「紅魔館の主人である吸血鬼たるもの、威厳とカリスマ性を絶やしてはならないのよ」
彼女は何かがあるたびに口癖のように
しかし言葉通り堂々と言い放っていた。
いつも通り意地の悪い……。
けれども人を惹きつける笑いを、幼さの残る顔に浮かべながら--
▽
人々にとって眩しい、しかし気持ちの良い朝日を頑なに拒む、ある紅魔館の一室。
中では主人の吸血鬼が薄暗い部屋の灯りの中でティータイムを満喫していた。
自分のプライベートで、主人という立場もあり誰も不用意に立ち入ろうとはしない場所であったとしても、主人としての威厳を欠かすことはなく。
実に優雅に、堂々と……。
▽
「コンコン」
失礼します、という一言と共に扉が開く。
どうやらメイド長の咲夜が朝食を積んだワゴンを音もなく丁寧に運んできたようだ。
「ご苦労様」
「ありがとうございます」
珍しく私からのねぎらいの言葉に、わずかに表情に変化が見られるものの、動揺といったものを一切見せることなく淡々と給仕を行うその姿に、メイド長としての仕事への静かな熱意……完璧主義の彼女自身のプライドのようなものを感じる。
二人の間で交わされる口数も随分減ったものだ。
口数だけでなく、伴う声量も……。
「--いい加減、お戯れが過ぎますよ!」
何かきっかけがあったわけでもないが、何故か自発的に昔を思い出してしまう。
今はなき思い出への懐古心、か……。
「お嬢様、食事の準備が整いました」
「ん、ありがとう。もう下がっていいわよ」
「はい。それでは失礼します」
一言、指示に対する返事だけして咲夜は下がっていく。
再びこの部屋にいるのは、私一人だけとなった--
▽
普段は取らない朝食を済ませると、不意に窓の外の景色を見たくなった。
今日は何故か、どこか懐かしい温かさを感じるからだろうか。
……多少の時間なら日光を浴びても平気だろう。
私はカーテンを開き、窓を開け放つ。
と、部屋に勢い良く風が流れ込むが、癖のある私の髪は残念ながらなびくようなことはしなかった。
いつもは忌むべき、身を焼く朝日すら今日は心地が良い。
バンッ!
「お嬢様……申し訳ございません!お嬢様が大切にしていた花瓶を……」
突然部屋の扉が勢いよく開いたかと思うと、駆け込んできた1人の新人メイドが部屋に入るや否や自らの過失を詫びてくる。
「……」
それを見た私は……少しだけ目を細めて彼女と目を合わせる。
「……っ!!」
それだけで彼女は動きを止め、蛇に睨まれた蛙のように萎縮してしまった。
「貴女、まず部屋にいる主人に用があるのならノックをしなさい。私は今一人で少し感傷に浸っていたのだけど、貴女のおかげで気が削がれてしまったわ」
「あ、あの…」
「それから、主人の話は最後まで聞くこと。主人の言葉を阻んでまで口を挟む権利など、貴方達にはないものと思いなさい」
「……」
冷たく言い放つと彼女は瞳を潤ませ今にも泣きそうになりながら、さらにそれを隠すように俯いた。
「返事は?」
「……はい」
催促すると、小さな震えた声で返事が返ってくる。
「……よろしい。それで、何の用かしら?」
本当は聴こえていたけど、私はもう一度彼女に用件を問いかける。
「あ、あの……。玄関に飾ってある……お嬢様の花瓶を……」
「私の花瓶を……?」
「その、ほんの手違いで……割ってしまいました……」
先ほどまでの勢いはどこへいったやら。
数メートル離れているとはいえ、彼女の声は聞こえるかどうかのギリギリの音量になっていた。
「……」
「も、申し訳ございませ…」
そこまで言うと彼女はついに心のダムが決壊したのか、床に崩れて泣き出してしまった。
私は無表情のまま、少し距離のあった彼女との距離を詰め、目の前に立つ。
「貴女」
「……はい」
先ほどの距離では聞き取れなかったと思われるほどの微かな声で返事が聞こえる。
そのまま私は続けた。
「……怪我はしなかったかしら?」
「え?」
私から言われたことがそんなに予想外だったのだろうか。
先ほどまで顔をそむけていたことも忘れて、驚いた彼女は赤く泣き腫らした顔と目をこちらに向けた。
「花瓶なんてどうでもいいわ。でも、貴女はか弱い人間でしょう?割れた破片で怪我はしなかった……?」
「あ、い、いえ……特には……。」
怒られないことに少しだけ安堵した表情を浮かべて、彼女は先ほどよりもはっきりと答える。
「そう。……良かったわ」
私は彼女に初めての笑顔を向けた。
友人たちによく「意地悪そうな笑顔だな」と呼ばれていた……。
けれどもメイドや小悪魔……それに多くの友人達を惹きつけていた、あの笑顔を。
「後始末はもう済んだの?」
「あ、いえ……同僚が、『私がやっておくから貴女は謝ってきなさい』って……」
「そう。それじゃあすぐに玄関に戻って、まだ始末が済んでないようなら手伝いなさい。それからきちんとその者達にお礼を言うように。わかったわね?」
「あ……はい!」
私がそういうと、ようやく彼女も明るい表情になってくれた。
「よろしい。それじゃ、もう下がっていいわ」
「はい!」
私に背を向け、
新人なりに
彼女なりに
精一杯紅魔館のメイドらしさを見せながら部屋の出口へと向かっていく。
「それでは、失礼しま--」
「ああ、もう一言言うの忘れてたわ」
「……?」
扉を閉めようとしていた彼女を呼び止め、一言だけ付け加える。
「……よく頑張って一人で謝りにきたわね。偉いわ」
「……!」
まるで小学生を褒めるかのような言葉だったが、それで十分だった。
私の言葉は新人のメイドは照れ臭そうに頭を下げ、そのまま無言で部屋から出て行った。
--私も、ようやくカリスマが様になってきたってことかしらね?
もう一度窓から景色を眺めながら、再び一人になったこの部屋で悦に入る。
風に煽られながら眺め、ふと目に入るのは--
庭の隅にある、人の身長程の石。
「……あ。」
そういうことか。
それを見てようやく私は悟った。
勿論心にあった暖かくもどこかわだかまりのようになっている何かの正体を、である。
--今日で丁度10年……か。
「吸血鬼だから月日が経つのが早いったらないわ」
誰に言うわけでもなく、独り言を漏らす。
--と、同時に門の方が騒がしくなっていることに気付いた。
そして間もなく聞こえる何かが割れる音。
それが意味することは……。
「お嬢様、侵入者です!」
ほらね。
どう連絡網が伝わってきたのやら。
あっという間にメイドの一人があわてた様子で駆け込んできた。
「分かってるわ。貴女は咲夜の指示に従いなさい。もし捕まえたら私のところまで連れてくること」
「はっ」
一応の緊急事態ということで、私は特に先ほどのような注意をすることもなく指示を出す。
「……全く、たまには静かにこれないのかしら?」
「せっかくきたんだ。騒がしくしなきゃ損だぜ?」
あら?
聞かれてたのね。
窓の方に視線を戻すと、見慣れた服装の魔理沙が箒に乗ってきていた。
もっとも10年という月日が経過したこともあり、顔立ちは完全な大人の女性になっている。
ま……あくまで変わったのは顔立ちだけで、他は成長していないみたいだけどね。
精神年齢とか、胸とか。
「なんか失礼なこと考えてるだろうお前」
「別に?」
微妙に顔が引きつってるけど、もう若くないんだからおばさん臭いわよ?
「ふん、いつまでたっても童顔の吸血鬼には大人の魅力は分からないんだろう!」
「好きなだけ言ってなさい。私は人間の価値観には左右されないわ」
「可愛げのないやつ……昔はそんなんじゃなかったぞ」
魔理沙は私の答えに不満なようで、ふてくされた表情になっていた。
ホント貴女中身は変わらないわね。
「……それで、何の用なのよ?」
「ん……ああ。確か今日で丁度10年目だろ?最近めっきり紅魔館に来ることも無くなったからいい機会だと思ってな」
「それ家に不法侵入する必要あったわけ?」
「だから久々の来訪なんだから騒がしくしてもらわないとだな」
あ、そう……。
なんだか魔理沙と話してると疲れるわ。
昔は魔理沙の話が私には新鮮すぎて、いつも目を輝かせていたっけ。
今となっては信じられないわね。
「はあ……まあ分かったわ。来てくれてありがと」
「そっけないやつだな」
「いや、私も今日で10年目だなーって……つまりは全く同じこと考えていたのよ。貴女が来てくれたことに感謝してるわ、ありがとう」
「お礼はいいから謝礼をよこせ」
「なんでよ」
本当に貴女の理屈は分からないわ……。
「まあそれはいいが、お前もなんかやるんだろ?いくらいつも近くにいるからって何もしないなんてことは……」
「ああ、それは勿論。後で儀式よろしく、人間の心臓を握りつぶして血を捧げておくわ。」
「げ」
「毎年やってるのよ?なんなら今年は貴女の心臓でもいいのだけど」
「おっと、急用を思い出した。悪いがそろそろお暇するぜ」
私がスッ、と手を伸ばすと魔理沙は冗談か本気か分からないが、慌てた様子で遠ざかった。
「あら、残念」
「物騒なやつ。ま、そのうちまた来るから、じゃあな!」
「はいはい。せいぜい実験に失敗して死なないようにね」
「冗談きついぜ」
そこまで言うと、魔理沙は今度こそ本当に、風と共に空高く舞い上がっていった。
「ふう……」
魔理沙が帰るのを見送った後、ようやく気分も落ち着いたので窓を閉め、カーテンを引く。
朝から色んな事があるわねえ。
いや、これもなんてことはない日常だったかしら?
その日常が新鮮に感じたのは何故だろうか……。
……カリスマのなせる技?
「ふふっ……。」
自分で変な考えを張り巡らしておきながら、自分で可笑しくなってしまった。
そんなわけないじゃない。
あれから10年が経った。
吸血鬼の私からしたら本当に短い時間だったと思うが……。
その圧縮された時の中で、人も妖怪も色々と変わってしまった。
短い時間といいつつも、私も変わった。
身近だった存在も、いなくなった。
そうした変化が寂しくないと言えば--嘘になる。
けれども、今の私ならどんなことがあっても大丈夫だと断言出来る。
--何でもやり遂げる
--誰でも惹きつける
大好きだったあの人に、ここまで近づけた自分なら……。
▼
「帰ったと思ったら大きな間違いだぜ…」
部屋のカーテンが閉まったのを遠目に確認して、Uターンで紅魔館に戻る。
とはいっても館に用があるわけじゃない……。
用があるのは……この石。
10年も前に置かれた石ではあるが、手入れが行き届いているのか、苔などは生えていない。
「……」
この石を見ると、古い友人を悼む気持ちが嫌でも湧いてくる。
弾幕ごっこじゃどんだけ被弾しても死にそうになかった癖に……。
たかだか1つの異変くらいで、驚くほどアッサリと死んでしまいやがった。
そのくせ、死ぬ直前まであの生意気な笑顔を絶やさなかったっけな。
--紅魔館の主人である吸血鬼たるもの、威厳とカリスマ性を絶やしてはならないのよ。
ホント良く言うぜ。
お前は笑って死んでいったけど、皆終わった後わき目も振らずボロ泣きしてたっけ……。
お前がいないとどうなっちまうんだって、私も散々泣いた後に心配したもんだ。
「……でもま、大丈夫だよな」
私は持っていた薔薇の花束をそっと石の前に置き、目を閉じる。
その花どこから持ってきたんだって?
門の前の花壇に決まってるだろう。
今ではもう、咲夜やパチュリー達もいつも通り元気にやっている。
それに新しい主人もいる。
あいつときたら、どうしてああなったのか知らないが、性格までお前そっくりになっちまった。
あんなに純粋なやつだったのに……。
--でもきっと、憧れてたお前に近づきたかったんだろうな。
「さ、私はそろそろいくぜ。気が向いたらまた来てやるよ」
黙祷を終え、箒に跨って再び空に舞い上がる。
石には魔法で綴られた文字で、こう書かれていた。
『Remilia Scarlet ここに眠る』
私は最後に館のある一室に目を向け、一言だけ叫ぶように言い放った。
「--頑張れよ、フラン!」
『紅魔館の主人』
-完-
彼女は何かがあるたびに口癖のように
しかし言葉通り堂々と言い放っていた。
いつも通り意地の悪い……。
けれども人を惹きつける笑いを、幼さの残る顔に浮かべながら--
▽
人々にとって眩しい、しかし気持ちの良い朝日を頑なに拒む、ある紅魔館の一室。
中では主人の吸血鬼が薄暗い部屋の灯りの中でティータイムを満喫していた。
自分のプライベートで、主人という立場もあり誰も不用意に立ち入ろうとはしない場所であったとしても、主人としての威厳を欠かすことはなく。
実に優雅に、堂々と……。
▽
「コンコン」
失礼します、という一言と共に扉が開く。
どうやらメイド長の咲夜が朝食を積んだワゴンを音もなく丁寧に運んできたようだ。
「ご苦労様」
「ありがとうございます」
珍しく私からのねぎらいの言葉に、わずかに表情に変化が見られるものの、動揺といったものを一切見せることなく淡々と給仕を行うその姿に、メイド長としての仕事への静かな熱意……完璧主義の彼女自身のプライドのようなものを感じる。
二人の間で交わされる口数も随分減ったものだ。
口数だけでなく、伴う声量も……。
「--いい加減、お戯れが過ぎますよ!」
何かきっかけがあったわけでもないが、何故か自発的に昔を思い出してしまう。
今はなき思い出への懐古心、か……。
「お嬢様、食事の準備が整いました」
「ん、ありがとう。もう下がっていいわよ」
「はい。それでは失礼します」
一言、指示に対する返事だけして咲夜は下がっていく。
再びこの部屋にいるのは、私一人だけとなった--
▽
普段は取らない朝食を済ませると、不意に窓の外の景色を見たくなった。
今日は何故か、どこか懐かしい温かさを感じるからだろうか。
……多少の時間なら日光を浴びても平気だろう。
私はカーテンを開き、窓を開け放つ。
と、部屋に勢い良く風が流れ込むが、癖のある私の髪は残念ながらなびくようなことはしなかった。
いつもは忌むべき、身を焼く朝日すら今日は心地が良い。
バンッ!
「お嬢様……申し訳ございません!お嬢様が大切にしていた花瓶を……」
突然部屋の扉が勢いよく開いたかと思うと、駆け込んできた1人の新人メイドが部屋に入るや否や自らの過失を詫びてくる。
「……」
それを見た私は……少しだけ目を細めて彼女と目を合わせる。
「……っ!!」
それだけで彼女は動きを止め、蛇に睨まれた蛙のように萎縮してしまった。
「貴女、まず部屋にいる主人に用があるのならノックをしなさい。私は今一人で少し感傷に浸っていたのだけど、貴女のおかげで気が削がれてしまったわ」
「あ、あの…」
「それから、主人の話は最後まで聞くこと。主人の言葉を阻んでまで口を挟む権利など、貴方達にはないものと思いなさい」
「……」
冷たく言い放つと彼女は瞳を潤ませ今にも泣きそうになりながら、さらにそれを隠すように俯いた。
「返事は?」
「……はい」
催促すると、小さな震えた声で返事が返ってくる。
「……よろしい。それで、何の用かしら?」
本当は聴こえていたけど、私はもう一度彼女に用件を問いかける。
「あ、あの……。玄関に飾ってある……お嬢様の花瓶を……」
「私の花瓶を……?」
「その、ほんの手違いで……割ってしまいました……」
先ほどまでの勢いはどこへいったやら。
数メートル離れているとはいえ、彼女の声は聞こえるかどうかのギリギリの音量になっていた。
「……」
「も、申し訳ございませ…」
そこまで言うと彼女はついに心のダムが決壊したのか、床に崩れて泣き出してしまった。
私は無表情のまま、少し距離のあった彼女との距離を詰め、目の前に立つ。
「貴女」
「……はい」
先ほどの距離では聞き取れなかったと思われるほどの微かな声で返事が聞こえる。
そのまま私は続けた。
「……怪我はしなかったかしら?」
「え?」
私から言われたことがそんなに予想外だったのだろうか。
先ほどまで顔をそむけていたことも忘れて、驚いた彼女は赤く泣き腫らした顔と目をこちらに向けた。
「花瓶なんてどうでもいいわ。でも、貴女はか弱い人間でしょう?割れた破片で怪我はしなかった……?」
「あ、い、いえ……特には……。」
怒られないことに少しだけ安堵した表情を浮かべて、彼女は先ほどよりもはっきりと答える。
「そう。……良かったわ」
私は彼女に初めての笑顔を向けた。
友人たちによく「意地悪そうな笑顔だな」と呼ばれていた……。
けれどもメイドや小悪魔……それに多くの友人達を惹きつけていた、あの笑顔を。
「後始末はもう済んだの?」
「あ、いえ……同僚が、『私がやっておくから貴女は謝ってきなさい』って……」
「そう。それじゃあすぐに玄関に戻って、まだ始末が済んでないようなら手伝いなさい。それからきちんとその者達にお礼を言うように。わかったわね?」
「あ……はい!」
私がそういうと、ようやく彼女も明るい表情になってくれた。
「よろしい。それじゃ、もう下がっていいわ」
「はい!」
私に背を向け、
新人なりに
彼女なりに
精一杯紅魔館のメイドらしさを見せながら部屋の出口へと向かっていく。
「それでは、失礼しま--」
「ああ、もう一言言うの忘れてたわ」
「……?」
扉を閉めようとしていた彼女を呼び止め、一言だけ付け加える。
「……よく頑張って一人で謝りにきたわね。偉いわ」
「……!」
まるで小学生を褒めるかのような言葉だったが、それで十分だった。
私の言葉は新人のメイドは照れ臭そうに頭を下げ、そのまま無言で部屋から出て行った。
--私も、ようやくカリスマが様になってきたってことかしらね?
もう一度窓から景色を眺めながら、再び一人になったこの部屋で悦に入る。
風に煽られながら眺め、ふと目に入るのは--
庭の隅にある、人の身長程の石。
「……あ。」
そういうことか。
それを見てようやく私は悟った。
勿論心にあった暖かくもどこかわだかまりのようになっている何かの正体を、である。
--今日で丁度10年……か。
「吸血鬼だから月日が経つのが早いったらないわ」
誰に言うわけでもなく、独り言を漏らす。
--と、同時に門の方が騒がしくなっていることに気付いた。
そして間もなく聞こえる何かが割れる音。
それが意味することは……。
「お嬢様、侵入者です!」
ほらね。
どう連絡網が伝わってきたのやら。
あっという間にメイドの一人があわてた様子で駆け込んできた。
「分かってるわ。貴女は咲夜の指示に従いなさい。もし捕まえたら私のところまで連れてくること」
「はっ」
一応の緊急事態ということで、私は特に先ほどのような注意をすることもなく指示を出す。
「……全く、たまには静かにこれないのかしら?」
「せっかくきたんだ。騒がしくしなきゃ損だぜ?」
あら?
聞かれてたのね。
窓の方に視線を戻すと、見慣れた服装の魔理沙が箒に乗ってきていた。
もっとも10年という月日が経過したこともあり、顔立ちは完全な大人の女性になっている。
ま……あくまで変わったのは顔立ちだけで、他は成長していないみたいだけどね。
精神年齢とか、胸とか。
「なんか失礼なこと考えてるだろうお前」
「別に?」
微妙に顔が引きつってるけど、もう若くないんだからおばさん臭いわよ?
「ふん、いつまでたっても童顔の吸血鬼には大人の魅力は分からないんだろう!」
「好きなだけ言ってなさい。私は人間の価値観には左右されないわ」
「可愛げのないやつ……昔はそんなんじゃなかったぞ」
魔理沙は私の答えに不満なようで、ふてくされた表情になっていた。
ホント貴女中身は変わらないわね。
「……それで、何の用なのよ?」
「ん……ああ。確か今日で丁度10年目だろ?最近めっきり紅魔館に来ることも無くなったからいい機会だと思ってな」
「それ家に不法侵入する必要あったわけ?」
「だから久々の来訪なんだから騒がしくしてもらわないとだな」
あ、そう……。
なんだか魔理沙と話してると疲れるわ。
昔は魔理沙の話が私には新鮮すぎて、いつも目を輝かせていたっけ。
今となっては信じられないわね。
「はあ……まあ分かったわ。来てくれてありがと」
「そっけないやつだな」
「いや、私も今日で10年目だなーって……つまりは全く同じこと考えていたのよ。貴女が来てくれたことに感謝してるわ、ありがとう」
「お礼はいいから謝礼をよこせ」
「なんでよ」
本当に貴女の理屈は分からないわ……。
「まあそれはいいが、お前もなんかやるんだろ?いくらいつも近くにいるからって何もしないなんてことは……」
「ああ、それは勿論。後で儀式よろしく、人間の心臓を握りつぶして血を捧げておくわ。」
「げ」
「毎年やってるのよ?なんなら今年は貴女の心臓でもいいのだけど」
「おっと、急用を思い出した。悪いがそろそろお暇するぜ」
私がスッ、と手を伸ばすと魔理沙は冗談か本気か分からないが、慌てた様子で遠ざかった。
「あら、残念」
「物騒なやつ。ま、そのうちまた来るから、じゃあな!」
「はいはい。せいぜい実験に失敗して死なないようにね」
「冗談きついぜ」
そこまで言うと、魔理沙は今度こそ本当に、風と共に空高く舞い上がっていった。
「ふう……」
魔理沙が帰るのを見送った後、ようやく気分も落ち着いたので窓を閉め、カーテンを引く。
朝から色んな事があるわねえ。
いや、これもなんてことはない日常だったかしら?
その日常が新鮮に感じたのは何故だろうか……。
……カリスマのなせる技?
「ふふっ……。」
自分で変な考えを張り巡らしておきながら、自分で可笑しくなってしまった。
そんなわけないじゃない。
あれから10年が経った。
吸血鬼の私からしたら本当に短い時間だったと思うが……。
その圧縮された時の中で、人も妖怪も色々と変わってしまった。
短い時間といいつつも、私も変わった。
身近だった存在も、いなくなった。
そうした変化が寂しくないと言えば--嘘になる。
けれども、今の私ならどんなことがあっても大丈夫だと断言出来る。
--何でもやり遂げる
--誰でも惹きつける
大好きだったあの人に、ここまで近づけた自分なら……。
▼
「帰ったと思ったら大きな間違いだぜ…」
部屋のカーテンが閉まったのを遠目に確認して、Uターンで紅魔館に戻る。
とはいっても館に用があるわけじゃない……。
用があるのは……この石。
10年も前に置かれた石ではあるが、手入れが行き届いているのか、苔などは生えていない。
「……」
この石を見ると、古い友人を悼む気持ちが嫌でも湧いてくる。
弾幕ごっこじゃどんだけ被弾しても死にそうになかった癖に……。
たかだか1つの異変くらいで、驚くほどアッサリと死んでしまいやがった。
そのくせ、死ぬ直前まであの生意気な笑顔を絶やさなかったっけな。
--紅魔館の主人である吸血鬼たるもの、威厳とカリスマ性を絶やしてはならないのよ。
ホント良く言うぜ。
お前は笑って死んでいったけど、皆終わった後わき目も振らずボロ泣きしてたっけ……。
お前がいないとどうなっちまうんだって、私も散々泣いた後に心配したもんだ。
「……でもま、大丈夫だよな」
私は持っていた薔薇の花束をそっと石の前に置き、目を閉じる。
その花どこから持ってきたんだって?
門の前の花壇に決まってるだろう。
今ではもう、咲夜やパチュリー達もいつも通り元気にやっている。
それに新しい主人もいる。
あいつときたら、どうしてああなったのか知らないが、性格までお前そっくりになっちまった。
あんなに純粋なやつだったのに……。
--でもきっと、憧れてたお前に近づきたかったんだろうな。
「さ、私はそろそろいくぜ。気が向いたらまた来てやるよ」
黙祷を終え、箒に跨って再び空に舞い上がる。
石には魔法で綴られた文字で、こう書かれていた。
『Remilia Scarlet ここに眠る』
私は最後に館のある一室に目を向け、一言だけ叫ぶように言い放った。
「--頑張れよ、フラン!」
『紅魔館の主人』
-完-
面白かったですが、中盤辺りで落ちが読めてしまったのが残念。
やっぱ分かりますよねー。消した方がいいか悩んでそのままにしました(´・ω・`)
レミリア亡きあとフランが立派になりましたよっていう作品が書きたかったんですが、もう少し引っ張ろうかな(o'ω')
途中から何かおかしいとは思ってましたがしてやられてしまいました
温かさもあり、いい作品ですね
とても良かったです
勿体ないお言葉ありがとうございます。
しかしもう少しうまくアッと驚かせるような作品にも出来たんじゃないかと思うと少し惜しい気もします…。
でも、個人的には知り合いを騙せたので満足してます(*´∀`)
おお、丁度PCつけたところに!(笑)
おほめの言葉ありがとうございます。まだクーリエ様に投稿したのは2作品のみですが…
これからも精進するべく作品を掲載していこうと思いますので、よろしければお付き合いください。
この手の話は、わりとここではありふれているので、推測がつきやすいんですよね。
あ、でも楽しめましたよ。面白いssでした。
やはり分かっちゃいますかー
先人のベテランさん達に並ぶにはもうひとひねり必要だということですね!
精進します、ありがとうございました(*´∀`)
ありがとうございます。少し力量不足だったとはいえ、漫画では出来ない作品が書けて個人的には満足しています。
目標は分かってしまった方々を騙せるような二重トリックを作り上げることでしょうか、モチベ上がってきました
レミリアェ……。
( ・´ー・`)ドヤァ
ってのは冗談で、作品を楽しんでいただけたようでとても嬉しいです。
天国のレミリアさんもきっと脇役に満足していただけたでしょう!
っていうのは冗談でとても良かったです
コメント真似されてますよねもしかしなくても(^ω^ )
しかし、もう残機は残されていまい!(返信不可)
読了ありがとうございました。