新聞に限らず、自分の執筆したものに貰える『感想』は著者にとって何よりも大きな原動力だ。
これはスクープだ、と自分にとっても力作の記事に良い感想が貰えた時は胸の奥から喜びが込み上げるし、逆に辛辣なコメントを貰った時でも今後の反省の材料に出来る。何より『感想』を貰えたという事実が重要なのだ。
さて、私こと射命丸文も文々。新聞に『意見・感想コーナー』として手紙を募っている訳なのだが……
『霊夢が泣きながらメイド服を着て3の倍数の時アホになっている写真下さい!』
……一体私は、この手紙にどう反応すればいいのだろう。
◇
天狗の住処などというものは精々ボロ家というもので、無論私の自宅もその例に漏れない。
私が今玄関の扉を叩いた姫海棠はたての自宅も、やはりと言うべきか今にも倒壊しそうな超ボロ家だ。
ノックから数秒後に、その扉はゆっくりと開く。扉の隙間から来訪者を確認したはたては、私の顔を見ると露骨に嫌そうな顔をする。
「はあい、未来のチャンピオン!」
「え、なにそれは……」
「社交辞令よ、新聞記者たる者それぐらいは弁えておきなさい」
「意味が分からないんだけど」
キャッチーなネタで心を掴む作戦は見事大失敗である。
はたては明らかに私を追い返そうとするので、「ちょ、待って話を聞きなさい少しだけでいいから先っちょだけ先っちょだけ!」と強く嘆願すると、はたてはにわかに溜め息をつき、それから私の目を見つめて言った。
「……まあ、中入りなさいな」
「ふふん、物わかりが良くなったわねはたて」
何とか玄関を突破して、私は客間とは到底形容できない散らかった居間に案内される。いやまあ私も人の事を言えた立場じゃないんだけど。
小さなグラスに注がれた麦茶が出てきて、「ありがとう」と一言返したのちグラスを傾ける。
「……で、ご用件は?」
麦茶がちょうど私の喉を通った頃、はたては面倒臭そうな声色でそう問いかけてきた。
私はグラスを机に置くと同時に、袖の下から1通の手紙を机に出す。
「なにこれ」
「まあ、取りあえず読んでみなさいな」
「はあ」
はたてはゆっくりと封筒を開けて、くだんの手紙を開いた。
読み上げながら、はたての表情が眉を潜めた状態で固まる。無理もない、何せさっき私が見た手紙の内容はこんな感じだ。
『霊夢が泣きながらメイド服を着て3の倍数の時アホになっている写真下さい!
突然ですみません! 緊急のお願いなんです! 危篤の母が死ぬまでに1度は見せてあげたいんです!
写真は次の新聞に載せて貰えると嬉しいです! 本当によろしくお願いします!
P.S. 悪戯じゃないです! 無視したら針千本おはぎに入れて送るんだから!!
読者Aより』
「……こ、これは、酷いわね……」
はたてはカカオ99%のチョコレートでも食べたかのような顔で言う。これに関しては私も同意見だ、この手紙を最初に見た時は口の中が苦くなったし。
まあ色々と突っ込みたい事はあるのだけど、いちいち突っ込んでいては何も始まりそうもない訳で、さっさと本題に入った方がよさそうだ。
はたてから手紙を返して貰いつつ、私はグラスの麦茶をもう1度あおった。
「で、私はこれを受けてどうすればいいと思う?」
「……え、ええと」
困った様子ではたては目頭を抑え、それから匙を投げるようにして大きく溜め息をついた。
「そんなの私に聞かれても困るわよ……自分で考えれば?」
「む……貴方はこの不可思議な手紙が気にならないの?」
「ただの意味不明な悪戯メールでしょうに……そんなの気にならないよ」
疲れきった表情で突っぱねられてしまう。まあ普通こうなりますよね……
ただ、私だって断られるだけのために、はたてのボロ家へ来たわけではない。
「……そう。貴方もそろそろ1人前かと思って相談へ来たんだけど」
「へ」
「ま、普通迷惑よね。麦茶ありがと」
空になったグラスを残して、私は居間を出ようとはたてに背を向ける。
去り際に見えるはたては目を丸くしていて、おそらく予想外に私が謙虚だったから戸惑っているのだろう。
どうせ私の事をデリカシーの無い図々しい奴だとでも思っていたのだ。失敬な。事実だけど。
「ちょ、ま、待ちなさい!」
居間の扉を開いた時、後ろのはたてが声を跳ね上げた。ガタ、と机の揺れ動く音も聞こえてくる。
……でも、なんて言ったかよく聞こえなかったなぁ。いや、何も言ってないよね。聞き間違い聞き間違い。
「ちょっと! 待ってってば!」
はたてが私の前に出て進路を塞ぐ。私はわざわざ苦笑いを作って見せた。
「なに? 私がここに居たら迷惑だし、早く帰った方がいいでしょ?」
「……め、迷惑だなんて一言も言ってないじゃない」
「はあ」
「だから、その、ちょっと…………訊きたい事があるの」
はたては眉を吊り上げて、真面目な顔で私の目を見つめる。
想像以上に私の言葉に食いついてくれたようだ。……自尊心の強いこの子の事だから、食いつかない筈は無いと思っていたけれど。
私は、はたての視線に微笑で返した。すると、はたてはたじろいだ様子で肩を震わせる。
「……や、やっぱ、何でも無い」
そして尻込みするのだこの子は。何がしたいのかしら。
「ま、まあでも、話くらい聞いてあげない事も無い……かもね」
視線を逸らしながら、はたてはボソリと呟くように言った。
紆余曲折あったものの、結局は協力を取り付けられたようだ。これであの訳の分からない手紙の真相解明に一歩近づける。
「助かるわ、はたて。さあ早速作戦会議と行きましょう」
「え、う、うん……」
私は居間へ舞い戻り、さっきまで座っていた座布団へ再び腰を下ろす。
はたても同じように座った後、もやもやとハッキリしない表情のまま麦茶のグラスを握って、それをグイと一気に飲み干した。
◇
先程はたてが言った通り、ここまで突飛な手紙を見れば、殆どの者が悪戯メールだと思考停止してしまうだろう。
ただ、そうした見落としがちな部分にスクープは多く潜んでいるものだ。これは記者歴云十年射命丸文の『記者の勘』である。
「その勘とやらに頼った結果が今の弱小新聞なんだし考え改めた方がいいんじゃない?」
「そういう貴方も弱小新聞じゃないの」
「私は日々成長してるからいいんですー」
「残念ながら身体は成長してないみたいだけどねえ」
「なにおう」
はたてはまな板なのだ。
「まあそんな事はどうでもいいでしょ……で、結局文はこの手紙をどうするつもりなの」
はたては改めて注いだ麦茶のグラスに口をつけながら言う。
この手紙をどうするか。要するに、『霊夢が泣きながら(中略)アホになっている写真』を本当に撮るつもりなのかと訊いているのだろう。
「愚問ね。私の勘はこの写真を意地でも撮りなさいと言っているわ」
「……はあ、まあいいや。それで、どうやってこの写真を撮るつもりなのさ」
問題はそこだ。今回の写真は、私が今まで撮ってきた写真の中で間違いなく撮影難易度が最凶だろう。
……というか、この写真に至る状況ってどんな状況なのかしら。
ま、そんな事ばかり言って立ち止まっていても仕方が無い。まずは状況を分別して考えてみましょうか。
「……まずは『霊夢が泣きながら』の部分。霊夢が泣きそうな出来事って何かしら?」
「あの鬼巫女が泣く事なんてあるのかなあ」
「うーん……少なくとも他人を慈しんで涙を流す事はありえなさそうね……」
鬼の目にも涙のことわざは彼女に通じそうもない。
「それ以外に泣かせる方法といえば……霊夢をイジめるとか?」
はたては腕を組みながらそう口にする。イジめる、とは。
「ほら、人間の子供みたいに『やーいやーい博麗霊夢、お前の母ちゃん年収200万ー!』みたいな感じで囃し立てれば」
「私達が夢想封印で泣く羽目になるわね」
「ですよね」
難易度が高いだけでなく、命の危険とも隣り合わせの撮影になりそうである。なんじゃこりゃ。
それにしても、他に霊夢を泣かせられる状況があるとすればなんだろう。泣ける状況、泣きたくなる気持ち、慈愛、絶望、感動――――感動。
これだ。
「……賽銭箱に滅茶苦茶お賽銭が入っていたら、きっと霊夢の目からは感動のあまり涙が放物線を描いて飛んでいくわ。そう思わない?」
私の言葉に、はたては一瞬目を丸くする。
しかし、すぐに得心した様子で何度か頷く仕草を見せた。
「……それなら、確かに霊夢は泣くかもしれないわね」
「あの子はお金の事となると表情が変わるからねえ」
「相当生活が困窮してるのね……」
生活が困窮していると言うよりは信仰が困窮していると言った方が正しいのだけど、まあ大体意味は同じなのでどうでもいい。
ともあれ、霊夢を泣かせる方法の目途は付いた。次の状況を考えていきましょう。
「次に『メイド服を着て』の部分。これまた難易度が高いわ」
「普通に頼んだら……って絶対着てくれないか」
「『霊夢さん、突然ですけどこのメイド服を着て下さい!』なんて言ったら絶対夢想封印を喰らうわね」
笑顔で「死ね」と言われてドカーンピチューンの流れが容易に想像できる。となれば、直球勝負で霊夢にメイド服を着せるのは無理がありそうだ。
むむ……何とか変化球を模索できないものだろうか。
「メイド服に興味を持ってもらう、っていうのは……無理かしらねえ」
「霊夢って絶対そういうのに興味無さそうだよね」
「でも『このメイド服を着たら賽銭が100倍に増えます!』とか何とか言えば行けるかもしれないわ」
「どこの怪しいカルト宗教だ」
まあ無理ですよね。そもそも0に100をかけようが1000をかけようがゲフンゲフン……
これは別の変化球を検討しなければいけないわね。……と、そんな事を考えながら顎に手を当てた時。
ふと、はたてが「あ」と人差し指を立てた。
「あら、何か思いついたの?」
「かなり乱暴な案だけど……霊夢がメイド服を着ざる得ない状況に追い込むとかどう?」
「着ざる得ない状況?」
「うん。朝起きたら巫女服が全て八つ裂きになってて、残っていたのは一着のメイド服のみ! みたいな」
本当に乱暴な案だった。……しかし不可能では無い。
「悪くないわね。いくらあの霊夢でも、1日中寝間着で過ごす訳にもいかないだろうし」
「最悪着てくれなくても、博麗神社の周辺に超強風を吹かせておいて、」
「寒さに震える霊夢が『ヒートテック付』のタグがかかったメイド服を見れば……」
「ふふ、完璧ね。……完璧かなあ?」
暴案に拍車がかかっているけど、これぐらいなら許容範囲内だ。大丈夫大丈夫。
はたてが首を傾げるのを横目に、いよいよ最大懸案についての話をする事にしましょうか……
「で、はたて。……これはどうすればいいのかしら」
手紙を開いて、究極に意味の分からない一文を私は指差す。
『3の倍数の時アホになっている』――――なんですかこれ……
「まずさ……この状況はどうやったら作り出せるのさ」
「私に訊かれても困るわよ……念写すれば何か写るとかないの?」
「そんなの写る訳ないじゃない……」
ダメ元というか、冗談交じりにはたては念写を試みる。
勿論望みは限りなく薄いし、さてどうすればいいのだろう……
「あ」
なんて思案をしていたら、唐突にはたてが携帯を見つめながら声をあげた。
……いやいや、まさか。そんな筈は無い。幻想郷にそんなカオスな写真があって、この私が見落としてる筈がないじゃないか……
そう心中唱え続けているところに、はたてが唖然とした表情のまま手招きをしてくる。ゴクリと生唾を飲み込んだ私は、はたての持つ携帯の液晶を覗きこんで――
変なおっさんが、これまた壮絶な顔をしている写真を見る。
「……あのさ、文」
「……な、なに?」
「これ……霊夢にやらせるの?」
「え、ええ、もも勿論ですとも。そうしなきゃ写真は撮れないじゃないの」
「でもどうやって」
「れ、霊夢にお願いして……『3の倍数の時アホになってください!』って頼めば……」
あ、これ夢想封印ルートだわ。とすぐに私が気付いた事は言うまでもない。
◇
くだんの壮絶な顔をしたおっさんの写真は、どうやらダウジング鼠が無縁塚で撮影したものだったらしい。
おおかた外の世界から流れてきた人物なんだろうけど……外の世界の感性とは果たしてどうなっているのかと気になるところではある。
「で……結局、『3の倍数の時アホになっている写真』を撮るのは諦める、と」
さて、現在地は幻想郷上空。幻想郷はすっかり闇に覆われ、人里の明かりも完全に消え失せているような時間。
並走、ならぬ並飛しているはたての言葉に、私は苦々しく頷くしかない。
「諦める、じゃなくて妥協すると言って欲しいわね。どうせ写真なんだし、アホ顔してる写真を『これは3の倍数の時のアホ顔です!』って言い張れば問題ないでしょ」
「まあ、そりゃそうだろうけどね……」
記者として『妥協』の2文字は最も嫌いな言葉の1つなのだが、それでも諦めるよりは明らかにマシだと思う。出来れば真のアホ顔を撮りたいところではあるのだけど……
そんな事を話しつつ、私達が今向かっているのは博麗神社だ。何故こんな深夜に神社へ行くかと言うと、勿論重要な『下準備』があるからだ。
「さあて、到着ね」
明かりの落ちた博麗神社の境内へ、私とはたてはゆっくりと降り立つ。
すぐさま近くの草陰に隠れ、『下準備』についての打ち合わせをする。
「さて、さっきも話したと思うけど……改めて確認するわ」
「ま、全部覚えてるから必要ないけどさー」
「念のため、よ。まずはたては中庭近くの草陰に隠れて、私の合図が出るまで待機」
今隠れている草陰は拝殿の玄関に近い場所にあるから、中庭近くの草陰とはかなり離れた場所にある。
要するに、ここから私とはたては別行動になるという事だ。
「それから私が玄関近くで霊夢を陽動するから、その間にはたてが不法侵入→巫女服のストックを八つ裂き→ヒートテックメイド服をセット→脱出→GJ!」
「……そんなに上手くいくかなあ? てかさ、霊夢が寝てる間に不法侵入すればいいんじゃないの?」
「霊夢の危険察知能力を舐めたらいけないわ。例え眠っていても身の危険を感じればあの子は飛び起きる、そうなればはたてはグチャグチャのギタギタのピ――(自主規制)――よ」
「うわあ……」
はたてが顔を青くする。霊夢の恐ろしさをしっかりと再認識してくれたみたいね。
マズい物でも食べたように少し舌を出しているはたてへ、私は1枚の紙を渡した。博麗神社の間取り図だ。巫女服は全て寝室の箪笥に収納されている筈。
「ここまで内部に詳しいなら文が侵入すればいいじゃない」とはたてが抗議してきたので、「じゃあはたてが陽動役をやる?」と言ったら流石に黙った。
別にそっちでもいいのよ?
「……そういう訳だから、この深夜の作戦さえうまく行けば明日の朝の本作戦は勝ったも同然。張り切っていきましょう」
「ええ、分かったわ」
私とはたてはニヤと笑って、お互いの拳をコツンとぶつけ合った。
はたては背を向けて中庭の草陰へ向かおうとする。……と、1つ言い忘れていた事があった。
「ねえ、はたて」
「……? なに」
「なんだかんだここまで手伝ってくれてるけど……本当に助かるわ。ありがとう」
その言葉に、背を向けたはたての肩がピクリと動いた。……私だって冗談で言った訳じゃない。
今私達が実行している計画は1人では決して成功しない――というのは勿論あるけれど、それ以上に半ば強引に引き込まれたはたてが、私の無茶苦茶な作戦に着いて来てくれる事が、今は本当に嬉しい。
「……なによ、文のくせに。らしくないな」
暗闇のせいで、はたての表情は上手く確認できない。
ただ、ボソリと呟いたはたては「文さ。今日、言ったでしょ」と、続けて言葉を紡ぎ始める。
「? 何を」
「私の事、1人前だと思う――って。それって、どうしてそう思ったの?」
はたての紡ぎ出した疑問に、私は今日の昼間に自分が言った事を思い出す。
あれは――ただの煽り文句だった。そうやって褒めてあげれば、はたてはホイホイと手伝ってくれると思ったから、そう口にしたのだ。
なら、私ははたての事を微塵も1人前などと思っていないのだろうか。
「……ねえ、文」
「……さあね。貴方はどう思う?」
自分でも驚くほどに、その場しのぎの誤魔化しが口から出てきた。
はたての疑問に対する答えは見つかっていないけど、でもこの誤魔化しは最低だ。
「……そっか。……じゃあ私、もう行くよ」
はたての声色は何も変わらないように聞こえた。ただ私が鈍いだけなのかもしれない、だからこそ表情を確認させてくれない暗闇が煩わしい。
はたてが視認できない程度に離れてからも、私は考える。はたてを自分より下の存在だと見下しているなら、今も私はその程度にしか見ていないのか。
でも、今も私が抱いているはたてへの感謝は確かなものである筈だ。
だから――
「……ああ、面倒くさいわね」
……ま、今は目の前の事を考えましょう。
今言えなくても、一生はたてに答えを返せないという訳じゃない。この件が終わった時――くだんの滑稽な写真を撮り終えて記事にした時、その答えを返そう。
「そろそろ、計画実行ね」
草陰から躍り出て、私は玄関の前へ歩み寄る。いよいよ陽動作戦の開幕だ。
恐らく霊夢は、既に寝息を立てながら夢の世界にいるのだろう――大変心苦しいけれど、今日だけその世界を破壊させてもらいます。
私はすぅ――と思いっきり息を吸って……同じくらい思い切りに吐き出す!
「うわああああああああああインディカ米うめえええええええええええ!! めっちゃうめえええええええええええええFOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!」
闇に沈む博麗神社に私の叫びが轟いたのと、鬼神の如き面持ちで神社の主が飛び出してきたのは、だいたい同じタイミングの出来事である。
◇
翌朝、早朝。博麗神社境内付近の森、その木の上。
ボコボコに殴られて殺されかけた私を迎えてくれたはたては、未だ爆笑を抑えられない様子である。
「あはっ、あっはははは!! なんで、なんでインディカ米なのよ! あはははっ!」
「……パッと頭に思い浮かんだのよ。作戦は成功したし良いじゃない」
はたては笑顔で涙を拭う。
「そりゃあそうだけどさぁ、あんた霊夢に殺されかけながらもインディカ米インディカ米って叫び続けるもんだから、巫女服徴収してる時も笑って死ぬかと思ったよ……うくっ」
「そのお陰で作戦は大成功だし、何ならはたてがやってみなさいよ」
「いやいや、とんでもない! この役は文にしか出来ないわ! 本当に最高!」
褒められても全く嬉しくないんだけど……まあいいや。はあ。
ともあれ深夜の陽動作戦に大成功した私達は、順調に事を進めながら今に至っている。
神社付近で待機しているのは、ここからが真の本番であるからだ。そう、そろそろ霊夢が目を覚ます時間だ。
「昨日の大騒ぎで寝坊とかしなければいいんだけどね」
「そうねぇ……まあ霊夢は怠けてるけど生活リズムは普通だし、多分起きてくると思うけど……」
胸を高鳴らせながら、私とはたては木の上から玄関を凝視する。
算段ではこうだ――起きた霊夢はメイド服を身に着けたのち、玄関を出て賽銭箱の中身をチェックする。するとそこには彼女が見た事のない程のお賽銭があり、霊夢大号泣。そこへ颯爽と現れた私が霊夢にアホ顔を求め、それを背後からはたてがカメラに収める!
「……って、アホ顔を求めたってしてくれる訳ないじゃないの」
「ふふ、そこら辺は私に任せておきなさい。貴方は最高のアヘ顔……じゃねーや、アホ顔を撮る事に集中しなさい?」
「アヘ顔て。……ま、撮影は私だし……」
はたては少しだけ顔を綻ばせる。そう、撮影ははたて、貴方よ。決して抜かりの無いように集中してもらわないとね。
それから私達は、暫く無言で玄関を監視する。
そして、無言を作り上げてから――5分くらい経った頃だろうか。
「……あ、文!」
「ええ、私にも見えてるわ」
はたてが小声でそう言った時、ガラガラと玄関のスライド扉が開き――不機嫌そうにブスッと膨れた霊夢が姿を現した。
その服装は…………寝間着!?
「むむ……霊夢、天邪鬼というか何というか……」
「そんなこと言ってないで……いったいどうするのよ、文?」不安げにはたては耳打ちをしてくる。
「大丈夫、まあ見てなさい」
でも、そう焦る事は無いわはたて。私は右の手首をクイと回す。
途端……私達の周囲に風が渦巻き、「うわ」というはたての声が聞こえた頃には、その暴風は玄関の前を吹きすさんでいった。
風の直撃をもろに受けた霊夢は、薄い寝間着の上から受ける風の冷たさに目を丸くして、そのまま拝殿の中に引き返していく。
私は心中ほくそ笑んだ。だって、拝殿の中に残っている服は最早メイド服だけなのだから。
そして、次に姿を現した霊夢の姿は…………やったね、メイド服!!
「ま、まじ……?」
「ふ、私をあまり舐めない方がいいわはたて」
「い、いや、確かに寒さで凍えさせればって話はしたけど……こんなゴリ押し通じるものなんだ……」
ゴリ押し? いいえ知略的戦略の間違いよ。
霊夢は真っ赤な顔で周囲を気にしながら、そそくさと賽銭箱へ向かっていく。
さあ、第2の関門だ。山盛りになった賽銭を見て、霊夢は大号泣してくれるだろうか?
――霊夢が賽銭箱の異常に気づき、はたと立ち止まる。どうなる……?
「……泣きなさい!」
抑えきれず、私の口からそんな言葉が漏れる。
と、それと全く同じタイミングで――霊夢の双眸からハイドロポンプが吹き出した!
「……っ! 来たわはたて、早く行くわよ!!」
「え、ああ、うん…………泣き過ぎよね」ボソリ
はたてが何かドン引きしているように思えるが、そんな事はもうどうでもいい。
いよいよ最後のパートが訪れた。『霊夢がアホ顔になっている』状況――それを作らなければ、この写真は不完成!
私は飛ばしに飛ばして、0.2秒後には霊夢の前に降り立っていた。顔が滝になっている霊夢も、私の来訪に気が付いたようだ。
そして、遅れてはたてが背後に降り立つ。いよいよ準備は万端。
高鳴る胸のビートをなんとか抑えて、私は満面の笑顔を作り――――言った!
「霊夢さん――喜びのウィンクをどうぞっ!!」
……霊夢は一瞬、涙を流したままポカンと口を半開きにする。
私の中で不安の感情が徐々に大きくなっていく。これが駄目だったら一巻の終わり――自然と拳をギュッと握ってしまう。
しかし霊夢は――その『仕草』をした。
パチリ、と。片目を閉じるその『仕草』をした。
「……っ!」
濁流のように流れ落ちる大量の涙と共に。
可愛らしいデザインのメイド服をその身に纏って。
はたてが念写した写真の男が片目を閉じていたように。
ぎこちなさ過ぎて、最早アホ顔にしか見えないその『仕草』を――――した!!
「……ありがとうございます、霊夢さん!」
私が感極まった声で霊夢にお礼を言った瞬間。
チロリーンという音と共に、携帯カメラのシャッターは下ろされた。
◇
「やったあー! 撮ったわ、撮ったのよっ! ちゃんと撮れてる、はたてっ!?」
「撮れてるよ、全く……取り乱し過ぎじゃないの?」
「これが取り乱さずにいられますか! ああ、本当に嬉しい!」
こんなに嬉しかったのは生まれて初めてかもしれない。はたてと並んで歩く帰り道、私は人目を憚らず喜びを露わにしていた。
正直、今でも信じられない。あの絶望的な内容の写真を、多少の妥協はあったにせよ……私達は撮ったのだ!
「本当に最高よ、はたて! ほら、もう1回見せて!」
「はいはい……」
「おお、本当に……本当にこの写真が……」
私の喜び具合にはたては苦笑を浮かべているが、彼女個人としてもきっと多少は嬉しいに違いない。
ああ、今から既に記事を書くのが楽しみで仕方ない。これなら、賽銭箱に放置してきたお賽銭の分までしっかり元が取れるだろう。
「お賽銭を回収して逃げて来ればよかったのに」と独りごちるはたてだが、大量のお賽銭に感動する霊夢を前にして、流石にそれは鬼畜の所業である。
それに、被写体である霊夢に何の利益も出ないのでは余りに可哀想だ。この後アホ顔を晒される身分ではあるが、あれだけのお賽銭を置いていけば多分許してくれる筈。
「……ていうか、そのお賽銭の元手は一体どこから出てるの?」
そんな話の延長で、怪訝な表情を浮かべたはたてが問いかけてくる。
私はわざわざ得意気な表情を作り、スッと胸を張って答えた。
「ふっ……事前にほのぼのレ○クで借りてきたわ!」
「ほのぼの○イク!?」
「あと武○士とアイ○ル、それからア○ムからも同時に借りたわ! どや!」
「ぎゃあやめて文、それは多重債務よ!」
……というのはまあ冗談として。
「あれは私が今まで貯めてきた貯金で成立してるわ。だから現在貯金すっからかんの貧乏天狗よ。うふ」
「……あんたも随分と写真に命を賭けるね……」
勿論ですとも。それが記者の性というものなのだから。
呆れたように呟くはたても、私の顔をチラリと見ると、ふっと優しい笑顔を作った。
「ま、共同取材って言うのも……悪くないねー」
「……共同取材。そうねえ」
そういえば、そういう事になるのか。私とはたてが協力した撮った1枚の写真――ああ、まぎれもなく共同取材の賜物。
……はたと。私は深夜にはたてと話した事を思い出した。――「私の事、1人前だと思う――って。それって、どうしてそう思ったの?」。そうはたては私に問うた。
「……ねえ、はたて」
「ん」
「さっき、夜中に……話したでしょう。貴方が1人前でうんたらかんたらって話」
「うんたらかんたらって……」
はたてはやはり呆れ顔だ。
「……でも、その話はもういいよ」
しかし、はたてはそう言った。もういいよ、って――?
問い直すと、はたては若干顔を赤くして鼻の頭を掻く。
「だって、さっき文さ」
「うん」
「私に――写真を撮る係、任せてくれたでしょ? それって、そういう事なんだなって思った」
……そういえば。全く気にしなかったけれど、私はこの写真を撮ると言う大役を、無意識にはたてへ任せていたのか。
普通なら私自身が撮って然るべき、それぐらい大切な写真を――はたてに。
「……そう。なら私も、貴方の事を1人前だって認めてる」
「え?」
「理屈じゃなくて、勝手にもう認めてるみたい。ああ、貴方も成長したわ」
「……昨日から全然文らしくないなあ。何か痒いよ」
「ああ、でも身体は成長する気配が見えないわね」
「前言撤回っ!」
なんてだべりながら、私達は顔を見合わせて笑った。
なんだか、とても楽しい時間だ。貯金が0で現在お先真っ暗だと言うのに、今のこの瞬間を私はとても楽しく感じる。
でも――――実はもう1つだけ、私には気になる事があった。
「……そういえば。こんな手紙を送ってきた奴って、いったい誰なのかしらね?」
「え……」
――『霊夢が泣きながらメイド服を着て3の倍数の時アホになっている写真下さい!』
こんなにも下らなくて、けれど私を満たすキッカケを作ってくれた手紙の主。またの名をお馬鹿さん。これが誰なのか――私には全く見当が付かない。
「この写真を新聞にして、本当に満足してくれるのかしら。そもそも手紙の内容が意味不明だったしねえ」
私の言葉に、はたては暫し黙りこくる。
沈黙が少しだけ続いて、居心地の悪さを感じた私が口を開こうとした時、一瞬早くはたては言葉を発した。
「……手紙の主は、初めは悪戯で送ったんだと思う。危篤の母とか、そういうのは全部嘘っぱち」
「ええ、でしょうね」
「それはつまり、普段からガセネタしか載せない三流新聞めクソッタレ滅べ! って思いながら、この悪戯メールを送ったのよ。きっとね」
「はたての個人的な悪口にしか聞こえないんだけど」
あはは、とはたては笑う。
「だから、家に来た時も初めは追い返したんだ。面倒事は避けたかったから」
「……はあ? 何の話よ」
「でも、結局駄目だった。やっぱり、意志が弱いってことなのかなあ」
……意味が全く分からない。はたては何の話をしているの?
私が困惑する間に、はたては足を速めて私に背中を見せる。色々な意味で、私ははたてに置いていかれてるように思える。
「……もう少し分かり易く話してくれると助かるんだけど」
「……はあ。……文って本当に」
「本当に、なに?」
はたては1度、深いため息をつく。
それからくるりと振り向いて、再びその唇を動かした。
「……なんでもない。それよりさ、帰りに私の家へ寄っていかない?」
「まあ、別にいいけど。どうして?」
「いや、ちょっとね……」
不意に、はたてが悪戯めいた笑顔を浮かべる。
同時にひゅう、と風が吹きぬけた。ざざ、と木々の擦れる音。
その間から、はたての声は確かに私の耳に入ってきたのだった。
「送りそびれちゃった『おはぎ』があるの。処理、手伝ってよ」
<了>
これはスクープだ、と自分にとっても力作の記事に良い感想が貰えた時は胸の奥から喜びが込み上げるし、逆に辛辣なコメントを貰った時でも今後の反省の材料に出来る。何より『感想』を貰えたという事実が重要なのだ。
さて、私こと射命丸文も文々。新聞に『意見・感想コーナー』として手紙を募っている訳なのだが……
『霊夢が泣きながらメイド服を着て3の倍数の時アホになっている写真下さい!』
……一体私は、この手紙にどう反応すればいいのだろう。
◇
天狗の住処などというものは精々ボロ家というもので、無論私の自宅もその例に漏れない。
私が今玄関の扉を叩いた姫海棠はたての自宅も、やはりと言うべきか今にも倒壊しそうな超ボロ家だ。
ノックから数秒後に、その扉はゆっくりと開く。扉の隙間から来訪者を確認したはたては、私の顔を見ると露骨に嫌そうな顔をする。
「はあい、未来のチャンピオン!」
「え、なにそれは……」
「社交辞令よ、新聞記者たる者それぐらいは弁えておきなさい」
「意味が分からないんだけど」
キャッチーなネタで心を掴む作戦は見事大失敗である。
はたては明らかに私を追い返そうとするので、「ちょ、待って話を聞きなさい少しだけでいいから先っちょだけ先っちょだけ!」と強く嘆願すると、はたてはにわかに溜め息をつき、それから私の目を見つめて言った。
「……まあ、中入りなさいな」
「ふふん、物わかりが良くなったわねはたて」
何とか玄関を突破して、私は客間とは到底形容できない散らかった居間に案内される。いやまあ私も人の事を言えた立場じゃないんだけど。
小さなグラスに注がれた麦茶が出てきて、「ありがとう」と一言返したのちグラスを傾ける。
「……で、ご用件は?」
麦茶がちょうど私の喉を通った頃、はたては面倒臭そうな声色でそう問いかけてきた。
私はグラスを机に置くと同時に、袖の下から1通の手紙を机に出す。
「なにこれ」
「まあ、取りあえず読んでみなさいな」
「はあ」
はたてはゆっくりと封筒を開けて、くだんの手紙を開いた。
読み上げながら、はたての表情が眉を潜めた状態で固まる。無理もない、何せさっき私が見た手紙の内容はこんな感じだ。
『霊夢が泣きながらメイド服を着て3の倍数の時アホになっている写真下さい!
突然ですみません! 緊急のお願いなんです! 危篤の母が死ぬまでに1度は見せてあげたいんです!
写真は次の新聞に載せて貰えると嬉しいです! 本当によろしくお願いします!
P.S. 悪戯じゃないです! 無視したら針千本おはぎに入れて送るんだから!!
読者Aより』
「……こ、これは、酷いわね……」
はたてはカカオ99%のチョコレートでも食べたかのような顔で言う。これに関しては私も同意見だ、この手紙を最初に見た時は口の中が苦くなったし。
まあ色々と突っ込みたい事はあるのだけど、いちいち突っ込んでいては何も始まりそうもない訳で、さっさと本題に入った方がよさそうだ。
はたてから手紙を返して貰いつつ、私はグラスの麦茶をもう1度あおった。
「で、私はこれを受けてどうすればいいと思う?」
「……え、ええと」
困った様子ではたては目頭を抑え、それから匙を投げるようにして大きく溜め息をついた。
「そんなの私に聞かれても困るわよ……自分で考えれば?」
「む……貴方はこの不可思議な手紙が気にならないの?」
「ただの意味不明な悪戯メールでしょうに……そんなの気にならないよ」
疲れきった表情で突っぱねられてしまう。まあ普通こうなりますよね……
ただ、私だって断られるだけのために、はたてのボロ家へ来たわけではない。
「……そう。貴方もそろそろ1人前かと思って相談へ来たんだけど」
「へ」
「ま、普通迷惑よね。麦茶ありがと」
空になったグラスを残して、私は居間を出ようとはたてに背を向ける。
去り際に見えるはたては目を丸くしていて、おそらく予想外に私が謙虚だったから戸惑っているのだろう。
どうせ私の事をデリカシーの無い図々しい奴だとでも思っていたのだ。失敬な。事実だけど。
「ちょ、ま、待ちなさい!」
居間の扉を開いた時、後ろのはたてが声を跳ね上げた。ガタ、と机の揺れ動く音も聞こえてくる。
……でも、なんて言ったかよく聞こえなかったなぁ。いや、何も言ってないよね。聞き間違い聞き間違い。
「ちょっと! 待ってってば!」
はたてが私の前に出て進路を塞ぐ。私はわざわざ苦笑いを作って見せた。
「なに? 私がここに居たら迷惑だし、早く帰った方がいいでしょ?」
「……め、迷惑だなんて一言も言ってないじゃない」
「はあ」
「だから、その、ちょっと…………訊きたい事があるの」
はたては眉を吊り上げて、真面目な顔で私の目を見つめる。
想像以上に私の言葉に食いついてくれたようだ。……自尊心の強いこの子の事だから、食いつかない筈は無いと思っていたけれど。
私は、はたての視線に微笑で返した。すると、はたてはたじろいだ様子で肩を震わせる。
「……や、やっぱ、何でも無い」
そして尻込みするのだこの子は。何がしたいのかしら。
「ま、まあでも、話くらい聞いてあげない事も無い……かもね」
視線を逸らしながら、はたてはボソリと呟くように言った。
紆余曲折あったものの、結局は協力を取り付けられたようだ。これであの訳の分からない手紙の真相解明に一歩近づける。
「助かるわ、はたて。さあ早速作戦会議と行きましょう」
「え、う、うん……」
私は居間へ舞い戻り、さっきまで座っていた座布団へ再び腰を下ろす。
はたても同じように座った後、もやもやとハッキリしない表情のまま麦茶のグラスを握って、それをグイと一気に飲み干した。
◇
先程はたてが言った通り、ここまで突飛な手紙を見れば、殆どの者が悪戯メールだと思考停止してしまうだろう。
ただ、そうした見落としがちな部分にスクープは多く潜んでいるものだ。これは記者歴云十年射命丸文の『記者の勘』である。
「その勘とやらに頼った結果が今の弱小新聞なんだし考え改めた方がいいんじゃない?」
「そういう貴方も弱小新聞じゃないの」
「私は日々成長してるからいいんですー」
「残念ながら身体は成長してないみたいだけどねえ」
「なにおう」
はたてはまな板なのだ。
「まあそんな事はどうでもいいでしょ……で、結局文はこの手紙をどうするつもりなの」
はたては改めて注いだ麦茶のグラスに口をつけながら言う。
この手紙をどうするか。要するに、『霊夢が泣きながら(中略)アホになっている写真』を本当に撮るつもりなのかと訊いているのだろう。
「愚問ね。私の勘はこの写真を意地でも撮りなさいと言っているわ」
「……はあ、まあいいや。それで、どうやってこの写真を撮るつもりなのさ」
問題はそこだ。今回の写真は、私が今まで撮ってきた写真の中で間違いなく撮影難易度が最凶だろう。
……というか、この写真に至る状況ってどんな状況なのかしら。
ま、そんな事ばかり言って立ち止まっていても仕方が無い。まずは状況を分別して考えてみましょうか。
「……まずは『霊夢が泣きながら』の部分。霊夢が泣きそうな出来事って何かしら?」
「あの鬼巫女が泣く事なんてあるのかなあ」
「うーん……少なくとも他人を慈しんで涙を流す事はありえなさそうね……」
鬼の目にも涙のことわざは彼女に通じそうもない。
「それ以外に泣かせる方法といえば……霊夢をイジめるとか?」
はたては腕を組みながらそう口にする。イジめる、とは。
「ほら、人間の子供みたいに『やーいやーい博麗霊夢、お前の母ちゃん年収200万ー!』みたいな感じで囃し立てれば」
「私達が夢想封印で泣く羽目になるわね」
「ですよね」
難易度が高いだけでなく、命の危険とも隣り合わせの撮影になりそうである。なんじゃこりゃ。
それにしても、他に霊夢を泣かせられる状況があるとすればなんだろう。泣ける状況、泣きたくなる気持ち、慈愛、絶望、感動――――感動。
これだ。
「……賽銭箱に滅茶苦茶お賽銭が入っていたら、きっと霊夢の目からは感動のあまり涙が放物線を描いて飛んでいくわ。そう思わない?」
私の言葉に、はたては一瞬目を丸くする。
しかし、すぐに得心した様子で何度か頷く仕草を見せた。
「……それなら、確かに霊夢は泣くかもしれないわね」
「あの子はお金の事となると表情が変わるからねえ」
「相当生活が困窮してるのね……」
生活が困窮していると言うよりは信仰が困窮していると言った方が正しいのだけど、まあ大体意味は同じなのでどうでもいい。
ともあれ、霊夢を泣かせる方法の目途は付いた。次の状況を考えていきましょう。
「次に『メイド服を着て』の部分。これまた難易度が高いわ」
「普通に頼んだら……って絶対着てくれないか」
「『霊夢さん、突然ですけどこのメイド服を着て下さい!』なんて言ったら絶対夢想封印を喰らうわね」
笑顔で「死ね」と言われてドカーンピチューンの流れが容易に想像できる。となれば、直球勝負で霊夢にメイド服を着せるのは無理がありそうだ。
むむ……何とか変化球を模索できないものだろうか。
「メイド服に興味を持ってもらう、っていうのは……無理かしらねえ」
「霊夢って絶対そういうのに興味無さそうだよね」
「でも『このメイド服を着たら賽銭が100倍に増えます!』とか何とか言えば行けるかもしれないわ」
「どこの怪しいカルト宗教だ」
まあ無理ですよね。そもそも0に100をかけようが1000をかけようがゲフンゲフン……
これは別の変化球を検討しなければいけないわね。……と、そんな事を考えながら顎に手を当てた時。
ふと、はたてが「あ」と人差し指を立てた。
「あら、何か思いついたの?」
「かなり乱暴な案だけど……霊夢がメイド服を着ざる得ない状況に追い込むとかどう?」
「着ざる得ない状況?」
「うん。朝起きたら巫女服が全て八つ裂きになってて、残っていたのは一着のメイド服のみ! みたいな」
本当に乱暴な案だった。……しかし不可能では無い。
「悪くないわね。いくらあの霊夢でも、1日中寝間着で過ごす訳にもいかないだろうし」
「最悪着てくれなくても、博麗神社の周辺に超強風を吹かせておいて、」
「寒さに震える霊夢が『ヒートテック付』のタグがかかったメイド服を見れば……」
「ふふ、完璧ね。……完璧かなあ?」
暴案に拍車がかかっているけど、これぐらいなら許容範囲内だ。大丈夫大丈夫。
はたてが首を傾げるのを横目に、いよいよ最大懸案についての話をする事にしましょうか……
「で、はたて。……これはどうすればいいのかしら」
手紙を開いて、究極に意味の分からない一文を私は指差す。
『3の倍数の時アホになっている』――――なんですかこれ……
「まずさ……この状況はどうやったら作り出せるのさ」
「私に訊かれても困るわよ……念写すれば何か写るとかないの?」
「そんなの写る訳ないじゃない……」
ダメ元というか、冗談交じりにはたては念写を試みる。
勿論望みは限りなく薄いし、さてどうすればいいのだろう……
「あ」
なんて思案をしていたら、唐突にはたてが携帯を見つめながら声をあげた。
……いやいや、まさか。そんな筈は無い。幻想郷にそんなカオスな写真があって、この私が見落としてる筈がないじゃないか……
そう心中唱え続けているところに、はたてが唖然とした表情のまま手招きをしてくる。ゴクリと生唾を飲み込んだ私は、はたての持つ携帯の液晶を覗きこんで――
変なおっさんが、これまた壮絶な顔をしている写真を見る。
「……あのさ、文」
「……な、なに?」
「これ……霊夢にやらせるの?」
「え、ええ、もも勿論ですとも。そうしなきゃ写真は撮れないじゃないの」
「でもどうやって」
「れ、霊夢にお願いして……『3の倍数の時アホになってください!』って頼めば……」
あ、これ夢想封印ルートだわ。とすぐに私が気付いた事は言うまでもない。
◇
くだんの壮絶な顔をしたおっさんの写真は、どうやらダウジング鼠が無縁塚で撮影したものだったらしい。
おおかた外の世界から流れてきた人物なんだろうけど……外の世界の感性とは果たしてどうなっているのかと気になるところではある。
「で……結局、『3の倍数の時アホになっている写真』を撮るのは諦める、と」
さて、現在地は幻想郷上空。幻想郷はすっかり闇に覆われ、人里の明かりも完全に消え失せているような時間。
並走、ならぬ並飛しているはたての言葉に、私は苦々しく頷くしかない。
「諦める、じゃなくて妥協すると言って欲しいわね。どうせ写真なんだし、アホ顔してる写真を『これは3の倍数の時のアホ顔です!』って言い張れば問題ないでしょ」
「まあ、そりゃそうだろうけどね……」
記者として『妥協』の2文字は最も嫌いな言葉の1つなのだが、それでも諦めるよりは明らかにマシだと思う。出来れば真のアホ顔を撮りたいところではあるのだけど……
そんな事を話しつつ、私達が今向かっているのは博麗神社だ。何故こんな深夜に神社へ行くかと言うと、勿論重要な『下準備』があるからだ。
「さあて、到着ね」
明かりの落ちた博麗神社の境内へ、私とはたてはゆっくりと降り立つ。
すぐさま近くの草陰に隠れ、『下準備』についての打ち合わせをする。
「さて、さっきも話したと思うけど……改めて確認するわ」
「ま、全部覚えてるから必要ないけどさー」
「念のため、よ。まずはたては中庭近くの草陰に隠れて、私の合図が出るまで待機」
今隠れている草陰は拝殿の玄関に近い場所にあるから、中庭近くの草陰とはかなり離れた場所にある。
要するに、ここから私とはたては別行動になるという事だ。
「それから私が玄関近くで霊夢を陽動するから、その間にはたてが不法侵入→巫女服のストックを八つ裂き→ヒートテックメイド服をセット→脱出→GJ!」
「……そんなに上手くいくかなあ? てかさ、霊夢が寝てる間に不法侵入すればいいんじゃないの?」
「霊夢の危険察知能力を舐めたらいけないわ。例え眠っていても身の危険を感じればあの子は飛び起きる、そうなればはたてはグチャグチャのギタギタのピ――(自主規制)――よ」
「うわあ……」
はたてが顔を青くする。霊夢の恐ろしさをしっかりと再認識してくれたみたいね。
マズい物でも食べたように少し舌を出しているはたてへ、私は1枚の紙を渡した。博麗神社の間取り図だ。巫女服は全て寝室の箪笥に収納されている筈。
「ここまで内部に詳しいなら文が侵入すればいいじゃない」とはたてが抗議してきたので、「じゃあはたてが陽動役をやる?」と言ったら流石に黙った。
別にそっちでもいいのよ?
「……そういう訳だから、この深夜の作戦さえうまく行けば明日の朝の本作戦は勝ったも同然。張り切っていきましょう」
「ええ、分かったわ」
私とはたてはニヤと笑って、お互いの拳をコツンとぶつけ合った。
はたては背を向けて中庭の草陰へ向かおうとする。……と、1つ言い忘れていた事があった。
「ねえ、はたて」
「……? なに」
「なんだかんだここまで手伝ってくれてるけど……本当に助かるわ。ありがとう」
その言葉に、背を向けたはたての肩がピクリと動いた。……私だって冗談で言った訳じゃない。
今私達が実行している計画は1人では決して成功しない――というのは勿論あるけれど、それ以上に半ば強引に引き込まれたはたてが、私の無茶苦茶な作戦に着いて来てくれる事が、今は本当に嬉しい。
「……なによ、文のくせに。らしくないな」
暗闇のせいで、はたての表情は上手く確認できない。
ただ、ボソリと呟いたはたては「文さ。今日、言ったでしょ」と、続けて言葉を紡ぎ始める。
「? 何を」
「私の事、1人前だと思う――って。それって、どうしてそう思ったの?」
はたての紡ぎ出した疑問に、私は今日の昼間に自分が言った事を思い出す。
あれは――ただの煽り文句だった。そうやって褒めてあげれば、はたてはホイホイと手伝ってくれると思ったから、そう口にしたのだ。
なら、私ははたての事を微塵も1人前などと思っていないのだろうか。
「……ねえ、文」
「……さあね。貴方はどう思う?」
自分でも驚くほどに、その場しのぎの誤魔化しが口から出てきた。
はたての疑問に対する答えは見つかっていないけど、でもこの誤魔化しは最低だ。
「……そっか。……じゃあ私、もう行くよ」
はたての声色は何も変わらないように聞こえた。ただ私が鈍いだけなのかもしれない、だからこそ表情を確認させてくれない暗闇が煩わしい。
はたてが視認できない程度に離れてからも、私は考える。はたてを自分より下の存在だと見下しているなら、今も私はその程度にしか見ていないのか。
でも、今も私が抱いているはたてへの感謝は確かなものである筈だ。
だから――
「……ああ、面倒くさいわね」
……ま、今は目の前の事を考えましょう。
今言えなくても、一生はたてに答えを返せないという訳じゃない。この件が終わった時――くだんの滑稽な写真を撮り終えて記事にした時、その答えを返そう。
「そろそろ、計画実行ね」
草陰から躍り出て、私は玄関の前へ歩み寄る。いよいよ陽動作戦の開幕だ。
恐らく霊夢は、既に寝息を立てながら夢の世界にいるのだろう――大変心苦しいけれど、今日だけその世界を破壊させてもらいます。
私はすぅ――と思いっきり息を吸って……同じくらい思い切りに吐き出す!
「うわああああああああああインディカ米うめえええええええええええ!! めっちゃうめえええええええええええええFOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!」
闇に沈む博麗神社に私の叫びが轟いたのと、鬼神の如き面持ちで神社の主が飛び出してきたのは、だいたい同じタイミングの出来事である。
◇
翌朝、早朝。博麗神社境内付近の森、その木の上。
ボコボコに殴られて殺されかけた私を迎えてくれたはたては、未だ爆笑を抑えられない様子である。
「あはっ、あっはははは!! なんで、なんでインディカ米なのよ! あはははっ!」
「……パッと頭に思い浮かんだのよ。作戦は成功したし良いじゃない」
はたては笑顔で涙を拭う。
「そりゃあそうだけどさぁ、あんた霊夢に殺されかけながらもインディカ米インディカ米って叫び続けるもんだから、巫女服徴収してる時も笑って死ぬかと思ったよ……うくっ」
「そのお陰で作戦は大成功だし、何ならはたてがやってみなさいよ」
「いやいや、とんでもない! この役は文にしか出来ないわ! 本当に最高!」
褒められても全く嬉しくないんだけど……まあいいや。はあ。
ともあれ深夜の陽動作戦に大成功した私達は、順調に事を進めながら今に至っている。
神社付近で待機しているのは、ここからが真の本番であるからだ。そう、そろそろ霊夢が目を覚ます時間だ。
「昨日の大騒ぎで寝坊とかしなければいいんだけどね」
「そうねぇ……まあ霊夢は怠けてるけど生活リズムは普通だし、多分起きてくると思うけど……」
胸を高鳴らせながら、私とはたては木の上から玄関を凝視する。
算段ではこうだ――起きた霊夢はメイド服を身に着けたのち、玄関を出て賽銭箱の中身をチェックする。するとそこには彼女が見た事のない程のお賽銭があり、霊夢大号泣。そこへ颯爽と現れた私が霊夢にアホ顔を求め、それを背後からはたてがカメラに収める!
「……って、アホ顔を求めたってしてくれる訳ないじゃないの」
「ふふ、そこら辺は私に任せておきなさい。貴方は最高のアヘ顔……じゃねーや、アホ顔を撮る事に集中しなさい?」
「アヘ顔て。……ま、撮影は私だし……」
はたては少しだけ顔を綻ばせる。そう、撮影ははたて、貴方よ。決して抜かりの無いように集中してもらわないとね。
それから私達は、暫く無言で玄関を監視する。
そして、無言を作り上げてから――5分くらい経った頃だろうか。
「……あ、文!」
「ええ、私にも見えてるわ」
はたてが小声でそう言った時、ガラガラと玄関のスライド扉が開き――不機嫌そうにブスッと膨れた霊夢が姿を現した。
その服装は…………寝間着!?
「むむ……霊夢、天邪鬼というか何というか……」
「そんなこと言ってないで……いったいどうするのよ、文?」不安げにはたては耳打ちをしてくる。
「大丈夫、まあ見てなさい」
でも、そう焦る事は無いわはたて。私は右の手首をクイと回す。
途端……私達の周囲に風が渦巻き、「うわ」というはたての声が聞こえた頃には、その暴風は玄関の前を吹きすさんでいった。
風の直撃をもろに受けた霊夢は、薄い寝間着の上から受ける風の冷たさに目を丸くして、そのまま拝殿の中に引き返していく。
私は心中ほくそ笑んだ。だって、拝殿の中に残っている服は最早メイド服だけなのだから。
そして、次に姿を現した霊夢の姿は…………やったね、メイド服!!
「ま、まじ……?」
「ふ、私をあまり舐めない方がいいわはたて」
「い、いや、確かに寒さで凍えさせればって話はしたけど……こんなゴリ押し通じるものなんだ……」
ゴリ押し? いいえ知略的戦略の間違いよ。
霊夢は真っ赤な顔で周囲を気にしながら、そそくさと賽銭箱へ向かっていく。
さあ、第2の関門だ。山盛りになった賽銭を見て、霊夢は大号泣してくれるだろうか?
――霊夢が賽銭箱の異常に気づき、はたと立ち止まる。どうなる……?
「……泣きなさい!」
抑えきれず、私の口からそんな言葉が漏れる。
と、それと全く同じタイミングで――霊夢の双眸からハイドロポンプが吹き出した!
「……っ! 来たわはたて、早く行くわよ!!」
「え、ああ、うん…………泣き過ぎよね」ボソリ
はたてが何かドン引きしているように思えるが、そんな事はもうどうでもいい。
いよいよ最後のパートが訪れた。『霊夢がアホ顔になっている』状況――それを作らなければ、この写真は不完成!
私は飛ばしに飛ばして、0.2秒後には霊夢の前に降り立っていた。顔が滝になっている霊夢も、私の来訪に気が付いたようだ。
そして、遅れてはたてが背後に降り立つ。いよいよ準備は万端。
高鳴る胸のビートをなんとか抑えて、私は満面の笑顔を作り――――言った!
「霊夢さん――喜びのウィンクをどうぞっ!!」
……霊夢は一瞬、涙を流したままポカンと口を半開きにする。
私の中で不安の感情が徐々に大きくなっていく。これが駄目だったら一巻の終わり――自然と拳をギュッと握ってしまう。
しかし霊夢は――その『仕草』をした。
パチリ、と。片目を閉じるその『仕草』をした。
「……っ!」
濁流のように流れ落ちる大量の涙と共に。
可愛らしいデザインのメイド服をその身に纏って。
はたてが念写した写真の男が片目を閉じていたように。
ぎこちなさ過ぎて、最早アホ顔にしか見えないその『仕草』を――――した!!
「……ありがとうございます、霊夢さん!」
私が感極まった声で霊夢にお礼を言った瞬間。
チロリーンという音と共に、携帯カメラのシャッターは下ろされた。
◇
「やったあー! 撮ったわ、撮ったのよっ! ちゃんと撮れてる、はたてっ!?」
「撮れてるよ、全く……取り乱し過ぎじゃないの?」
「これが取り乱さずにいられますか! ああ、本当に嬉しい!」
こんなに嬉しかったのは生まれて初めてかもしれない。はたてと並んで歩く帰り道、私は人目を憚らず喜びを露わにしていた。
正直、今でも信じられない。あの絶望的な内容の写真を、多少の妥協はあったにせよ……私達は撮ったのだ!
「本当に最高よ、はたて! ほら、もう1回見せて!」
「はいはい……」
「おお、本当に……本当にこの写真が……」
私の喜び具合にはたては苦笑を浮かべているが、彼女個人としてもきっと多少は嬉しいに違いない。
ああ、今から既に記事を書くのが楽しみで仕方ない。これなら、賽銭箱に放置してきたお賽銭の分までしっかり元が取れるだろう。
「お賽銭を回収して逃げて来ればよかったのに」と独りごちるはたてだが、大量のお賽銭に感動する霊夢を前にして、流石にそれは鬼畜の所業である。
それに、被写体である霊夢に何の利益も出ないのでは余りに可哀想だ。この後アホ顔を晒される身分ではあるが、あれだけのお賽銭を置いていけば多分許してくれる筈。
「……ていうか、そのお賽銭の元手は一体どこから出てるの?」
そんな話の延長で、怪訝な表情を浮かべたはたてが問いかけてくる。
私はわざわざ得意気な表情を作り、スッと胸を張って答えた。
「ふっ……事前にほのぼのレ○クで借りてきたわ!」
「ほのぼの○イク!?」
「あと武○士とアイ○ル、それからア○ムからも同時に借りたわ! どや!」
「ぎゃあやめて文、それは多重債務よ!」
……というのはまあ冗談として。
「あれは私が今まで貯めてきた貯金で成立してるわ。だから現在貯金すっからかんの貧乏天狗よ。うふ」
「……あんたも随分と写真に命を賭けるね……」
勿論ですとも。それが記者の性というものなのだから。
呆れたように呟くはたても、私の顔をチラリと見ると、ふっと優しい笑顔を作った。
「ま、共同取材って言うのも……悪くないねー」
「……共同取材。そうねえ」
そういえば、そういう事になるのか。私とはたてが協力した撮った1枚の写真――ああ、まぎれもなく共同取材の賜物。
……はたと。私は深夜にはたてと話した事を思い出した。――「私の事、1人前だと思う――って。それって、どうしてそう思ったの?」。そうはたては私に問うた。
「……ねえ、はたて」
「ん」
「さっき、夜中に……話したでしょう。貴方が1人前でうんたらかんたらって話」
「うんたらかんたらって……」
はたてはやはり呆れ顔だ。
「……でも、その話はもういいよ」
しかし、はたてはそう言った。もういいよ、って――?
問い直すと、はたては若干顔を赤くして鼻の頭を掻く。
「だって、さっき文さ」
「うん」
「私に――写真を撮る係、任せてくれたでしょ? それって、そういう事なんだなって思った」
……そういえば。全く気にしなかったけれど、私はこの写真を撮ると言う大役を、無意識にはたてへ任せていたのか。
普通なら私自身が撮って然るべき、それぐらい大切な写真を――はたてに。
「……そう。なら私も、貴方の事を1人前だって認めてる」
「え?」
「理屈じゃなくて、勝手にもう認めてるみたい。ああ、貴方も成長したわ」
「……昨日から全然文らしくないなあ。何か痒いよ」
「ああ、でも身体は成長する気配が見えないわね」
「前言撤回っ!」
なんてだべりながら、私達は顔を見合わせて笑った。
なんだか、とても楽しい時間だ。貯金が0で現在お先真っ暗だと言うのに、今のこの瞬間を私はとても楽しく感じる。
でも――――実はもう1つだけ、私には気になる事があった。
「……そういえば。こんな手紙を送ってきた奴って、いったい誰なのかしらね?」
「え……」
――『霊夢が泣きながらメイド服を着て3の倍数の時アホになっている写真下さい!』
こんなにも下らなくて、けれど私を満たすキッカケを作ってくれた手紙の主。またの名をお馬鹿さん。これが誰なのか――私には全く見当が付かない。
「この写真を新聞にして、本当に満足してくれるのかしら。そもそも手紙の内容が意味不明だったしねえ」
私の言葉に、はたては暫し黙りこくる。
沈黙が少しだけ続いて、居心地の悪さを感じた私が口を開こうとした時、一瞬早くはたては言葉を発した。
「……手紙の主は、初めは悪戯で送ったんだと思う。危篤の母とか、そういうのは全部嘘っぱち」
「ええ、でしょうね」
「それはつまり、普段からガセネタしか載せない三流新聞めクソッタレ滅べ! って思いながら、この悪戯メールを送ったのよ。きっとね」
「はたての個人的な悪口にしか聞こえないんだけど」
あはは、とはたては笑う。
「だから、家に来た時も初めは追い返したんだ。面倒事は避けたかったから」
「……はあ? 何の話よ」
「でも、結局駄目だった。やっぱり、意志が弱いってことなのかなあ」
……意味が全く分からない。はたては何の話をしているの?
私が困惑する間に、はたては足を速めて私に背中を見せる。色々な意味で、私ははたてに置いていかれてるように思える。
「……もう少し分かり易く話してくれると助かるんだけど」
「……はあ。……文って本当に」
「本当に、なに?」
はたては1度、深いため息をつく。
それからくるりと振り向いて、再びその唇を動かした。
「……なんでもない。それよりさ、帰りに私の家へ寄っていかない?」
「まあ、別にいいけど。どうして?」
「いや、ちょっとね……」
不意に、はたてが悪戯めいた笑顔を浮かべる。
同時にひゅう、と風が吹きぬけた。ざざ、と木々の擦れる音。
その間から、はたての声は確かに私の耳に入ってきたのだった。
「送りそびれちゃった『おはぎ』があるの。処理、手伝ってよ」
<了>
ウインクってリアルでやるとアホ顔だよね。
ところであんた本当にアホだな(褒め言葉)ww
どうしてかインディカ米で笑ったので…
顔真っ赤の写真で良いからはよ!
インディカ米wwwwwww
読む側を飽きさせない素晴らしい構成の物語を楽しませていただきました。
マッチポンプに近いですが、共同取材も良いものですね
盛大に吹きまくったwwwwww