Coolier - 新生・東方創想話

宵闇閑話

2012/06/04 02:42:26
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 時は逢魔。急に振り出した大粒の雨と稲光に、少年は駆けだした。
雷はどうやら近くに落ちたらしい。手にした籠から山菜がこぼれるのも気にせず、落雷の恐怖に身を竦ませ、近くにあった岩穴へと駆け込む。
 
 そういえば、この辺りには人食いの妖怪が出るという。ふと両親の教えを思い出し、少年は不安に周囲を見回し、先客がいることに気が付く。
先客は、小柄な少女であった。年のころは、少年と同じくらいだろうか。
安堵にため息をついた少年に彼女は、あなたは食べてもよい人類?と朗らかに問いかけようとした。
「お姉ちゃん、どこかで会ったこと無い?」
 しかし、先に少年に声を掛けられ、少女は口を噤む。
 
 外は滝の如く降りしきる雨。少年の左の眼元には、大きな泣きぼくろがあった。
それを認めた少女は穏やかに微笑み、あなたは食べてはだめな人類ね、とひとりごちる。
 一人首を傾げる少年を前に、少女――宵闇の妖ははるか昔の出来事を思い出した。

◆◆◆

 夏にしては肌寒い日の宵、老人は山道を歩いていた。
既に日没から数刻が経過しているが、今日は満月。夜道を歩くにも支障はない。
無論他に人影は無い。長く伸びた影法師だけをお供に、黙々と歩みを進める。

 言うまでも無いが、日が暮れた山に単身入るのは、まぎれも無く自殺行為である。
否、この場合は自殺行為ではない。なぜなら――

 不意に辺りが暗くなったのに気付き、老人は周囲を見渡す。月が雲に隠れただけではなく、辺り一帯は濃密な闇に包まれている。
周りが見えずば歩みを止めるしかない。その場に腰を下ろそうとし、背後から誰かに呼びかけられ、静かに振り向いた。

「あなたは食べてもよい人類?」
 不意に現れた少女は、再度老人に問いかける。彼女は人の形をしておりながら、人ではなかった。
辺りに立ち込める妖気を肌で感じながら、それでも老人は静かに頷く。
「ああ、私は食べられてもよい爺だ。」
 答える口元が、陰い歓喜に歪んだのは果たして気のせいか。
 ただ、その前に少し雑談でもしないかね?と続けられ、少女は素直に頷いた。

◇◇◇

 今年は間違いなく凶作でね。左の眼元の泣きぼくろを擦りながら、老人は静かに呟く。
冬には間違いなく餓死者が出る。今から半年間、老骨一人が食べる量などたかが知れているが、それでも貯えが無いよりは良いだろう。
だから今のうちに少しでも口を減らそうと思ってね。
 道端の倒木に並んで腰を下ろし、孫に語るように訥々と、穏やかに老人は少女に語る。少女もとても素直に、ふんふんと頷きながら話を聞く。

 飢饉はとても辛いものでね。体力が根こそがれて、弱いものから倒れて行く。私も若いころに一度経験したことがある。
優しかった私の姉もその時に死んだ。あのときは食べられるものは全て食べ尽くしたよ。馬や虫、雑草も全てね。それに…。
 そこまで続けて老人は何か忌まわしいことを思い出したように、ふと口を噤む。

 まあ、あんなことをしてしまいながらこの齢まで生きることができたんだ。為すことは為したし、万々歳だ。
救荒作物も作らせたし、後は若い世代がなんとかする。
 また、今ここで村を去らなければ、誰かが私に同じ過ちを繰り返すことになるかも知れない。
それに獣や妖に喰われ果てるのならば、私の罪も減りそうな気がするしね。

「そういえば妖怪のお嬢さん、お名前は?」
一頻り喋って、老人は眼前の妖怪の名を知らないことに気が付いた。
 問いかけられて少女はその幼い見た目には不相応の嫣然とした笑みを浮かべ、静かに名乗る。
「私はルーミア。太古の昔よりここに在る、宵闇の妖怪。」
変わった名前だの、と頷く老人。
みんなそう言うのよ、と宵闇の少女はにこりと微笑んだ。

◆◆◆

「お姉ちゃんの名前、変わってるね。」
屈託のない笑みで話しかけられ、みんなそう言うのよ、と微笑み返す。
「でも良い響き、なんか懐かしいや。」
 そうなの、とやはり少女は笑顔で返す。
 
 そういえばお姉ちゃん、おなか空いていない?と問いかけられ、人喰いの少女は困ったような笑みを浮かべる。
 はい、と手渡された赤い木の実を齧りながら、少女は少年に尋ねる。
 今年も夏なのにだいぶ寒いけど、食べ物は足りるのかしら?と。
 うん、大丈夫。少年は誇らしげに答える。
 
 昔は大変だったみたいだけどね。俺のご先祖がなんか昔、不作の時に食べる野菜の作り方とか、保存食の作り方とかたくさん調べたんだってさ。
その年は間に合わなくて餓えた人が出たみたいだし、ご先祖もそのとき亡くなったらしいけど今はもう大丈夫。餓える人は一人もいないよ。

 立派な先祖をもったんだね、と褒められて、少年はくすぐったそうに身体を捩る。
だから俺もご先祖みたいに立派な大人になれ、とじっちゃからはいつも言われるよ。
照れる少年に少女はやはり微笑んで一言、そうなの、と返す。
ふと岩穴の外に目を転じると、雨は既に止んでいた。

◆◆◆

 話したいことはそれでお終い?と問いかけられて、老人はやはり静かに頷く。
「じゃあ食べられる前に何か食べたいものはある?例えばお肉とか。」
 その質問にも老人は静かにかぶりを振る。曰く、あれ以来、肉は食べられなくなった、とのこと。
「じゃあ何か思い残したことは?」
 為すべきことは為したからね、とこの質問にも老人は静かにかぶりを振る。
「じゃあ何か、気になることは?」
 
 私の知っていることなら何でも教えるわ、そう問われて老人は、しばらく黙考した後に口を開く。
曰く、私の罪は許されるのだろうか、と。外道に堕ちはすまいかと。
 宵闇の妖怪はその質問には答えず、黙って老人を抱え浮遊し、山の奥へと誘った。

◇◇◇

 轟々と音を立て上がる水飛沫。日は完全に落ち、月は雲に隠れ、辺りは真っ暗で何も見えないが、どうやら滝の傍にいるらしい。
 ここはどこなのか、と尋ねる老人に少女は答えず、傍らの別の気配に向かい二言、三言囁く。それが終わると老人に、よいと言うまで目を瞑っていて欲しい、と伝える。
 
 老人は素直に目を瞑り待つ。数分後、少女の許可に従い目を開くと、そこには静かな光景が広がっていた。
先程まで雲に隠れていた満月が煌々と、辺り一面を照らしていた。滝には淡い月虹がかかり、無数の蛍が周囲をおぼろに照らし出している。
モノクロームの、幽幻の美。その光景は彩色溢れる現世ではなく、常世を映しているかの様。目の前の情景に老人は息をのみ、言葉を失う。

 宵闇の少女は静かに説く。
――人はその業により虫、獣、鬼、人、天人と来世が決められ、その生涯を繰り返す。
蛍であれ人であれ、魂は本質的に等価であり、その集合体が世界を象っていると。
さながら眼前の滝の水滴の様に、一つ一つの魂は独立ながら、集合は常に合一。
万物は流転し、いかな大罪でもそこに許されざるものは存在しない。
あらゆる生命は宵闇に生じ、宵闇に帰する。私は貴方の闇を血肉ごと喰らい、道から外れることなく魂を輪廻に帰しましょう。と。
 
 老人は瞳を大きく開き、目前の光景に、ただただ涙を滂沱する。
 
 いつまでそうしていたことだろうか。やがて月は雲に隠れ、蛍も姿を消す。再び訪れた闇に老人はただ一言静かに呟く。ありがとう、と。
 
 人喰いの妖は磔の聖者の様に両腕を開き、老人を招く。老人は抗うこと無く受け入れる。
 意識が闇に呑まれる直前、老人は少女に向かい静かに語りかけた。
 六道最下に堕ちるだろう私だが、巡り巡って人に転生したならば、また会ってやってくれんかの、と。
 ええ、またいずれ、滝の下でね。と宵闇の妖は優しく微笑む。
 その時はあなたを食べないであげるわね、と。その答えに老人は満面の笑みを浮かべ…。

◆◆◆

 雨があがり、月が照らす夜道に伸びるは二つの影法師。
少年と少女は仲良く手をつなぎ並んで歩く。
 あと四半里ほどで人里、というところで少女は別れを告げて、元来た道を戻る。
 その背中に少年は礼を述べ、明るく尋ねる。また、会えないかな?と。
 少女――宵闇の妖は笑顔で答える。

「ええ、またいずれ、滝の下で逢いましょう。」

 少年は彼女の背中に向かい手を振り続ける。宵闇にその姿が隠れ見えなくなって暫くの後、彼は帰路に付く。
さて、随分と遅くなってしまった。きっと両親は心配しているだろう。
少年は両親の待つ家に向かい元気よく、小鹿のような足取りで駆けだした。
 
 おしまい。
 紅魔郷を買ってみたのでルーミアメインのおとぎ話っぽいお話を作ってみようと思い投稿してみました。
老人の「罪」に関しては、お察し下さい。
 よく動画ではルーミアは頭が残念な感じで描写されることが多いのですが、個人的に太古から存在する闇の妖怪が、
そんなことはないのではないかな?勝手に解釈しております。
 かなり支離滅裂な仕上がりになってしまいましたが、感想、ご意見、アドバイス等戴けますと、とてもありがたいです。
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コメント



0.810簡易評価
2.無評価名前が無い程度の能力削除
私も、ルーミアは頭が残念な感じで描写される事の多さに辟易しているので、コンセプトは好感触でした。
ただテーマであろう「人食い」に対する、作者さんの持つイメージがイマイチ伝わってきません。
「人食い」により老人を転生へと導くルーミアが、作中では描写されています。
この一事を見ると「人食い」はさほど忌むべき事では無い、むしろ魂を来世へと繋げる良い手段とすら捉えられます。
世論的には褒められた物ではありませんが、それが作者さんの自論であるならば、それはそれで良いと思います。
食糧難のキーワードからも、恐らく老人の罪は順当に察する通りなのだろうと思いますが、では何故老人は悔いているのか?となってしまうので……

>まぎれも無く自殺行為である
>この場合は自殺行為ではない。なぜなら
わざわざ自殺行為を否定した上で理由説明を始めたにも関わらず、結局死にに来てたんじゃねえかってモヤモヤが残ったままです

冒頭で述べたとおりコンセプト自体は好感触であったのですが、読後に残る物がモヤモヤのみでした
3.無評価Mongreldog削除
2 さん、早速のコメント誠にありがとうございます。
まずは弁解から。4~6行目の指摘につきましては、老人は人であり、ルーミアはあくまでも人喰いの妖怪であることが前提です。
言うまでもなく、人が人を喰らうのはおぞましい行為です。奨励するような論は持ち合わせておりません。
また、8行目以降につきましては、「行為」ではなくそのものである。と言いたかったものです。

全体的に言いたいことが整理しきれず、仰る通りモヤモヤしか残らない話になってしまいました。
今後整理しつつ改稿して行こうと思いますので、もし差し支えありませんでしたら、御教示の程宜しくお願いします。
9.80爆撃!削除
聡明なルーミアは俺得。描写がなかなかよくて、作品の空気が好きです。
◇◇◇直後の節にて、老人がすごい勢いで察しているのが少しトンでいるところかもしれません。
ここにゆっくりと文量を置くと、この物語の見せ場に浸れて、共感しやすくなるかなと思いました。
12.70名前が無い程度の能力削除
(飢餓で苦しむ村人に対し)
ワシの亡骸を食べなよ!結構いけるよ!のレベルまでイッテなくて何より。ルーミア出てこれないしね。

食べられることを肯定する心持にしてからいただくのがルーミアの作法なのか、今回は気紛れでそうなっただけなのか。
転生期間数十年は早過ぎやしないか、せっかく古い妖怪なのだし。
気になったのはこれくらいでしょうか。
話に引き込まれる感覚が薄いのはテンポが単調だからかもしれません。
お疲れ様でした。
21.無評価Mongreldog削除
仕事の都合でコメントにお答えするのが遅くなり申し訳ありません。
爆撃!さん、描写についてお褒め戴き、ありがとうございます。仰る通り老人の察し方は不自然なので、改稿してみますね。
12 さん、コメントありがとうございます。老人は自らの行為を悩み、過ちを繰り返させないために里を離れた、と言うところまで
描写したかったのですが、文章力不足で伝えられませんでした。改稿の際には気をつけます。
なお、ルーミアの今回の行為は仰る通り割と気まぐれです。
お二方は勿論のこと、読んで下さった皆様に心よりの感謝を。
22.90名前が無い程度の能力削除
滝みたいに降りしきる雨の下、ルーミアと彼は再会しましたが、
本当の滝の下でまた会う日には、彼はどんな姿で何を彼女に言うのでしょうか。

好きな作品です。
一文一文に細やかに気を使ってると感じます、美しい。
細部、描写が不足していると仰られますが、それもこうしたお話であれば想像に自由度を残す長所となるかと。
願わくばまたお目見えできる事と、次回は作者様自身も満足できますよう。
23.無評価Mongreldog削除
22 さん、お褒め戴き誠にありがとうございます。
なんかルーミアの設定がよくわからなくなってしまい、暴走してしまった感があり、
やはり残念な感じになってしまいましたので次は気をつけたく思います。
もしお気に召して戴けたのであれば、これからも宜しくお願い致します。
追記:仕事の関係上、お返事遅れて申し訳ありません。
24.90愚迂多良童子削除
とっても浪漫溢れる輪廻観だった。
賢人なルーミアってのは中々珍しい。この手のキャラは地味だけど色々と設定を想像出来るのが良いところ。