夏が近づくと、日に日に空が高くなっていく。
博麗霊夢は、今日も変わらず縁側に座って空を眺めていた。
隣に置いてある小さなお盆には、湯呑みとお煎餅を置いて。
すぐ後ろの居間からは小さな寝息が聞こえてくる。
寝息の主は、七曜の魔女、パチュリー・ノーレッジ。
動かない大図書館と呼ばれるパチュリーが、この博麗神社に来ているのは、霊夢が強引に呼んだからだ。
最近霊夢は、たびたびパチュリーの図書館に泊まっていたのだが、あまり自分だけがお邪魔するのも気が引けるので、無理やりパチュリーを招待した。
パチュリーは、お昼を食べたら、「ちょっと横になる」と言って、そのまま寝てしまった。
まぁ、食事後に畳に寝っ転がって、初夏の風に吹かれていたら、眠ってしまうのも無理はないというものだ。
そんな、珍しい来客が来ている博麗神社の昼下がり。
博麗神社に新たな来客がやって来た。
「霊夢、あたいが来てやったんだから、何か食べさせなさい!」
「あんたみたいなバカに食べさせる物は、この神社にはないわ」
「あたい、バカじゃないもん!」
「じゃあ、7六歩、3四歩。次は?」
「6八銀!」
「はい、8八角成で終了ね。やっぱりバカじゃない」
「むー! もうバカでいいから何か食べさせてよ!」
珍しい。
チルノがバカだって、自分で認めるなんて。
いつもは「バカじゃないもん!」って連呼するのに。
よっぽどお腹が空いてるようだ。
「仕方ないわねぇ。そこでじっとしてなさいよ」
溜息をつきながら立ち上がると、入れ替わるように、チルノがきちんと膝の上に手をのせて座る。
さて、何を作ろうか?
霊夢は移動しながら、残り物を思い出す。
たしかご飯が一人分くらい残っていたはずだ。
「ご飯があるなら、どうにでもなるわね。どうせ夜には炊かなくちゃならないし、むしろ助かるかも?」
残り物の古いご飯はなくなるし。
夕飯には、炊きたてホヤホヤのご飯が食べられそうだ。
そんなことを考えながら、適当に材料の下ごしらえをする。
鶏肉を小さめに切って、玉ねぎはみじん切り。
玉ねぎのみじん切りがやりにくい。
そういえば最近包丁を研いでいなかったかもしれない。
切り終わったら、フライパンにバターを引いて、鶏肉と玉ねぎを炒める。
ある程度炒めたら、少量の白ワインと、ご飯を投入。
お昼は食べ終わったばっかりだが、バターのふんわりした柔らかい香りは、食欲をそそる。
でも、ここでさらにこんなものを食べたら太ってしまう。
湧きだしてくる食欲を抑えつつ最後の味付け。
軽く塩コショウをしてから、ケチャップを全体にかける。
この後はスピード勝負。
一気にフライパンを振ってケチャップを全体に馴染ませれば、チキンライスの完成だ。
できあがったチキンライスをお皿に盛り付け、お盆にスプーンとタオルをのせて、縁側へと持っていく。
チルノは、手はお膝のまま待っていた。
「できたわよ」
「いい匂いがするー」
「残り物だけどね。ちゃんと手をふいてから食べるのよ」
「うん!」
チルノがスプーンに伸ばそうとしていた手をひっこめて、タオルを手に取る。
しっかりと手をふくと、今度こそスプーンに手を伸ばした。
「いっただーきまーす!」
パチンと手を合わせて、出来立てのチキンライスを思いっきり頬張るチルノ。
口に入りきれなかったチキンライスが零れ落ちて、お皿に戻っていく。
なにも言わず、もくもくとスプーンを動かす様子は、見ているだけで幸せになれるような気がした。
「それだけ美味しそうに食べてくれると、作ったほうも甲斐があるわね」
「だっへ、ほいひぃんだもん」
「ちゃんと飲み込んでから喋る」
幸せそうに食べるチルノを横目に、霊夢は立ち上がって居間に向かう。
手持無沙汰なので、耳掃除でもしようと思ったのだ。
魔理沙の家と違い、きちんと整理が成されている博麗神社では、比較的なくなりやすい耳かきもあっさりと見つかる。
耳かきを手に戻る途中、パチュリーが寝返りをうった。
慣れない畳が固いのだろうか?
霊夢が戻るころには、チキンライスも残り半分ほどになっていた。
スプーンとお皿がぶつかる音が聞こえるなか、霊夢はぼんやりと耳掃除をしながら空を眺めた。
空は相変わらず高く、白く透けるような雲が浮かんでいる。
太陽は柔らかく地上を照らし、居間に影を作り出す。
「はーあぁ」
思わず霊夢はため息をついた。
あまりの幸せさに。
ため息をつくと幸せが逃げるというが、それなら、ため息をつけることは、幸せであるということだ。
となりで妖精がチキンライスを頬張っていて、後ろでは恋人の魔法使いが、のんびりと眠っている。
人間を守る役目の自分も、仕事がない。
そんな幸せな昼下がり。
このままずっとこの時間が続いてくれればいいのに……。
「ねぇ、霊夢」
そんな幸せな時間も、チルノの声で止められた。
もちろん、本気でずっとさっきの時間が続くことを望んでいたわけではないが。
「なに? 食べ終わったの?」
「ごちそうさまー」
「ご粗末様でした。って、すごい口ね」
チルノの口のまわりは、ケチャップによって真っ赤になっていた。
「ほら、こっちに来なさい」
チルノの頭を腿の上にのせて、タオルで拭ってやる。
白かったタオルが、ケチャップ色に染まった。
「霊夢、拭きかた荒っぽいよー。ほっぺが痛いじゃない」
「あんたが、たくさんケチャップをつけるからでしょうが。ほら、さっさと膝から退く」
「えー、あたいにも耳かきしてよ」
「自分でできないの?」
「できるけど、霊夢にやってもらいたい」
「まったく、しょうがないわねぇ」
チルノの頭を横に向かせ、太陽の光を利用して耳掃除をする。
だが、チルノの耳は、ほとんど掃除をする必要がないほど綺麗だった。
「あんた、自分で普段から耳掃除してるの?」
「大ちゃんにしてもらってる」
「あぁ、あんたの保護者か」
チルノが大妖精に耳掃除をしている絵が、簡単に想像できた。
妖精なのに綺麗に整っている爪も、水色の綺麗な髪も、全部大妖精の仕事なのだろう。
いい保護者だ。
「ほら、終わったわよ」
耳掃除はあっという間に終わった。
チルノは、霊夢の腿から降りて、隣に腰掛ける。
「霊夢、耳かき貸して」
「それ以上やると、耳を傷つけるわよ?」
「今度はあたいが霊夢の耳かきをする!」
「私はさっきまでやってたじゃない」
「えー、せっかくお礼しようと思ったのに」
「その気持ちだけもらっておくわ」
うーん、と考え込むチルノ。
頬に手を当てて考え込む仕草が、一生懸命という感じがして、可愛い。
こういう素直なタイプは珍しい。
霊夢のまわりに来るのは、どちらかというと胡散臭いタイプが多いから。
「じゃあ、膝枕だけやる」
「え?」
「だから、膝枕だけ! ほら」
スカートのシワを伸ばして、ポンポンと腿のあたりを叩くチルノ。
霊夢に膝枕をする。
それが、チルノの考えたお礼らしい。
「なんであんたに膝枕されなくちゃならないのよ」
「お礼だから」
素直なのは、扱いにくい。
霊夢は思った。
普段から胡散臭いタイプを扱うのは慣れきっているが、こっちのタイプは慣れていなかった。
霊夢は観念して、チルノの腿に頭をのせる。
頭をのせてみると、程よい弾力で気持ち良かった。
とはいえ、寝たままでは、お茶を飲むことも、お煎餅を食べることはできない。
しかたなく、またぼんやりと空を眺めていると、チルノの小さな顔が視界に割り込んできた。
好奇心に満ちた瞳が、霊夢の真っ黒な瞳とぶつかって止まる。
霊夢は、チルノの空よりも青く、澄んだ瞳と見つめあうことになった。
ジーっと見つめあう二人。
「霊夢、おめめキラキラだね」
霊夢は顔が熱くなるのを感じた。
「ばっ、バカ! 何言ってるのよ!」
「だって、本当に綺麗なんだもん。宝石みたいだよ?」
「ーーーっ」
霊夢はやっぱり胡散臭い連中と付き合っている方が楽だと思った。
素直さは罪だ。
☆☆☆
夕方の博麗神社の居間には、キャラメルミルクの甘い香りが漂っていた。
キャラメルミルクは、二人で会うときには、定番の飲み物だ。
お揃いのマグカップの中身はすでに少なくなっている。
「ところで、今日の夕飯どうする? パチュリーは食べる?」
そろそろ今日の夕飯を考えないと。
そう思って、霊夢は隣に座っているパチュリーに聞いた。
「え!? な、なんでもいい」
「何あせってんのよ。別に変なこと聞いたわけでもないのに」
「別に」
なぜかプイっとそっぽを向いてしまうパチュリー。
何かしただろうか?
チルノと違って、パチュリーはどちらかというと胡散臭いタイプで、わかりにくい。
ときどき、素直で幼いところも見せるけど。
「まだ、何も準備してないから、なんでもつくれるわよ? さすがに買い物には行きたくないけど」
「なんでもいいわよ。霊夢が作ってくれるなら」
これは、本当にご機嫌ナナメだ。
とはいえ、何か食べたいものがあるらしくて。
それに、なんでもいいと言われると、食事の準備は困るもので。
むしろ、「○○を食べたい」と言ってくれた方が楽なのだ。
よっぽど面倒なものでなければ、という条件はつくが。
「ねぇ、なんか意見だしてよ」
ツンツンと、パチュリーの頬を突っつきながら尋ねる。
本人は「太っているみたいだから嫌だ」と言うが、パチュリーの頬は、柔らかくてぷにぷにしている。
「チキンライス」
ずっと突っついていると、パチュリーが、なぜか顔を赤くしながら言った。
「チキンライスは材料があるか怪しいなぁ。さっき、チルノに作っちゃったから。材料があったら、卵で包んでオムライスにしてもいいけど」
「ダメ! チキンライスにして!」
「どうしてよ。あんた痩せてるんだから、しっかり食べた方がいいわよ?」
「だって」
そこで言葉を切って、キャラメルミルクを飲むと、パチュリーは首まで真っ赤にして、ポツリと言った。
「だって、チルノが霊夢のチキンライスを食べてて、私が食べてないなんて、おかしいじゃない」
「ふーん」
思わず顔がにやけてくるのを必死で抑えて、ポツリと言う。
「パチュリー、意外と独占欲が強いのね」
これ以上赤くならないと思っていたパチュリーの顔が、さらに赤くなった。
「チルノに嫉妬するなんて」
口の隙間から、クスクスと笑いが漏れてしまう。
次はどんな口撃をしようか? と考えていると、突然パチュリーの目が座った。
「さっきチルノと随分楽しそうにしてたじゃない」
真っ赤な顔のまま、意地悪な口調でパチュリーが言った。
別に、悪いことはしていないのに、なぜか焦ってしまった。
それくらい、パチュリーの目は本気だった。
「お、起きてたの!? 膝枕はしょうがないじゃない」
「へぇー、膝枕なんかしてたのね。わたしが起きてたのは、チキンライスを食べ終わった後と、耳かきをしている間くらいよ」
「カマかけたわね」
「霊夢が勝手に墓穴を掘っただけじゃない」
パチュリーが黒く微笑みながら言う。
あの顔は、間違いなく復讐するつもりだ。
「でも、相手はチルノだし……」
「私はチルノに嫉妬するくらい独占欲が強いのよね」
もう無理だ。
パチュリーは完全に開き直っている。
霊夢は、6日前の夜を思い出して後悔した。
こんなことになるなら、あんな調子に乗るんじゃなかったと。
「その……、今夜はお手柔らかにお願いします」
その言葉に、パチュリーは、魔女の微笑みを浮かべて、カーディガンの袖をすこしめくった。
手首には、縄のあと。
私が6日前の夜につけたものだ。
おそらく、足首や胸にも残っている。
「とりあえず、これくらいで許してあげるわ」
「あれは……、その、その場の勢いというか……、その」
「その場の勢いで事に及ばないように、お仕置きも必要かもしれないわね」
「あう」
「とりあえず、チキンライスを作ってもらいましょうか? その間に、私はちょっと準備をしておくから」
「ほんと、変なことしないでよね……」
「大丈夫よ。私と同じくらい泣かせるだけだから」
やっぱり、胡散臭いタイプも、面倒くさいと思った。
そんな魔法使いを好きになってしまった時点で、負けなのだけど。
とりあえず、今夜は泣かされる覚悟を決めておこう。
それにしても、嫉妬むきゅーは可愛いなぁ。
素直なチルノの発言にかわいいと思いつつ、パチュリーさんは流石魔女。
観察力に優れ、執念深いんだなと思いました。
そして、意外と霊夢さんは激しいんだなとびっくりしました。
単純明快な話で深く考えずにあっさり読めました。
嫉妬するパチュリー、もといパルチュリーもかわいいです。
あと、6日前の夜の様子をもっと詳しくお願いします
チルノでこれならもう霊夢は魔理沙と遊べないじゃないですかー!
逆ですか!? だからこそ魔理沙と遊ぶんですか!?