「そっか、自転車が無いんだ」
人里のメインストリート、似たり寄ったりの切妻造の商店が立ち並ぶ一角に存在する大福と団子が評判の甘味処「白玉茶房」。
台風一過とでも言うべき抜けるような青空の午後に、仙人やら幽霊やら亡霊やらと共にみたらし団子に舌鼓を打ちながら通りを眺めていた私はそう小さな呟きを口にしたのでした。
「自転車、ですか?東風谷さん」
「ええ、自転車です。神子さんは人の考えが分かるのですから、もう御存知なのでは?」
「別に私は心が読めるわけではありませんよ。貴女達の十の欲望の声を聞き取って、そこから未来の行動を把握しているだけですので」
「うーん、覚り妖怪とはちょっと違うんですね。要するに現在進行型のシミュレータかな」
間欠泉地下センターの建造許可を貰う為に訪れた地霊殿の主、さとりさんのサードアイが脳裏に思い浮かびあがります。
なるほど、今と過去を読み取るさとりさんとはちょっと違いますね。
確かに未来を予測し、人を導く事が出来る能力は為政者に向いているのかも。
未来が分かれば覚悟する事が出来るとは、どっかのカリスマ溢れる吸血鬼も言っていた事ですし。
「おぬし、太子様の叡慮を妖怪などと一緒くたに扱うなど失礼であるぞ」
「まぁ、確かにそんなに大差ないとも言えるんですが」
「太子様、フォローに回った我のことも少しは考えていただけると嬉しいなー、なんて…」
「布都、キモイからいじけるんなら端でいじけてくんない?」
「…あまり噛み合ってない人達ですね。もう少し集団として統率が取れていないと若干不安になります」
私の横、細い指で餡団子をつまんでいる”お目付け役”妖夢さんが呆れて溜息をついてる。うんその意見には激しく同意。
「私たち守矢神社の団結力は凄いですよ!」
「貴女達は寧ろ団結しないでください。紫様が幽々子様に延々と『また守矢が』って愚痴っているのを聞いてると少し可哀相になるので」
ちょっと困ったような、しかし苦笑をこらえている様にも見える表情で妖夢さんが湯飲みを傾けます。
ですがこれは実に失礼な話と言わざるをえないでしょう。私達はそんなに事件を起こしてなんか…いない…はず。
「しかしまぁ、改めて見ると奇妙な面子であるな」
「主にあんたのせいだけど」
「ぐっ、しっ、仕方が無いではないか屠自古。だれだって勘違いの一つや二つするものであろう!」
「本当、一つや二つで済めばいいのにね」
屠自古さんの揶揄するような呟きに布都さんは憤慨しつつも萎縮すると言う離れ業をやってのけています。変な所で器用だなぁ、どうやってるんだろ?
でもまぁ、私を除けば変な面子というのにはまたしても同意。
でも、神霊廟のメンバーに”お目付け役”として妖夢さんが同行しているのは布都さんの暴走が発端であるわけで。
えー、どういうことか一言で説明しますと、布都さんは初めて人里を訪れた際、妖怪が里の中を平然とうろついてるのを見にした瞬間に
「これは危険、退治せねば!」と息巻いて喧嘩を吹っかけたのでありました。
…相変わらず脊髄反射というかなんと言うか、感ずるがままに生きてますね。そうであろう?
とまぁ当然人里を訪れる妖怪は人里で暴れてはいけない事など十分に理解しているし、妖怪専門の店すら存在するこのご時世。
相手の妖怪が「バカジャネーノ」と受け流してくれればよかったのですが、
その妖怪さんもまた短気なお方で、いきなり退治されかけた事に相当に腹を立てちゃったわけで、そのまま会戦ですよ、ええ。
蹴るわ殴るわレーザーや雷が大気を裂くわで、さぁこれ以上は里がヤバイ、といったところでぎりぎり慧音さんの歴史喰いが間に合い
なんとか「無かった事」に出来た、というのがついこの間の話。
ちなみにその戦闘を止める為に駆けつけた私が大いに、おまけで霊夢さんがちょっとだけ活躍したのでした。えへん。
で、その結果、二回目の来訪である今日は念のため”お目付け役”として妖夢さんが派遣される事になったらしいのです。
本来こういった役目を買って出なければいけないであろう霊夢さんときたら「めんどくさい」の一言で斬って捨てちゃったとの事で、
ほんと興味のない事と危険をもたらさないであろう事に関しては最初から匙を掴む気すらない人だなぁ。
その代打として妖夢さんが選ばれたのは、恐らくその真面目さを誰もが認める人間、という事なんでしょうね。
ちなみに私に関しては今日はたまたま人里で鉢合わせしただけで、単なる通りすがりの里人Aポジション。
「ようこそ、ここは人間の里です」なんて口にするだけじゃ馬鹿みたいだから同行して案内役を務めているというわけです。
さておき、一通り人里を巡り終えた私達は現在休憩の真っ最中。
どうせなら飛鳥時代の住人である神霊廟の面々が予想も付かない甘味で驚かせてやろうと思っていたんですが、
目当てであった洋風デザートが評判のパーラー「細雪」が満席であった為に次点としてこちら「白玉茶房」を選んだのでした、と。
…別に和菓子が洋菓子に劣るって言っているわけではないですよ?ただ、和菓子は冷たいデザートが少ないですからねぇ。
季節は既に夏真っ盛り!家庭に冷凍庫の殆ど存在しない幻想郷ではやはり、氷菓を出せる店ってのは強みだと思うんですよ。…メニューがみんな高価なのが難点ですが。
「自転車ね。確かに無いわねぇ」
「あれ、霍さんは御存知なんですか?」
「ん?まあ、私は神子様みたいに延々と眠っていた訳じゃないしね。こっち来てからも時々外出してるし」
「あまり壁抜けが得意だからとて、そうそう結界を突き破ってもらってはまた紫様の愚痴が…」
「はいはい分かってるわよ。これからはちゃんと許可は取りますって」
呆れたように青娥さんを見つめる妖夢さんに対し、迂闊な事を口にしてしまったとばかりに青娥さんは顔をしかめながら団子にかじり付きます。
「妖夢さんは自転車を御存知なんですか?」
「一度、香霖堂の店主に売りつけられそうになりました。ダイエットにも効果的とか言ってたのでしばき倒しましたが」
「…あの人本当に立てたフラグをへし折るのが得意ですね」
「フラグ?」
「いえ、こっちの話です」
なんでもない、と妖夢さんに慌てて笑顔を返します。
あの店主は顔も良いし、性格も温厚なのに多分一生彼女はできないんだろうなぁ。
でもこれも多分ですが、あの人は道具に囲まれている時のほうが少女に囲まれているより幸せなんでしょうね、勿体無い。
「で、その自転車っていうのがなんなのよ?」
「あ、いえ、深い意味があるわけではなくて、ふと思っただけだったんですけど」
不思議そうに問いかけてくる屠自古さんに私はなんでもないとばかりに首を横に振ります。
…そう、ちょっと気になっていただけ。
幻想郷には外の世界に存在したもっともポピュラーなエネルギーが存在しません。すなわち、電気、ガス、液体燃料の三つ。
もっとも、菜種油などを燃料にした行燈や流れ着いたマンガン乾電池、ごく一部の裕福層の館にしか配備されていないけど小型発電機やガス灯も存在する為、
厳密に言えばそのどれもが何らかの形では存在するのですが、それらを動力として動く機械が殆ど存在しないのはやっぱり厳然たる事実。
それらの恩恵に与れない事を早々に受け入れざるを得なかった私は、それ故に街灯や自動車が存在しない事はごく自然と納得できたのですが
それを受け入れた後も人里における大通りの光景に、私は若干の違和感を感じ続けてきたのでした。
どうやらその違和感の原因が、人力で動く単純にして便利な乗り物である、自転車の有無であるらしいと唐突に気がついただけの話。
…だったんですが、一度気がつくと無性に気になって仕方がなくなってきちゃうんですよね。
「結界が閉じたのって明治時代でしたっけ?その頃って自転車はなかったのかなぁ」
一巡りを済ませた里中の風景を思い出しながら誰ともなしに問いかけます。
現在の幻想郷における人里は妖怪の山から流出した技術、及び外の世界から流れ着いた物を流用してある程度水準が上がっているとはいえ、残念な事に根本的な技術は明治時代から進歩していないようです。
民家からして9割方は木造土蔵であり、ごく一部に煉瓦造りの異国風な建築は存在するものの、やはりそれも明治時代の域を超えるようなものじゃないし。
だから明治時代に存在しなかったものは、たとえ何らかの手段で手に入ったとしても保守管理が出来ないものから順にただのゴミと化していき、決して根付く事はないのでした。
だからそれらの整備点検が出来るのは、電気が引かれていて河童とも縁がある我が守矢神社だけ!
いずれはこの利点を上手く利用して、信仰を集めていこうと考えているのですが!
「うーん、私は長らく冥界に引っ込んでいたのでそんな物が里に流入していたかは…と、いいところにいい人が」
「ほんとだ、おーい!慧音せんせーい!」
「うん?早苗と…貴女達か。妖夢殿が付いているから問題ないとは思うが、この前のような事は御免被るよ」
「御心配には及びません。私達は心優しき正義の子ですので」
「その正義の内容を問うているのだけどね…っと、ご馳走様。で、なにか用かな?」
神子さんに苦笑を投げかけた後、布都さんが差し出した皿から胡麻団子を一本手にとってかじりつき、
表情だけでその味を褒め称えた慧音さんは声をかけた私に対して軽く首を傾げてみせます。
…布都さん、慧音さんには贔屓しますね。ハクタクは徳の高い為政者の前に現れるって言うし、そのせいかな?
「慧音さんは自転車って御存知ですか?」
「自転車か、懐かしいな…というわけで無論知っているぞ。昔はほんの僅かながら里にも存在していたけど、特に発展する事も無く姿を消してしまったが…その自転車がどうかしたのか?」
「いえ、動力を使わない乗り物だから幻想郷にもあるんじゃないかなーと思ったんですけど…無いんですね。やっぱり外でまだポピュラーなのが原因かなぁ」
「うむ、…いや待てよ?寺子屋の倉庫に埃をかぶった物が一台あったような…見てみるかい?」
「む、明治時代の自転車ですか、興味ありますね…皆さんはどうしますか?」
先ほどまで共に里を回っていたTeam神霊廟の顔を見回すと、神子さんまで来た時点で彼女が首を横に振りました。
「いえ、私たちはここで。貴女の自転車を楽しみにしていますよ」
「相変わらず意味不明な会話ご苦労様です神子さん。じゃあ慧音さん、寺子屋へ参りましょうか。あ、私の分のお会計、案内料という事で皆さんお願いします」
「…お前もだいぶこなれてきたと言うか、はっちゃけてきたね。人間らしからぬ人間なんて二人で十分なんだが」
赤と黒と白の二人組をついぞ思い出してしまったのでしょう、慧音さんは深々と溜息をついています。酷いですね。
私は常識を深く理解した常識に囚われない新世代の風祝でありまして、古風な巫女や魔女と一緒にしてもらっちゃー困るのですが!
…って言うか、慧音さんだって只食いじゃないですか。
◆ ◆ ◆
「で、これが自転車だ」
「これがですか!?」
倉庫に掛かった南京錠を解錠して木造の引き戸をどっこらしょと開き、手前の荷物をどかしていった後に
ようやく目の前に現れた埃まみれのシンデレラを凝視した私は思わず聞き返してしまいます。
鉄パイプ、というよりも鉄板を組み合わせたようなフレーム、木製のホイールに鉄のタイヤ(と言って良いのでしょうか?)。
そしてなによりチェーンが存在せず前輪に直結したペダルという構成はまるで…
「…まるで三輪車のようですね」
「お前は何を言っているんだ?どう見ても二輪車じゃないか」
慧音さんは意味が分からないとばかりに当惑したような表情を浮かべています。いや車輪の数ではなく推進構造について言及したんですけど。
「まぁ、とは言え早苗の期待していたものとは大幅に異なるようだな」
「ええ。これはちょっと予想外でした…そっか、石油を産出してないんだもん、タイヤがゴム製じゃないのは当たり前だよね」
うん、と一人首肯した後、埃を払って前輪を浮かせ、そっとペダルを手で回してみます。かろうじて車輪は回転を始めましたがその動きはギシギシとぎこちなく、
私が跨ってペダルに足をかけようものなら木製のスポークはべきりと折れてしまいそうです。
…別に私が重いって意味じゃないので誤解しないように。
「試乗するのは無理そうだな」
「そうですね。ちょっと乗ってみたい気もしますけど、これはこれで壊してしまうのは勿体無いですし」
「どうする?私にはこれ以上の物は提供できないが…そうだな、どうしても手に入れたいならば結界が薄くて人が寄り付かない博麗神社や無縁塚辺りに落ちてるかもしれないし、盟友を自称する河童に作成を依頼するのも良かろう。同じ山の住人同士、仲は悪くないのだろう?」
「博麗神社か、無縁塚か…」
肘を組んでちょっと唸っちゃいます。実は私、あまり外の道具を漁って歩くのが好きではないのです。
落ちている物を拾って己が活用する、といった考えがどことなく卑しいもののように思えてしまうから。
無論それらは失って困る人達がいないから幻想郷に流れ着いたわけで、偏見である事は自覚していますよ?
だからと言って「拾った物は交番に届けなさい」といった感じに染み付いた一般道徳はそうそう簡単に消えるものでもないのです。
…でも、拾ったものは俺のもの、落とした奴が全面的に悪いって言う考え方よりかは、はるかに美しいですよね?
「とは言え、元となる物がなければ説明もし辛いか…よし、ありがとうございました慧音さん。ちょっと無縁塚へ行ってきます」
「そうか、気をつけてな。…惹かれるなよ?」
「御心配なく!」
若干心配そうな面持ちを浮かべた慧音さんに大丈夫、とばかりに自信たっぷりに返します。
これでも現人神、神様ですからね。とり付かれるほど柔じゃぁありませんて!
◆ ◆ ◆
「で、にとりさん。この自転車を修理して欲しいんですよ」
ここは玄武の沢の傍にある洞窟の一つ。東亜工房、第二十分室と札の掛かった入り口を潜ったその先で、軽い挨拶の後に
私はがしゃりと無縁塚で手に入れたママチャリを超妖怪弾頭ことにとりさんの前に降ろします。
割と損傷の少ないものを選んだのですが、それですらチェーンは錆び切れたのか無くなっているし、ブレーキも反応なし。
それでもにとりさんなら、にとりさんなら何とかしてくれる筈!
「外の乗り物かい?ん、ちょっと見てみようか」
雛さんと歓談中だったにとりさんは興味を引かれたのか自転車に目を移し、上から下、前から後ろと眺め始めました。
食いついてくれたのは嬉しいけど、うーん、雛さんの邪魔しちゃったかなぁ?
「これ担いでここまで飛んできたの?やるねぇ」
にとりさんの的確な突っ込みにちょっとたじろぎます。
う、改めてそう言われるとちょっと恥ずかしい光景だったかも。
「そ、それはともかく出来ますか?」
「形状からして人力車だね。…これじゃ走らないだろうに、っとこの前後二つの歯車を何かで接続するわけか。で、このケーブルを引くことでパッドが閉じて車輪の回転を止める、と。結構原始的だけど理に適ってるね。材質はハイテン鋼及びステンレス鋼がメイン、と。にしても重量が…ああ、そういう事」
「にとり、河城ワールドを引っ込めなさい。東風谷さんが呆れてるわよ?」
いきなり自分の世界に突入してしまったにとりさんを雛さんが呼び戻してくれました。
「ああ御免。で、修理だったっけ?やめておいたほうがいいんじゃないかな?」
「何でですか?」
「ほら、そこの腰掛け外して逆さにしてみ?」
言われたとおりシートを外して逆さにすると、中から赤茶けた水がバシャーと流れ落ちてきて、
水捌けのため若干の傾斜がつけられた工房内の床上を排水溝へと向かって流れてゆきます。
…ああこれは。
「中から錆びちゃってるんですね」
「そういうこと。ハイテン鋼は普通に錆びるからね、耐久性がかなり落ちていると思うよ。精々200hcm程度かな、乗り物としては基準値以下だと思う」
「hcm?聞いたことない単位ですね。なんですかそれ」
「うん?ヒナセンチメートル」
「ヒナセンチメートル!?」
なにそれ!?思わず上擦った声をあげてしまう私。
「そ、東亜工房非常勤品証担当、鍵山雛が近づいてどれだけ耐えられるかの度合い。雛」
「はいはい」
ぼうっと周囲に厄を集めた雛さんがママチャリに近づくと、確かに2m程度の辺りで突然ペダルがベキンとへし折れました。
なにこれ怖い。
「予想通りだったね。ま、見ての通りせん断応力とか、腐食性だけでなくて多面的に危険度を確認できるってわけ。お疲れ様、雛」
「どういたしまして」
何事もなかったかのように雛さんは柔らかな微笑を浮かべていますけど…
「どうしたの、表情が暗いわよ?もしかして自転車とやらを壊しちゃったから怒ってるの?でもあれはもともと耐久性が…」
「そうではなくて!雛さんは、それでいいんですか?」
「それでいいって、何が?」
何が?って!
「神様がそんな危険度チェックみたいな扱いで…悔しくないんですか?悲しくないんですか?」
「悔しいも悲しいも何も」
そう語る雛さんの表情は仏のように柔らかで。
「多少なりともにとりの役に立っているわけだし、それに何より」
「何より?」
「この壊れかけた自転車に乗ったかもしれない誰かが怪我するのを未然に防げた。それは素晴らしい事ではなくて?」
その雛さんの発言に思わず私は息を飲みました。
…ああ…なんと。
「ふ…」
「ふ?」
「ふつくしい………!」
ああ、ああ!目の前の妖怪のなんと神々しいことでしょう。この現人神様Eyeにはくすんだ色の背光が見える、見えるのです!
信じられません。この妖怪の山にこんな女神のような方が存在するなんて!ってああ最初から神でしたか。
「これが後光というものなんでしょうか…」
「いやこれ厄だから触らないようにね」
おっといけない、注意しなければ。だがしかし雛さんが纏えば、厄すらも金剛石も羨むほどに輝いて見えます。
なんて美しい人形。なんて美しい妖怪。なんて美しい鍵山雛!ブラヴォー!!!
「雛、お姉様と。そうお呼びしてもよいでしょうか?」
なんと恐れ多い、此処におわすは真に神と呼ぶに相応しいお方!
柔和に微笑むそのアルカイックスマイルはまさしく神の領域に足を踏み入れたものの証!!
「ええ、良くってよ。早苗さん」
厄を天に還した雛お姉様がそっと私に手を伸ばしてきます。私はその手をとってその手の甲に口付けを…
「おーい雛。そろそろ侵食異世界鍵山ワールドを引っ込めてくれないと話が進まないんだけど」
「無粋ね、にとり。そこは新たなマイリトルシスターに喝采するべきでしょう?」
にとりさんの声で、私はハッと己を取り戻しました。なんと、この私が呑まれていた?風祝にして現人神たる、この私が?
…いや、でもそれも当然かもしれないのです。
――心の拠り所として存在するのが神様だ――
胸の奥にチリリと痛む場所があります。
そう、目の前の雛お姉様は、妖怪でありながらまぎれもなく誰かのための神様だったのですから。
◆ ◆ ◆
「ふーん、じゃ、それで河童に自転車作成を依頼したんだ」
「ええ、にとりさんは別件で手が離せないらしいんですけど、代わりに暇してる方を御紹介いただきまして。チェーンが無くなっていたとはいえ、見本は置いてきましたから多分大丈夫でしょう」
「ま、河童なら自転車ぐらいは仕上げられそうだけど…あいつ等は飽きっぽいし、途中で投げ出すんじゃないかい?」
「大丈夫なんじゃない?寧ろ一人で仕上げられる範疇の工作のほうがあいつ等手を抜かないだろうし…おい神奈子、人の唐揚盗んな」
「小さい奴だね、そんなだからあんたはいつまで経ってもガキの姿なんだよ」
「信仰の為に姿形を固定しているから食っても何の実にもならない奴がなに言ってんのさ」
神奈子様、諏訪子様、唐揚一つくらいで喧嘩しないでください。
仕方ない。溜息をついて私の皿の上にあった唐揚を一つ諏訪子様のお皿の上に移すと、諏訪子様は嬉しそうにそれを口に運んでもきゅもきゅし始めます。うん、かわいい。
「おーありがとう早苗。早苗はどっかの蛇女郎と違って良い神様になれるよ」
「だれが蛇女郎だって?」
「あらーわたくし八坂様の事だなんて一言も口にしておりませんがー?」
ぎろり、と私の目の前で六つの目が火花を散らし始めます。
まずい。この辺で止めないと社務所に上から下から穴が開いちゃいますよこれは!
とはいえ、どっちかに加担してもいいことはないし…ここは戦場の空気に気がついていない作戦で!
「良い神様って、どんな神様なんでしょうか?」
「そりゃ、畏れによって信仰を集める神さ」「そりゃ、威厳によって信仰を集める神さ」
二柱はそう言うと、きっとお互いを見据えて再度睨み合います。
しまった、まったく場の空気が改善されていないじゃありませんか!
「あ、愛されることで信仰を集めるのは良い神ではないのでしょうか?」
「なに早苗、お前ビリケン様にでもなりたいわけ?」
「いえ諏訪子様、そう言う訳ではないんですけど…私は人間でもありますし、畏れられるのも威圧するのもどうかと」
「ま、いいけどね。要はさ、結果的に己を信仰する相手に平穏をくれてやれればいいんだよ。みんなの心の支え、それが神様だ」
「ふん、諏訪子にしちゃまともな事を言うじゃないか」
「…そうですか」
ああ、やっぱり、それが大前提なんだ。
でも、だったら。
――だったら、僅かに私達を信仰する人々を見捨てて幻想郷に来た私達は、決して良い神様にはなれないんじゃないでしょうか?――
そう口にしようとして私はすんでの所で言葉を飲み込みました。
それは絶対に口にしちゃいけなかったから。
神様が生きるには信仰が必要で、そして外ではそれは枯渇し始めていたから、それは仕方の無いこと。
…神奈子様と諏訪子様にとっては。
私にとっては?外で私を信仰する人なんて居なかった筈だけど、でも…
「ん、どったの?早苗、箸が進んでないけど。ダイエット?」
「ダイエットなんてやめときな。早苗は十分細いんだからさ、ほらちゃんと食べないとどっかの貧相な蟇蛙みたくなるよ?」
諏訪子様と神奈子様の声ではっ、と私は暗い思考から引っ張り上げられました。
見ると、二柱が労わるような表情で私の顔を覗き込んでいます。
「いえ、なんでもないんですよ。あ、それでですね、ちょっと立ち寄った香霖堂で自転車関係の雑誌を見せてもらったんですけど、自転車ってすごいいっぱい種類があるらしくって…」
健全な肉体は健全な精神によって構成される。あれ、逆だったかな?
いずれにせよ二柱に心配を掛けまいと前向きな話題を持ち出した私の思考は暗い思考を封印して自然と再び健全な道を歩み始め、
私達の会話はいずれ完成する自転車の予想等の取り留めのない内容に移行していったのでした。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「にとりさん、これはどういうことなんでしょうか」
「…見ての通り、としか言いようがないね」
数日後に送信元、にとりと記された蟲の知らせが神社に届いたため、ダッシュで玄武の沢を尋ねた私を待っていたのは、待望の自転車。
タイヤ、ホイール、フレーム、ブレーキ、ペダルと五体満足の完成車です。で、あるのですが…
「なんでMTBなんですか!」
フロント三段、リア九段の変速機にVブレーキ。サスペンションを備えたフロントフォークにオフロードタイヤ装備のその姿はまさしく山道を走破するに相応しい威厳をかもし出している…
じゃ、ないでしょうが!
「あー、製作者曰く、『こんなものでこの山道を走破出来るものか!』だってさ。30hcmを達成しているし、耐久性は折り紙つきなんだけど」
「言ってる事は非常に正しいんですが!私が欲しいのはママチャリなんですよ!」
「…んー、やっぱ、これじゃ駄目?」
「当たり前です!なんで要望通りの物を作ってくれないんですか!」
「ま、河童だからね…じゃ、今度は別の奴に頼んでみるよ。もうしばらく待ってくれるかい?」
「ええ、お願いしますよ?」
◆ ◆ ◆
「にとりさん、これはどういうことなんでしょうか」
「…見ての通り、としか言いようがないね」
数日後に送信元、にとりと記された蟲の知らせが神社に届いたため、ダッシュで玄武の沢を尋ねた私を待っていたのは、待望の自転車。
タイヤ、ホイール、フレーム、ブレーキ、ペダルと五体満足の完成車です。で、あるのですが…
「なんでロードバイクなんですか!」
フロント二段、リア十段の変速機にキャリパーブレーキ。ドロップハンドルに細身のタイヤを装備したその姿はまさしく高速をたたき出すに相応しい威厳をかもし出している…
じゃ、ないでしょうが!
「あー、製作者曰く、『こんなすっとろい乗り物があってたまるか!』だってさ。細いけど60hcmは達成しているし、巡行速度はかなりのもんだと思うけど」
「言ってる事は非常に正しいんですが!私が欲しいのはママチャリなんですよ!」
「…んー、やっぱ、これじゃ駄目?」
「当たり前です!なんで要望通りの物を作ってくれないんですか!」
「ま、河童だからね…じゃ、今度は別の奴に頼んでみるよ。もうしばらく待ってくれるかい?」
「ええ、次こそお願いしますよ?」
◆ ◆ ◆
「にとりさん、これはどういうことなんでしょうか」
「…見ての通り、としか言いようがないね」
数日後に送信元、にとりと記された蟲の知らせが神社に届いたため、ダッシュで玄武の沢を尋ねた私を待っていたのは、待望の自転車。
タイヤ、ホイール、フレーム、ブレーキ、ペダルと五体満足の完成車です。で、あるのですが…
「なんでクロスバイクなんですか!」
フロント三段、リア九段の変速機にカンチブレーキ。フラットバーハンドルに太めのタイヤ装備を装備したその姿はまさしく乗り手の負担を考えた安定性の高さをかもし出している…
じゃ、ないでしょうが!
「あー、製作者曰く、『前の二つはコンセプトが極端すぎる!』だってさ。45hcmを達成しているし、バランスは凄くいいんだけど」
「言ってる事は非常に正しいんですが!私が欲しいのはママチャリなんですよ!」
「…んー、やっぱ、これじゃ駄目?」
「当たり前です!なんで要望通りの物を作ってくれないんですか!」
「ま、河童だからね…じゃ、今度は別の奴、二人に頼んでみるよ。もうしばらく待ってくれるかい?」
「ええ、次こそ本当にお願いしますよ?」
◆ ◆ ◆
「もうよい。貴様らでは埒が明かぬ」
シクロクロスとBMXを目の当たりにして、私の怒りが怒髪天になった。
「うん、まあ怒っていいと思うけど、工房が崩れるからちょっと落ち着いてくれないかな。次は私が作るからさ」
「…いいでしょう、しかし今度は私が陣頭で指揮を執ります」
「つまり見張ってるって事だね。別にいいけど、ちょっと時間かかると思うよ?多分二週間くらい」
「え?何でですか?」
今までの自転車は全て数日で完成していたのに、何でだろう?
にとりさんの腕が他の河童に劣る?これまでの発明とかを見るにそんな事ないだろうけど、専門分野じゃないのかなぁ?
疑問符を頭上に浮かべていると、にとりさんが両手を広げて肩を竦めながら事情を説明してくれました。
「いやね、材料がないんだよ。鉄とかアルミとか、採掘が必要な材料は分配制でね、一人が一月に使える量は決まってるんだ」
「意外に公平なんですね。成果主義かと思ってました」
「そうじゃないと揉めるんだよ。で、次の配給が一週間後だから、作成はそれからかな?見本どおり18-8ステンレス鋼メインの強度重視、三段変速でいいよね?」
「えーと、材質とか良く分からないんですけど、それで。…って、金属材料があればすぐにでも取り掛かれるって事ですか?」
「うん。プラは大量に流れ着いたPETから再利用するシステムが出来上がってて在庫余剰気味だし、ゴムに関しても幽香さんに頼めばある程度入手できるしね。炭素繊維強化プラスチックなら最近需要が多くて量産体制に入っているから若干余裕があるけど、これはママチャリとやらの材料じゃないんでしょ?」
にとりさんの話を聞く限りでは金属以外は概ね在庫が有るようです。
なんだ、金属が足りないだけなら話が早い。そんな問題、一瞬で解決ですよ!
◆ ◆ ◆
「で、そんな事で私を呼びつけたわけ?」
顔を引きつらせながらトントンと苛立たしげにつま先で工房の床を叩く霊夢さん。
「お願いします霊夢さん。ほら、留守番したりとか、その間の神社の管理とかしてあげたじゃないですか。それにどうせ暇してたんでしょう?ちょっとだけでいいので協力をお願いします」
「…暇だった事は事実だからさ、協力してあげてもいいんだけど。危険はないのよね?悪巧みじゃないわよね?」
「大丈夫です!私達は心優しき科学の子ですから」
そんな皆して犯罪者予備軍を見るような目で私達を見なくても良いでしょうに。
…やっぱりこっそり核融合炉建設はやりすぎだったかなぁ?でもあれ神奈子様主導だったから反対は出来なかったし。
「まぁいいわ。じゃ、いくわよ」
ドゴン!
「18-8ステンレス鋼、次」
ドゴン!
「SCM430クロム・モリブデン鋼、次」
ガゴン!ガコン!
「7003及び6061アルミニウム合金、次」
ズドン!ズドン!
「6-4及び3-2.5チタニウム合金っと。金山彦命の言った通りに並べたけど、なんなのこれ?暗号みたいな名前のばっかりね」
「…なんか、最近の霊夢はチートじみてきてるね」
目の前に並んだインゴッドの山を眺めてにとりさんが感心したように溜息をついています。
うん、私なんか神奈子様と諏訪子様、おまけで赤口様くらいしか呼べないのに、ずるいなぁ。
でもそんな感情はおくびにも出さずに、私はしれっとした顔でずうずうしく訊ねるのです。
「あれ、予備のカーボンはどうしたんですか?」
「それは金属じゃないから作れないって。あと金山彦命からの伝言だけど『今回の依頼は早苗さんにしては一般的な材料すぎてマジつまんなかった。次回に期待する』だってさ」
「神様間における私のキャラって一体…」
金山彦命さんのなかではもはや東風谷早苗は色物キャラとして定着しつつあるようです。
これが他の神々にまで伝播しないように私は早急になんらかの手を打つ必要があるでしょう。
「まぁいいじゃん、望みの物は手に入ったんだから。でも神様なのに炭素繊維強化プラスチック作れないんだねぇ、私たち河童でも作れるのに」
「出来るわけないでしょ。神様ってのは出来る事出来ない事が割とはっきりしてるのよ」
「…そうですよね」
…そう、その通り。神様は出来ない事は出来ないんです。
「で?これで私はお役御免よね。もう帰ってもいい?」
「いいですけど…霊夢さんは自転車には興味ないんですか?」
「んなもん、完成品見てから考えるわよ。二、三時間で出来るもんでもないんでしょ?あんた達がそんなものをちまちま加工するのを見てたって楽しくないし」
「そうですか…では出来上がったらお声かけしますね」
「はいはい、じゃーね」
出口へすたすたと歩いていった霊夢さんはそのままふわりと浮き上がって、夏の空へと消えて行ってしまいました。
「霊夢さんって文系ですかね。それとも体育会系かな」
「いや、あれは天才系だよ」
違いない。
だって、私とは違いすぎるもの。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「なんとなくこうなるんじゃないかと思っていたけど、そろそろ帰ってこないかい?早苗」
霊夢さんに材料を用意していただいてからまだたったの2週間。だって言うのに我らが東亜工房を訪ねてきた神奈子様は
頬に手を当てて困ったような表情で呟いています。
なにを馬鹿な事を仰いますか、まだまだ帰るわけにはいきませんよ!
アルミフレームの溶接を現在進行形で実施中の私は、振り向く事無くその勧誘を拒絶します。
「すみません神奈子様、まだママチャリが完成していませんので」
「完成していないって…何台もそこに並んでいるじゃないか…主にママチャリ以外が」
うん、その通り。にとりさん達の工房にはいまや二十台以上の自転車が並んでいます。未完成のフレームのみも含めれば三十台以上に上るでしょう。
ですがまだまだ、まだまだ納得のいく物が完成していないのです…よし、接合完了!我ながら悪くない仕上がりですね。
と、奥の工作室の扉が開き、なにやらにとりさんがしたり顔で小さい円盤とブレーキ一式を手にこちらへと近づいてきました。
「チーフ、こんなの考えたんだけどどうだい?」
「まさか、それはディスクブレーキですか!」
そう問いかける私に、にとりさんはちっちっちと人差し指を振って返します。
「当たり。でもそれだけじゃないよ、ほらここを見てごらん?」
「こ、これはまさか!」
「そう、油圧だ!」
油圧!そう、それこそは油圧!油圧駆動こそが世界を制す。やっぱり機械といったら油圧でしょう?
機体の損傷と同時に噴出すオイル!むせるコックピット内。圧力低下、左腕停止。鳴り響くアラート!次々と撤退していく味方。
ここは俺に任せて先に行け!片腕が動かない中、右腕に搭載されたとっつきを構えて突撃する私。
ああ、なぜ非想天則は油圧で動いていないのか!!
「ユ・ア・ツ?」
「そう、ゆ・あ・つ!」
にとりさんが目で語ってきます。『油圧だろう?』
私もまた目で答えます。『油圧ですとも!』
「…」
「…」
機材を置いてハイタッチ!
「…ヒャー!!!!!」
「ひゃーーーー!!!!」
「…大丈夫かこいつら」
神奈子様油圧ですよ?何故そんな暗い表情をしているんですか!油圧にロマンを感じない理系なんていません!
神奈子様は先端技術とか好きだから理系だと思っていたのですが、もしかして隠れ文系だったのですか?そうなんですね?可哀相に!
っと、この幸せ溢れる空間にロードバイク担当のモブ河童Aが作りかけのカーボンフレームを抱えて悲観的な表情で近づいてきました。
「チーフ、やっぱり無理です!これ以上の軽量化は90hcmを割ってしまいます!」
「なにを馬鹿な!貴女それでも河童ですか?ギーク魂、ナード魂はどうしたんですか!?」
「で、ですが!」
「やれば出来る!我、聡明なり。我、優秀なり。我、天才なり!復唱!」
「やれば出来る!我、聡明なり。我、優秀なり。我、天才なり!ああ、チーフ!わたしが間違ってました!」
そう、為せば成る。為さねば成らぬ、何事も!
「よろしい、で、現状の問題点は?34~50tonカーボンの使用比率を変えることで対処できますかね?」
「えっと、それだけでは難しいと思います。これ以上の強度を達成するには高圧、高温での処理が必要ですが、そのような設備はこの工房には…」
そう、河童の世界も妖怪の山だけあって上下関係がしっかりしているらしいのです。無論発明家の集まりゆえ、すぐれたものを生み出せる者は
出世しやすく、そういう意味では天狗より柔軟…かと思いきや、材料面では平等なものの優れた設備を上の連中が独占している為、
ひっきょう若い河童は材料はともかく加工手段で大幅に制限されてしまうらしく。
にとりさんが核融合にいち早く目をつけたのはそういった背景があったようなのです…って!
「確かに、私達下っ端の工房ではそういった装置は借りられないね…待てよ、高温、高圧?」
そう、いるじゃないですか、高温、高圧を操る知り合いが!
「「地獄鴉だーーーーーーー!!」」
「やれやれ」
神奈子様が処置無しとばかりに首を振っています。って言うか手伝ってくれないなら帰ってください。仕事の邪魔です。
◆ ◆ ◆
「完・成!」
『完成!!!!!』
ついに私たちはやり遂げたのです!
奇跡の巫女は信用ならないと渋る地底の太陽神に平身低頭し、かつ雛お姉様による神の説得もあって協力を取り付けられたはいいものの、
高温高圧の意味をそのまんま解釈したお空さんが放つ6000℃の放熱によってカーボン繊維を型ごと蒸発させる事数度!
幾多の危機を乗り越えて私達はついに強度を維持したフレームの軽量化に成功したのでした!
「フフフ」
「フフフ」「フフフ」「フフフ」「フフフ」「フフフ」「フフフ」
思わず誰もが含み笑いを漏らしてしまいます。ですがそれも致し方ないでしょう。
「フロントフォークを含めてフレーム重量890g。完成車重量ぴったり6.8kg!」
『おおおおおお!!!!』
「MTBだって負けてはいませんよ!ホルストリンク式フルサスペンションフレームに油圧ディスクブレーキ、アンチボビング機構も搭載!」
『うおおおおお!!!!』
「他にもフルチタンハイドロフォーミングフレームやクロモリフレームなど選り取りみどり!私の愛車はぁ!!」
『凶ー暴おーぅでーっす!!!!』
「いーやっほーぉう!乾杯!」
『Yahooo!乾杯!!!!!』
「…とりあえずおめでとう、早苗さん」
「ありがとうございます!雛お姉様!」
チリン、と雛お姉様と笑顔でグラス(無論私はノンアルコールカクテル)を合わせます。そう、雛お姉様にも随分と手伝っていただきました。
カーボン素材は河童技術を以てしてもリサイクルが出来なかった為素材を無駄には出来ず(しちゃったんですけど)、
それゆえに型から危険度を予測するという離れ業をやってのけられたのも全て雛お姉様あればこそ!
つまりカーボンフレーム形成やハイドロフォーミング加工を無駄なくこなせたのは全て雛お姉様あればこそ!
…ああ、なんて素晴らしき神の力!
「どういたしまして、品質保証担当としてお役に立てて何よりよ。…ところでママチャリはどうしたのかしら?」
その雛お姉様の一言で、祝賀会ムードに湧いていた我らが東亜工房全体がびしりと凍りつきました。
「…忘れてました。これから作ります」
「本末転倒ね」
ええ、まったく。河童取りが河童になってしまいました。
ただ、これだけのものを作り上げてしまった以上、多分もうモブ河童の皆さんは今更ママチャリを作る気にはなれないでしょう。
となると、当初の予定通り私とにとりさんで仕上げるしかないですね。
「にとりさん、どうします?」
「とりあえず余ったステンレスで作ろうか…三段変速だと各パーツは一からだね」
「いえ、もういっそのこと今あるパーツの流用で完成させましょう。ハンドルやフレームの外見だけママチャリっぽければそれでいいってことで」
「…早苗がそれでいいならいいけど。ま、そのほうが結果的に生産コストが抑えられそうだしね」
となれば後はフレームとハンドル、チェーンカバーとスタンドだけ加工すればよし、と。
私の溶接技術及びフレーム形成技術も元一般人とは思えないほど向上しましたし、うん、短時間で出来そうですね。
「それはそれとして、この大量に完成した自転車、どうするのかしら?」
総数五十台近くを数える自転車の群れを見やった雛お姉様が口にした疑問はもっともです。
河童は陸上生活とはいえ水路、空路移動が基本だし、天狗にいたっては地に這い蹲った移動なんて見下していますから自転車なんて興味なし。
つまるところこれらは妖怪の山では全くの役に立たないわけでして。
そのくせして、もはや我々はこれらの自転車の量産体制すら整えつつあります。まさにオーバーキルならぬオーバーメイク。平たく言えば余剰生産。
ただまぁ、妖怪の山で不要であるならば、需要がありそうなところに持っていくだけ!
どれもが製作過程の試作品ではありますが、それらは全て乗り物としての最低ラインである100hcmを十分に超えているため実用としても申し分ありませんしね。
にとりさんと顔を合わせて頷きあい、たどり着く結論はたった一つ。
「人里へ卸しましょう」
「ま、それしかないね」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
文々。新聞
花果子念報 風の号外
★東亜工房バイクインプレッション開催通知
人里での移動をより速やかに、快適にしたいと思ったことはありませんか?
守矢神社監修の新世代型移動手段、自転車に乗って貴方も風の仲間入りをしましょう!
日時:第126季 葉月の十日
場所:人里 憩いの広場
スケジュール
10:00 開催
13:00 ヒーロー映画放映
17:00 終了
注意事項
・見えちゃったり破けちゃったり絡まって身の危険を感じたりしちゃっても良い方以外は
パンツルック推奨、最低でも袴で。着物は危険です、色々と。
あ、裾留めバンドは貸し出します。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
そして当日!
広場には私たちが用意した各モデル毎のブースのほかに、屋台や出店までが軒を並べていて、もはやちょっとしたお祭り状態。
え、自転車の売り上げですか?
…ええ、正直舐めてました。メディアミックスの力って奴を。
仮面ランドナー。
自転車販売促進と子供達の情操教育の為に、地底の方々中心で作成した自転車に跨るヒーローの映画なんですけどね。
あ、ちなみに地底の方々を採用したのは、人前に現れる事がまず無いからです。ヒーローが街中歩いてて子供達の夢を壊しちゃあいけませんからね!
半人半蟲姿に変身できるカール・デア・シュバルツことヤマメさんを主役としてヒロイン、キルシュブリューテは幽々子さん(この人もまず人里には顔を出しません)、
ラスボス、ケーニヒス・ベアヒェン・フォン・シュテルンは勇儀さん。
ライバルキャラ超人ツァラトゥストラは白蓮さん(彼女は終始変身[変装]姿で正体が明かされないので問題ありません)という面子が主な配役。
で、これが異様なほどにウケまして。
まぁ、BGMにメルランさんをメインに据えたプリズムリバーさん達を起用しているので、視聴者のテンションは最初からクライマックスなんですけど。
おまけにヒロインを除いてみんな肉弾馬鹿(失礼)ばかり選びましたからね!殺陣がもう熱い熱い!何せ撮影中に
「三歩、必っ殺ぁあああつ!」とか「ちょ、おま、勇儀!貴様殺る気だったろ!」とか、「いざ、南無三ぁぁぁーん!」とか聞こえてましたからねー。
そりゃ熱くもなりますよ、ほとんどガチバトルなんですもん。霊夢さん呼んで鬼縛陣敷いてもらってなかったら悪の勝利でしたよほんと…。
でもそんな中で一番輝いていたのは終始お姫様に徹した幽々子さんです。この人普段何考えてるか全く悟らせないだけあってお芝居の上手い事上手い事。
とにかくね、一つ一つの仕草がもうエロスの権化なんですよ。こう、下品な色欲じゃなくて香り立つ色気というかなんと言うか、もうヤバイ。
あれで最後に白無垢を着てくれればもう言う事なかったんですけどねぇ、断られちゃいまして。やっぱり亡霊に白勧めるのはまずかったかなぁ?
おっと、無論役者の熱演のみに頼っていたわけではありませんよ?それ以外にも一切手は抜いておりません。
脚本はパチュリーさんにお願いしてガチガチの勧善懲悪ながらも味のあるストーリー構成を、
鈴仙さんの能力で画面は擬似3D化、響子さんの能力で音声音響は擬似5.1サラウンド。
演出面でも、ヤマ場である仮面ランドナーことマウンテンバイクに跨ったヤマメさんが地霊殿のステンドグラスをぶち破って突入してくるシーンは、
藍さんと咲夜さんにお願いして落下する破片の軌道を計算、逐次時間停止で調整して光の反射まで全て支配下に置くという一切の妥協がない(人それを無駄な努力とも言いますが…)仕上がりです。
そしてエンディング。ルナサさんメインに切り替わったBGMの中、幽々子さんを後ろに乗せて夕日へと消えていくランドナー(旅行自転車)には総監督であるはずの私も思わず胸を打たれてしまいました。…多分、OP Vocalがみすちーさんだってのは皆気がついていたでしょうが、ED Vocalが宮古さんだって気がついた人はいないでしょうね。
その結果、午前中の売り上げは芳しくなかったのに放映終了10分後にはMTBとランドナーは完売。
それ以外にも結構な台数が売約済みになっていって私の心は有頂天です。
だって材料費ロハなんですよ!ひゃー!ありえなーい!
そんなこんなで若干仕事も減ってきた三時半ごろ、私は経理を藍さんに任せ、各ブースの様子を見にふらりと広場へ繰り出したのでした。
◆ ◆ ◆
「思ったよりも人が集まってるわね」
「幻想郷の連中はお祭り好きだからな。なのに人里でこういうイベントってあんまり無いし、飢えてたんじゃないのか?」
「まー、飢えるわよね。少なくともわたしは飢えてたわ」
おや、あちらにおわすは霊夢さんに魔理沙さん、っとおまけで天子さんか。
「おーい、お三方!」
「あ、早苗だ」
「毎度エンタテイメントの提供ご苦労様!感謝してるわ!」
「よう、結構繁盛してるようじゃないか」
「まぁ、おかげさまで。入り口で延々と入場人数を読み上げている宮古カウンターによりますと、里人の3/5が既に来訪した計算になります。戦果としては十分すぎるほどですね」
もっとも、同じ人が二、三度出入りしている場合も計上しているので何とも言えませんが、そこまで大きな差分はないでしょう。
ふーん、と屋台で購入した(んじゃなくて譲ってもらったんだろう)たい焼きをほおばりながら、霊夢さんは軽く周囲を見回します。
「お三方はどれか気に入ったものとかありました?」
「私はやっぱりマウンテンバイクだな、あのごつい奴。パワーを感じるぜ」
「私はあっちかしら、あの赤い奴」
「わたしはそれ、地に足ついてる感じがするわ」
クレープをかじりながら魔理沙さんが指差したのはやっぱりというかフルサスMTB、しかも一番高価な奴でMTBのフラッグシップ(非売品)。
霊夢さんが指差したのは紅白カラーのクロスバイク。バランスタイプな霊夢さんらしいけど、色で決めた可能性も大ですね。
かき氷によるアイスクリーム頭痛に顔をしかめている天子さんが選んだのは…見本で残してあるランドナー?天子さんって意外にミーハーなんですね、天人なのに。
「成る程。各種一台ずつは試乗用として売らずに残しておりますので、良かったら乗ってみてください。各ブースには美鈴さんやアリスさん、永琳さんに白蓮さんなど人当たりの良い方々に協力いただいてインストラクターを勤めてもらっているので、冷やかして回るのも乙なものかと。永琳さんの説明は一聴の価値ありですよ?何言ってるかよく分からないのに賢くなったような気になれますから」
「ま、気が向いたらね」
どうやら霊夢さんは自転車よりも屋台の食べ物のほうに興味があるようで。
…まぁ、霊夢さん達はいつでも空を飛べるから仕方が無い、か。
「ふん、随分と集まってるじゃないか。なにが面白くてこんなすっとろい乗り物に群がっているんだ?理解できん」
「それは致し方ありませんわ。お嬢様の速度では我々とは見る世界が違いますもの」
入れ替わりにやってきたのはレミリアさんと咲夜さんだ。
うん、まあ優雅に日傘を差した令嬢にはスポーツバイクは似合わないよね。
対する咲夜さんはいつものメイド姿ではなくて、黒いスラックスに白いブラウスと、何処となく執事風の服装で。
すらっとした人ってなにを着ても似合うんだなぁ。ずるいなぁ。
「いらっしゃいませ、レミリアさん、咲夜さん。何かお気に入りのものとかありました?」
「私は別に興味ないけど、あれ、一台購入してもよさそうね。さっきから美鈴楽しそうだし」
「私はあれね。乗っていて楽しそうだわ」
レミリアさんが指差したのはインストラクターとして先ほどから人並みはずれた曲芸を披露し、凄まじい集客力を誇っている美鈴さんとBMX(短距離、曲芸用自転車)。
咲夜さんが指差したのはフルチタンのロードバイクです。うーん、細身の咲夜さんにはシャープなチタンフレームは良く映えるでしょう。
「他にも色々ありますので、試乗してみてください。あ、でも傘差し運転は御法度ですよ?」
「なによ、それじゃ私はぜんぜん楽しめないじゃない。まぁ元からサイズが合わないのばっかりだけど」
レミリアさんはちょっと頬を膨らませるとずかずかと去っていってしまいました。咲夜さんも軽く頭を下げると、その後を追って行ってしまいます。
そうなんです。小学生サイズの品揃えがほとんどなかったのは失敗だったんですよ。
せっかくヒーロー映画で子供達のハートをガッツリ掴んだというのに、肝心の子供サイズの自転車がないんじゃ話になりません。
…ただ、子供達のお父さん方がこぞって(恐らく自分用に)ガンガン買い上げてくれたのは外も幻想郷も同じなんだなぁ。
「ふむ、やはり私の予想通りになりましたね」
「なんとまぁ、大衆は何故このような鉄の塊に興味を持つのやら。道教の修練のほうがよっぽど面白いというに」
「本当に作ったんですね…しかもこんなに大量に」
次のお客さんは神子さんに布都さん。それに今日も見張りの妖夢さんですか。
屠自古さんは…足がないから今日はお休みかなぁ。
「ああ、確かに言われたとおりになってしまいましたね。で、どうです?お気に入りの品はありましたか?」
「下々の乗り物にあまり興味はありませんが、強いて言うならあれでしょうか」
「我はあちらであるな。ま、強いて言うならではあるが」
「私はあっちですね。使い込むのが楽しそうです」
神子さんが指差したのは我らが東亜工房全体としてのフラッグシップ、最軽量フルカーボンロードバイク(非売品)。…まぁ頂点に立つ神子さんらしいです。
布都さんが興味を持ったのはクロモリ製シクロクロスバイク(不整地レース用自転車)と。カントリー走破モデルとは味わいの分かる方だったんですね。
最後に妖夢さんが指差したのはクロモリフレーム、カーボンフォークのクロスバイク。…渋いですね。タイヤを替えれば白玉楼の砂利道だっていけますよ。
「購入は…されませんよね」
「まぁ、乗る機会がありませんし」
「ですよねー」
神子さんの返答に私は一瞬だけですが顔をしかめてしまいました。
そう、幻想郷に住まう我が周囲の少女達には自転車は悲しいほどに必要ないのです。
だって皆常人以上で空を飛べるんだから、わざわざ自転車に乗る意味なんて全くありませんし。
なんて考えていると、仙人コンビはすたこらさっさと私に背を向けて去っていってしまいました。…出口でなくて会場の中心に。
なんだかんだで目新しいものには興味を惹かれているんですね。
と、ふと妖夢さんが彼女達について行かずにじっと私の表情を見つめているのに気がつきます。
「どうなされました?」
「いえ、ちょっと気になったのですが」
…もしかしてさっきの表情を見られちゃったのだろうか。
「なにがですか?」
「早苗さんの一推しはどれなんでしょう?」
あ、そういうことではなかったようです。うーん、私の一推しかー。
当然、工房の皆で一致団結努力したあのフラッグシップを推すべきなんでしょうが…。
「あれですね」
「あれですか…インストラクターもいないようですが」
だってママチャリですし。
籠つき荷台つき。パーツ流用の為18段変速、クロモリのトリプルバテッド加工フレームで総重量約12kgという微妙なハイスペックママチャリもどきには殆ど人が集まっていません。
形状がダサいので荷台が付いていて、ランドナーと同様に後ろに人が乗れるというのに子供達の興味を引くことが出来ていない、と。
そして散財したお父さん方への反発もあるのか、主婦層の興味もあまり引けてはいないようです。
「説明する事なんて特に無いですからね。面白みが無い、まさに日常の足ですよ」
「成る程、良く分かりました」
妖夢さんは良く分からないけど納得したように頷いています。何が分かったんだろう?
「いいんですか?仙人コンビを見失ってしまいますけど」
「おっとそうでした、それでは私もこれで失礼します」
頭を下げると、妖夢さんもまた流れるように人ごみの中へと消えていてしまいます。
お目付け、ほんとよろしくお願いしますね。トラブルはごめんですので。
「や、信仰集まってる?」
「ひぃ!め、珍しい組み合わせですね。お願いですから殺し合いは止めてくださいよ」
「やらないわよ。ここ永琳もいるし」
次に顔を出したのは妹紅さんと輝夜さんだ。何この組み合わせ。怖い!絶対に怖い!
慌ててポケットに手を突っ込んで端末からワンプッシュではたてさんに緊急コールを送ります。
ふふふ、こんな事もあろうかと、報道陣にはきちんと協力を取り付けてあるのです。写真はペンよりも強い、これ基本ですね。
「あ、暴れたら翌日の一面はお二方ですからね」
「やんないってば、慧音に迷惑がかかるしね」
「あらあら、お暑いのね」
ボキリ。
ごく最小の動きで妹紅さんは輝夜さんの頸部を破壊して、その衝撃で彼女を一撃の元に絶命させました。
「リザレクション!って、やってくれるじゃない妹紅!」
「おっと、弾幕は無しよ輝夜。はっはー、周囲に被害を撒き散らさない方法でひ弱な輝夜ちゃんになにか出来るかしら?」
「お、おのれもこたん…」
駄目だ、駄目すぎますよこの二人。
「素敵な出口はあちらです」
「そんな怒らないの。あんたが期待してみたいだから応えてあげただけ、ただの冗談じゃない」
「そうそう、そんな怒ってばっかりいると妹紅みたく目つきが悪くなるわよ?」
え、なに?からかわれてたんですか?いやでも二人とも今でもにらみ合っているし…
もしかしてこの二人、意外に仲は悪くないのかも。…でもそんな命を張ったギャグはご遠慮願います、見てるほうは引きますので。
「で、お二人は何か気に入ったのはありました?」
「私はあれかな、里までの田舎道かっ飛ばすには良さそうだし」
「うーん、私はあれかしら。二人乗りできそうなのってあれ位しか無いみたいだから」
妹紅さんが指し示したのはハードテイル。すなわち前輪部のみにサスペンションを備えたMTBです。確かに未舗装だけどある程度は均されてる道を走るにはあれが一番いいし、妹紅さんに凄く似合ってます。
対する輝夜さんが示したのはなんとママチャリでしたが、多分この人は発言内容からして自分で走らせる気が全く無いだけですね。
「あんたってさ、目先の事に囚われて周囲が見えなくなるタイプだよね」
突然、ククッ、と妹紅さんが苦笑をもらします。ああ、なんかこういう表情妹紅さんには良く似合うなぁ。
とは言えその発言は聞き捨てなりませんよ?
「どういう意味ですか?」
「火薬庫なんて私達ばっかりじゃないってこと、ほら後ろ見てみ?」
妹紅さんが指差した私の背後に振り向けば、そこにいたのは自転車を漕ぎながら宙に浮かんでいく不思議な巫女!
たまらず私は頭を抱えた後、インカムをスピーカー接続に切り替えます。
『って、何やってるんですか霊夢さん!E○じゃないんだから自転車で空飛ばないでくださいよ!』
「知らないわよ。勝手に飛んでいったんだし、私のせいじゃないわ」
『自転車が勝手に飛ぶわけ無いでしょう?あれですか、宇宙に帰っちゃうんですね?まあ霊夢さんが宇宙人って言われても私達は納得しちゃいますが!』
「なに言ってんの、私は博麗の巫女なんだからずっとここにいるわよ」
『そう言いつつも○Tは宇宙へ帰っていくんですよ!それ以上は自転車が危険だから降りてきてください!』
「普通そこって私の心配をするところでしょう?」
『してますよ!霊夢さんの頭の中を!』
周囲に笑いが巻き起こる。
駄目だ。あの人の思考、というより仕組みが理解できない。本当に宇宙人なんじゃないですかね?
いや本当の宇宙人は目の前でたおやかに笑っている輝夜姫なんですけど。
「まー気をつけなさい。さもないと絶対事故が起きるわよ?ここは変人奇人の坩堝なんだから」
「さて、それでは永琳の所でも冷やかしに行こうかしらね」
そう語ると彼女たちもまた、会場の中へと消えていきまし――PPPPPPPPPPP――って、呼び出し音?
『早苗さん、ちょっと来てください。価格交渉の要求がきています』
『早苗、こっちもよ。どうする?なんならこっちは私が対処するけど』
インカムからシクロクロス担当の白蓮さんと、クロスバイク担当のアリスさんの声が。
うーん。白蓮さんはいい人すぎて交渉には向きませんし、ここは白蓮さんのほうに向かうべきでしょう。
「む、分かりました。クロスはそのままアリスさんの裁量で対処をお願いします。私は白蓮さんのほうに向かいますので」
『『了解』』
やれやれ、これで本日二十回目以上ですね。本当、幻想郷の人々は何処も彼処も皆したたかで困ります。
でもまぁ、自転車に興味を持ってくれているという事だから、それはそれで嬉しいかな?
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
17:00、霧雨魔法店提供の号砲三発(凄いうるさい)を合図に私達のインプレッションは幕を閉じました。
作成した自転車の八割以上は売約されて消えてゆき、広場に残っているのは車種毎のフラッグシップモデル(非売品)と、走破性の低いロード数点、それにママチャリ程度。
河童は盟友を自称しつつも人里にはあまり寄ってこないので、これらの後片付けは私の仕事です。
売れ残りを一旦広場の隅に集め、各ブースでインストラクターと売り子を担当していただいた方々にお礼と別れを告げ終えたところで、
「お手伝いします」
不意に声をかけられました。振り返るとそこに居たのは半人半霊の少女剣士、妖夢さんです。
「ありがとうございます、でも結構大変ですよ?」
「一人でやるほうがよっぽど大変だと思いますけど」
うん、違いない。
お願いしますと頷いて二人、未だ青々とした空の下、黙々とブースを畳んでいきました。
一時間もすればブースはさっぱり消えてなくなり、それらを構成していた舞台組みは奇麗に畳まれて広場の片隅にひっそりと佇んでいます。
「お手伝いありがとうございました、妖夢さん。おかげで日没よりもはるかに早く片づけを終えられました」
「いえ、片付けとかは大変ですからね…宴会の片付けとかは特に」
妖夢さんは遠い目を空の彼方に向けています。恐らくは冥界白玉楼における宴会後の光景を幻視しているのでしょう。
私も下戸なのでその気持ちは良く分かります。基本、宴会の後始末ってあまり酔えない人達にしわ寄せが行きますからね。
と、妖夢さんの目がいつの間にか並べられた自転車達に向けられているのに気が付いた私は、
「妖夢さんは何か、試乗されましたか?」
「いえ、はっちゃける布都さんを引き止めるのが大変だったので…」
…そうですか。ならば。
私は隅に追いやられていたママチャリを引っ張り出してきました。
何故ママチャリかと言うと、現在荷台が付いているのはこれだけっていうのと、これは今後もあまり売れる見込みが無いというのがその理由です。
「ちょっとドライブに行きませんか?後ろに乗ってください」
「えーと、どちらかと言うと前のほうがいいですね。人より頑丈な半人半霊なので結構脚力には自信がありますし、ちょっと試乗してみたくもありますので」
「む、じゃああっちのロード二台にします?」
「いえ、早苗さんが後ろで」
うーん、それもなんか悪いような気もするけど、それでいいって言うならばそうしましょうか。
いろんな人達が試乗しているのを目の当たりにしたためか、妖夢さんはするりとよどみない動きでママチャリに跨りました。
それでは、と私も左っ側に両足をそろえて荷台に腰掛けてます。チェーンカバーがあるとは言え、念のため。
「では、行きましょうか妖夢さん。ちょっと里の外まで出ちゃいましょう!」
「そうですね、日没まで一回りしましょうか」
里の外にでるならMTBのほうがいいけど、もう在庫もありませんしね。
幸い修理キットをポーチに放り込んで一日中持ち歩いていましたので急なパンクにも対処可能、さあ出発進行!
「果て無き苦難の道なれど、よろしいか?」
おおっとぉ、仮面ランドナーの締めですね?
「無論。貴方と共に何処までも」
仮面ランドナー、最後の台詞を妖夢さんに返します。
…ですが、私は、本当に行けるんでしょうか?貴女達と共に。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ああ、こうやって自転車の荷台に乗るのは何年ぶりでしょう。
…それは、私がここに来てからの年月とイコールです。
この光景はかつて、私が郷の外で繰り広げていたものと同じ。たった一つ異なるのは、前にいるのがただの人間ではないということ。
言うだけあって、妖夢さんが操るママチャリは結構な速度で幻想郷を走り抜けていきました。
まぁ、このママチャリがママチャリの皮をかぶったスポーツバイク寄り、というのもあるのですが。
それでも車重12kg、二人乗りというハンデをものともせずにママチャリは一般のロードバイク位の速度でぐいぐいと前に進んでいきます。
ただまぁ、速度を出せば出すほど荷台の反動は結構なものになってしまうので、ひっきょう私の右腕は妖夢さんの腰に回す形になってしまいますが。
今日は大太刀を背負ってはいない妖夢さんですが、腰に佩いた短刀はいつも通り。
身近で揺れている短刀と周囲を漂う半霊を目にすると、ああ、やはりここは幻想郷なんだなぁ、ってつい外へと向かってしまう私の意識が此処に引き留められます。
祭りの喧騒も今は過去にして彼方、夕日に染まる川沿いの道を自転車は走り抜けていきます。
なんとなくお互いに無言で斜陽で朱に染まる風景を眺めていたその時、
ふと、夕日に沁みていた視界がぼやけました。
ゴミが入ったのかなって、手の甲で目をこすると、そこについていたのはゴミではなくてしょっぱい水。
――惹かれるなよ――
そう言った慧音さんの言葉の意味を、ようやく私は理解しました。
自転車というかつての日常を求めた私の心は既に何処までも外に惹かれていて、引き留められても引き留められても、この現実に戻りがたい。
夕日に連なる車輪の上で、気づけば私は涙をこぼしていました。
◆ ◆ ◆
「早苗さんは」
タイミング悪く、妖夢さんが声をかけてきてしまいました。
「なぜ、このシティ…ママチャリが一番のお勧めって言ったんですか?」
もっともな質問です。だって、今日用意した自転車の中で一番微妙なのがこれですからね。
製作はやっつけの間に合わせ、外見だけの偽物ママチャリ。普通じゃないのに普通に見せかけた、偽物の普通。
ママチャリの中ではテングになって、しかし他の専門車には微塵も及ばない、中途半端などっかの誰か。
「日常、だったんですよ」
「そういえば、言っていましたね。日常の足だと」
「ええ、私達は、これで寺子屋に通っていたんです。毎日、毎日」
小さい頃は格好いい姿形に憧れてMTBに乗っていたけど。
サイズが合わなくなって買い換える頃に選んだのは、結局みんなと同じ面白みの無いただのママチャリ。
だって通学にはそれが一番使い勝手が良かったし、後ろに友達も乗せられましたし。
「かつての私は、普通でいることに耐えられなかったんです」
そう、つまりはそういうこと。
18段変速の自転車は、3段変速の自転車と肩を並べて走れません。同じように漕いでいたって、絶対に差がついてしまいます。
「神様になりたかった。だから、こっちへ来たんです」
常にブレーキに手をかけていなければいけないことに耐えられなくて。
常に車輪と接触し、磨耗していくブレーキパッドはいつしか悲鳴をあげ始めていました。
「でも、こっちでは私はただのへっぽこママチャリで」
後組みされたパーツが良くても、メインのフレームからして劣るのだから、他のどの自転車にも敵いません。
ブレーキをリリースして全力で足を回しても、ママチャリは決して他のスポーツバイクと並んで走れない。
悔しくて、悔しくて、全力で足を回しても、絶対に追いつけない。
だれも、私の速度には合わせてくれない。当然ですよね、あわせる意味がないんですから。
互いに抑圧し、均衡を保つ外の人と違って幻想郷の人は皆、飛びぬけることにためらいが無い。
「ただのママチャリでいることに耐えられなかったくせに、私は神になる事が出来ない」
――心の拠り所として存在するのが、神様だ――
「私が奇跡を起こして人のために御利益をもたらすには、とんでもない準備と時間が必要で、
そして他人にそれだけの時間を費やす事が、人であるわたしには出来ません」
私は、決して、神様には、なれない。
神になる事が出来なかった私は、つまるところはただの人。
でもただの人でいることに耐えられなかったから、私はこっちに来たわけで。
めでたくお山の三柱になれたは良いものの、私だけが一人弱くて、無力で、時には他の人間にすら劣って。
――心の拠り所として存在するのが、神様だ――
その重圧に、耐えられない。だから、信仰も集まらない。
その気も無いのに既に立派な心の拠り所になれている強い友人に屈折した感情すら抱く私は、ますます神から遠ざかっていく。
「…帰りたい」
自転車で、友達と肩を並べて学校へ行っていた頃に。
わたしが手加減さえしていれば、誰を妬むでも無く誰かの隣にいる事が出来た、あの頃に。
特別ではないママチャリ集団の中で一台だけ、自分は特別なのだと責任もなく鶏口を気取っていられたあの頃に。
…なんて上から目線の、弱くて卑しい心でしょう。
夢の為に、願いのために自分から切り捨てたはずだったのに。
何とかしてそれを取り戻そうとしていて、そしてそんなものは取り戻せるはずもなくって。
「神様になりたかった。でもなれなかった私は、何処までもただ他者の言に流されていくばかりです」
「…神様って、なんですか?」
不意に、妖夢さんが呟きました。
「心の拠り所として存在するのが、神様です」
そう、何処かの誰かの為に。
「外の世界では、誰もが簡単に神様になれるんです。飛びぬけた、単体としての神様にはなれないけれど」
「そうなんですか?」
「ええ、道路自体が流れているから、自分で漕がなくたって自動的に人は誰かにとって必要な誰かとして社会に組み込まれていくんです」
そう、まるでベルトコンベアのように。
躓き転落さえしなければ型通りに勉強して、入学して、卒業して、就職して、何らかの仕事をこなして。
それは僅かではあるけど何処かの誰かに必要とされる事であって。
己を殺して流れに乗れてさえいれば社会という巨大な神様の一部になれるんですから、そう考えると外の世界はとても残酷で、ぬるま湯の様で、しかし優しかった。
そして、社会という絶対的な神様が存在するから、それ以外の神様はお呼びじゃない。
「でも、幻想郷ではそうじゃない。自分で前に進まなければ、何者にもなれません」
一人の神様になれない場所を捨て、神様になれる場所へ来たのに、やっぱり私は神様にはなれなかった。
いつしか零れていただけだった涙は、線となって頬を伝っていました。
そう、先に語った布都さんと妖怪の騒ぎだって、本当は活躍したのは霊夢さんだけなんです。
私は妖怪の放つ凄まじい殺意に飲まれて、どうすればいいか分からずおろおろしていただけ。
当然ですよね。だって私は、面と向かって殺意をぶつけられることが殆ど無い、平和な世界で成長してきたんですから。
妖怪を止めるプランを立てたのも。
実際に前面に立って行動したのも。
妖怪を説得して引き下がらせたのも全て霊夢さん。
私こそが単なるおまけで、覚悟不足のいらない子…とまでは言わないまでもバックアップが精々で、咄嗟の役には立てませんでした。
「美しい夕暮れって、罪ですね。つい、いらない事ばかり喋ってしまいます」
寂しさに 宿を立ち出でて 眺むれば いずこも同じ 秋の夕暮れ
ふと国語の授業で習ったフレーズが頭を過ぎります。昔の暦だと今は既に秋なのだから、これは今のような夕暮れを読んだのでしょうか?
――いずこも同じ――
それはそうでしょう。場所が変わったって、人が変わらないんですから繰り返されるものは同じです。
無理矢理テンションを上げてみても、何かに没頭してみても、偉大な神様である神奈子様や諏訪子様の仰る通りに行動してみても。
何をしたってこの胸の中にある嘆きと渇きは一向に埋まることはなく。
外の世界で寂しさと共に自転車を走らせていた私は、幻想郷の中でもやはり寂しさと共に自転車で走っています。
◆ ◆ ◆
「焦らなくっても、早苗さんはいつか神様になれますよ。確かに早苗さんが言う通り、前に進まなければどうしようもありませんが」
しばらく黙々と足を動かしていた妖夢さんが、そう断言してくれました。
私の声は震えていたから、私が泣いているのは分かっているのでしょう。だから妖夢さんは振り向きません。
「…焦って、いますか?私は」
「ええ、そう見えます。焦らないほうがいいですよ。焦ると、己を見失ってしまいます。私がそうでしたから」
ちょっと信じられない話です。愚直なまでに一直線な妖夢さんが、己を見失うなんて。
――何かすっきりしない時は取り敢えず斬ってみる事ね!――
あ、いや結構見失っているかも。
「偉大な影を追っていると等身大の自分を忘れちゃって、終いにはその影の一部こそ自分であるって、思っちゃうんです」
「…ああ」
なんとなく、分かります。
「取り込まれてしまったら、もうその存在は死んでいるのと同じです。私は、多くの時間をそんな死人として過ごしてきましたから」
死んでいる、という物騒な表現は、多分妖夢さんが半人半霊だからなのでしょう。
「妖夢さんは誰の影を追っていたんですか?」
幽々子さんでしょうか?それとも藍さん?紫さん?
「お祖父様です」
妖夢さんの言葉には、誇らしげな音色が多分に含まれていました。
「お祖父様は凄いんです。庭の手入れも乱雑に見えて丁寧だし、幽々子様にも振り回されないし、私が月の力を借りないと振るえない様な剣もさらりとこなしますし」
お酒が入るとちょっとだらしないんですけど、と妖夢さんは続けます。
ですが、私はその妖夢さんのお祖父さんとやらを見たことがありません。もしかして…
「…亡くなられたんですか?」
「いえ、今何処にいるかは分かりませんが、多分ピンピンしてますよ。最後の目撃情報では天子さんと天界の歌の先生を木刀で一撃粉砕していたって、衣玖さんに聞きました」
「天子さんを木刀で、一撃ですか!?」
確か天人にはナイフが全く刺さらないって咲夜さんが言ってませんでしたっけ?
剣士同士通じる所があったって言う事でしょうか?
え、でも歌の先生をぶん殴ったってのは?文人をぶん殴るのはどうなんでしょうか…
「多分それは意味があることだったんでしょう。お祖父様は意味のないことなんて絶対にしません」
妖夢さんの腰に回された右手の圧力から私の心中を読み取ったかのように、妖夢さんは言葉を紡ぎます。
「私は、生き返ったんですよ」
「…」
「四色の春一番に吹き飛ばされて、お祖父様の影だった私は殺され、そして生き返ったんです」
「四色ですか?」
「ええ、赤と黒と紺と白です」
「…ああ」
それは春一番じゃなくて暴風ですね、とびっきりの。
「生き返った私は、もう死人には戻りたくありません。だから、焦らず、一歩ずつ、前に進むんです」
ああ、この人は自分が未熟である事を受け入れて、それでも前を向いて進んでいるんだ。
「死んでいる時間なんて、無いんですよ」
目の前の小さな背中が、今はとてつもなく大きなものに見えました。
そう、幻想郷では誰もがみんな車輪の上で、漕ぐのをやめれば止まって倒れ、死人となって大地に転がり車輪の下になってしまう。
死体は何にも感じないから痛くも痒くもないのだけれど、死んでる間に失った時間は決して元には戻りません。
「妖夢さんは、格好いいですね」
「そうですか?ありがとうございます。やはり、剣士たるもの格好よくないといけませんので」
ちょっとだけ振り向いて、妖夢さんは笑いました。
思わず、その横顔にドキッとさせられます。
「ええ、お婿さんに貰いたいくらいです」
「ええ!?」
「大丈夫です。私が神様になれば、禊で子供神くらい生めますから」
「いやいや、そんな事聞いてませんって!」
あはは、ようやく軽口が叩けるくらいに私も生き返りました。
「私のときは、三色でした」
ちょっと、すねたような声でその背中にささやきかけます。
「早苗さんが冥界まで勧誘に来ていたら、私もささやかながら緑と白の秋風になってましたよ」
うんまぁ、そのときの私はまさか幽明分かつ結界が飛び越えていけるものだなんて知りませんでしたから、冥界まで食指を伸ばしませんでしたし。
そしてもし勧誘に行ってたら私は斬り潰されたわけですね。なむー。
そして、もう一人。
◆ ◆ ◆
かつて神奈子様への信仰勧誘の為に紅魔館を訪れた私を待っていたのは、数限りない白銀の閃き。
最初はどうでも良いといわんばかりに聞き流していた咲夜さんでしたが、博麗神社に営業停止命令を出した、と言った途端に表情が豹変したのでした。
「私は神なんて信じないから、私が貴女を退治することはない。存在しないものを退治する事は出来ないものね」
実戦一歩手前の弾幕を潜り抜け、ほうほうの体で引き下がった私に投げかけられたのは、ナイフのように冷たい声。
「でも、あそこは私と、私のお嬢様にとって割とお気に入りの場所なのよ。下らない神徳とやらでそれを潰そうと言うのであれば、いつでも相手になりますわ…もっとも、もはや私が保護者ぶって撃って出る必要も無いのでしょうが」
でもナイフのように冷たい声の内側に込められていたのは、とても温かい人の心。
幻想戦隊、ファンタズファイブ。ファンタズパープルは、異変解決から引退してしまうのでしょうか?
まだ、幻の六人目すら定かになっていないというのに。
それはとっても勿体無くて、そして非常に残念なこと。
まだ、私はそんなに咲夜さんの事を良く知りません。咲夜さんがなぜ神を信じないのかも、神を信じない咲夜さんが、何故霊夢さん達に優しいのかも。
これまで何度も話す機会はあったはずなのに、その間の私は妖夢さんの言う「死人」だったから。
成る程、死んでる暇なんてありませんね。
全てを吐き出して等身大の東風谷早苗に戻ってみれば、知りたい事ややりたい事のなんと多い事でしょうか。
そうとも、神を目指すなんてまだまだ先です。私は、まずは東風谷早苗として完全に生き返らないと。
神奈子様の仰る通りではなく、諏訪子様の仰る通りでもなく、それらを取り入れつつも、ただ東風谷早苗の思うがままに!
「外の世界では自転車に乗って、寺子屋に行って、それからどうするんですか?」
妖夢さんの声で内的宇宙から引き戻されます。
「そうですね…カラオケ行ったり、ネイル行ったりは無理ですから、やっぱりお茶でしょうか」
お茶して、談笑して、そして知りたい。妖夢さんが何を考えているのか。どのように、この世界で生きているのかを。
「いいですね。ちょっと冷たいものが恋しいです」
「ええ、パーラー「細雪」で、パフェ食べましょう!」
「だってさ、咲夜。私達も行く?」
「ええ、そうね。夕食の下拵えは済ませてきているし、お嬢様も色々間食していたから多少遅くなっても問題ないでしょう」
え?
斜め後ろから聞こえてきた声に慌てて進行方向を向いていた顔を正面に戻すと、
いつの間にやら目の前にフルチタンのロードバイクが滑り込んできて、私達の自転車と併走しています。
ロードバイクに跨るは紅魔館が誇るパーフェクトメイド、キャリアの上には博麗の巫女。
………いや、ちょっと待ってください?何でロードバイクに荷台が付いているんですか!?
「いつの間に!?い、いや。そんなことはどうでもいいです、何でそれにキャリアがくっついているんですか!?」
「ん?ほら、仮面ランドナーのエンディング、結構胸にぐっとくるものがあったじゃない?だから皆でちょっと再現してみようかって」
「…フ、フレームに、穴、あ、空けたんですか?」
「そうなんじゃないかしら?にとりに頼んだらすぐに荷台を取り付けてくれたわ」
「にとりぃいいいいいい!!!!!なんばしよっとね!!!!!」
思わず頭を抱えてしまいます。
この人達は!どんだけ!フリーダムなんですか!
って、霊夢さん、今、皆で、って、言いました?
嫌な予感に恐る恐る後ろを振り返ると、同じように荷台をつけた自転車が複数台と、それをフィルムに収めている二人の鴉天狗!!!
「おう、聞こえてたぜ!ならば今日はビリッケツの奢りってわけだ、落とされるなよ天子!」
「ふん、わたしを誰だと思っているのかしら。っていうかわたしが漕ぐ。代わりなさい魔理沙」
ちょ!
「だそうです。任せましたよ、布都」
「我にお任せを!」
ちょっと!
「ほら妹紅、早く飛ばしなさいよ」
「うっさい引き篭もり。座ってるだけの癖してあんまガタガタ抜かすと土爪ぶち込むわよ」
こ、この人達は!
天子さんと魔理沙さんが乗っているのはMTB。
布都さんと神子さんが乗っているのはシクロクロス。
妹紅さんと輝夜さんが乗っているのはクロスバイク。
その全てが広場に残してきた、我らが東亜工房のフラッグシップ達(非売品)じゃないですか!
彼女達に非難の表情を投げかけますが、誰もが涼しい顔でそれをスルーしてくださります。ああもう!
「なんだ、お前達のだけ荷台がついてるってずるいじゃないか」
そういう問題じゃないでしょう魔理沙さん?つけていいものとつけちゃいけないのが在るんですよ!
「ちょっとくらい改造したって良いではないか、どうせ売れ残りなのであろう?」
違いますよ!非売品ですよ!最高級品です!ねぼすけはちょっと黙っててください布都さん!
「いいじゃないの。珠は傷が付いても珠よ」
フレームは計算されて作られてるんです!穴が開いたら著しく耐久性が下がるんですよ輝夜さん!!
なんてことを!なんちゅうことをしてくれやがるんですか!
…もういい、吹っ切れた。こいつら全員ぶっ潰す。
「スペルカードルールの適用を申請します。各自三枚。発動は後部ナビのみ。ドライバーは運転のみに注力」
「面白いじゃないの早苗!そうこなくっちゃ!」
楽しそうですね天子さん。その顔を屈辱にゆがめてさしあげます。
「先ほど魔理沙さんが言った通り。ケツが全額支払です」
「いいわね。ならば今日は「ブラッドベリーマウンテン」がロハで食べられるってわけね」
只で食べられるといいですねぇ、咲夜さん。
「ゴールはパーラー「細雪」のある通り、入り口付近にある呑み屋「阿形」の前にしましょう。そっから先の直線500mはウィニングロードなので追い抜きとかは無しです」
「いいでしょう。勝者には華を誇る場所があってしかるべきです」
貴女が勝者になるとは限りませんがね、神子さん。
「おみや代も奢りの中に含みましょうか。白玉楼及び地底への土産代で地獄を見なさい」
「火がついたね。いい顔してる」
そいつはどうも、妹紅さん。
「あややややや、これは面白くなってきましたね。ならば私はウィニングロードに先回りするとしましょうか」
「ふん、文がゴールを記事にするなら私はダイジェストにしようかしら」
お好きなようにどうぞ、文さん、はたてさん。どうせ私達は負けませんから。
「じゃあ文さん、ゴール前の人払いと、店の席予約お願いします。独占取材を許可するんだからその位やってくれますよね?」
「うー、まぁいいでしょう。その代わり日暮れ前にゴールしてくださいね。私のカメラはあまりフラッシュが強くないので」
ここから30分とかかりませんから、御心配なく。
「じゃあ僭越ながら、スタートの合図はこの姫海棠はたてが…って、なに勝手に始めてんのよあんたら!」
「はいだらーっ!」
「吹き荒れなさい!『神の風!』」
吹き荒れる暴風。
「ちょ、早苗あんた儀式省略?どんだけキレてんのよ」
「霊夢、姿勢を低くして空気抵抗を減らしなさい!」
「ちっ、早苗達の先行を許すな、天子」
「了解、『荒々しくも母なる大地よ!』すっ転びなさい、あんたたち!」
荒れ狂う大地。
「やらせはせん、やらせはせんぞ!太子様!」
「ええ、序盤で一気に潰しましょう、『星降る神霊廟』」
おまけにメテオ。
「ちょ、いきなり奥義?輝夜、なんかスペルで防ぎなさい!」
「え、相殺にスペルカード使うのってなんか勿体無くない?降星術の回避くらい魔理沙で慣れてるでしょ?気合よ!妹紅」
気合で何とかなれば決死結界はいりませんて。
あはははは!馬鹿だなぁ。これじゃ女子高生じゃなくて小学生じゃないですか!
…でも、これでいいんでしょう。どうせ私はまだ神様どころか大人にすらなっていない、一人の少女にすぎないんだから。
そう。まずは友人達にとっての神様を目指そう。
それは多分奇跡を必要としない、手のひらに乗ってしまうような小さな神様だけど。
未だ小娘でしかない私には、神奈子様や諏訪子様と違って見えることも出来る事も凄く小さいんだって、
背伸びをする事を止めて、それを認めてしまえば。
次に私がやるべきこと、やらなきゃいけないことも見えてくる。
奇跡なんて関係ない。
願わくば、まずは私の周囲に居る人々を、私の力で幸せにできますように。
夕日に連なる車輪の上で、気づけば私達は笑顔をこぼしてました。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
後日談
「お久しぶり、霊夢…って、これからお出かけかしら?と、そんな物いじくって、気に入ったの?」
「なんだ紫か。別に気に入ったってわけじゃないけどね、気に入らないわけでもないわ。まぁ、どうせ私のことだからすぐに飽きるんだし、それまでは遊んでみようかって思ってね」
「相変わらず自分の事を理解しているのかいないのかよく分からない発言ね」
「まあね、自覚してるわ。で、これから早苗達とお茶なんだけど…せっかく来たならあんたも来なさい、ほら」
「ほら、って後ろに乗れってこと?こ、こうかしら」
「逆よ馬鹿。右じゃあせっかくの真っ白い服が油で汚れるじゃない。ほら、足は左側にそろえて…紫って頭いいのに時々全然頭が働かなくなるわよね」
「そ、そんな事ありませんわ」
「あるわよ。ほら、ちゃんと右手を腰に回しなさい、落ちるわよ?…よし、さあ出発!どんくさい乗り物だから一時間くらいかかる苦難の道なれど、よろしいか?」
「…無論。貴方と共に何処までも」
「ほんと、いい笑顔してるわよね咲夜ってば」
「も、申し訳ございませんお嬢様」
「私が傘差し運転禁止で帰ってっから、貴女は貴女で楽しんでいたっていうわけね。ま、主がいない間に羽を伸ばす事についてまで文句をつけるつもりはないのだけど?」
(つけてるじゃないですか!)「後生ですからその新聞は燃やしていただければ、と」
「あ、パチェ。ほら見てこの新聞」
「あら咲夜、いい笑顔しているじゃないの。夕日に連なる車輪の上では流れる汗も珠の様、ね」
「パ、パチュリー様、お嬢様、もうその位で」
「あ、美鈴。ちょっとこっち来なさい!」
「(これ以上遊ばれていると遅刻してしまう!)『ザ・ワールド』!燃えよ新聞!!!」
「咲夜の激走でロードバイクの発注が飛躍的に増えたものの、MTBが未だに受注TOPを維持。それはいいんだけどな」
「なに見てんのよ魔理沙、前見て飛ばないと危ないわよ?…ああ、守矢神社における自転車注文数の推移ね?」
「ああ、だが解せぬ。どうしてオリエンタルダークよりもヒヒソウレッドのほうが受注数が上なんだ?どう考えたっておかしいだろう?」
「っは、なに言ってんのよ魔理沙。黒なんてオタクカラー。正義のレッドに対して受注数が伸び悩むのは当然でしょう?」
「貴様は黒の尊厳を貶めた!そこに直れ天子!そしてトロンベに謝れ!」
「それじゃ神奈子様、諏訪子様。ちょっと出かけてきます」
「お世話になった皆に売り上げ金を利用して還元だったっけ?」
「ええ神奈子様、今日は私のおごりです。別に人間に限ったわけではないのでお二方もいらっしゃいますか?」
「…神が街中でパフェ食ってたら信仰が集まらないからねぇ、遠慮しとくよ」
「外ではよく食べに行けたのに残念ですね…」
「ま、私らは置いといて楽しんでおいで」
「ありがとうございます諏訪子様。お土産買ってきますね!」
「あら妖夢、お出かけかしら?」
「はい。今日は東風谷さんにお茶に呼ばれていまして、お暇をいただいてもよろしいでしょうか?」
「まぁ、それは構わないけど…私も一緒に行っても良いかしら?」
「ええ?幽々子様もですか!?」
「…やっぱり私が一緒にいては息苦しいかしら?」
「いえ、そんな事は全くありませんが…(お金がいくらあっても足りません)」
「ふふ、冗談よ。ランドナーと旅に出たキルシュブリューテがそこら辺を出歩いてては子供達の夢を壊してしまうものね。私はここで待っているから楽しんできなさい。お土産忘れないでね?」
「(お土産だけでも早苗さんの財布は十分軽くなるだろうなぁ)すみません幽々子様。それでは今しばらくのお暇を」
「も、申し訳ございません太子様!この布都めが付いていながら」
「寧ろあんたがいたから足引っ張ったんじゃないの?って言うか新聞読む限りそうとしか思えないし」
「おのれ屠自古ぉ!実体の無いお前が何をほざく!」
「実体がないのはあんたのせいでしょうが、人に責任擦り付けんな!」
「落ち着きなさい二人とも。どうせあのレースは最下位にならなければ何も問題なかったのですから気にしないように。私達は未だ新参者。負けるのもまた、折込済みです」
「「さすがは太子様!」」
(さて、今日は何を食べようか。クランベリーパイ?ブラッドベリーマウンテン?キャラメルハニーパンケーキ?ああもう、この世は楽園ですね!)
「なによ、私達は未だキッチンで皿洗いなのに、あの子達ったら楽しそうに歓談しちゃって!」
「おいぐーや」
「なによもこたん」
「次からはもう少し真面目に遊ぼう。お前との殺し合いなんて、どうせ何時でもできるんだし」
「…そうね。あの子達と私達の時間の交差点なんて、あっという間に過ぎ去ってしまうのだから」
「わかっているなら、いい。だがまずは」
「ええ、まずは積み重なった食器の山よね。まったくあの半霊のお土産さえなければ十分足りた筈だったのに!永琳から貰ったお小遣いがパーどころか借金なんて!」
「愚痴っても皿は減らないよ。ほら、2/3はこっちに回しなさい、ウスノロ」
「…ありがと、もこたん」
「ほら、今日が借金返済最終日だ。さっさと済ませて、私達もあの輪に加わろう」
おしまい。
自転車好きとしては面白かったです
週末、中学入学7年来の相棒を修理に出してくる。タイヤが歪んで ペダルが欠けてしまったが、それでもあと10年は私の相棒だ。
私は車は嫌いだ。免許は取ったが、乗りたいとは思わない。
こういうお話大好きです。
みんな楽しそう。年頃の子達って感じでいいですね
最後まで楽しく読ませて頂きました、ありがとうございます。
切なくてバカバカしくて、そして熱くて。
青春の一ページをそのまま切り取ったような作品でした。
久しぶりに自転車に乗ろうと思いました。
と久しぶりに思える作品だった。 ヒナセンチメートルといい、金山彦命神による材料調達といい幻想郷は作り手や発明家にとってまさに理想郷だと思わされました。幻想郷 行きてぇーー 作りてぇーー
花果子念報発刊楽しみにしております。
この一文にはしびれました。最高。もうほんっと最高です。
前半のコメディチックのパートから後半のシリアスな流れ、そして最後に元気にシメ!
王道ながらもそれら全てが早苗のキャラクターと実にマッチしていて、魅力を十二分に引き立ててくれていました。
いい作品を堪能させていただき、明日からも頑張れそうです。さて、自分もひと漕ぎするか。
最後まで楽しく読めました。
が、ちょっと1つの作品にネタを欲張りすぎな感じが
もうちょっと絞って一つ一つを深めたほうが好みですね
今回は話も面白かったからもう言うことなし。
そしてヒロインはゆゆ様だったか!
チャリで人里を爆走すると気持ちよさそうだなぁ
いや、本編では夕日だから赤いんだけど。
早苗の悩みも含めてこれぞ青春!という感じが良かったです
それでも全体から迸るパワーは素晴らしいの一言。
はっちゃける咲夜って良いね!
自転車に夕日は確かにセピア色の何かが有ると思います。青春いいなぁ。
咲夜さんのサングラスがクーガーの兄貴仕様で「お前らには速さが足りない」とか言ってる妄想は私だけでいいw
あとヒナセンチメートルは不慮の事故にも対応してる凄い単位だと思います。この発想は無かったです。幻想郷共通規格に推奨。
……レースパートをもっと見たかったです。あれで一本書けそうw
早苗さんの独白にじんときました。
神になりたい早苗さん、霊夢に嫉妬する早苗さん、アイデアたっぷりで周囲を動かしちゃう早苗さん、
しんみりしちゃう早苗さん、それでも頑張る早苗さん。
いろんな早苗さんがきちんと描かれていてとても魅力的な話でした。
早苗さんの青春模様が、いいですね。
いきなりロードレースになってしまうんですが、勢いがあるので、割と違和感なく読めましたね。
素晴らしい幻想郷でした。100点!
理系女子の早苗さんが等身大で素敵でした
それにしても妖夢は男前だ
こんな幻想郷大好きだなあ。
最高です。
また次作を楽しみに待とうと思います。
そういうわけで最後まで読める人は絶賛するけど、それ以前に人を選ぶ作品なのかなと思う。
あとやりたいことを詰め込みすぎ。もはや呆れを通り越して感心するレベルだわ。おかげで、ちゃんと前には進んでるんだけど、途中で暴走してるようにみえて疲れてしまった。
あんまり乗らないだろうけど、チャリ買って来ようかな
地味にヤマメに良い役を与えてるのが好きなセンスです
走れる乗り物。 それが自転車だ!
出会えてよかったです