花見の時期も過ぎ、幻想郷の春も終わろうとしていた頃。妖怪の山では秋姉妹が暇を持て余してのびていた。
「姉さん。春ももう終わりね」
「ええ、そうね」
二人は住処の近くの草原に寝転がったまま空を眺めている。空は雲一つない青空。実に気持ちがいい。
「そういや。里は田植え済んだのかしら」
「気になるなら様子を見に行ってみたら?」
「やだ。面倒くさいし」
「……呆れたわね。あなたそれでも豊穣を司ってるの?」
「もちろんよ! 私は神様だもの」
そう言いながら、穣子はいかにも面倒そうに寝返りをうつ。思わず静葉はため息を漏らす。
「まったく。ま、あなたはまだいいわよ。私なんて秋まで大した出番はないし」
「そういや、前から気になってたんだけど紅葉を司るって具体的にどんな事するの?」
「ずいぶん、今更な質問するのね……」
静葉は穣子の顔を見やるが、特に悪びれた様子もない。どうやら本気で聞いてるらしい。
「そうね。例えるなら……穣子。人の赤ちゃんはどうやって産まれるかわかる?」
「は!?」
姉が急に突拍子もないことを聞いてきたので、穣子は思わず目を白黒させてしまう。
「どうやって産まれるって……そりゃ、性の営みってやつでしょ。ほら、雄しべと雌しべがって……」
穣子の答えを聞いた静葉は首を横に振りながら、穣子に言う。
「違う違う。そういう学術的な事じゃなくて、もっと文学的な意味で」
「文学的ぃ……?」
考え込んでしまった穣子は、ふと空を見上げる。さっきより少し雲が出てきたようだ。
「……穣子。愛よ。愛が子を育むって言うでしょ?」
「はぁ……」
せっかく答えを言ったのにも関わらず、穣子がいまいち腑に落ちないと言った感じでいるので、静葉はやれやれといった様子で説明を始めた。
「私の仕事は紅葉が終わった時からもう始まってるのよ。そもそも紅葉というのは、木々が厳しい冬に耐えるために葉を落として降雪による損傷を最小限に抑えようとする行為なの。木が傷むと弱っちゃって、翌年綺麗な紅葉が見れなくなっちゃうし、なにより、秋になるまで枯れちゃうかもしれないのよ。だから私は、紅葉の季節が終わったら毎年木々の葉を直接残さず落としてるの」
「直接って……?」
「こうよ」
と、言いながら静葉は、脚を蹴り上げる仕草をしてみせる。
そういえば、前に家の引き出しの中に、「飛び蹴りの極意」なるメモがあったのを穣子は思い出す。そうか。あれは、このためだったのかと、思わず納得するが、その蹴りで木々は損傷しないのかという疑問が浮かんだので尋ねてみると、返ってきた答えはこうだった。
「私の飛び蹴りごときでくたばるほど、大自然は柔じゃないわ」
色々つっこみ所はあったが、いちいちつっこんでいたらキリがないので穣子は気にしない事にした。静葉の説明は続く。
「そして冬の間に、雪の下に埋もれた落ち葉は土へとかえるの。養分をたっぷりと含んだ土へとね。毎年これを繰り返す事で山の土質が痩せる事がないの。蓄えがなければ、いつかは底をつく。そういう意味では山の木々も自給自足の生活をしてると言えるわね……それで」
静葉の話がまだまだ続きそうな気配だったので、穣子がすかさず遮る。
「なるほど、なるほど。確かにそうね。ところで、姉さん一つ聞いていい?」
「何かしら?」
「姉さん。秋になったら自分で紅葉染めてたじゃない。今までの流れ関係なくない?」
「……もう、穣子ったら、何を言ってるの。栄養のない木の葉は色を塗っても綺麗に染まんないのよ」
「そういうものなの?」
「そういうものなのよ。紅葉を司る私が言うんだから間違い無いわ」
確かに司ってる本人が言うのであれば、そうなのだと納得するしかない。穣子は仕方なく受け入れる事した。しかし、どうも腑に落ちない彼女の表情はいかにも不満気そうなままだ。その様子を見た静葉は、額に手を当ててため息を付く。
「……ねえ、穣子。あなたには愛情はないの?」
「へっ……?」
「私たちにとっての愛について考えた事ある?」
「え……それは……その……愛情? 何を急に……」
不意打ちの質問に、穣子は頭の中が真っ白になってしまう。それに追い打ちをかけるように静葉は質問を重ねる。
「穣子。あなたは何を司る神様よ?」
「何って決まってるでしょ!豊穣よ!五穀豊穣!」
と、その時。
「五穀豊穣と聞いて!!」
「誰!?」
「あ、こんにちは! 山の風祝、東風谷早苗です!」
突如、現れた闖入者に思わず穣子と静葉は顔を見合わせてしまう。
「いや、実は天気が良かったので散歩をしていたんです。そしたら何やらお二方が面白そうな話をしていたのでつい……」
「面白そうな話って……?」
穣子が聞き返すと早苗は手を胸の前で組んで惚けた様子で答える。
「愛とは何か。なんて普遍的で永遠のテーマじゃないですか! 神様である二人がそれについて話し合ってるなんて面白いなぁと」
「あのねぇ……」
早苗の言葉を聞いた穣子は、呆れた様子で思わずため息をつく。
「ふむ、そういえば、風祝さんは外の世界からやってきたんだったわね。丁度いいわ」
静葉はそう言うと不敵な笑みを浮かべる。
「早苗。あなたのいた世界での農作物の扱いについて少し話をしてくれないかしら」
「農作物……ですか?」
早苗はしばらく目をぱちくりさせていたが、二人が自分に注目していたので、この際だからと自分が知ってる農作物の知識を披露する事にした。
「うーん。農作物と言っても、大きくはこっちの世界と変わりませんけど……あ、そうそう。温室栽培ってのがあって、ビニールハウスってのの中で栽培する事で、いつの時期でもどんな季節の野菜や果物が食べる事が出来ますよ!」
「……へぇ、すごいわね。私なんかいなくても十分やっていけるじゃないの」
早苗の言葉を聞いた穣子は、いかにもつまらなそうに吐き捨てる。それを見た早苗は穣子の感情を知ってか知らでか、言葉を付け加える。
「あ、でも、私一つ思ったんですけど、こっちの世界に来て一番驚いたのは食べ物の味が違うなって。野菜とか果物とかのおいしさが全然違うんですよ! 確かに、いつでもどんな季節のものが食べられるのは便利なんですけど、味は劣っちゃうんです」
彼女の言葉を聞いた穣子は一変して自信ありげに腕組みをして、うんうんと頷きながら言い放つ。
「ふふん。そりゃそうよ。どんな食べ物だって旬ってのがあるの。お天道様に背くような育て方をしたものが美味しいわけないじゃない! 早苗、あんたは幸せ者よ。こっちの世界に来た事でその食物の本来のおいしさを味わう事が出来るんだからね!」
すると、早苗は理解したと言った具合に手をポンっと叩くと穣子に告げた。
「なるほど! つまり、穣子さんがいるから、幻想郷の食べ物は美味しいんですね!」
「……あんた、今まで私の話の何を聞いてたのよ!」
「え、違うんですか?」
「いえ、風祝さんの言う通りよ」
その時、それまで二人のやりとりを笑いこらえながら見ていた静葉が、口を挟んできた。
「穣子。あなたはこの世界の豊穣を司ってるのだから貴女のおかげと言って間違いじゃないわよ」
「ん……まぁそうだけど……」
「さて、だいぶ逸れちゃったけど話を戻しましょう。私にとって手塩にかけて育てた紅葉というのは、言わば我が子のようなものなの。つまり私は親。親が子に愛情を注ぐのはあたり前の事でしょう」
早苗は静葉の言葉を聞いて少し表情を曇らせる。何か思い当たる節があるようだったが、静葉はあえて触れない事にした。一方の穣子はようやく理解したとばかりに含み笑いを浮かべる。
「……ふむふむ。そっか。そうね。私にとって農作物や味覚は子供のようなものよね確かに。その子供達をたくさん収穫出来て、里の人等と一緒に笑顔になるのが私の歓び。そのために私は日々気にかけてるわけだしね」
「……まったく、穣子ったら、ようやくわかったのね。そういう意味では貴女にだって愛があるじゃない。単に司どってるっていう義務の意識じゃここまで手をかけられないし、信仰も得られない。わかるでしょ?」
「うん! わかった!」
「さあ。それなら今すぐ、里にでも行って様子を見てきたら? 多分田植えの真っ最中だと思うわよ」
「そうね! そんじゃちょっと里まで行ってくるわ!」
言うや否や、穣子は立ち上がると早々と里の方へ姿を消してしまった。
「まったく。慌ただしい子ねぇ……」
静葉は彼女が行った方を見つめながらつぶやくと、何やら考え事している早苗の方を見やる。
「さて、風祝さん」
「あ、はい!?」
静葉に呼ばれた早苗は、慌てて彼女の方に向き直す。
「私は、あなたの詳しい事情までは知らないけれど、きっとあなたは幸せものよ」
「幸せもの……ですか?」
「そうよ。だって神様に育てられたんでしょ? しかも二人の神に。そんな体験滅多に出来無いわよ。神様二人からの愛情を受けて育てられたんだもの」
思わず早苗は、はにかむような表情を見せる。
「……そうですね。神奈子様も、諏訪子様も私にとっては家族です。神様が家族なんですから、そういう意味では私は幸せものですよね」
その時ふと風が、二人の間を吹き抜ける。湿り気を帯びた生暖かい風だった。
「……ふむ、黒南風ね」
「くろはえ……ですか?」
「そう。この時期に吹く、じめっとした生暖かい風の事をそう呼ぶのよ。この風が吹くという事は梅雨間近という事。私はこの風が結構好きなの」
「え? 秋の神様なのにですか?」
「ええ、そうよ。梅雨の雨は、恵みの雨。農作物だけでなく山の木々にとってもそれは同じ。潤いが多いほど秋の紅葉がより鮮やかに染まるの。言わばこの風はお天道様が、これから山々に恵みをもたらしますよという合図でもあるのよ」
その言葉を聞いた早苗は「なるほど。お天道様ですか」と言いながらうんうんと頷く。静葉が言った事を理解したのかどうかは怪しいところだ。
「それはそうと、あなたはこれからの季節にぴったりね」
「え、それはどういう意味ですか?」
早苗の問に対し静葉はふっと笑みを浮かべて答える。
「だってあなたの名前は『早苗』でしょ? 早苗ってのは元々水無月の言葉なのよ」
「あ、そういえば前に、諏訪子様から聞いたことあります。それ……」
と、その時だ。空からぽつりぽつりと雨が落ちてくる。思わず二人が空を見上げると青空は消え失せ、すっかり鉛色になっていた。
「あらあら季節の移り目はなんとやらね」
「あ、私洗濯物干しっぱなしでした!」
早苗は慌てた様子で神社の方へと去ろうとするが、すかさず静葉が呼び止める。
「早苗。いつでも私の家に来なさい。歓迎するわ」
「はい! ありがとうございます! ぜひ今度おじゃまさせて頂きますね!」
早苗はニッコリと笑みを浮かべて答えると「それでは」と、一礼してその場を去っていった。
「……なるほど。確かにいい子ね」
静葉は、彼女が去っていったのを確認すると住処へと戻る。そろそろ雨に降られた穣子が慌てて帰ってくる頃だろう。ふと耳を澄ますと、遠くの方では雷鳴が聞こえる。南風が家の中にまで入り込み、家中がどことなく湿っぽい。どうやら本格的に一雨来そうな雰囲気だ。彼女は、もうじきやってくる梅雨の気配を感じながら、穣子の帰りを待った。程なくして穣子が慌てて帰ってくる。
その頃雨はすっかり本降りに変わり、山の木々を潤していた。
「姉さん。春ももう終わりね」
「ええ、そうね」
二人は住処の近くの草原に寝転がったまま空を眺めている。空は雲一つない青空。実に気持ちがいい。
「そういや。里は田植え済んだのかしら」
「気になるなら様子を見に行ってみたら?」
「やだ。面倒くさいし」
「……呆れたわね。あなたそれでも豊穣を司ってるの?」
「もちろんよ! 私は神様だもの」
そう言いながら、穣子はいかにも面倒そうに寝返りをうつ。思わず静葉はため息を漏らす。
「まったく。ま、あなたはまだいいわよ。私なんて秋まで大した出番はないし」
「そういや、前から気になってたんだけど紅葉を司るって具体的にどんな事するの?」
「ずいぶん、今更な質問するのね……」
静葉は穣子の顔を見やるが、特に悪びれた様子もない。どうやら本気で聞いてるらしい。
「そうね。例えるなら……穣子。人の赤ちゃんはどうやって産まれるかわかる?」
「は!?」
姉が急に突拍子もないことを聞いてきたので、穣子は思わず目を白黒させてしまう。
「どうやって産まれるって……そりゃ、性の営みってやつでしょ。ほら、雄しべと雌しべがって……」
穣子の答えを聞いた静葉は首を横に振りながら、穣子に言う。
「違う違う。そういう学術的な事じゃなくて、もっと文学的な意味で」
「文学的ぃ……?」
考え込んでしまった穣子は、ふと空を見上げる。さっきより少し雲が出てきたようだ。
「……穣子。愛よ。愛が子を育むって言うでしょ?」
「はぁ……」
せっかく答えを言ったのにも関わらず、穣子がいまいち腑に落ちないと言った感じでいるので、静葉はやれやれといった様子で説明を始めた。
「私の仕事は紅葉が終わった時からもう始まってるのよ。そもそも紅葉というのは、木々が厳しい冬に耐えるために葉を落として降雪による損傷を最小限に抑えようとする行為なの。木が傷むと弱っちゃって、翌年綺麗な紅葉が見れなくなっちゃうし、なにより、秋になるまで枯れちゃうかもしれないのよ。だから私は、紅葉の季節が終わったら毎年木々の葉を直接残さず落としてるの」
「直接って……?」
「こうよ」
と、言いながら静葉は、脚を蹴り上げる仕草をしてみせる。
そういえば、前に家の引き出しの中に、「飛び蹴りの極意」なるメモがあったのを穣子は思い出す。そうか。あれは、このためだったのかと、思わず納得するが、その蹴りで木々は損傷しないのかという疑問が浮かんだので尋ねてみると、返ってきた答えはこうだった。
「私の飛び蹴りごときでくたばるほど、大自然は柔じゃないわ」
色々つっこみ所はあったが、いちいちつっこんでいたらキリがないので穣子は気にしない事にした。静葉の説明は続く。
「そして冬の間に、雪の下に埋もれた落ち葉は土へとかえるの。養分をたっぷりと含んだ土へとね。毎年これを繰り返す事で山の土質が痩せる事がないの。蓄えがなければ、いつかは底をつく。そういう意味では山の木々も自給自足の生活をしてると言えるわね……それで」
静葉の話がまだまだ続きそうな気配だったので、穣子がすかさず遮る。
「なるほど、なるほど。確かにそうね。ところで、姉さん一つ聞いていい?」
「何かしら?」
「姉さん。秋になったら自分で紅葉染めてたじゃない。今までの流れ関係なくない?」
「……もう、穣子ったら、何を言ってるの。栄養のない木の葉は色を塗っても綺麗に染まんないのよ」
「そういうものなの?」
「そういうものなのよ。紅葉を司る私が言うんだから間違い無いわ」
確かに司ってる本人が言うのであれば、そうなのだと納得するしかない。穣子は仕方なく受け入れる事した。しかし、どうも腑に落ちない彼女の表情はいかにも不満気そうなままだ。その様子を見た静葉は、額に手を当ててため息を付く。
「……ねえ、穣子。あなたには愛情はないの?」
「へっ……?」
「私たちにとっての愛について考えた事ある?」
「え……それは……その……愛情? 何を急に……」
不意打ちの質問に、穣子は頭の中が真っ白になってしまう。それに追い打ちをかけるように静葉は質問を重ねる。
「穣子。あなたは何を司る神様よ?」
「何って決まってるでしょ!豊穣よ!五穀豊穣!」
と、その時。
「五穀豊穣と聞いて!!」
「誰!?」
「あ、こんにちは! 山の風祝、東風谷早苗です!」
突如、現れた闖入者に思わず穣子と静葉は顔を見合わせてしまう。
「いや、実は天気が良かったので散歩をしていたんです。そしたら何やらお二方が面白そうな話をしていたのでつい……」
「面白そうな話って……?」
穣子が聞き返すと早苗は手を胸の前で組んで惚けた様子で答える。
「愛とは何か。なんて普遍的で永遠のテーマじゃないですか! 神様である二人がそれについて話し合ってるなんて面白いなぁと」
「あのねぇ……」
早苗の言葉を聞いた穣子は、呆れた様子で思わずため息をつく。
「ふむ、そういえば、風祝さんは外の世界からやってきたんだったわね。丁度いいわ」
静葉はそう言うと不敵な笑みを浮かべる。
「早苗。あなたのいた世界での農作物の扱いについて少し話をしてくれないかしら」
「農作物……ですか?」
早苗はしばらく目をぱちくりさせていたが、二人が自分に注目していたので、この際だからと自分が知ってる農作物の知識を披露する事にした。
「うーん。農作物と言っても、大きくはこっちの世界と変わりませんけど……あ、そうそう。温室栽培ってのがあって、ビニールハウスってのの中で栽培する事で、いつの時期でもどんな季節の野菜や果物が食べる事が出来ますよ!」
「……へぇ、すごいわね。私なんかいなくても十分やっていけるじゃないの」
早苗の言葉を聞いた穣子は、いかにもつまらなそうに吐き捨てる。それを見た早苗は穣子の感情を知ってか知らでか、言葉を付け加える。
「あ、でも、私一つ思ったんですけど、こっちの世界に来て一番驚いたのは食べ物の味が違うなって。野菜とか果物とかのおいしさが全然違うんですよ! 確かに、いつでもどんな季節のものが食べられるのは便利なんですけど、味は劣っちゃうんです」
彼女の言葉を聞いた穣子は一変して自信ありげに腕組みをして、うんうんと頷きながら言い放つ。
「ふふん。そりゃそうよ。どんな食べ物だって旬ってのがあるの。お天道様に背くような育て方をしたものが美味しいわけないじゃない! 早苗、あんたは幸せ者よ。こっちの世界に来た事でその食物の本来のおいしさを味わう事が出来るんだからね!」
すると、早苗は理解したと言った具合に手をポンっと叩くと穣子に告げた。
「なるほど! つまり、穣子さんがいるから、幻想郷の食べ物は美味しいんですね!」
「……あんた、今まで私の話の何を聞いてたのよ!」
「え、違うんですか?」
「いえ、風祝さんの言う通りよ」
その時、それまで二人のやりとりを笑いこらえながら見ていた静葉が、口を挟んできた。
「穣子。あなたはこの世界の豊穣を司ってるのだから貴女のおかげと言って間違いじゃないわよ」
「ん……まぁそうだけど……」
「さて、だいぶ逸れちゃったけど話を戻しましょう。私にとって手塩にかけて育てた紅葉というのは、言わば我が子のようなものなの。つまり私は親。親が子に愛情を注ぐのはあたり前の事でしょう」
早苗は静葉の言葉を聞いて少し表情を曇らせる。何か思い当たる節があるようだったが、静葉はあえて触れない事にした。一方の穣子はようやく理解したとばかりに含み笑いを浮かべる。
「……ふむふむ。そっか。そうね。私にとって農作物や味覚は子供のようなものよね確かに。その子供達をたくさん収穫出来て、里の人等と一緒に笑顔になるのが私の歓び。そのために私は日々気にかけてるわけだしね」
「……まったく、穣子ったら、ようやくわかったのね。そういう意味では貴女にだって愛があるじゃない。単に司どってるっていう義務の意識じゃここまで手をかけられないし、信仰も得られない。わかるでしょ?」
「うん! わかった!」
「さあ。それなら今すぐ、里にでも行って様子を見てきたら? 多分田植えの真っ最中だと思うわよ」
「そうね! そんじゃちょっと里まで行ってくるわ!」
言うや否や、穣子は立ち上がると早々と里の方へ姿を消してしまった。
「まったく。慌ただしい子ねぇ……」
静葉は彼女が行った方を見つめながらつぶやくと、何やら考え事している早苗の方を見やる。
「さて、風祝さん」
「あ、はい!?」
静葉に呼ばれた早苗は、慌てて彼女の方に向き直す。
「私は、あなたの詳しい事情までは知らないけれど、きっとあなたは幸せものよ」
「幸せもの……ですか?」
「そうよ。だって神様に育てられたんでしょ? しかも二人の神に。そんな体験滅多に出来無いわよ。神様二人からの愛情を受けて育てられたんだもの」
思わず早苗は、はにかむような表情を見せる。
「……そうですね。神奈子様も、諏訪子様も私にとっては家族です。神様が家族なんですから、そういう意味では私は幸せものですよね」
その時ふと風が、二人の間を吹き抜ける。湿り気を帯びた生暖かい風だった。
「……ふむ、黒南風ね」
「くろはえ……ですか?」
「そう。この時期に吹く、じめっとした生暖かい風の事をそう呼ぶのよ。この風が吹くという事は梅雨間近という事。私はこの風が結構好きなの」
「え? 秋の神様なのにですか?」
「ええ、そうよ。梅雨の雨は、恵みの雨。農作物だけでなく山の木々にとってもそれは同じ。潤いが多いほど秋の紅葉がより鮮やかに染まるの。言わばこの風はお天道様が、これから山々に恵みをもたらしますよという合図でもあるのよ」
その言葉を聞いた早苗は「なるほど。お天道様ですか」と言いながらうんうんと頷く。静葉が言った事を理解したのかどうかは怪しいところだ。
「それはそうと、あなたはこれからの季節にぴったりね」
「え、それはどういう意味ですか?」
早苗の問に対し静葉はふっと笑みを浮かべて答える。
「だってあなたの名前は『早苗』でしょ? 早苗ってのは元々水無月の言葉なのよ」
「あ、そういえば前に、諏訪子様から聞いたことあります。それ……」
と、その時だ。空からぽつりぽつりと雨が落ちてくる。思わず二人が空を見上げると青空は消え失せ、すっかり鉛色になっていた。
「あらあら季節の移り目はなんとやらね」
「あ、私洗濯物干しっぱなしでした!」
早苗は慌てた様子で神社の方へと去ろうとするが、すかさず静葉が呼び止める。
「早苗。いつでも私の家に来なさい。歓迎するわ」
「はい! ありがとうございます! ぜひ今度おじゃまさせて頂きますね!」
早苗はニッコリと笑みを浮かべて答えると「それでは」と、一礼してその場を去っていった。
「……なるほど。確かにいい子ね」
静葉は、彼女が去っていったのを確認すると住処へと戻る。そろそろ雨に降られた穣子が慌てて帰ってくる頃だろう。ふと耳を澄ますと、遠くの方では雷鳴が聞こえる。南風が家の中にまで入り込み、家中がどことなく湿っぽい。どうやら本格的に一雨来そうな雰囲気だ。彼女は、もうじきやってくる梅雨の気配を感じながら、穣子の帰りを待った。程なくして穣子が慌てて帰ってくる。
その頃雨はすっかり本降りに変わり、山の木々を潤していた。
早速公式ネタを使ってきましたね。
こんなにおしとやかな静葉さんが愛情込めてライダーキックかましてるかと思うと余計にww
おもしろみは無いですが読みやすく、テーマについても3人の視点があって良いかなーと思います。スペースあけてあるのも親切です。
ドップリ浸かって読んでました
何となくこういうやり取りが好きなんです
人を含めたこの世界にも、四季のあるこの国にも、とても大切なものなんですよねえ。
あらためて、そう感じました。
自然の恵みに感謝できる年であります様に。