朝、玄関の扉を開けたらびっくりした。
本当にびっくりした。沢で洗おうと思っていた洗濯物の入った桶を地面に落としたくらいびっくりした。
もう開いた口が塞がらない。
何かもう………びっくりした。
だって目の前に喫茶店があるんだもの。
昨日までは何もなかった。
夕方、たまにはと思って川で取った魚を玄関先で焼いて食べていたがその時はこんなものなかった。
それが今朝になったら忽然とあるよ。悔しいことに私のうちより大きい洋風喫茶。
というか、こんな竹林の奥深くに喫茶店なんか建ててどうする。客なんて絶対来ないぞ。
……まぁ、百歩譲って竹林に喫茶店を建てることを認めたとしよう。
私のうちのど真ん前に建てたことも認めよう。
なぜ、屋根に立てかけてある看板が『喫茶妹紅』なのだ。
私はここにいるぞ。建てた記憶もないぞ。もちろんボケてもいないぞ。
こんな馬鹿らしいことをするのはあいつに決まっている。
「あんの…ば輝夜。なに考えていやがるんだ」
有閑倶楽部:蓬莱人2
「か~~~~ぐや~~~~~~~~~~~!!!」
玄関の扉を蹴飛ばし、私はあいつの名前を叫んだ。
ああ、客がいようと関係なくあらん限りの大きな声で叫んだ。
そしたら案の定あのお姫様がいたよ。
カウンター越しに私に対して背を向けて立っていやがる。まるでお前とは話すつもりはないと言わんばかりに背中を見せ付けていた。
でも、こっちには言いたいことがあるんだ。文句とか文句とか文句とか………
「おい、輝夜。あれは何のつもりだ!? いや、これか? どっちでもいい、なんで喫茶店があるんだ!?」
まくりたてたように質問をしたが、いまだ我関せずを貫いていやがる。
いらっとした。
「喫茶店は認めるとしよう。何で私の名前が店名にあるんだ!? 答えろ!!!」
カウンターの机をバンと思いっきり叩いた。
それでも反応しない辺り、徹底的に無視を決め込んでいる。
ムカッとした。
「おい、人の話くらい聞けよ!!」
思わず、私はあいつの肩を掴んだ。こっちに顔を向けるように強く引っ張るとやっと輝夜の顔が見えた。
「へ?」
呆けた輝夜の声。
何が起こったというような顔で私と対面したよ。
「……え、何その反応?」
正直私がリアクションしにくい。いつものこいつなら、冷淡にくるか或いはすっとぼけてくるかのどちらかなのに。
困った。こいつ、いつもの輝夜と違う。
そう思いながら、こいつの顔を見ていたらある一点に気づいた。
「うん、何だこりゃ?」
輝夜の顔、もとい耳。そこに白いものが見えた。
「…………」
ああ、なんてことはない。
こいつは耳栓をしていたのだ。
だから、私の声が聞こえていなかったんだ。
なるほどな。なるほど。なるほど………
「じゃねえええええぇぇぇぇぇぇ!!!」
「もう………朝から一体何の用よ。ご近所迷惑でしょ」
「ちげぇ、なんかちげぇ! つ~か、ここには近所なんていねぇ! 今日の、朝の、今までに、いなかったんだよ!!!」
「でも今はいるじゃない。私の、お店の、正面に、藤原さんちの妹紅さんが。あ、今本人はここにいたわね」
くすくすと笑いながら言葉を紡ぐ辺り、殺意を覚える。……まぁ、殺意は今に始まったわけじゃないが。
「ま、長話はおいといて…とりあえず、説明しましょうか」
「………」
めんどくせい。何か反応するのが疲れた。
「貴女のことだから大声で私に食って掛かってくると思ったのよ。だから耳栓していたのよ」
私の行動はお見通しってか。
「でね、貴女がくるまでコップを拭いていたのだけどそれに夢中になっちゃってね。後ろ向いていたから貴女が来たことにまったく気づかなかったわ」
てへ、と言わない辺り、まだ気持ちを抑えれる。さっきは殺意を覚えたが。
「ああ、そうそう。貴方に言わなければならないことがあったのよ」
「……言ってみろ」
私が望んでいた答えと違ったらぶっ飛ばす。絶対ぶっ飛ばす。
「おはよう、妹紅!」
決まった……
「『インペリシャブルシューティング』!!!!!!!!!」
「とりあえず暇だったのよ」
「暇だから喫茶店建てたのか」
「お金と、時間と労働力は死ぬほどあるからね」
「金は医者、労働力は兎のお陰だろうが。このパラサイト輝夜」
私のスペルカードで店内は『若干』こげた感じになった。結構ホンキでぶっ放したのだが、こいつもホンキでこの店を守ったお陰でほとんど無傷に終わった。
こいつに言わせれば、若干の焦げのお陰でシックな感じになって落ち着いた雰囲気になったとのこと。
カウンターに備え付けられている椅子に座りながら、私はその向こうにいる輝夜に話しかけた。
「で、なんでここに建てたんだ?」
「いきなり人里に建てても冒険っぽくてね。なら様子見から始めようと思ったのよ」
「人、こねぇぞ」
「永遠亭へ案内してほしい人が貴女の家を訪ねるでしょ。それを頼りにまずは口コミからね」
とりあえず、こいつは考えてここに建てたようだ。最初はただの嫌がらせかと思ったがそうではないらしい。
……そう考えたところで肝心なことを聞くのを忘れていた。
「何で私の名前が喫茶店に使われているんだよ」
それが一番の重要ポイントだ。
私の名前を勝手に使うなんて正直気分が悪い。理由次第で次はフジヤマだ。
「ネーミングライツって知ってる?」
「何だそれ?」
「外の世界の言葉なんだけど。簡単に言えば、店の権利者とは別の人が名づけることよ。そうすることで名づけ人の知名度が上がる。要は名付け人の名前を覚えてね、と言ったところかしら」
「私はそんなことを許した覚えがないし、覚えてもらおうとも思ってないが」
「まぁ、いいじゃない。これ、外の世界の流行なのよ。私もそれに便乗したってことで」
要はあんたのわがままかい。それにつき合わされる私としては面倒この上ないことだし。それに恥ずかしいな。
「あんたのことだ。私が言ったところでやめないだろ」
「流石妹紅ね!」
「めんどくさっ」
きらきら顔して褒めたところで何も出やしないが。
私はカウンターに突っ伏したところで輝夜が私の顔の近くに丸い紙みたいなものを置いた。
「これは?」
「コースターね。飲み物を飲むときはこのうえに乗せるのよ」
「ふ~ん」
とりあえず、相槌をうっといた。
輝夜の話の口ぶりからすると飲み物が置かれるようだが。
「私、注文してないけど」
「サービスよ。私のわがままに付き合ってもらっているんだからね」
そう言って輝夜は私から離れていく。
改めて店内を見た。
木で囲まれた洋式な店内。
テーブル席が一つだけ。四人がけと言うことを考えても寂しい気がするが、その分空間にゆとりがある。のびのび使えそうな気がした。
私がいるカウンター席は5人分。やはりゆとりを重視しているようだ。
「はい、お待たせ」
「牛乳?」
「苺牛乳よ。甘い物好きの貴女にはこれがいいでしょうね」
何かちょっと馬鹿にされたような。
でも、こういう飲み物はありがたい。さっき店を全壊にする気分でスペルカードを使ったので喉が渇いていたのだ。
私はコップを掴むと一気に飲んだ。
「どうかしら?」
「……悪くないな。むしろ…」
うまい。そう言おうと思ったところでやめた。何かこいつの前でそんなこというのが癪だった。
「むしろ、何よ」
「別に。ああ、今日のお前、変わった服着ているな」
「露骨な話題変換ね」
うるせい。思わずそっぽを向いてしまう。
「ま、変わった服というのは正しいかもね。燕尾服と言ってね、主に男性が着る様な洋服ね」
「男物か。そのわりにはカッコいいと言うより綺麗に見えるな」
今回は言葉をとめなかった。
口に出したように今の輝夜の格好は綺麗だと思う。
黒い服と黒い髪が輝夜の白い肌を際立たせている。雪のような白さがいい意味での箱入りさを強調していた。しかもいつも束ねられていない黒髪はポニーテールで纏められているのも綺麗さを引き立てている。新鮮に感じたからだ。
「ふふふ、ありがとう。おまけにケーキも用意してあげる」
本当に嬉しいのだろうな。いつものような体のいい笑顔ではなく、心から喜んでいるそんな気がした。
やっぱこいつも乙女なんだろうな。
いくつ年を重ねても乙女は乙女か。幾人もの男性を求婚させただけはあるな。
「ケーキが変だ」
「何が?」
「私自身、あまり食べないからアレだけど……でもこのケーキは変だと言える」
私のところに戻ってきた輝夜は言った通りにケーキを用意してくれた。
けれど差し出されたケーキは昔見たものと違った。
「だってこのケーキ、緑じゃないか。昔、紅魔館で見たものは白のクリームに黄色い生地だったぞ」
そう、輝夜が差し出したケーキは緑なのだ。
クリームこそは白なのだが、それも相まって余計に生地の緑さが際立つ。まるで、雪が積もった芝生みたいだ。
「あら、妹紅は知らないのね。大の甘党と言える貴女が知らないようじゃ、甘党といないわね」
「なんだと!?」
「そう、いきり立たない。これは抹茶のケーキなのよ」
「抹茶!? あの苦いお茶の代表格の……」
こいつは本当にケーキを食わせる気があるのか。あの苦い抹茶を練り混ぜるなんて甘味ものを馬鹿にしている。冒涜だ。
「普通は苦そうと思うよね。でもこれは違うのよ」
「違う?」
「抹茶を練り込むことでクリームの甘さをより引き立てているのよ。そう、言うなれば大人の甘さね」
「な、なに!?」
大人の甘さ……初めて聴くフレーズに私の今までが概念が打ち砕かれようとしていた。
苦いは甘いを引き立てる。そんな手法がこの世にあったなんて。
「信じられん」
「まずはご賞味を。文句はそのあとよ」
私はケーキの乗った皿に添えられているフォークでそれを一口サイズに切り落とす。
そして口に含んだ。
「こ、これは!」
苦い。確かに苦い。でも、甘い。
この二律背反するような味が私の舌を、味覚を、概念を砕いていく。噛めば噛むほど、今まで私が信じていたものが粉々になっていった。
「おいしい?」
こくりと頷いた。
言葉が出ない。おいしい、というたった一言がでない。
それほどまでに抹茶ケーキの恐ろしさを体感した。
だから、こいつにはこの言葉を送ろう。
私からの賛辞だ。
「輝夜。お代わりできるか?」
「全部食べてから注文しなさい」
「私ってホント馬鹿」
たかが生地に抹茶混ぜただけで私は何戦慄いているんだ。
確かにあの味は他では味わったことがない、代物だ。それは確かである。
しかし、リアクションが私らしくない。
ちょっとぶっ飛んでいた。大げさだった。
冷静になった今、私はすごく恥ずかしい。
しかもおかわりまで所望してしまった。穴があったら入りたい。
「なんかみっともないとこ見せた」
そう思うと、体が弛緩し、カウンターにだれてしまう。
すると洗い物をしている輝夜が言葉を紡ぐ。
「いいじゃない、別に。ここには貴女と私しかいないんだから」
言われてみれば、初日で未だに私しか客はいない。
時計を見てももう1時。ここに入ってからだらけながら5時間近くいたことになる。
「客、来ないな」
「当たり前よ。こんな辺鄙なところに客なんて来ないでしょうよ」
「……朝に聞いたこととはまったく違う反応だな」
「あんなものは詭弁よ、詭弁。出任せ」
じゃあ、何でこんなところに建てたんだよ。
悔しいがこいつの作ったケーキは美味かった。場所さえよければ、絶対に客は入る。そんな腕前を輝夜は持っている。
そんな風に疑問を浮かべていると輝夜は私の目の前にまたコースターを置いた。
その上にソーサー、カップが置かれコーヒーが一杯注がれる。
「……飲まないぞ」
「私の分よ」
「マスターなのに飲むのか?」
「マスターだからよ。自分が作ったコーヒーの味はしっかり把握してないとね」
そう言って輝夜は一口飲む。
「おいしい」
持っていたカップを静かにソーサーに戻した。
…見とれるほどの上品さがあった。
カップを持って口につけソーサーに戻す。単純なこの流れが、こいつの手にかかれば、光り輝いていた。大げさかもしれないが、誰かに自慢したくなるほど様になっていた。
「見つめないでちょうだいな」
「……わりぃ」
私は目をそむけた。
「貴女と私しかいないのよ。それがこんなに気持ちいいなんてね」
気持ちいい?
私は耳を疑った。
「なかなか上手い世辞がいえるじゃないか」
「世辞じゃないわ。本音よ」
「………」
「殺し合う日々もいいけど、こういうのもいいと思わない?」
輝夜の黒い瞳が同意を求めていた。
私はまた目をそむけた。
しかし、私もそう思える。
輝夜の前だから、私はたかがケーキ一つであんなリアクションができた。
もしこれが、例えば、慧音や永琳が間に入っていれば……私はしぶしぶ食べて美味しいはずのケーキもしかめ面で食べていただろう。
そして慧音がそれを嗜め、輝夜がどこか勝ち誇ったような顔で自慢をし、永琳がそれをやんわりと宥める。
これが私達の最近の日常。
でもこいつ『だけ』との日常は……
「ここには貴女と私しかいないのよ。どんな反応も話し方も、私以外誰にも見させないわ」
お互いが守っている。
「輝夜…」
「誰の目にも触れさせない。そのための空間作りには少々いきすぎだったかしら」
クスクス笑う輝夜の顔はまるでいたずらがばれた子供のような笑顔だ。
たぶん私にしか見せないような童心ぶりだ。
確かに居心地がいいのかも……な
結局、私は日が落ちるまでこいつの喫茶店にいた。
「あ~~~~………立ちっぱなしの仕事ってのも辛いわね」
「なら座ればよかったじゃないか。私とお前しかいないんだから」
「上手な返しね、妹紅」
ほのかに皮肉を交えたつもりだが、静かに笑いながら言葉を紡ぐ辺りまだ余裕なのだろう。
店の外に出たあとも私達はこうして話しを交えている。
今日はお互いが良く喋る。
「まっすぐ帰るのか?」
「ちょっと人里によるわ。明日の分の材料も買わないといけないし」
「続けるのか?」
「当たり前よ。いつか行列ができるくらい繁盛して見せるんだから」
繁盛ね。
やる気があるのかないのか微妙なんだよな。
ま、腕前は確かなんだ。時間の問題かもな。
しかし、繁盛か……それはそれで淋しいものがある。
すると輝夜が私のほうに近づき耳元で囁いた。
「大丈夫。貴女との時間は別に設けるわよ」
「…!」
自分の顔が真っ赤になったのが分かる。
私の考えを読み取るなんて!
「この!」
腕を振り回し一発殴ろうと思ったが、輝夜はとっさに後ろにさがりかわした。
「ふふふ、まだまだ甘いわね、妹紅」
「この野郎!」
「じゃ、私は買出しがあるからね!」
すたこらと人里の方に消えていく。まったく逃げ足が速い。
私は拳を下ろした。
上を見上げる。
そこには私の家より大きな喫茶店がある。
『喫茶妹紅』
改め見ると思わず噴出してしまう。
「客が自分の店で他人のものを飲み食いしたか」
呟いた独り言が、夜空へと消えていった。
Fin
本当にびっくりした。沢で洗おうと思っていた洗濯物の入った桶を地面に落としたくらいびっくりした。
もう開いた口が塞がらない。
何かもう………びっくりした。
だって目の前に喫茶店があるんだもの。
昨日までは何もなかった。
夕方、たまにはと思って川で取った魚を玄関先で焼いて食べていたがその時はこんなものなかった。
それが今朝になったら忽然とあるよ。悔しいことに私のうちより大きい洋風喫茶。
というか、こんな竹林の奥深くに喫茶店なんか建ててどうする。客なんて絶対来ないぞ。
……まぁ、百歩譲って竹林に喫茶店を建てることを認めたとしよう。
私のうちのど真ん前に建てたことも認めよう。
なぜ、屋根に立てかけてある看板が『喫茶妹紅』なのだ。
私はここにいるぞ。建てた記憶もないぞ。もちろんボケてもいないぞ。
こんな馬鹿らしいことをするのはあいつに決まっている。
「あんの…ば輝夜。なに考えていやがるんだ」
有閑倶楽部:蓬莱人2
「か~~~~ぐや~~~~~~~~~~~!!!」
玄関の扉を蹴飛ばし、私はあいつの名前を叫んだ。
ああ、客がいようと関係なくあらん限りの大きな声で叫んだ。
そしたら案の定あのお姫様がいたよ。
カウンター越しに私に対して背を向けて立っていやがる。まるでお前とは話すつもりはないと言わんばかりに背中を見せ付けていた。
でも、こっちには言いたいことがあるんだ。文句とか文句とか文句とか………
「おい、輝夜。あれは何のつもりだ!? いや、これか? どっちでもいい、なんで喫茶店があるんだ!?」
まくりたてたように質問をしたが、いまだ我関せずを貫いていやがる。
いらっとした。
「喫茶店は認めるとしよう。何で私の名前が店名にあるんだ!? 答えろ!!!」
カウンターの机をバンと思いっきり叩いた。
それでも反応しない辺り、徹底的に無視を決め込んでいる。
ムカッとした。
「おい、人の話くらい聞けよ!!」
思わず、私はあいつの肩を掴んだ。こっちに顔を向けるように強く引っ張るとやっと輝夜の顔が見えた。
「へ?」
呆けた輝夜の声。
何が起こったというような顔で私と対面したよ。
「……え、何その反応?」
正直私がリアクションしにくい。いつものこいつなら、冷淡にくるか或いはすっとぼけてくるかのどちらかなのに。
困った。こいつ、いつもの輝夜と違う。
そう思いながら、こいつの顔を見ていたらある一点に気づいた。
「うん、何だこりゃ?」
輝夜の顔、もとい耳。そこに白いものが見えた。
「…………」
ああ、なんてことはない。
こいつは耳栓をしていたのだ。
だから、私の声が聞こえていなかったんだ。
なるほどな。なるほど。なるほど………
「じゃねえええええぇぇぇぇぇぇ!!!」
「もう………朝から一体何の用よ。ご近所迷惑でしょ」
「ちげぇ、なんかちげぇ! つ~か、ここには近所なんていねぇ! 今日の、朝の、今までに、いなかったんだよ!!!」
「でも今はいるじゃない。私の、お店の、正面に、藤原さんちの妹紅さんが。あ、今本人はここにいたわね」
くすくすと笑いながら言葉を紡ぐ辺り、殺意を覚える。……まぁ、殺意は今に始まったわけじゃないが。
「ま、長話はおいといて…とりあえず、説明しましょうか」
「………」
めんどくせい。何か反応するのが疲れた。
「貴女のことだから大声で私に食って掛かってくると思ったのよ。だから耳栓していたのよ」
私の行動はお見通しってか。
「でね、貴女がくるまでコップを拭いていたのだけどそれに夢中になっちゃってね。後ろ向いていたから貴女が来たことにまったく気づかなかったわ」
てへ、と言わない辺り、まだ気持ちを抑えれる。さっきは殺意を覚えたが。
「ああ、そうそう。貴方に言わなければならないことがあったのよ」
「……言ってみろ」
私が望んでいた答えと違ったらぶっ飛ばす。絶対ぶっ飛ばす。
「おはよう、妹紅!」
決まった……
「『インペリシャブルシューティング』!!!!!!!!!」
「とりあえず暇だったのよ」
「暇だから喫茶店建てたのか」
「お金と、時間と労働力は死ぬほどあるからね」
「金は医者、労働力は兎のお陰だろうが。このパラサイト輝夜」
私のスペルカードで店内は『若干』こげた感じになった。結構ホンキでぶっ放したのだが、こいつもホンキでこの店を守ったお陰でほとんど無傷に終わった。
こいつに言わせれば、若干の焦げのお陰でシックな感じになって落ち着いた雰囲気になったとのこと。
カウンターに備え付けられている椅子に座りながら、私はその向こうにいる輝夜に話しかけた。
「で、なんでここに建てたんだ?」
「いきなり人里に建てても冒険っぽくてね。なら様子見から始めようと思ったのよ」
「人、こねぇぞ」
「永遠亭へ案内してほしい人が貴女の家を訪ねるでしょ。それを頼りにまずは口コミからね」
とりあえず、こいつは考えてここに建てたようだ。最初はただの嫌がらせかと思ったがそうではないらしい。
……そう考えたところで肝心なことを聞くのを忘れていた。
「何で私の名前が喫茶店に使われているんだよ」
それが一番の重要ポイントだ。
私の名前を勝手に使うなんて正直気分が悪い。理由次第で次はフジヤマだ。
「ネーミングライツって知ってる?」
「何だそれ?」
「外の世界の言葉なんだけど。簡単に言えば、店の権利者とは別の人が名づけることよ。そうすることで名づけ人の知名度が上がる。要は名付け人の名前を覚えてね、と言ったところかしら」
「私はそんなことを許した覚えがないし、覚えてもらおうとも思ってないが」
「まぁ、いいじゃない。これ、外の世界の流行なのよ。私もそれに便乗したってことで」
要はあんたのわがままかい。それにつき合わされる私としては面倒この上ないことだし。それに恥ずかしいな。
「あんたのことだ。私が言ったところでやめないだろ」
「流石妹紅ね!」
「めんどくさっ」
きらきら顔して褒めたところで何も出やしないが。
私はカウンターに突っ伏したところで輝夜が私の顔の近くに丸い紙みたいなものを置いた。
「これは?」
「コースターね。飲み物を飲むときはこのうえに乗せるのよ」
「ふ~ん」
とりあえず、相槌をうっといた。
輝夜の話の口ぶりからすると飲み物が置かれるようだが。
「私、注文してないけど」
「サービスよ。私のわがままに付き合ってもらっているんだからね」
そう言って輝夜は私から離れていく。
改めて店内を見た。
木で囲まれた洋式な店内。
テーブル席が一つだけ。四人がけと言うことを考えても寂しい気がするが、その分空間にゆとりがある。のびのび使えそうな気がした。
私がいるカウンター席は5人分。やはりゆとりを重視しているようだ。
「はい、お待たせ」
「牛乳?」
「苺牛乳よ。甘い物好きの貴女にはこれがいいでしょうね」
何かちょっと馬鹿にされたような。
でも、こういう飲み物はありがたい。さっき店を全壊にする気分でスペルカードを使ったので喉が渇いていたのだ。
私はコップを掴むと一気に飲んだ。
「どうかしら?」
「……悪くないな。むしろ…」
うまい。そう言おうと思ったところでやめた。何かこいつの前でそんなこというのが癪だった。
「むしろ、何よ」
「別に。ああ、今日のお前、変わった服着ているな」
「露骨な話題変換ね」
うるせい。思わずそっぽを向いてしまう。
「ま、変わった服というのは正しいかもね。燕尾服と言ってね、主に男性が着る様な洋服ね」
「男物か。そのわりにはカッコいいと言うより綺麗に見えるな」
今回は言葉をとめなかった。
口に出したように今の輝夜の格好は綺麗だと思う。
黒い服と黒い髪が輝夜の白い肌を際立たせている。雪のような白さがいい意味での箱入りさを強調していた。しかもいつも束ねられていない黒髪はポニーテールで纏められているのも綺麗さを引き立てている。新鮮に感じたからだ。
「ふふふ、ありがとう。おまけにケーキも用意してあげる」
本当に嬉しいのだろうな。いつものような体のいい笑顔ではなく、心から喜んでいるそんな気がした。
やっぱこいつも乙女なんだろうな。
いくつ年を重ねても乙女は乙女か。幾人もの男性を求婚させただけはあるな。
「ケーキが変だ」
「何が?」
「私自身、あまり食べないからアレだけど……でもこのケーキは変だと言える」
私のところに戻ってきた輝夜は言った通りにケーキを用意してくれた。
けれど差し出されたケーキは昔見たものと違った。
「だってこのケーキ、緑じゃないか。昔、紅魔館で見たものは白のクリームに黄色い生地だったぞ」
そう、輝夜が差し出したケーキは緑なのだ。
クリームこそは白なのだが、それも相まって余計に生地の緑さが際立つ。まるで、雪が積もった芝生みたいだ。
「あら、妹紅は知らないのね。大の甘党と言える貴女が知らないようじゃ、甘党といないわね」
「なんだと!?」
「そう、いきり立たない。これは抹茶のケーキなのよ」
「抹茶!? あの苦いお茶の代表格の……」
こいつは本当にケーキを食わせる気があるのか。あの苦い抹茶を練り混ぜるなんて甘味ものを馬鹿にしている。冒涜だ。
「普通は苦そうと思うよね。でもこれは違うのよ」
「違う?」
「抹茶を練り込むことでクリームの甘さをより引き立てているのよ。そう、言うなれば大人の甘さね」
「な、なに!?」
大人の甘さ……初めて聴くフレーズに私の今までが概念が打ち砕かれようとしていた。
苦いは甘いを引き立てる。そんな手法がこの世にあったなんて。
「信じられん」
「まずはご賞味を。文句はそのあとよ」
私はケーキの乗った皿に添えられているフォークでそれを一口サイズに切り落とす。
そして口に含んだ。
「こ、これは!」
苦い。確かに苦い。でも、甘い。
この二律背反するような味が私の舌を、味覚を、概念を砕いていく。噛めば噛むほど、今まで私が信じていたものが粉々になっていった。
「おいしい?」
こくりと頷いた。
言葉が出ない。おいしい、というたった一言がでない。
それほどまでに抹茶ケーキの恐ろしさを体感した。
だから、こいつにはこの言葉を送ろう。
私からの賛辞だ。
「輝夜。お代わりできるか?」
「全部食べてから注文しなさい」
「私ってホント馬鹿」
たかが生地に抹茶混ぜただけで私は何戦慄いているんだ。
確かにあの味は他では味わったことがない、代物だ。それは確かである。
しかし、リアクションが私らしくない。
ちょっとぶっ飛んでいた。大げさだった。
冷静になった今、私はすごく恥ずかしい。
しかもおかわりまで所望してしまった。穴があったら入りたい。
「なんかみっともないとこ見せた」
そう思うと、体が弛緩し、カウンターにだれてしまう。
すると洗い物をしている輝夜が言葉を紡ぐ。
「いいじゃない、別に。ここには貴女と私しかいないんだから」
言われてみれば、初日で未だに私しか客はいない。
時計を見てももう1時。ここに入ってからだらけながら5時間近くいたことになる。
「客、来ないな」
「当たり前よ。こんな辺鄙なところに客なんて来ないでしょうよ」
「……朝に聞いたこととはまったく違う反応だな」
「あんなものは詭弁よ、詭弁。出任せ」
じゃあ、何でこんなところに建てたんだよ。
悔しいがこいつの作ったケーキは美味かった。場所さえよければ、絶対に客は入る。そんな腕前を輝夜は持っている。
そんな風に疑問を浮かべていると輝夜は私の目の前にまたコースターを置いた。
その上にソーサー、カップが置かれコーヒーが一杯注がれる。
「……飲まないぞ」
「私の分よ」
「マスターなのに飲むのか?」
「マスターだからよ。自分が作ったコーヒーの味はしっかり把握してないとね」
そう言って輝夜は一口飲む。
「おいしい」
持っていたカップを静かにソーサーに戻した。
…見とれるほどの上品さがあった。
カップを持って口につけソーサーに戻す。単純なこの流れが、こいつの手にかかれば、光り輝いていた。大げさかもしれないが、誰かに自慢したくなるほど様になっていた。
「見つめないでちょうだいな」
「……わりぃ」
私は目をそむけた。
「貴女と私しかいないのよ。それがこんなに気持ちいいなんてね」
気持ちいい?
私は耳を疑った。
「なかなか上手い世辞がいえるじゃないか」
「世辞じゃないわ。本音よ」
「………」
「殺し合う日々もいいけど、こういうのもいいと思わない?」
輝夜の黒い瞳が同意を求めていた。
私はまた目をそむけた。
しかし、私もそう思える。
輝夜の前だから、私はたかがケーキ一つであんなリアクションができた。
もしこれが、例えば、慧音や永琳が間に入っていれば……私はしぶしぶ食べて美味しいはずのケーキもしかめ面で食べていただろう。
そして慧音がそれを嗜め、輝夜がどこか勝ち誇ったような顔で自慢をし、永琳がそれをやんわりと宥める。
これが私達の最近の日常。
でもこいつ『だけ』との日常は……
「ここには貴女と私しかいないのよ。どんな反応も話し方も、私以外誰にも見させないわ」
お互いが守っている。
「輝夜…」
「誰の目にも触れさせない。そのための空間作りには少々いきすぎだったかしら」
クスクス笑う輝夜の顔はまるでいたずらがばれた子供のような笑顔だ。
たぶん私にしか見せないような童心ぶりだ。
確かに居心地がいいのかも……な
結局、私は日が落ちるまでこいつの喫茶店にいた。
「あ~~~~………立ちっぱなしの仕事ってのも辛いわね」
「なら座ればよかったじゃないか。私とお前しかいないんだから」
「上手な返しね、妹紅」
ほのかに皮肉を交えたつもりだが、静かに笑いながら言葉を紡ぐ辺りまだ余裕なのだろう。
店の外に出たあとも私達はこうして話しを交えている。
今日はお互いが良く喋る。
「まっすぐ帰るのか?」
「ちょっと人里によるわ。明日の分の材料も買わないといけないし」
「続けるのか?」
「当たり前よ。いつか行列ができるくらい繁盛して見せるんだから」
繁盛ね。
やる気があるのかないのか微妙なんだよな。
ま、腕前は確かなんだ。時間の問題かもな。
しかし、繁盛か……それはそれで淋しいものがある。
すると輝夜が私のほうに近づき耳元で囁いた。
「大丈夫。貴女との時間は別に設けるわよ」
「…!」
自分の顔が真っ赤になったのが分かる。
私の考えを読み取るなんて!
「この!」
腕を振り回し一発殴ろうと思ったが、輝夜はとっさに後ろにさがりかわした。
「ふふふ、まだまだ甘いわね、妹紅」
「この野郎!」
「じゃ、私は買出しがあるからね!」
すたこらと人里の方に消えていく。まったく逃げ足が速い。
私は拳を下ろした。
上を見上げる。
そこには私の家より大きな喫茶店がある。
『喫茶妹紅』
改め見ると思わず噴出してしまう。
「客が自分の店で他人のものを飲み食いしたか」
呟いた独り言が、夜空へと消えていった。
Fin
この空気が良いですね。中身が少なく感じたのでこの点数で。
次回作も楽しみに待ってますね。
ゆっくり焦らずでいいから
この続きがよみたい