「実は……新聞の書き方を忘れまして……」
「はっ??」
姫海棠はたては自分の耳を疑った。
ある初春の日、はたては同じ鴉天狗の射命丸文から呼ばれ、彼女の家を訪れた。
そして、用件を訪ねたはたてが聞いたのが先ほどの言葉である。
「なにがあったの?」
一気に真剣な顔つきになるはたて。辺りを憚るように小声で文に訪ねる。
同時に、頭の中で事件の可能性を考え、大天狗様に相談すべきか、などと考えていた。
大げさなようだが、新聞を書くことを生業とする鴉天狗にとって、
その書き方を忘れる、というのは尋常なことではない。
言うなれば、吸血鬼が血の吸い方を忘れるようなものである。
もっとも幻想郷には巧く血を吸えず服を汚す吸血鬼もいるが、それははたての知るところにない。
「いや~お恥ずかしい話なのですが……」
真剣なはたてとは対照的に、文は恥ずかしそうにおずおずと口を開いた。
「冬の間……チルノさんと遊びすぎまして……」
「はっ??」
はたては再び耳を疑った。
真剣な顔つきはどこにやら、目と口を大きく開け呆けている。
はたてもチルノのことは知っている。文の恋人である。
確かに冬という季節は、氷精が元気に飛び回る季節なのであろう。
しかし、だからといって、生業を忘れるほど遊ぶとは呆れるほかにない。
「つっ……つまりあんた……恋人と遊びすぎて頭がバカになったって訳!?」
はたては思った。
開いた口が塞がらない、とは正にこの事だ。
どこの世界に恋人と遊び耽って新聞の書き方を忘れる天狗がいるというのだ。
「あはは……返す言葉もありません」
文は相変わらず恥ずかしそうにしている。
だが、はたてはそれを見ながら、頭の片隅で全く別のことを考えていた。
すなわち、大急ぎで帰ってこの事を記事にすべきか否か。
はたても新聞記者を生業とする鴉天狗である。
誰よりも早くこの事実を知ったのなら、記事にしようと思うのは当然のこと。
だがもし記事にしたなら、笑い話では終わらない可能性もある。
実のところ、今の天狗社会は細かい粗捜しが横行し、殺伐とした空気が流れている。
そして普段から妖精が恋人ということで、文は周りから奇異な目で見られているのだ。
この件が知れ渡れば、尾びれ背びれがついて、公然と文が非難されることになりかねない。
「はぁ……」
はたては一つため息をついた。
彼女はそんな今の風潮を快く思っていない。
そしてなにより、頼ってきた相手をほったらかして家に帰れるほど、薄情な性格はしていない。
要するに、はたてが最初の一言を聞いた時点で、文の面倒を見ることは確定していたのだ。
「とにかく何か書いてみなさいよ」
「何か……と言われましても」
「昨日のことでも何でもいいから書きなさい」
「はい」
よもや鴉天狗に新聞の書き方を教える日がこようとは、夢にも思わなかったが、
教えると決まれば本気で教えようと、気持ちを切り替えるはたて。
『チルノさんが遊んでいました』
これだけ書いて、文の手が止まった。
はたては思った。
ひどい!! ひどすぎる!!
「すーはー、すーはー」
思わず思った事がそのまま口に出そうだったので、
慌てて深呼吸し、心を落ち着けるはたて。
「これ、いつの話よ?」
とりあえず基本的な事項から始めることにした。
「昨日の……昼過ぎです」
「どこで遊んでたの?」
「いつもの湖です」
「具体的に」
「紅魔館近くの湖です」
「誰が……はいいとして、何して遊んでたの?」
「蛙を凍らせてまして、可愛かったですねはい」
はたては、惚気るな馬鹿、と思ったがぐっと言葉を飲み込んだ。
話が横道に外れるのは、時間の浪費である。
「なんでその遊びにしたのよ?」
「凍らせる練習と言ってました」
「そのときの様子は?」
「チルノさんは蛙を凍らせては溶かして繰り返してたのですが、三回目で氷ごと蛙が割れてしまいまして……」
「げっ」
その様子を想像してしまい、気分が悪くなるはたて。
「そのときの悔しそうな顔をしたチルノさんがまた……」
「はいストップ!!」
また惚気話に入りそうだった文を、はたては慌てて止める。
「じゃあ今答えたことを書き出しなさい」
「わかりました」
『 昨日の昼過ぎ、紅魔館近くの湖で、
氷の妖精チルノさんが凍らせる練習として蛙を凍らせて遊んでいました。
チルノさんは三回目で氷ごと蛙を割ってしまい悔しそうにしていました』
「少しマシになった……かしら?」
「私も調子が戻ってきたような気がします」
薄い胸をはる文。
「でもこれじゃまだまだね。インパクトに欠けるわ」
「ならどうしたら……」
「う~ん。大げさに書いてみたり、表現を変えてみたり」
「ほうほう」
「後、誰かにコメントをもらってくるのも良いかもね。
もしかしたら違う視点で見てくれるかもしれないし」
「なるほど」
はたての言葉に細かく相槌を打つ文。
聞き上手であることも新聞記者の条件である。
「私が言えるのはここまでよ。後は頑張りなさい」
「わかりました!! ありがとうございます。このお礼は必ず!!」
「期待しないで待ってるわ」
「さっそく取材に行ってきます!!」
道が見えたのか、元気よく飛んでいく文。
それをはたては適当に手を振りながら見送るのだった。
『 昨日、氷の専門家で知られるチルノ氏が、紅魔館近くの湖で、コールドスリープ実験を行いました。
チルノ氏はモルモットの蛙を三回凍らせ、内二回の蘇生に成功。
三回目の失敗についてチルノ氏は「もっと最強になる必要があるわね」と悔しさを滲ませていました。
この実験に対し、外の世界を知る大妖怪八雲紫氏は、
「コールドスリープは外の世界でも架空の技術として扱われているわ。
それを容易くやってのけるとは、妖精の持つ可能性に驚くばかりね」
とコメント。今後の進展に期待を寄せていました。
用語解説:コールドスリープ
体温を低温に保ち、老化を防止する技術。
なお、今回のチルノ氏の実験では、老化が防止されるかについては検証されていない』
「……どうしてこうなった」
次の日、朝一番に配達されてきた新聞を見て、はたてはそう呟くのだった。
「はっ??」
姫海棠はたては自分の耳を疑った。
ある初春の日、はたては同じ鴉天狗の射命丸文から呼ばれ、彼女の家を訪れた。
そして、用件を訪ねたはたてが聞いたのが先ほどの言葉である。
「なにがあったの?」
一気に真剣な顔つきになるはたて。辺りを憚るように小声で文に訪ねる。
同時に、頭の中で事件の可能性を考え、大天狗様に相談すべきか、などと考えていた。
大げさなようだが、新聞を書くことを生業とする鴉天狗にとって、
その書き方を忘れる、というのは尋常なことではない。
言うなれば、吸血鬼が血の吸い方を忘れるようなものである。
もっとも幻想郷には巧く血を吸えず服を汚す吸血鬼もいるが、それははたての知るところにない。
「いや~お恥ずかしい話なのですが……」
真剣なはたてとは対照的に、文は恥ずかしそうにおずおずと口を開いた。
「冬の間……チルノさんと遊びすぎまして……」
「はっ??」
はたては再び耳を疑った。
真剣な顔つきはどこにやら、目と口を大きく開け呆けている。
はたてもチルノのことは知っている。文の恋人である。
確かに冬という季節は、氷精が元気に飛び回る季節なのであろう。
しかし、だからといって、生業を忘れるほど遊ぶとは呆れるほかにない。
「つっ……つまりあんた……恋人と遊びすぎて頭がバカになったって訳!?」
はたては思った。
開いた口が塞がらない、とは正にこの事だ。
どこの世界に恋人と遊び耽って新聞の書き方を忘れる天狗がいるというのだ。
「あはは……返す言葉もありません」
文は相変わらず恥ずかしそうにしている。
だが、はたてはそれを見ながら、頭の片隅で全く別のことを考えていた。
すなわち、大急ぎで帰ってこの事を記事にすべきか否か。
はたても新聞記者を生業とする鴉天狗である。
誰よりも早くこの事実を知ったのなら、記事にしようと思うのは当然のこと。
だがもし記事にしたなら、笑い話では終わらない可能性もある。
実のところ、今の天狗社会は細かい粗捜しが横行し、殺伐とした空気が流れている。
そして普段から妖精が恋人ということで、文は周りから奇異な目で見られているのだ。
この件が知れ渡れば、尾びれ背びれがついて、公然と文が非難されることになりかねない。
「はぁ……」
はたては一つため息をついた。
彼女はそんな今の風潮を快く思っていない。
そしてなにより、頼ってきた相手をほったらかして家に帰れるほど、薄情な性格はしていない。
要するに、はたてが最初の一言を聞いた時点で、文の面倒を見ることは確定していたのだ。
「とにかく何か書いてみなさいよ」
「何か……と言われましても」
「昨日のことでも何でもいいから書きなさい」
「はい」
よもや鴉天狗に新聞の書き方を教える日がこようとは、夢にも思わなかったが、
教えると決まれば本気で教えようと、気持ちを切り替えるはたて。
『チルノさんが遊んでいました』
これだけ書いて、文の手が止まった。
はたては思った。
ひどい!! ひどすぎる!!
「すーはー、すーはー」
思わず思った事がそのまま口に出そうだったので、
慌てて深呼吸し、心を落ち着けるはたて。
「これ、いつの話よ?」
とりあえず基本的な事項から始めることにした。
「昨日の……昼過ぎです」
「どこで遊んでたの?」
「いつもの湖です」
「具体的に」
「紅魔館近くの湖です」
「誰が……はいいとして、何して遊んでたの?」
「蛙を凍らせてまして、可愛かったですねはい」
はたては、惚気るな馬鹿、と思ったがぐっと言葉を飲み込んだ。
話が横道に外れるのは、時間の浪費である。
「なんでその遊びにしたのよ?」
「凍らせる練習と言ってました」
「そのときの様子は?」
「チルノさんは蛙を凍らせては溶かして繰り返してたのですが、三回目で氷ごと蛙が割れてしまいまして……」
「げっ」
その様子を想像してしまい、気分が悪くなるはたて。
「そのときの悔しそうな顔をしたチルノさんがまた……」
「はいストップ!!」
また惚気話に入りそうだった文を、はたては慌てて止める。
「じゃあ今答えたことを書き出しなさい」
「わかりました」
『 昨日の昼過ぎ、紅魔館近くの湖で、
氷の妖精チルノさんが凍らせる練習として蛙を凍らせて遊んでいました。
チルノさんは三回目で氷ごと蛙を割ってしまい悔しそうにしていました』
「少しマシになった……かしら?」
「私も調子が戻ってきたような気がします」
薄い胸をはる文。
「でもこれじゃまだまだね。インパクトに欠けるわ」
「ならどうしたら……」
「う~ん。大げさに書いてみたり、表現を変えてみたり」
「ほうほう」
「後、誰かにコメントをもらってくるのも良いかもね。
もしかしたら違う視点で見てくれるかもしれないし」
「なるほど」
はたての言葉に細かく相槌を打つ文。
聞き上手であることも新聞記者の条件である。
「私が言えるのはここまでよ。後は頑張りなさい」
「わかりました!! ありがとうございます。このお礼は必ず!!」
「期待しないで待ってるわ」
「さっそく取材に行ってきます!!」
道が見えたのか、元気よく飛んでいく文。
それをはたては適当に手を振りながら見送るのだった。
『 昨日、氷の専門家で知られるチルノ氏が、紅魔館近くの湖で、コールドスリープ実験を行いました。
チルノ氏はモルモットの蛙を三回凍らせ、内二回の蘇生に成功。
三回目の失敗についてチルノ氏は「もっと最強になる必要があるわね」と悔しさを滲ませていました。
この実験に対し、外の世界を知る大妖怪八雲紫氏は、
「コールドスリープは外の世界でも架空の技術として扱われているわ。
それを容易くやってのけるとは、妖精の持つ可能性に驚くばかりね」
とコメント。今後の進展に期待を寄せていました。
用語解説:コールドスリープ
体温を低温に保ち、老化を防止する技術。
なお、今回のチルノ氏の実験では、老化が防止されるかについては検証されていない』
「……どうしてこうなった」
次の日、朝一番に配達されてきた新聞を見て、はたてはそう呟くのだった。
短い中でも、綺麗にストンと落としましたね。
おみごとでした。
この美化の仕方はやはり愛のなせる業か。
これは本人が語ったのか、それとも文が騙ったのか…
こういうの大好き
こうして事実はねつ造されていくのですね・・・