Coolier - 新生・東方創想話

九天蒼路

2012/06/01 10:49:00
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 真夏の炎熱日下、熱中のあまり暑さをも忘れたチルノは、友人の大妖精を無理矢理に引き連れ、蟲と氷の不気味なオブジェを、人里の人家、全ての家中に放り込まんことを決意した。
 馬鹿と愚直は同義である。
 その、純真素朴さが、あるいは一念発起となって、いちやく、歴史の表舞台に躍り出ることもある。このチルノの馬鹿者ぶりは、妖精の中でも際立っておるから、そんな期待を持ちたくなるくらいのものだ。

 さて、そんなチルノの試みは、志半ばで頓挫した。
 人里の賢人、上白沢慧音に見つかったのである。
 チルノは、彼女の姿を見るや否や、脱兎の如く駆け出して、難を逃れ得ること、十中八九間違いなかったのであるが、大妖精が敵の手に落ちると見ると、これを捨て置いて、一人助かり、薄情者のそしりを受けるを潔しとはせず、引き下がって威風堂々、上白沢慧音に正面から向かい合い、少しも悪びれたところはないのであった。


「ち、チルノちゃん。ごめんね。私が捕まっちゃったから、チルノちゃんまで……」
「はぁ、全く。お前たちはまたくだらないことをして……」
「フン、またお説教? 最強のアタイにお説教なんて、先生、エラクなったものね。勘違いしないでね。先生がアタイを捕まえたわけじゃないのよ。ただ、私が、卑怯者ではありたくなかっただけなんだから」
「ふ~む。またお前は、変に利巧な言葉を覚えてくるものだな。全く、大した奴だ」
「へへへ、褒めても、何も出ないからね」

 そう答えるチルノを見て、上白沢慧音は、さて、今日はどんな説教をしてやろうかと考えました。しかしふと、このヤンチャ者をたしなめるには、むしろ押すよりも引くくらいのほうが良いのではないか。そうして、体勢を崩してやってから、うっちゃるのが効果的なのではないかと、思ったのであります。
 すると、不思議に妙案が湧いて来るもので、後は自然の勢いを借りて、語りかけるだけなのであります。

「……おい、チルノ」
「なぁに、先生?」
「お前、最強、最強と言うからには、学問の一つもできるのだろうな」
「アハハ。先生、案外おバカさんね。アタイは最強だから、お勉強なんて必要ないんだもん」
「ほぉ、それは凄いな」
「そうでしょう?」
「なら、そんな最強なお前は、どんな人をも、どれだけの人をも、幸福にすることができるのだろうな」
「え? ん~……うん」
「なんだ、妙に頼りない返事じゃないか」
「そ、そんなことないよ!」
「それじゃ、今まで、何でも良い。誰かを幸せにしてやったことくらい、あるだろう。ちょっと、先生に語って聞かせてくれ」
「えっと、それは、その……」
「なんだ、なんだ。どうした、妙に、謙虚になってしまったぞ?」
「ううう……」
「ハッハッハ。最強とは、その程度か。最強のくせに、弱者を助ける術の一つも心得ないとはな。それで最強を名乗れる道理なら、先生は大最強だな」
「むむむむ……」
「なぁ、チルノ。よくお聞きなさい。お前は優れた力を持っている。だが、その力に理性がなければ、それはヤクザの暴力だよ。もし今日、こんな暑い日に、お前が皆のために、氷を作って配ってくれれば、どれだけ助かるか知れない。その道理は、分かるだろう。なのに、何故お前は、それをしてくれないのだ?」

 この先生の問い掛けに、チルノはだんまり、俯いたまま、反論のことばもありませんでした。

「よいか、チルノ。その人の天稟にしたがい、進むべき道を明らめ、その道を行くのに必要な資質を獲得し、その道の妨げとなる悪癖を抑え、以て天下一の大丈夫と化す。これを仁と言うのだ。その仁を得るためには、弛まず学問を志さねばならないのだ。そうして、学ぶことを止めず、常に精進し、その力を人のために用いることに専心するならば、その人の精神は、永遠不滅のものとなって、人々の心の中に生き続けるのだよ。こんな壮大なことが、他にあるだろうか……」

 そこまで言うと、先生、

(いけない、これは私の悪い癖だ。難しいことを言ってしまった)

 と反省し、チルノに分かったかどうかを、確かめてみました。

「なぁ、チルノ。先生の言っていることが、分かるかい?」
「う、うん。なんか、分かる気が……する……」

 先生はきっと、チルノが分かっていないと思いましたから、ちょっと言葉を工夫しました。

「よいか。簡単なことだよ、チルノ。つまり、仁は無敵だということなんだ!!」
「じ、ジンはムテキ……!?」
「うむ。仁は無敵なり、だ」

 こう先生に言われますと、何故かチルノの頭の中で、「仁は無敵なり」という言葉が、三度、鳴り響いたのであります。
 すると、何だかチルノは、この先生からもっと、いろいろなことを聞いてみたい気が致します。そうして、人様のために役立つことができて、感謝されるなら、どんなに気持ちよいことだろうかと思うのでありました。
 そんな、呆然とした頭で、漠然と正義に心打たれた幼い人の見上げる顔は、誠に輝いておりましたから、先生のほうでも、この子に尊い教えを授けて、立派な人物にしてあげることが、自分の大切な運命なのだと、感じるのであります。

「なぁ、チルノ。お前は、何を好むのだ」
「アタイは……う~ん、わかんない」

 急にそんなことを言われると、簡単に出てきそうなものが、案外喉の奥につっかえて、出てこないものであります。

(お菓子も好きだし、悪戯も好きだし、体を動かすのも好きだけど、本当にアタイが好きなものって、なんだろう……)

 そう、思い悩み、困っているチルノに、慧音先生は問いかけます。

「なぁ、チルノ。お前は強くなりたいかい?」
「うん……ウン。アタイ、強くなりたい」
「ならば、お前に良い教えがある。それを先生と一緒に、勉強しないか? もちろん、お友達も一緒にだ」

 そう、先生のお言葉を聞くや否や、チルノは飛びつくように、

「ウン!! 教えて」

 とお願いしました。
 このチルノの、元気いっぱいな、二つ返事の快諾に、先生は気分が良くって仕方ありません。

「ウン、ウン。チルノ、チルノや。お前は大変気持ちの良い、かわいい子供だね。わかったよ。先生が、知っている限りのことは、何でもお前に教えてあげるよ」
「うん。先生、お願いします」

 そうして、恭しく頭を下げるチルノは、全く幼く尊い人です。

「よしよし。それでは、良い子だから、これからお前が勉強する、書物の名前を忘れてはいけないよ。いいかい、しっかりと、漢字で覚えて、書けるようになるんだよ」

 そうして、先生がその細く長い人差し指で、白く乾いた土の上に、書かれた文字は「孫子の兵法書」と「論語」でありました。
 その、土に書かれた文字の一つ一つを、チルノはいつまでも忘れなかったのであります。
それから九年後。
王道の政を天下に明らめ、王化の徳を以て数多の人間・妖怪・妖精を感化し、理想の政治を実現するチルノと大妖精の姿があったという……。
直江正義
[email protected]
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コメント



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1.30名前が無い程度の能力削除
プロローグだ、これ。
8.100名前が無い程度の能力削除
正義! 正義! 
正義!
9.80名前が無い程度の能力削除
えっ
なにこの…一発ネタとわかっていながらとっても続きが読みたい感
昔話のような語り口に思わず聞き入ってしまった。
慧音もいいし、チルノもいい。