今日も今日とて宴会騒ぎ。
ま、地底でやることといったら基本、戦うか、奪うか、食うか、呑むか、いじけるかのどれかしかないんだから仕方が無い。
そんな中でもっとも健全なのは何かといったら、そりゃ呑むか食うかのどっちかになっちゃうだろう?
だから私は昼は巣に戻って昼寝をして、夜は各地の宴会場を転々とするという生活を昔は送っていたわけだけど。
これはそんな毎日からふと生じた、私が神を捨て、神を得るまでの物語。
ま、そんな面白い話じゃないんだけどね。
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「私は神だったんだよ」
「ヤマメちゃん。いくらヤマメちゃんが今をときめく宴会場のアイドルだからってさ、もうちょっと発言内容は考えたほうがいいと思うよ」
「そうね。精々が黒谷星から来た黒谷星人ぐらいにしとかないと馬鹿だと思われるわよ」
酷い話さ。こいつらは私の言う事を全く信じちゃいない。
おっと紹介が先かな?
さっきから桶の中にうずくまって、骨付き肉をかじっているのが、私の御近所さんその一。釣瓶落としの怪、キスメって言う下等な妖怪だ。
…ああ、決して個体を馬鹿にしているわけじゃないよ。だって地底には私を含めて下等な妖怪しか居ないんだから。
え、鬼がいる?馬鹿言っちゃいけないよ。そもそも働かずに呑んでばかりいる奴が上等だって、あんたそう思うのかい?
え、強いだろうって?馬鹿言っちゃいけないよ。強い奴が上等、弱い奴が下等って、あんた本当にそう思うのかい?
違うだろう?上等な奴って言うのはね、何かを新しく作り出したり、それを維持したり出来る奴の事を言うのさ。
だから消費する事しかやることが無い地底の連中は、みんな下等な妖怪ってわけ。納得してくれたかい?
OK!じゃあ次にいこうか。
そしてもう一人。輝く金髪に緑玉のような瞳と、お人形さんみたいな外見してるくせにひでー表情して星熊杯を傾けてる奴が水橋パルスィ。
私のちょっと遠いご近所さんにして、嫉妬に狂った下等な橋姫さ。こいつはほんと馬鹿だと思うよ、これだけいい面してるのにいっつも嫉妬に顔を歪めてんだから。
とっとと鏡見て自覚して、男あさって捨ててを繰り返すリア充に戻れっつーの。
ほんと、こっちのほうが嫉妬したいくらいさ。ま、嫉妬集めの為にわざとそうしている可能性も否めないけどね。
そこに病毒を撒き散らす下等な土蜘蛛を加えたこの三体+一鬼が、通称「地獄入りトリオ」(時々「地獄入りカルテット」)なんて地底で呼ばれてる面々だ。
地底に入ってきた大馬鹿者を優しく送り返すだけの簡単なお仕事でーっす。ま、その間に病に侵されたり手足を一本失ったり、嫉妬心を植えつけられたりするのは御愛嬌。
私達の仕事はそれだけなんだけど、それに加えて私個人は建築家っていう役職もあるから?他にすることがないやつらに比べればはるかに建設的ってわけだ。ははー、私上手い事言ったね!
そうは言っても実際は建築作業なんてほとんど開店休業状態で、最近では地上で神社の土台を造った程度。だから私も下等な妖怪から抜け出せちゃいないってわけ。
え、最後の一人?そこで寝てるよ。流石に総計720時間呑み続けは効いたみたいでね、でけー胸を上下させて高いびきさ。
所詮ただの喧嘩大好き酔っ払い馬鹿にすぎないんだから気にするな。杯だけ置いてってくれりゃ用なし、寝ててくれたほうがありがたいね。
おっと正確には「地獄入りカルテット」って表現は正しくない。もっと詳しく言えば「旧地獄入りカルテット」さ。
そう、ここは廃棄された地獄。閻魔様にすら見捨てられた、神なき土地。平たく言っちゃえば社会不適合者の吹き溜まり。
ま、ろくでもない所だよ。…って、こんな愚痴ばっか言ってちゃ話は進まないね。
「あんたたち、全然信じてないよね」
「そりゃまぁ。病気撒き散らすのが得意なヤマメちゃんが神って言ってもねぇ。厄病神?」
「ああ、それなら納得だわ。そんなしょぼい神様如きで有頂天になれるその能天気さが妬ましいわ」
「馬っ鹿、そんなわけ無いでしょう?れっきとした神様だよ」
「まぁ、口だけならなんとでも言えるよね」
「ええ、証拠もなしにそんな胡乱な発言を信じろといわれてもねぇ?」
ま、そりゃそうだ。しかも今の私たちには結構酒が回ってるしね。
っていうか、シラフでもいきなりパルスィが「私は神だった」なんて言い始めたら私だって馬鹿にするわー。
…でも、私は神様だったんだ。それは間違いない。間違いないんだけど…
「思い出せない。私はどんな神様だったんだっけ?」
「うわ、忘却作戦来ましたわパルスィさん」
「ええ、己の恥ずかしい発言を上塗りする為にさらに恥ずかしい発言。その恥を恥とも思わない厚顔無恥さが妬ましいわ」
仲いいね、あんた達。ま、私達四人が仲いいのはいつものことだけど。
さて、どうしたもんか?そもそも何で私はそれを忘れてるんだっけ?地上にいた頃は覚えていたような気がするんだけど…
え、忘れているんだから覚えていた気がするも何もないだろうって?いやはやごもっとも。
「まあ、どっちにせよ地底に神っていないよね」
「あらキスメ、貴方は神が欲しいの?神なんてね、人間を餌としか思ってない妖怪と大差ない存在よ。あんなんいるだけ無駄無駄、妬む要素もありゃしないわ」
「そりゃ違うよパルスィ、神っていうのはね、素晴らしい存在なんだ。居るか居ないかどっちがいいかで問われれば、居るほうがいいのは間違いない」
「何それ自画自賛?益々もって恥ずかしい奴ね。そこまでいくとちょっと妬ましくなくなってくるわ」
「それも違うよ。今の私はただの妖怪だし」
そう、黒谷ヤマメはただの妖怪であって神じゃない。
だからこいつらに神の素晴らしさを教えてやる事は出来ないんだ。
「よし」
「嫌な予感がするけど聞かずにはいられない。どうするのヤマメちゃん」
「地上に行く。行って、神になって戻ってくるか、神を連れて戻ってくる」
「ちょっと待てコラ」
なによパルスィ。邪魔するの?発言はともかく互いの行動はある程度尊重するのがこのカルテットのマナーじゃなかったっけ?
「地上行きとなれば話は別よ。確かにあの暴殺巫女が降りてきて以来、地底と地上の行き来が緩くなったとはいえ、そりゃ木っ端に限った話なんだから」
「?というと?」
「雑魚が地上と地底を行き来する分には一向に構わないけどね。地上に赴いて問題の火種になりそうな妖怪はその限りじゃないってわけ。つまり対人必殺なあんたら土蜘蛛はNG」
「そうそう、そういったトラブルの引き金になりそうな妖怪は出口で鬼にマークされてるってわけ。ヤマメちゃんはばっちり引っかかるわね」
「入り口からちょっと顔出すぐらいならいいけど、あんた人里とか行くつもりでしょう?やめときなさい」
ちぇーっ、こんな善良な妖怪をとっ捕まえてよく言うわ。
ま、地上との馬鹿みたいな殺し合いを避けるにはそれは必要な事なんだろうね。でも、
「じゃあ、私は地上には上がれないってわけか…」
「とぅころがぎっちょん!」
「のわっ!」「うえっ?」「きゃっ!?」
てめーパルスィ、悲鳴までエロいじゃないか、妬ましい。それはさておきこの場に突如現れた闖入者は…ま、そんな事出来る奴は一人しかいないわな。
「あんたか。地霊殿の妹のほう」
「始めまして皆々様。天衣無縫の根無し草、古明地こいしとはわたしのことでございますぎっちょん」
「始めましてどころか数百回とお目にかかってるわよ?そのなんにでも目新しさを覚えられる思考が妬ましいわ」
「え、そうなの?」
「ええ、このやり取りも数百回目ですぎっちょん」
キスメ、セリフ移ってる。
ま、それはさておきまた変な妖怪が湧いて出たもんだ。古明地こいし、現在地獄を管理している地霊殿の妖怪妹。
…ん?下等なってつけないのかって?だってこいつが何かを消費してる所を私は見た事が無いんだ。いきなり現れ呑まず食わずで気づけば消えてる。
だから現状維持で生産もしないけど奪いもしないし消費もしない。正直よくわかんない妖怪さ。生きる目的って奴があるかどうかも怪しいもんだ。
でもま、生きる目的がないのは地下の連中みんながそうだからこいつ一人非難したって仕方が無い。偉そうに語ってる私だって特に理由があるわけじゃないしね。
生きるのに必要なのは餌だけ、だけどその餌すら必要ないこいつは一体なんなんだろう?ま、いいや。深く考えると頭が痛くなってくるんだ。
「で?ところがぎっちょんなんだって?」
「フフフ」
「喋れやコラ」
「なんと、鬼もノーマークの秘密の入り口がこの地下にはあるのでございます!」
「って言うか、実はいっぱいありそうよね。出入り口は私たちが見張ってるここだけなんて誰かが決めたわけじゃないし」
だよねぇ。
公式にゃ、一応地底と地上をつなぐ出入り口がここだけってことにはなっているけど、たぶんそんな筈はないだろう。
ただ、パルスィの言う通り探しゃあいっぱいあるのかもしれないんだけど、地上に上がりたい連中がそう多くいるわけじゃないんだから
誰も新たな出口を探そうなんて試みちゃいないはず。だからまぁ、実態はよく判らないっていうのが現状だ。
で、このふらふらはその新しい出入り口を見つけたってわけか。
妖怪ふらふらが下から上目遣いで私の顔を覗き込んでくる。
「行きたい?」
「あんたについてくと私もくるくるぱーの仲間入りしそうだから、いいや」
「いやいや、そこは行きたいって答えないと多分話が進まないわよヤマメ」
「じゃ往きたい」
「不穏な雰囲気を感じるねヤマメちゃん」
「そうこなくっちゃ!ついてらっしゃい」
そう言うと妖怪ふらふらは漂う毛玉のように地底の闇へと消えていっちまう。
どーしたもんかね、こりゃ。ま、行くしかないんだろうけどさ。
二人を見やるとキスメもパルスィも揃って首を横に振る。ちぇー、実に賢明な判断だねこん畜生。
地霊殿の連中と関わっていいことなんてありゃしないってのが全地底共通の認識だからね。けどまぁ、行ったろうじゃん!
「じゃ、行ってくるよ」
「はいはい、本当に神だったらいいわね、妬ましい」
「何の話?」
「…それを確かめに行くんじゃなかったの?」
「そうだった」
「言っとくけどヤマメちゃん。こいしに影響された、なんて言い訳は恥の上塗り二回目だからね」
「今のは素で忘れてただけだよ」
「「…」」
そんな目で見るなよ、ちゃんと覚えてましたって。軽い冗談だっつーの。
◆ ◆ ◆
「って、おい、地霊殿じゃないかい」
「そうよ?何か文句ある?」
「私は出入り口を求めてあんたについてきたんだけど…あんたまさか地霊殿の中に出入り口があるなんてほざくつもりじゃないだろうね」
「ところがどっこい!そのまさかさぁ!旦那はわたしが嘘をツイてるとお思いかい?」
「誰が旦那だい…まあ思わないけどさ」
そ、多分こいつは嘘は付かない。いや、つけないんだろう。こいつは覚り妖怪の裏っ返しだから。
人の心を覗き、暴きたて、撹乱するのが覚り妖怪ならば己の心をさらけ出し、周囲の空気に浸透し、拡散するのがネガ覚り妖怪。
もっともこいつは元の性格が交戦的って言うか歪んでるから、やっぱり傍にいてあまり良いことはない。つまるところ、姉妹そろって下等じゃないがやっぱりろくでもない妖怪さ。
「さ、行くわよ!」
「しゃーないわな」
なに、どうせあいつが出てきたらぶん殴るだけだ。
「はいこれ。ここの入り口を…そぉい!」
「うおっ…って、ここは灼熱地獄の入り口か…」
地上に行くための出口を探している筈なのに何でさらに下へと降りるんだ?中庭にこしらえられた、熱風放つ入り口を覗き込んで顔をしかめる。
まぁ、こいしが嘘をついていると思ってないのは先に述べた通りだから、疑うだけ無駄なんだけど…うん、これまで新たに見つからなかった出口なんだ、
こんな辺鄙な所にあるのが当然なのかもね。っと!触毛と聴毛に反応あり!
「…あら?貴「ッシャァ!!!」
回し蹴り一閃。私のかかとを白く細い首に食い込ませ、通りすがりの覚り妖怪はドミノのようにドタンと中庭に倒れ伏した。よし殺った。
え?そんな厚ぼったい衣装でどうやったって?いやいや、私の服は私自身の蜘蛛糸製でね、蜘蛛糸ってのはすげー伸び縮みするんだ。
軽くて快適、伸縮自在の蜘蛛糸服は幻想の産物でございます、ってね。
「お見事。呆れるほど鮮やかな手腕ね」
「足技だけどね。覚り妖怪への対処法その一。何かやられる前に物理でぶっ潰せ、さ。」
「優しいのね」
「そりゃそうさ。私は地底の人気者だよ?」
気絶した地底の管理人をひょいと担ぎ上げ、「ちとりちまのへや」と札が下げられた部屋の前まで行って鍵を粉砕して扉を開ける。
少女趣味全開なベッドに横たえてついでに発熱させれば一丁あがりというわけさ。
勇儀もさとりも昏睡中。さぁ、これで管理人は黙らせた。一両日中は目を覚ますまいからこれで自由は私の物だ!
「じゃ、行くか」
「えーんやこーら、どっこいしょ」
こいしと二人、灼熱地獄に身を滑り込ませる。
しかしこいつ実の姉が吹っ飛ばされても動じるどころか嬉々としていやがったね。やっぱ無意識とか云々以前に根っこが歪んでるわ。
◆ ◆ ◆
「あれ、摩天楼最下層の地獄谷カルテットのおねーさん、こんな所でどうしたんだい?」
「地獄入り、な」
でたよ変態猫、火焔猫燐。でけー猫車抱えて死体を漁り、集めたそれらをこよなく愛するネクロフィリア。要するに奪う事しか能が無い下等な妖怪だ。
ただ、嗜好はともかくこいつは私が知る限り地底ではもっともまともな部類に入る妖怪で、頭の回転も知能もまずまず。
だからさてこいつをどう料理しようか、とふと周囲を見回してみるとこいしの姿が無い。ははーん、そういうことか。
「ああ、私はメッセンジャーさ。あんたの主が体調崩して寝込んでるようでね。幹部のあんたに伝えに来たんだ」
「いや、ペットの間に上下関係はないんだけどね。それはともかく大変だぁね、ちょっと看病に向かわないと。まったく、こんな時にこいし様ったら何処ほっつき歩ってんだか」
いやぁ、ここにいるよ。しかも一枚かんでる。
「ま、そんな悪くはないみたいだから心配すんな。とはいえ、早く濡れタオルでも用意してやったらどうだい?」
「そうだね。伝言ありがと、おねーさん」
どういたしまして。
去っていく赤毛の黒猫(変な表現だね)の背中を遠くに見つめて問いかける。
「私がやったって、あいつ気づいてたかな?」
「半々、ってところかしら?私がいることにまでは気がついていなかったみたいだけど」
要するにお目こぼしか、よく気がつく奴だよ。その悪趣味さえなければ地上でも上手くやってけるだろうね。
「さ、ここよ」
「…こいつは」
なんだいこりゃ、こいつぁ明らかに人工物じゃないか。カモフラージュはしてあるけど建築家の私の目はごまかせないよ。
荒々しい岩盤を装ってはいるものの、こいつは明らかに自然に発生したもんじゃない。どっかの誰かがここに通路を作ったんだ。
誰が?…まさか、地上の連中か?
残っていた酔いが一気に吹き飛んじまったじゃないか。もったいない、酒代返せよどっかの誰か。
「こいし、この縦穴、さとりか勇儀は知ってるの?」
「勇儀はともかく、お姉ちゃんは知ってるわ」
…そうか、ならいいんだ。管理人が把握しているってんなら一応は問題ないだろう。
「地上への援助だって、お姉ちゃんは言っていたわ」
援助か。はっ、この蛆虫どもの吹き溜まりに援助してもらわなきゃいけないほど、地上は堕ちているってわけかい?情けない話だ。
けど、ま、そんなことぁどうだっていい。私にとってたいした問題じゃない。
「よし、行くかな」
「はぁーどっこいしょーぉどっこいしょ」
なんだこいつ、地上までついてくるつもりか?ま、別にいいけどさ、どうせ居ても居なくても同じな妖怪だし、無視してれば毒にも薬にもならないしね。
じゃ、行こうか。日の光溢れる地上へ。
縦穴をするすると登っていけば、そこは緑溢れる太陽の世界。
穴の中からひょっこりと、私とこいしは顔を覗かせた。
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ふいに私の目の前の地面が盛り上がって、小さな頭が一つ、大地から顔を覗かせた。
「や、元気してるかい?」
「病毒神にそれを聞くかい?『神災』。珍しいじゃないか、わざわざこんな小物に何の用だい?」
「そんな卑下しなくてもいいと思うけど。まだ生き残っている、っていうだけで十分に強者でしょう?」
そう、そう言えるかもしれないな。
奴らの信仰は、いや侵攻は著しい。この数十年の間に多くの信仰が失われ、消滅した。
「弱小集落の神である私はこの地を離れられないからね、そっちから来てくれるのはありがたいけど逆に怖いな。何の前兆?」
「ちょっとこれから冬眠に入るんだ。眠りに着く前に知り合い全員の顔を見ておこうって思ってね」
そう、この土着神は時々冬眠を行う。そしてその間に意識と知性を新調し、老獪さと若さを維持しているんだ。
けどその過程で記憶もあらかた失われていってしまうから、冬眠前と冬眠後では別神、って言っていいくらいに内面が異なっている。
正直、私にはそこまでして若さ(というか幼さ)を維持しようという気概が全く理解できないのだけど。
「この状況で冬眠?あんた正気かい?奴らが攻めてくるかもしれないって、こんな状況で記憶と知識を捨てるのか?」
「別に全部消えてなくなるわけじゃないから問題ないじゃん」
「そりゃそうかもしれないけどさ、やっぱり不利には違いないだろう?」
「そんなこと無いよ。一度意識と記憶を洗いなおす事で、増える選択肢もある。降伏とかね」
今、何て言った?
土着神の頂点が、降伏だと?
「本当に正気かい?降伏だなんて。八岐大蛇が倒れた今や、あんたが頂点なんだよ、分かってるのかい?」
「そう、『暴君』こと大蛇は死んだね、あっさり討ち取られた。そんな連中の相手をするんだ。だったら選択肢は広いほうがいい」
「だからって、降伏するのか?悔しくないのか?」
そう問いかける私に、ちんまい土着神の頂点はムッとした表情を返す。
「そりゃ悔しいよ、決まってるじゃない。今のわたしには降伏なんて選択肢は取れないわ」
「だから、冬眠して意識を洗い流すと?」
「そういうこと。真っ白、とまでは行かないけど、素に近い状態なら、感情に囚われずに正しい選択が出来るでしょ?」
「正しい選択…」
「そう、正しい選択だ。わたしらを信仰する者達が生き残る方法を考える。これが正しい神のあり方でしょ?」
「…」
「『鉄壁』荒覇吐ですら迷ってるよ。南のキンさんとか、北のカムちゃん達とかは海を挟んでるからだいぶ持つとは思うけど」
そうだね、海は強力な防壁になる。問題は陸続きの私達だ。
「無論、最初から降伏するつもりはないし、いざという時の供えも民の中に紛れ込ませておいた。もっとも、目覚めたわたしがそれを覚えているかは定かじゃないけど」
ケケケ、と他人事のように土着神の頂点は腹黒い表情で笑う。
「さあ力あれど名は無き土蜘蛛、あんたの王国はどうする?戦って勝つか?散るか?従順するか?」
「あんたと違って王国なんてもんじゃないよ。ただの集落だ…まぁ皆に聞いてみるさ」
「おいおい、民の命を握ってるのはわたし達なんだよ?」
「そこは私とあんたの意識の違いだね。命は、個々のもんだよ」
「そ。まぁ、好きにするといいさ。じゃあね。目が覚めた後も覚えていたら、よろしく」
「ああ」
私の民は、従順を良しとしなかった。
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「かつて私は神だったんだ」
「知ってるよ、土蜘蛛だもんね。そりゃあ神には違いない…神奈子が留守でよかったよ。居たら一悶着あっただろうしね」
かつて私は神だった。今は単なる守矢神社の参拝客。
土着神の頂点を自称する幼女と、神性の欠片も無い巫女を前に、のんびりお茶を啜ってるって次第だ。
うん、この緑茶美味いな。地上すげー、これだけでも地上の連中には価値があるわ。
「神様ですか。とてもそうは見えませんがね」
「あんたに言われたくないよ。あんたはそう、すげー俗っぽい匂いがする。パルスィとおんなじ匂いだ」
「む、パルスィさんという方は知りませんが、失礼な事を言う妖怪ですね。退治しますよ?」
「そりゃ怖い、随分と包容力の無い短気なお方ですこと。包容力の無い神様なんて神様じゃないよねぇ?」
「ぐ…」
ありゃ、あっさり黙っちまった。なんだーお子さまでしたかー。そりゃー虐めちゃ悪いわよねー。
パルスィとかだったらここで一気に畳み掛けるんだろうけど、何せ私はお優しいからねぇ。
「で、地底の妖怪。あんたは何しに上がって来たの?」
ぬるま湯以下までに冷ましたお茶を啜りながら、自称土着神の頂点は4つの目をくるくると動かす。
何あの帽子、まさか生きてるんじゃないの?…でもまあ、私の服についてる6つの宝石にも発光ギミックはあるし、あれも似たようなもんかもしれない。
全く土着神ってのはどいつもこいつも色物揃いだ。ま、一番の色物は荒覇吐だけどね。
あいつのあの姿ってほんと宇宙人かっつーの!何が楽しくてあんな変な衣装着てんだかねぇ。
そのまま水の中も溶岩の中も月面もいけますから全環境で信仰可能ですってこと?あっはは、やっぱあいつ宇宙人だわ。
え、お前の服装だって十分奇抜だって?…まぁごもっともではありますがね。
「神様を取り戻しに来たんだ。でもこの神社には居ないみたいだね」
「おやおや失礼だね。目の前に居るじゃないの」
「…民も土地も失った奴が、神であるものかい」
「目が八つもあるくせに、視界が狭いなぁ」
蜘蛛だし仕方ないかぁ、と自称土着神の頂点は腹黒い表情で笑う。ま、蜘蛛だからね。眼はそんなにいいわけじゃないけど。
「我が王国は今も繁栄を誇ってるよ。もはやわたしのあずかり知らぬ場所となった土地でね」
「…」
「わたしの民はわたしの事なんてもはや知りもしないけれど、わたしが与えた製鉄技術や知識を駆使して、妖も、最後には神をも駆逐した。こいつはわたしの勝利じゃないかい?」
「…さてね、そういう考え方もあるかもしれない。でも、あまり真っ当とは言えないね」
「うん、正しくはない。土地も信仰も失ったしね。でも正攻法じゃ勝てなかったんだから仕方が無いさ」
あっさりと幼女はそれを認めた。
うーん、でも彼女の言から察するに、民の幸福はともかく、命と尊厳はきちんと守ったわけだよなぁ。
「洩矢、諏訪子だっけ?あんた、地底に来るつもりはない?結構あんたにとって居心地いいと思うんだけど」
「冗談、せっかく子供等が独り立ちしたってのに何でまた新たな赤子を抱え込まにゃいかんのよ。わたしはこれからセカンドライフを満喫するの!」
「そっか、残念だ」
こいつ結構どす黒そうだし、属性的にも地底は合ってそうに見えたんだけどなぁ。残念だ。
でも、まぁ、そうするともうこの神社に用はないね。
「確か、ヤマメさんでしたね。貴方の言う正しい神様って、なんですか?」
立ち上がった私の背に、質問が投げかけられる。馬っ鹿だなぁ。あんたも神なんだろう?そんな事も分からないでよく神様やってられるもんだ。
それともあれか、あんたはただ神の言葉を伝えるだけのパイプか。ま、その程度ならこの俗巫女だってできるだろうねぇ。
「決まってる。民を護り、心の拠り所となるのが、神様だ」
さ、お馬鹿さんは放っておいて次だ次。急がないとさとりが目を覚ましてしまうかもしれないしね。
…とはいえ、次に何処行きゃいいかなんて分かんないんだけどだがしかし!こういう時はこのふわふわ妖怪の後を付いていくに限る。
つまりあれさ、棒倒しみたいなもん。天の神様の言う通りー。
「さ、次行くよ」
「ええ。さぁ、流れて行きましょう」
ん?なんか地上にきたらこいしの空気が変わったなぁ、馬鹿っぽさが抜けたというか。っておい、それって地底の空気は馬鹿ってことか?…まぁ馬鹿だけど。
…おいちょっとあんたら、空気に話しかけてる悲しい人を見るような視線を向けないでくれないかな。あんたたちは認識できてないだけなんだからさ。
こいし、あんた器用になったもんだねぇ。そういう加減できるなんて、まぶたが少し緩んだ影響かい?
「結構進んできたけどさ、何処へ向かっているんだ?」
妖怪の山(そう、そこは妖怪の山のど真ん中だったと知ったときには領域侵犯に焦ったわ)を後にしてふらふらと移動する事数刻。
今の地上は初夏のようで、お日様が燦々と輝いている。やー、やっぱ太陽って凄いね。でもちょっとあっついわー。
早く次の目的地へ行きたい私は、頭が空っぽになっているこいしに聞くだけ無駄なんだろうけど一応訊ねてみる。
それに会話がないと移動なんてつまんないじゃん?
「流れに身を任せれば理解できるわ」
でも抑揚も意思も感じられない、お経のような声でこいしは答えてくださりました。
ああちきしょう、地上のこいつは話し相手としては最低の部類だなぁ。宴会好きな私としてはちょっと騒がしい位が好きなんだけど。
っと、目の前に御立派な建物が。こいしの目的地はここかな?そういや一時期こいしが在家に成ったの成らないのって話があったような…
ま、いいや、とりあえず仏教は敵の敵。味方じゃないが敵でもないし、ちょっと話を聞いてみよう。
すとん、と掃き掃除をしている妖怪の前へと降り立ち、茶飲み話とばかりに話しかける。
「ちょっと、そこのあんた」
「あ、おおはぁヨーおおおおーーございまぁああすぅうううううう!!!!!!!!」
「騒がしいわ!!死ねぇ!!!!」
回避する暇を与えない速度で、全力の妖気弾を目の前の妖怪に向けてぶん投げる…
が、ハズレ。眩暈を起こした私の妖弾は仏閣の一部を爆砕したに留まるのみ。ちっ、音波砲とはやってくれるじゃあないか!
「ひえぇ、な、何するんですか!?」
「やかましい!『売られた喧嘩は必ず買え、買った喧嘩は必ず勝て』が旧地獄の暗黙の了解さ!覚えときな!」
「け、喧嘩なんて売ってませんよぅ!」
「馬鹿言っちゃいけないよ、いいかい?音波砲は兵器だ。あんたはもう一段階パワーアップすれば体当たりで敵を退治できるようになる。そんな妖怪に手加減が必要か?答えはNOだ。さぁ吹っ飛びな」
「意味が分かりません!それに、わ、悪気なんてなかったんですよぅ!!」
「はっ、及び腰になった奴はみんなそう言うもんさ。じゃあ念仏でも唱えるんだね、さようなら」
「びゃ、白蓮様ーーーーー!!!」
ヤマビコAは なかまを よんだ!
そうりょAが あらわれた!
「あらあら、争いごとはよくありませんよ?…はて、貴女は…」
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「貴女が、巷で噂の土蜘蛛ですね?」
深い深い森の中、蒼い渓谷が緑を分かつ野山の果て。断崖を背負った私の住居に一人の尼僧が踏み込んできた。
「だったら何だって言うのさ?…尼か、女と子供は脂肪が多くて好きじゃないんだ。食わないでおいてやるからとっとと帰りな」
「ふむ、兵を好んで食する。間違いないようですね。すこしお話を伺いたいのですが、よろしいでしょうか」
「勿論」
いいわけないだろうが。
既に周囲の地面に展開済みだった捕縛網に繋がる糸の一本を引き絞った。
周囲に複雑に張り巡らされたその糸は幾多の枝を経由し、最終的に目の前にいる尼の足の一本を奪って逆さ吊りにして引っ張りあげる。
後はちょっとゆすって手を放せば、哀れ尼僧は崖下転落。ま、明日になれば死体は下級妖怪の胃袋に収まってるだろう。
「!!!」
はたして、声をあげることも出来ずに尼僧は筋書き通りに崖の下に落下していった。やれやれ、最初に退いていればよかったものを。馬鹿な奴。
「すこし、お話を伺いたいのですが、よろしいでしょうか?」
翌日、何事も無かったかのように再び姿を見せた尼僧を前にして、私は少なからず動揺した。
馬鹿な、生きている?…いや、偶然生き残った、という可能性もあるだろうが、それにしても無傷はおかしいだろう?
…ならば、今度こそ確実に息の根を止めるまで。
拳を甲殻で被い、大地を蹴って目の前の尼僧に殴りかかる。妖怪である私の拳は鍛錬を重ねた武者といえど回避は不可能、神速の一撃だ。
されど、その尼僧は人にあらざる軌道であっさりその拳をかわして微笑みを浮かべる。へぇ、やるじゃないか。
「生憎と、身体能力には自信がありますので」
「そうかい。でも遅いよ」
はっ、と尼僧が息を飲むがもう遅い。尼僧が回避した先には私の超極細の巣糸が展開済み。
動きを止めた尼僧を、今度は身動きできないように粘着糸でぐるぐる巻きにする。
「馬鹿だね。蜘蛛が動いたその時には、捕縛は既に完了しているんだよ」
蚕のようになった尼僧を、全力で崖下に投げ捨てる。
受身を取る事も出来ず、二度三度と岩壁に叩きつけられた後にその蚕モドキは飛沫を上げて渓流に落下し、そのまま流れ消えていった。
やれやれ、手間を取らせてくれる。
「すこしだけで良いのです。お話を伺いたいのですが、よろしいでしょうか?」
これがその翌日の話だ。
長くなるので省略する。
◆ ◆ ◆
「ああ、良いよ。少しだけ話を聞いてやる。答えるかどうかは別としてね」
十数回、似たような事を繰り返して、ついに私は根負けした。
二回目以降の迎撃はちゃんと効果があった。だというのに少しずつ傷を増やしながらも、目の前の尼僧は私に奇襲を仕掛ける事無く、まず話しかける事を止めなかった。
命を粗末にする馬鹿は嫌いだ。だが、まず話し合いを、と願う尼僧の生き方を憎む事はどうやら私には出来ないようだった。
「ありがとうございます。貴女ならば必ずそう言ってくれると信じていました」
「…何故?」
「こう見えて私、結構な数の妖怪を相手にしているのですよ。最初から人の話を聞くつもりの無い妖怪は、崖下へ落とすなんて悠長な手段は取りませんでしたから」
…ふん、最初から見透かしていた、ってか。
「なぜ、貴女は兵ばかりを好んで食するのでしょうか?単純に人を喰らうなら、女子供のほうが容易い筈ですが」
「最初に言ったろう?好みの問題だよ。私は脂肪より淡白な肉のほうが好きなんだ」
「精神に比重を置いている妖怪の嗜好は、身体的特徴に因らず精神によって決定される。…貴女は、兵を喰らいたいのでしょう?」
ちっ、妖怪に詳しい、というのはどうやら本当の様だね。
「私は、敵を、殺したい。それだけだよ」
「なるほど。…貴女は、神様だったのですね」
「!」
こいつ。本当に熟知しているな。
「答えてはくれませんか。ですが、沈黙を以て是と取らせて頂きます。無益な殺生を嫌い、ただ戦人と権力者のみを狩る。これは土着神から妖怪に転じた方々に共通する特徴ですので」
「…ああそうだ、その通りだよ。だから横から入ってきた仏教なんぞに邪魔はさせない。分かったらとっとと消えてなくなりな」
「そこで提案するのが神仏習合です」
「私達に仏神へ下れと、そういうの?」
「下れ、という事ではありません。習合というのは、対等な立場での相互補助を促進するものです」
「相互補助だと?」
「ええ、仏教の最終理論は、あらゆる者達に平静をもたらす事にあります。ですから、貴女達土着神を仏教の神に当てはめる事で、貴方達を信仰する民草に平静をもたらす事が出来るのであれば仏教の目的は果たせるのです。その結果、貴女たちが信仰を得ようが得まいが、仏教には関係がありません。民の平静こそが、全てなのですから」
ふん、上手く語るものだね。
「断る。貴様らはあっちの神にも同じように食指を伸ばしているんだろ?奴らと呉越同舟など御免こうむる。選ぶのならどっちかを選ぶんだな。安易に漁夫の利を得られると思うなよ」
「…それで貴女の民に安らぎを与えられるとしても?」
「私の民は皆戦って死んだ。一人として生き残ってはいないよ。手を伸ばすのが遅すぎたね」
「!」
「私は怨念で動いている。あんた達の仏教は、怨念すら神として取り込んで昇華できるとでも?…出来ないよな。怨念は、人が残せるものの中ではもっとも強く、忌むべき感情なんだから」
「…」
「あんたの敵すら傷つけないって生き方は尊いと思うよ?でもね、全てを救えるなんて考えは思い違いにすぎないんだ。救える者だけ、救いたい者だけ、我武者羅に救っときな」
「ですが…」
「おっと話はここまでだ。お帰りはいつもの通りね」
初日のように、糸で尼僧を一本足に釣り上げて崖下へ放り投げる。
「…わーたーしーはーおーーもーーうーーのーーでーーーすーーーよーーー…」
まだなんか言ってら、真面目な奴だね。そこはまぁ、尊敬するよ。
その日以降も間を置いて何度か尼僧は私の前に現れたけど、ある日ぱたりと来訪が止んだ。
まぁ、諦めたんだろう。
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「かつて私は神だったんだ」
「ええ、よく存じております。お久しぶりですね」
「おっと他人の空似作戦か。この後すみません知り合いに似ていたもので、って続けて会話の糸口を作ろうってんだね?小賢しい」
「え?ええと、何を仰っているのかよく分からないんですけど、憶えていないんですか?以前にお会いしたことがあるのですが」
かつて私は神だった。いまは命蓮寺のしがない参拝客だ。
客間でずずーっ、とお茶を啜りながら、出されたきんつばにかじりつくだけの妖怪にすぎないがそれはそれで幸せだ。きんつばうめー。
ま、それはさておき。
「以前っていつよ。私は長い事地底に引き篭もってたから人間に知り合いなんかいないけど」
「ああ、すみません。長い事封印の中にいたもので時間感覚がおかしくなっていまして。ええ、おおよそ1200年くらい前でしょうか」
「まじで?…ああ、この匂い。あんた人間じゃないな、堕ちた聖者か。それにしても千年前とか…あんたそんな前のことよく憶えてるね?他にやること無いの?」
「そのような呼称は些か引っかかる物がありますが…まぁ、実際封印の中で他にやることが無かったので」
うわ何こいつ!千年間も座禅でもしてたっての?ひえー、リアル即身仏って始めて見たわ。
へー、とりあえず即身仏に失敗すると髪の毛にグラデがかかると。ちょっと私もやってみようかな、イメチェン。
「お寺のトップが引き篭もって延々お経とかまじ怖い。それで、千年間即身仏やってみて何か悟りは開けたの?」
「…なんか色々と誤解があるようですが、まだまだ修行中の身ゆえ悟りなどとてもとても。それで、本日は命蓮寺にどのような御用でしょうか?」
「神様を取り戻しに来たんだ、でもこの仏閣にはいないようだね」
「いやいや何を仰います。ここには寅丸星という立派な仏神がおりますよ?」
はっはっは、笑わせないでいただきたい。
「財宝ばら撒くだけの神様なんて、神様じゃないよ。むしろ欲をかき立てるだけで、人の役に立つとも思えないがね」
「それは穿った見方というものです。確かに物欲は行き過ぎれば悪と成りますが、物理的な幸福、すなわち衣食住を保証するところから神の慈悲は始まるのでは?」
「…そうだね。あんたの言ってる事は正しい。でも、遠目に見たあの虎にはその先があるようには見えなかったけど?」
「ええ、私も彼女も、未だ修行中の身ですから。それについてはこちらも反論できませんね」
「結局は未熟者しかいないって訳か。とっとと大成しなよ、ほらハリーハリーハリー!」
うん、ここの仏閣には神はまだいない。ならばあまり長居をしても仕方が無いか。
「もう行かれるのですか?」
「うん、どうやらここには神がまだ居ないみたいだからね」
「では、これを期に仏門に帰依して、貴女が仏神になっては如何でしょうか?」
「仏神って柄じゃないからね、遠慮するよ。まぁ毎日参拝者を襲っていいならば検討する価値はあるかもしれないけど」
「素敵な出口はあちらです。どうぞ」
なんだい、夜叉だって人を喰らうくせに護法神じゃないか。けち臭い奴だね。
そう毒を吐きながら向かった出口で待っていたのは、あれ?どっかで見たようなその背中から生えたその触手…
「ヤマメ、あんたも地上に上がってきたんだ」
「おーぬえじゃん、久しぶり」
なんだ、しばらく地下で見かけないと思ってたらこいつってば、こんな所で尼になってたんかい。
へー、こいつが尼ねぇ。めっちゃくちゃ似合わないけど、天邪鬼なこいつが真面目に取り組んでるってんなら茶化すのも悪いか。
…って、こいつが真面目に取り組む筈なんて無いよな。じゃああれか、この仏閣って結構妖怪にとって居心地がいいって事?
うーん、なら100年後ぐらいには地底に相応しい仏神が生まれてるかなぁ?
「…冥界に行ってきなよ。多分、あんたは行ってきた方がいい」
と、そうだ。ぬえと話してたんだ。で、何で冥界?
「ん、なに?そこに神様がいるの?」
「…まぁ、あれも見方によっては神様じみているって言えるかもね。でもそうじゃなくて、けじめって奴」
「?まぁ、いいけどさ、どうやって行くのさ。私まだ死にたくないんだけど」
「冥界の結界は上を飛び越えていけるよ」
なにそれ?全然結界の役目果たしてないじゃん。結界張った奴って馬鹿なんじゃねーの?
地底の妖怪に馬鹿呼ばわりされるって相当に恥ですよ奥さん。結界張った奴は大いに反省するように!
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「土蜘蛛様。土蜘蛛様は何故、ここに残ってくださるのでしょうか?」
ここは京より離れた片田舎、死の気配に包まれた滅びの屋敷。
住む者の殆ど居ない伽藍の檻の中で巨大な妖怪桜を見上げていた私に、屋敷の当主が感謝と疑念の篭った声でおずおずと尋ねてくる。
「鵺のやつには聞いたの?」
「ええ、ですが食事が美味いからってはぐらかされてしまいました」
「…多分はぐらかしたんじゃなくってそれが事実じゃないの?あいつ餓鬼だしさ、貴族っぽい生活してみたかったとかそんな理由だって」
そう、妖怪に親しむ貴族なんてそうはいないからね。
「そうなんでしょうか…それで、土蜘蛛様は?」
「うん?だってさ、せっかく聖人を食いにはるばる都からやってきたっていうのに、このまま帰ったら私馬鹿みたいじゃないか」
そうとも。せっかく聖人の肉を食って強くなろうって思ってたのに、彼女の父であった聖人は五年以上も前に死んでいました!なんて間抜けにも程がある。
その娘も聖人だったら良かったんだけど、残念な事にこいつはただ死を操れるだけの小娘にすぎなかったし。
女はねー。食っても脂肪が多いからあまり好きじゃないし。
「ですが、もうすぐここは戦場になります」
「いいんじゃない?あんたの能力を悪用しようとする貴族の兵隊を迎え撃つんだろ?私も貴族は嫌いだし、兵の肉は好きだからむしろ好都合」
そうとも、貴族どもは殺さねばならない。あいつらは神を己の支配欲を満たすための道具にしているんだから。
貴族もその狗も、皆まとめてぶち殺す。この娘を餌代わりに貴族どもをおびき寄せられるなら、もうしばらくここにいるのも悪くない。
それに…
今では単なる一妖怪にすぎないけど、それでも誰かを守るために戦うってのは、嫌いじゃない。
「私に、守られるだけの価値があるでしょうか?」
ちょ、おい、こいつ読心でも出来るのか?いや、私の表情を読んだのか?
…いずれにせよ、こいつはただ寝殿に座してるだけのお姫様じゃなさそうだね。
「幸せになる権利は誰にだってあるんだよ、多分。幸福感というものが存在している生き物には」
「…」
「それと同時に罪悪感というものが存在している生き物は、多分他人を踏みにじっちゃいけないんだ」
「…土蜘蛛様は、あまり妖怪らしくありませんね」
「いや、妖怪さ。人を喰らうのが大好きな、ね」
そう、己の為に人を喰らい続ける私は既に、神様じゃない。
「神は、何を考えて私や土蜘蛛様のような能力を私たちに与えたのでしょうね?土蜘蛛様は、考えた事がありますか?」
「…とりあえず、神はそんな七面倒くさいことは考えてないと思うよ。神が考えているのはもっと単純な事だけさ」
「単純な事、ですか」
「そ。民よ、幸せであれ。それだけさ。だから能力云々とかにはどうせ神は関わっちゃいない、って言うかそこまで神が深慮遠謀だと思ってると馬鹿を見るよ」
「神もまた、この世界に住まう住人の一人にすぎないということですか」
「そういうこと」
ちぇ、久々に偉そうな事言っちまったよ。いつまで神でいるつもりだ?私。
「土蜘蛛様は、かつて神だったんですね」
あー、やっぱり語りすぎた。こいつ妙に鋭いもんなぁ、失敗したよ。
「だったら、なに?」
「神もまた、この世界に住まう住人の一人にすぎないというのであれば、私と土蜘蛛様は友人でもいいんでしょうか」
「…まぁ、いいんじゃない?」
そうきたか。うん、そういえば知神や民や巫女はいても、友人はいなかったな。
じゃあ私は、友人を守るために戦うってわけだ。
…それも、いいかもね。
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「かつて私は神だったんだ」
「あらあら、ようこそいらっしゃいませ、神様…妖夢ー、お代わりー」
「お代わりー!」
かつて私は神だった。今は冥界白玉楼のしがない来訪客だ。
しっかし、外に見えるあれ!でっかい樹だねぇ、なに食ったらあんなにでっかくなるんだ?人間?そうかも。
「で、何でしたっけ?」
「かつて私は神だったんだよ。そして今は神を捜しているんだけど、どうやら冥界には神はいないようだね」
冥界には亡霊と、幽霊と、半人半霊しかいなかった。
なんだよぬえ、とんだ無駄足じゃないか。まぁ水羊羹が美味いからいいけどさ。しかも大量にあるし。お中元かな?いや、まだ早いか。
「あら、傍から見れば私が冥界の神様ではないかしら?」
「私にゃ五体満足の癖に要介護レベル1の哀れな引き篭もりにしか見えないけどね」
「ええ、その通りですね。お代わり、お持ちしました」
そうだよなぁ、お前のような神がいるかい。あんたなんか精々妖怪の茶飲み友達がいいところさ。
ああ、あとお代わりご苦労さん。苦しゅうないぞ従者君。
「あら?私はあらゆる生物を興味本位で死に誘えるのよ?加えて幽霊の輪廻転生すら思うがまま。これはもはや神と言っても良いのではなくて?」
「はっ、笑わせんな」
ほんと、さっきから笑わせることばかり言ってくれる。おかげで笑いをかみ殺すのが一苦労だ。
「それは絶対権力って言うんだ、ただの人の延長でしかない。興味本位で人を殺せる?幽霊の未来をぶっ潰せる?それがどうした。あんたまさか、そんな者が神だなんて本気で信じているわけじゃないだろうね?」
「…信じている、と言ったら?」
「死んでも冥界には来たくないね。そんな屑がトップを務めている世界なんて、まじ吐き気をもよおすよ」
「…それ以上の非礼を口にするようでしたら、五体満足で帰れると思わないで頂きたいのですが」
あらあら怖いねー従者君。でも君はもう少し疑う事を覚えないと冥界はともかく地底じゃ生きてげないよ?
…あはは、もう限界!
「おおっとぉ、私なんか非礼な事を口にしたかい?姫様」
「いいえ、そんなことはないと思いますよ?神様」
「…ええ?」
はい独り相撲ご苦労さん。
まだまだ修行が足りないね。従者は常に主の味方じゃなきゃいけないけど、主が常に従者の味方だと思ったら大間違い!
「この冥界の何処に、そんな屑がいるって言うんでしょうかねぇ西行寺様?」
「ええ、黒谷様。権力と神を一緒くたにする馬鹿者なんて冥界には存在いたしませんわよね?」
「ちょ、さっきまでの会話はなんだったんですか?」
「え?そんな屑が居たらやだねぇって会話だけど?」
「あら妖夢。貴女まさか、私が私自身を神格化して見てるなんて、そう思っていたわけじゃないわよね?」
「…あぁあんまりだぁああああああああ!!!!」
あーあ、泣いて去ってっちゃった。
うーん、冥界でもあんた生きてくの辛そうだね。転職したら?ブラック屋敷に勤めてもいいことありませんよー?
「虐めすぎたかねぇ?」
「大丈夫、妖夢は打たれて強くなる子よ。何も心配は要らないわ」
「信用してるんだね」
「まだあまり信頼は出来ないんだけど」
そうかい?そうは見えないんだけどね。
「忠誠心だって無限じゃないんだ。程々にね」
「あら、心配ないわよ。妖夢が私を守ってくれるのは忠誠心からではないもの」
「へぇ、じゃ、なんだってんだい?」
「無論、愛でしょう」
…家族愛か。ちぇ、茶化すつもりだったけど、そんな気分じゃなくなったな。
「行くのかしら?」
「うん、ここには神がいないみたいだし、時間もあまりないしね」
そう、ぐずぐずしていたらさとりが目を覚ましてしまう。
そうなる前に地底に戻っていて、「え?なにさとり?あんた熱でうなされて夢でも見たんじゃない?」って返さないといけないんだから。
え?心を読めるさとりにそんな嘘付いても仕方ないんじゃないかって?いやいやそんな事はないよ。さとりは強く出るとNOと言えない人種だからね。
その場の勢いだけで何とかなるもんさ。心が読めようがなんだろうが、相手に口を開かせなければこっちの勝ち!
ま、私や勇儀みたいな前進制圧猪突馬鹿がさとりの天敵ってわけさ。納得だろう?
「では、また。土蜘蛛様」
「…?ん。邪魔していいならまたお茶を飲みに来るけど」
うん、まぁこいつと話しているのはなんとなく楽しかったから、また茶をしばきに来るのも悪くないかも。
ま、次に地上にあがってくるのがいつになるかはさっぱり分からないけどね。
そうして私は、どこか懐かしさを覚える冥界白玉楼の正門を後にした。
「さてふわふわ妖怪こいし先生、次は何処へ向かおうか」
「流れは神社に向かっているわ。博麗神社」
博麗神社?それってあれだ、あの鬼巫女の巣じゃなかったっけ?いやいやいや、ご冗談を。
誰が好き好んであんな恐怖の館に行きたがるかっつうの。多分あれだ、あそこは地霊殿よりやばいって。
「まじで?」
「マジで」
こいしが下から上目遣いで私の顔を覗き込んでくる。えー本気なのー?
「流れに乗る?反る?」
「…仕方が無い。他に行くところもないんだ、乗るしかないね。でも怖いから人里でなんか手土産でも買っていこう」
とりあえず土産を持ってけば話くらいは聞いてくれるって萃香が言ってた筈。酔っ払いの言う事だから当てになんないけどねー。
でも金なら一応、偶然地底に入り込んでしまった人間を送り返すときに剥いであるから多少の持ち合わせがあるわけだし、供えあれば憂いなしって事で。
お土産は何にしよう…とりあえず、きんつばでいいか。
◆ ◆ ◆
「な、なんと!このような妖怪が街中をうろついているとは!待てそこの妖怪!一般人の目は欺けてもこの物部布都の目は欺けぬぞ!」
「おいこら布都。なんで人里入っていきなりあんたは喧嘩売ってんのよ!?」
大福と団子が評判の甘味処「白玉茶房」とやらを紹介してもらって、そこできんつばを購入して包んでもらい、さあ人里を出ようとしたとこで私は馬鹿と対面した。
一瞬、やっぱ妖怪が人里に入るのはまずかったか?とも考えたけど、これまでにすれ違った奴らだって私が妖怪だって気がついていた連中はいた様だし、
そもそも店を紹介してくれた不機嫌そうな銀髪もんぺだって私が妖怪だって確実に気がついていて、それで何も言わなかったんだからやっぱ目の前にいる奴が馬鹿なんだろう。
だがしかし、物部とはね。
目の前にいるのは三人。いや、二人と一霊。その全員が随分と古めかしい気配を纏っている。
現代人、というよりは倭人とでも称したほうがよさそうな顔立ち。多少の工夫はあるものの時代がかった装束。
本当にこいつはあの物部氏なのだろうか?三人とも?だったら争う理由なんてないだろうに。物部氏は、荒覇吐の一族なんだからさ。
とはいえ今の私は妖怪で、目の前のこいつは人間だから十分に争う理由はあるんだよねー。
さてどぉーすっかなぁー。
黙ってたらこいつ無視されたと思い込んだのか、あっという間に真っ赤になっていくし。地上人と揉めたくないんだけどなぁ。
「おのれ、我を無視するとは良い度胸だ!道教の秘術、とくと味わわせてくれようぞ!」
「おい、あんたこそ私を無視すんなや」
「黙っておれ、屠自古!お前は目の前の妖怪の気配が分からぬのか?こんな大物がただのらりくらりと里におるものか!」
…いま、なんつった?
「あんたは、荒覇吐の信者なんじゃないのかい?」
道教だと?そいつは外来の宗教じゃないか。何でそんな物が物部の口から出てくるんだ?
「荒覇吐?なんだそれは?訳の分からない事をほざくでないわ!さあ、大人しく我に倒されて、我が修行と太子様の幻想郷支配のための礎となるが良い!」
「布都、あまりそういった事を大声で叫ばないで欲しいのですが」
一番偉そうな奴がなんか言ったけど、私の耳にはなにも入ってこない。
支配のための、礎。
そいつの言葉を耳にした途端、唐突に私の脳裏に知らない光景が浮かび上がってきたのだから。
燃える縦穴式住居。
流れる血。
積み重なる死体。
鼻腔に張り付くような肉の焼ける匂いに思わず吐き気を催す。
そんな私を見下して哂う、顔、顔、顔!
これはなんだ?私はこんなもの知らない!知っている筈はない!!
だって、ああ!神であった過去と共に私はこれらを捨て去ったんだから!!!
今更こんなものを思い出すことに意味はない。思い出してしまったら、これまでのように気楽には生きられない!!
でも!それでも!
:
:
:
哂っている 誰が?
私じゃない あいつらでもない …おまえか こいし
「ふふ、この抑圧されていた無意識が意識を乗っ取っていく瞬間!本当にたまらないわね!ゾクゾクするわ!さぁ、封印されていた無意識の蓋は引き剥がされた!どうするの?黒谷ヤマメ。いや、かつて神だった貴女!」
「こいし」
「なぁに?」
「その開きかけたまぶたを完全に閉じて地底へ帰れ」
「殺るのね?」
「殺る」
気づけば右手は硬く握られていて 既に黒光りする甲殻に覆われている
右手だけじゃない 全身がバキバキと音を立てて黒光りする鎧骨格に覆われていく
私の体は私が考えるまでもなく 戦を欲している
いや 戦じゃない
これは 仇討ちだ
さぁ
往くぞ
迫害によって支配を広げる豪族が
「布都!右か「遅い」
殴り飛ばす 手ごたえはあったが 物足りない 死んでないな
そいつは結構 壊れるまで 殴り続けてやるさ
「ゾクゾクするわ。そう、それでこそ妖怪よ」
耳元で こいしのささやく声が 木霊する
「いいや、違うね」
今の私は 神様だ
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かつて私は神だった。そして神であった頃を取り戻した私は…
私は…どうしたんだ?
…ここは、何処だ?
「目を覚ますわ。早苗、風上を取りつつ風の結界を絶対に解かないように。サニー、ルナ、早苗を任せたわよ」
「「まかせてください!!」」
「じゃあ早苗、手はず通りに。私と慧音が倒れたら有無を言わさずにこいつを殺れ。もう返事は聞こえないから了解したんなら一歩下がりなさい。…スター?」
「生命反応、下がりました霊夢さん」
「良し。スター、あんたはここから距離を取るか、私の背後から離れないように」
「はい!」
◆ ◆ ◆
目を開くと空には茜がかった夏の空と、入道の如き白い雲。そして夕日よりも赤い真紅の鳥居。
…神社か。守矢の神社とは異なる鳥居だからここは多分博麗神社なんだろう。
私は大地に横たわって…って!何で私はこんな所で横たわっているんだ!!
全身のばねを利かせて即座に立ち上がると同時に辺りを見回してみれば、先ほどまで争っていた連中は影も形も無い。
あるのはちょっと前に地底を爆撃に来た、この神社の主である鬼巫女とその背後に浮かぶ青服の妖精、そして奇怪な帽子をかぶり濃紺の服を夕日に染め上げている銀髪の女。
なんだこれは!一体何がどうなっている?何で私はこんな所にいるんだ?あいつらは何処へ行ったんだ?
「捕縛されて説明を聞くのと、そのままで説明を聞くの、どっちがいい?」
鬼巫女が口を開く。そんなの、後者に決まってるだろうが!
思わず殴りかかりそうになるけど、そんなことすれば動きを止められるのは目に見えているから、握り締めた拳を開いて仕方なくだらんと下げる。
「よろしい。まったく、くだらない仕事を増やしてくれるわね。解決するこっちの身にもなれっつうの」
「説明」
「…本日人里で、馬鹿と馬鹿による馬鹿みたいな喧嘩が発生。人的被害は幸いな事に無し、民家の被害が八件、うち三軒は全壊、五件の壁に人型の穴が開いたわ」
「記憶にございません」
「そうでしょうね。無かった事にしたもの」
なんだって!?
確かに、拳にあった手ごたえが消えている。あいつらを殴った手ごたえが。
そして、あいつらによって全身に負わされた傷が!!
「ま、民家の被害なんてどうだっていいの。重要なのはね、妖怪が里中で暴れたってことなのよ、しかも地底の妖怪が!そんな事実があるとみんなが不幸になるの。だからそんな歴史は、抹消した。そんで、あんたを私達が、仙人達は命蓮寺が回収して軟禁中ってわけ」
「その通り。申し訳ないが貴女が里で暴れたという事実は、この私が『無かった事』にさせてもらった」
濃紺服が私の顔を一瞥してそう語る。こいつは?
「失礼、自己紹介が遅れたな。ワーハクタクにして人里の寺子屋教師、上白沢慧音だ」
白澤!為政者の為の聖獣!
「…そうかい。あいつらの為にあいつらがボコられる歴史を抹消したって訳かい」
「勘違いしてもらっては困る。私が歴史を抹消したのはあくまでこれからの人里における人妖の交流を憂いての事だ。それに三対一、後半押されていたのは貴女のほうだろう?」
「五月蝿い!最後に勝っていたのは私だ!」
私の病毒は遅効性だ。時間が経てば経つほど私が有利になったっていうのに!
拳を甲殻で被って白澤に殴りかかるが、目の前に現れた八枚の青白い方形結界に拳が阻まれる。
ちきしょう!こんなもので!
「過去っていうのはそんな簡単になかったことにしていいもんじゃないだろうが!!あんた何様のつもりだ!!!」
殴る、殴る、殴る!拳を振るって青白い方形結界を一枚ずつ粉砕する。
後一枚で拳が届く!そう思った瞬間に目の前に現れたのは二重に輝く赤い結界!
「ああそうか!そうだよなぁ!過去じゃなくって歴史だもんなぁ!歴史っていうのは勝者の為にあるんだもんなぁ!弱者の、敗者の過去なんて、いくらでも書き換えていいんだもんなぁあああ!!!」
殴る、殴る!白澤の顔に戸惑いが浮かぶ。殴る!畜生が!すました顔をしていろよ!!
「歴史を操るあんたは、いつでも勝ち組って訳だ!!いいねぇ、いつでも勝利者でいられるってのはさぁ!!!幸せだよな!何も失わなくってすむもんなぁ!!」
殴る!もうすぐ、この赤い結界をぶち破ってそのすました顔に拳を叩き込んでやるからさぁ!!
「歴史を消去できるって言うんなら、私が神であった過去まで奇麗に抹消しろよ!出来るんだろう!?なぁ!弱者の歴史なんて簡単に操れるんだろう!?なぁ!?なあ!!!!」
「…すまないが、私にははるか過去の歴史を消去することはできない。精々が出来て満月の前までの一月程度で、それが歴史として固定される前の範囲だけなんだ。申し訳ない」
「もうやめなさい。あんたに私の二重結果は破れないわ」
「止められるわけないだろう!!止められるものか!!」
そうとも、豪族連中も憎いが、人の行いをあっさりとなかった事にしたこいつも、私の敵だ!!!
「それが良い過去だろうと悪い過去だろうと、それをあっさりと消し去ってしまうのは罪悪だ、そうだろう!?貴様はそうやって、苦しみながら生きている連中の選択をあざ笑うのか!!!やり直しが出来るんだぞって、なかったことに出来るんだぞって、そうやって笑うのか!!そんなこと、許されるはずがないだろう!!!!!」
すでに私の甲殻はひび割れ、拳は既に血だらけだ。だっていうのに、私の血を吸い込んで補強しているかのように、この赤く輝く結界はびくともしない。
「問題をすり替えるな。一番の問題は慧音が歴史を無かった事にしたことじゃないわ。あんたが、今を見ないで過去の行動原理だけで動いたことでしょうが。慧音への八つ当たりは止めなさい」
ちきしょう。わかってるよ鬼巫女!これが八つ当たりだって事ぐらいは!
そうとも、一番の悪党は神であった事を忘れてのほほんと過ごしていた私だってことぐらい、分かってるさ!!
どんだけ死体を積み重ねたって奴らの支配を覆せない事に絶望して、冬眠して、過去を捨てた私だって事ぐらい、分かってるんだよ!!!
それを『無かった事』にしていたから、こんなタイミングで暴発して、抑えることが出来ずに暴れまわったんだ。そんな事ぐらい、分かってるんだよ!!!!
最後に、全力で、拳を叩きつけた。私の拳はそれで砕け散ったけど、結界はようやく一枚目にひびが入った程度。
己のあまりの無力さに、絶望を超えて笑いがこぼれる。
「あんたの過去に何があったのか、私は知らないけどね」
全く変わらない口調で、鬼巫女が呟くように私の背中に声をかける。
「あんた、私達を無視しすぎよ。今はあくまで今であって過去じゃない。だからあんたがどんなに無視しようとしたって、あんたの世界には既に私達が居るのよ。その私達を無視して自分の思い通りに行動しようなんて、思いあがりもいいとこだわ」
「だからって、今のために過去を消し去っていい訳じゃないだろう?私がここで戦うのをやめたら、私達の無念はどうなるんだよ!今の幸せのために、昔の怨念も怨嗟も苦痛も苦悩も、すべて捨て去らなきゃならないのかよ?そんなの、死んだ連中が報われないだろう!?」
「ここであんたが暴れて、私に殺されたら、誰が報われるの?」
やめてくれよ鬼巫女!あんたの言うことは絶対的に正しい。正しいよ!それは私だって分かってるんだ!
でもね、そういう冷たい正しさが絶対に人を救ってくれるわけじゃないんだよ!!
「…私は、神だったんだ」
「うん」
膝が震えて立っていることが出来ず、私は神社の石畳にくずおれる。
「神だったんだよ」
「うん」
力なく、両膝をついた。
「神だった私は、みんなを守らなきゃいけなかったんだ。守れなかったんなら、仇を討ってやらなきゃいけなかったんだ」
「そう」
涙が、こぼれて、止められないよ。
「だっていうのに、私はそんなことも忘れて。つらいからって、苦しいからって、無かった事にして、毎日馬鹿なことばっかしてて」
「そう」
かつて私は神だった。
そして今も昔も、何も出来ない無力な存在だ。
「神様っていうのは、民の心の支えでさ。こいつらは私の言う事聞かないって怒ってさ、誰某が事故で亡くなったって泣いてさ。今年は誰某のところで無事子供が生まれたって喜んでさ、今年は芋が豊作だって笑ってさ。神様って、そういうもんだろう?やれ信仰がどうとか、政治がどうとか!支配がどうとか!!そういったもんじゃないだろう!?人は無償では動けないから、だから!代わりに無償で誰かの助けになってあげるのが、神様だ!喜ぶ顔が、笑顔が見たいから、それを動力にして神様は力を振るうんだよ!!!民と一緒になって笑って、民と一緒に涙するんだ!!!それが、神様だ!!!違うか!?聖獣!!神の巫女!!」
「…あんた、神様には向いてないわ」
「貴女は、些か優しすぎるよ…」
そう語る彼女達の口調はさっきとはうってかわって、信じられないくらいに優しくて。
だから私の涙は止め処も無く流れ行く。
「もういいわ、早苗」
そう博麗の巫女が呟くと、その巫女の斜め後ろに青い巫女と、二匹の妖精が忽然と現れる。はは、居たんだ、俗巫女。
なんだよ、あんたも妖精供もそんな暗い顔してさ。笑いとばせよ。ここにいるのは偉そうに神を語って、神になれなかった愚か者なんだから。
◆ ◆ ◆
「いずれ、地底に神が生まれるわ」
いきなり、博麗の巫女がぽつりと言った。
「そいつは地霊殿のための神様で、地霊殿を幸せにする事しか考えてないけど、いずれそれだけじゃ飽き足らなくなるわ。だってそいつは驚くほどに馬鹿で、単純で、純粋な奴だから」
「それって…」
守矢の俗巫女は心当たりがあるようだけど、私にはさっぱり分からない。
「だけど、地底の連中はひねくれた奴らばっかりだし、そうそう上手くも行かないでしょう。だから、気が向いたら、手伝ってあげて。支えてくれる人がいるって、嬉しいことでしょう?」
「…そうか」
地底にも、神が生まれるのか。
「嘘じゃないわね?」
「鷽についばまれないのが自慢なのよ」
にこりと、博麗の巫女が笑う。
「もう、暴れないでよね」
「…ああ、人並みに人を襲う程度にするよ」
「なら良し」
「いいんですか…」
「ま、妖怪だから仕方が無いさ」
何だよ俗巫女、文句あるかい?
「全く、さとりも勇儀も何やってんのかしらね。もうちょっと真面目に地底を管理して欲しいんだけど」
「ああ、今さとりは体調不良で寝込んでるんだ。だから全て勇儀が悪い。さとりを恨まないでやってくれ」
「そ、じゃ勇儀に言っとくわ。これからあんたも病毒撒き散らさなければ、ふつーに上がって来ていいわよ」
「…そんなに私の事を信じていいわけ?」
さすがにそんな信用されると逆になんか怖くなるわ。
でも、博麗の巫女はそんな事お構い無しに妖精を連れてさっさと私に背を向けてしまう。そして、背中越しに、
「まあね。だって、神様は信じるものでしょう?」
なんてのたまいやがった。
博麗神社には、神がいないっていうのが通説だったけど、どうやらそれは間違いのようだ。
博麗神社には、ちゃんと神が居たんだね。
本人にその気はなくても、等しく誰をも救い上げてくれる神様が。
「さ、仕事は終わり、お茶にしましょ。スター、サニー。準備お願い。あ、ルナはいいわ。あんたどうせ転ぶから」
「「はーい!!」」「ひどいです霊夢さん!」
「霊夢、この神社にお茶請けはあるのか?」
「失礼ね、ちゃんとあるわよ慧音。さっき拾ったきんつばが」
「…それ私のだよ。まぁ、神社へのお土産のつもりだったから構わないけど」
「ほら、問題ないじゃない」
「そういう問題なんでしょうか…」
「なによ早苗、文句あるならあげないわよ?『白玉茶房』のなのに」
「いえ、ぜひ頂きます」
ごめん、私の家族だった皆。やっぱり、私はこの光景を壊すような事をしちゃいけないみたいだ。
恨んでくれてもいいよ、ちゃんと受け止めるから。記憶も、ちゃんと刻み込む。もう忘れないから。だから、ごめん。
かつて神だった私は、この日から永久に神である事を放棄した。
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かつて私は神だった。そして今は、これまで通りの一妖怪だ。
「ヤマメちゃん、何やってるの?」
「見ての通りさ、首塚を作ってる」
「…ヤマメちゃん、地上で何人殺してきたの?殺したんなら肉持ってきてよ」
「そんなのは猫に頼みな」
やれやれ、信用ないなぁ私。まぁ仕方が無いか、神を連れてくるか神になってくるって言って、結局手ぶらで帰ってきたんだから。
でもまぁいい。私は神であった頃の事を思い出して、そして過去と未来を手に入れたんだから。
この首塚は、私が決して過去を忘れない為の物。
私がかつて神として生きて、そして私が切り捨てたものを忘れないための物。
それを、私の巣の横に作る。それがいつでも視界に入るように。
「ああ、それともうひとつ。ヤマメちゃんに面会希望の地上人が来てるよ。何せ仙人なんで、今全員でボコって肉を山分けしようとしてるとこだけど、どうする?」
「とりあえず、止めてくんない?」
「ちぇっ、せっかくの御馳走なのに」
しばらくして、その仙人がぼろぼろの状態で私の巣へとよろばい歩いてきた。
さっすが仙人ともなるとみんなやる気が違うわねー。
「久しぶり。布都だったっけ?随分とボロボロじゃない」
「我からは…喧嘩を…売ってはおらぬぞ…あいつ等が、勝手に、挑んできたのだ」
「うん、信じる。だって地底の連中ってそんなんばっかだし。仙人の肉、皆大好きだし。…入り口、守矢の巫女に聞いたんでしょ。博麗の巫女に聞けば、一発でこっちから来れたのにね」
「な、なんと!」
私が指差した、天上から差し込む光を見上げた後にうっかり仙人はへなへなと腰砕けで尻餅をついた。
いやぁ、馬鹿だね。わざわざ遠回りして来たなんてさ。
多分、少なくともお燐、勇儀、パルスィは相手にしたんだろうなぁ。
「で、何の用?」
「うむ、人里で妖怪が買い物をするのは現代では至極当然のことであると白澤殿に伺ったのでな。非礼な喧嘩を売って申し訳なかった。お許し願いたい」
「へぇ、妖怪に頭を下げるんだ」
「妖怪退治云々はあるものの、発端は明らかに我に非があろう。礼を守れずして、道を守れはせんのであるゆえ、謝罪は当然の事だ」
なんていうか、謝罪の念と意は伝わってくるのに、口調は偉そうなまんま。
不器用なやつだねぇ、こいつ。
「そ。…私も軽々しく喧嘩を買って悪かった。物部って腐るほどいっぱいいたんだね」
そう、物部を名乗る連中全てが荒覇吐の信者ってわけじゃなかったんだよね。これは私の思い込みが招いた失敗だ、反省反省。
てっきり裏切り者だとばっかり思っていたけど、最初から荒覇吐を信じていない物部だって居たっていうことなんだから。
慧音先生によると生き残る為に敵対したりとかやってるせいで、色々ごっちゃになっちゃっているらしい。大部族っていうのは一筋縄ではいかないんだなぁ。
「腐るほどは居らぬが…だが我の術も、もしかしたら土着の神の力を借りている物があるのかも知れぬな。やれやれ、学んでも学んでも足りない事ばかりなのだな」
「何処で誰が繋がってるかなんて分かりゃしないね。お互い勉強不足の未熟者って訳か」
「違いないな」
顔を見合わせて、笑う。
「ほら、とっとと地上に帰りな。これ以上地下に居たらあんた食われちゃうよ?」
「調子に乗るな!…と、言いたい所であるが、流石にもう限界だな…ああ、後もう一つ」
「なんだい?」
「太子様も我も、もはや権力には興味がない。だから、その点について太子様を恨んだりせぬようお願い申し上げる、この通りだ!」
あー?別にもうそんなのどうでもいいよ。済んだ事だから顔を上げなって。別にあんた達が私の家族を殺したわけじゃないし、
もし仮にあんた達が過去にそういった事をやっていたんなら、何らかの形で神罰が下るさ。当然、私にだって。
そうだろう?この世には神がおわすのだからさ。
「良いって。それはもう、理解しているから」
「かたじけない」
安堵したように息を吐いた後、布都は正規の出入り口目指して歩き出す。
そうそう、いつまでもこんな日の光も届かない地底に、人間がいるもんじゃないよ。…今は、まだ。
「布都」
「なんだ?」
「いずれ、地底にも神様が生まれる…らしい。そうなったらもうちょっとは地底もましなところになるはずさ。そのときに、また会おう」
「…うむ、再会の暁には、弾幕ごっこと洒落込もうか。今度こそ、我が力を最後まで見せてくれよう!」
「ふぅん。あんた油断するのが特技みたいだから、私には敵わないだろうけどね。楽しみにしてる」
「…まだ寝ぼけておるだけよ。では、また」
「うん、また」
天上に輝く地上の光目指して、ふわりと布都が浮かび上がる。私達の他愛もない会合は、こんな風に幕を閉じた。
「もう話は終わったんなら殺っていいよね。飛んで井に入る夏の仙人にはウェルディストラクタァー!ぶっつぶれろぉおおお!!!」
ドォン!と布都ごとキスメが墜落してくる。いやーお早いお帰りで物部様、元気してた?そっかー、それはなにより。
馬鹿だね、地底の妖怪はこんなんばっかりだってさっき言っただろう?地上に帰るまでが地底でーっす。あんた本当に油断しすぎ。
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かつて私は神だった。今は一年に一回、首塚に花を手向ける不思議な地底の一妖怪だ。
時間っていうのは瞬く間に過ぎていって、私の献花がそろそろ十回を超えようか、といった頃。
「や、馬鹿トリオ!元気にしてる?」
「ああ、地底バカルテットの一番槍。ご覧の通り元気だよ」
「あらキスメ、貴女随分と楽しそうな顔してるじゃない、妬ましいわ」
「なんだなんだ?地底にUFOが飛んでるじゃないか!?よしみんな、侵略者を討つぞ!」
おい勇儀、てめーさっきから呑み過ぎだっつうの!一人でどんだけ樽空けりゃ気がすむんだよ!
てめぇ萃香ほど酒に強くないんだから程々でやめとけってあれほど言ってんのに。
ま、馬鹿はいいや、放っておこう。ってちょっと待て!勇儀の右手が光って唸りそうじゃん!
「ちょ、勇儀、金剛螺旋は待って!いや!死んじゃう!」
「ほーら勇儀、貴女はだんだんニートが妬ましくなる、妬ましくなる、妬ましくなる…」
「ああ、あいつらってばああも何もしなくていいなんてなんて妬ましい!ちきしょう、私だって!」
ふぃー、間一髪だな。ぐっじょぶ、パルスィ。
相変わらず私達の連携は完璧だね。え、私なにもしてないじゃんって?
ちゃんと勇儀の足引っ張ってバランス崩せるように糸張ってたんだよ。確かに必要なかったけどさぁ。
「で、どうしたのよキスメ」
「ふー助かった。ああ、ちょっと地霊殿がね」
「ん?地霊殿がどうかしたの?妬ましい?」
「うん、多分パルスィちゃんは妬ましくなると思うよ」
「そうかいそうかい。ま、それはいいとして地霊殿がどうしたっての?」
「うーん、これは直に見に行ってきたほうが面白いと思うよ?私に聞くより」
地霊殿にぃ?出来ればお近づきになりたくない所だけど。
「ああ、地霊殿っていうか、旧針の山地獄ね。今ではあそこ地霊殿の管轄になってるじゃない?あそこよ。特にヤマメちゃんは行けば得るものがあると思うよ」
そういえば、けっこう昔にさとりが旧針の山地獄の権益を買い取ったって噂になったっけ。
なんだろう?ペット大放出、貴女も妖獣とふれあいし放題!古明地わくわく動物ランド開園!とかだろうか?
え、地獄の妖獣なんかとふれあいたくないよって?そりゃごもっとも。ちょいとばかり発想が貧困だったかな。
と、ふと見るとなんだろう、キスメの桶の中から何かが覗いている。あれは…花の蕾?
ふむ…つまり、キスメは地底で花を手に入れたって事?うん、供える花を地上まで採りに行ってる私にとってそれは朗報かもしれない。
ま、そうと限ったわけじゃないけど。
「どうする?行く?パルスィ」
「ええ、多分これは行かないと話が進まないんじゃないかしら」
「しゃーないわな。ほら、行くよ勇儀!」
「…え?私今そういう気分じゃないんだ。一人で酒呑んでたい気分でね」
「これ以上呑むなよ馬鹿!ごちゃごちゃ言ってないでついてこい!」
◆ ◆ ◆
「へぇ、こりゃすごい」
「美しいわね、妬ましいわ」
「うん、随分と地獄が華やいでるじゃないか、いい事だ」
パルスィと二人、勇儀を引きずりながら旧針の山地獄へ向かった私を待っていたのは薔薇の花が咲き乱れる、地底にあるまじき光景。
地底に、本当に花が咲いている?何でだ?日光もないのにどうやって?
「異物発見!花壇につく悪い虫に要注意。即座に異物を排除せよ!」
やばい、ロックオンされた!?
だがそう簡単にやられはせんよ!!
「消し飛べ!メガフレアァアアアアア!!!!!」
「なんの!勇儀バリアー!」
「バリアー!」
「うぉー、熱っちぃー!!!」
爆熱!されど勇儀の後ろに隠れた私とパルスィはかろうじてその熱量を凌ぎきる!
…って、しかしよく「熱い」ですんでるね、勇儀。そのスカートが雨露の糸製って与太話、これまで信じてなくってごめん。ちょっと信じるよ。
「む!耐え切ったか…だが次は!」
「ちょ、ちょっと待ちな。私達はただの見物客だよ!」
「え?そうなの?」
「ええそう!別に妬ましいから全部刈ってやろうなんて、そんな事考えてないわ!…多分」
ちょ、多分とかつけないでよパルスィ!命懸かってんだからさ!
「ふぅん。ならいいわ。ようこそ、私の秘密の花園へ!」
「その言い方、なんかエロいね」
「「ちょっと酔っ払いは黙ってろ」」
ああもう、殴って気絶させたい所だけど、私のパンチなんて勇儀にゃ蚊に刺された程度だからなぁ。
病毒は効果があるけど流石に可哀相だし。まぁいいや、もう勇儀は徹底的に無視無視。
「ええと、うつほだったわよね?改めまして念のため、私が水橋パルスィで、オレンジのが黒谷ヤマメ、白いのが星熊勇儀よ」
「うん、霊烏路空です。お空って呼んでくださいな。黄色がお水、橙がお谷、白がお勇ね。覚えたわ!」
「漢字一文字しか覚えられないのかい…まぁいいけどさ」
うん、鳥頭だし。それだけ覚えられれば上等上等!
「でさ、これ、あんたが育ててるの?」
「ええ、そうよ!私と、お燐と、さとり様で育ててるの!奇麗でしょ!?」
「…ええ、綺麗ね。この薄汚れた地底で無垢なる花とは、実に妬ましいわ」
「そう?ありがとう!ならあげるわね」
「「え?」」
そう言うとお空は剪定ばさみで黄色い薔薇をひとつ切り落とし、棘を落とした花をパルスィの髪に挿す。
「ほら、これで貴女の方が妬ましくなったわ!」
「あ、ありがとう?」
「…良いの?せっかく育てたんだろうに」
この地底で花を育てるのは容易なことではないだろうに、それをあっさりと切り落として人にくれてやるなんて。
どれだけお人よしなんだこの鴉は。
「良いのよ、どうせこれは人にあげるために育ててるんだし」
「花を人にあげて、どうするつもりなの?」
「地底に笑顔を咲かせるのよ!」
「…なんで?」
「なんで…って、そうするとわたしが幸せになれるからよ!」
なんで…
「…なんで、他人が笑顔になるとあんたは幸せになれるんだい?」
「決まってるじゃない!わたしが神様だからよ!みんなを幸せにして、信仰してもらって、力をつけるのよ!」
ああ、こいつが霊夢が言っていた…
「…力をつけて、どうするんだい?」
「決まってるじゃない、もっともっと花を咲かせるのよ!」
「…花を咲かせて、どうするんだい?」
「お谷って、もしかして馬鹿なのかしら?言ったでしょう、もっともっと地底に笑顔を咲かせるのよ!」
――無償で誰かの助けになってあげるのが、神様だ!喜ぶ顔が、笑顔が見たいから、それを動力にして神様は力を振るうんだよ!!!――
どっかの馬鹿の、かつての叫び声が、耳に木霊する。
うん、本当に地底に神が生まれたんだね。
馬鹿だけど。
「花なんかばら撒いたって、私ら荒くれ者が満たされるものか。あんたがやってることなんて無駄無駄。さっさとやめちまいな」
おい勇儀、貴様殺してやろうか?
って思ったけど、勇儀の顔は真剣だから。多分、覚悟を問うているんだろう。否定されても、拒絶されても、踏みにじられても負けずにいられるか、その覚悟を。
「そんな事ないわ。真に美しく咲く花の前では、あらゆる感情が無力だってお幽が言ってたもの。私はそれを信じてる」
「え、私?」
いや勇儀、多分おゆう違いだと思う。
たぶんそれ、一回憤怒の表情で「馬鹿が花を枯らした」って地霊殿目指して地下に降りてきた紅白チェックに日傘の花の妖怪だよ。
あんなんが勇儀と激突したら余波だけで旧都は廃墟になるからパルスィと二人、平身低頭して妖怪の山側入口にまわってもらったけど。
「それにね、私はもう既に四人の信者を獲得しているもの。この胸の奥に宿る信仰がある限り、私の決意は決して燃え尽きないわ!」
「四人?」
パルスィが首をかしげる。
変だね、さとり、お燐。こいしを足してもまだ妖怪いちたりないさんがいらっしゃる。
「ええ、こいし様とさとり様と、お燐と、あと霊夢!」
「「「霊夢!?」」」
まじで!?そりゃすげぇ!あっはははは、そりゃ最強だー!!!!
すげー、鴉神すげー、まじ最強だ!あの巫女を信者にするなんて!!ひゃー!!
それにしてもあの巫女に花とか想像するだけで…いや、やめとこう。今やあの巫女は二十歳を超えてその力はまさに神をも凌駕する勢いだ。
失礼な想像をちょっとでも浮かべただけであいつはここまで私を殺しに来そうな気がするし。
「ええじゃないか!あんたは強いな、気に入った!ならばこの私も信者になってやろう!」
「ええ、そうね。この花の御礼ぐらいはしなきゃいけないかしら?…鬼巫女すら従えたその力は実に妬ましいけど」
「…じゃ、私とキスメも信者に入れておいてくれ」
「あら、今日はいきなり信者が倍になったわ!めでたい日だからみんなにおすそ分け!」
慣れた手つきで馬鹿鴉は薔薇の花を剪定して、何処からともなく取り出したリボンで花束を作り、私たちに手渡してくる。
私にはオレンジの薔薇。
パルスィにはさっきと同じ黄色の薔薇。
勇儀には白い薔薇だ。
「あら、地獄入りトリオの皆さん。いらしてたんですね」
「どうだいお姉さん方。奇麗だろう?これはちょっと自慢してもいいよね?」
おや、さとりとお燐か。危ない危ない、さとりの声が聞こえるとつい体が迎撃体制をとってしまう。
今回ぎりぎりで蹴りを止められたのは僥倖と言うより他ないな。うん、私の我慢強さは褒め称えてしかるべきである!
「…まぁ、いいですけどね。しかし皆さん、随分とぴったりの薔薇をお持ちですね」
「ぴったりって?」
「花言葉ですよ。ちなみにオレンジの薔薇の花言葉は『健やか』です」
なぁにそれ、病毒相手にすげー嫌味だね。
「そんな事ないでしょう?私が視たところによると貴女の心は多分、地底でもっとも健全ですから。『健やか』は貴女にぴったりですよ」
…ふん、これだからさとり妖怪は嫌いなんだよ。勝手に人の心を読みやがって。
けどまぁ、特別サービスだ。今日は気絶させるのは最後にしてやる。
「白い薔薇はなんなんだい?」
「『尊敬』ですね。鬼の頂点たる貴女に相応しいと思います」
「じゃ、黄色い薔薇は?」
「言うまでもないでしょう」
「「「『嫉妬』!」」」
お燐と、お空と、いつの間にか現れていたこいしが唱和する。
なるほど、ぴったりすぎてぐうの音もでないわ。
さとりとパルスィを除いて、みんなで思わず苦笑する。怒んなよパルスィ。色合い的にもまじ似合ってるからさ。
「とはいえ、少し花が減っちゃったわね」
「そうですね。今は冬だし、お空も常にここにいられるわけじゃないもんね…」
「大丈夫よ!少しずつ、少しずつ育てていけばいいんだから。太陽の力は無限ですわ!」
はーやっぱり、冬に花を咲かせるのは大変なのか。地底なのにここって雪、降るからなぁ。訳わかんね。
そんな寒空の中でも、大丈夫だってきっぱりと言い切ってお空は力強く微笑んでいる。
…そうだね。私も信者なんだから、神様の為になんかしてやらないと。
「じゃ、地霊殿に温室でも作ろうか」
建築は私の得意分野だからね。ま、あれを建築と呼ぶのはちょっと違ってるって思うけどさ。
「温室?」
「そう、温室さ。太陽神が植物を育てる為の、神殿だよ」
「何それ凄い!ただで作ってくださるの!?」
「勿論、信者だからね。神様の為に貢献しないと」
「ありがとう!!!」
神様に信仰を。だから神様、一つだけ願いを叶えておくれ。
ここを、神様が舞い降りたこの世界を、何処よりも美しい世界にしたいんだ。
私の記憶の中にあるもっとも美しい花は、家族を愛し、世界と己を呪った少女の魂の体現。
多分、あれがこの世でもっとも美しい花であってはならないと思うんだ。だから、あれよりも、もっともっと!
「その妖怪桜よりも美しく、ですか。大変ですね」
勝手に心を覗くなよ、と言いたいけれど、あの言葉に出来ない残酷な美しさを勝手に読み取ってもらえるのはありがたい。
「そうとも、大変さ。でも挑戦する価値はあるだろう」
「ええ、そうですね。愛だけで、埋め尽くすんですよね?」
「…ええと、よく分かりませんが桜に対抗するんですか?さとり様?」
「じゃ、梅かしら?」
訊ねるお燐に続けて、こいしがぽつりと呟いた。
梅か。さとり、梅の花言葉は?
「『高潔な心』。お空にぴったりではないでしょうか」
そいつはすげぇや、出来すぎな選択だよ無意識。
「と、言うわけだ。これより霊烏路大明神と私、黒谷ヤマメを始めとする信者一行は旧針の山地獄を梅の山地獄へと変える!お空、何か一言!」
「えーっと、みんなで笑顔を咲かせましょう!」
『応!!!!!』
ほれみろ、神様って、いいもんだろう?
かつて私は神だった。今はしがない太陽神の信者。
世界は私達の手で日々、少しずつだけど彩られていって、今はそれが、結構楽しい。
おわり。
後書きを読んでニヤリとしました。このヤマメの感想が正に求聞口授のヤマメだなぁだったので。
そうか、明るくて極低ってこんなんかって納得しました。
でも私も極高はいかないまでも高めでいて欲しかったと思います友好度。
……地獄のバカルテットは濃いなぁ。ヒーロ物が特攻野郎Aチームになりそう。
そしてヒロインは誰だ。おゆうか?おゆうなのか?爺さんがパルパルしちゃうのか?そんな妄想。
それでは長々と失礼しました。面白かったです。
ヤマメの型破りな感じと腐れ縁って感じのパルパルが良い
難点は誰が喋ってるのか複数人だとわかり難い所かな
この時点で「あぁ、また残念なヤマメちゃん」かと思ったんですが
全然違いました。
ヤマメというキャラが明るいだけでなく、しっかりとした自分の考えを
持っており、それを根底に置き行動、発言をしているんだなと作品内から読み取れます。
また、ギャグに関してもその流れにあうようなものばかりで、面白かったです。
とても良かったです。
あと、何故か「…わーたーしーはーおーーもーーうーーのーーでーーーすーーーよーーー…」
に吹いてしまったwww
その話に無関係ではないヤタガラス
物部氏
意図するところ、あるいはそれ以上かもしれない膨大なバックボーンを感じずにはいられない作品でした
ヒロインは…布都、そうであろう?
え
意識した?
あ、面白かったです。
おのれこの時間泥棒め…
>爆熱!されど勇儀の後ろに隠れた私とパルスィはかろうじてその熱量を凌ぎきる!
光って唸りかけた直後にさり気なく、澄みわたった心でバリヤー張るなw
直後にいいシーンがあるのに腹筋に直撃したじゃねえかw
ヤマメの印象がガラリと変わるいいきっかけになりました。本当にありがとうございます。
自分には決して思いつかないであろう視点から織り成す濃厚なストーリーと、要所要所で繰り出すパンチの効いたギャグ、実にバランスが取れていて素晴らしいです。
文句無しの100点作品。頑張れ地霊殿、笑顔咲き乱れるその日まで。
記憶戻ったヤマメと昔馴染みとの絡みを想像するだけで面白いですww
陰湿でねちねちしてない、朗らか馬鹿な地底の面々は見ていて面白かった。
しかし本当に地底の面子は本当にひどいなw
でも惜しむらくは要所要所で説明が不足気味になってしまって読み手の想像力が試されてしまった所ですかね
本当に僕の好みの作品でした。
これからも頑張ってください
これで爺が出てきてたら涙腺やばかったかも知れん。