今日も青いなぁ空。空を見上げつつ私はそんな事をふと思った。
あ、あの雲の形車に似てる。
「聴いてます早苗さん?」
「あーはいはい。なんで雲って白いんですかね?」
「知りませんよ。本当に私の話聴いているんですか?」
「あ、じゃなんで空って青いんでしょうかねー?」
「聴いてないんですね・・・そうですか・・・ほうほう・・・」
なんだか雲行きが怪しくなってきた。「空」のではなく「話」の雲行きが。これ以上現実逃避はさせてもらえないだろう・・・そう感じ取った私は空を見上げていた視線をゆっくりと目の前の同行者に向ける。
「やっと聴く気になったと見てよろしいんですかね」
「何を言いますか。私が文さんの話を聴かなかった事なんて・・・」
「ちょっと向こうの山辺りまで吹っ飛ばせばいいですか?」
「嘘です。すいませんでした」
「まったく」
そう言って文さんは小さくため息を吐いた。そんな光景の中気付くと私は口から笑みをこぼしていた。
「何を笑っているんですか」
「ふふ、あぁいえ、前より難なくこうやってやり取りが返せる様になったなぁって」
「何ですかそれ」
またため息を吐かれた。でもさっきとはちょっと違う。しょうがないなみたいなため息。
そんな晴れた日の午後の話。
「ええと、それで文さんは何をそんなに怒ってらっしゃるんですか?」
「怒ってません」
そう言う割に文さんは怒って・・いやどことなく機嫌が悪いように見える。私何かしたかなと考えを巡らせてみるがまるで心当たりがない。そういえば里を出た辺りから機嫌が悪かったように思えた。
里で何か・・・そう思いかけて私は一つの出来事を思い出した。おそらくあれが原因だろう。
「あぁもしかして文さん・・」
私は里に居た時を少しだけ思い返す事にした。
「文さん!こっち、こっちですよ」
「あーはいはい早苗さん。そんなに手を振らなくてもわかりますから」
行きかう人々の流れの中で文さんに自分の位置を示す為に私は大きく手を振った。それを見つけて文さんは半ば呆れたような顔でこちらに向かって歩いてくる。
「そんなにはしゃがなくても。子供じゃないんですから」
「あーいや、ははは」
今にしてさっきのは子供ぽかったかなと思った私は苦笑で文さんに応えた。
私たちは今妖怪の山を降りてだいぶ離れた所にある人間の里に居る。神奈子様に買い物を頼まれた為だ。もっとも買い物を頼まれた時は私一人だった。準備をして出発・・という所で神社にやって来た文さんと会ったのだ。なんでも記事の方がひと段落したらしく、暇になったので私の顔でも見に来たらしい。そこで私がこれから買い物に行く旨を伝えると一緒に行くことになったのだ。
里に到着して程なく買い物の方はすぐに終わった。なので少し暇になったので里の中を見回る事にした。
ちなみに・・・文さんは記事のネタ探しがどうのと言い張っているが、これは俗に言うデートに当てはまる。これは勘ですが、たぶんそもそもコレが目的で神社に来たんじゃないかなと思います。文さん照れ屋ですからね。
「あ、これなんかどうですかね」
私は店先に並んだアクセサリーの一つを指差しながら言った。
「私にそれを?んーイマイチしっくり来ないですね」
「そうですか・・・あ、じゃこれなんかどうです」
気を取り直して私は別のアクセサリーを指差す。形がどことなく鳥の羽の様にも見えるからコレならいいと思うんですが・・・
「今早苗さんはおそらく「コレ鳥の羽みたいな形してる」とか考えてません?」
「え、なんでわかったんですか?」
「そんな顔してましたから」
「それどんな顔ですか」
私の怪訝な顔に小さく笑われる。笑みが暗にあれは駄目だと言っているような気がして、私は顔を逸らす。そして今度は私がため息を吐く番だ。
「む、文さんの為に選んでるのになかなか決めてくれませんね」
「私は記者ですから、観察眼はしっかりしてるんですよ」
「ちょっとは妥協してくれても」
「記事には出来る限り真実を、つまりこういう事でも妥協は出来ないのですよ」
「今記事関係ないじゃないですか」
「真実を追う姿勢はどんな事にも応用できますから」
ああ言えばこう言う。そこも文さんの魅力の一つだと、とりあえずそう思っておくことにして私は聞き流す。
「まぁでも、その頑張りは評価しますよ。実際早苗さんのセンスは良いですから」
何も言って来ない私を見てしょげてしまったのだとでも思ったのかフォローを入れてくる。文さん流のあんまり慰めないフォローを。
「そんなに言うなら文さんは私にはどんなのが似合うって言うんですか」
「早苗さんにですか・・・んーちょっとお待ちくださいね」
そう言って文さんはアクセサリーの一つ一つを吟味していく。私は気付かれないようにこっそりと文さんの横顔を見てみる。
「これはっと・・いや駄目ですね。これも駄目。お、これは・・うーん」
そんな事を呟きながらアクセサリーを見ている文さんの顔は真剣そのもの。でもどことなく嬉しそうにも見える。きっと私が文さんの為にアクセサリーを選んでいた所も正直な気持ち嬉しかった筈。
初めて会った時はやけに人を小ばかにしたり、こっちが褒めても嫌味を含んだような返し方をしてるように見えて、あぁこの人とは上手く付き合っていけなさそうだななんて思ったりもした。けれど付き合ってみて文さんが照れ屋かつ素直に好意を返すのが不得意なんだなとわかった。今だって真剣に探すその横顔は嬉しさそのものだ。そんな事を考えていると私の顔が少し熱くなったような気がして、慌てて視線を文さんから逸らす。危ない危ない、今の顔を文さんに見られていたらまたからかわれかねない。
「早苗さん」
「は、ひゃいっ」
どうにか気を落ち着けようと私も別の場所を見ようと思っていたら背後から文さんに声をかけられた。そのせいか変な声が出てしまった。私は動揺を気取られぬように注意を払いつつ振り返った
「どうかしました?」
「は、いいえ、なんでもありませんよ」
「それならいいんですけどね」
個人的に上手くはぐらかせたとは思ってないが文さんが特にそれ以上聞いて来なかったので心の中でホッとした。
「で、私なりに良さそうなのを一つ見繕いましたよ」
そう言って一つを差し出してくる。それは・・
「・・・・・」
「おや?お気に召しませんか?」
「いえ・・・その・・・選んだ理由は勿論あるんですよね?」
「ちゃんとありますよ~私だってちゃんと考えているんですからね」
「じゃあ教えてくださいよ。どうしてブタなんですか!」
文さんが差し出してきたのは豚の顔をかたどったキーホルダーでだった。いや、勘違いしないでくださいよ?!
別に私だってこれで可愛く描いてあるのなら百歩位譲って「あ、コレいいですね」とか言えますよ。
「なんでこのブタはドヤ顔なんですかね?」
「早苗さんも昔色々とドヤ顔でしたじゃないですか」
「私が?!何時!?」
「早苗さんたら・・・こんな所でそんな事言わせるんですか?」
「それは一体どういうことですかね」
「ほらほら、早苗さんそんなに大声を出さないでくださいよ。周りの人たちが見てますよ」
「え、あ」
驚いて周囲を見回すと成る程確かに周りに居た人達がこちらを見ているのに気付いた。
「あ、ははは・・・はは、すいませんでした!」
私は慌ててその場で頭を下げた。それを見たのか周囲の人たちはまた元のように商品に目を戻していった。私は少しだけ文さんを睨んだ。
[ありがとうございましたー!]
そんな声を後ろに聞きつつ私たちは店を出た。ちなみに店を出る前に軽くお仕置きしたのは言うまでもない。え、どんなですかって?それは、ね。
「そ、それで次は何処へ行きますかね」
額にやや汗を垂らしつつ文さんが尋ねてくる。・・・と言われはしたが特に決めてはいない。とにかく歩きながら考える事にする。
「むむむ・・・あ」
少しばかり考えつつどこともなく視線を巡らせていると一つの場所が、正確にはある物が目に留まる。
「あ、早苗さんどちらへ」
気付くと私は歩き出していた。その場所に。目は一点を捉えたまま。慌てて文さんが後を追いかけてくる。
「ちょっと早苗さん、何にそんなにも心惹かれて・・鳥籠?」
「似てるなぁこの鳥さん」
そう呟いて私はそれの前に立つ。私の視線はその鳥籠・・・というより中の鳥に注がれていた。
青い鳥。それは私が小さい時に飼っていた小鳥にとても良く似ていた。たぶんあの童話に影響されたんだと思う。別に幸せというものをひたすらに追い求めていた訳じゃなかったけど動物を初めて飼うという興味も手伝ってお母さんにせがんで買ってもらった。
そしてあの鳥に良く似た鳥が今私の目の前に居る。
「この鳥がどうかしたんですか」
横から追いついてきたのか文さんがひょっこり顔をだす。
「あ、すみません。いきなり歩きだしてしまって」
「いえいえ。確かに少し驚きましたが、察するにその鳥が早苗さんに関連してるとか・・ですかね」
「似てるんです」
「何にですか」
「私が昔飼っていた鳥さんに」
「ほぉ~」
そう言うと文さんは籠に入ったその鳥をまじまじと見始めた。私もまた眺める。
しばらくそうやって眺めていた所不意に文さんが呟いた。
「早苗さんは」
「はい?」
「早苗さんはこんな鳥が好きなんですか?」
「え」
それは予想すらしていなかった問いだった。私は言葉の意味を計り兼ねて逆に尋ねてみた。
「それは・・・どういう意味ですか」
「どういうもこういうもそのままですよ。こんな鳥を早苗さんは好きだったのですか」
「それ以上言うと怒りますよ」
直後に私の周囲を流れる風がざわめくのを自分でも感じた。そのざわめきは同時に私の心中でも感じられた。
「私は訊いてるだけなんですがね」
「それであれば私は答えたくないです」
私はきっぱりと不快感を前面に押し出してそう答えた。
「あやや、これは困りましたね。好きなら好きと言えばいいものを答えたくないとは・・」
それに対し文さんは私の不快感など何処吹く風で全く気にしていない。その上あの好きになれない嘲るような表情すら浮かべている。
「これ以上は怒るって言いましたよね」
「もしかしてこの位で怒ったんですか~?」
私と文さんの間にものすごく不穏な空気が流れ出す。一触即発の状態。今周囲を鑑みるだけの配慮があったなら私たちを見る里の人たちの不安そうな顔を見て止めようという気持ちになったのかもしれない。けど悲しいまでに私たちは周囲を鑑みる余裕が無かった。
でも、そんな状況を変えたのは私でも文さんでもなく。
もっと、こう
「お前たち!こんな所で何をやっているんだ」
上から来る重い
ビシッ!
バシッ!
痛みだった。
「あたっ?!」
「痛っ?!」
一瞬何が起きたかわからず呆然とし、その直後猛烈に痛みが襲った。
次いで痛みに耐えかねどこぞのマンガよろしくそのまま地面に蹲った。私はてっきり文さんが何かしたのかと思って痛みを堪えつつ前を見ると私と同じように蹲っている文さんが目に入る。
「い、いったい誰ですか」
「こ、この強烈な後頭部の痛みはおそらくチョップ。このような殺人級、あいや殺妖級のチョップを放てる人物といえば・・」
「往来の中で何をやらかそうというんだお前たちは」
それぞれが喚きつつ声が聞こえた方を向く。
「「あ・・・慧音さん」」
「あー・・・い、一応確認しますが生きてますかー」
「一応って・・・生きてますよ。一部分が死に掛けですが」
「そうですか・・それはよかった」
「よくはないですが・・そういう文さんはどうなんですか」
「ひー、生きてますよしっかりとね・・・えぇでもね」
「あぁそれ以上言わないでください。それ私も言いたいんですから」
「む、こんな所で譲り合いの精神なんか発揮したくないですよ私」
「私だってそうですよ」
「じゃあ、一緒に言いますか?」
「いいですよ」
「せーのっ」
「「足痛い・・・」」
私たちは木陰でそんなえらく後ろ向きな事をぼやいた。そしてどちらからともなく吹き出す。私も文さんも既に怒るとかそういう気持ちは無くなっていた。
あれから慧音さん(教え子曰く先生モード)に往来から少し端に寄った所でみっちり説教を受けていた。もちろん正座で。少し端に寄っただけなので当然説教されている所は行きかう人々にしっかりと見られていた。正直知ってる顔に目撃されなくてよかった。あんな所を見られていたら後々あること無いこと言いふらされてそうだったから。
しばらく二人してそうやって笑い
「そろそろ帰りますか」
「そうですね」
そしてどちらからともなくそう言った。
そうして今に至る訳なのだが・・・
「それで話ってなんでしたっけ?」
とぼけた様に尋ねてみた。本当はちゃんと覚えてますけどね。
「そこまでありありと回想に耽った癖して里を出てからの話はまったく覚えてらっしゃらないんですね」
やや芝居がかった仕草で文さんがため息を吐く。私は苦笑いをするしかなかった。
それからしばらく無言で飛ぶ。私も文さんもお互いに言うべき事を何時言うか悩んでいるような風だった。
眼下の景色は各方面へと繋がる畦道から木々の茂る山道へと変ってきた。天狗等が住む領域である妖怪の山にもう入ったのだろう。もう少し飛び続けていればやがて頂上に到着してしまう。
「少し寄り道をしてもいいですかね?」
だからもうすぐ頂上という所での文さんの提案は私にとってもありがたいと思えた。
私は心の中で神奈子様と諏訪子様にもう少し遅くなりますと念じた後文さんの寄り道に同行した。
「ここです」
「ここは・・・」
ややあって辿り着いた場所は文さんの家から数分飛んだ所、神社からだと裏手に近い所にあった。飛んでる時はまた違った景色を楽しむことができる・・・そんなような場所だった。
「記事の執筆なんかで煮詰まった時に気分転換にね」
「いい眺めですね。こんな所があるとは」
「ここを知ってる人はそうそう居ないですからね。まさに知る人ぞ知るというやつですよ」
誇らしげに文さんは言った。私はそんな話を耳に聞きつつ景色を眺める。夕日は遠くの山にかかってとても幻想的に思えた。と、そこまで考えて今自分が居る場所が何処かを思い出しクスリと一人微笑む。幻想郷に居ながら幻想的だなんて・・・
「気に入っていただけたようですね」
「ええ、とても」
私は素直にそう答えた。
それからしばらく私も文さんも何も話さず山の向こうに沈んでいく夕日をただ眺めていた。そうして、このまま何も話さず終わりになるのかなと思った頃。
「限定的な空しか見えない鳥はそんなに好きになれないんですよ」
そんな言葉から文さんはぽつりぽつりと語り始めた。私は黙って耳を傾けることにした。
「人間は基本的には地を歩く存在です。そりゃ早苗さんや霊夢さんの様に人間でありながら空を飛ぶ事ができる人間は居ますが・・・それはほんの一握りの話ですね」
天狗の中には地を這う者と揶揄する方も居ますけどね、文さんは付け加えて言った。
「でも天狗は、というより今は鳥全般ですが、鳥は基本的には飛ぶ存在です。鳥にも個々に違いはややありますが総じて言うならば」
そこで一旦言葉を切って私を真っ直ぐ見つめてきた。そしてそのまま続けた。
「皆自由に飛ぶべきなんです。狭い空しか知らない飼われた鳥は成長しない。もはや死んだも同然です。」
文さんは私を見つめたままきっぱりと言い放った。
もちろん私にはいくつか疑問が湧いて、それを文さんに尋ねるとそれぞれにしっかりと答えが返って来て私はその度になるほど、と思ったり、それは違うんじゃないかと思って更に質問を重ねたりする。
質問を重ねていく内に文さんが飼われている鳥をあまり好まないというのは理解できたが、そこまで頑なに嫌っているような印象は受けなかった。
「文さんの言いたい事はわかりました。ですがそれだとどうしても腑に落ちないんですよ」
「どこがですか?」
「確かに口では色々言っていますけれど、文さんの言葉の端々からはそこまで飼い鳥を嫌っているという印象は感じられませんでした。・・・文さん実は飼い鳥については割りとどうでもいいんじゃないですかねもしかして」
「え、な、何を言いなさり奉りますか!」
文さんの動揺具合を見るに私の予想は外れてないのだと思った。というか無駄に仰々しい言い方だし。こういう時の文さんはだいたい本心を隠している。
「そんな事はあることもないことも・・とにかくありませんよ」
この動揺具合には何かあるんじゃないか・・そう思って今日を今一度振り返ってみるがもう特に当てはまる事項なんて考え付かなくてどうにも手詰まりに陥っていた。
「あ、そういえば」
「あややややや・・・や?」
「アクセサリーはあれって結局買ったんですかね?」
頭の中で何度目かの記憶の思い起こしをしている最中ふと思い出した事があった。文さんはあのアクセサリーを買ったのだろうか?あの豚を。
「あぁあれですか。でしたら確か・・・あったあった。とりあえず早苗さん目瞑ってくださいよ」
促されるままに私は目を瞑る。さっきの焦りっぷりはどこに行ってしまったのかと聞いてみたくなるような変り様だ。
目を閉じた私に文さんが近づいてくるのがわかった。そのまま私の側まで来るとなにやらゴソゴソやっている音がする。文さんに対して目を瞑るという事をやらかしてしまっていいのかを考えてちょっとだけ薄目を開けてみようかとも考えたが、微妙な動きでも文さんには察知されてしまう事(文さん曰く「記者ならこれくらいわかって当たり前ですよ」とのこと)を思い出して素直にされるがままになっておく。
「(・・・あれ?でもこれ目閉じて良かったんですかね?文さんの事ですから何かとんでもないものを買ってたりして、いやいやまさか文さんでもそこまでは・・なんて思わせてやるのが文さんですからねぇ。ん?耳に何か)」
「そんなに目をピクピクさせないでくださいよ。まさか私が何かするなんて思っているんですか?」
「え、そんな訳ないじゃないですか(思ってます・・すごく思ってます!)」
「ほんとですかぁ~?」
「本当ですってば。というかさっきまでと全然違うじゃないですか」
「あぁ、それはそれこれはこれですので」
見え無くてもわかる!文さんは今嬉々としている!この後に起こる事を考えると私は恐怖を感じずにはいられなかった。
「いいですよ目を開けても」
相当個人的な恐怖の時間を経て遂に目を開けてもいいというお許しがでた。私は何がまつのかわからないままに恐る恐る目を開けた。そこには・・
「ふぇ?」
私が居た。
「は?ふ、ふぇっ?ほぉっ?」
何がなんだかわからなくて私は混乱した。ついでに奇声もでた。他には何も出さなかったのは個人的にはグッジョブだと思う。でも他に何を出すの?
なんてよくわからない事を考えている内に頭が正常に動いてきた。そして今私が見ているのはドッペルゲンガーとか自分のそっくりさんとかではなくただの何の変哲もない鏡であることに気付いた。
「鏡」
「鏡ですよ」
「え、あ、ですよね・・・」
「えーと、早苗さん鏡というものはですねその前にいる物体を」
「いやわかってます。わかってますからその「この人頭大丈夫かな」みたいな視線やめてください」
恥ずかしい・・・って
「あれ・・・これって」
「いやはや時間がかかりまして。選ぶのが大変だったんですよ?」
いったいどんな代物が出てくるのかと内心ビクつきながらも見た鏡にはいつもの私。
いや違う。数分前の私には無くて今の私が着けているものがあった。鏡に映る私は胸元にネックレスと
「一つ目は割りとすぐに見つかったんですが二つ目は困りました。どれを見てもイマイチ早苗さんが着けるのを想像するといまいちパッとしなくて・・・」
耳にイヤリングを着けていた。
「えっえええー!?」
「?!」
私は思わず素っ頓狂な声を上げていた。それこそ傍らに居る文さんがすこし引く位の勢いで。でもこれは引かれたとしても仕方ないだろう。だ、だってですよ?まさかあの・・
「一日の大半をあることないこと書き立ててゴシップ記事を作ってるか、もしくは私を弄って楽しんでる文さんがなんのひねりも無く普通のものを買ってくれるなんて・・!!」
「ちょっと待ってください。というか早苗さんの中の私ってそんな感じなんですね」
「いやだって少し前のアレがこうなりますか?!」
「ですからアレは冗談だと。というかあることないことって・・・むぅ、あれから早苗さんに色々言われて大分改善させたんですけど未だにその評価なんですね」
「いや!、あの、なんというかこれは言葉のあやというものでして確かに文さんの書く記事は以前に比べればいくらか、あいや大分良くなったものだと思いますよ。そうですそうです、ええそうですよそうですとも」
「・・そりゃ私だってこんな少しの改善具合でそうそう劇的に変る物ではないとわかってますよ。ですけどねぇ以前と評価が少しも変らないというのは・・そのなんというか、こみ上げるものがありますね」
しまった、新聞関連の話は軽く地雷だった。これならまだはたてさんの方がこっちの方ではメンタルが強いかもしれない。すぐにフォローとは呼べないような弁解をしてみるが全く耳に入ってないのか順調にネガティブモードに移行しているようだ。あ、そういえば「ネガティブ」って言葉を文字で書くとちょっとカッコイイと思うんですがどうですかね?なんというかこう「ねがてぃぶ」って書くとアホの子みたいな感じがするのと同じなんですがね。
「ってそんな話はどうでもよく。・・・あ、違いますよ?!今のは心の中の自分に対してというやつでして、けっして文さんの新聞がという話では無くて・・」
「いいんですよ早苗さん?そんな対して励ましにもならないフォローなんてしなくても・・・」
私の必死のフォローをきっぱりと無駄と言ってきた。こうなっちゃうとしばらくはどうしようも無い。なので一旦文さんをそのままにして私は改めて鏡で自分の姿を見てみることにした。
胸元に光るネックレスは二羽の白い鳥が寄り添って枝にとまってるような形をしている。たぶん番(つがい)なのだろう。少しだけ回して後ろからも見てみてそんな事を思った。
続いて両耳に着いているイヤリング。こちらは青い硝子球と星型の意匠を凝らしたものとなっている。
どちらも自分で着けていてしっくり来る。そこで私はあの時のアクセサリーを探している時の文さんの横顔を思い出す。同時に文さんに対して申し訳なく思った。
「文さん」
「どうせ私なん・・・て、って」
文さんが二の句を言えずに硬直している。そんなことが文さんの背中越しに感じ取れた。
今私はちょうど文さんを後ろから抱き締めているような形になる。力強く。そのまま私は続ける。
「ありがとうございます」
「え、えーと」
「プレゼントとても気に入りました。すっごく嬉しいです」
「へ?あ、あぁそうですか。それはなによりです」
「それとすみません」
「?」
「私は何も文さんにあげられていないのにこんなに頂いちゃって」
「そんな気にしないでください。・・・それに、私の方が早苗さんから貰った物が多いです」
「私が?文さんに?」
何かあげたことがあるだろうか?そう思って考えを巡らせてみる。しかし、思いつかない。
「初めてお会いした時から今までに、もう色々と貰っちゃってますから。ここらで少しでも返しておかないと何か悪いですし」
一瞬の沈黙。
「あはは・・帰りますか」
「ふふ、そうですね」
そしてどちらからともなくそう切り出した。それ以上は言葉にならなかったというのもある。でも私にはあの言葉だけで文さんが何を言いたいのかは理解できた。文さんがどういう人物なのかを危うく忘れる所だった。私にはそれで充分だった。
「文さん」
「ほい?」
「また二人で行きましょうね」
「いいですよ」
「色んな所を二人で見て回りたいです」
「早苗さんのお供とあらば喜んで」
もうすっかりいつもの二人だ。いつもの道を。二人並んでいつも通り。
一つ違う事があるとすれば、
「・・・あの」
「?」
「あ、いえなんでもって・・あっ」
「手が繋ぎたいのならそう言えばいいじゃないですか文さんたら」
「いえいえそんな繋ぎたくてではなく今のは・・」
「じゃあ繋ぎたくないんですか?」
「・・・・・・・繋ぎ・・・たい・・です」
「ふふっ」
二人の距離がまた少し縮まった様な気がした
あ、あの雲の形車に似てる。
「聴いてます早苗さん?」
「あーはいはい。なんで雲って白いんですかね?」
「知りませんよ。本当に私の話聴いているんですか?」
「あ、じゃなんで空って青いんでしょうかねー?」
「聴いてないんですね・・・そうですか・・・ほうほう・・・」
なんだか雲行きが怪しくなってきた。「空」のではなく「話」の雲行きが。これ以上現実逃避はさせてもらえないだろう・・・そう感じ取った私は空を見上げていた視線をゆっくりと目の前の同行者に向ける。
「やっと聴く気になったと見てよろしいんですかね」
「何を言いますか。私が文さんの話を聴かなかった事なんて・・・」
「ちょっと向こうの山辺りまで吹っ飛ばせばいいですか?」
「嘘です。すいませんでした」
「まったく」
そう言って文さんは小さくため息を吐いた。そんな光景の中気付くと私は口から笑みをこぼしていた。
「何を笑っているんですか」
「ふふ、あぁいえ、前より難なくこうやってやり取りが返せる様になったなぁって」
「何ですかそれ」
またため息を吐かれた。でもさっきとはちょっと違う。しょうがないなみたいなため息。
そんな晴れた日の午後の話。
「ええと、それで文さんは何をそんなに怒ってらっしゃるんですか?」
「怒ってません」
そう言う割に文さんは怒って・・いやどことなく機嫌が悪いように見える。私何かしたかなと考えを巡らせてみるがまるで心当たりがない。そういえば里を出た辺りから機嫌が悪かったように思えた。
里で何か・・・そう思いかけて私は一つの出来事を思い出した。おそらくあれが原因だろう。
「あぁもしかして文さん・・」
私は里に居た時を少しだけ思い返す事にした。
「文さん!こっち、こっちですよ」
「あーはいはい早苗さん。そんなに手を振らなくてもわかりますから」
行きかう人々の流れの中で文さんに自分の位置を示す為に私は大きく手を振った。それを見つけて文さんは半ば呆れたような顔でこちらに向かって歩いてくる。
「そんなにはしゃがなくても。子供じゃないんですから」
「あーいや、ははは」
今にしてさっきのは子供ぽかったかなと思った私は苦笑で文さんに応えた。
私たちは今妖怪の山を降りてだいぶ離れた所にある人間の里に居る。神奈子様に買い物を頼まれた為だ。もっとも買い物を頼まれた時は私一人だった。準備をして出発・・という所で神社にやって来た文さんと会ったのだ。なんでも記事の方がひと段落したらしく、暇になったので私の顔でも見に来たらしい。そこで私がこれから買い物に行く旨を伝えると一緒に行くことになったのだ。
里に到着して程なく買い物の方はすぐに終わった。なので少し暇になったので里の中を見回る事にした。
ちなみに・・・文さんは記事のネタ探しがどうのと言い張っているが、これは俗に言うデートに当てはまる。これは勘ですが、たぶんそもそもコレが目的で神社に来たんじゃないかなと思います。文さん照れ屋ですからね。
「あ、これなんかどうですかね」
私は店先に並んだアクセサリーの一つを指差しながら言った。
「私にそれを?んーイマイチしっくり来ないですね」
「そうですか・・・あ、じゃこれなんかどうです」
気を取り直して私は別のアクセサリーを指差す。形がどことなく鳥の羽の様にも見えるからコレならいいと思うんですが・・・
「今早苗さんはおそらく「コレ鳥の羽みたいな形してる」とか考えてません?」
「え、なんでわかったんですか?」
「そんな顔してましたから」
「それどんな顔ですか」
私の怪訝な顔に小さく笑われる。笑みが暗にあれは駄目だと言っているような気がして、私は顔を逸らす。そして今度は私がため息を吐く番だ。
「む、文さんの為に選んでるのになかなか決めてくれませんね」
「私は記者ですから、観察眼はしっかりしてるんですよ」
「ちょっとは妥協してくれても」
「記事には出来る限り真実を、つまりこういう事でも妥協は出来ないのですよ」
「今記事関係ないじゃないですか」
「真実を追う姿勢はどんな事にも応用できますから」
ああ言えばこう言う。そこも文さんの魅力の一つだと、とりあえずそう思っておくことにして私は聞き流す。
「まぁでも、その頑張りは評価しますよ。実際早苗さんのセンスは良いですから」
何も言って来ない私を見てしょげてしまったのだとでも思ったのかフォローを入れてくる。文さん流のあんまり慰めないフォローを。
「そんなに言うなら文さんは私にはどんなのが似合うって言うんですか」
「早苗さんにですか・・・んーちょっとお待ちくださいね」
そう言って文さんはアクセサリーの一つ一つを吟味していく。私は気付かれないようにこっそりと文さんの横顔を見てみる。
「これはっと・・いや駄目ですね。これも駄目。お、これは・・うーん」
そんな事を呟きながらアクセサリーを見ている文さんの顔は真剣そのもの。でもどことなく嬉しそうにも見える。きっと私が文さんの為にアクセサリーを選んでいた所も正直な気持ち嬉しかった筈。
初めて会った時はやけに人を小ばかにしたり、こっちが褒めても嫌味を含んだような返し方をしてるように見えて、あぁこの人とは上手く付き合っていけなさそうだななんて思ったりもした。けれど付き合ってみて文さんが照れ屋かつ素直に好意を返すのが不得意なんだなとわかった。今だって真剣に探すその横顔は嬉しさそのものだ。そんな事を考えていると私の顔が少し熱くなったような気がして、慌てて視線を文さんから逸らす。危ない危ない、今の顔を文さんに見られていたらまたからかわれかねない。
「早苗さん」
「は、ひゃいっ」
どうにか気を落ち着けようと私も別の場所を見ようと思っていたら背後から文さんに声をかけられた。そのせいか変な声が出てしまった。私は動揺を気取られぬように注意を払いつつ振り返った
「どうかしました?」
「は、いいえ、なんでもありませんよ」
「それならいいんですけどね」
個人的に上手くはぐらかせたとは思ってないが文さんが特にそれ以上聞いて来なかったので心の中でホッとした。
「で、私なりに良さそうなのを一つ見繕いましたよ」
そう言って一つを差し出してくる。それは・・
「・・・・・」
「おや?お気に召しませんか?」
「いえ・・・その・・・選んだ理由は勿論あるんですよね?」
「ちゃんとありますよ~私だってちゃんと考えているんですからね」
「じゃあ教えてくださいよ。どうしてブタなんですか!」
文さんが差し出してきたのは豚の顔をかたどったキーホルダーでだった。いや、勘違いしないでくださいよ?!
別に私だってこれで可愛く描いてあるのなら百歩位譲って「あ、コレいいですね」とか言えますよ。
「なんでこのブタはドヤ顔なんですかね?」
「早苗さんも昔色々とドヤ顔でしたじゃないですか」
「私が?!何時!?」
「早苗さんたら・・・こんな所でそんな事言わせるんですか?」
「それは一体どういうことですかね」
「ほらほら、早苗さんそんなに大声を出さないでくださいよ。周りの人たちが見てますよ」
「え、あ」
驚いて周囲を見回すと成る程確かに周りに居た人達がこちらを見ているのに気付いた。
「あ、ははは・・・はは、すいませんでした!」
私は慌ててその場で頭を下げた。それを見たのか周囲の人たちはまた元のように商品に目を戻していった。私は少しだけ文さんを睨んだ。
[ありがとうございましたー!]
そんな声を後ろに聞きつつ私たちは店を出た。ちなみに店を出る前に軽くお仕置きしたのは言うまでもない。え、どんなですかって?それは、ね。
「そ、それで次は何処へ行きますかね」
額にやや汗を垂らしつつ文さんが尋ねてくる。・・・と言われはしたが特に決めてはいない。とにかく歩きながら考える事にする。
「むむむ・・・あ」
少しばかり考えつつどこともなく視線を巡らせていると一つの場所が、正確にはある物が目に留まる。
「あ、早苗さんどちらへ」
気付くと私は歩き出していた。その場所に。目は一点を捉えたまま。慌てて文さんが後を追いかけてくる。
「ちょっと早苗さん、何にそんなにも心惹かれて・・鳥籠?」
「似てるなぁこの鳥さん」
そう呟いて私はそれの前に立つ。私の視線はその鳥籠・・・というより中の鳥に注がれていた。
青い鳥。それは私が小さい時に飼っていた小鳥にとても良く似ていた。たぶんあの童話に影響されたんだと思う。別に幸せというものをひたすらに追い求めていた訳じゃなかったけど動物を初めて飼うという興味も手伝ってお母さんにせがんで買ってもらった。
そしてあの鳥に良く似た鳥が今私の目の前に居る。
「この鳥がどうかしたんですか」
横から追いついてきたのか文さんがひょっこり顔をだす。
「あ、すみません。いきなり歩きだしてしまって」
「いえいえ。確かに少し驚きましたが、察するにその鳥が早苗さんに関連してるとか・・ですかね」
「似てるんです」
「何にですか」
「私が昔飼っていた鳥さんに」
「ほぉ~」
そう言うと文さんは籠に入ったその鳥をまじまじと見始めた。私もまた眺める。
しばらくそうやって眺めていた所不意に文さんが呟いた。
「早苗さんは」
「はい?」
「早苗さんはこんな鳥が好きなんですか?」
「え」
それは予想すらしていなかった問いだった。私は言葉の意味を計り兼ねて逆に尋ねてみた。
「それは・・・どういう意味ですか」
「どういうもこういうもそのままですよ。こんな鳥を早苗さんは好きだったのですか」
「それ以上言うと怒りますよ」
直後に私の周囲を流れる風がざわめくのを自分でも感じた。そのざわめきは同時に私の心中でも感じられた。
「私は訊いてるだけなんですがね」
「それであれば私は答えたくないです」
私はきっぱりと不快感を前面に押し出してそう答えた。
「あやや、これは困りましたね。好きなら好きと言えばいいものを答えたくないとは・・」
それに対し文さんは私の不快感など何処吹く風で全く気にしていない。その上あの好きになれない嘲るような表情すら浮かべている。
「これ以上は怒るって言いましたよね」
「もしかしてこの位で怒ったんですか~?」
私と文さんの間にものすごく不穏な空気が流れ出す。一触即発の状態。今周囲を鑑みるだけの配慮があったなら私たちを見る里の人たちの不安そうな顔を見て止めようという気持ちになったのかもしれない。けど悲しいまでに私たちは周囲を鑑みる余裕が無かった。
でも、そんな状況を変えたのは私でも文さんでもなく。
もっと、こう
「お前たち!こんな所で何をやっているんだ」
上から来る重い
ビシッ!
バシッ!
痛みだった。
「あたっ?!」
「痛っ?!」
一瞬何が起きたかわからず呆然とし、その直後猛烈に痛みが襲った。
次いで痛みに耐えかねどこぞのマンガよろしくそのまま地面に蹲った。私はてっきり文さんが何かしたのかと思って痛みを堪えつつ前を見ると私と同じように蹲っている文さんが目に入る。
「い、いったい誰ですか」
「こ、この強烈な後頭部の痛みはおそらくチョップ。このような殺人級、あいや殺妖級のチョップを放てる人物といえば・・」
「往来の中で何をやらかそうというんだお前たちは」
それぞれが喚きつつ声が聞こえた方を向く。
「「あ・・・慧音さん」」
「あー・・・い、一応確認しますが生きてますかー」
「一応って・・・生きてますよ。一部分が死に掛けですが」
「そうですか・・それはよかった」
「よくはないですが・・そういう文さんはどうなんですか」
「ひー、生きてますよしっかりとね・・・えぇでもね」
「あぁそれ以上言わないでください。それ私も言いたいんですから」
「む、こんな所で譲り合いの精神なんか発揮したくないですよ私」
「私だってそうですよ」
「じゃあ、一緒に言いますか?」
「いいですよ」
「せーのっ」
「「足痛い・・・」」
私たちは木陰でそんなえらく後ろ向きな事をぼやいた。そしてどちらからともなく吹き出す。私も文さんも既に怒るとかそういう気持ちは無くなっていた。
あれから慧音さん(教え子曰く先生モード)に往来から少し端に寄った所でみっちり説教を受けていた。もちろん正座で。少し端に寄っただけなので当然説教されている所は行きかう人々にしっかりと見られていた。正直知ってる顔に目撃されなくてよかった。あんな所を見られていたら後々あること無いこと言いふらされてそうだったから。
しばらく二人してそうやって笑い
「そろそろ帰りますか」
「そうですね」
そしてどちらからともなくそう言った。
そうして今に至る訳なのだが・・・
「それで話ってなんでしたっけ?」
とぼけた様に尋ねてみた。本当はちゃんと覚えてますけどね。
「そこまでありありと回想に耽った癖して里を出てからの話はまったく覚えてらっしゃらないんですね」
やや芝居がかった仕草で文さんがため息を吐く。私は苦笑いをするしかなかった。
それからしばらく無言で飛ぶ。私も文さんもお互いに言うべき事を何時言うか悩んでいるような風だった。
眼下の景色は各方面へと繋がる畦道から木々の茂る山道へと変ってきた。天狗等が住む領域である妖怪の山にもう入ったのだろう。もう少し飛び続けていればやがて頂上に到着してしまう。
「少し寄り道をしてもいいですかね?」
だからもうすぐ頂上という所での文さんの提案は私にとってもありがたいと思えた。
私は心の中で神奈子様と諏訪子様にもう少し遅くなりますと念じた後文さんの寄り道に同行した。
「ここです」
「ここは・・・」
ややあって辿り着いた場所は文さんの家から数分飛んだ所、神社からだと裏手に近い所にあった。飛んでる時はまた違った景色を楽しむことができる・・・そんなような場所だった。
「記事の執筆なんかで煮詰まった時に気分転換にね」
「いい眺めですね。こんな所があるとは」
「ここを知ってる人はそうそう居ないですからね。まさに知る人ぞ知るというやつですよ」
誇らしげに文さんは言った。私はそんな話を耳に聞きつつ景色を眺める。夕日は遠くの山にかかってとても幻想的に思えた。と、そこまで考えて今自分が居る場所が何処かを思い出しクスリと一人微笑む。幻想郷に居ながら幻想的だなんて・・・
「気に入っていただけたようですね」
「ええ、とても」
私は素直にそう答えた。
それからしばらく私も文さんも何も話さず山の向こうに沈んでいく夕日をただ眺めていた。そうして、このまま何も話さず終わりになるのかなと思った頃。
「限定的な空しか見えない鳥はそんなに好きになれないんですよ」
そんな言葉から文さんはぽつりぽつりと語り始めた。私は黙って耳を傾けることにした。
「人間は基本的には地を歩く存在です。そりゃ早苗さんや霊夢さんの様に人間でありながら空を飛ぶ事ができる人間は居ますが・・・それはほんの一握りの話ですね」
天狗の中には地を這う者と揶揄する方も居ますけどね、文さんは付け加えて言った。
「でも天狗は、というより今は鳥全般ですが、鳥は基本的には飛ぶ存在です。鳥にも個々に違いはややありますが総じて言うならば」
そこで一旦言葉を切って私を真っ直ぐ見つめてきた。そしてそのまま続けた。
「皆自由に飛ぶべきなんです。狭い空しか知らない飼われた鳥は成長しない。もはや死んだも同然です。」
文さんは私を見つめたままきっぱりと言い放った。
もちろん私にはいくつか疑問が湧いて、それを文さんに尋ねるとそれぞれにしっかりと答えが返って来て私はその度になるほど、と思ったり、それは違うんじゃないかと思って更に質問を重ねたりする。
質問を重ねていく内に文さんが飼われている鳥をあまり好まないというのは理解できたが、そこまで頑なに嫌っているような印象は受けなかった。
「文さんの言いたい事はわかりました。ですがそれだとどうしても腑に落ちないんですよ」
「どこがですか?」
「確かに口では色々言っていますけれど、文さんの言葉の端々からはそこまで飼い鳥を嫌っているという印象は感じられませんでした。・・・文さん実は飼い鳥については割りとどうでもいいんじゃないですかねもしかして」
「え、な、何を言いなさり奉りますか!」
文さんの動揺具合を見るに私の予想は外れてないのだと思った。というか無駄に仰々しい言い方だし。こういう時の文さんはだいたい本心を隠している。
「そんな事はあることもないことも・・とにかくありませんよ」
この動揺具合には何かあるんじゃないか・・そう思って今日を今一度振り返ってみるがもう特に当てはまる事項なんて考え付かなくてどうにも手詰まりに陥っていた。
「あ、そういえば」
「あややややや・・・や?」
「アクセサリーはあれって結局買ったんですかね?」
頭の中で何度目かの記憶の思い起こしをしている最中ふと思い出した事があった。文さんはあのアクセサリーを買ったのだろうか?あの豚を。
「あぁあれですか。でしたら確か・・・あったあった。とりあえず早苗さん目瞑ってくださいよ」
促されるままに私は目を瞑る。さっきの焦りっぷりはどこに行ってしまったのかと聞いてみたくなるような変り様だ。
目を閉じた私に文さんが近づいてくるのがわかった。そのまま私の側まで来るとなにやらゴソゴソやっている音がする。文さんに対して目を瞑るという事をやらかしてしまっていいのかを考えてちょっとだけ薄目を開けてみようかとも考えたが、微妙な動きでも文さんには察知されてしまう事(文さん曰く「記者ならこれくらいわかって当たり前ですよ」とのこと)を思い出して素直にされるがままになっておく。
「(・・・あれ?でもこれ目閉じて良かったんですかね?文さんの事ですから何かとんでもないものを買ってたりして、いやいやまさか文さんでもそこまでは・・なんて思わせてやるのが文さんですからねぇ。ん?耳に何か)」
「そんなに目をピクピクさせないでくださいよ。まさか私が何かするなんて思っているんですか?」
「え、そんな訳ないじゃないですか(思ってます・・すごく思ってます!)」
「ほんとですかぁ~?」
「本当ですってば。というかさっきまでと全然違うじゃないですか」
「あぁ、それはそれこれはこれですので」
見え無くてもわかる!文さんは今嬉々としている!この後に起こる事を考えると私は恐怖を感じずにはいられなかった。
「いいですよ目を開けても」
相当個人的な恐怖の時間を経て遂に目を開けてもいいというお許しがでた。私は何がまつのかわからないままに恐る恐る目を開けた。そこには・・
「ふぇ?」
私が居た。
「は?ふ、ふぇっ?ほぉっ?」
何がなんだかわからなくて私は混乱した。ついでに奇声もでた。他には何も出さなかったのは個人的にはグッジョブだと思う。でも他に何を出すの?
なんてよくわからない事を考えている内に頭が正常に動いてきた。そして今私が見ているのはドッペルゲンガーとか自分のそっくりさんとかではなくただの何の変哲もない鏡であることに気付いた。
「鏡」
「鏡ですよ」
「え、あ、ですよね・・・」
「えーと、早苗さん鏡というものはですねその前にいる物体を」
「いやわかってます。わかってますからその「この人頭大丈夫かな」みたいな視線やめてください」
恥ずかしい・・・って
「あれ・・・これって」
「いやはや時間がかかりまして。選ぶのが大変だったんですよ?」
いったいどんな代物が出てくるのかと内心ビクつきながらも見た鏡にはいつもの私。
いや違う。数分前の私には無くて今の私が着けているものがあった。鏡に映る私は胸元にネックレスと
「一つ目は割りとすぐに見つかったんですが二つ目は困りました。どれを見てもイマイチ早苗さんが着けるのを想像するといまいちパッとしなくて・・・」
耳にイヤリングを着けていた。
「えっえええー!?」
「?!」
私は思わず素っ頓狂な声を上げていた。それこそ傍らに居る文さんがすこし引く位の勢いで。でもこれは引かれたとしても仕方ないだろう。だ、だってですよ?まさかあの・・
「一日の大半をあることないこと書き立ててゴシップ記事を作ってるか、もしくは私を弄って楽しんでる文さんがなんのひねりも無く普通のものを買ってくれるなんて・・!!」
「ちょっと待ってください。というか早苗さんの中の私ってそんな感じなんですね」
「いやだって少し前のアレがこうなりますか?!」
「ですからアレは冗談だと。というかあることないことって・・・むぅ、あれから早苗さんに色々言われて大分改善させたんですけど未だにその評価なんですね」
「いや!、あの、なんというかこれは言葉のあやというものでして確かに文さんの書く記事は以前に比べればいくらか、あいや大分良くなったものだと思いますよ。そうですそうです、ええそうですよそうですとも」
「・・そりゃ私だってこんな少しの改善具合でそうそう劇的に変る物ではないとわかってますよ。ですけどねぇ以前と評価が少しも変らないというのは・・そのなんというか、こみ上げるものがありますね」
しまった、新聞関連の話は軽く地雷だった。これならまだはたてさんの方がこっちの方ではメンタルが強いかもしれない。すぐにフォローとは呼べないような弁解をしてみるが全く耳に入ってないのか順調にネガティブモードに移行しているようだ。あ、そういえば「ネガティブ」って言葉を文字で書くとちょっとカッコイイと思うんですがどうですかね?なんというかこう「ねがてぃぶ」って書くとアホの子みたいな感じがするのと同じなんですがね。
「ってそんな話はどうでもよく。・・・あ、違いますよ?!今のは心の中の自分に対してというやつでして、けっして文さんの新聞がという話では無くて・・」
「いいんですよ早苗さん?そんな対して励ましにもならないフォローなんてしなくても・・・」
私の必死のフォローをきっぱりと無駄と言ってきた。こうなっちゃうとしばらくはどうしようも無い。なので一旦文さんをそのままにして私は改めて鏡で自分の姿を見てみることにした。
胸元に光るネックレスは二羽の白い鳥が寄り添って枝にとまってるような形をしている。たぶん番(つがい)なのだろう。少しだけ回して後ろからも見てみてそんな事を思った。
続いて両耳に着いているイヤリング。こちらは青い硝子球と星型の意匠を凝らしたものとなっている。
どちらも自分で着けていてしっくり来る。そこで私はあの時のアクセサリーを探している時の文さんの横顔を思い出す。同時に文さんに対して申し訳なく思った。
「文さん」
「どうせ私なん・・・て、って」
文さんが二の句を言えずに硬直している。そんなことが文さんの背中越しに感じ取れた。
今私はちょうど文さんを後ろから抱き締めているような形になる。力強く。そのまま私は続ける。
「ありがとうございます」
「え、えーと」
「プレゼントとても気に入りました。すっごく嬉しいです」
「へ?あ、あぁそうですか。それはなによりです」
「それとすみません」
「?」
「私は何も文さんにあげられていないのにこんなに頂いちゃって」
「そんな気にしないでください。・・・それに、私の方が早苗さんから貰った物が多いです」
「私が?文さんに?」
何かあげたことがあるだろうか?そう思って考えを巡らせてみる。しかし、思いつかない。
「初めてお会いした時から今までに、もう色々と貰っちゃってますから。ここらで少しでも返しておかないと何か悪いですし」
一瞬の沈黙。
「あはは・・帰りますか」
「ふふ、そうですね」
そしてどちらからともなくそう切り出した。それ以上は言葉にならなかったというのもある。でも私にはあの言葉だけで文さんが何を言いたいのかは理解できた。文さんがどういう人物なのかを危うく忘れる所だった。私にはそれで充分だった。
「文さん」
「ほい?」
「また二人で行きましょうね」
「いいですよ」
「色んな所を二人で見て回りたいです」
「早苗さんのお供とあらば喜んで」
もうすっかりいつもの二人だ。いつもの道を。二人並んでいつも通り。
一つ違う事があるとすれば、
「・・・あの」
「?」
「あ、いえなんでもって・・あっ」
「手が繋ぎたいのならそう言えばいいじゃないですか文さんたら」
「いえいえそんな繋ぎたくてではなく今のは・・」
「じゃあ繋ぎたくないんですか?」
「・・・・・・・繋ぎ・・・たい・・です」
「ふふっ」
二人の距離がまた少し縮まった様な気がした
ゆるい感じが気持ちいいのですが、途中で眠くなります。もう少しだけ起伏が欲しいと思いました。
その後の抱きしめるシーンと、全体的に2人の感情変化の表現が曖昧になってる。
もっとはっきりした何かあると読みやすくなるかも。
感情の流れとか、ご自身で読み返してスムーズかどうか、ちょっとだけ気にしてもいいかも。