※以下、多少下品と思われる表現が有ります。
「いちごの匂いのする、いちご柄のパンツを手に入れたんだけど、どうかなぁ」
「何がどうかなぁ、なんですか」
珍しくこいしが帰って来るなり、真っ直ぐ私の部屋に来たと思ったら。
物珍しげにパンツの匂いを、いや、誤解されないよう正確に言えば、いちごの匂いのするパンツの匂いを嗅いでいた。
「うん。いちごの匂いがするでしょ」
差し出されたこいしの手には、今までこいしが嗅いでいたパンツ。
匂いを嗅いでみると、確かにいちごのような匂いがする。
「はぁ、確かにしますけどね」
「でしょ、だからプレゼント」
「だからの意味が分かりません」
「んー、買ってみたのは良いんだけど、私はどっちかと言えば黄色とか緑が似合うと思ってるから。赤ならお姉ちゃんにどうかなって」
私に向けて差し出されるこいしの両手、そしてその手にはいちごの匂いをさせているパンツ。
こいしからのプレゼントなんて何年ぶりだろうと思うと嬉しくも有るが、それがこんな微妙な物だと思うと素直に喜べない。
「まぁ折角あなたがくれると言っているので貰ってはおきますが……穿きませんよ」
「えー、どうして!」
「当たり前です。大体、どこに人前でパンツからフルーツ(笑)の匂いを漂わせてる女が居るんですか」
「ふふふ、ここにいるぞ!」
不敵に笑ったこいしがスカートを私に向けてはためかせると、微妙な甘い匂いがこちらに漂って来た。
「こ、この匂いは」
「そう、果物の王様とも言われるバナナの匂いだよ」
BGMが鳴り始め、こいしのスカートの中のパンツが光り輝いているような幻が見える。
世の中、丼だって光るのだから、パンツも光って当たり前なのかも知れない。
――なお、こいしのパンツは見えていない。
「ここにいるぞ!」
「二度言わなくても分かりましたから、ちょっと黙りなさい」
頭が痛い。
帰って来るなりパンツを、しかも匂いを嗅ぎながら妹にプレゼントだと言われ、純粋に嬉しいと思えるような姉が居るだろうか。
百歩譲ってプレゼントは嬉しいとしても。
それに、そんなパンツを妹が穿いていたとしても、釣られてほいほいと穿くような尻の軽い私ではない。
「とにかく、たとえあなたが穿いていたとしても、やっぱり私は穿きません」
「むぅ、穿かないんだったら、私にも考えが有るよ」
「ほう、どんな考えですか」
こいしはエレガントに帽子を脱ぎ、そして私の持っているパンツを無垢で無慈悲な瞳で見つめながら、くいっと指差した。
「この帽子の替わりに――そのパンツ被って外出するから」
「やめなさい!本当に縁切るわよ」
「穿いてくれないお姉ちゃんが悪い」
「今までの会話で、どこか私が悪いところが有りましたか」
「んー、全部?」
「なるほど、全部ですか……そうですか」
神様、私の願い事を一つだけ聞いてくれるなら、どうかこいしのゴーイングマイウェイな性格を直して下さい。
「どうしても、駄目?」
「どうしても穿きません」
「そう、なら我ら姉妹はこれより志を同じくする者に非ず、志の遠く離れた敵同士だよ」
「どこでそんな言葉覚えて来るんですか。それよりも、そんな志を同じくした覚えは有りません」
「とにかく、今日から敵同士だからね」
言った途端、視界からこいしが消える。
私の無意識を操ったのだろう。
「ま、しばらくしたら諦めるでしょう」
その日は、そう楽観していた。
しかし翌日になって、私の予想が甘かった事を思い知らされる。
着替えをしようとタンスの引出を開けた瞬間、やられたと気付いた。
「パンツがない」
お金が無いわけではない。
パンツを買うお金は有るが、穿いて行くパンツが無いのである。
そしてタンスの中には、ご丁寧に書置きと例のいちごの匂いのするパンツが残されていた。
――パンツは頂いた。怪盗 ル・パンツ・ザ・サードアイ――
「仕方ないですね、今日のところは昨日と同じのを穿いておくとして」
これ見よがしに残されたいちごの匂いのするパンツを穿くのは、私のプライドが許さない。
それに、忙しい時は一週間穿き通しだった事だって有るのだから、それに比べれば何でも無い。
……こいしに知られたら、えんがちょされそうだが。
しかしいつまでもこのままと言うわけにもいかない。
一週間程度はこれで良いとしても、それ以上戦える戦力がこちらには無いのだ。
さすがに昨日と同じパンツではパンツを買いに行くわけにも行かない。
お空ならこれ(一枚)であと十年は戦える、と言いかねないが。
「まずは、明日穿くパンツを確保しなくてはいけませんね」
・・・
「そんなわけで、恵まれない私にパンツを下さい」
「何がそんなわけで、よ。あんたじゃないんだから説明してくれないと分からないんだけど」
私がまず向かった先はパルスィの所だった。
何故ならこの機会に、合法的にパルスィのパンツを手に入れる事が出来るから。
「実は、かくかくしかじかで」
「これこれうまうまってわけね」
「ええ、そんなわけで恥ずかしながら明日穿くパンツにも困っている状況ですので、パンツ下さい」
「全然恥ずかしがってないし、直球過ぎるわ」
「何なら、今あなたが穿いてる可愛らしい水玉模様のでも――」
言い終わる前に、パルスィのアイアンクローが私のテンプルにヒットする。
「それ以上言ったらめり込ませるわよ」
「それ以上いけないたたた、もう言いませんから」
そしてそのまま宙吊り状態にまで持って行かれて、どすんと落とされる。
あ、私って意外と軽いんだなと実感した瞬間だった。
「うぅ、頭が吹き飛ぶかと思いましたよ……」
「自業自得じゃないの」
「冷たいですね、友人がこんなに困っているというのに。あと痛がっているのに」
「痛いのは自業自得だって――そうね、困ったちゃんの友人に、一枚だけ都合してあげられるのが有ったわ」
「本当ですか!?」
期待に胸を膨らませてパルスィを見上げた。
「昨日こいしがね……」
「あ、良いですそれは」
機械的に手を横に振り、後ろを向いて橋の欄干にもたれ掛かり、肩を落とす。
どうやらパルスィのところにも来ていたらしい。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「別に、穿いてあげれば良いじゃない」
「嫌ですよ、そんなフルーツ(笑)臭漂うパンツ」
「こいしだって穿いたんでしょ。多少恥ずかしいのは我慢すれば良いじゃない」
「なら、パルスィがまず穿いてあげて下さいよ」
「……いい天気ね」
「ええ、雲ひとつ、太陽ひとつ見えない良い天気ですね」
二人で見上げた空は地底の天井しかなかったが、空々しいという意味でこれ以上無く晴れ渡っていた。
・・・
結局パルスィからは一枚も貰えず、地霊殿にすごすごと引き返して来た。
曰く『体格が違うし、何よりあんたに渡るのが生理的に嫌』との事だった。
「さて、どうしますかね……」
エントランスのぼろい椅子に掛け、これからの事を考える。
最も簡単な方法は、いちごのパンツを穿けばこいしも許してくれるだろうが、それは最終手段だ。
この手段を取らない以上パンツの調達は不可欠となるが、パルスィの他に調達の当てが私に有るかと言えば、無い。
かと言って脅したり盗んだりしたら『地霊殿の主の凶行、パンツ強奪』と記事になりかねない。
やはり誰かに頼み込んで穏便に済ませる以外に無いだろう。
普段働かせていない頭を必死に働かせているが、浮かび上がる答えはどれも芳しいものではない。
――手詰まりだろうか。
いや、性急に答えを出そうとするのは私の悪い癖だ。
時間はまだ残されているし、諦めるのは死んでからでも遅くないとの名言も有ったような気もする。
何より今ここで諦めたら、戦ってくれている私のパンツに申し訳がない。
最後まで足掻いて、それで駄目だったらそこでまた考えよう。
そう考えると、少し気が楽になった。
「そうですね、久しぶりの姉妹喧嘩ですし、楽しむとしましょうか」
「姉妹喧嘩って、またこいし様と何か有ったんですか?」
「ひぇ?」
びっくりして声のした方に顔を上げてみると、ペットのお燐が居た。
「あ、ああお燐ですか。考え事をしていたもので気付きませんでした」
「さっきからずっと居たんですけどね。どうせ喧嘩したって言うこいし様の事考えてたんでしょう」
「ええまぁ、そんなところです」
まさかパンツの事で頭がいっぱいで気付かなかった、とは言えない。
ふとお燐の横に視点を移すと、普段は死体が積んである筈の猫車に別のものが積まれていた。
「ところで、その大量の布は何かしら」
「これですか?例の地底に来た巫女のお姉さんが、供養を依頼された衣類を燃すって言うんで、勿体無いから貰って来たんですよー。この辺のパンツなんかまだ穿けますし」
「言い値で買いましょう」
「へ?」
・・・
お燐から大量のパンツを仕入れた私は、こいしに辛くも勝つ事が出来た。
あの時早々に諦めていたら――もしかしたら変わらずに勝っていたかも知れないし、逆にいちごの匂いのするパンツを穿く羽目になっていたかも知れない。
運命なんて私には読めないが、今回は諦めない事を選んで勝ったのだから、それで良しとしよう。
ちなみにいちごの匂いのするパンツの出所をこいしに尋ねたら、
「山の神社の巫女さんが、女性信者獲得のためだって、奇跡の力で匂いを付けて売ってたよ」
との言質を得た(他の神様に止められたため、数日で販売中止となったらしいが)。
今回の件はこいしの責任が大きいので文句は言えないが、あそこのメイク・ミラクルトラブルな体質が今後も関わって来るであろう事を考えると割と頭が痛い。
また、あの後こいしに勝つまでに、お燐のパンツが怪盗キャッツ・サードアイに盗まれたり(私にパンツを渡した事への報復目的か)、お空がいちごの匂いのするパンツを穿かされたり、こいしが本当に帽子の替わりにパンツを被って外出する悪夢を見る事件も有ったが、それはまた別の機会に語られる事も有るだろう。
-終-
爆笑ではなく、比較的ゆったりしたテンポで眠りながら笑うような感じ。
ほんわか楽しく読みました。
さとりん、パルスィのパンツ手に入れたら嗅ぎそうで恐ェ・・・・・・。
笑えました。最初の方の「尻の軽い私ではない」が良かった。パンツだけに。
4.> その発想はなかった。
付喪神になったパンツの心を読む話が有っても良いですね。
死んだパンツの心を読むお燐とか。
いずれ誰かが、書き上げてくれる日を待つとしましょう。
5.> 当日に間に合わせるために、だいぶ駆け足にしてしまいました。本当は
「その趣味の悪いパンツ脱ぎなさい」「やだ、お姉ちゃんの変態」とか
「そう、今のこいしのパンツはバナナ柄です」「ばっかじゃないの、お姉ちゃんじゃないんだから二日も穿くわけないじゃん」
とか色々と入れたかったんですが……入れなくて良かったのか。
ル・パンツさんは割とお気に入りです。
フェッサーさん> 好きな人のパンツを手に入れたら、あなたならどうしますか?
ってさとり様が言ってた。うん、やばいですね。
姉妹とも、まともだよ! きっと、多分、じゃないかな。
10.> ありがとうございます。
14.> そう、パンツだけに。
パルスィの水玉パンツ(使用済み)はどこで売っていますか?