「お空の考えていることは、私にもわかりません……」
ホームグラウンドのはずの地霊殿の中。
そこでさとりたちは窮地に立たされていた。ペットたちと戯れるために広く作られた遊戯室。
今、そこに普段置かれていない奇妙な背丈の高い机だけが二つ、中央に置かれていて、それが異様な空気を漂わせている。
この状況が意味しているものは、さとりだけでなく。その横に立つお燐も理解していた。
「けれど私は、お空には無限の可能性があると信じています」
「さとり様……、でもお空じゃ……」
この状況を四文字で表すのなら、絶体絶命以外にありえない。
理解しているからこそ、どれだけ絶望的か理解できてしまう。それでも、どれだけ勝利の女神から見放されようとも。
「いいえ、お燐、信じるのです」
「さとり様……」
「私たちが信じなければ、誰が信じてあげるというのですか」
「さとり、様?」
「奇跡の一つか二つ……、三つか四つ……、いえ、十個くらいお徳用セットで起きれば!!」
「さとり様ぁ……」
たぶん、信じていないな。
握りこぶしを震わせて、お空を応援するさとりの横で、お燐は一度ため息を吐きながら目を伏せる。
再度、ゆっくり瞳を開ければ。
「まっかせて! さとり様、お燐! 私に掛かれば地上の仙人の一人やふた……」
片方の机の側で、ぶんぶんと制御棒を回す。元気の良いお空がいたが、途中でその動きをぴたり、と止めて。
「……ねえ、お燐。仙人の数え方って『ひとり』『ふたり』であってる?」
最後の勝負である茨木華扇をじーっと見つめ始める。
「うん、あってるよ? それがどうかしたのかい?」
お空にとってプラスなのは、まったく緊張してないことくらい。だから、お燐はできるだけ気を使わせないようにと、素直に言葉を返す。
そうしたら、勝機を見い出せるかもしれないわけで……
けれど、お燐の言葉を受けてお空がいきなり顔をしかめて。
「って、ことはさ。お燐もしかして……」
おそるおそる、問いかけてくる。
「千人いたら、仙人千人……?」
「……ぇ?」
「仙人千人?」
「……うん、お空……あんた、賢いね……」
「えへへ~、やっぱり~♪ あれ? お燐なんで泣いてるの?」
お燐が目の幅の涙を流し始めたところで、とうとう、最後の勝負の掛け声が。審判長の勇儀から発せられた。
「では、第三勝負! 仙人チーム代表、茨木華扇! 地底チーム代表、お空!
『早押しクイズ』スタート!」
◇ ◇ ◇
きっかけは、博麗神社での飲み会。
珍しく、華扇とさとりが一緒になったのがことの始まりだった。お互いのペット持ちという共通点があり、序盤はとても和やかに進んでいた。
ヤタガラスを身に宿す者や、火車までペットにするなんて。
そちらも、龍や大鳥をペットにするなんて。
両者とも称えあい、とても楽しい宴会だったのだが。
『じゃあ、どっちがすごいの?』
霊夢の純粋な一言が、二人をいけない方向へ運んでしまう。
『どちらが凄いかという点だけで言うなら、私でしょうね。仙人であり、幻獣クラスまで従えられるのですから』
『いえいえ、理性ある人型の獣を持つこちらこそ上であることの証明でしょう。そちらはただ力で押さえつけているだけかもしれませんし』
『そうですか。そういえばさとり妖怪は相手の弱みを握るのも得意という話ですね』
『いえいえ、仙人様も修行という名目で苦行を与える良い趣味をお持ちだとか』
『おほほほほほ』
『うふふふふふ』
『ちょっと、表出ましょうか?』
などという、微笑ましい展開へと発展してしまい。
お燐もお空も黒いオーラを纏うさとりを見て、右往左往するばかり。
しかたないので、勝負事に目がない鬼の勇儀が。
『ペット二人と、主一人での三本勝負でどうだい。日を改めて』
と、提案してくれたのでその場は丸く収まった。
収まったのであるが……
勝負という約束は残ってしまい。
現在に至る。
地霊殿の中で、霊夢や地上の妖怪が観客となって招かれて行われたのは。
くじで勝負方法を決め。
さらに、もう一つのくじで対戦相手を決めるという。運も勝負の別れ目となる内容であった。
地霊殿側は、体力勝負のお空、オールラウンダーのお燐、そして知力に偏るさとり、という一人以外あまりにも尖った構成であった。
そして、もう一方はというと。華扇自身が実力不明であることは言うまでもなく、他は龍と大鳥という、こちらも尖った体力重視。
「……負けたほうは、勝った側にペットを差し出す。これでいいね?」
「ええ、私が負けるはずもありませんし」
「仙人が単なる妖怪に後れを取るとでも?」
そうやって顔を強張らせて微笑む中、第1戦が行われたわけだが。
第1戦は大鳥対さとりの、漢字早書き対決。
審判長である勇儀が漢字の部首を示すので、その部首に対応した漢字を多く書いた方が勝ち。
もう、対決方法だけ見てもどちらが勝ちかわかってしまう内容であった。
しかも、この場合。
観客すら、さとりの味方になる。
考えても見て欲しい。
目の前で、誰かがなぞなぞを出して。その問題が自分の耳に入ってきたとき。わかる問題であれば無意識に考えてしまうもの。
それが観客であっても話は同じ。さとりとしては、わからなくなればその観客や対戦相手の頭にある漢字を紙に写してやれば良いのである。
負ける要素が見当たらない。
もちろん結果は、さとりの圧勝。
文字の書き役として文が大鳥をサポートしたがまるで意味がなかった。
そして、後のなくなった華扇側が必勝を掛ける第2戦。
審判長の勇儀が引いた瞬間大きくどよめきが起きた。
それもそのはず、内容が。
『尻相撲』
ちょっぴりや~んな雰囲気の種目であることは言うまでもない。
きっと、誰もがそういうことをイメージしたであろうが。
対戦相手は。
お燐と龍の子。
「……え? ……尻?」
「この場合は腰でもいいかな」
「え、えっと。勇儀おねえさん? 龍の腰っていうと、あれかい? なんか強靭そうな尻尾がついちゃってるあのあたりとか……、いやぁ、なんか龍の方すっごいぶんぶん尻尾振り回してるんだけど……、ねえ、お姉さん。あれ、なしだよね?」
「……」
お燐が口元を引きつらせている間に、龍のアップは進み。
ちょっと勢いあまって壁に尻尾がかすった。
ほんとにちょっとだけ『チッ』って音がしただけだったのに。
後に残ったのは、大きくえぐれた壁面だけ。
「あはは、あの尻尾なしにしてくれないと。あたいの命っていうか、そういう大事なのが消えちゃいそうな気が」
ぽんっ
「骨は拾ってやる」
「にゃ、にゃんですとぅ!?」
「ほら、お燐って死体、好きだろ?」
「自分のは嫌に決まってるじゃないのさ! さ、さとり様! さとり様からも何か言ってくださいよぉ!」
主人なら、主人ならきっとなんとかしてくれる。
そう期待して振り返って。
「……お燐も、尻尾、二本あるし」
目を反らしてつぶやかれ、主従の縁を切ってやろうかと思うお燐であった。
そして、この結果も当然……
「ぎぶあっぷ♪」
一回腰をぶつけあって、なんだか嫌な音がした直後。
お燐が脂汗を流しながら負けを宣言したのだった。
◇ ◇ ◇
そうしてやってきた第3戦。
それが、今日の大一番。
早押しクイズ10問勝負!
事前に準備しておいた、『国語』『算数』『科学』『歴史』『娯楽』の5つから対戦者が好きなものを一つずつ選ぶ。
そのテーマについて前半5問、後半5問出されるので、それに答える。回答権は一問につきお互い一回だけ。早押しで回答順が決まる。という、外の世界では一般的なものだったが、幻想郷ではこういった趣向があまりなかったので、観客含め興味津々の様子であった。
そんな雰囲気を察してか、審判長兼司会進行となった勇儀が声高らかに開始を宣言。
コイントスによる先攻後攻決めにより、華扇が先行。
そしてジャンルはというと。
「歴史でお願いします」
華扇が宣言した途端、さとりとお燐が頭を抱えた。
いや、でももしかしたら……
そんなわらをも掴む気持ちで、さとりはお空の様子を見守る。
「勝負事ですので、すみませんが勝たせていただきます」
「ん、負けないよー」
「答えるときはそのボタンを押すんだよ」
地霊殿の歴史が出てきたらきっと、お空もわかるはず。
お燐もさとりを励まして……
「じゃあ、第一問!」
とうとうクイズが始まって――
ピンポーン!!
はじまって?
「……え?」
「んふふ! 華扇って人よりも早く押したよ! 早押しなんだよね?」
そんな様子を見てさとりは、ふふっとお燐に微笑む。
「あっちでも、元気で暮らすんですよ……」
「さとりさまぁ!? さとりさましっかりぃぃぃっ!」
もう、戦場に子供を送り出す母親のごとき表情でお燐を見上げていた。
◇ ◇ ◇
「さて、最後のお弁当ですから、二人の好きなものをたっぷり入れてあげないと……うふふ、うふふふふ」
やばい、とりあえず何かやばい。
ふらつきながら優しい笑みを浮かべ続けるさとりを横目で気にしながら、お燐は何か打開策がないか考えてみた。
が、ルールがルールであるし。審判が鬼となってくると、カンニング等の不正行為は死を意味する。ばれなければいいのかもしれないが、よく考えて欲しい。
作戦を実行する場合の相方が、お空であることに。
『よし、無理』
即座にそう悟ったお燐は、今度はジャンルに穴がないかを探ろうとするが、そんなお燐をあざ笑うように。
「前半終了! 5問終わって華扇側は3ポイント! お空0ポイント!」
「えへへ」
「なんで嬉しそうなのさあんた……って、もう時間稼ぎも無理か……」
華扇側は順調に開始三問を答えたものの。第四問の紅魔館の吸血鬼で長い間地下に居た人物の名前は? という問いに、イージーミス。姉のほうの名前を答えたことと、そのミスを引きずって出された第五問目に至っては、
『人里で歴史をまとめている家系であり、そして現在歴史書の作成に当たっている人物は……』
『稗田阿求』
『……あー、惜しい。その人物ですが、では、寺子屋で歴史の先生をしているのは?』
『し、しまった!』
早押し問題独特の罠。
『Aは○○ですが、では次の△△は?』
に、引っかかり。取れる問題を2つ落とした。
これは、お空がジャンルを選ぶ時間が来てしまっているが、相手が二つ落としているのは大きい。
無駄知識だけは溜め込んでいるお空であるから、きっと『娯楽』じゃないと難しいかもしれない。そうお燐が考えていたところで。
「それで、お空。次あんただけど、何選ぶ?」
「んー、ねえねえ。勇儀。私が勝てるやつ選んでいいんだよね?」
「もちろんだよ。そういう勝負だからね」
「じゃあ~~」
お空、『娯楽』『娯楽』。
お燐が観客側から解答席にいるお空に声を飛ばす。すると、お空は、何故か首をかしげて。
「やっぱり、これがいい」
ぱあっと表情を明るくして、びしっと、指差した。
その指先へ向けて勇儀が視線を辿り。
「……?」
あからさまに眉を潜める。
「お空、本当にこれで良いのかい?」
「うん、いいよ」
念のため、勇儀が確認しても、お空は自信満々といった様子で胸を張るばかり。
「で、では。次の勝負は『算数』! 『算数』となりました!!」
それを聞いて、さとりが余計に現実逃避を重ねていく中で。
『娯楽』と言い続けたお燐も、がっくりと肩を落とす。
しかし、お燐は……
「……そういえば、あの子」
とあることを思い出し、さとりの肩を叩いた。
『算数』は他の問題と違い、明確な制限時間が決められていた。
考える時間は1分、ボタンを押してから答えを言い切るまでは30秒、合計1分30秒が、回答者の持ち時間ということになる。
加えて、難易度設定を変更できるのも特徴であった。
子供でもわかるイージーと、大人が少し考えてわかるノーマル、そして、もう何で作ったのかわからない、ルナティック。
その最後の難易度はというと……
寺子屋の慧音に『短時間では不可能』と言い切らせるレベル。
そしてお空が最低3問正解しなければならないなかで選んだのが、何をとち狂ったのかこのルナティック。
そのため呼ばれることがないはずの採点係、式を操る八雲藍が急遽スタンバイすることとなった。
「よーし、じゃあ。第一問! ……い、いくぞー」
ルナティック用の問題を見た勇儀が、一瞬固まる。
おそらく、ぱっと見疑問に思う難易度だったのだろう。
「5,785 × 14,624 × 2,518 は?」
これを1分で解いて、30秒で答えればいい、簡単でしょ?
なんて、言えるはずもなく。
華扇でさえ、自分の耳を疑っている状況であった。計算式を書くための紙の上には、式の数字だけが残り。手が進まない。
すでに頭が無理だと判断してしまっているから。
ただ、もう一方のお空はというと、そんな華扇よりも悪く。紙に書こうともしない。
『……設定、変更……、……停止、……』
何かをぶつぶつつぶやくだけで、計算している素振りもない。そこでお燐は、とある可能性に思い当たり、さとりにお願いした。
お空の今の思考を読んで欲しい、と。
もしかしたら、何か。凄く大切なことを忘れているんじゃないか、と、思ったからだ。
しかし、お燐の期待むなしく、さとりは首を横に振り。
「妙な勢いで数字が流れた後、熊や、犬や、猫が出てきました……」
なんで動物。
と、お燐が突っ込むより早く。
ピンポーンっ!
1分ぎりぎりでお空がボタンを押した。
もう、これ異常ないくらい、瞳を輝かせながら。
「えっと、答えは! サル、猫、牛、ネズミ!!」
しかし、数字が一つもない不具合が発生。
「……えっと、お空。はずれ」
「え、えぇぇぇっ!? あってるよ! 間違いないよ」
「じゃあ念のため聞いてみるかい? おーい、答えよろしくー」
勇儀が声を掛けると、藍がこほんっと咳払いして。
「213,022,397,120 となる」
藍があっさり答えを出した瞬間、会場からどよめきが起きる。
凄いという簡単の言葉ばかり浮かぶ中で、一人不満そうな影が。
「ほら、やっぱり私あってる」
「どこがあってるっていうんだよ」
「だってほら! サルが213だし!」
「はいはい、馬鹿やってないで次いくよー」
このままいくと、藍の計算能力の発表会になるだろう。
そう、誰もが予想する中で。
お燐だけが、何かに気付いた。
さとりが理解できないといい、数字から動物が出てきたという。
そして、今、お空は自分が正解したと言い張っている。
213=サル
それが。嘘ではないのだとしたら……
もしかしたら、お空はとんでもないことをやっているんじゃないか、と。
だから、お燐は。一か八かでこう、お空に声をかける。
「お空! 動物とかそういうのはいいから! 全部数字で考えな!」
「……え、でも、そんなの面白くないし」
「ちゃんとやらないと、さとり様と一緒にいられないんだよ!」
「あ、ああああああっ!! ごめんごめん。そうだった! うん、私、ちゃんと数字で考えるね!」
よし、っとお空は気合を入れなおすと。また何かをぶつぶつつぶやき始める。
『設定、再変更。能力使用に利用する全演算能力を計算へ。
お空数字、設定一時削除……、一般の数字のみ使用……』
お燐は知っている。
確かに、お空は記憶力に乏しいし、足し算引き算が急にできなくなるときが多い。
けれど、そんな子が。
お燐と暮らして、この何百年間……
地底の温度設定を、ほとんど失敗したことがないのである。
そして、お燐の記憶が確かなら。
体調不良の理由で失敗したことを除けば……
失敗回数は、『ゼロ』
それは、本当に感覚だけで済むものなんだろうか。
お空は何かを使って、状況を把握しているとするなら。
それはやはり、数式による計算なんじゃないんだろうか。
そう、お燐が高鳴る胸を押さえながら、見守っていると。クイズが再開された。
「じゃあ、第二問。67,224 × 10,309,513 ÷ 223 は?」
勇儀が、問題を出し。
相変わらず華扇は、ただ問題を写す作業に集中し。
ピンポーン
「3,107,832,744」
「……?」
室内が、静まり返る。
問題を出して、おおよそ、数秒後。
ほんのたった数秒で、お空がボタンを叩き、数字を読み上げた。
それを認識したはずの勇儀も、呆然と、言葉を失い。
「さ、さあ! 今の答えは!」
同じく、目を丸くしたままの八雲藍へと、視線を送る。
それでも、藍はしばらくの間反応すらできず。
「……正解だ」
声を出せたのは、勇儀に振られてから10秒が経過した頃だった。
しかも、お空が答えを導き出したという。
瞬間、地霊殿側の観客が沸きに沸き立つ。
先ほどまで死んだ目をしていたさとりも、瞳を潤ませてお空の名を呼ぶ。
「……そ、そんな馬鹿な! これは何か明らかな不正が!」
しかし華扇は、解答席をばんっと叩いて勇儀に訴える。
それもそうだろう、油断しても勝てると思っていた相手が。悪鬼のごとく豹変したのだから。
「ちがうよー。数字を動物とかに変換せずに計算しただけだもん」
それでも、お空は。能力使用のための演算を止めて、算数にフル活用しただけ。普段のおとぼけも、能力のための副作用ととれば、納得がいくというもの。
「そうだね。私の目にもお空が何かしたようには見えない。もちろん、仲間の方からも、だ。数字で考えろっていう声は飛んでたみたいだけど、あんなの不正に該当しない。指摘自体お門違いってもんさ」
「そんな……」
不正はない。
けれど、今のような問題が続けば……
華扇は答えることができないのだ。
それが後、3問ある。
華扇が3ポイント、お空が1ポイントの状況で。
後3つ、どちらかがポイントを重ねることができるのだ。
そのだれか、というのはもちろん。
「……413,567,900,248!」
「四問目正解! これで、3ポイント対3ポイント! 両者並んだ!」
お空以外にありえない。
これで、さとりと華扇との決着も付き。
加えて地底妖怪の基本能力の高さを示す良い機会ともなる。はずであるのだが、あまりの圧倒的な展開すぎて。
問題が進むごとに歓声が小さくなっていく。
「……私は、負けられない……あの子たちのためにも」
そんな圧倒的な差だけではなく。悲壮感すら背負い始めた、華扇を応援したり。同情したりする観客が増えてきたからであろう。
「まさか、こんな展開になるとは……お空を侮っていたようです」
しかし、この状況で一番驚いているのは、さとりであった。
数字を動物で考えているお空が、勝てるはずがないとどこかで思っていたからだろう。
「しかし、お燐。お空はなぜあのように?」
「えーっと、よくわからないんですけど。私たちって0から9まで数えて、10になったら1つ桁上がりしますよね?」
「ええ、そうですね」
「それがお空の場合、0~999まで一つの塊で、その一個一個に動物とか、自分の知ってる何かを振り分けてるんじゃないかって思ったんです」
「……」
「しかもその割り振りが気分で変わったりしたら、心を読めたけど理解できなかったんじゃないかなって」
「……しかし、それは膨大な労力の無駄遣いでは……」
「ええ、きっと。そんなことをしないといけなかったんじゃないでしょうか」
解答席でお燐たちに向かって手を振るお空に手を振り替えし、お燐はぼそりっとつぶやいた。
「それくらいしないと時間を潰せないときが……お空にあったのかもしれないって、思うんですよ、あたいは」
「……そう、ですね。お空には、後でたっぷり甘えさせてあげることにします」
「えー、あたいはー?」
「お燐はおあずけ」
すでに、お空の勝利を確信している地霊殿陣営は、穏やかな空気に満ちて。
逆に、華扇側の幻獣をはじめとしたペットたちは、心配そうに華扇を見つめている。
対照的な空気に満ちた部屋の中で、とうとう最終問題が勇儀から告げられた。
「45,216,300 ÷ 50 × 3,617 × 5,989 は?」
そこでいち早く動いたのは、華扇。
お空が動くより早く、ボタンを押すが。
「……」
答えが出ない。
必死で手を動かし、頭の中で数字を動かしているのに。
ここで答えなければ、大切なものを失うというのに。
「……わかり、ません」
最後のプライドで、そう宣言することしかできなかった。
お燐とさとりは、抱き合い。
お空の答えを待つ、が。
「……」
何故か、お空は動かない。
解答席の上で崩れ落ち、頭を抱える華扇を、じーっと見て。
時間ぎりぎりで、やっとボタンを押した。
「さあ、お空! 答えは?」
これで決まった。
勇儀も声を上げて、お空の言葉を待ち。
周囲もごくりと息を飲む。
しかし、満面の笑みを作るお空から出たのは。
「うにゅ、わかんない」
たったそれだけ。
数字でもなんでもない、なんでもない失敗の言葉。
周囲でどよめきが巻き起こる中、華扇が涙を溜めた顔を上げる。
気付いたのだ、お空が何を選んだのかということに。
「ふむ」
にこやかに立ち上がった八雲藍が告げる。
「両者3ポイント。引き分けだ。お互いよくがんばったぞ」
一勝一敗一引き分け。
勝敗は、なし。
けれど、お空の心を読んださとりは知っていた。
その頭の中に、正解と思われる数字が並んでいたことに。
それでも、お空はそれを答えとすることを拒んだ。
おそらく勝負に徹するのであれば、さとりはそれを叱らないといけない。
本来であれば、勝利を捨てる行為を戒めなければいけない。
けれど――
「……お空に教えられました。私たちが、馬鹿だったのだと」
さとりの視界の中では、華扇と身を寄せ合う龍の子と大鳥が映し出されていた。
一時は失うことになりかけた絆だ。それを取り戻せたという感情の高ぶりはどれほどのものか。
そして、その喜びに溢れた表情の、なんと眩しいことか。
「こんな大切なものを、くだらない勝負に賭けようとしていた。主人として恥ずかしい限りです……許してください、お燐」
「さとり様」
「お空にも、後で謝らないといけませんね。それと、目一杯褒めてあげないと……」
そう思ってくれるだけで、私たちは幸せなんですけどね。
と、お燐が心で直接伝えると。
会場の片づけを指示しながら。
「……ええ、私たちは幸せ者同士ですね」
静かにお燐に微笑み返す。
さとりが片付けのために、お燐から離れたとき。
何故か、後ろからくいくいっとお燐の服が引っ張られた。
誰がこんないたずらするんだろうと、振り返ると。
「お、お゛り゛ぃぃぃん!!」
もう、涙なのかなんなのかわからないほど、顔をぐしゃぐしゃにしたお空が柱の陰に隠れていて。
「ぐすっ、さとり様怒ってるよね。私、悪いことしたから、すっごい怒ってるよね?」
どうやら自分の行為でさとりがカンカンだと勘違いしているようで、膝もがたがたと震えている。
「どうしよぅ……、うわぁぁん、おりぃぃん……
私捨てられちゃったら、どぉしよぉぅ~~~~」」
そしてまた、泣き出してしまうお空に、思わず苦笑してしまったお燐は。
「このお馬鹿」
おでこに優しく指先をぶつけ。
すすり泣くお空をぎゅっと抱きしめた。
その日の夕食は、お空の大好きなハンバーグだったことを記しておく。
by お燐
ホームグラウンドのはずの地霊殿の中。
そこでさとりたちは窮地に立たされていた。ペットたちと戯れるために広く作られた遊戯室。
今、そこに普段置かれていない奇妙な背丈の高い机だけが二つ、中央に置かれていて、それが異様な空気を漂わせている。
この状況が意味しているものは、さとりだけでなく。その横に立つお燐も理解していた。
「けれど私は、お空には無限の可能性があると信じています」
「さとり様……、でもお空じゃ……」
この状況を四文字で表すのなら、絶体絶命以外にありえない。
理解しているからこそ、どれだけ絶望的か理解できてしまう。それでも、どれだけ勝利の女神から見放されようとも。
「いいえ、お燐、信じるのです」
「さとり様……」
「私たちが信じなければ、誰が信じてあげるというのですか」
「さとり、様?」
「奇跡の一つか二つ……、三つか四つ……、いえ、十個くらいお徳用セットで起きれば!!」
「さとり様ぁ……」
たぶん、信じていないな。
握りこぶしを震わせて、お空を応援するさとりの横で、お燐は一度ため息を吐きながら目を伏せる。
再度、ゆっくり瞳を開ければ。
「まっかせて! さとり様、お燐! 私に掛かれば地上の仙人の一人やふた……」
片方の机の側で、ぶんぶんと制御棒を回す。元気の良いお空がいたが、途中でその動きをぴたり、と止めて。
「……ねえ、お燐。仙人の数え方って『ひとり』『ふたり』であってる?」
最後の勝負である茨木華扇をじーっと見つめ始める。
「うん、あってるよ? それがどうかしたのかい?」
お空にとってプラスなのは、まったく緊張してないことくらい。だから、お燐はできるだけ気を使わせないようにと、素直に言葉を返す。
そうしたら、勝機を見い出せるかもしれないわけで……
けれど、お燐の言葉を受けてお空がいきなり顔をしかめて。
「って、ことはさ。お燐もしかして……」
おそるおそる、問いかけてくる。
「千人いたら、仙人千人……?」
「……ぇ?」
「仙人千人?」
「……うん、お空……あんた、賢いね……」
「えへへ~、やっぱり~♪ あれ? お燐なんで泣いてるの?」
お燐が目の幅の涙を流し始めたところで、とうとう、最後の勝負の掛け声が。審判長の勇儀から発せられた。
「では、第三勝負! 仙人チーム代表、茨木華扇! 地底チーム代表、お空!
『早押しクイズ』スタート!」
◇ ◇ ◇
きっかけは、博麗神社での飲み会。
珍しく、華扇とさとりが一緒になったのがことの始まりだった。お互いのペット持ちという共通点があり、序盤はとても和やかに進んでいた。
ヤタガラスを身に宿す者や、火車までペットにするなんて。
そちらも、龍や大鳥をペットにするなんて。
両者とも称えあい、とても楽しい宴会だったのだが。
『じゃあ、どっちがすごいの?』
霊夢の純粋な一言が、二人をいけない方向へ運んでしまう。
『どちらが凄いかという点だけで言うなら、私でしょうね。仙人であり、幻獣クラスまで従えられるのですから』
『いえいえ、理性ある人型の獣を持つこちらこそ上であることの証明でしょう。そちらはただ力で押さえつけているだけかもしれませんし』
『そうですか。そういえばさとり妖怪は相手の弱みを握るのも得意という話ですね』
『いえいえ、仙人様も修行という名目で苦行を与える良い趣味をお持ちだとか』
『おほほほほほ』
『うふふふふふ』
『ちょっと、表出ましょうか?』
などという、微笑ましい展開へと発展してしまい。
お燐もお空も黒いオーラを纏うさとりを見て、右往左往するばかり。
しかたないので、勝負事に目がない鬼の勇儀が。
『ペット二人と、主一人での三本勝負でどうだい。日を改めて』
と、提案してくれたのでその場は丸く収まった。
収まったのであるが……
勝負という約束は残ってしまい。
現在に至る。
地霊殿の中で、霊夢や地上の妖怪が観客となって招かれて行われたのは。
くじで勝負方法を決め。
さらに、もう一つのくじで対戦相手を決めるという。運も勝負の別れ目となる内容であった。
地霊殿側は、体力勝負のお空、オールラウンダーのお燐、そして知力に偏るさとり、という一人以外あまりにも尖った構成であった。
そして、もう一方はというと。華扇自身が実力不明であることは言うまでもなく、他は龍と大鳥という、こちらも尖った体力重視。
「……負けたほうは、勝った側にペットを差し出す。これでいいね?」
「ええ、私が負けるはずもありませんし」
「仙人が単なる妖怪に後れを取るとでも?」
そうやって顔を強張らせて微笑む中、第1戦が行われたわけだが。
第1戦は大鳥対さとりの、漢字早書き対決。
審判長である勇儀が漢字の部首を示すので、その部首に対応した漢字を多く書いた方が勝ち。
もう、対決方法だけ見てもどちらが勝ちかわかってしまう内容であった。
しかも、この場合。
観客すら、さとりの味方になる。
考えても見て欲しい。
目の前で、誰かがなぞなぞを出して。その問題が自分の耳に入ってきたとき。わかる問題であれば無意識に考えてしまうもの。
それが観客であっても話は同じ。さとりとしては、わからなくなればその観客や対戦相手の頭にある漢字を紙に写してやれば良いのである。
負ける要素が見当たらない。
もちろん結果は、さとりの圧勝。
文字の書き役として文が大鳥をサポートしたがまるで意味がなかった。
そして、後のなくなった華扇側が必勝を掛ける第2戦。
審判長の勇儀が引いた瞬間大きくどよめきが起きた。
それもそのはず、内容が。
『尻相撲』
ちょっぴりや~んな雰囲気の種目であることは言うまでもない。
きっと、誰もがそういうことをイメージしたであろうが。
対戦相手は。
お燐と龍の子。
「……え? ……尻?」
「この場合は腰でもいいかな」
「え、えっと。勇儀おねえさん? 龍の腰っていうと、あれかい? なんか強靭そうな尻尾がついちゃってるあのあたりとか……、いやぁ、なんか龍の方すっごいぶんぶん尻尾振り回してるんだけど……、ねえ、お姉さん。あれ、なしだよね?」
「……」
お燐が口元を引きつらせている間に、龍のアップは進み。
ちょっと勢いあまって壁に尻尾がかすった。
ほんとにちょっとだけ『チッ』って音がしただけだったのに。
後に残ったのは、大きくえぐれた壁面だけ。
「あはは、あの尻尾なしにしてくれないと。あたいの命っていうか、そういう大事なのが消えちゃいそうな気が」
ぽんっ
「骨は拾ってやる」
「にゃ、にゃんですとぅ!?」
「ほら、お燐って死体、好きだろ?」
「自分のは嫌に決まってるじゃないのさ! さ、さとり様! さとり様からも何か言ってくださいよぉ!」
主人なら、主人ならきっとなんとかしてくれる。
そう期待して振り返って。
「……お燐も、尻尾、二本あるし」
目を反らしてつぶやかれ、主従の縁を切ってやろうかと思うお燐であった。
そして、この結果も当然……
「ぎぶあっぷ♪」
一回腰をぶつけあって、なんだか嫌な音がした直後。
お燐が脂汗を流しながら負けを宣言したのだった。
◇ ◇ ◇
そうしてやってきた第3戦。
それが、今日の大一番。
早押しクイズ10問勝負!
事前に準備しておいた、『国語』『算数』『科学』『歴史』『娯楽』の5つから対戦者が好きなものを一つずつ選ぶ。
そのテーマについて前半5問、後半5問出されるので、それに答える。回答権は一問につきお互い一回だけ。早押しで回答順が決まる。という、外の世界では一般的なものだったが、幻想郷ではこういった趣向があまりなかったので、観客含め興味津々の様子であった。
そんな雰囲気を察してか、審判長兼司会進行となった勇儀が声高らかに開始を宣言。
コイントスによる先攻後攻決めにより、華扇が先行。
そしてジャンルはというと。
「歴史でお願いします」
華扇が宣言した途端、さとりとお燐が頭を抱えた。
いや、でももしかしたら……
そんなわらをも掴む気持ちで、さとりはお空の様子を見守る。
「勝負事ですので、すみませんが勝たせていただきます」
「ん、負けないよー」
「答えるときはそのボタンを押すんだよ」
地霊殿の歴史が出てきたらきっと、お空もわかるはず。
お燐もさとりを励まして……
「じゃあ、第一問!」
とうとうクイズが始まって――
ピンポーン!!
はじまって?
「……え?」
「んふふ! 華扇って人よりも早く押したよ! 早押しなんだよね?」
そんな様子を見てさとりは、ふふっとお燐に微笑む。
「あっちでも、元気で暮らすんですよ……」
「さとりさまぁ!? さとりさましっかりぃぃぃっ!」
もう、戦場に子供を送り出す母親のごとき表情でお燐を見上げていた。
◇ ◇ ◇
「さて、最後のお弁当ですから、二人の好きなものをたっぷり入れてあげないと……うふふ、うふふふふ」
やばい、とりあえず何かやばい。
ふらつきながら優しい笑みを浮かべ続けるさとりを横目で気にしながら、お燐は何か打開策がないか考えてみた。
が、ルールがルールであるし。審判が鬼となってくると、カンニング等の不正行為は死を意味する。ばれなければいいのかもしれないが、よく考えて欲しい。
作戦を実行する場合の相方が、お空であることに。
『よし、無理』
即座にそう悟ったお燐は、今度はジャンルに穴がないかを探ろうとするが、そんなお燐をあざ笑うように。
「前半終了! 5問終わって華扇側は3ポイント! お空0ポイント!」
「えへへ」
「なんで嬉しそうなのさあんた……って、もう時間稼ぎも無理か……」
華扇側は順調に開始三問を答えたものの。第四問の紅魔館の吸血鬼で長い間地下に居た人物の名前は? という問いに、イージーミス。姉のほうの名前を答えたことと、そのミスを引きずって出された第五問目に至っては、
『人里で歴史をまとめている家系であり、そして現在歴史書の作成に当たっている人物は……』
『稗田阿求』
『……あー、惜しい。その人物ですが、では、寺子屋で歴史の先生をしているのは?』
『し、しまった!』
早押し問題独特の罠。
『Aは○○ですが、では次の△△は?』
に、引っかかり。取れる問題を2つ落とした。
これは、お空がジャンルを選ぶ時間が来てしまっているが、相手が二つ落としているのは大きい。
無駄知識だけは溜め込んでいるお空であるから、きっと『娯楽』じゃないと難しいかもしれない。そうお燐が考えていたところで。
「それで、お空。次あんただけど、何選ぶ?」
「んー、ねえねえ。勇儀。私が勝てるやつ選んでいいんだよね?」
「もちろんだよ。そういう勝負だからね」
「じゃあ~~」
お空、『娯楽』『娯楽』。
お燐が観客側から解答席にいるお空に声を飛ばす。すると、お空は、何故か首をかしげて。
「やっぱり、これがいい」
ぱあっと表情を明るくして、びしっと、指差した。
その指先へ向けて勇儀が視線を辿り。
「……?」
あからさまに眉を潜める。
「お空、本当にこれで良いのかい?」
「うん、いいよ」
念のため、勇儀が確認しても、お空は自信満々といった様子で胸を張るばかり。
「で、では。次の勝負は『算数』! 『算数』となりました!!」
それを聞いて、さとりが余計に現実逃避を重ねていく中で。
『娯楽』と言い続けたお燐も、がっくりと肩を落とす。
しかし、お燐は……
「……そういえば、あの子」
とあることを思い出し、さとりの肩を叩いた。
『算数』は他の問題と違い、明確な制限時間が決められていた。
考える時間は1分、ボタンを押してから答えを言い切るまでは30秒、合計1分30秒が、回答者の持ち時間ということになる。
加えて、難易度設定を変更できるのも特徴であった。
子供でもわかるイージーと、大人が少し考えてわかるノーマル、そして、もう何で作ったのかわからない、ルナティック。
その最後の難易度はというと……
寺子屋の慧音に『短時間では不可能』と言い切らせるレベル。
そしてお空が最低3問正解しなければならないなかで選んだのが、何をとち狂ったのかこのルナティック。
そのため呼ばれることがないはずの採点係、式を操る八雲藍が急遽スタンバイすることとなった。
「よーし、じゃあ。第一問! ……い、いくぞー」
ルナティック用の問題を見た勇儀が、一瞬固まる。
おそらく、ぱっと見疑問に思う難易度だったのだろう。
「5,785 × 14,624 × 2,518 は?」
これを1分で解いて、30秒で答えればいい、簡単でしょ?
なんて、言えるはずもなく。
華扇でさえ、自分の耳を疑っている状況であった。計算式を書くための紙の上には、式の数字だけが残り。手が進まない。
すでに頭が無理だと判断してしまっているから。
ただ、もう一方のお空はというと、そんな華扇よりも悪く。紙に書こうともしない。
『……設定、変更……、……停止、……』
何かをぶつぶつつぶやくだけで、計算している素振りもない。そこでお燐は、とある可能性に思い当たり、さとりにお願いした。
お空の今の思考を読んで欲しい、と。
もしかしたら、何か。凄く大切なことを忘れているんじゃないか、と、思ったからだ。
しかし、お燐の期待むなしく、さとりは首を横に振り。
「妙な勢いで数字が流れた後、熊や、犬や、猫が出てきました……」
なんで動物。
と、お燐が突っ込むより早く。
ピンポーンっ!
1分ぎりぎりでお空がボタンを押した。
もう、これ異常ないくらい、瞳を輝かせながら。
「えっと、答えは! サル、猫、牛、ネズミ!!」
しかし、数字が一つもない不具合が発生。
「……えっと、お空。はずれ」
「え、えぇぇぇっ!? あってるよ! 間違いないよ」
「じゃあ念のため聞いてみるかい? おーい、答えよろしくー」
勇儀が声を掛けると、藍がこほんっと咳払いして。
「213,022,397,120 となる」
藍があっさり答えを出した瞬間、会場からどよめきが起きる。
凄いという簡単の言葉ばかり浮かぶ中で、一人不満そうな影が。
「ほら、やっぱり私あってる」
「どこがあってるっていうんだよ」
「だってほら! サルが213だし!」
「はいはい、馬鹿やってないで次いくよー」
このままいくと、藍の計算能力の発表会になるだろう。
そう、誰もが予想する中で。
お燐だけが、何かに気付いた。
さとりが理解できないといい、数字から動物が出てきたという。
そして、今、お空は自分が正解したと言い張っている。
213=サル
それが。嘘ではないのだとしたら……
もしかしたら、お空はとんでもないことをやっているんじゃないか、と。
だから、お燐は。一か八かでこう、お空に声をかける。
「お空! 動物とかそういうのはいいから! 全部数字で考えな!」
「……え、でも、そんなの面白くないし」
「ちゃんとやらないと、さとり様と一緒にいられないんだよ!」
「あ、ああああああっ!! ごめんごめん。そうだった! うん、私、ちゃんと数字で考えるね!」
よし、っとお空は気合を入れなおすと。また何かをぶつぶつつぶやき始める。
『設定、再変更。能力使用に利用する全演算能力を計算へ。
お空数字、設定一時削除……、一般の数字のみ使用……』
お燐は知っている。
確かに、お空は記憶力に乏しいし、足し算引き算が急にできなくなるときが多い。
けれど、そんな子が。
お燐と暮らして、この何百年間……
地底の温度設定を、ほとんど失敗したことがないのである。
そして、お燐の記憶が確かなら。
体調不良の理由で失敗したことを除けば……
失敗回数は、『ゼロ』
それは、本当に感覚だけで済むものなんだろうか。
お空は何かを使って、状況を把握しているとするなら。
それはやはり、数式による計算なんじゃないんだろうか。
そう、お燐が高鳴る胸を押さえながら、見守っていると。クイズが再開された。
「じゃあ、第二問。67,224 × 10,309,513 ÷ 223 は?」
勇儀が、問題を出し。
相変わらず華扇は、ただ問題を写す作業に集中し。
ピンポーン
「3,107,832,744」
「……?」
室内が、静まり返る。
問題を出して、おおよそ、数秒後。
ほんのたった数秒で、お空がボタンを叩き、数字を読み上げた。
それを認識したはずの勇儀も、呆然と、言葉を失い。
「さ、さあ! 今の答えは!」
同じく、目を丸くしたままの八雲藍へと、視線を送る。
それでも、藍はしばらくの間反応すらできず。
「……正解だ」
声を出せたのは、勇儀に振られてから10秒が経過した頃だった。
しかも、お空が答えを導き出したという。
瞬間、地霊殿側の観客が沸きに沸き立つ。
先ほどまで死んだ目をしていたさとりも、瞳を潤ませてお空の名を呼ぶ。
「……そ、そんな馬鹿な! これは何か明らかな不正が!」
しかし華扇は、解答席をばんっと叩いて勇儀に訴える。
それもそうだろう、油断しても勝てると思っていた相手が。悪鬼のごとく豹変したのだから。
「ちがうよー。数字を動物とかに変換せずに計算しただけだもん」
それでも、お空は。能力使用のための演算を止めて、算数にフル活用しただけ。普段のおとぼけも、能力のための副作用ととれば、納得がいくというもの。
「そうだね。私の目にもお空が何かしたようには見えない。もちろん、仲間の方からも、だ。数字で考えろっていう声は飛んでたみたいだけど、あんなの不正に該当しない。指摘自体お門違いってもんさ」
「そんな……」
不正はない。
けれど、今のような問題が続けば……
華扇は答えることができないのだ。
それが後、3問ある。
華扇が3ポイント、お空が1ポイントの状況で。
後3つ、どちらかがポイントを重ねることができるのだ。
そのだれか、というのはもちろん。
「……413,567,900,248!」
「四問目正解! これで、3ポイント対3ポイント! 両者並んだ!」
お空以外にありえない。
これで、さとりと華扇との決着も付き。
加えて地底妖怪の基本能力の高さを示す良い機会ともなる。はずであるのだが、あまりの圧倒的な展開すぎて。
問題が進むごとに歓声が小さくなっていく。
「……私は、負けられない……あの子たちのためにも」
そんな圧倒的な差だけではなく。悲壮感すら背負い始めた、華扇を応援したり。同情したりする観客が増えてきたからであろう。
「まさか、こんな展開になるとは……お空を侮っていたようです」
しかし、この状況で一番驚いているのは、さとりであった。
数字を動物で考えているお空が、勝てるはずがないとどこかで思っていたからだろう。
「しかし、お燐。お空はなぜあのように?」
「えーっと、よくわからないんですけど。私たちって0から9まで数えて、10になったら1つ桁上がりしますよね?」
「ええ、そうですね」
「それがお空の場合、0~999まで一つの塊で、その一個一個に動物とか、自分の知ってる何かを振り分けてるんじゃないかって思ったんです」
「……」
「しかもその割り振りが気分で変わったりしたら、心を読めたけど理解できなかったんじゃないかなって」
「……しかし、それは膨大な労力の無駄遣いでは……」
「ええ、きっと。そんなことをしないといけなかったんじゃないでしょうか」
解答席でお燐たちに向かって手を振るお空に手を振り替えし、お燐はぼそりっとつぶやいた。
「それくらいしないと時間を潰せないときが……お空にあったのかもしれないって、思うんですよ、あたいは」
「……そう、ですね。お空には、後でたっぷり甘えさせてあげることにします」
「えー、あたいはー?」
「お燐はおあずけ」
すでに、お空の勝利を確信している地霊殿陣営は、穏やかな空気に満ちて。
逆に、華扇側の幻獣をはじめとしたペットたちは、心配そうに華扇を見つめている。
対照的な空気に満ちた部屋の中で、とうとう最終問題が勇儀から告げられた。
「45,216,300 ÷ 50 × 3,617 × 5,989 は?」
そこでいち早く動いたのは、華扇。
お空が動くより早く、ボタンを押すが。
「……」
答えが出ない。
必死で手を動かし、頭の中で数字を動かしているのに。
ここで答えなければ、大切なものを失うというのに。
「……わかり、ません」
最後のプライドで、そう宣言することしかできなかった。
お燐とさとりは、抱き合い。
お空の答えを待つ、が。
「……」
何故か、お空は動かない。
解答席の上で崩れ落ち、頭を抱える華扇を、じーっと見て。
時間ぎりぎりで、やっとボタンを押した。
「さあ、お空! 答えは?」
これで決まった。
勇儀も声を上げて、お空の言葉を待ち。
周囲もごくりと息を飲む。
しかし、満面の笑みを作るお空から出たのは。
「うにゅ、わかんない」
たったそれだけ。
数字でもなんでもない、なんでもない失敗の言葉。
周囲でどよめきが巻き起こる中、華扇が涙を溜めた顔を上げる。
気付いたのだ、お空が何を選んだのかということに。
「ふむ」
にこやかに立ち上がった八雲藍が告げる。
「両者3ポイント。引き分けだ。お互いよくがんばったぞ」
一勝一敗一引き分け。
勝敗は、なし。
けれど、お空の心を読んださとりは知っていた。
その頭の中に、正解と思われる数字が並んでいたことに。
それでも、お空はそれを答えとすることを拒んだ。
おそらく勝負に徹するのであれば、さとりはそれを叱らないといけない。
本来であれば、勝利を捨てる行為を戒めなければいけない。
けれど――
「……お空に教えられました。私たちが、馬鹿だったのだと」
さとりの視界の中では、華扇と身を寄せ合う龍の子と大鳥が映し出されていた。
一時は失うことになりかけた絆だ。それを取り戻せたという感情の高ぶりはどれほどのものか。
そして、その喜びに溢れた表情の、なんと眩しいことか。
「こんな大切なものを、くだらない勝負に賭けようとしていた。主人として恥ずかしい限りです……許してください、お燐」
「さとり様」
「お空にも、後で謝らないといけませんね。それと、目一杯褒めてあげないと……」
そう思ってくれるだけで、私たちは幸せなんですけどね。
と、お燐が心で直接伝えると。
会場の片づけを指示しながら。
「……ええ、私たちは幸せ者同士ですね」
静かにお燐に微笑み返す。
さとりが片付けのために、お燐から離れたとき。
何故か、後ろからくいくいっとお燐の服が引っ張られた。
誰がこんないたずらするんだろうと、振り返ると。
「お、お゛り゛ぃぃぃん!!」
もう、涙なのかなんなのかわからないほど、顔をぐしゃぐしゃにしたお空が柱の陰に隠れていて。
「ぐすっ、さとり様怒ってるよね。私、悪いことしたから、すっごい怒ってるよね?」
どうやら自分の行為でさとりがカンカンだと勘違いしているようで、膝もがたがたと震えている。
「どうしよぅ……、うわぁぁん、おりぃぃん……
私捨てられちゃったら、どぉしよぉぅ~~~~」」
そしてまた、泣き出してしまうお空に、思わず苦笑してしまったお燐は。
「このお馬鹿」
おでこに優しく指先をぶつけ。
すすり泣くお空をぎゅっと抱きしめた。
その日の夕食は、お空の大好きなハンバーグだったことを記しておく。
by お燐
で爆笑しました。
展開のテンポもよく、おもしろかったです。
最後の優しさを見せるあたりも素晴らしいです
そして最後ににこやかなシメで飾り、ただの技巧的物語で終わらせない。うーんにくいねえ。
とても楽しい物語をありがとうございました。文句なしの満点です。
前半でがっつり笑って、後半でしっかり感動させてもらいました。
お空の計算能力や笑いのセンスなど、参考にしたい部分が多々ありました。
地霊好きのお空LOVEの私にとっては、本当に大好きなお話でした。
私の知り合いにもこの話は読ませたいと思います。
本当にありがとうございました!!
そして、さりげなく大人な藍しゃまに萌えた。
なんかもう思いっきり頭なでなでして褒めてあげたくなる
頭が良くて気を使えるお空は良い子、マジ良い子。
お燐もお空も可愛すぎて和まずにはいられない。