31
「つまみ食いの罰として、幽々子様を断食3時間の刑に処します」
「し、死んじゃうわ!!」
「……さてどこからツッコみましょうか」
「白楼剣を!? や、やめ、離し……らめええ!」
◆
32
「ご主人、誰にもつけられてはいないね?」
「ええ、もちろんですナズーリン、それより例のものを早く」
ご主人に急かされ、懐から小さな袋を取り出した。
麻でできたそれを目にした途端、ご主人は物欲しげな表情になる。
「くくく、おぬしも悪よのう」
「おナズ様こそ」
そしてゆっくりと、もったいぶるように袋の中身を皿にあける。
それは魔性の粉。
茶褐色の神秘。
「あ、ああああああ~、これ、これですぅ~、ナズゥ~」
「ふ、ふははははは、なんて顔だいご主人、毘沙門天様が見たらなんと思うか」
「い、言わないで~」
マタタビの粉末をぺロぺロ舐めながら、ご主人は情けない声を上げる。
寺では不飲酒戒の名のもとに酒類やマタタビ等を口にすることはご法度とされていた。
「あああ、ナズーリン~、もっと~」
「くくくく、こいつが欲しいんだろう?」
「ああっ! キウイの枝まで~」
ハハッ、誰がそんな戒律守るものか。
そうだろう? ご主人。
「ああ~、悟りの境地がここに~」
ああ、この顔だ。
この顔が見たかったんだよ。
◆
33
今日は閻魔が視察に来る日。
くわはははは、来るがよい。
最強の宿敵を用意したわ。
「いいわねお空、緑っちいのが閻魔様よ」
「ふーん、そーなんだー」
奴にお空の天然幼児攻撃が有効なのは証明済み。
さあ、今日も子供の素朴な疑問であのちんちくりんを撃退するのよ。
そして私は部屋に戻って爪のお手入れを再開するの。
「ふふ、ふふふふふ」
「さとり様悪い顔してるよ」
「ふふん、期待してるわお空」
「よくわかんないけど私がんばるね!」
なんと健気で主思いなペットなのかしら、燐も見習え、もっと私を労われ。
でも仕事は任せた。
「四季様、こちらになります」
「失礼しますね」
む、きたわね、もうあなたのお説教ともおさらばよ。
燐、案内ご苦労。
さあ、そこをどきなさい。
「あら、閻魔様、ようこそ地霊殿へ」
「これが今期の死体の回収数と、怨霊の暴走率です」
「0.8%ですか、よく抑えていますね」
「……応接室にご案内いたしますわ」
「優秀な部下がおりますので」
「うらやましい限りですね」
「本当に、私にはもったいないほどできた者たちです」
そう言って閻魔と燐はスタスタと歩いて行ってしまった。
あれ?
気のせいか私、今シカトされた?
というか閻魔様すごい優しい笑顔。
同好の士を見つけたマニアのようにすがすがしい。
ああ、この人話できるな、みたいな。
「あの、ちょっと……」
「む、燐さん、あれは?」
「ああ、あれは最近敷設している電波塔です、もう1月ほどで完成なんですが、あ、みとりちょうどいいところに」
……わぁ。
もしかして私、いらない子?
よく知らない赤い奴のよくわからない難しい話を、あの閻魔は興味深そうに聞いていた。
ふむふむと相槌まで打って、実に真剣だ。
ああそうか、今日はノー説教デーなんだ、きっとそうだ。
「さとり様ー」
「なぁに? 私の味方はあなただけよ、お空」
「燐の邪魔しちゃ、めっ、だよ」
「…………はい」
「お姉ちゃん」
「……こいし、いつの間に?」
「辛いときは、目を閉じてもいいんだよ?」
やめて、お姉ちゃんを誘惑しないで。
◆
34
「いたたたた」
「まーた引っかかったウサ」
「もー、なにすんのよ!」
鈴仙はバカだ。
友達が怪我したって言っただけで血相を変えて飛んでくる。
そして落とし穴に引っかかる。
何度でも何度でも、いくらでも。
前に本当に友達が怪我した時も、同じように駆けつけてくれた。
そういう時に限って信じてくれないとか、童話みたいなことになるんじゃないかと肝を冷やしたけど、そんな杞憂は1瞬で吹き飛ばされた。
そして思い知った、鈴仙に嘘は通じない。
嘘もホントも、同じように信じてくれる。
「……れーせん」
「んー?」
信じてもらうという快感。
疑われないという安堵。
気が付けば、鈴仙から離れられなくなっていた。
「は、早く! この手を掴むウサ!」
「いや、そんな深くないでしょ」
こんなの、知りたくなかった。
もう戻れない。
傍若無人で傲岸不遜で、才色兼備で全知全能だったあのころには。
「ぶぎゃ!」
「あっはははは、バーカバーカ」
「痛ったー、手ぇ離さないでよ!」
詭弁じゃない、私は無敵だった。
誰に何を言われても気にならず、一方的に騙し続けた。
それがどうだ、見る影もない。
こんな骨抜きにされるとは。
そして何より腹立たしいのは、致命的な敗北を喫したというのに、どうしようもなく居心地がいいことだ。
月の住人恐るべし。
畜生め。
「バーカバーカ」
◆
35
お屋敷の中庭で、主と2人。
「橙よ、貴様に野心があることは知っている、私はおろか紫様をも超えようという野心がな」
「いえ、そのような恐れ多いことは」
「隠す必要はない、私の式たる者、それくらいでなければ困る」
藍様は背を向け、九つの尾をゆらゆらと揺らしながら言う。
良く見えないが、腕組みでもしているようだ。
「貴様は私の元に来てどれくらいになる」
「今年でちょうど60年になります」
「そうか、それでどうだ? 何か1つでも私を越えることができたか?」
「……伝説の九尾と一介の猫又の差は、一夕一朝で埋まるものではなく」
「言い訳はいい、質問に答えろ」
「……なにも、ありません」
一番良い線行っているであろう『すばしっこさ』でも、本気になった藍様にはかなわない。
速いのだ、あの体格で、あの質量で。
「気に入らんな」
「申し訳ありません、橙の力不足にございます」
「そうではない、お前の態度が気に入らない、その『実はあるけど黙っとこう』といった態度がな」
「……誤解です藍様、そのようなことは決して」
ここで初めて藍様は振り返る、そしてひれ伏している私を汚いものでも見るかのようににらみつけた。
「下らぬ謙遜をするな、そんなだからいつまで経っても使えんのだ貴様は、恥を知れ」
「……」
ワナワナと震える私を見下ろして、藍様は続けた。
「……もういい、貴様には失望した」
その言葉で、私の中の何かが切れた。
いいんですね? いいって言ったのは、藍様ですよ?
「藍様は、お幾つでしたでしょうか」
「は? 若さで勝ってるとでも言う気か?」
心底呆れたとでも言うように、藍様は眉をひそめた。
「そのお年で、ご子息は何人いましたでしょうか?」
「……あ?」
「橙には20匹ほどの実子がおります」
「あ、ああ、猫のか、びっくりした」
「はい、愚息達はとうの昔に旅立ってしまいましたが、我が血族は今だ衰えることはなく、今日では山の猫の3割強が橙の血を引く猫又の血統となっております」
「そ、そうか、よかったな」
「ありがとうございます、先日めでたく妖怪化する者が現れまして、いずれは紫様、藍様にもお目通りを願おうと愚考しておりました」
「ああ、うん、すごいじゃないか見直したぞ橙、だからもう」
「未熟者の橙から見ても話にならぬ餓鬼にございますが、マヨヒガにて修業を積み、ゆくゆくは橙の式にと」
「ああ、産めよ増やせよ、実にすばらしい、式の術式を勉強していたのはそういうことだったか、うん、もうこの話はよそう、夕飯の支度を忘れていた」
「夕飯の支度でしたら橙が済ませておきました」
「おっと、そうだった、私が命じたのだった」
誤魔化しても無駄です。
テメーは私を怒らせた。
「で? 藍様に御子息はいらっしゃらないのでしょうか」
「あー、うん、まあ、どうだったかな?」
「覚えておられないと」
「あ、いや、その、いません」
そして私は満面の笑みで言い放つ。
「藍様モテないんですね」
「……いや」
「傾国(笑)」
「……ち、橙なんか嫌いだぁ――!!」
涙目で走り去っていく後ろ姿は、それはそれは見るに堪えないものだった。
◆
36
「……」
ああ、聖。
あなたは美しい。
見てくれではない、心がキレイ。
まあ、見てくれもキレイ系だけど。
許されない感情だとは分かってる。
私なんかが、聖と添い遂げようなんて。
一つ屋根の下に住めるだけ、それだけで満足しないとね。
「ふんふーん♪」
おおっと、このセイレーンも裸足で逃げ出す魅惑の歌声は……!
「はぁぁ、いいお湯加減♪」
ゴクリ。
ご、ご機嫌である。
チャンスだ、行くしかない、大丈夫、私ならバレることは無い!
いざ、変身☆
「ふんふーん……あら?」
息を殺し、湯気に紛れる。
ふふふ、今の私は正体不明、だれにも気づくことはできない。
「あらあら、困った子ね」
ん? え、嘘。
「覗きですか雲山、雲居に言いつけちゃいますよ?」
な ぜ ば れ た し。
◆
37
「うーん」
最近、早苗に見下されている気がする。
表面上はあまり変わらないが、神奈子と接する時と比べて明らかに態度が違う。
「なにをうんうん唸ってるんだ諏訪子」
「べっつにー」
胡坐をかいて新聞を読んでいるおっさんくさい同居人を見ながら、私は考える。
確かに最近早苗にも新しいお役目ができて忙しくなった。
そのせいで多少言葉に余裕がなくなっただけかもしれない。
それだっていいことではないが、理解できないことでもない。
何より一過性だ。
「……神奈子ー、私って早苗に軽んじられたりしてないかな」
「んー、どうだろうな」
「どうだろうなって……」
「まあ正直今はお前より早苗の方が信仰集まってるしな、しょうがないんじゃないか?」
「あー、それだったら……って、マジで!?」
嘘でしょ? いつのまに?
「うむ、我もうかうかしてはおれんな、新たな信仰集めを考えなくては」
「な、なんで神奈子は余裕なんだよ!」
「まだ我には届かん、それに数はあるが質は薄い」
「でも私はやばいんだろー!?」
「自力で何とかせい、神を名乗るのならな」
うぐぐぐ。
ぼーっとしてた自分が全部悪い、と言われたらそれまでだ。
くっそー、何とかしないと……
「神奈子様ー、諏訪子ー、いらっしゃいますかー」
「様をつけろデコ助野郎!!」
「どうしました諏訪子様、そんなに血相を変えて、お薬の時間ですか?」
「馬鹿言ってんじゃないよ! まったく!」
くっそー、やっぱりなめられている。
これは何とかしないと。
「あ、御2人とも夕飯何がいいですか?」
「あー、我はなんでもよいぞ」
「……カレーがいい」
「じゃあうどんにしますね」
「なんでだよ! どっから出てきたんだよ!」
「いえ、昨日神奈子様が食べたいとおっしゃっていたのを思い出しまして」
言われてみれば言っていたような……じゃ、なくて!
「カレーは?」
「あいにく材料がなくて、すみません」
「……そっか、それならしょうがないね、怒鳴ってゴメン」
「いえ、いいのです、ではちょっとうどんの材料買ってきますね」
「おいいいいい!!」
それだけ言うと早苗はすたこらと出て行ってしまった。
カレー粉くらい普通に里でも売ってんだろーが!
「諏訪子」
「……あんだよ」
「カレーうどんじゃない方に1万円」
「うっせー!」
◆
38
「あー、とじこだー、とじこー」
「……芳香ですか、あのね芳香」
「とじこー、さっきせーがが呼んでたよー」
「わかりました、そう伝えておきます、ですが」
「?? とじこを呼んでたんだよ?」
「いえ、ですので私は屠自古ではなく布都ですので」
「??? ふとは……とじこなの?」
「なんでそうなるんですか、屠自古は別の人です」
「え? え? とじこはふとだって今言った……」
「言ってません、言ってませんから」
「え、えーっと、とじこはふとじゃなくて」
「うんうん」
「でもふとはとじこで」
「違う、そこが違います芳香」
「え? え? で、でもふとはそがだから」
「私は蘇我じゃありません!」
「あ、じゃあやっぱりとじこだ、せーがが呼んでたよ」
「……もうそれでいいです」
◆
39
「ちぇええええええええあああああああああん!!!」
「うひゃあ!?」
マヨヒガの自宅にてくつろいでいたところ、唐突に地を這うような重低音が響き渡った。
それが自分を呼ぶ声だと気づくのに、しばらく時間がかかってしまった。
「ゆ、紫様!?」
慌てて居住まいを正し、紫様のもとに跪く。
しかし紫さまは私の胸ぐらを掴みあげると、足がつかないくらいに高く持ち上げる。
「貴様というやつはー!!」
「ぐ、ぐるじいです」
がくがくと揺さぶられ、挙句の果てには床に投げつけられた。
「げほっげほっ」
「橙! そこに座りなさい!!」
「は、はい、げほっ」
な、なんだというのだ。
とうとうご乱心召されたか、アルツな感じにハイマーあそばされたのか。
やむを得ない。
「紫様、残念です」
偉大なる妖怪に醜態は許されない、いよいよの時は紫様をこの手にかけ自分たちも後を追おう、そう藍様と約束していた。
「何を考えているのか手に取るようにわかるわこの不遜者めが!!」
「紫様、不遜者という言葉はございません」
「だまらっしゃい!! 生意気にハワイアンなんか飲みやがって!!」
「ブルマンにございます紫様」
「なお悪いわ!」
本当になんだというのだ、いくら紫様にでも邪魔してほしくない時くらいあるのだ。
今日のように静かな夜は、月明かりをバックにジャズを聴きながらのコーヒーなのだ。
今日の豆はちょっと高い奴なのだ。
「あんた自分が何言ったかわかってるの!?」
全然わからない。
誰だ紫様の逆鱗にタバスコを塗りたくったのは。
と思ったら、犯人を見つけた。
ドアの陰からピョコリと顔を覗かせて、黄色い耳をピコピコ揺らしている。
「やーい」
藍様あんたか。
「悪かったわね!! 子供いなくって!!」
信じられない、あいつ親にチクリやがった。
しかもなんか紫様に対して言ったことになってるっぽい。
それが大人のすることなのか、管理者の側近のすることなのか。
「いいこと橙! 為政者というのはね、僅かなブレも許されないの! すべてに公平でいなければならないの!」
「……藍様は為政者ではありませぬ」
「口答えをするんじゃないわ!!」
「そーだそーだ」
「……」
この日ほど藍様の式になったことを後悔した日はなかった。
そして女の嫉妬がいかに醜いか知った。
もう、仕事やめたい。
でもレミリアはちょっとなー。
白玉楼とかどうだろう、幽々子さん優しそうだしなー。
思い切って地下はどうかな、燐ねぇは元気してるかな。
「ちょっと橙! 聞いてるの!?」
◆
40
_______ __
// ̄~`i ゝ `l |
/ / ,______ ,_____ ________ | | ____ TM
| | ___ // ̄ヽヽ // ̄ヽヽ (( ̄)) | | // ̄_>>
\ヽ、 |l | | | | | | | | ``( (. .| | | | ~~
`、二===-' ` ===' ' ` ===' ' // ̄ヽヽ |__ゝ ヽ二=''
ヽヽ___// 日本
_____ _____ ______ _______
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了
「つまみ食いの罰として、幽々子様を断食3時間の刑に処します」
「し、死んじゃうわ!!」
「……さてどこからツッコみましょうか」
「白楼剣を!? や、やめ、離し……らめええ!」
◆
32
「ご主人、誰にもつけられてはいないね?」
「ええ、もちろんですナズーリン、それより例のものを早く」
ご主人に急かされ、懐から小さな袋を取り出した。
麻でできたそれを目にした途端、ご主人は物欲しげな表情になる。
「くくく、おぬしも悪よのう」
「おナズ様こそ」
そしてゆっくりと、もったいぶるように袋の中身を皿にあける。
それは魔性の粉。
茶褐色の神秘。
「あ、ああああああ~、これ、これですぅ~、ナズゥ~」
「ふ、ふははははは、なんて顔だいご主人、毘沙門天様が見たらなんと思うか」
「い、言わないで~」
マタタビの粉末をぺロぺロ舐めながら、ご主人は情けない声を上げる。
寺では不飲酒戒の名のもとに酒類やマタタビ等を口にすることはご法度とされていた。
「あああ、ナズーリン~、もっと~」
「くくくく、こいつが欲しいんだろう?」
「ああっ! キウイの枝まで~」
ハハッ、誰がそんな戒律守るものか。
そうだろう? ご主人。
「ああ~、悟りの境地がここに~」
ああ、この顔だ。
この顔が見たかったんだよ。
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33
今日は閻魔が視察に来る日。
くわはははは、来るがよい。
最強の宿敵を用意したわ。
「いいわねお空、緑っちいのが閻魔様よ」
「ふーん、そーなんだー」
奴にお空の天然幼児攻撃が有効なのは証明済み。
さあ、今日も子供の素朴な疑問であのちんちくりんを撃退するのよ。
そして私は部屋に戻って爪のお手入れを再開するの。
「ふふ、ふふふふふ」
「さとり様悪い顔してるよ」
「ふふん、期待してるわお空」
「よくわかんないけど私がんばるね!」
なんと健気で主思いなペットなのかしら、燐も見習え、もっと私を労われ。
でも仕事は任せた。
「四季様、こちらになります」
「失礼しますね」
む、きたわね、もうあなたのお説教ともおさらばよ。
燐、案内ご苦労。
さあ、そこをどきなさい。
「あら、閻魔様、ようこそ地霊殿へ」
「これが今期の死体の回収数と、怨霊の暴走率です」
「0.8%ですか、よく抑えていますね」
「……応接室にご案内いたしますわ」
「優秀な部下がおりますので」
「うらやましい限りですね」
「本当に、私にはもったいないほどできた者たちです」
そう言って閻魔と燐はスタスタと歩いて行ってしまった。
あれ?
気のせいか私、今シカトされた?
というか閻魔様すごい優しい笑顔。
同好の士を見つけたマニアのようにすがすがしい。
ああ、この人話できるな、みたいな。
「あの、ちょっと……」
「む、燐さん、あれは?」
「ああ、あれは最近敷設している電波塔です、もう1月ほどで完成なんですが、あ、みとりちょうどいいところに」
……わぁ。
もしかして私、いらない子?
よく知らない赤い奴のよくわからない難しい話を、あの閻魔は興味深そうに聞いていた。
ふむふむと相槌まで打って、実に真剣だ。
ああそうか、今日はノー説教デーなんだ、きっとそうだ。
「さとり様ー」
「なぁに? 私の味方はあなただけよ、お空」
「燐の邪魔しちゃ、めっ、だよ」
「…………はい」
「お姉ちゃん」
「……こいし、いつの間に?」
「辛いときは、目を閉じてもいいんだよ?」
やめて、お姉ちゃんを誘惑しないで。
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「いたたたた」
「まーた引っかかったウサ」
「もー、なにすんのよ!」
鈴仙はバカだ。
友達が怪我したって言っただけで血相を変えて飛んでくる。
そして落とし穴に引っかかる。
何度でも何度でも、いくらでも。
前に本当に友達が怪我した時も、同じように駆けつけてくれた。
そういう時に限って信じてくれないとか、童話みたいなことになるんじゃないかと肝を冷やしたけど、そんな杞憂は1瞬で吹き飛ばされた。
そして思い知った、鈴仙に嘘は通じない。
嘘もホントも、同じように信じてくれる。
「……れーせん」
「んー?」
信じてもらうという快感。
疑われないという安堵。
気が付けば、鈴仙から離れられなくなっていた。
「は、早く! この手を掴むウサ!」
「いや、そんな深くないでしょ」
こんなの、知りたくなかった。
もう戻れない。
傍若無人で傲岸不遜で、才色兼備で全知全能だったあのころには。
「ぶぎゃ!」
「あっはははは、バーカバーカ」
「痛ったー、手ぇ離さないでよ!」
詭弁じゃない、私は無敵だった。
誰に何を言われても気にならず、一方的に騙し続けた。
それがどうだ、見る影もない。
こんな骨抜きにされるとは。
そして何より腹立たしいのは、致命的な敗北を喫したというのに、どうしようもなく居心地がいいことだ。
月の住人恐るべし。
畜生め。
「バーカバーカ」
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35
お屋敷の中庭で、主と2人。
「橙よ、貴様に野心があることは知っている、私はおろか紫様をも超えようという野心がな」
「いえ、そのような恐れ多いことは」
「隠す必要はない、私の式たる者、それくらいでなければ困る」
藍様は背を向け、九つの尾をゆらゆらと揺らしながら言う。
良く見えないが、腕組みでもしているようだ。
「貴様は私の元に来てどれくらいになる」
「今年でちょうど60年になります」
「そうか、それでどうだ? 何か1つでも私を越えることができたか?」
「……伝説の九尾と一介の猫又の差は、一夕一朝で埋まるものではなく」
「言い訳はいい、質問に答えろ」
「……なにも、ありません」
一番良い線行っているであろう『すばしっこさ』でも、本気になった藍様にはかなわない。
速いのだ、あの体格で、あの質量で。
「気に入らんな」
「申し訳ありません、橙の力不足にございます」
「そうではない、お前の態度が気に入らない、その『実はあるけど黙っとこう』といった態度がな」
「……誤解です藍様、そのようなことは決して」
ここで初めて藍様は振り返る、そしてひれ伏している私を汚いものでも見るかのようににらみつけた。
「下らぬ謙遜をするな、そんなだからいつまで経っても使えんのだ貴様は、恥を知れ」
「……」
ワナワナと震える私を見下ろして、藍様は続けた。
「……もういい、貴様には失望した」
その言葉で、私の中の何かが切れた。
いいんですね? いいって言ったのは、藍様ですよ?
「藍様は、お幾つでしたでしょうか」
「は? 若さで勝ってるとでも言う気か?」
心底呆れたとでも言うように、藍様は眉をひそめた。
「そのお年で、ご子息は何人いましたでしょうか?」
「……あ?」
「橙には20匹ほどの実子がおります」
「あ、ああ、猫のか、びっくりした」
「はい、愚息達はとうの昔に旅立ってしまいましたが、我が血族は今だ衰えることはなく、今日では山の猫の3割強が橙の血を引く猫又の血統となっております」
「そ、そうか、よかったな」
「ありがとうございます、先日めでたく妖怪化する者が現れまして、いずれは紫様、藍様にもお目通りを願おうと愚考しておりました」
「ああ、うん、すごいじゃないか見直したぞ橙、だからもう」
「未熟者の橙から見ても話にならぬ餓鬼にございますが、マヨヒガにて修業を積み、ゆくゆくは橙の式にと」
「ああ、産めよ増やせよ、実にすばらしい、式の術式を勉強していたのはそういうことだったか、うん、もうこの話はよそう、夕飯の支度を忘れていた」
「夕飯の支度でしたら橙が済ませておきました」
「おっと、そうだった、私が命じたのだった」
誤魔化しても無駄です。
テメーは私を怒らせた。
「で? 藍様に御子息はいらっしゃらないのでしょうか」
「あー、うん、まあ、どうだったかな?」
「覚えておられないと」
「あ、いや、その、いません」
そして私は満面の笑みで言い放つ。
「藍様モテないんですね」
「……いや」
「傾国(笑)」
「……ち、橙なんか嫌いだぁ――!!」
涙目で走り去っていく後ろ姿は、それはそれは見るに堪えないものだった。
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「……」
ああ、聖。
あなたは美しい。
見てくれではない、心がキレイ。
まあ、見てくれもキレイ系だけど。
許されない感情だとは分かってる。
私なんかが、聖と添い遂げようなんて。
一つ屋根の下に住めるだけ、それだけで満足しないとね。
「ふんふーん♪」
おおっと、このセイレーンも裸足で逃げ出す魅惑の歌声は……!
「はぁぁ、いいお湯加減♪」
ゴクリ。
ご、ご機嫌である。
チャンスだ、行くしかない、大丈夫、私ならバレることは無い!
いざ、変身☆
「ふんふーん……あら?」
息を殺し、湯気に紛れる。
ふふふ、今の私は正体不明、だれにも気づくことはできない。
「あらあら、困った子ね」
ん? え、嘘。
「覗きですか雲山、雲居に言いつけちゃいますよ?」
な ぜ ば れ た し。
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「うーん」
最近、早苗に見下されている気がする。
表面上はあまり変わらないが、神奈子と接する時と比べて明らかに態度が違う。
「なにをうんうん唸ってるんだ諏訪子」
「べっつにー」
胡坐をかいて新聞を読んでいるおっさんくさい同居人を見ながら、私は考える。
確かに最近早苗にも新しいお役目ができて忙しくなった。
そのせいで多少言葉に余裕がなくなっただけかもしれない。
それだっていいことではないが、理解できないことでもない。
何より一過性だ。
「……神奈子ー、私って早苗に軽んじられたりしてないかな」
「んー、どうだろうな」
「どうだろうなって……」
「まあ正直今はお前より早苗の方が信仰集まってるしな、しょうがないんじゃないか?」
「あー、それだったら……って、マジで!?」
嘘でしょ? いつのまに?
「うむ、我もうかうかしてはおれんな、新たな信仰集めを考えなくては」
「な、なんで神奈子は余裕なんだよ!」
「まだ我には届かん、それに数はあるが質は薄い」
「でも私はやばいんだろー!?」
「自力で何とかせい、神を名乗るのならな」
うぐぐぐ。
ぼーっとしてた自分が全部悪い、と言われたらそれまでだ。
くっそー、何とかしないと……
「神奈子様ー、諏訪子ー、いらっしゃいますかー」
「様をつけろデコ助野郎!!」
「どうしました諏訪子様、そんなに血相を変えて、お薬の時間ですか?」
「馬鹿言ってんじゃないよ! まったく!」
くっそー、やっぱりなめられている。
これは何とかしないと。
「あ、御2人とも夕飯何がいいですか?」
「あー、我はなんでもよいぞ」
「……カレーがいい」
「じゃあうどんにしますね」
「なんでだよ! どっから出てきたんだよ!」
「いえ、昨日神奈子様が食べたいとおっしゃっていたのを思い出しまして」
言われてみれば言っていたような……じゃ、なくて!
「カレーは?」
「あいにく材料がなくて、すみません」
「……そっか、それならしょうがないね、怒鳴ってゴメン」
「いえ、いいのです、ではちょっとうどんの材料買ってきますね」
「おいいいいい!!」
それだけ言うと早苗はすたこらと出て行ってしまった。
カレー粉くらい普通に里でも売ってんだろーが!
「諏訪子」
「……あんだよ」
「カレーうどんじゃない方に1万円」
「うっせー!」
◆
38
「あー、とじこだー、とじこー」
「……芳香ですか、あのね芳香」
「とじこー、さっきせーがが呼んでたよー」
「わかりました、そう伝えておきます、ですが」
「?? とじこを呼んでたんだよ?」
「いえ、ですので私は屠自古ではなく布都ですので」
「??? ふとは……とじこなの?」
「なんでそうなるんですか、屠自古は別の人です」
「え? え? とじこはふとだって今言った……」
「言ってません、言ってませんから」
「え、えーっと、とじこはふとじゃなくて」
「うんうん」
「でもふとはとじこで」
「違う、そこが違います芳香」
「え? え? で、でもふとはそがだから」
「私は蘇我じゃありません!」
「あ、じゃあやっぱりとじこだ、せーがが呼んでたよ」
「……もうそれでいいです」
◆
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「ちぇええええええええあああああああああん!!!」
「うひゃあ!?」
マヨヒガの自宅にてくつろいでいたところ、唐突に地を這うような重低音が響き渡った。
それが自分を呼ぶ声だと気づくのに、しばらく時間がかかってしまった。
「ゆ、紫様!?」
慌てて居住まいを正し、紫様のもとに跪く。
しかし紫さまは私の胸ぐらを掴みあげると、足がつかないくらいに高く持ち上げる。
「貴様というやつはー!!」
「ぐ、ぐるじいです」
がくがくと揺さぶられ、挙句の果てには床に投げつけられた。
「げほっげほっ」
「橙! そこに座りなさい!!」
「は、はい、げほっ」
な、なんだというのだ。
とうとうご乱心召されたか、アルツな感じにハイマーあそばされたのか。
やむを得ない。
「紫様、残念です」
偉大なる妖怪に醜態は許されない、いよいよの時は紫様をこの手にかけ自分たちも後を追おう、そう藍様と約束していた。
「何を考えているのか手に取るようにわかるわこの不遜者めが!!」
「紫様、不遜者という言葉はございません」
「だまらっしゃい!! 生意気にハワイアンなんか飲みやがって!!」
「ブルマンにございます紫様」
「なお悪いわ!」
本当になんだというのだ、いくら紫様にでも邪魔してほしくない時くらいあるのだ。
今日のように静かな夜は、月明かりをバックにジャズを聴きながらのコーヒーなのだ。
今日の豆はちょっと高い奴なのだ。
「あんた自分が何言ったかわかってるの!?」
全然わからない。
誰だ紫様の逆鱗にタバスコを塗りたくったのは。
と思ったら、犯人を見つけた。
ドアの陰からピョコリと顔を覗かせて、黄色い耳をピコピコ揺らしている。
「やーい」
藍様あんたか。
「悪かったわね!! 子供いなくって!!」
信じられない、あいつ親にチクリやがった。
しかもなんか紫様に対して言ったことになってるっぽい。
それが大人のすることなのか、管理者の側近のすることなのか。
「いいこと橙! 為政者というのはね、僅かなブレも許されないの! すべてに公平でいなければならないの!」
「……藍様は為政者ではありませぬ」
「口答えをするんじゃないわ!!」
「そーだそーだ」
「……」
この日ほど藍様の式になったことを後悔した日はなかった。
そして女の嫉妬がいかに醜いか知った。
もう、仕事やめたい。
でもレミリアはちょっとなー。
白玉楼とかどうだろう、幽々子さん優しそうだしなー。
思い切って地下はどうかな、燐ねぇは元気してるかな。
「ちょっと橙! 聞いてるの!?」
◆
40
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了
可もなく不可もない。
藍様より橙の方が強いのは新鮮でしたwwwwwww
不覚にも35.36.40で笑ってしまったので100を入れざるをえない。
いやぁ、ダークな笑いっていいですね!頑張って!
これからも頑張ってください
ネタの質はコントロールが出来ませんが、文章なら常に一定の質を確保する事が出来ます。シリーズ10まで行くようなことがあれば、なまくらでも腕を切り落とすような技量を獲得することでしょう(もちろん向上心を持って臨み続ければの話ですが)。
その頃になれば、技量の向上ともに、ネタの質も変貌を遂げると思われます。創想話の名物になるようなシリーズになることを期待しています。
いい橙だったぜ
でも、同じようなのばっかりでマンネリになるよりも
やっぱり僕はずっと好きです。
これからも頑張って下さい。
てゐが特に良いですね。