Coolier - 新生・東方創想話

解らずとも

2012/06/12 02:40:33
最終更新
サイズ
17.61KB
ページ数
1
閲覧数
2913
評価数
3/10
POINT
550
Rate
10.45

分類タグ

 この階段を使うのは酷く久しぶりだった。最初に使って以来、降りたことは無い。
隠されるように廊下の隅にあるその階段は、周りに照明が取り付けられていないため薄暗く、下るたびに廊下から届く明かりは少なくなり、半分を降りた辺りで完全に途絶える。吸血鬼である私にとって光が届くか否かは全く関係無いが、館のどの場所とも違うその雰囲気はやはりどこか異質な物を感じさせられる。綺麗な装飾も、妖精メイドたちから成る喧騒も無いのがそれをいっそうと際立たせている。
 そして明かりが消えていくにつれ、気にもならなかったはずの足音が大きく響いているのに気付く。最下段に近づくたびに、踏みしめるようにゆっくりと降りているせいだ。
 別にこの先にあるものに対し恐怖しているわけでも嫌悪しているわけでもない。ならば何故、足取りは重い? 考えるまでも無い、躊躇しているからだった。
 この私が気が竦んでしまっているなどと認めたくはない。それでも、この感情は確実にそれと表現して差し支えないものだ。全く持って、らしくない。
 無機質な空間に、無機質な音。無に彩られたこの時間は永遠に続くように錯覚してしまうが、唐突に現れる仰々しい扉に、その感覚は否定される。結界が幾重にも張られ、鍵が無ければどうしても開けることの出来ない、文字通りの開かずの間。
 この先には、私の妹がいる。気がつけば、私は自然と呼吸を整えていた。

 妹に会うだけだって言うのに、何をそんなに身構える必要がある? ただ顔をあわすだけじゃないか、しっかりと、真正面から。
 それにしても、正面から顔をあわせたのはいつ以来だったっけ? 話をしたのは? 一緒に笑いあったのは?
 正直、構える理由しかない。あの子をここに幽閉し始めたのはともかく、幽閉し続けているのは他でもないこの私。私が私の考えで私の妹をこの地下に閉じ込めている。
 いまさら何の用だと言われても無理は無い。この地下から外には出したことは無く、地下に関する小用は全て妖精メイドに行わせているため、まともに顔を見合わせた事も無い。
 いきなり攻撃でもされるのだろうか。まあしょうがないだろう、妹にとって私は地下に自分を閉じ込めているいじわるな姉なのだから。憎しみをぶつけられてもしょうがない。拒絶されてもしょうがない。
もし何をされようとも……。
 もう、やめよう。こんなとこで立ち止まって考えるのは。こんな事は来る前に嫌というほど考えたし、それに対する心構えも出来たつもりだったじゃないか。
 臆病な私はここで立ち止まる理由が欲しいだけだ。この扉の前から逃げ出したいだけだ。
 でも今日は決めたんだ。ここから進まないといけないんだ。考えることなんて何も無い。鍵を使って、扉を開けるだけだ。いつも日常的にやってる、何気ない動作を行うだけだ。だから、ここで止まるのはもう終わり。進むんだ、この扉を、運命を。
 






「……お姉さま?」
  意を決して扉を開けると、何百年前から変わらず綺麗で可愛らしい装飾が為された部屋が目に入り、その部屋の端にあるベッドに腰掛けた妹と目が合う。私の姿を確認すると、最初は目を白黒させていたが、少しずつ表情が明るくなっていくのが容易に確認できた。
「お姉さま! きてくれたのね!」
 ちょっと待って。あまりにも予想していた反応と違う。事前に考えていた予定ではこの辺でぶちのめされてるはずだが、あの目の輝きようを見るにそれとは百八十度違う状況になっているようだ。
「嬉しいわ、わざわざ会いに来てくれるなんて! もう何百年も待ったんだから!」
「……あなた、それでいいの?」
 思わず口に出してしまう。ここで妹を逆撫でしても私に良い事は無いはずのだが、これじゃあ散々物怖じしてたのは何だったのかという話になってしまう。別にマゾではないが一発ぐらいは貰われないと馬鹿らしくなってしまう。
「え? なにが?」
 しかし、妹は頭にたくさんのハテナマークを浮かべながら首を傾げるだけで何もしてこない。私が言った言葉の意味が掴めていないようだ。
「あなたをここに閉じ込めたのは私なのよ? どうして怒らないの?」
 曖昧に聞いても駄目なら、もっと直球な言い方で聞いてみるだけだ。妹を怒らせたいわけでは毛頭ないが、どうしても自分を納得させる。理由が欲しかった。
「だってね、わたし、お姉様のこと好きだもん!」
 今ありえない単語が聞こえてきた気がして、さすがの私も驚愕せざるを得なかった。私のことが、好きだって?
「なぜ? 私はあなたを閉じ込めてたのよ! 嫌われる理由はあれど、好かれる理由なんてこれっぽっちも、」
「嫌いになんて、ならないもん!」
 先ほどまでとは一転して、今度は泣きだしそうな顔になった。混じり気無しの悲しそうな表情を見せられ、私はやっと自分の考えが正しくなかったのだと思い知らされた。
「お姉様はいつまでも、わたしの大切な、たった一人のお姉さまなんだもん! 嫌いになんてなりっこないよ。わたしをここに閉じ込めてるのだって、なにか理由があるんでしょ? わたしをここに連れてくるとき、お姉様が泣いてたの知ってるんだよ?」
 妹の言うとおり、私が地下に妹を捕まえておいたのは理由がある。危険な存在だからなんて理由で本人の気付かない内に実の両親の手にかけられそうになっていたところを発見し、二人を説得。封印するという建前で地下室を作って貰い、そこに閉じ込めて貰うことにしましたなんて、本人には死んでも言えないが。
「私はお姉様のこと好きだよ。お姉様はわたしのこと、嫌いかな……?」
「……っ、私は……」
 理由も聞かされずに閉じ込められ、何百年も会わず、それでも妹は私を嫌うどころか好きだと言ってくれた。そんな妹が不憫で、そして愛しかった。
 あまりにも長い期間、私はこの子に会わないで生きてきた。負い目を感じていたのもあるが、なによりこの子に嫌われてしまうのが怖かった。実際に会って拒絶されれば、嫌悪されれば、それは事実として残る。ならば会わないでいれば、私は私を傷つけないで済む。そう考えてしまっていた。妹が私を好きでいてくれてる可能性なんか、考えていなかった。それはありえないと思っていたから。
 でも、事実は違った。妹は私を嫌いじゃなかった。好きでいてくれた。その事実はとてもうれしくて、とても重いもの。私は、込みあがって来る物を抑えることが出来なかった。
「私は……。私だって、あなたのことをずっと考えてた! 信じてもらえないかも知れないけど、あなたを忘れたことなんて一度も無い。ずっと、ずっと、会いたかった!でも、駄目ね、私は臆病だった。一つ屋根の下にいるのに、私はあなたに会うことが出来なかった。ずっと、ずっと……」
 そこから先は声を声にすることが出来ず、ただただ涙を流すしかなかった。言わなきゃいけないことはまだ山ほどあるというのに、溢れる嗚咽を止めることが出来ない。
「……お姉様、ありがと」
「う…っく……フラン、ごめん……なさい……」
 搾り出した声はとても情けない声で、それでもフランは優しくでうなずいてくれて。私はしばらく泣くことしか出来なかった。





「……それでー、暇だったからお部屋のお掃除してたりしたの。ぎゅっとしてドカーンでゴミはイチコロだったよ!」
「ダイナミックなお掃除ね……」
 涙は枯らすと、まずは妹と会話しようと決めた。久しぶりに会ったのだから話したいことなど山ほどある。
「ここにくる妖精さんは私を見るとご飯置いてすぐにどっか行っちゃうし。とって食べたりしないのにー」
「妖精なんて食べるとこ無いものね。……ご飯、ね」
 妹を上に連れて食事会なんてどうだろう。そう考えると同時に、私の口は動いていた。
「フラン、良かったら今夜は上で食事しない?」
「ほんとに! ……んー、でも、やっぱり、いいや」
 二つ返事でオーケーされると考えていたので、この返事は予想外だ。
「あら、なんで? 遠慮なんてしなくていいのよ?」
 もしかしたら気後れしてるのかも知れない。折れずに何度か誘って見るも、返事は全てノーだった。
「わたし、この部屋にいた方が、落ち着くから。また、今度、一緒にお食事しましょ! それに、今日は、いっぱい、お話して、疲れちゃったよ。ちょっと、お休みしたいかな」
「でも――」
「いいから!!」
 突然の大声に、和やかだった空気が少し張り詰める。
「また、お話しにきてね。お姉様」
 そんな変化を知ってか知らずか、妹はベッドにのそのそと入ると、顔を見せずに声だけをこちらに向けてきた。妹が何故態度を急変させたのかさppりわからないが、確かにいっぱい話したし妹の言うとおり疲れたのだろうと自分を納得させた。納得させざるをえなかった。
「……わかったわ」
 休むといった以上、ここに居るのもなんなので上に戻るとする。まあ明日も来ればいいか、時間はまだ沢山あるのだし。
「それじゃ、また明日ね、フラン。お休みな――」
「……やっぱり、待って」
「え?」
「待って!!!!」
「!?」
 さっきよりも大きな声で私を呼び止めてきた。その大きさは、私を立ち止まらせるには充分なほどに大きく。そして、いつの間にかこちらを向いていたその顔は、私を釘付けにするには充分なほどに綺麗で、空虚で、なんの色も感じられないぐらいの無表情だった。
「やっぱりね、駄目だったの。お姉様が来たときは我慢してようって思ってたのに。もう我慢できなくなっちゃった。お姉様が悪いんだよ?お姉様が私のとこに来ちゃうから」
 妹はその面持ちを崩さないまま、少しずつこちらに近づいてくる。一歩、また一歩と、少しずつ、確実に。
この状況に、私は動けないままでいた。
「ずっとずっとずっとずっと、会いたかった。お話したかった。閉じ込められてた何百年間、ずっと。好きって言いたかった。好きって言われたかった。だからずっと我慢してたの。ずっと良い子でいたの。もう、いいでしょう?我慢するのは」
 気付けば吐く息が届きそうなぐらい近くまで来て。真っ白な表情でもっと酷く笑いかけてきて。
「今までずっと、私はお姉さまのものだった。今度はお姉さまを私にちょうだい?」
 言い終わった直後、私のいた地面は粉々に吹き飛んでいた。
「あーあ、よけられちゃった」
 いつの間にか召喚されていた剣を構え、再度狙いをこちらに定めてくる。もしなんの心構えもなくあの攻撃をくらっていたら、間違いなく一撃で戦闘不能だっただろう。
「……フラン、なにしてるかわかってるの?」
「お姉さまを、貰う」
 いきなりの展開に、意識だけがおいてけぼりになる。本当にこれは現実?夢じゃなくて?
「言ってる意味がわからないわ。ちゃんと説明して」
「私はわかるからいいの。お姉様がわからなくても」
 あまりにも身勝手で、唐突で、意味を理解できない言葉にどう反応すればいいかわからず。正常に反応する事を放棄した私の頭は、体の芯まで笑い転げろと私に命令してくる。
「……ふふ」  
 だって、あまりにも馬鹿げてる。ちょっと前まで談笑してた姉妹がこのざまなんて、非常識にも程がある。
「あっははははは! そうよね、私の妹だものね。このまますんなりはい終わりなんて、それこそありえない!」
 最初は一方的にボコボコにされて終わる気だったはずだ。その考えは間違っていた事になって、でも今こうしてボコボコにされる機会が来て。それなのに、今は目の前で私を狙う妹をぶちのめす気でいた。
「そもそも一方的にボコボコにされるっていうのが間違いだったのよね。だって、そんなの退屈だもの、お互いに」
「んー、なんでお姉様がいきなりノリノリになっちゃったのかわからないけど……」
 そういうと妹は、嬉しそうに羽をパタパタさせながら剣を構え始める。その表情はもう真っ白ななんかじゃない。その様子は、純粋で無邪気な子供そのものだった。
「遊んでくれる気になったのね、嬉しいわ」
「長い命だもの、楽しく生きなきゃ損じゃない?」
 悠久の時を過ごしていると、刹那的な衝動に駆られる事がたまにある。それはとても破滅的で自滅的で。そして、今がその時だった。
「簡単にへばっちゃやだよ、お姉様」
「それは私のセリフよ」
 それでも、その一瞬はとても楽しいものだから。
「うふふ。それじゃあ……」
「「仲良く遊びましょう?」」








「お嬢様、紅茶をお入れしました」
「ん。ありがと、咲夜」
 ベッドの上でそれを受け取り、入れられた紅茶の全てをゆっくりと堪能させてもらう。どんな状態になろうとも、動ける限りは一日に一回この時間を取るべきだ。そう、たとえ、
「上体を起こすのがやっとの状態であったとしても、ね」
「いきなりどうされたのですか?」
「ティータイムを嗜みながらのジョークよ、なかなか乙なものでしょう?」
「上体、状態……ああ、そういうことですか」
 高度すぎて伝わらなかったらしい。瀟洒で完璧なら、すぐに感動しながら拍手の一つでもするべきなんじゃないだろうか。全く、なってない。
「ジョークの一つぐらいすぐに反応出来るようにならないと駄目じゃない」
「すいません……」
「いつだって余裕は必要よ、私の従者なら」
 そういうと、咲夜の表情が険しいものになる。まずい所を突付いてしまったのだろうか。
「……余裕なんて、あるわけないじゃないですか」
「え、ちょ、どうしたのよ咲夜。急に半泣きになっちゃって」
 もしかして、最近働きづめで心身共に疲れてるとか――
「妹様の部屋に行かれた日、お嬢様と妹様がどんな事になってたか覚えていますか?」
「ああ、なんだ。その話か」
「なんだじゃないです!」
 声に似合わず、その顔はとても悲しそうな物で、滅多にない、咲夜の表情が崩れる瞬間だった。
「体の大部分が消滅してたんですよ?本当にこれがお嬢様と妹様なのかわからないぐらい酷い有様でした」
「あー、大丈夫よ。その程度じゃ私もあの子も死なないわ」
「馬鹿言わないでください!私は――」
「もう、また大きい声出して。体に障るでしょ?」
「っ……申し訳ありません」
 私が起きてから今まで、咲夜は取り乱す様子も無くいつも通りの態度で私に接してきた。今目の前で激昂した咲夜を見るに、相当無理をしていたんだろうか。
「別にいいわよ、頭を上げて。で、あなた、馬鹿言わないでって言ったわね? ということは、私が復活できないような、そんな無茶をする馬鹿だなんて思ってるのかしら?」
「……そんなこと、ありえないです」
「ええ、そうよ。ありえない。ありえないことは考えなくてもいいの。第一、私が大切な人たちを残して逝っちゃうと思う?」
「そんなこと……思いません……」
 ついに咲夜の涙腺を決壊させてしまった。私が心配をかけたせいで泣かせてしまったと思うと、ちょっと罰が悪くなる。
「私は……本当に心配で心配で……。あんな状態のお二人を見たことが無かったので……」
「よっぽどのことが無い限り、私は平気よ。だからもう泣かないで、ね?」
「はい……お嬢様」
 はい、と言いつつも、咲夜はしばらくベッドに顔を埋めていた。泣いてるかどうかは見ただけではわからないが、多分泣いているのだろう。勝手な推測だが、泣かないでという私の言葉に応える事が出来ないから顔を隠して泣いているんではないだろうか。その辺咲夜は生真面目で、だからこそここまで心配してくれているに違いない。音を殺して顔を伏せる健気な従者に、私は声をかけずただ見守ることにする。

数分たった後、咲夜は何事も無かったような様子で顔を上げた。こころなしか、顔を伏せる前より目元が腫れているように見えた。
「見苦しいところを失礼しました。では、今から妹様のところへ行ってまいります」
 あの日以来、妹の面倒は咲夜に任す事にした。というより、咲夜が自分でかって出た。何か思うところがあったのだろうか、私に願い出た時はいつになく真剣だった。
「ええ、お願い」
 いつも通り音も無く片づけを終えて消えた咲夜がさっきまでいた場所をぼんやりと眺めながら、妹と喧嘩した時の事をつらつらと思い返してみる。
 ああいったことをしたのが初めてだったので知らなかったが、妹は私と張れるぐらい強く、終始余裕が無い状態だった。力も早さも技の制度も、全てが拮抗していた。正直、姉の威厳などあったものではない。
 吸血鬼同士が全力でぶつかり合い続け、ついにお互いとっておきの技を使ってしまった場合、訪れるのは悲惨な運命だ。その技は両者の体力を全て奪いつくし、体はほぼ全損する。普通なら体の大部分が吹っ飛ぼうとも時間さえ費やせばいくらでも回復できるのだが、体力が完全に空っぽになってしまった場合はそうはいかない。肉体の修復には少しだけでも良いのでエネルギーを使わなければならない。
 つまり、私は咲夜が考えたよりも酷い大馬鹿者だったわけだ。
 全ての力を使い果たした私は、ぼろぼろの紙くずのようになって横たわるしか無かった。体の大部分は消し飛び、残った部分もまるで抜け殻のようで、命を繋ぐ為の中身が消えてしまっていた。完全に決着をつけに来なかったあたり、妹も同じ状態だったに違いない。
 ピクリとも動くことが出来ず、ただ自分がまだ存在しているということしか感じれなくなり、その意識すら消え、あと少しで朽ちるのを待つだけだった。そのはずだった。

 それは唐突。感覚が戻り、意識が覚醒し、わずかばかりの活力が体に流れてくる。空っぽだった抜け殻に生命が戻ってきたのだ。
 なにが起こったのかわからなかった。私は奇跡なんて信じた事がなかったし、起こりえない事だとも考えていた。それでも、その現象は奇跡と言うほか無かった。
 奇跡の原因を考えようとする間もなく、満身創痍の私は眠りにつくことにした。この奇跡が夢では無いことを祈りながら。








 そして起きたら自分の部屋のベッドの上、というわけだ。咲夜が言うには丸々一週間寝っぱなしだったみたいで、さすがの吸血鬼と言えどあの状態から回復するにはそれなりに時間がかかるらしい事を知る。あんな大怪我したのは初めての事だった。死を感じたのも同じく初めてのことで、本気で遊ぶのはそこそこにしておこうと反省する。じゃないと咲夜に言ったことが嘘になってしまう。

 あの奇跡の正体がわかったのは咲夜の話からだ。館全体が揺れ、どこかで異常が発生したのを察知した咲夜は、いの一番に地下室へ向かったらしい。事前に地下室へ行くという話を聞いていたので、なにかあればすぐに駆けつける準備をしていたようだ。
 そして、地下へと降りた咲夜は絶句する事になった。そこに転がっていた二つの塊を見てこの状況でそれが意味する事を理解し、頭が真っ白になったという。自分にはもうどうすることも出来ないと悟り、茫然自失としていると、いきなり視界が真っ白になった。部屋全体が強烈な光で覆われ、部屋の全てを煌々と照らし出したという。
 その光が落ち着くと、信じられない光景がそこにあった。
 原型を留めていなかった私と妹が、体すべてでは無いにしろそれが私たちだと認識出来るぐらいに回復していたという。
 最初に見た衝撃的な光景と、次の瞬間起きた信じられない奇跡を目にし、しばらく立ち尽くしていると、ある物が目に入った。それは目にしたときはまだほんの少し光っており、少し経って完全に輝きを失った瞬間真っ二つに割れてしまった。もしかしたらこれこそがさっきの光を発したのではないかと咲夜は推測しているらしい。そのある物とは、地下室の鍵だった。

 この話を聞いたとき、そんな馬鹿なと軽く流してしまったが、今落ち着いて考えると、あり得るのかもしれない。ただの地下室の鍵があの奇跡を起こしたなんて考えるのは突飛かもしれないが、あの鍵を作ったのが誰かと考えると、もしかしてと思ってしまう。
 鍵を作ったのは、この地下室を作った両親だ。
 両親は妹を殺そうとするほど恐れていた。しかし私に説得され、渋々この地下室を作って妹を封印する事になった。私の記憶ではそれが真実だったのだが、この記憶には主観と憶測が存在する。今まで考えたことも無かったが、もしかしたら真実は違うのかも知れなかった。
 両親は妹を恐れ、殺そうとした。これは間違いない事実なのだが、それが単純な恐怖からくるものかどうかは確かではない。両親のいない今はもう知りようが無いが、もっと他になにか理由があるのかも知れなかった。
 そして、地下室を作って妹を封印したというのも事実だが、それが渋々だったかどうかは私の感じた主観で、本当は妹を殺さなくて済んだと喜んでいたのかも知れない。地下室が可愛らしいのも、伊達や酔狂ではなく妹の為を思ってやったという事になる。
 そしてそして、万が一地下室で何かあってもいいように、鍵に守護の魔法をかけていたのかも知れない。その何かが姉妹が争う事によるものだと言う事も読んでいたのかも知れない……
 もちろん、これは私の考えた妄想でしかなく、真実かどうかはわからない。そもそも話を聞く限りでは咲夜はとても平常心を保てる状態ではなかったので、その鍵がどうという話は咲夜の見た幻覚と言う事もありえる。
 しかし、何らかの要因で奇跡が起こったのは紛れも無い真実だ。今の妄想がその真実であるかも知れないという可能性は、確かに存在する。
 なにより、もしそれが真実だった場合、妹は本当は両親に嫌われたいなかったどころか愛されていたと言う事になる。それはとても幸せなことではないだろうか?

 ちゃんと回復したら妹のところへ行こう。今の話を聞かしてあげるのも悪くないかもしれない。あなたは両親に愛されていたと。今度はちゃんと、普通の姉妹のように触れ合えるといいんだけど。
 考えなければいけないことはまだまだある。しかし、とりあえず今はそれらは置いといて。かみ殺していた大きな欠伸をした後、私は再度眠る事にした。
ヤンデレフランがどうしても書きたかったのです。
しかし話を考えてる内に色々な要素が入ってしまい、それを前面に出すことが出来ずじまいで終わってしまいました。
今度こそは。
サブレ
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.330簡易評価
2.50アリス・マーガトロイド削除
う~ん。
良い感じにフランの狂気を感じることが出来ましたが、プロローグを読んだみたいです。
また、両親の話も唐突すぎてとってつけた感が若干します。
読み終わって、出来事が淡々と説明され終了したというのが感想です。
4.80奇声を発する程度の能力削除
暗い感じがよくあり面白かったです
7.90さとしお削除
面白かった!
綺麗に纏まってて良かったです