「お父ちゃん!」
この赤い瞳の黒い折り畳み傘を持った子は、多々良折り畳み傘。多々良家の長女……らしい。
「おとーちゃん?」
折り畳み傘より一回り小さい、この青い瞳の水色ビニール傘を持った子は、多々良ビニール傘。多々良家の次女……らしい。
「どうしたんですか? あなた?」
この美しい髪のお淑やかな女性の名は多々良白蓮(旧姓聖)。私の妻……らしい。
「……」
今、私達はちゃぶ台の上に並べられた白米、お味噌汁、お漬物、そして岩魚の塩焼きを取り囲んでいる。とりあえず、私は言いたい。何が起こったのか、と。
まず記憶を整理しよう。私、多々良小傘は昨日、命蓮寺とかいう妖怪ウェルカムなお寺の使いの星とかいう虎に誘われて、この寺に弟子入りする事になった、はず。
「そこは人間も妖怪も平等な、幻想郷で最も平穏な場所なのです」
星って人はそう言っていた。別に平穏かどうかは私にとってそんなに興味のある話じゃなかったんだけど、修行が出来る、というフレーズがとっても魅力的に聞こえた。
「修行すれば、人間驚かすこと出来る?」
「それは貴女の修行次第ですが、聖が私達を間違った方向に導くことは有り得ません」
星って人はそう答えた。ならばちょっくら騙された気持ちで修行してみようと私は思った。正直言うと、修行なんて大それたものじゃない。私はただ単に暇だっただけ。最近じゃ驚いてくれる人もあんまりいないし、空を漂うだけなら虫にも出来る。だから私は寺で漂ってみようと思った。
「ようこそいらっしゃいました。私がこの命蓮寺の住職を勤めさせていただいてます、聖白蓮です」
ご丁寧に寺の玄関で頭を下げてくれた聖って人。そりゃーもう顔は整ってるし髪は綺麗だしおっぱいでかいしであちきは驚いた。この世にゃ美しいものがいっぱいあるってどっかの偉い人が言ってた気がするけど、きっとこの人はその一つに位置するんだろうな。
「よし、それじゃあ早速命蓮寺の新しい家族を歓迎してあげようじゃないか」
ナズーリンていう鼠は既に私を歓迎する準備を整えてくれてたみたいで、この日は私が主役の大宴会になった。正直主賓として扱われたことはなかったから、緊張するわこっ恥ずかしいわで困った困った。
「へー、綺麗な目してるんだね」
って船幽霊のムラサはやたらこっち見てくるし、
「でも、もう少し恥じらいは覚えたほうがいいわ」
って頭巾取ったほうが美人だと思う残念美人な一輪は私のスカートに茶々入れるし、
「……」
一輪の背後にいる雲山っておっちゃんはやたら顔面怖いし、
「あんまりあざとい奴は逆に引かれるよ?」
ってお前のほうがあざといわって感じのぬえっていう真っ黒ミニスカ妖怪はおちょくってくるし、
「ほほう、中々面白い傘を持っておるのう」
ってお尻から抱き枕生やしたマミゾウって名前の獣妖怪は私の傘を鑑定しだすし、
「そんなことよりカラオケしたい」
って響子っていう山彦妖怪がマイク取り出すし、とにかくお寺とは思えない飲めや歌えやの大騒ぎだったのは鮮明に覚えている。
私は「家族」とやらになるつもりはなかったんだけど、なんだかとにかくこっ恥ずかしくて、昨夜はひたすら飲み明かしていた。ちょっとした暇潰しのはずだったのに、ここまで盛大に歓迎されるなんて、私にはとても耐えられるものじゃなかったから、それは捨てられた私にとって、あまりにも不似合いな出来事だったから、何故か申し訳なくて、私には飲むことしか出来なかったんだ。
そりゃ飲んだ。飲んださ。鬼殺しを殺すくらい飲んだね。あの山彦がやたらでかい声でえっくすじゃぱんとやらを歌うもんだから頭ガンガンきちゃってとりあえずマミゾウの抱き枕に頭突っ込んでたら眠っちゃったのよね。なんか抱き枕がビクンビクンしてた気がするけど。
そう、とにかく私は飲んで潰れたのよ。あの抱き枕驚くほど柔らかかったからね。あちきを驚かすレベルの柔らかさ。今度譲ってもらおう。
とにかくあの謎の素材で作られた抱き枕の柔らかさに負けて寝ちゃったわけ。で、目が覚めたんだけど、
「……」
気付いたら布団の中だったのよね。うん今朝、今朝のこと。やんわらかくて気持ちいい布団に包まれるなんて滅多に無かったから、こいつぁもう二十四時間布団の中で戦えますってくらい気持ちいいから二度寝しようかなーって寝返り打とうとしたら、
「……え?」
なんかね、いたんですよ。やんわらかいのが。髪がやたら綺麗でおっぱいでっかくてドセクシーな人が、裸で。
「……は?」
寝てたわけ。あの人が、聖白蓮が。私の横で、素っ裸で。ってか、私も何故か素っ裸だったわけ。
「あちきいぃぃィィィ!?」
「おや、どうしたんですか?」
どうしたか? そりゃこっちが聞きたかったわ。何ですかこれ? これが噂の朝チュンですか? って、そんな魂の突っ込みをしてる余裕すらなかったね。
「な、なななななんで聖がいるの!? 何故裸!?」
「あら、聖だなんて随分懐かしい呼び方するんですね、あなた」
「あ……な……た……?」
ちょっと何言ってんのか分からなかったよ?
「私は小傘、貴方の妻なんですよ?」
「……あいぃ?」
いや、今なんつった? この人今妻って言った?
「白蓮って呼んでください小傘。昨日の夜だって、そう呼んでいたじゃないですか」
え、何言ってんのこの人状態だったよ。ってか何でこの白蓮さん片手に極太胡瓜持って頬染めてんのか小一時間問い質したい気持ちでいっぱいだったわ。
「早いものですね小傘。私達が結ばれてから、もう五年も経つなんて……」
「え、えーとですねひじ……白蓮、何の話?」
「あら、寝惚けてるのね小傘」
いやいや寝惚けてるとかそういう次元の話じゃないでしょこれは。何でこの人胡瓜片手に女神様ばりなスマイルかましてんの? って話だよ。五年? 五年前のあちきは下積み芸人ど真ん中時代だったわよ。
「あ、いや寝惚けてるとかそういうんじゃ――」
「お母ちゃんご飯まだー?」
「まだなのー?」
で、とりあえずちょっとまて、状況を整理させてくださいお願いしますってタイミングで唐突に襖を開いて現れたのが、この二人。
「……はいぃ?」
変な声しか出なかったよ。だって私をそのまんまちっさくしたような子供が二人もそこにいたんだからさ。
「あら、今日は早起きね、折り畳み傘、ビニール傘」
「折り畳み傘ビニール傘ぁ!?」
流石にここは突っ込んだよ。あー突っ込んださ。あなたの子供よ? な展開だったのはともかく、ネーミングに突っ込み所しかなかったもん。
「ねーねーなんでお父ちゃん達裸なのー?」
「なの?」
「あらやだこの子達ったらうふふ」
白蓮さん、布団で胸元隠す前に握り締めた胡瓜を隠してください。っていうか本当に何やってたんですか? 私達。
「それじゃ、ご飯にしましょうか、あなた」
「え、ああ、うん?」
結局なし崩し的に白蓮に朝食を促され、今に至るわけなんだけど……。
「どうしましたあなた? 箸が進んでいませんよ?」
妻(?)に問い掛けられてようやく回想から抜け出した私。とりあえず分かることは、今あるこの状況が夢ではなく現実であることだ。
「あ、えーと、ちょっとボーっとしてた」
「あらあら、まだ寝惚けているのね」
「お父ちゃん顔洗ってきたら?」
「きたらー?」
「だ、大丈夫大丈夫……!」
目はとっくのとうに覚めてます。あんたらのおかげで。特に折り畳み傘とビニール傘のおかげで。
何はともあれ、今はしっかりと確認したほうがいい。
「ね、ねえひじ……白蓮、私達が結婚した時の証拠みたいなのってあったっけ?」
「あら、変なこと聞くのねあなた」
もうあなたは聞き慣れてきたよ。それにしても白蓮は綺麗だね。箸で胡瓜をつまむ姿すら絵になるってその胡瓜はまさかさっきのじゃございませんよね?
「証拠ならいつも指に付けてるじゃないですか」
「え……」
指……だと……? おそるおそる自分の指確認したよ。えーと、私普段薬指にこんなのはめてないよ? 何この指輪? なんで白蓮もおんなじの指にはめてるの?
「あなたが一生懸命働いて買ってくれた、給料三ヶ月分の三分の一」
「それ一か月分だよね!?」
有り難味も三分の一だよこの指輪! 私はこんな美人さんと結婚するのに指輪買うお金ケチってたみたいになってるじゃん! そもそも私今働いてるわけ!?
「価値はお金で決めるものではありませんよ。あなたが私のために一生懸命頑張ってくれた証なら、何でも私の宝物なのですから」
ああやめて、なんつー反則的なスマイルかましてくるんですかこの人は。後光差してる、後光差してるよ。
「お母ちゃんはお父ちゃんのこと大好きだもんねー」
「ねー」
「あらやだこの子達ったら」
「お父ちゃんはお母ちゃんのこと好き?」
「すきだよねー?」
こら私のジュニア(暫定)達、後押しすんな。今私はすっごい色々と言葉を選んでる最中なんだから。
「そ、そりゃ勿論……! そんな恥ずかしいこと言わないでよ」
「うふふ、ほっぺにご飯ついてますよあなた?」
どーすりゃいいのよこの状況。
結局言い出すことが出来なかった。私は昨日ここに来たばかりで、結婚した覚えも無ければ子供を授かった覚えも無いと、そもそもどうやって女同士で子供作ったと、言えなかった。
白蓮だけだったら、きっと言い出せただろう。問題はあの二人、折り畳み傘とビニール傘。もしそんなことを口走ったら、あの子達はどうなる? 私にあの子達を捨てる権利が果たしてあるか?
「……無理よねえ」
そして何で私は縁側で薪割ってんだろ。いや、白蓮がお皿洗いやってくれてるからなんとなーく私も何かしなきゃなーと思ってしまったわけで、ほんとはこんなことしてる場合じゃないんだけどさ。
「ねーねーお父ちゃん!」
「おとーちゃん!」
「うわっとぉ!?」
急に後ろから声掛けないでよアンブレラシスターズ! びっくりするじゃないの!
「こ、こらっ、薪割ってる時に後ろから声掛けちゃだめでしょ!」
まったく子供は危なっかしいたらありゃしない。鉈がぶつかったら大変じゃないのさ。
「お、お父ちゃんみたいに上手に驚かしたかっただけだもん」
わ、私みたいに「上手に」だと……!? な、なんてよいしょが上手いのかしら折り畳み傘は。ああ、上目遣いで困った顔しないでビニール傘。私そういうの弱いの、ほんと弱いの。
「い、いい二人とも。驚かすのは確かに大事だよ? でも、畑にいる人間を驚かすところを想像してごらん? 持ってる鍬で襲ってくるかも知れないでしょ? 不用意に近付いちゃ駄目だよ?」
「う、うん、分かったよ」
「わかったよー」
あれ、何で私普通にお父さんやってるの? でも何かこの子達見てると、驚かすの下手だった頃の私を彷彿とさせるんだよなあ……。今? 今は上手いに決まってんじゃないのさプロよ私は。
「よし、それじゃあ今日は私がお手本を見せてやろう!」
「ほんとに!?」
「やったー!」
ちきしょー可愛いなこいつら。子供は卑怯だよ子供は。ましてや私の子供(らしきもの)なんて突っ撥ねられるわけないないじゃないのさ。
で、慣れない命蓮寺内をグルグル回ってみること数分、ターゲット発見。寺の境内を鼻歌歌いながら竹箒で掃除している殊勝な山彦がいるわね。それにしても鼻歌のボリューム大きいなこの子。どんな肺活量してるんだろ。
「いいかい子供達? あいつの背中はがら空きだ。全くこっちに気付いてない。この場合、どうやって驚かす?」
「後ろから叫ぶ!」
折り畳み傘、中々基本を踏まえた回答だね。
「んー、しっぽつかむ」
ビニール傘、あんたは中々通だね。いいぞいいぞ、中々将来性のある子達だわ。
「ふふふ、悪くないけど……ここは一つお父ちゃんがやってみるから、よーく見てるんだよ?」
「うん!」
「とーちゃんがんばれー!」
あーあ、とうとう自分でお父ちゃんって言っちゃったよ。だってこいつらすっごい期待してるんだもん! めっちゃ目ぇ輝いてんだもん! 期待に応えなきゃってなるじゃない!?
「そろーりそろーり……」
抜き足差し足……忍び寄る。子供達よ……あちきの息遣い……間の取り方……その一挙手一投足を! その目に……心に……! しかと焼き付けなさい!
「……ふぅ~っ」
「ふぎゃあ!?」
どうよ!? 背後からの耳にふぅー! ふはははは! さぞかし耳毛がなびいただろう! さぞかし私の息が生暖かかっただろう! さぞかし恥ずかしかっただろう! これぞ一流の技よ!
「なばばばば何すっとですか小傘さん!?」
「ふっふっふ! 隙を見せる方が悪いのよ!」
いやー実に気持ちのいいくらいに驚いてくれたわねこの子。耳がビクンビクンしてるじゃないのさ。
「わーすっごい驚いた! やっぱ父ちゃんすごいや!」
「おとちゃんじょうずー!」
ああ、駆け寄ってくる我が子達よ……あんた達なら私の奥義を正しく継承してくれるじゃろう……って何やってんの私は!?
「あ、あはははは、こうやって驚かすんだよ?」
我が子達じゃないでしょうに。危ない危ない危うく流されてそのまんま父親になっちゃうとこだったわ。あーすんごい尊敬の眼差しをこっちに向けてきてるよこの子達。やめて、眩しい、眩し過ぎて溶ける。
「え、えーと、響子が私に驚かされるのこれで何回目だったかなー……?」
そう、やるべきは状況把握よ。もしかしたら私、とんでもない異変かなんかに今巻き込まれてるのかも知れないし。
「何言ってるんですか小傘さん。もう百回や二百回どころじゃないですよ。おかげで折り畳み傘達にもよく狙われるし」
「……そ、そう」
「どうかしましたか?」
「あ、いや、何でもないよ!」
そんなきょとんとした顔でこっち見ないでよ響子。私ぁ今すっごいショッキングが続き過ぎて頭痛いんだから。
響子と話し、その後はまた子供達に振り回された。ほんと元気な子達ね。もうバレバレなのに何度も響子を驚かそうとして、可愛いなあまったく……。
とりあえず分かった事は、どうやら私は本当に五年後の幻想郷にいるらしい。その五年の間に何があったのか、何で私が白蓮と結婚してんのか、一体誰があんな可愛い子達に残念な名前を付けてしまったのかは気になるけど今はどうでもいい。どうやって、私が元の幻想郷に帰るか、だ。
「ねえ白蓮」
「どうしました? あなた」
納豆炒飯を家族で囲み、私は白蓮に問い掛ける。響子は外食に出掛けたらしい。何でも最近なかなんとかっていう牛丼屋が幻想郷にオープンしたらしく、彼女はそれにはまってるんだとか。
「タイムスリップって、出来ると思う?」
「タイムスリップ……時間移動のことですか?」
「うん、それ」
白蓮は私が生まれるずっと前から魔界に封印されて、とても高度な魔法を使えるって星が言っていた。彼女ならそういった事象の類も知っているかもしれない。
「そうですね……不可能じゃないとは思うけど、かなり大掛かりな魔法になるわ。一日二日ならまだしも数年や数百年の時間軸を移動するならば、それこそ幻想郷の知識人全力を挙げての準備が必要になるでしょうし」
「うーん、そっか……」
不可能では無い。でも、幻想郷の中で私だけがタイムスリップをすることに一体なんの意味がある?
「それじゃあ、例えば事故とかで急に飛ばされちゃったりとかは?」
「自然現象ですか。可能性は低いでしょうね。よほど高い魔力や妖力が集まる場所で偶然に起こる事は考えられなくもないけれど。上位の妖怪が本気で殺し合いでも始めない限り、そんな条件は整いませんよ」
「……」
偶発的な線も可能性は低いみたい。ほんと、一体何が起こってるわけ? さすがの私もちょっと怖くなってきたよ……現代の寺の皆は私のこと心配してるのかな……あ!
「そ、そうだ! 星達は!?」
「や、やだどうしたんですかあなた。いきなり大きな声出して」
「お父ちゃんはしたないよー」
「はしたなーい」
「ご、ごめん……星達はここにいないの……?」
そう、忘れてたよ。ここに来てから白蓮と響子以外の知ってる人にまだ会ってないんだ。
「あら、忘れたんですかあなた? あの子達は独り立ちしたんですよ?」
「ひ、独り立ち……?」
「ええ、私達が家族になってから、これからは自分達の力で私達の教えを広めて行くって言ってたじゃないですか」
「き、響子は……?」
「あの子はまだ未熟だからここで修行を続けたいって、ここに残ったんですよ。一人でも健気に努力して……あの子も立派になりましたね」
なんてこった。五年でそこまで変わるなんて……っていうかどう考えても私が白蓮と結婚したから周りが気遣って解散してるって構図じゃないのさこれ。気まずい、本当に気まずい……。
「……折り畳み傘、ビニール傘……ちょっとお外で遊んでなさい」
「ん?」
「どったのおとーちゃん?」
「ちょっとね、お母ちゃんと大事な話があるんだ。あとで沢山驚かせ方教えてあげるからさ」
「うん! 分かった!」
「いこーおりたたみー」
行ってらっしゃい折り畳み傘、ビニール傘。ちゃんとお父ちゃんの言うこと聞いて遊んでるんだよ? こっからの話を盗み聞きしちゃいけないよ?
ここからは、ちゃんと聞いた方がいい。そしてちゃんと言った方がいい。私のためにも、この可愛い子供達のためにも。命蓮寺の未来のためにも。
「急にどうしたんですか? あなた」
「ねえ白蓮……私、ここに来てよかったのかな」
「……?」
うん、いきなりこんなこと言われたら意味不明だよね? 分かってるよ白蓮。でもね……もしこれが本当なら、私多分責任取らなきゃいけないんだ。戻れないなら、私がその責任を背負わなきゃいけないんだし。
「私がもし五年前に、ここに来なかったら……皆、まだここに住んでたかな」
星も、ナズーリンも、村紗も、一輪も、雲山も、ぬえも、マミゾウも、響子も、皆白蓮が好きっていうのは、昨日の宴会ですごく伝わってきたんだ。それを本当に大事にしてるか。捨てられた私には嫌でも分かっちゃうんだ。
「……響子もきっと、そのうちここを出てっちゃうんだよね」
五年後の私は、皆が好きな、皆が大好きな白蓮を……いや、聖を独り占めしてる。皆が大事なものを知ってたのに、私がそれを奪ったなら、
「私……最低な奴だよね」
もし元の世界に帰ることが出来たなら、私は即刻あの寺から出て行くべきだ。私のために美味しい料理を作ってくれて、私のためにお酒を用意してくれて、私のために騒いでくれて、私のために笑ってくれた、あんないい人達の大事なものを、私が奪っていいわけが無いじゃないのさ……あれ、なんで視界がぼやけてきてんだろ私。
「こら小傘」
「むにぃ!?」
ちょ、白蓮さんいきなりほっぺつままないで。伸びる、ほっぺ伸びちゃう!
「いくら私でも、怒りますよ小傘?」
「い、いひゃいいひゃい!」
「星達は、あなたのことを心から認めたからこそ、あなたに全てを託したんです」
「わ、わりゃひに?」
「猛反対する一輪と雲山に、あなたが真っ向から喧嘩を仕掛けたのを、忘れたんですか?」
わ、私があの顔の怖いおっちゃんに……? あと聖、ほっぺ痛い痛い、ほんと離してお願いしまぶえぇ! 離す前に思い切り引っ張ったら威力が上がるじゃないのさ!
「あなたは喧嘩が弱いのに何度も立ち上がって……そんなあなたを見て、一輪達も認めたんですよ。あなたが私を大事に思う気持ちが本物だって」
「……」
「胸を張りなさい多々良小傘。あなたは皆を捨てたのではなく、あなたは皆に選ばれたのです」
……駄目だ。
「誰よりも、捨てられる者の痛みが分かるあなただから、私もあなたを愛しているのですよ」
……駄目だ。
「だから小傘。あなたが自分を責めることは――」
「聖!」
やっぱり駄目だ! 私は、絶対に帰らなきゃ駄目だ! ここに残るなんて考えちゃ駄目だ!
「あ、あなた……?」
「私は……」
だって、今の私は認められてないから!
「私は……!」
認められるための五年間を、過ごさなきゃいけないから!
「私は、聖と結婚なんて――」
「おとーちゃああぁぁん!!」
ビニール傘……なんで戻ってきたの? そんな泣き顔で、お姉ちゃんと喧嘩でもしたの?
「ど、どうしたのビニール傘?」
「お、おねーちゃんが……!」
違う。この顔は喧嘩で泣いてる顔じゃない……折り畳み傘に、何かあった顔だ。私には分かる。だって、私はこの子達の、
「折り畳み傘!」
私は駆けていた。言葉より先に、身体が動いた。何だろう、これって、本能なのかな? 傍で泣いてたビニール傘の泣き声よりも、遠くで遊んでたはずの折り畳み傘の声の方がよく聞こえたんだ。
折り畳み傘……いた! あの子なんで屋根にぶら下がってるの!? まったくあの子はほんとやんちゃなんだから!
「お、お父ちゃん……!」
「折り畳み傘! 待ってなさい、すぐ助けるから!」
大丈夫よ折り畳み傘。なんたってお父ちゃんは飛べるんだからね。これくらいの救助はちょちょいの――、
「あ」
「ちょ――!」
屋根にしがみ付いてた折り畳み傘の手が、屋根から離れ、折り畳み傘が重力に引かれていく瞬間が、私にはゆっくりと、はっきりと目に映った。
「折り畳み傘!!」
走った、跳んだ、一直線に、一方向に。何にも考えて無かった。伸ばした手の先に映る折り畳み傘しか、見えてなかった。当然じゃない? だってあの子は、
「届けぇ!」
あちきの子なんだからさぁ!!
「お父ちゃん!」
私の腕の中に、確かに感じる重み。聞こえる折り畳み傘の声……、
ああ、よかった! 無事ね折り畳み傘! どーんなもんだいこん畜生! 父ちゃんの全速力は凄いだろ! ホッとしたらスローモーションが元に戻ってきたわ!
「前じゃ!」
「じゃ?」
あ、またスローモーションだ。近付いてくる、近付いてくるわー柱が。あちゃーこんな柱が目の前にあったのねー……うん、これブレーキ無理よねー? 避けるのも間に合わないね? 当たって砕けるしかないよね?
ゴシャッ。
「ぶっ――」
あ、目の前が真っ暗になるってこういうこと言うのね。私初めて知ったわー……あははの……は……。
そう、とにかく私の顔は柱で潰れたのよ。あの柱驚くほど硬かったからね。あちきを驚かすレベルの硬さ。今度撤去してもらおう。
とにかくあの謎の木材で作られた金剛石の硬さに負けて気絶しちゃったわけ。で、目が覚めたんだけど、
「……」
気付いたら布団の中だったのよね。うん今朝、今朝のこと。やんわらかくて気持ちいい布団に包まれるなんて滅多に無かったから、こいつぁもう二十四時間布団の中で戦えますってくらい気持ちいいから二度寝しようかなーって寝返り打とうとしたら、
「……え?」
なんかね、いたんですよ。髪がやたら綺麗でおっぱいでっかくてドセクシーな人が、正座して。
「起きましたか小傘さん」
「あれ、聖……はっ」
そうだ! 私は柱にぶつかったんじゃないのさ!
「お、折り畳み傘は!?」
「え? 折り畳み傘ならさっきマミゾウさんが持って行きましたよ? 今日は雨だから」
「……え?」
襖が開いている。あ、ほんとだ雨だ。昨日の快晴が嘘のようね。これじゃあ今日はお外で遊べないなあ、じゃなくて!
「い、今、マミゾウいるの……?」
「勿論、あの人も家族の一員ですから」
「か、ぞく……?」
「おっ、お寝坊さんが目を覚ましたようだね」
この聞き覚えのあるちょっと小生意気な声……!
「ナズーリン!?」
「な、なにさ、私がいちゃ邪魔だったかい?」
「あ、いや、そうじゃなくて……」
「おーい主人、小傘が起きたよ」
「え、本当に?」
「あら、それじゃあ朝ご飯は一人分追加ね」
「あ、私野菜取ってきますよ!」
「あ、人参は取ってこなくていいわよ」
星、一輪に雲山のおっちゃん、響子、村紗……! みんないる!
「昨日はすいませんでした小傘さん。まさかこんなになるまで飲ませてしまうなんて」
ああ、間違いない、この徹底的愛の篭ったお気遣いの表情、昨日の聖だ……!
「普段はもっと静かに過ごしているのですが、昨日は久々の宴会だったから……気を悪くしたかしら?」
「え……ううん! そんなことないよ、ちょっと驚いただけ!」
「驚いた?」
「あ、いやいやこっちの話!」
私は、戻ってきたのかな? それとも夢を見てたのかな? どっちなんだろ?
「ねえ、聖」
「なんですか? 小傘さん」
どっちでもいいや。どっちだったとしても、私の大事なものは、今ここにあるんだからさ。
「あなた……じゃなかった、小傘でいいよ!」
「ふふ、分かったわ小傘」
私は、それを離さなきゃいいだけなんだから。
「ねえ折り畳み傘」
「なんじゃ? ビニール傘」
「……ごめん、今の無し。ねえマミゾウ」
「……くくっ、なんじゃぬえ」
「いくら驚かすのが好きな妖怪を逆に驚かせて歓迎しようっても、これってちょっとやりすぎじゃない?」
「ほっほっほ、まあ儂は楽しく化けさせてもらったからよいがの。ぬえも中々様になっとったぞ? ……くくっ」
「笑うな! それに私より聖の方が悪乗りしてたじゃない!」
「んぷぷ……すまんすまん。確かに聖も中々やりおるのう。まさか一肌脱ぐどころか本当に脱ぐとはの。化かしの才能があるぞいあれは」
「それで、何でわざわざ外に呼んだのさ」
「なあに、今のうちに、ちょっと傘を差そうと思っての?」
「傘を?」
「若造とはいえ、あそこまで真っ直ぐに飛び込まれちゃのう……捨てるに惜しい。かと言って、あの子の前でこれを使うわけにもいかんじゃろうて」
「へえ、あんたがそんなロマンチストだったなんてねえ」
「あの子が忘れるその日までは、押入れの中に入れられたままなんじゃ……ほんのちょっとだけ、姉妹の花を咲かせてやろうじゃないか」
「へいへい、分かりましたよお姉ちゃん」
「そこはわかったーおりたたみーじゃろ」
「うっさい腰折れ傘! あんたいつまでその指輪はめてんのよ!」
「聖だけ既婚者気分はずるいからの」
「このロマンチストめ」
「ふぉっふぉっふぉ……」
~完~
とりあえずいきなり受けてしまったw
ギャグ交じりのテンポの良さが楽しかった。
それにしても姐さん楽しみすぎだわw
で噴いちゃいましたw
面白かったです。
夢を見ていたのだと思っていたらまさか全員グルだったとはなぁ。完全に騙された。
この聖様は理想的な奥さんだな。しかし芸の為なら脱ぐ聖様すげぇ。
読んでいて、何だか旋律を感じちゃいました。
過去作も拝見させていただきます。
何がって?
心じゃよッ!
落ちもすっきりで良かったです。
それに翻弄されつつも流されっぱなしではなかった小傘が健気で良かったです。
>あの柱き枕
? コピペの名残ですかね?
しかし、こちらは明るく終わって良い感じですね
人妻で裸な聖とかどんな最終兵器ですかい
いやぁ、面白かった。
ってことは小傘ちゃんの告白はみんなに聞かれてたし
聖は即興で話作ってたのか……
素直に面白い! ほのぼのコメディですね。
先に動画を見てたからタネとか全部分かってますが、
先に話を読んでいたら多分最後のどんでん返しは全然予想付かなかったろうなーと思います。