Coolier - 新生・東方創想話

枯れない花

2012/06/09 17:12:31
最終更新
サイズ
17.25KB
ページ数
1
閲覧数
1155
評価数
4/15
POINT
830
Rate
10.69

分類タグ

1
「こんにちは」
「……何か用? 幽香」
 返ってくるのは、つれない返事。気怠げに竹箒を繰る巫女からは、愛想の欠片も感じられない。
 それに苦笑しながら、私は境内へと歩を進める。
 一陣、風が吹き抜けて、木々が賑やかに枝葉を歌わせた。
「そうね、桜を観に来た……じゃダメかしら?」
 言って、私は居並ぶ木々へと目を向ける。
「桜って……葉桜も過ぎてるわよ」
 呆れたような、霊夢の声。
 言われるまでもなく、花は散り、もはや若葉の頃も過ぎている。
 もっとも、訪れた理由など特にはなく、強いて言うのなら霊夢をからかいにきたことなのだから、どうでもいいのだけれど。
「あら、花が散っても桜は桜でしょう? 観に来てもいいじゃない」
「そりゃまあ、そうだけど……」
 霊夢は竹箒に寄りかかるように、頬杖を突いた。そのまま、こちらへ胡乱気な目つきを投げてくる。
「用事があるならさっさと言いなさいよ。私だって忙しいんだから」
 溜息混じりの一言に、私は境内を見回す。
 石畳は陽光を返して白く、静かな中に響くのは、虫の声。時折吹き抜ける風は涼しく、葉擦れの音が耳に心地良い。それはとても良い空間だった。そう、何も考えずにのんびりとした時間を過ごすなら。
 要するに、
「人っ子一人いないけど?」
「……あんたみたいな、特別がつくレベルの天然危険物がひっきりなしに来るから、人間が寄り付かないんでしょーが!」
 核心を突いた私の一言に、博麗の巫女は爆発し、
「まあいいわ……お茶で出すから、上がってよ。ちょうどいいわ、暇だったし」
 すぐに折れた。
 
「ねえ、あの花……」
 霊夢と二人縁側に座り、お茶を啜っている内に、不意にそんな声を掛けられた。
 言われて、その方向を見やる。
 細くて白い花が、儚げに咲いている。
「イチリンソウね」
「ふーん、イチリンソウっていうんだ。綺麗なんだけど、最近なんか萎れちゃって」
 眺めながら、霊夢はしみじみと呟く。
「夏の便りね」
「?」
 言葉の意味が分からなかったのか、霊夢はキョトンとした顔を、こちらへと向けてきた。
「イチリンソウは春に花開いて、初夏には枯れてしまうのよ」
「へぇ……」
 私の言葉に相槌を打って、霊夢は花へと向き直る。
 ホトトギス。濁さぬように、茶を啜り。 
 隣には、静かな巫女の顔。
 その静寂がなんだかおかしくて、私は霊夢に声を掛けた。
「何を考えているの?」
「なんか急に、昔のことを思い出して。あんたと初めて会った時のこととか」
 花を見て、霊夢がそんなことを言うものだから、
「『追憶』……ね。イチリンソウの花言葉」
 ふとそんな言葉が、出た。
「花言葉?」
 驚いたような声が、隣から聞こえた。
 視線を転じると、霊夢がキョトンとした顔でこちらを見ている。
「疑問なんだけど、花言葉ってどうやって決まったの?」
 続けて、そんな問いが来た。
「決まりきった統一はないみたい。だから銘々が好きに付けてるらしいわ。まあ、有名なものもあるけれど」
 昔に聞いたことのある知識を、そのまま披露する。
「ふーん……」 
 この巫女としては意外なことに、霊夢は興味深そうに話を聴いていた。
 花言葉。
 無意識の内に、私は立てかけた日傘を見やる。
 それに気付いたのかどうかは、知らないけれど。
「それじゃあ……」
 このふわふわとした巫女は、
「『幻想郷で唯一枯れない花』の花言葉は、なんていうの?」
 そんなことを、訊いてきた。


2
 のんびりと歩くのは、嫌いじゃない。花に包まれた道を、一人歩むのは。
 たとえそれが、心寂しい所でも。
 秋。
 彼岸花が咲き誇る。
 再思の道を、朱に染めて。
 血を流した様だとしても、いいでしょう?
 こんなにも、綺麗なんだから。

 無縁塚に用があるわけでも、行くつもりも無かった。
 ただ、彼岸花が見たかったから。
 潜んでいる筈の妖怪たちは、私の妖気に当てられて、何処かへ隠れてしまった。まあ、無理もないけれど。
 暮れなずむ夕陽が、彼岸花の朱に華を添えていた。
 逢魔ヶ刻。
 昼と夜の境界が、この世を移ろわせ。
 “それ”は、私という魔に、出会ったのかしら。
 
 見つけたのは、単なる偶然だった。
 彼岸花に囲まれて、立ち尽くす人間の男。
 青年といった風情の年格好で、小脇に何かを抱えている。幻想郷の人間でないことは、一目でわかった。たまたま、結界を越えてしまったのでしょう。
 或いは、彼女の戯れか。
 何はともあれ、少なくとも私にとっては、招かれざる客。
 人間は、呆けたように立っている。
 彼岸花の毒に当てられたのだと思って、私は引き返していくのを待った。
 考えてみれば、私の存在は、人間にとっては思わぬ幸運だったに違いない。もし私が来ていなければ、今頃、ほかの妖怪に襲われていたのだろうから。
 私が襲わなければの、話だけど。
 人間は、じっと動かない。
 魅入られたかのように、目の前を見つめていた。
 襲う気は、最初からなかった。
 ただ……面倒だったから。早く、消えて欲しかっただけ。
 やがて、静が崩れる。
 ようやく終わるのかと、私はそう思った。
 だけれど人間は、不思議な行動に出た。足元の彼岸花を踏まぬよう慎重に動いて、木の袂に近づく。そのまま木の幹に寄り添って、脇に抱えていた物を開くと、一心不乱に何かを始めた。
 その動きが、あまりにも意外だったから。
「何をしているのかしら?」
 思わず、声をかけてしまった。

 人間は、大層驚いたようだった。
 見立て通りの外来人。何も知らない相手に、私は幻想郷のことを掻い摘まんで話した。最初は笑っていたけれど、力を見せると信じたようだった。半信半疑といった感じではあったけれど。
「それで、何をしていたのかしら」
 もう一度、私は訊ねる。
 その問いに、人間は手にしていた物を、私に見せた。
 白い紙面に、黒い彼岸花が咲いていた。
 淡いタッチで描かれた、白黒の『再思の道』。
 とても綺麗な光景だったから。と、人間は言った。
 変わった人間。それが、最初の感想。


3
 想えば最初から変な人間だった。
 私を妖怪と知っても逃げようともせず。一心不乱に、絵を描いていた。
 スケッチが終わった後で、人間の里に連れて行ったのは、別に慈悲でも何でもなく。
 そうね。
 墨色の彼岸花が、綺麗に咲いていたから。
 
 シクラメンが一輪。
 花びらを優しく撫でる。くすぐったそうに揺れる白い花に微笑みを投げて、私は後へと振り返った。
 あの人間が幻想郷に落ち着いてから、二度目の冬。
「探し物は見つかったかしら?」
 戯れに姿を表す度に、私はそう訊ねる。
 人間の答えはいつも同じ。絵筆を手に、首を横に振るだけ。
「だから言ったでしょう? 幻想郷にも、『枯れない花』なんて無いって」
 苦笑と共に、そんな言葉を投げる。
 この人間が幻想郷に残った理由。それを最初に聞いたときは、思わず笑ってしまった。
 外の世界ではないどこかにある、『枯れない花』。
 それを見つけたいからだと。
 馬鹿げた話だった。それは何よりも、私が判っている。
 幻想郷の花のことなら、私はすべて知っているのだから。
 だからそんなものは無いと、私は一笑に付し、
 人間はあると、言い切った。
 だからそう、賭けをしたの。
 もし枯れない花が見つかったら、私の負け。見つからなかったら、私の勝ち。敗者は勝者の言うことを、何でも一つ聞く。
 期限は設けなかった。だからそう、これは私と人間の根競べ。
 私が負ける事はない。だけど人間が諦めない限り、賭けは終わらない。でももし諦めたなら……そうね、襲ってしまおうかしら。妖怪らしく。
「外の世界に未練は無いのかしら?」
 そう聞いてみても、人間は苦笑を返すだけ。
 外で何があったのかは知らないけれど、まあ、本人が良いのならいいのでしょう。
「あるかも判らない物に人生を賭けるなんて、本当、酔狂ね」
 答えはなかった。
 代わりに、白いシクラメンの花言葉は清純だ。と、そんな声が聞こえた。
 人間は言いながら、絵筆を動かしている。
 幻想郷に落ち着いてから、人間は花を探す傍ら画家として生計を立てていた。依頼で描くのは色々だけど、仕事とは別で、よく花の絵を描いているらしい。
 花言葉。
 ことあるごとに、この人間はそんなものを使いたがる。
「人間が勝手に付けたものでしょう? 花言葉なんて」
 私がそう返すと、人間は一言、それでも素敵ならばいいと、そんなことを言ってくる。
 まあそれは、そうかもしれないけど。


4
 いつの間にか、冬は過ぎて。
 春麗らかな、花の季節。寒さを堪え忍んだ蕾が、鮮やかに天を仰ぐ。
 四年目の春。賭けはまだ、終わっていなかった。
「私にここまで良く会うっていうのは、幸運なのかしら。それとも、不幸なのかしらね」
 そんな皮肉を言っても、この人間は別に動じない。ただ一言、ありがとうと言って筆を動かすだけ。
 日傘を広げて、花畑を見る。色とりどりの花が、群れ咲いていた。
 いつから始まったのかは判らない。どちらから示し合わせた訳でもない。ただの偶然で、そして必然。
 花を探し、絵を描いて過ごす人間と、花を渡り、花に生きる妖怪が顔を会わせるのは。
 私は邪魔をされなければ良かった。邪魔をするなら容赦はしないけど、好き好んで私に近寄る存在もほとんどなかった。
 だからまあ、私が邪魔と思わなければ、私の側は安全と言えるかもしれない。別に、守っている訳ではないけれど。
「見つかったかしら? 探し物」
 返る答えは、やっぱり変わらない。
 それに苦笑して、
「もし『枯れない花』があるとすれば、それはきっと徒花ね」
 目の前で風に揺れる花を見ながら、私はそんなことを言った。
 花の命は短い。花開き、実を結び、そして枯れて朽ちていく。その短い中で、精一杯咲き誇る。だから花は綺麗。その美しさは、命の輝きだから。
 だから『枯れない花』があるとすれば、それはきっと実を結ぶことはない。いえ、結べない。
「可哀想」
 そんな私の言葉に、それでも人間は明るく答える。
 それでも見てくれる人がいたら、花も喜ぶんじゃないかな。と。
「随分と勝手な話ね」
 あきれた私の声に、人間は、少なくとも自分は傍で見続ける。と、そんなことを言った。
 まあこの人間の見ると言うのは、要するに絵を描くことなのだけど。
「どうやってずっと傍にいるのかしら?」
 ふと疑問に思って、そう訊ねると、
 そばに家でも建てるかな。との返事。
「……らしいわね」
 苦笑しながら、そう言った。
 摘むと言わないのに、少しだけ安堵して。
 いつの間にか、昼も半ばがすぎていた。
「そろそろ帰るわ。あまり長居をして、襲われても知らないわよ」
 そう言って、私は立ち上がった。
 周囲に妖怪の気配は無い。まあ、問題はないでしょう。
「まあせいぜい、頑張りなさい。探し物も、絵の方も」
 西に歩を向けて、ふと、私は人間へと向き直った。
「探し物が描けたら、最初に見せなさい」
 日傘越しに見返って、私はそう微笑む。
 人間が眩しそうに目を細めたのは、そう、きっと西日が強かったから。


5
 永い時を生きていると、時々見失うことがあるらしい。妖怪と人というのは、相容れぬ存在だと言うことを。
 だけどそんなのは、私には無縁の話。
 好き好んで私と関わりを持とうとする人も妖怪も、居はしないのだから。
 そう思っていた。そう、あの時までは。
 春が終わり、夏が訪れようとしている。
 道端に咲いたイチリンソウが、それを告げていた。
「『追憶』……だったかしら」
 ふとそんな言葉が、口をついて出る。
 聞いてもいないのに教えられる、花言葉。くだらないことだとは思うけれど、すっかり覚えてしまった。
「忘れたわ。昔のことなんて」
 笑って、私は道の先へと向き直った。
 そういえば、向日葵の花言葉は何かしら。
 そんなことを、思いながら。

 里で二、三、買い物を済ませて、私はふと、花屋に出向いてみようと思った。別に必要なものがあったわけではないのだけど、冷やかしに。
 だから花屋の店先で、あの人間を見つけたのは単なる偶然。若い女性の店員と、親しげに語らう姿を見たのは。
 あなただけを見つめます。
 と、人間のそんな声が、聞こえる。
 見つからぬ内に、その場を立ち去ったのは……別に何でもなく、ただ、煩わしかったらから。
 それだけよ。

 そう、私は忘れていたのだろう。
 妖怪は人間を襲うもの。人から恐れられて、初めて成り立つ存在。本質的に、相容れない存在だということを。
 夢から醒めるのが、少し、遅かったかもしれない。

 太陽の畑に、向日葵が花開く。
 夏、私の好きな季節が訪れていた。
「きれいに咲いたわね」
 目を細めて、満開の向日葵達を見やった。今年の出来は、何時になく良い気がする。
 ここしばらく、私はここから動いていなかった。向日葵が咲き始めたのもある。だけど、それ以上に……
「……何しに来たのかしら」
 綺麗に咲いたね。と言う人間に、振り返りもせず私はそう言った。底無しに、冷たい声で。
 放つ殺気に、さすがに人間も気付いたようだった。
「帰りなさい。ここは、人がおいそれと来ていい場所ではないわ」
 何かを言われる前に、私はそう宣言した。
 一拍置いて、何故との問いが来る。
「何故も何も……私は妖怪。それだけよ」
 それが、すべての答えだった。私は妖怪で、ここは私の領域。そして、相手は人間なのだから。
 食い下がろうとする気配を、私は振り返って制した。
「聞こえなかったのかしら。人間っ!」
 声と視線で、射抜いた。
 人間が、身を竦める。無理もないことね。この風見幽香の、本気の威嚇なのだから。
 人間は、何も言わない。まあ、逃げ出さず、私から目を逸らさないだけでも、たいしたものだった。
 二人の間を、夏とは思えないほどに冷たい風が吹き抜ける。
 それを合図に、私は踵を返した。
「精々、幸せに、長く生きなさい」
 それが決別の合図。
 一歩、一歩、歩を進める私の背中に、人間の声が掛かる。
『枯れない花』を、見つけたと。
 もう……そんな物は意味がないというのに。


6
 久しぶりに里を訪れたのは、あれから一月以上後のこと。避けていた訳ではなく、別に必要が無かったから。
 里を歩けば、人の視線が刺さる。恐怖と畏怖が入り混じり、そして、それを押し殺した視線。
 無理もないわね。私は……人に優しい妖怪ではないのだから。
 だからそう、これが正しい在り方。
 花屋に寄ろうと思ったのに、他意はない。何も、含むことなどないのだから。
 店に入るなり、あの店員が愛想良く迎える。流石に良く顔を出していることもあって、ここの人間はあまり私を怖がりはしない。
 あの人間は、居なかった。
 お久しぶりですね。との声。確かに、来たのは久しぶりだった。
「そうね……」
 言いながら店内を見回して、私は、意外な物を目にする。
 花屋の壁に掛けられた、一枚の油絵。満開の、向日葵達の絵。
 太陽の畑が、そこにあった。
 誰が描いたかなんて、聞かなくても判る。
 思わず見入っていた私に、横から店員の言葉が掛かる。こんな素敵な所なんですね、と。
「これは、どうしたの?」
 そんな質問が、思わず口をついてでていた。
 あの人間に、貰った。と、そんな答え。でも、その後に余計な言葉がついてくる。
 本当は、他の人の為に描いたものらしい。と。
 でもあの人間は、その人にはもっと別な花を描いて見せないといけないから。と、この絵を手放したらしい。
 知っていますか? と、店員の声が来た。
 向日葵の花言葉は「あなただけを見つめます」だそうです。素敵ですね。
「そう……今日はお暇するわ」
 思考が纏まらず、私はそんな風に断って、店を後にする。
 その後から、無邪気な挨拶が帰った。
 
 あれが誤解として、それで何が変わるわけでもない。私と人との在り方は、前に言った通りなのだから。
 だとすれば、この心にあるわだかまりは、何なのだろう。 
 向日葵と逆を向いて、私は空を仰いだ。
 空は抜けるように青く、
「……異変でもおこそうかしら」
 唐突に、そんな思考が浮かんでくる。
 異変でも起こして、博麗の巫女あたりとやり合うのも良いかもしれない。戦っていれば、気も紛れそうだから。
「……面倒ね」
 結局、思考はそんな所に落ち着く。
 そう、何をするのも、面倒だった。
「らしくないわ」
 溜息混じりに、首を振る。
 全くらしくない。この私が、四季のフラワーマスター風見幽香が、一体何を悩んでいるというのだろう。
 これ以上ここにいても、何が解決するわけでもない。
 家に帰ろうと、歩きはじめたその時、
 風に乗って、人の声が聞こえたような気がした。

 叫んでいるような、声だった。
 或いは、助けを求めているかのような。
 ひょっとしたら、人が妖怪に襲われているのかもしれない。
 そんな思考が、不意に過ぎる。
 だったらどうだというのだろう。妖怪が人を襲うのは普通のことで、安全の保証されないこんな場所に来たのは人間の責任なのだから。
 だけど私には、わざわざこんな場所に来るような人間に、心当たりがある。
 踵を返して急いだのは、別に焦ったからじゃなく。
 向日葵を荒らされるのが、嫌だったから。

 会えて良かったと、人間が笑みを浮かべた。
「ここには来るなと、言ったじゃない」
 最初に口から出るのは、そんな言葉。
 服はボロボロで、そこかしこから血を流して……もし助ける者がいなかったら、どうなっていたか。
 絵を見せる、約束だったから。と、人間は大事そうに抱えていた物に目を落とした。
 白い布に包まれた、キャンバス。
 本当に、馬鹿みたい。
 こんなものの為に、命を懸けるのは。
 『枯れない花』を描いたから。と、人間は言った。
「もういいわよ、それは」
 私は、思わずそう言ってしまう。
 そんなものなど、有りはしない。それは私が一番良く判っているから。だからもう、あんな戯れで縛るのは意味がない。そう、どうせ描いてくれるなら、あれよりも素晴らしい向日葵を、私のために……
 そんなことをいう前に、人間が、見てくれと絵を差し出した。
 受け取って、見る。
「あ……」  
 そこにはおよそ、花と呼べるものは一つも描かれていなかったけれど。
 だけど、そこに描かれているものは、紛れもない、花だった。
「……ああ」
 絵から顔を上げて、私は人間を見た。 
「私の負けね」
 言って、私は微笑んだ。花が、そうしているように。
 望みを叶えてくれるかい。と、人間の声。
 それに私は、静かに頷いた。
 いいでしょう。とても気まぐれで、意地悪な徒花でも良いのなら。
 貴方はきっと、すぐに死んでしまうけれど。
 それでも貴方が望むのなら。
 ずっと、いつまでもずっと、傍らで咲いてあげる。
『枯れない花』は、貴方の傍に……

 
 一握りは、再思の道に。貴方と初めて、あった場所に。
 秋には彼岸花が綺麗だから、私はここで『あなた一人を思う』。
 もう一握りは、ヒヤシンスの咲く所に。心静かな『悲しみを乗り越えた愛』。
 鈴蘭畑にも蒔きましょう。『幸せの再来』は、ないかもしれないけれど。
 巡り巡って、最後に来るのはここ、太陽の畑。貴方の愛した向日葵と、もう一つの花の咲く場所。
 変わった人だったけれど、何も最期の後まで変わった風にしなくてもいいんじゃないかしら。
 でもそれが、貴方の望みで、その方がそれらしいと、思ってしまう。
 いろいろな場所、色々な花に、貴方を置いてきた。
 花を巡る旅。花を見る度、私は貴方を想う。
 あの時に言ったでしょう、『枯れない花』は、貴方の傍で咲く。と。
 今までも、そしてこれからも。


7
「にじむ視界。千切れる手足。薄れゆく意識」
「霊夢……言ったとおりにしてあげましょうか?」
 黙考の末に飛び出した言葉は、この巫女らしく品がない。
 額に青筋を浮かべながら、私はそれを詰る。
 当の本人はと言えば、
「だって、幽香の花言葉みたいなもんでしょ? なんかそーいうのかなーって」
 しれっとそんなことを言った。
「そこまでいうなら相手になるわよ? 今すぐに」
 とびきりの笑顔で、そんな風に言ってみても、
「めんどくさいからパス」
 軽く受け流されると、怒る気も失せてしまう。
 まあ面倒なのは、私も同じだけど。
 ホトトギスはどこかへ行ってしまった。
 冷めたお茶を、一気に飲み干す。いつの間にか、日は西に傾いている。
 そろそろお暇してもいいかもしれない。霊夢を冷やかすつもりが、なんだか随分と感傷に浸ってしまった。
「それじゃあ、私はそろそろ帰ろうかしら。他の花も、見に行きたいし」
 立ち上がり、日傘を肩に。萎れぬ様に、両手を添えて。
 その背中に、追い縋るような霊夢の声。
「あ、帰る前に教えなさいよ。なんていうの、『枯れない花』の花言葉」
 私は日傘越しに見返しながら、
「教えてあげないわ」
 言って、微笑んだ。
 そう、私は……とても意地悪な妖怪だから。

                                                   了
お初にお目に掛かります
何となく、構想が浮かんだので

拙文ですが、楽しんで頂ければ幸いです
オムニP
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.510簡易評価
1.100もんてまん削除
自然と引き込まれました。面白かったです!
5.90奇声を発する程度の能力削除
とても素敵なお話で良い読後感でした
9.30アリス・マーガトロイド削除
まず、なぜ回想に入ったのがよく分からなかったです。また、霊夢に語りかけるように話していたのだとは思うのですが
あまりにも唐突だったのでまるで幽香が夢の中で追憶にふけっているのかと思ってしまいました。
そして、霊夢が「『幻想郷で唯一枯れない花』の花言葉は、なんていうの?」と枯れない花がさも当然のようにある前提で話しているのに
疑問を抱きました。
11.100名前が無い程度の能力削除
物憂げな語り口から滲み出る、少し切ない読後感。たまらん。
オリキャラ男や花屋の店員をあくまで背景に据えることによって、幽香の魅力がより鮮明に浮き上がっていると思います。
こんな幽香様に葬られてみたい。