考えてもいなかった為、納得するしかなかった。
「だから、なのかしらね。こいしがあなたを連れてきたのは」
古明地こいしは嫌われる事を恐れるあまりに心を閉ざした覚り妖怪だ。
おでんの様に、自分の心を伝えながらも自分を嫌わない存在はこいしにとっては正に理想的なペットだったのだろう。
心を読むことと引き換えに無意識に動くことができる様になったが故に、無意識下でおでんの事を必要としていたのだろう。
《いいえ、それだけではありません。私もこいし様について行こうと思えたからです》
だから、その言葉は又しても予想外だった。
「それは、どういう事?」
《こいし様と初めて会った時の話です。あの方は正面から私を見て『うちにおいでよ』と声をかけてくださったのですよ。故に、真っ直ぐな気持ちには正面から答えたいという本能を持つ私はこいし様について来たのです》
「なるほど、あなたの生まれからすれば自然な流れね。こいしの無意識を操る力もこんな使い方があったなんて知らなかったわ」
《お言葉ですが、こいし様はあの時能力を使ってはいなかったはずです。多少は影響があったでしょうが、それも微々たる物だったでしょう》
その言葉の真意が分からずに、さとりは首を傾げる。
《お分かりになりませんか、嫌われる事を恐れて心を閉ざしたはずのあの方が、私には正面から向かい合って下さったのですよ》
「あ……」
《気づかれた様ですね。今までのあの方だったらそんな事はせずに無意識下で私を連れ帰っていたはずです。もしあの言葉が無かったのならば、私はここまで来ることはありませんでした。変わり始めているんですよ、あの方も》
「……あなたの真意が分からなかったどころか、妹の成長に先に気づかれてしまうなんて、覚り妖怪としてだけではなく、姉としても失格ね……」
自重するような笑みを浮かべながら、さとりは椅子の背もたれに全体重を預けた。
《そんなことはありません。貴女は普段から一番あの方の傍にいた為に気づかなかっただけです》
「気休めは結構よ……」
《いいえ、気休めではありません。それほど身近に貴女がいたからこそ、あの方は変わることができたのですから》
真っ直ぐに顔を向けて、静かに言葉を渡してくるおでんの声には、不思議と確信の色があった。
「どうして断言できるの?」
流石に疑問に思い、直接本人に聞いてみる。
《『おねえちゃんが待っているから』》
「!?」
《あの方が地上の友人たちに地上に残らないかと誘われたときの言葉です》
そう言われ、思い出した。
こいしは地上への移住を断ったことがある事を。
その時は単にいつもの無意識下の行動だと思っていたのだが、今の言葉を合わせて考えると意味が違ってくる。
あの子は、自分がいるから行かなかったということになる。
《その時のこいし様は、ちゃんと自分の意思で帰る場所を選んでいました。言い換えるのならば、貴女がいるおかげで自分の意思で考えることができたのですよ》
「なぜ、あなたがそれを知っているの?」
自分でも声が震えているのが分かる。
移住の話は、おでんが来る前の話しのはずだ。
《それが私の能力だからですよ。『伝えたい気持ちを伝える程度の能力』といったところでしょうか。最も、こいし様の気持ちは実に分かりにくかったのでこんなに時間がかかってしまいましたが》
気持ちを伝える能力を持った妖怪。
だから、『お伝』。
「そう……随分とおせっかいな能力なのね」
《だからこそ地底に生れ落ちたのでしょうね》
その言葉を最後に、伝えるべきことは伝えたと言うかの様に退室して行った。
後に残されたさとりは、しばらく天井を見つめると、やがて両の瞳を閉じた。
〇
その翌日の話。
ペットとは、飼い主の側がそうだと思っていてもペットの側からしてみたら一時の仮宿兼餌場としか思っていない場合もある。
動物にも意思はあるのだから。
それに加え、ペットとは鎖で繋いでおけるものばかりでは無い。
だから、時に自分の意思で立ち去ってしまうペットも当然いる。
自分の目的に関係の無い場所にいつまでも居る動物などいないのだから。
実際、地霊殿から去っていったペットも少数だが、決していないわけではない。
その数が一匹増えた。
今回の件は、それだけの話だったということだ。
「……そうやって終わればお話として悪くないものだったはずなんですけどね」
「うにゅ?どしたのさとり様、さっきからおでんをじっと見て」
地獄烏の霊烏路空がさとりの肩に止まりながら首を傾げている。
だが、そのさとりの視線はこいしと一緒に火焔猫燐の毛並みの手入れをしている覆面ビキニパンツのおでんに釘付けになっていた。
「あなたはもう自分の役目を終えたのではなかったのですか?」
思わずそんな言葉が口をついて出るが、返ってきたテレパシーは予想外の――ある意味いつも通りの展開だが――内容だった。
《お恥ずかしい限りなのですが、あの時私がお伝えできたのはこいし様がさとり様に伝えたい気持ちの1%にさえ満たないものだったのですよ。ですので、まだ私はこいし様の下を離れるわけにはいかないのです。誠に申し訳ありませんが、当分ご厄介になります》
しかし、さとりは微笑みながら。
「そう。それなら仕方が無いわね。でもしっかり働いてもらうからそのつもりでね」
《もちろんですとも》
そのやり取りにこいしを始めとした周囲の一同は目を丸くする。
その様子を見て、さとりは思った。
みんなのこんな顔が見れるなら、たまにはこんな事も有りね、と。
そういえば、ペットを飼うという事には飼い主を成長させる効果があるというが、あながち間違ってはいなかったみたいだ。
今まではそれに気づいていなかったみたいだが、それに気づける程度には自分も成長したということだろうか。
まぁいい、その内分かることだろう。
それよりも、今の自分がやるべきことは、どうやって裸の気持ちでぶつかろうという気持ちから生まれた妖怪に服を着せるか。
その手段と説得方法を探すことなのだから。
了
頭の中で想像したらあまりにシュールだったぜ
ただ、面白かったですw
ありがとうございます。
しかし、ビキニパンツでおりんりんをトリミングするおでんでんか。アウトやね。