Coolier - 新生・東方創想話

暗闇の奥に

2012/05/21 02:14:56
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「おはようございます」
日も沈み、ゆっくりと妖怪達が目を覚ますころ、私のお嬢様はお起きになられる。



『暗闇の奥に』




すっかり暗くなった部屋に明かりを灯し、大きな窓に掛けられたカーテンを開く。吸血鬼の部屋に窓があるのはおかしなことだが、これはお嬢様が提案したものらしい。なんでも幻想郷に来てからの事だとか。詳しくは私は知らない。
お嬢様は他の吸血鬼のように棺でお眠りにはならない。曰く、とても息苦しいのだとか。だから部屋に設けられた大きなベッドに横になっている。
さて、着替えの準備も整って、後はお目覚めになるのを待つだけだが……そんな無駄な時間の使い方はしない。速やかに目覚めてもらおう。
「お嬢様」
少し近くで呼びかけてみた。声もさっきより張っている。どうやら私の声が届いたらしく、ピクッとお嬢様の体が動いた。畳み掛けるようにもう一度声を出そうとしたが、
「咲夜」
突然のお嬢様の声に体が固まってしまった。どうやら目を覚まされたらしい。いつもはもっと、まるで起きようとしない意思が働いているかのごとく目を覚まされないのに、珍しいこともあるものだ。
「お目覚めになられたのですね」
「いや、起きていたよ」
しれっ、と嘘を言う。たまに珍しいことをしたかと思えば、気まぐれでこんな嘘をつくなんて。まったく呆れてしまう。お嬢様の寝たふりを見分ける術はすでに学んでおります。お嬢様は眠るとき、横向きに体を丸め、膝を抱えるように眠るのです。寝たふりのときは大抵、体をピンと伸ばし、腕を胸の前で組んでいかにも吸血鬼というようにしておられます。誰が見ても一目瞭然でしょう。もっも、私以外が見ることはないでしょうが。



「お着替えを」
「ああ」
ベッドから立ち上がったお嬢様の後ろへ回り込み、お洋服に手を掛ける。すると、咲夜、と声がかかった。
「何か」
「着替えはいい。飲み物を頼む」
何も言わずに、お嬢様の側を離れ一礼する。こういった事は珍しくない。まったく、お嬢様は気まぐれなんだから、と心に毒がたまっていく。しかし、この程度を毒と呼んでいてはメイドなど到底務まらない。メイドは言われた通りに動けばよいのだ。
踵を返し、部屋を後にする。ドアノブに触れたところでまたしても、咲夜、と声がかかった。
「何か」
振り返って見ると、お嬢様はベッドに腰を下ろしていた。
「飲み物はいい。咲夜、近くに」
わざとらしく足音を鳴らして近づいていく。別に反抗心を表しているわけではない。少し呆れてしまっていたのだ。


お嬢様はベッドに座り、大窓のほうを見ていた。真っ暗な外をただ眺めている。一面に墨を零した様な黒い景色に見えるそれは、人間にしたらただの黒かもしれないが、お嬢様のような妖にとっては美しい景色なのだろうか。ちょうど私が朝起きて、カーテンを開けたときに目に入る、木々や花や、太陽をそう感じるように。まぁ、人間には一生わかり得ない感覚なのだろう。
窓を眺めるお嬢様の隣に来る。しかし、反応はない。来い、と言われたから来たのに側に立ったら無口になる。気まぐれでメイドを操らないでいただきたい、と常々思う。
数分経ってもまるで反応を示さないお嬢様に、とうとう痺れを切らして申し出た。
「お嬢様。いかがなさいました」
「いや」
やっと口をあけたかと思えば、いや、の一言で終わってしまった。いや、とは一体なんですか。用があるのかないのか聞いているのに、これではまるでわかりません。私はお嬢様の為だけのメイドではありません。他にもやることがたくさんあるのです。と、言いたい。言ったところで無駄だろうが。気難しいお嬢様のことだから、私をお怒りになるかもしれないし、下手をすればメイドをやめろと言うかもしれない。それか、さっきのように窓のほうを向きながら、そうか、とつぶやくだけかもしれない。そう考えるとなんだかおかしくって、少し口元が緩んでしまった。



先ほどから何をご覧になられているのだろう。お嬢様はただ窓のほうをじっと眺めている。時折、体制を変えるものの視線をずらすことはあまりない。私もお嬢様の視線を追って窓を眺めてみるが、そこにはただ暗闇が広がっているだけで何も見えなかった。
何か隠し事をされているようで、いい気分ではなかった。私には見えない、なにか楽しいことや面白そうなことを独り占めしているようで、なんとも居心地が悪い。まるで、大人たちの会話についていけない子供のような、あるいは流行の話題に乗れていないような、そんな気分だ。そう考えるとなんだか恥ずかしくなってきた。何も恥ずかしがることもないのだが、メイドとしてのプライドなのだろうか。主人か見ていた美しいものが、メイドにとってはただ壁を見つめるように無意味なものなのだということが知れたら、私だけでなく、お嬢様にまで恥をかかせてしまう。
少し、勇気を出してたずねてみることにした。何をご覧になっているのですか?、と。私はもう、会話に取り残される哀れな子供ではない。自分の恥は自分で被るのだ。
「先ほどから何をご覧になられているのですか」
言った。出来るだけ緊張を悟られぬように平常を保って。かえって不自然にならなかっただろうか、という思いもあったがすでに遅かった。お嬢様は一瞬視線を私に向けた。
あなたには見えないの?人間て不便ね。
だろうと思ったわ。けど、あなたにはもったいない程のものだから丁度いいわね。
目障りよ、消えなさい。
さて、どの言葉が返ってくるだろう。どれであろうと覚悟は出来ている。さぁお嬢様この出来損ないをどうぞお叱りください。半ば投げやりな思考になりながらも、返答を待っていた。
すると、お嬢様はかわいらしい笑顔を浮かべられた。はて、一体なんで笑われているのだろう。いくら高慢なお嬢様であろうとも、この程度のことで笑われるとは思わない。何よりも、お嬢様の浮かべられた笑顔は私をバカにするというよりも、もっと何か別の笑顔だった。まるで理解できない。そう思いお嬢様に問いかけた。
「お嬢様?」
「私が見ていたのは咲夜よ」
返事を聞いても一向に理解できないとは思わなかった。窓を見ながら私を見る。一体どういうことだろうか。ひょっとするととても哲学的なことを聞いておられるのかもしれない。景色の中の何かを私に例えていて、暗闇は夜の王たるお嬢様に例えている。つまり、咲夜あなたは私の中でしか生きられぬ。その忠誠を今一度見せなさい。と、言うことなのだろうか。或いは、暗闇の中だろうと、私だけはあなたを見つめている。というお嬢様なりの告白なのだろうか。或いは……単純に、暗闇のようにつまらない人間だ。と言うことだろうか。いけない。混乱している。まったく、哲学は得意ではない。
「なぞな……」
何を考えたか、あまりに切迫した状況に思わず、なぞなぞですか?などと問いそうになってしまった。いくら混乱しているとはいえ、さすがにこれは恥ずかしい。が、言葉を言い切る前にお嬢様の言葉が遮ってしまった。なんとも幸運なことだ。
「私が言っているのは」
そういってお嬢様は大窓の方向を指差した。
「あそこに、ほら。あなたが映っているでしょう」
そういって指差した大窓には確かに私が映っている。暗闇の背景に、部屋の明かりもあって大窓が鏡のような役割をして私を映し出している。なんとも、間抜けな顔をしていた。
「ただあなたを見るのではなく、ガラスを通してみるほうが楽しかったの。趣味が悪いと思う?でもいいじゃない。私はこういうのに映ることがないんだから」
先ほどの無愛想とは打って変わって、可愛らしい笑顔を向けてくる。お嬢様はガラスや鏡には映らないけど、でも悪趣味といわざるを得ませんこれは。
「すぐ隣にいるのですから。ちゃんと私を見てください」
言って、失敗したな、と思った。まるで告白の台詞のようだったからだ。お嬢様にじろじろ見られているうちに顔が赤くなっていくのがわかった。
「あなたはそういうかわいい表情をなかなか見せてくれないじゃない?だから窓に見せてもらってたのよ」
一瞬きょとんとしてしまう。
「どういうことです」
「さっきまでのあなた、いろいろな表情を見せてくれたわ。あ、あなたじゃなくてガラスの中のあなたね。怒ったり呆れたりして、とっても楽しいわよ。案外顔に出やすい性格なのね」
かぁっ、と顔が赤くなっていく。無理もない。自分のことをポーカーフェイスであると自負していたのに、こうもあっさりと否定されてしまうとは。何よりも心の内側を覗かれていたようで、恥ずかしくてたまらなかった。
「いや、あの、そのようなことは……」
しどろもどろになりながらも何とか否定しようとする。しかし、お嬢様はさらに私を茶化してくる。
「ほら、今度は赤くなったわよあなた。あ、ガラスの中のあなたね。可愛らしいわ」
「もうお止めください!これ以上見ないでください!」
耳が火が点いたように熱くなって、とうとう耐え切れなくなった私は、お嬢様と窓とを遮るように間に入った。熱く火照った顔、うっすらと涙を浮かべる私に、お嬢様はにやりと笑う。
「では」
ベッドから立ち上がり、音もなく空中に浮いたお嬢様は私にゆっくり近づいてきた。そして私の両頬にそっと手のひらを置いた。
「もっと私にいろんなあなたを見せて御覧なさい。あなたの怒った顔、笑った顔、なんでもいいの。私を飽きさせないくらいたくさん見せなさい」
「か、からかわないでください」
「あら、そんなこと言っていいの?じゃあこれからもあの子に見せてもらうことになるかしらね」
振り向くと、大窓に映る自分と目が合った。恥ずかしさと悔しさが混じったような、自分でも見たことないような顔をしていた。
「ははっ。楽しかった。そんな本気にならなくてもいいのよ咲夜。ただこれからも私の側にいればいいのだから」
「はい……」
これからも私の側にいればいい。その言葉は、最近聞くことはなかった。いや、私自身がその言葉を聞くことを拒否していたのかもしれない。その言葉はあまりに意味がありすぎる。今の私では届かないくらい、深い深い意味にも取れる。



「さて、着替えだったな。……と、その前に咲夜、夕食の時間は」
お嬢様の声に、暗い表情をしていた私はハッっとさせられて意識を戻した。
「はい。○○時です」
「まだ時間があるな。私は横になるよ。咲夜もどうだ」
思いがけない提案だった。本来、主人とメイドが寝室を共にするなどあってはならないことだ。表沙汰になったらなんて破廉恥な館だろう、と噂されてしまう。しかし、お嬢様のお顔はそんなことなど知らぬ、というように私に期待の目を向けてくる。
「いけませんわお嬢様。私はお支度がございます」
すでにベッドに横になっていたお嬢様はしゅん、と目に見えてわかるほど、落ち込んでしまう。あ、なんか楽しい。と思ってしまい、危うくお嬢様同様、悪趣味を身につけてしまうところだった。これで諦めてくれるかと期待したが、お嬢様はニヤと笑いこちらを見てきた。
「今日は妖精たちが作った料理が食べたい。いつも咲夜が教育しているんだ。当然出来るだろう」
また何を考え付いたかと思えば、と呆れてしまう。確かに普段から妖精たちには料理の仕方も仕込んでいるので問題ないとは思う。思うが、心配では在る。
「しかし……」
「それにな咲夜……」
いつの間にか、お嬢様の笑みは消えていた。


「あまり私を退屈させるな」


わがままここに極まり、といったところだろうか。もう反論する気さえ失せて、やれやれといった心地に自然と顔がほころんでしまう。まったく、お嬢様にはいつも手を焼かされる。
「では、そのようにいたします」
「そうか。じゃあ咲夜、ここに」
ポンポン、とベッドを叩き、私を促す。いまさらながら、なんともやらしい光景であった。
「うっかりしておりました。このままではメイド服にしわがついてしまいますわ」
わざとらしく、そういってみた。正直なところ、どんな反応をするのか気になっていた。私ももう、すっかりお嬢様に毒されているようだ。しかし、お嬢様は私の言葉の意味を理解できなかったようで、さも当然のことのように
「なら脱げばいいだろう。早く来なさい」
と言った。私は、それもそうですわね、という言葉を飲み込み、服をすばやく脱ぎ、お嬢様の待つベッドへとよっていった。


私はお嬢様のことなら大抵知っているつもりです。心の優しいお方であること。意地悪であること。特にその意地悪っぷりはよく知っています。お嬢様は、私を吸血鬼の仲間として迎え入れたいのでしょう。現に、誘われたことも何度かあります。私はそのたびに断っていますが。でも、お嬢様なら、吸血鬼なら、こんなちっぽけな娘なんて、いつでもどこでも仲間にすることが出来るはずです。寝ているときでも、料理をしているときでも。いつでも。この細い首筋に噛み付いて、あふれる血を吸えばよいのですから、簡単なことです。でも、お嬢様はそれをしません。なぜならお嬢様は意地悪ですから、私の口から、吸血鬼にしてくれ、という言葉が出るのを待っているのです。そして、そのためにさまざまな手段を使って私を惑わします。お嬢様の下から離れないように、お嬢様なしでは生きていけないように。そういう風に変えられていっています。そうしていつか、私にとって、お嬢様との別れが何よりも恐ろしいと感じるようになったころ、お嬢様の下に跪き、首筋を晒して、吸血鬼にしてください、というのを楽しみに待っておられるのだと思います。お嬢様は意地悪ですから、きっとそうに違いありません。


「恥ずかしいかい咲夜。大丈夫、ここは私とあなた、二人きりなのだから」
「そうですわね……あ!」
ふと、あることに気づいてベッドから立ち上がった。そのまま大窓のほうへ
「二人っきりですものね。お月様にも邪魔はさせませんわ」
大窓にカーテンをかけ、振り返ってお嬢様に笑顔を向けた。
「そうね、邪魔するものは何もないわ」
お嬢様が右手の指をパチンっと弾くと、部屋の明かりがすべて消え、辺りはひたすら真っ暗な空間になった。


私は近いうち、人間ではなくなるかも知れません。でもそれは、お嬢様次第です。
読んでいただきありがとうございます。

最初はシリアスのつもりで書いていましたが、変更しました。
幸せエンドのつもりです。二人は幸せでしょうか。

本当はもっとセクシーなシーンが登場するはずでしたが、カットしました。
私のイメージでは、紅魔組が一番そういうシーンが似合うと思います。
まぁいいですね
くじらのたましい
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コメント



0.1060簡易評価
20.無評価名前が無い程度の能力削除
21.100愚迂多良童子削除
>>「あまり私を退屈させるな」
なんというスタイリッシュ駄々っ子w
二人とも可愛らしいなあ。じわじわと毒牙に掛けられていく咲夜・・・イイ!

>>時折、体制を変えるものの
体制→体勢
22.90名前が無い程度の能力削除
雰囲気が良い、いいレミ咲だ
24.80名前が無い程度の能力削除
これはかっこいいレミィ
25.100名前が無い程度の能力削除
寿命の違いがあるからこその決断の1つの眷属化を
断り続けている咲夜さんが自ら申し出るのを待ってるなんてカリスマレミィすぎる
そしてそこはかとなく香るエロティック
素晴らしいぜ
26.100名前が無い程度の能力削除
これはいいレミ咲
28.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしい
29.70ずわいがに削除
レミリア様がかっこよすぎる、というか抱いてくれ
咲夜さんが完全に堕ちるのも時間の問題か
30.100名前が無い程度の能力削除
滲み出るエロス・・・!
お嬢様がかっこよすぎて読んでるこっちが惚れそう、いや惚れました
こういう雰囲気のレミ咲大好物です
36.100名前が無い程度の能力削除
なんだろうエロい