Coolier - 新生・東方創想話

不売日記

2012/05/10 17:56:26
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 ――何故だ、どうしてこうなってしまったのだ!
 パチュリー・ノーレッジはひどく憔悴していた。
 
「今更どうしようもない、それはもう変えようのない事だよ。……まあ、同情はするけどね」

 声がした。男の声だ。その声の主はとても残念そうな目で、パチュリーを見つめていた。
 しかし、その言葉はむなしく彼女の耳を通り過ぎるだけだった。

「ゲホッ……ゴホッ」
「……そろそろお迎えの時間かな?」

 パチュリーの胸が千々に乱れる。今彼女の頭の中では、ここ数日の出来事が走馬灯のように見えていたに違いない――
 


―1日目―

 その日は、まるでバケツをひっくり返したような大雨だった。
 おそらく大抵の人は、そんな日は鬱々として過ごそうものだが、パチュリーの心はそんな天気とはまるで対照的に、晴れやかに澄み渡っていた。

「……ふっふふ」

 お気に入りの安楽椅子に腰掛け、本を読みながら笑うその様は、さながら毒りんごを食べさようとしている悪い魔女である。
 だがしかし、これでも彼女の心は澄み渡っている……んだろう、多分。

 「パチュリー様、ずいぶんとご機嫌ですね」

 とそこに話しかけてきたのは、同じく図書館に住む小悪魔である。
 小悪魔は積み重なった本を両手に抱えながら、ヨタヨタと彼女の元に歩いてきた。
 どうやら長年図書館で一緒に暮らしているのは伊達ではないらしく、そのなんとも魔女魔女しい笑いから「ご機嫌」な要素を読み取ったようだ。 

「ええ、まあね」
「うう~、私はもう鬱々ですよ。お外は土砂降りだし、それに……」
 ドサッ、と小悪魔は抱えていた本を近くの机に置きながら話を続けた。
「こんなに、大量の本を整理をしなきゃいけないんですから~」
「外の天気なんて室内にいれば関係ない。第一、本の整理は貴方の仕事でしょう」

 実際、図書館には轟々と降っているはずの雨音すらも聞こえなかった。
 ただでさえ窓の少ない紅魔館の、それも地下にあるような図書館に、外の音など聞こえようもない。

「気持ちの問題ですよ、雨ってなんか気分が滅入るというか……」
「あら、土砂降りなら外に出なくていいでしょ? 私は暇にならないように、仕事を与えているというのに。だから今日中に片付けなさい」

 そんな取り付く島もないパチュリーに対し、抗議しても無駄だと悟ったのか「う~」と呻き声をもらしながら小悪魔は図書整理へと戻っていった。
 なんとも元気がなさそうにパタパタと羽ばたく小さな羽が、ぐったり感を助長している。
 そんな小悪魔を尻目に、パチュリーは読んでいた本を閉じて机に置くと、先ほど小悪魔が持ってきた本の束に目を移した。

「ふふ、今回はだいぶ取り戻せたわね」

 我が子を愛でるかのようにそっと本を撫で、今度は誰にでもご機嫌だと判る、やさしげな口調で笑いを漏らした。
 何を隠そう、これが彼女がご機嫌な理由であり、――小悪魔が忙しそうに働いていた理由でもあった。
 そう、これらの本は紅魔館に度々やってくる人災、霧雨 魔理沙から先日奪い返した本たちなのである。
 しかも今回は特に大きな収穫だったようで、結果パチュリーの気分は燦々となり、反面、大量の本を整理するハメになった小悪魔の気分は散々となった訳だ。

「はてさて、それじゃあこの本を、っと……ん?」

 そう言ったパチュリーの目に、一冊の古ぼけた本が目に入った。
 古ぼけているという点では、他の多くの魔導書もそうであり、別段珍しい訳でもないのだが――

「……和装本?」

 彼女の持つ本は大概にして西洋的な羊皮紙か、もしくは現代的な紙媒体のものであり、和紙が使われた本はそれらに比べ数が少ない。
 パチュリーは上につみ重なっていた本を退かし、その和書を手に取った。
 冊子状のその和本は、保存状態が悪かったのか、古ぼけていると言うよりボロボロといった形容の方が正しいようだ。
 薄汚れている上に、ところどころに虫食いの跡が残っている。

「珍しいわね、ふむ……こんな和本なんてあったかしら?」

 本を開こうとして力を込めるが、接着剤で塗り固められたかのようにビクともしない。
 どうやら、魔法で鍵が掛けられているようだ。

「まあ、この程度なら」

 そう言って、指をすっと本に差し出し魔力を込めると、パシッという音と共に錠が解かれた。
 彼女は満足そうにしげしげとその本を見つめていると、表紙にかすれた文字で題名がついている事に気がついた。

『不売』

 ――は? 不売?
 意味が判らない。
 魔法文字で書いてあれば話は別だが……。
 ――パラパラと数ページめくって見る。
 ……日本語だ。そりゃそうか、和書だし。
 鍵以外には魔力の類も感じない、はずれかな?
 そうは思いながらも、始めのページを読んでみることにした。


『おおあめの日だった。カッコウがたおれていた。足にけがをしていた。あめにぬれてかわいそう。家にはこんでてあてをした。かわいそうなカッコウ。ひとりぼっちのカッコウ。』


 はて、何かの日記だろうか。最初パチュリーはそう思った。それ以上は特に深くも考えず、パタンと本を閉じ、ふぅっと短くため息をついた。
 少なからず期待感があったのだろう、落胆の色は隠せない。
 彼女は、その和本を本束の上に置き、さきほどの読書を再開しようと手を伸ばし……
 
「あのう……パチュリーさまぁ?」
「…何かしら?」

 か細い声に遮られた。小悪魔は手をもじもじさせ、いかにもすまなそうにパチュリーを見つめている。
 いやな予感しかしない。

「で、何をやらかしたのよ」
「あっ、バレました?」
 テヘッとおどけて見せた小悪魔に対し、パチュリーはジト目で返事をする。
「あーえーっと、そのー……本がですね、取り返したはずの物が一冊足りないと言いますかー…。いや、数は合ってるんですけどー」

 その威圧感に押されてか、観念したようにしゃべり出した。

「数は合ってるけど一冊足りない?」
「いつの間にか、知らない本が混ざっちゃったんじゃないかと……」
 
 心当たりは合った、先ほどの見慣れない和本のことだろう。

「で、無くなった本っていうのは?」
「……アルス・ノトリアの原本です」

 よりにもよって、結構なレベルの魔道書である。

「最悪……」

 魔理沙の家に忘れてきたならまだしも、途中の道端にでも落としていたら洒落にならない。
 魔法でコーティングされているとはいえ、この風雨の中にさらされていることになる。
 貴重な魔導書を、そんな状態で一時として放置など出来はしない。

「仕方ないわね、咲夜にでも言って探してきてもらうか」
「咲夜さんは昨日、神社の宴会に行ったまま戻ってません。お嬢様も一緒だったので今日は帰れないかと」
「なら、美鈴あたりに――」
「美鈴さんは花壇が心配だと、お花に付きっきりで」
「ぐぅ、それなら妖精メイドは……」
 言いかけてから気づいた、論外であると。
「そう、それなら貴方が行けばいいじゃない」
「今日は土砂降りで外に出なくていいから、今日中に片付けを済ませろと仰いました」
「むきゅぅぅぅ」

 見事にやり返された気分だった。
 それこそ、「そんな命令撤回するから行ってきなさい!」とでも言えば渋々ながら従うだろうが、無性に小悪魔に負けた気になるのが癪だった。

「……判ったわよ、私が探してくるわよ!」

 もはや彼女のテンションは快晴から土砂降りへと急激に変わっていた。
 なるほど、確かに雨には人を憂鬱にさせる魔法でもかかっているらしい。

「あの、大変そうですけど、がんばってくださいね!」

 小悪魔の言葉がさらに追い討ちをかけた。

◆ ◇ ◆

 パチュリーは防御用の魔法障壁を傘代わりに、魔理沙の家までのルートをたどっていた。
 単なる雨よけに魔法障壁など少し物々しい気もしたが、やっぱり雨に濡れるのは嫌なので仕方ない。

「落ちては無いわねぇ……」

 探しに出てから30分くらい経つだろうか、道すがら落としていないか見てはいるが、見落としている可能性もある。
 もしかして、誰かに持ち去られたかもしれない。
 そんな不安からか、だから最初にチェックしておけば良かったのよだの、やっぱり小悪魔に行かせれば良かっただのと、ぶつくさと文句を垂れながら飛んでいた。

 ――すると突然、カッっという光が目を晦まし、その後に続く雷鳴が耳をつんざいた。
 どうやら更に天候が崩れたようだ。

「かなり近いわね、さっさと見つけて帰りたい――」
 ――!!!!

 刹那、眩い閃光と凄まじい轟音が彼女を包み込んだ。
 そして、その光の中に彼女の意識も飲み込まれていった――


―2日目―

「……チュリー様、パチュリー様」
「ごほっごほっ……。う……う~ん?」
「ああ、良かった。パチュリー様お目覚めですね」

 ……一体どうしたというのか? 思考がはっきりしない。
 パチュリーはおぼろげな瞳で辺りを見回した。

「パチュリー様大丈夫ですか? よもや記憶喪失なんて、とんでもな事になっていないですよね?」

 ……記憶喪失? 何を言っているのだ。自分はパチュリー・ノーレッジであって他の何者でもない。
 などと妙に格言めいたことを考えながら、ムスっとした表情を浮かべてパチュリーは答えた。

「……きちんと覚えてるわ咲夜。残念だけどね」
「覚えていてくださり光栄ですわ」

 咲夜はそう言って軽く一礼すると「美鈴が外で倒れているパチュリー様を見つけて運んでくれたそうですよ」と続けた。

 ――外で倒れていた?
 パチュリーが辺りを見回すと、見慣れた光景が飛び込んできた。図書館の私室である。
 隣には安堵の表情を浮かべる咲夜と、不安そうな面持ちの小悪魔が左右にそれぞれに立っている。
 彼女は少し考え込んだ後、ぼんやりとした思考がはっきりとしていくのを感じた。

「ああ……確か、道中で雷に打たれて……」

 その割にピンピンしているのは、雨よけに張っていた魔法障壁のおかげだろう。
 簡易的なものだったとはいえ、かなり衝撃が緩和されたのは言うまでもない。

「帰ってくるなり、小悪魔からパチュリー様が大変だって言われて、びっくりしましたよ」
「よかったパチュリー様……! あの後しばらく経っても帰ってこなかったんで、美鈴さんに頼んで探してもらってたんですぅぅぅ」

 目を潤ませながら小悪魔が抱きついてきた。
 心配していたのは本当だろうが、本人が行かなかったあたり、なんかずるい。
 よく見ると、傍にドロだらけで椅子にもたれ掛かりながら、眠っている美鈴の姿がある。

「ごほっ……痛いわよ、離れなさい」
「あっすいません」

 小悪魔はパッとパチュリーのそばから離れると、ようやく落ち着いたのか、笑顔を浮かべた。
 パチュリーは自分が置かれた状況がはっきりして来ると同時に、自分の元々の目的も思い出した。

「そうよ、結局無くなった本は見つかってない……っ痛!」

 そう言って立ち上がろうとしたが、足に鋭い痛みを感じて怯んだ。
 おそらく、墜落したときにでも怪我をしたのだろう。

「駄目ですよ、今日は横になっていてください」

 咲夜は立ち上がろうとしたパチュリーを制し、横に寝かせた。
 妖怪とはいえ、魔法使いは体の頑丈さでは人間とほとんど大差はない。
 吸血鬼のように一晩寝れば元通り、なんてことはないのだ。

「…ごほ……判ったわよ、今日は大人しくしてるわ」

 あまり動きたくないのは事実なので、素直に従うことにしたようだ。

「それではパチュリー様、お大事になさってくださいね。その魔道書は他の者にも言って探させますので」

 咲夜はそう言い残して立ち去っていった。
 小悪魔も美鈴をちゃんと寝かせると言って出て行き、部屋にはパチュリー一人が残された。
 
 ――大雨の日……足に怪我をした……カッコウ…………。
 
 ふと何かの言葉が頭をよぎる。
 一体、何の言葉だっただろうか……。
 しかし、考え込んでいるうちにいつの間にか彼女は眠りに落ちていた――


―3日目―

「ゴホッゴホッ……」

 次の日、咳き込んで起きるというあまり快適とは言えない目覚め方をしたパチュリーは、不機嫌であった。

「どうにも昨日から調子が悪いわね」

 考えてみれば、雷に打たれて気絶している間――当然魔法障壁は消えているのだから――かなりの長時間雨に打たれ続けていたことになる。
 元々喘息もちで、体が丈夫とは言えないパチュリーが体調を崩すのも当たり前だ。

「大丈夫ですか、パチュリー様? 薬置いておきますよ」
「……いいからどっか行きなさい」

 心配する小悪魔をつっけんどんな態度で追い散らすと、しっしと手を上下に揺らした。

「……やる事がない」

 ボソッと呟くと、彼女は近くにある本を手で探っていた。寝ながら読書でもする気なのだろう。
 すると、なれない感触の本が手に当たるのを感じた。

「ん、これは?」

 ちょっとした期待を込めて本を手繰り寄せたのだが、その本を手にした途端に憎々しい顔になった。
 何故なら、彼女が雨の日に出掛けなければならなくなった理由だったからだ。
 そう、例の表紙に「不売」と書かれた和本のことである。

「この和本のおかげで散々だったわ……!」

 八つ当たりもいいところだが、不機嫌なパチュリーにそんなことは関係ない。
 やれその本を投げつけてやろうかとも思ったが、本好きの彼女にはそれは出来ない。
 この本の処遇を考えていると、いい案が浮かんだ。
 ――そうだ代わりに、どんなくだらない事が書いてあるのかバカにでもしてやろう。
 そんなどうしようもない考えから、ページをめくり読み始めた。


『おおあめの日だった。カッコウがたおれていた。足にけがをしていた。あめにぬれてかわいそう。家にはこんでてあてをした。かわいそうなカッコウ。ひとりぼっちのカッコウ。』


『カッコウはねむってる。きょうはゆっくりさせよう。家人がしんぱいしてくれた。よかったねカッコウ。』


 ――うん? ここまで読んで彼女は奇妙な違和感を覚えた。
 そう、ここに書かれているカッコウは、何故か知っている気がするのだ。それはまるで……。
 それまでの、バカにしてやろうという考えはどこかに消え、続きを読もうとしたその時。

「何が望みだい?」

 ――!!

 突然、ささやくような声が聞こえた。急な声に驚いたパチュリーは、声の主を探そうと辺りを見回すと……

「……レミィ」

 パチュリーが寝ているベットの横に、ちょこんと座っているレミリアを見つけた。

「ん? 何でそんなに驚いてるのかしら?」
「ゴホッ、急にこっそり話かけられたら驚きもするわよ」

 パチュリーはほっとすると、ほんの少しの怒りがこみ上げた。

「だって、病人の前では静かにするようにって、咲夜が言うしねぇ」

 どうやら、咲夜は彼女が体調が悪いことに気がついていたらしい。

「だから、何か欲しい物はないかって聞いたのよ。どう、紅茶でも淹れたげよっか?」
「遠慮しとくわ、どんな物が出来るか判ったもんじゃないし」

 何時もはわがままなレミリアが、ニコニコと笑いかけながら他人に何かをしてあげる、なんて言うこと自体かなり不思議ではあった。
 しかし、そんな小さな不思議よりも、パチュリーはもっと面白い不思議を見つけたのだ。

「こほ、ねぇレミィ、この本を見てくれない?」
「へぇ……ずいぶん小汚い本ね。それが?」
「見て判らない? これは……ひょっとして予言書かもしれない」
「ハァ?」

 素っ頓狂な声を上げたレミリアにかまわず、パチュリーは話を続ける。

「ここに書かれている文章……1ページ目には、大雨の日、足に怪我をしたカッコウが、家に運ばれたと書いてある。そして2ページ目には、カッコウが眠っている、今日はゆっくりさせようと書いてあるの」
「はぁ…それで?」
「これは一昨日と昨日の私に起こったことを、ずばりと言い当ててるわ」

 パチュリーはここで一呼吸おいて、続きを語り始めた。

「ごほ……それで、もしかしたら私が魔法で鍵を開けた瞬間、それが鍵となって私のことを予言し始めたのかもしれない」
「鍵を開けたのが、鍵ねぇ……?」

 微妙に判りづらいかもしれないが、要は彼女がこの和本を魔法で開けたのが「キー」となって予言が発動した、と言いたいのだろう。

「で、カッコウが何でパチェなのよ?」
「それは……」

 勢いよく喋っていたパチュリーが急に言いよどんだ。

「ふぅん、じゃあ予言書なんてのは無しね」

 何故か少し満足げなレミリアだったが、パチュリーは一頻りう~んと唸った後、何かに気づいたようにあっと小さく声を漏らした。

「そう……そうよ! カッコウっていうのは何も鳥の事だけじゃない。他にも『カッコウ』があるわ」

 レミリアが懐疑的な目を投げかけた。

「どんな?」
「東洋にはカッコウと呼ばれる植物があるわ。カッコウすなわち『霍香』。そう、より知られた名前は『パチュリー』 」
「……」
「パチョリやパチェリとかも言われるけど、この場合はこう訳すとしっくりくるわ」

 ここまで言われてなお、レミリアは信じようとはしなかった。
 それどころか、大きく羽をピンと伸ばし、イラだっているように見える。

「……そんな予言なんて出来ないわ」
「……貴方がそんな事を言うなんて思わなかったわ。運命を操れる貴方なら、予言だって信じると思っていたんだけど……」
「いや、運命を操れる私だから判るのよ! 明日の運命と、千年後の運命を見るのとはまるで違う」

 かなり怒気を強めてレミリアは言葉を続けた。

「予言書って言うのは、何百年、何千年も昔の奴が書いた本だろう? 運命って言うのはすなわち可能性の数だけ存在するの。長い時間の中で、何億にも枝分かれした運命の、唯一つを正確に見るなんてのは誰にも出来ない」

 話しながらもレミリアは、羽をバサバサと激しくバタつかせていた。
 これは彼女の癖のようなものであり、相当に不機嫌であることを示している。

「それが個人の運命ともなればなおさらよ! たかだか二日間の状況を言い当てたのなんて、偶然に決まってるじゃない」
「ゴホッ……でも、予言していると仮定できる根拠はあるわ」
「あら、パチェは親友の私の言葉よりも、その胡散臭い本のほうを信じるのね?! そんな本、さっさと捨てたほうが身のためよ!」
「そんなことは――」

 言い終わる前に、レミリアは勢いよく扉を開け出て行ってしまった。
 どうやら予言書というのは、彼女のプライドをひどく刺激するものだったらしい。
 パチュリーは追いかけようとも思ったのだが、勢いよく喋った反動か、さっきより症状が悪化したようだ。
 それに、今追いかけていっても、よりややこしくなるだけだろう。
 そう感じた彼女は、そのまま横になって本の続きを読むことにした。


『かぞくはカッコウがきらい。どろぼうしたばちがあたったんだって。すててこいってどなって行っちゃった。かわいそうなカッコウ。』


 3ページ目にはそう書かれていた――


―4日目―

 ――どうにも目覚めが悪い。パチュリーが起き抜けに抱いた感想がそれだった。
 昨日のレミリアとの一件もその要因だが、一番の原因は例の予言書が気になって仕方ないからだ。
 結局あの後、体調が悪化したせいで、それ以上続きを読むことも出来ず、大した考察もしないまま横になって一日を過ごしていた。
 
「3ページ目の予言も的中していた……わよね」

 気になったことは調べずにはいられない。それが彼女の性である。

「まあ、まずは情報を整理することから始めるか」

 相変わらず体調は万全とは言いがたいが、調べ物が出来る程度には回復したし、足の怪我のほうも大分良くなっているようだ。
 これならば激しい運動をするわけでなければ問題ないだろう。
 パチュリーは、普段使っている椅子に腰掛け、手にはペンを、横には本を山ほど積み上げ、完全に調査モードに入った。

「1ページ目の文章……これはそのまんまね。私が雨にぬれて、足に怪我をして倒れていたところを、運び込まれた……と」

 そばにある紙に、メモを取っていく。

「2ページ目の『家人がしんぱいしてくれた』っていうのは……」

 家人と言うのは、家臣や従者のことである。
 普通に考えれば、咲夜や小悪魔のことであるだろうし、別に間違いでもないが、パチュリーはさらにあることに気づいた。

「……ひょっとして、『かじん』と読めば『華人』。つまり、美鈴のことも指すのでは」

 所謂ダブルミーニングというやつである。

「そして、3ページ目……捨てて来いと怒鳴ったのはレミィ……。『カッコウ』が私なら、『家族』はレミィのこと……?」

 確かに家族同然であるとは思っている――恥ずかしいので口には出さないが――しかし、そうであるとすれば、レミリアはパチュリーのことが嫌いであるということになる。

「家族…かぞく……まさか、『華族』?」

 華族とは、昔の日本における貴族のことだ。そう、吸血鬼はまぎれもなく、貴族である。
 しかし、これで家族がレミリアであると断定されてしまった。
 ――私はレミィに嫌われているのだろうか?
 パチュリーは一瞬不安に駆られたが、喧嘩をして一時的に仲が悪くなっただけだ、と思うことで自分自身を納得させた。
 それに、気になる文面はまだあるのだ。

「けれど、泥棒した罰が当たるって、どこかの白黒じゃあるまいし。ん……待って、何か忘れているような……?」

 と言ったところで思い出した。
 そうだ、元々この予言書は彼女が持っていた本ではない。
 つまり、見方によっては泥棒したとも取れるのだ。

「何てこと……ここまで当たっていたなんて」

 正直驚きを隠せない。
 それならば、今日の分の予言はどうなっているのだろうか?
 気になったことを後回しにしておくことはない。そう思い、嬉々として予言書の4ページ目を開いた。


『カッコウはすこしげんきになった。口をひらいてエサをもらってうれしそう。でもいそいでたべるとあぶないよ。』


「口を開いて、エサをもらってか。ふむ、エサというのは判るけど」

 エサというのは、さしずめ彼女の知的好奇心を満たすこの本たちのことなのだろう。
 頭の栄養分といったところか。口を開いて、の意味も時機に判るはずだ。
 ここまで来ると、もはや疑いの念は彼女の中から消えていた。
 そして、そうなれば、この予言書の著者に興味を抱くのも自然なことであった。

「ああ、調べたいことがたくさんあるわ。まずはこの著者からね」
「何をしているの?」

 その声にふっと振り向く。そこに居たのは、以外にもレミリアである。
 パチュリーは、昨日の一件があったから、今日は訪ねてこないだろうと思っていた。
 だからだろうか、パッと見て浮かない顔をしている。
 しかしレミリアが訪ねてきたことで、パチュリーは、ほらやっぱり一時的なものだったのよ。と思い安堵することが出来た。
 その思いから、結局昨日と同じ過ちを犯してしまったのだ。

「ねぇ、レミィ。やっぱりこの本は予言書だったのよ」
「……へぇ、ねえパチェ――」
「すごいと思わない? 未だかつて、ここまで正確な予言は存在していないわ」
「ねえ聞いてる?」
「ああ、こんなにも研究意欲をそそる物が見つかるなんて、なんて幸運なのかしら。こんなに凄い予言をした人物って、貴方も気にならない? だからこれから――」
「パチュリー!!」

 その怒号にパチュリーはぎょっとした。
 レミリアから、パチュリーなどと呼び捨てにされたことなど、いつ振りであろうか。

「……どうしたの、レミィ?」
「どうしたのじゃない!」

 その言葉にパチュリーは、はっとした。
 だが、気づいた時にはもう遅かった。

「何よ、人がせっかく……」

 レミリアは言いかけた言葉を飲み込んだ。

「……ああ、昨日言っていたことね。大丈夫よ、この予言書があったって私は貴方の力を信用しているし、なにより――」
「うるさい! もう、あんたなんか知らない!」

 まるで昨日の再現である。
 レミリアは思いっきりバンとドアを開け放つと、そのまま出て行ってしまった。
 パチュリーは、しまったと思いながらも、時間が経てばまた元通りになるだろうと考えていた。
 昨日の一件だって、つまりは杞憂だったわけだから、レミリアが本気でパチュリーのことを嫌うとは思わなかった。
 そのままパチュリーは、著者を探す作業を開始した。
 

◆ ◇ ◆

「いた……! この人物に違いない」

 パチュリーは、これまでの情報――和本であること、古いといっても精々百年くらい昔の物だろうという見立て、それに小悪魔と大量の妖精メイドの、検索と言う名の総当りのおかげ――を駆使して、作者と思われる人物を比較的速やかに見つけることが出来た。 
 その予言者の名は『高島 嘉右衛門』。
 外の世界で言う大正時代まで生きていた人物である。 


「彼は、金銭の要求をすることなく占いを行っていたという……か。なるほど、これで表紙の意味も判ったわ」

 占いは「不売(うらない)」と言うことだ。
 なるほど、考えてみると今までの文章も洒落が多い。

「パチュリー様、調べ物もいいですけど、今日はまだ休んでた方が……」
「うるさいわね、今いいところなのよ! それにもう大分良くなって…ゴホッゴホッ」
「ほら、やっぱり」

 気遣いの言葉をかける小悪魔だったが、それは今のパチュリーにとっては邪魔以外の何者でもなかった。
 彼女にとっては、念願のおもちゃを手に入れた子供の心境である。
 これ以上お預けされるのはごめんだった。

「大丈夫って言ってるじゃないの! それより、もう用は済んだんだから、行っていいわよ」
「そ、そうですか……」

 悲しそうな表情を浮かべながら、小悪魔は図書整理に戻っていった。
 少しきつく当たりすぎたかも知れない。ちらっとそう思ったが、今は知的好奇心の方が勝っていた。


「……ふむふむ、彼は西郷隆盛、大久保利通、伊藤博文の死をも予言した……か」

 しばらくの間、本に書かれていることを、うわ言のように読みあげていたパチュリーだったが、そうして読んでいるうちに、彼女はハッと気づいた。

「そうか、口を開いての意味はこれか」

 そう、さっきからかなり饒舌である。
 これが口を開いての意味なのだろう、と彼女は考えた。

「予言の続きは、どうなっているのかしら?」

 予言なのだから、これからは前の日に読んでおくことにしよう。
 それこそが、予言書の予言書たる意味ではないか。
 彼女は、期待を膨らませて5ページ目を開いた。


『カッコウがないている。なかまをよんでいるのかな。でもどうしてだろう、くるしそうにないている。せっかくげんきになったとおもったのに。おいしゃさんにいったほうがいいのかな。でもかぞくはきっとおこる。どうすればいいのかわからない。』


 ――いささか気になる文面である。
 一体、これはどういうことかと次のページを読む。


『カッコウがしんじゃった。ねむっているあいだにしんだんだ。もっとゆうきを出せばよかった。いまはもうおそい。もりにおはかをつくってあげた。ごめんなさいカッコウ。』


 パチュリーは最初、何が書かれているのか理解することが出来なかった。
 それからしばらくして、ようやく意味が飲み込めてきたのか、ああ……と、小さく呟いた。

「そうか、なるほど……死を予言した…………ね」

 彼女はこの予言を冷静に受け止めているつもりでいた。
 冷静で平静で、頭は澄み渡り状況は完全に理解した。そう思っていた。
 しかし、その考えとは反するかのように、死の予言という言葉が彼女の頭の中で何度もこだましていた――


―5日目―

「おはようございます、パチュリー様」
「……小悪魔か、おはよ……ゲホッゴホッ」
「パ、パチュリー様?!」

 小悪魔は驚愕した。昨日は比較的元気だったはずのパチュリーが、今日の朝には、まるで十年病床に伏せっていたかのような青白い肌をしていたからだ。
 どう考えても、体調が悪化したのは火を見るより明らかである。

「ま、まさかずっとここで調べ物をしてたんですか? 寝てないんですか?」
「私は……魔法使いだから、ゴホッゴホッ…眠る必要は……ないわ」
「どう見てもそんな事ありません! 今すぐにでも安静にしていてください!」

 小悪魔がそう言うのも道理だろう。
 しかし、どうしてもパチュリーは睡眠をとろうという気にはなれなかったのだ。

「こんなになるまで、何を調べたんですか?!」
「それは……」

 死の予言に対する対策を立てようとしていた、という言葉が口元まで出掛かった。
 しかし、今それを話したところで何の意味があるというのか。
 無用な心配をかけるだけだし、なにより信じてもらえない可能性のほうが高い。
 レミリアのように。

「急いで食べると……危ないわね……ゴホッゴホッ」
「一体何の話をしているんですか、今は食事の話じゃありませんよ」

 パチュリーは予言の一文を思い出して、自嘲した。
 結局、これといった対策を見つけることは出来ず、徒労感だけが残ったのだ。
 今の体調の悪化には、精神的なものも少なからず影響しているだろう。
 最終的には、彼女の行動が予言の成就を手伝うという、皮肉な結果となってしまったことになる。
 そんな彼女の様子を見た小悪魔は、普段とはまるで違うパチュリーの様子に、言い様の無い不安を感じていた。

「パチュリー様、その何だったらお医者さんに見てもらったほうが……」
「……医者か」

 パチュリーは薬を作る魔法――錬金術――が苦手である。
 そのことを知っていた小悪魔はもう医者に頼るしか無いだろうと考えたのだ。
 幻想郷の医者と言えば、永遠亭の永琳を置いて他にはいない。
 だが、その場所が問題であった。迷いの竹林の奥にある永遠亭にたどり着くには、それ相応なりの実力が無ければ無理だ。
 小悪魔や妖精メイドはもちろん、パチュリーですら今の状態では到底たどり着けないだろう。
 そのことを考慮すると、頼める人物は限られてくる。

「ゴホッゴホッ、咲夜を……呼んで」
「あっ…さ、咲夜さんは、その……」

 明らかに言いよどむ小悪魔。
 目を泳がせているその様子から伺うと、どうも言っていいのかどうか思案しているようだ。

「え~っと、お嬢様から頼まれて、お使いに出ています……美鈴さんと一緒に」
「レミィに?」

 咲夜をお使いに出すことは別に珍しいことではない。
 だが美鈴も一緒に行かせたとなると話が変わってくる。
 よほど重要なものなのか、それとも他の理由があるのか……。

「ゴホッ、なら、レミィに会いたいんだけれど」
「お嬢様は…………」

 小悪魔は、そう言って黙ってしまった。
 先ほどよりもさらに言いづらそうな顔をしている。
 しばらくの間静寂が続いたが、意を決したように喋り始めた。

「今日はパチュリー様には会いたくないと……仰いましたので」

 その時、パチュリーは気づいてしまった。出来れば気づきたくなど無かった。
 
 ――そう、レミリアなら自分の死の運命にも気づいているだろう事に。

「まさか、美鈴も行かせたのは、頼める人物をなくすため……?」

 言いようの無い絶望感が、彼女を支配する。

「かぞくは……カッコウが……きらい…………ゲホッ、ゴホッ、ゲホッ」
「パチュリー様!」

 他愛ないものならともかく、こんな重大な運命がレミリアに見えていないということは考えられない。

 そういえば、昨日はレミリアの様子がどこかおかしかった。
 浮かない顔をしていて、それで……
 ――「ねぇ、パチェ――」「何よ、人がせっかく……」
 昨日、レミリアは何かを言いかけていた。
 もしかすると、彼女はパチュリーに警告しようとしていたのでは?
 だとすると、パチュリーは自分自身で予言回避の芽を潰してしまった事になる。

 パチュリーは体の力が急速に抜けていくのを感じた。
 これまで彼女は、死という予言に対して、当惑こそしていたが、心のどこかでは楽観視していた。
 死んだとしても、幽霊として転生すればいいと少なからず思っていたし、それ以前に、いざという時には紅魔館の皆がいるのだから大丈夫であると思っていた。
 だが、その考えは無残にも砕け散った。

 妖怪とは居場所があって始めて存在出来る。
 親友から嫌われ、存在を否定され、居場所が無くなったパチュリーに待っているのは、死ではない、消滅だ。

「そんな事……無いわ。レミィとはただ、喧嘩しただけで……ゲホッゲホッ」

 そう思いたかった。だが彼女の言葉は、広大な図書館に空しく響いた。
 まるでそれが幻想だと言わんばかりに。

「あれ……どうして、私……」

 パチュリーの目から、一粒の光が流れて落ちた。

 ――カッコウがないている。なかまをよんでいるのかな。でもどうしてだろう、くるしそうにないている。
 この予言の文面は、まさに今の彼女そのものであった。

 彼女が予言を回避しようとすればするほど、深みにはまっていく。
 これでは占いというよりも、呪いだ。
 確か、高島 嘉右衛門は他人の死を予見しながらも、それを覆すことが出来なかったため、それ以降他人を占うことは無かったと、本には書いてあった。
 
「せめて、レミィに会えれば……」

 レミリアに会えば、全てが判るだろう。しかし、真実を知ることが怖かった。
 もしそれが本当だと知ってしまったら、自分が保っている最後の自我も崩壊してしまうだろう。

 どうしようもなく、勇気が出ない。どうすればいいのか判らない――








「私が行って来ます!」




「……え?」
「私が永遠亭まで行って、医者を連れてきます。すぐに戻ってくるので、パチュリー様はここで横になって待っていてください」
「……」
「私だって、悪魔なんですからそれくらい何て事無いですよ。えへへ」

 気がつくと、パチュリーは無言で小悪魔のことを抱きよせていた。

「ど、どうしたんですか、パチュリーさまぁ?」
「……どうもしないわ」
「まだ……泣いてるんですか?」
「息が、こほっ……苦しいだけよ」

 その一言だけで救われた気がした。
 少なくとも、自分は一人じゃないことが判ったのだから。

「私も行くわ、こほっ……貴方だけじゃ不安だから」
「え、でも」
「いいから」

 予言には勇気が出なかったと書いてあった。だから死んでしまったと。
 それならいっその事、最後まで必死に食らいついてやる、予言を覆してやる。もう逃げたくない。
 そう、彼女は固く決心した。

「……判りました」
「ありがとう、でも……その前に」

 そう言うとパチュリーはペンを取り、近くにあった紙に何かを書き始めた。

「親愛なる家族へ
 私は、お世辞にも愛想がいい人では無かったわ。
 よく辛辣な言葉を浴びせて、傷つけたかも知れない。
 他人の気持ちを考えられない私は、嫌われても仕方ないのかも知れない。
 けれども私は、この家が、この家族が好きだった。
 もし私がいなくなったとしても、少しでも私のことを覚えていてくれたなら、私はとても幸せ者ね。
 例え、レミィや皆が私を嫌いだとしても、私は皆のことが好きだった。
 ありがとう。 パチュリー・ノーレッジ」

「何を書いているんですか?」
「こほっこほっ……なんでもないわ」

 彼女はその手紙を、綺麗に折りたたむと、近くにあった本に挟み込んだ。
 これでもう心残りは無い。だが、やすやすと死ぬつもりも無い。
 今ならまだ、必死になるのに遅くは無い。
 自分がどれだけ紅魔館を好いていたのか、自分でも驚きを隠せなかった。
 ――だから、まだこの家族と共にいたい。嫌われたまま死ぬのはごめんだ。


◆ ◇ ◆

 パチュリーは小悪魔に体重を預けながら、竹林に向かって飛んでいた。

「ゴホッゴホッ……」
「大丈夫ですか、無理はしないほうが」

 まだ湖を越えた辺りであるが、パチュリーの体力の消耗は予想以上に早かった。
 ただ飛んでいるだけで息が上がる。気持ちに体がついていかない状態だ。

「だ、大丈夫よ……」

 かろうじてそう答えるのが精一杯だった。

 さらに10分ほど飛んだ後、パチュリーの体力はすでに底をつきかけていた。
 意識は朦朧としており、息遣いは粗い。

 ――ねているあいだにしんじゃったんだ。
 予言の一文を思い出す。
 ――駄目だ、ここで気を失っては。
 そうは思うが、もはや限界だった。
 またしても予言には逆らえないのか、どうしようもないのか?
 隣で小悪魔が何事か話しかけているようだが、彼女の耳には届いていない。
 ――諦めたくない!
 必死の願いも空しく、無情にも彼女の意識は闇に飲まれていった――











―6日目 最終日―

 静寂の中、彼女は目覚めた。
 ――ここは冥界か、天界か、はたまた地獄か。いや、それとも無になったのか。
 そんな考えが頭をよぎった。だが、考えられるのなら無ではないだろう。
 一時の間をおいてそう思い至った。
 以前にもこんなシチュエーションがあったが、その時は回りに咲夜や美鈴、小悪魔がいた。
 だが今はいない。やはり死んだのだろうか。
 パチュリーが目をこすると、ぼやけていた視界がはっきりして来た。
 小さな個室に布団がしかれており、パチュリーはそこに寝かされていた。
 部屋の周りには雑多なものが所狭しと置かれており、とてもじゃないが綺麗とはいえない。

「やあ、起きたのか。少しは気分が良くなったかな?」
「ここは……あの世じゃないのね」
「ん? ははは、そうだね。まあ、お世辞にも極楽浄土とは言えないかな」

 そこに現れたのは、森の入り口で道具屋を営んでいる香霖堂店主、森近 霖之助だった。
 パチュリーは彼と顔を会わせたことこそ少ないが、知っている人物だった。
 咲夜とレミリアからよく話は聞いていたからだ。どうやら、彼の方もそうらしい。

「君がここに運び込まれた時は驚いたよ。まあ、ゆっくりするといい。流石に病人まで追い返す気はないからね」
「運び込まれた…こほっ……そうよ、小悪魔は?」
「ああ、彼女か。それなら一人で永遠亭に向かったよ」

 霖之助は窓の方に目を向けた。

「……しばらく前に出ていったんだが、まだ帰ってこないところを見るに、大方迷子になっているんだろうけどね」

 そう言って彼は肩をすくめた。

「まだ帰ってきていない……」

 パチュリーは安堵と失望が入り混じったため息をついた。まだ予言が回避されたわけではない。
 ここで待っているよりも、自分も行動を起こした方が良いのだろうか?
 かと言って、今永遠亭に向かえば入れ違いになる可能性がある。
 それだけは避けたかった。

「それなら、私が今出来ることは……」

 そう言って彼女は、何かの時のためにと懐にしまっていた予言書を取り出した。

「少しでも生存の可能性を見出すこと」

 こうなれば霖之助にも手伝ってもらおう。
 幸いにも、彼は多少なりとも知識人で通っている。
 ひょっとすると、何か打開策の一つでも提案してくれるかもしれない。

「生存の可能性? そんなに重病だったのかい」
「こほっこほっ、聞いて、貴方の手を借りたいの」

 そう言うと彼女は、今までの経緯、予言の書のこと、そしてこのままだと自分が死んでしまうだろうことを手短に話した。

「なるほど、予言の書か。実に興味深い……。いや失礼、君にとっては死活問題だったね」
「こほっ……いえ、良いわ。それよりこれを」

 パチュリーは予言書を霖之助に手渡した。

「ん、『不売』……?」

 霖之助は顎に手をあて、まじまじとその本を見つめている。何か考え込んでいるようだ。

「それは『うらない』という意味よ」

 彼女の説明を聞いているのかいないのか、霖之助はパラパラとページをめくっていくと、何か閃いたかのように声を上げた。

「……そうかこれは!」
















「魔理沙の日記だ!!!」
「そう日記……………………へ?」

 パチュリーは彼が何を言っているのか、まるで理解できなかった。
 呆気にとられたようにポカンと口を開け、呆然としている。

「いやいや待って、日記ってどういう事?」
「どういう事って、いやだから魔理沙の日記だよ、まあかなり昔に書いた物だけどね」
「だって、これは『高島 嘉右衛門』の予言書じゃないの?」
「『高島 嘉右衛門』なる人物を良くは知らないが、男性だろう? この文章が男性が書いたような物に見えるかい?」

 言われてみれば、至極真っ当な意見である。

「そ、それじゃあ1ページ目の『おおあめの日だった。カッコウがたおれていた。足にけがをしていた。あめにぬれてかわいそう。家にはこんでてあてをした。かわいそうなカッコウ。ひとりぼっちのカッコウ。』って言う文は?」
「その文のとおり、雨の日に怪我をしたカッコウを家に運んだということさ」

 半分パニックを起こしているパチュリーは、もはや自分が具合が悪いことすら忘れているようだ。
 かなりの早口で矢継ぎ早に質問していく。

「なら、2ページ目の『カッコウはねむってる。きょうはゆっくりさせよう。家人がしんぱいしてくれた。よかったねカッコウ。』この文は?」
「これもそのままの意味だね、ちなみに家人て言うのは僕のことだ」

 どこでそんな言葉を覚えたのか知らないが、僕は家人とは違うんだけどね。と補足説明する霖之助だったが、パチュリーにはそんな事どうでも良かった。

「3ページ目の『かぞくはカッコウがきらい。どろぼうしたばちがあたったんだって。すててこいってどなって行っちゃった。かわいそうなカッコウ。』これは?」
「魔理沙の実家は人里の道具屋でね、閑古鳥とも呼ばれるカッコウは縁起が悪いのさ。よく言うだろう、閑古鳥が鳴くって。それにまあ、カッコウが泥棒って言うのも、実に人間的な見方だけどね」

 カッコウは托卵という特別な生態を持っている。自分の卵を、他の鳥の巣に産みつけて育てさせるのだ。
 これは人間的に見れば泥棒なのだが、実際は自分で育てたほうが遥かに容易い。
 他の鳥の巣に卵を産むのは、常に危険と隣り合わせの命がけの行為である。

「という事は、4ページ目以降も……『口をひらいて――』の部分はエサを与えただけ。『カッコウがないている』は泣いているじゃなく、鳴いている……」

 パチュリーはその『日記』を読み返してみる。
 一度読んだものでも、他愛ない少女が書いた日記だと思って読むと、そうとしか読めないのが不思議である。
 確か、彼女も最初読んだ時はただの日記だとしか思わなかった。
 それが、何をどう間違えたのか。
 思い返せば、無理やりな解釈をしたと感じる部分が少なからずあった。
 だが、予言だと信じきっていた彼女はそれを疑うことをしなかったのだ。

「そんな……じゃあ、表紙の不売の意味は……?」
「あまりにボロボロで商品価値がなくなったから、判別しやすいように書いただけだろう。それを魔理沙がもらったんだろうね」
「嘘……嘘よ、そんな筈は…ゴホッゴホッ」

 とは言うものの、嘘ではないことは彼女自身が良く判っていた。

「君みたいに、何かにのめり込むタイプは本来の意味よりも無駄に深読みしてしまうことが、往々にしてあるものだからね」

 お前が言うなと言いたい。
 だがパチュリーにそんなツッコミをする余裕などあるはずも無く、霖之助の言葉は彼女のハートにダイレクトアタックした。

「私……これまで、相当に色々仕出かした気が……」

 思い起こされるのは、親友に嫌われていると思って泣いたり、小悪魔に抱きついてみたり、悟ったような心境で手紙を書いてみたり。
 挙句の果てに、少年漫画の主人公のような自分を奮い立たせる名言の数々である。

 ――何故だ、どうしてこうなってしまったのだ!
 パチュリー・ノーレッジはひどく憔悴していた。
 
「今更どうしようもない、それはもう変えようのない事だよ。……まあ、同情はするけどね」

 声がした。霖之助の声だ。その声の主はとても残念そうな(人を見る)目で、パチュリーを見つめていた。
 しかし、その言葉はむなしく彼女の耳を通り過ぎるだけだった。

「ゲホッ……ゴホッ」
「……そろそろお迎えの時間かな?」(居ずらいな、早く迎えに来ないかな……)

 パチュリーの胸が(あまりの恥ずかしさに)千々に乱れる。今彼女の頭の中では、ここ数日の出来事が走馬灯のように見えていたに違いない。

「もう駄目……死にたい」
「死にたくないんじゃ、なかったのかい?」
「うるさい、うるさい、もう駄目よ~ゴホッゴハッ」

 もうなんか恥ずかしさを通り越して笑えてくる。

「パチュリー様! お医者様を連れてきました!」
「あははははは、ゲフッ…ガハッ…ゴファッ!」
「あらあら、これは確かに重症ねぇ……」

 なんとも間の悪いタイミングで、永琳をつれて来る小悪魔。
 そんなカオスな状況を見て霖之助は、ははは……と乾いた笑いをするしかなかった。
 ――だがまあ、本当にあの日記は予言書に変化してしまったのかも知れない。そして、彼女の生きたいという必死の思いが、予言を覆す結果になったのかも……。
 霖之助は思った。しかし、それを言葉に出すことはしなかった。
 何せ確証の無い絵空事のようなものだし、そんなくさいセリフは彼の性には合わない。
 部屋の中にはしばらくの間、泣きながら狂ったように笑うパチュリーとオロオロする小悪魔の姿があった。

 幻想郷は今日も平和である。


―5日目 おまけ―

「魔理沙、居るかしら?」

「うん……誰だこんな朝っぱらから。って、何だ咲夜か」

「悪いわね、パチュリー様の本を探しているのよ。貴方、持ってない?」

「本? だったらこの前、あいつが持って帰って……いや、そういや一つ忘れてったな」

「そうそれよ、返してくれない?」

「やだよ、理由もなしに」

「そう言わずに。……実は、お嬢様とパチュリー様が喧嘩をしてしまってね。で、一度お嬢様が謝ろうとしたんだけど失敗したらしくって。で、会いづらくちゃったから、今度はその本を一緒に渡そうって考えたみたいなのよ。これを渡せるまでは会わないーって言ってね」

「なんというか……レミリアらしいな。仕方ないなぁ、返すよ」

「あら、ずいぶん素直ね」

「持ってても読めないしな、その本。……ところで、私からも頼みがあるんだが」

「何? 無茶じゃない範囲なら聞いてあげるわ」

「実はな、私の日記が無いんだ。かなりボロボロな和本で、魔法で鍵を掛けてあるやつ。ひょっとして、パチュリーの奴が持ってったのかも」

「う~ん、どうだったかしら……。大事な物なの?」

「いや、どうかな? どっちかって言うと戒めみたいなもんかな。昔の、情けなかった自分に対する……な」

「ふ~ん……。まぁ、パチュリー様に聞いてみるわ」

「いや、やっぱいいや。今度自分でもらいに行くぜ」

「そう言って、また泥棒する気なんでしょう?」

「ふふ~ん、どうだかな。自分の物は自分の手で掴み取るもんだぜ」

 人から見れば自由奔放で、悩みが無さそうに見える魔理沙。
 しかし、実際は普通の人よりも遥かに生きにくい生き方をしているだろう。
 彼女の自由は、彼女の人知れない努力の賜物なのだ。
 そんな魔理沙は、ひょっとするとカッコウに似ているのかも知れない。
後日、例の手紙を見たレミリアが号泣しながら抱きついてきたらしい。



初めまして。短編のコメディを書くつもりが、別物になってしまいました。
アキンドナッツ
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コメント



0.800簡易評価
5.70愚迂多良童子削除
てっきりシリアスな話だとばかり思っていたので、落ちでガックリ来てしまった。途中までは結構引き込まれたんですが。
それと高島嘉右衛門なる実在した人物が物語にどう絡んでいるのかよく分かりませんでした。
8.90名前が無い程度の能力削除
MMRみたいに思考が飛躍するなパチェw
あわてんぼうのパッチェさんを布団で丸めて一緒にゴロゴロして苦しそうなパッチェさんの髪の毛をモグモグしたい
9.90名前が無い程度の能力削除
少し強引かなと思うところもありましたが、それでもよく練られたお話でした
次回も楽しみにしております
10.80名前が無い程度の能力削除
ミスリーディングしたいのか、したくないのか分からない、という印象。
パッチェさんに繋がる操り糸を態と読者に見せているかのような振る舞いで、どう鑑賞していいのか困ってしまった。
話の流れや小道具に深い奥行きを与えられている分だけ、それが惜しい。
11.100名前が無い程度の能力削除
最初から魔理沙の日記だと信じて読んだので勘違いパチュリーにだいぶ笑いました。
「お前が言うなと言いたい」がツボでした。
シリアスだと思う人もいるようなので冒頭で仕組みばらしてもいいような気がします。
大変面白く読みました。
12.90名前が無い程度の能力削除
「深読みしすぎて暴走する」というネタは意外とありがちですが、これをここまで面白くした手腕はお見事です。楽しく読ませて頂きました。
13.100名前が無い程度の能力削除
ペロッ…これはドラえもんの暗号日記!
つまり、パッチェさんの深読み次第では人類が滅亡するところだったんだよ!
17.70名前が無い程度の能力削除
コメディだったら、もっと短くして欲しかった。
シリアスだと思って読んでて、肩透かしをくらった気分。
いえ、結構面白かったんですが。
18.90名前が無い程度の能力削除
MMR的展開は割と好きです。