※この作品には独自解釈が含まれています。
それでも構わないという方のみお読みください。
人里で寺子屋を営む私、上白沢慧音は、今絡まれている。
それは常日頃から女を口説くことしか頭に無いような軟派な男でも、隙あらば人間を食らおうとするような野良妖怪でもなければ、顔を会わせるたびに熱心に勧誘してくる山の神社の連中でもない。
「だぁかぁらぁ~、やっぱりおかしいのよ。ウチの神社に参拝客が来ないってのは」
そう言いながら空になった杯に酒を注ぎ足し、それを一息に飲み干しては延々と愚痴をこぼしているこの巫女、博麗霊夢に、だ。
そもそも今回の宴会に参加したのは、久しく顔を会わせていなかった霊夢に誘われてのことだったのだが、こうも顔を真っ赤にした巫女に延々と絡まれていると応じたことを後悔したくなってくる。
あの時、寺子屋から子供たちを見送った後に通りがかった霊夢に、『慧音もせっかくだから来なさいよ』と言われて参加したこの宴会。
開催理由は何だったか忘れたのだが、そもそも理由が無くても宴会をするような面子がそろっているので、もしかしたら本当に宴会したいからという理由で開かれたのかもしれない。
それはいい。
それはいいのだが、どうしても見逃せないところがある。
「おかしいもなにも、こんな妖怪連中が集まるような神社にわざわざ来るような参拝客はいないだろう」
そう、それこそがどうしても見逃せないところだ。
月明かりに照らされた境内には前を向いても後ろを向いても右も左も妖怪妖怪妖怪。
たまに魔法使いや仙人や天人が見え隠れしているが、それでも人外の比率が多い。
「大体、何だこの状況は。以前顔を出したときよりも妖怪が増えているじゃないか」
「仕方ないでしょ。勝手に集まって来るんだから」
「そう言って仕方ないを仕方ないままにしているから、ここは里でも妖怪神社なんて呼ばれるんだろうが」
その指摘に霊夢は『うっ……』と言葉を詰まらせると、私から視線を逸らす。
説教を苦手とする彼女らしいといえばそうなのだが、今は酔いも回っていたせいか、なぜかいつもならばそこで切り上げている会話を、いや、説教を続けてしまった。
「それに人里にほとんど出向かないのも問題だな。妖怪退治を頼もうにも、本人がめったに里に来ないのでは頼むことも難しい」
「そ、それでも頼まれることはあるからいいじゃない」
「ああ、確かに頼まれることはあるな」
「でしょ……」
我が意を得たりとばかりに表情をほころばせるが、それをさえぎるように続ける。
「が、それも人里の者だけでは手に負えないような大事があったときだけだ。それ以外の時は無理に神社までは行かずに他の者に頼むか、そうでなければ我慢してしまっている」
その言葉に、再び言葉を詰まらせてしまったようだが、せっかくの機会だ。
前々から言いたかったことを全て言ってしまおう。
「私は別にそのことについて責める気は毛頭無いが、それでも聞いておきたいことがある」
「な、何よ」
「お前は普段何をやっているんだ?」
「何って、神社の掃除に妖怪退治、それに異変が起きれば異変の解決だけど?」
何を今更という顔で即答してくれたが、生憎と私が聞きたかったのはそういうことではないのだ。
「いや、そうではない。私が聞きたかったのはそれ以外の時、つまりは掃除も終わって退治されるべき妖怪も解決するべき異変も無いときには何をしているのかだ」
「何って、大体縁側でお茶を飲んでるわね」
これまた当然という顔で答えてくれたが、私としてはそれに対して大きなため息をつきたいのをこらえるのに必死だった。
「それでは参拝客が来ないのも当然だな。わざわざ危険を冒してまで妖怪の跋扈する神社に参拝に行くような酔狂な人間はいない」
「む~……」
「それでも参拝客に来てほしいというのなら、暇を見つけては人里に来てみる事だな。顔を見せるだけでも大分違うものになるはずだ」
それに、お前の無事も確認できるからな。
言葉に出しはしなかったが、私がこうまで口を出すのはこの為だ。
いくらこの幻想郷にとって博麗の巫女が重要な意味を持っているとはいえ、人間であることに違いは無い。
その立場上、妖怪に襲われることは無くとも、不意の病気や怪我や事故など、身の危険はいくらでもある。
実際、天狗たちの新聞で知った異変の中には、一歩間違えれば霊夢の命にかかわるようなものもあったのだから。
普段から顔を出していれば、何かがあった時にはすぐに様子を見に行くことができる。
そういう意味合いもあり薦めたのだが、なぜか巫女の表情は曇っていた。
「う~ん……でも、あんまり神社を離れるわけにも行かないのよね。特にここ最近は」
「なぜだ?暇なのだろう」
「言っても分かり辛いだろうから、明日の昼にでも来てみてよ。その理由が一目で分かるはずだから」
それだけ言うと、そこで話は終わりとばかりに顔を背けてしまった。
どういうことなのか問いただそうかとも思ったのだが、私にも霊夢にもそれぞれ他の知人が話しかけてきたこともあり、今日のところはそれで終わりとなってしまった。
ひとまず明日、言われた時間帯に神社へ行ってみようと思いながら。
△
翌日、言われたとおりの時間帯に神社に向かった。
里から神社までの道のりで小物の妖怪や妖精を何度か見かけたが、昨日霊夢に渡された符のおかげかこちらにちょっかいを出そうとする輩はおらず、特に問題も無く進めた。
まったく、こういう配慮をもっと大勢にすれば現状改善につながるというのに。
そう思いながら辿り着いた博麗神社は、なんというか、思ったよりも賑やかだった。
だがそれは、参拝客がいるというわけでは無い。
「霊夢、なんだこれは……」
「あ、慧音いらっしゃい。待っていたわよ」
「ああ、おじゃまするよ。じゃ、なくてだな。何なんだこの有り様は」
いいながら、頭を抱えたくなった。
「どうしたんだ、いきなり頭を抱えて」
いや、どうやらいつの間にか本当に頭を抱えていたらしい。
「ちょうどいい所に来た、魔理沙、ここはいつも『こう』なのか?」
「いいや?今日はいつもよりも客が多いみたいだ」
霊夢の隣から離しかけてきた黒白の魔法使いに適当に相槌を返すと、改めて神社の様子を眺めてみる。
山の上の神社の風祝がいるのはまだいい。
だが、日中だというのに鬼やら烏天狗やら吸血鬼までがいるというのは神社として色々と間違っていると思うのだがどうだろうか。
「ちなみに、慧音が来る前には青髪の仙人たちもいたぞ」
「霊夢さんに迫ったせいで、たたき出されましたけどね」
「これでも減ったのか」
魔理沙と山の上の、早苗だったか。
この二人の補足説明に、さらにどうしようも無い気分になる。
と、肩に重みを感じてそちらを見ると、そこには何かを悟ったような表情をした霊夢が片手を私の肩に置いており。
「ね?」
その言葉で全てが説明できている目の前の光景に、私はただ頷くことしかできなかった。
☆
あの後客間に通され、今は出されたお茶をすすっている。
他の連中は、ここにはいない。
魔理沙と早苗には席を外してもらったのだが、妖怪たち、特に烏天狗は私と霊夢の話を探ろうとし、実力行使で帰ってもらった。
別に聞かれても構わないような気もするのだが、よほど虫の居所が悪かったのだろう。
最もそれでおとなしく帰るとは霊夢も思っていないらしく、部屋の四方に符を貼って盗聴防止の結界を張っていたが。
だが、何にせよ。
「確かにあれではおちおち神社も空けていられないな」
「全くよ。下手に留守にしていたら何をされるか分かったもんじゃないわ」
不機嫌そうに茶を飲む霊夢に、何と言えばいいのか。
「おまけにこっちが長い間神社を空けているときに限って誰も来ないし、来てもほったらかしだしで嫌になるわ」
「そういうな。それに、魔理沙はともかく早苗は手を貸してくれたそうじゃないか」
「そりゃそうでしょうよ。あっちの分社を建てているんだから」
そういえば、境内にあったな。
「そんなに言うんなら、いつも来ている連中に頼むなりなんなりすればいいじゃないか。たとえばほら、仙人とかに」
我ながら悪くないと思える提案に、しかし霊夢は首を横に振り。
「だめよ。そんな一方的に借りを作るようなことは」
「意外だな。お前が貸し借りにこだわるなんて」
「当然でしょう。大結界の管理者が特定の集団に借りを作るわけにはいかないんだから」
「ん?だが、あの鬼にはかなり世話になっているようだが……」
「萃香はいいのよ。宴会やら何やらで貸しの方が多いんだから」
どうやらこの巫女の中ではそういうことになっているらしい。
「なら、どうするんだ。それではこの神社から出られるのは異変の時だけになってしまうぞ」
「それってつまり、今まで通りってことでしょ」
お茶をすすりながら言う霊夢の言葉は、なぜか私の意識に引っかかった。
○
その後もしばらく話をしたが、なぜか目の前の巫女は自分の留守を任せる相手を探すのに消極的だ。
いっそ、自分以外に留守を任せることを、他の者に頼ることを避けているとしか思えないほどに。
「しかしだな、いくらお前が強くても、お前は一人しかいないんだぞ。それにほら、あの森の道具屋だって特に借りも無いのによく足を運んでいるそうじゃないか」
「霖之助さんも別よ。あの人はあのお店以外をどうこうしようとはしないから」
「すると何だ、異変にかかわっていない、もしくはこれからもかかわりそうにない者にしか神社を預けるつもりは無いということか」
「つもりも何も、そう教わったからよ」
「教わったって、先代からか?」
「他に誰がいるのよ」
「いや、しかしそれにしたって……」
そこまで言いかけて、そして今までの会話の内容を合わせて、ようやく私は気づいた。
この巫女は、博麗霊夢という少女は、誰にも頼らないのではなく、頼り方を知らないのではないのかと。
そうだ、少し考えれば当たり前の事だったでは無いか。
いくら今代の博麗の巫女が稀代の天才だとは言え、まだ二十年も生きていない少女だ。
ましてや人里はなれた神社で一人暮らしを始めた歳を考えれば、誰かに何かを教わっていた年齢は更に短くなる。
その教わっていた内容も、おそらく大結界の管理や妖怪退治の方法、日常生活の仕方が先に来て、神社の運営方法などは必要最小限しか教えられていない、いや、そもそも教わる前に先代が去ってしまった可能性さえある。
ましてや、この幻想郷に他の宗教組織ができた場合の対処法など教える以前に想定さえされていないだろう。
それでも、今までならば何も問題は無かった。
どれだけ言葉を取り繕おうと、幻想郷は妖怪たちの郷。
そこで生きる人間たちは、どんな形であれ博麗の庇護を受けずにはいられなかった。
が、スペルカードルールが普及した現在は違う。
人と妖怪の距離が縮まり、神社にいたっては妖怪たちの宴会会場と化している。
その宴会に人間も参加しているとはいえ、それはあくまでも一握りの力あるものだけ。
それも、分類するのならば博麗神社の競合相手ばかりが来ている。
更に言うのならば、その競合相手はすべて複数名で構成されている組織が大半を占めている。いや、あの黒白の魔法使い以外は、全て何処かの組織に所属しているのだ。
極端な話、霊夢には寄ってくる者はいても、味方がいない。
先代の頃ならばいざ知らず、今の神社には霊夢以外の関係者がいないのだ。
八雲の賢者はどちらかというと幻想郷全体の味方ではあっても、霊夢の味方では無い。
もしそうであるのならば、ここまで放置しているはずがないのだから。
それでも今までは何も問題は無かった。
放っておいても何とかなってしまうほどの才能を、霊夢は持っていたのだから。
だが、ここに来て明らかに限界が来ている。
どれほどの才能を持っていたとしても、霊夢はあくまで個人でしかないのだから。
「……ね。慧音。聞いているの」
思考に没頭していた私の意識が、霊夢の声で引き戻されたのはその時だった。
「あ、ああ、すまん、ちょっと考え事をしていたのでな」
「話の最中にいきなりポケーっとしちゃうから、どうかしたのかと思ったわよ」
「いや、お前の話をまとめるのに集中してしまったものでな」
「へぇ、で?集中してまとめるとどうなったのかしら」
この巫女にしては珍しく、こちらを量るような視線を向けてくる。
それに対して、こちらは意識して平坦な口調で返した。
「まとめると、現状維持という結論にしかならん」
「やっぱりね。私も言っててそうとしか思えなかったもの」
「せっかく結界まで張ったというのに、あまり実になるような話にはならなかったな」
「そうそう簡単に実ができたら、秋の神様は商売上がったりでしょうね」
「違いないな」
ひとしきり苦笑を交わすと、ふと気になったことを尋ねてみる。
「そういえば、何でわざわざ結界なんて張ったんだ?別段聞かれて困るような話をするわけでもないのに」
「ん~、なんて言うか、一度慧音とは邪魔の入らないところで話してみたかったからかな」
その返答はさすがに予想外だったので、少し驚いた。
「ほら、慧音って里だと寺子屋の先生をやっているって話じゃない。魔理沙や早苗からイメージだけは想像できていたんだけど、私って今まで先生って呼べる様な人とは付き合いがなかったから」
「ちなみに、そのイメージとはどういったものなんだ?」
「普段は怖いんだけど、悩みがあったときに相談に乗ってくれる人」
その言葉に耐え切れず、思わず大笑いしてしまった。
「なっ、何よいきなり失礼ねっ!!」
「っくくくく、いや、重ね重ねすまん。あまりにも私の中の博麗霊夢に対するイメージとかけ離れた答えが返ってきたもので、つい、な」
「わかってるわよ、自分でもらしくないって。いいじゃない、たまにはこんなことをしたくなる事だってあるんだから」
そう言って顔を真っ赤にする霊夢を見て、私はあることを決意した。
□
更に翌日。
あの後神社を辞した私は、寺子屋終了後に再び神社へ向かう石段を登っている。
今回は霊夢と会う約束はしておらず、ただの参拝客として。
そして、生徒から相談を受けた先生として。
考えてみれば、単純な話だった。
霊夢が来れないのならば、私から行けばいい。
せっかくこの手には妖怪除けの符があるのだから、それを活用しない手は無いのだから。
前回行った時には何でもっと里の人に渡さないのかと思ったのだが、思っただけでそれを霊夢に聞いてはいなかった。
何か理由があってしないのか、それとも里の人に符をただで配るのが嫌なのか。
もしも後者なら、その手間で参拝客が増える可能性を捨てるのかとも話し合ってみたい。
私は里の守護者でもあるが、同時に教師だ。
分からないことがある子供がいるのなら、分かるまで力になってやりたい。
少なくとも、一人で考えているよりはましだ。
里という組織に所属しているからと断られるかもしれないが、そのときはそのとき。
何か別の方法を考えればいいだけだ。
今までの私らしくないことをしていると言われればそうなのだろう。
だが、私もらしくないことをしてみたくなる時もあり、それは今だ。
幻想郷屈指の問題児の住処まで、あと少し。
私の顔を見た霊夢の表情を想像すると、自然と笑みが零れた。
了
霊夢が生徒で慧音が先生になった場合、どんな授業になるのか気になるところです
それが気に掛けていた生徒ならなおさら。
霊夢にとっても別に解決にならなくても誰かに本音をきいてもらえただけでスッキリしたと思います。
別に違和感とかは全然感じなかったです。むしろこんな感じなんじゃないかな。
ただ、ここで終わらせちゃうの?と感じた為にこの点数で。
余韻を味わうよりも、やっぱりこの先が見たかった。