Coolier - 新生・東方創想話

夏待ち

2012/05/13 18:21:01
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 太陽が妙に張り切っている。
 空から大量の光と熱を放射して、地面を焼きつくす。
 5月にも関わらず、博麗神社の境内は真夏のような暑さだった。
「あっついわねー。普段はいらないから、こういう時にあのバカは来なさいよ」
 桶に張った水を素足で蹴りながら悪態をついたのは、この神社の主、楽園の素敵な巫女こと、博麗霊夢。
「チルノさんなら、人里に行っているんじゃないですか? こういう日のチルノさんは人気者ですから」
 キラキラと太陽の光を反射している髪を、三つ編みにしながら答えるのは、紅魔館の門番にして、この日最初の来客である紅美鈴だった。
 普段はそのまま流している髪を、今日に限って三つ編みにしているのは、まだ夏に向けて、髪の毛を軽くしていないから。
 空を飛んでいる間はよかったが、さすがに神社の縁側でじっとしていると、首の後ろ側が蒸れてくるらしい。
「チルノって、人里だと人気者なの?」
「もう少し暑くなったら、人里で彼女以上の人気者はいないですよ?」
「まぁ、たしかにチルノがいると涼しいけどねぇ」
「あとは、水があれば氷も作れますし。キンキンに冷えた西瓜なんて最高です!」
「それは単にあんたの欲望じゃない」
「だって美味しいじゃないですか。ちょっといい塩をかけて、西瓜を食べるのが、夏最高の幸せです」
「そんなことに、いい塩を使うな。西瓜なんか、月の塩で十分でしょう」
「いや、やっぱり塩は、幻想郷の岩塩じゃないと!」
 海のない幻想郷の塩は、月から買うことによってまかなわれている。
 幻想郷の一部では、岩塩をとることもできるが、それは月の塩に比べれば、遙かに高い値段になる。
 それゆえに幻想郷の岩塩は、美味しい塩とされているが、実際にどちらが美味しいかはわからない。
「ところであんた、西瓜が最高って言ったわよね?」
「岩塩つきで」
「ミスティアのとこのビールよりも?」
「うっ。それは」
 髪を編み続けていた美鈴が手をとめて、唾を飲み込む。
 真っ暗な夜道にポツンと見える赤い提灯。
 暖簾をくぐると、タレの焼ける香りがふわりと鼻をくすぐる。
 ミスティアの「いらっしゃいませ」の声に、簡単に「今日は暑いですね~」なんて答えながら席につく。
 先に来ていた、いつもの常連とくだらない話をしながら、おしぼりで簡単に手をふく。
 常連であるので、何も言わずともお通しをだしてくれるミスティアに「中生」と告げる。
 ミスティアは、慣れた手つきでジョッキを湿らせ、黄金色に輝くビールを一気に注ぐ。
 重たいジョッキを手に取り、一気にビールを飲むと、喉を通り過ぎていくことが感じられる。
「あんた、ここは博麗神社よ」
 すっかりどっかに行ってしまった美鈴に対して、霊夢はあきれたように言った。
「いや、西瓜もいいですけど、ビールもいいですね!」
「それ、答えになってない」
「あ、髪を止めるためのビール、じゃなかった。リボン貸してくれませんか?」
「まったく。いくら非番だからって、羽をのばしすぎでしょう」
 桶から足を抜いて、簡単に雑巾で足の裏をぬぐう。
 生ぬるい空気が素足にふれて、不思議な気分になる。
 決して心地よいものではないが、夏独特の空気に素足をさらすのは、悪い気分ではない。
 縁側から部屋に入ると、素足が畳に直接ふれる。
 いつも過ごしているはずの部屋なのに、霊夢は新しい藺草の香りがしたような気がした。
「今日は妙な一日ねぇ。なんか変なことが起きないといいけど」
 適当な独り言をつぶやきながら、リボンを入れている箪笥を開く。
 美鈴のためのリボンを探していると、霊夢はまたしても不思議な気分になった。
「この時期だと、随分明るいのね」
 真夏は太陽が高くなるため、屋根に光が遮られて、部屋の中は陰は薄暗くなる。
 しかし、今日の部屋は、奥まで光が行き届いていた。
「やっぱり、これでいいか」
 出番を待ちきれないで来てしまった夏をさらに実感した霊夢は、自分が使っているリボンと同じものを手にとる。
 三つ編みの先につけるには大きいものだが、霊夢はそれで十分だと判断したらしい。
 リボンを持って戻ると、美鈴のとなりに人影が増えていた。
「なんであんたはウチにばっかり来るのよ」
「おこたがあるから?」
「なんでこんな日に炬燵なのよ」
 ポコンと新しい来客、ルーミアの頭をはたく。
 リボンを美鈴に手渡すと、霊夢はまたどこかに行ってしまった。
 美鈴は、霊夢に渡されたリボンを三つ編みの先に結びつける。
 長い髪の先に大きな蝶が止まっているようになった。
「美鈴、髪どうしたの?」
 不思議そうな顔をして、ルーミアが訪ねる。
 いつもと見た目の違う紅魔館の門番に驚いたようだ。
「まだ夏の準備をしてないので、暑かったんです」
「今日は暑いもんね~。こんなに日が強いと、枝毛が増えちゃう」
「ルーミアさんは、今日はどうなさってたんですか?」
「チルノに呼び出されて、人里に行ってた」
「あれ? じゃあチルノさんは?」
「人里のお蕎麦屋さんで寝てる。小傘と大妖精も一緒に」
「やっぱり、こういう日のチルノさんは人気でした?」
「うん。いっぱい氷つくってたし。チルノと一緒だったから、私もお蕎麦屋さんでタダだった」
「あんた達、人里で悪さしてきてないでしょうね?」
 霊夢の声に2人が振り向くと、お盆を持った霊夢が後ろに立っていた。
「小傘が駄菓子屋のおばちゃんを驚かそうとしたけど、失敗してた」
「ったく、あの馬鹿妖怪は」
「大丈夫だよ? おばちゃんも、なんともなかったし。それよりそのアイスは誰の?」
 ルーミアが指さしたところには、1本だけアイスがあった。
 それ以外には冷たいお茶の入った湯呑みが3つと、お煎餅。
「心配しないでいいわよ。ちゃんとあんたのだから。本当は炬燵用のアイスだったんだけどね」
 霊夢が言うと、ルーミアは嬉しそうにアイスの、棒の部分をつかむ。
 そのまま大きく口をあけて食べようとしたが、ルーミアの歯はアイスの表面で止まった。
 がんばって噛もうとするルーミアだが、アイスから冷たさという反撃を受ける。
 歯の中に電気が流れているような痛さに、ルーミアは口からアイスを離してしまった。
「このアイスなによ!」
「何って。あずき味だけど」
「なんでこんなに固いのよ!」
「知らないわよ。わたしが作ったんじゃないんだから。適当に舐めてれば柔らかくなるから」
 ルーミアは霊夢に言われた通り、ペロペロとあずき味のアイスを舐めはじめる。
 そのペロペロは適当ではなく、一生懸命という感じだった。
 数十回ペロペロしては、両手でアイスを持って歯をたてる。
 目をつぶって顔を赤くしながらアイスに噛みつくが、アイスの表面は、なかなかルーミアの歯を受け入れてくれな
い。
 ずっと噛み続けていると、またしても冷たさの反撃を受けることになる。
 それに敗れたルーミアは、またしてもペロペロに戻っていくのだ。
「なんか、可愛いわね」
 ルーミアの必死な様子を眺めていた霊夢が煎餅を食べながら言った。
「なんだか、ぽわぁんとした気分になります」
 そのまま二人は、必死にアイスをペロペロするルーミアを眺めていた。
 境内には煎餅を食べる音と、時々ルーミアの「んーっ」という力を込める音だけが響いていた。
 太陽は、相変わらず飽きもせずに境内を焼き続けている。
 それにも関わらず、蝉の声はまったく聞こえなかった。
 そのことは、本物の夏はまだまだ先だということを感じさせる。
「この前まで炬燵でぬくぬくだったのに、という気がしますね」
「あんたは門番でしょうが」
「でも、やっぱり冬といったら炬燵じゃないですか」
「炬燵は本当に魔物よ。あんたなんかより、よっぽど手強いわ」
「たしかに、その通りですねぇ」
「少しは否定しなさい」
「否定するのも野暮ってもんですよ」
 煎餅を食べ終えた美鈴が、首を大きく後ろにそらす。
 縁側の屋根を通り過ぎて、美鈴の視界に移ったのは、逆さまに見えるちゃぶ台だった。
 冬には炬燵布団がかけられていたものだが、今はポツンと4本の足だけが立っている。
「今年の夏は、暑いのかしらね?」
「暑いと神社の掃除が面倒なのよねぇ。朝早くても暑いし」
「門の前も暑いし、お嬢様の機嫌も悪くなるし。暑いといいことないのよね」
「蚊に刺されてかゆい」
「朝起きるのが辛い」
「夜眠れない」
「ほんと、暑い夏はいいことないですよね」
 あきれたように言いながら、美鈴は首の向きを元にもどした。
 そばに置いてあった湯呑みを手に取り、冷たいお茶を一口飲む。
 縁側の床にできた、轍に重ねるように湯呑みを置き直しながら、美鈴は思い出したようにポツリと言った。
「でも、暑くない夏は、やっぱり嫌なんですよねー」
 美鈴の言葉に応えるように、日差しが一段と強くなる。
 静かな境内に、霊夢の「クスリ」という小さな笑い声が漏れた。
「夏になったら、『早く秋が来い』って言うのに?」
「それで、冬になったら、『早く春が来い』って言うんです」
「ま、人間なんてそんなものでしょ。あ、でもあんたは妖怪か」
「人間も妖怪も似たようなものですよ。今存在するもの価値に気づかずに、少し先のものが待ちきれなくて。でも、少し先に進むと、さっきまで存在していたものが恋しくなるんです」
 言い終わると、美鈴は体を倒して横になってしまった。
 目をつぶって、シエスタに向かって一直線。
 門番の仕事をしてなくても、眠くなるものは、眠くなるものらしい。
 そしてまた、眠気は伝染していくものでもある。
 数分後、霊夢も座ったまま眠っていた。
 夏の陽気の、春の博麗神社には、2つの寝息が響きわたっている。
 2人と並んでアイスをペロペロしていたルーミアは、ついに固いアイスを攻略し、すでに食べ終えていた。
 そして彼女も、夢の世界の住人になっていく。
 寝息の数は3つになった。
 夏のような春の日の縁側に眠る、楽園の素敵な少女達。
 今は眠っている彼女たちも、夜になれば、また活気を取り戻す。
 夏は夜。
 月はもちろん、蛍が飛び交うのも、風情がある。
 まだほとんど飛んでいないかもしれないが、数匹飛んでいれば、それはそれで風流だ。
 そんな夜には、通り雨が降ってもよいかもしれない。
 もっとも、彼女たちには、そんな風流よりも、冷たいビールかもしれないが。
 本格的な夏が来るまで、もうすこし。
 期待に胸を膨らませつつ、始まる前から暑さに辟易して、幻想郷の少女達は夏を待つ。 
幻想郷の塩について考えていたら、突然ルーミアがペロペロという電波を受信。
おひさしぶりです。
キャラがよく寝たり、何かを食べたりすることに定評がある、琴森です。
今回も、いつも通りほのぼのさせてみました。

最近はサッカーが終盤だったり、F1のシーズンが始まったりして、あまり小説が書けませんでした。
今年のF1はなんなんでしょうね・・・。
おもしろいですが、全然予想が当たりません。

今回も、みなさんに少しでも楽しんでいただけたり、ほのぼのとした気分になって頂けたら幸いです。

P.S. 最近ブログを始めました。スポーツ、料理など、いろいろなことを徒然なるままに書いています。こちらの方も、よろしくお願いします。
琴森ありす
http://yaplog.jp/vitalsign/
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コメント



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8.90名前が無い程度の能力削除
幻想郷の日常を切り取った感じで好みです
10.80奇声を発する程度の能力削除
何でもない感じが良かったです
15.90名前が無い程度の能力削除
なんだかほんわかしました
19.90名前が無い程度の能力削除
組み合わせがまたいいですね。齧ってるルーミアに癒されます。
27.80過剰削除
この雰囲気が好きだ
和む
31.90名前が無い程度の能力削除
あずきアイス舐めるルーミアかわいいよルーミア
34.100名前が無い程度の能力削除
いい
39.100名前が無い程度の能力削除
夏の一幕
46.80名前が無い程度の能力削除
月と和解したんでしょうか…?確かにあそこの技術なら塩くらい合成してなんぼでも用意するでしょうが。
幻想郷は和食派なので、塩の需要は多いでしょうね。河川や土中から流出する分をまかなわなければなりませんから、その分外から輸入してくることになるでしょう。モノは結界を軽々と超えられるみたいですし。