「あなたが私に頼みごととは……意外ですね」
「そうでもないわ」
「いえ、初めてですよ」
「どうでもいいわ」
軽くあしらう。
私としては早く事を終えたかった。
「ほら咲夜、来なさい」
「突然どうしたのですかお嬢様?」
「いーいーかーら!」
目の前の天狗がカメラを構える。
どうもぎこちない咲夜に言葉を添えてやる。
「ほら、笑って」
「でもお嬢様……」
「天狗が困ってるわ。早くしましょう」
「いえ、私は別に構いませんが……」
「そう。なら少し時間をいただくわ」
「は……はあ……」
咲夜の視線を下げさせる。
身長の都合上、見上げるしかなかった。
咲夜が笑った。
「うふふ。お嬢様、かわいいですわ」
「うっさいバカメイド」
「はいはい……あら」
私は咲夜の手を握り、優しくそれを掌中に入れた。
決して恥ずかしいものではないのだけれど、願わくば見てほしくはなかった。
「これは……?」
「屋敷に戻ってから見なさい。さっ、撮るわよ」
ギュッと咲夜の手を背中から通して握った。
咲夜も握り返してくれた。しったりとあげた品を零さずに。
カメラの視線からは後ろにつないだ手は見えてないだろうか。
パシャリ。
空を切った閃光が灯った。
「終わりましたよー」
「私ってどうもシャッターライト苦手なのよね」
「そりゃ吸血鬼ですから」
咲夜の超にこやかな笑顔。
若干十七歳。若かった。
咲夜は優しすぎる。抱きしめたいくらいに。
写真を撮った理由も聞かない。
それは何よりも私を楽にさせてくれることだった。
私は怒る気なんて起きなかった。
そうだ、私は吸血鬼。
人間とは……違いすぎる。
「戻るわよ、咲夜」
「あ、ちょっとお待ちください」
咲夜がそそくさと後戻りする。
そして天狗にお礼金と紅茶を差し上げた。
どこまでも瀟洒なメイド……。
「戻るわよー。早く来なさーい」
「あ、待ってくださいお嬢様! お嬢様ぁ!」
そうだ。彼女は最後まで瀟洒だった……。
最期まで……。
「ふうん。それがその時の写真?」
霊夢が顎で私の持っている写真を示し、訊いた。
一枚の写真ーーたまたま引き出しをあさっていたら出てきたものだ。
忘れもしない。
「二十年前のよ」
「あなた全く変わってないわね」
「うっさいバカ巫女」
「どうせ私が死ぬまで幼児体型よ」
「うっさいだまれ!」
うーうーとはしゃぐ私に、すっかり大人になった霊夢が宥める。
肌の艶も元気もあの時よりかなり衰えていた。
今は博麗の巫女は次代に継がれている。
こんな歳ではさすがの霊夢でも妖怪退治の仕事が就かない。
その理由で数年前から霊夢は紅魔館に住んでいた。
なぜ次代・博麗の巫女と過ごさないのかと問うと、
「ハードルは高ければ高いほどくぐりやすいのよ。私だってちっちゃい頃、楽勝にハイハイでくぐったわ」
こればっかり言う。
霊夢も小さい頃、今の巫女のように暮らしていたらしい。
霊夢の持論は、霊夢にしかわからないのかもしれない。
あのとき、咲夜の運命の炎が消えかかっていた。
それは紛れもなく『死』の予兆。
あんなに元気だった咲夜も、写真を撮った数日後に息を引き取った。
とても悲しかった。
「残酷ね……。死因は?」
「そんなこと聞かないで。できれば優しかった咲夜だけを思い出したい」
「…………ごめんなさい」
それから数分間は眺めていた。
いや、私にとってそれは永遠だった。
いつまでも……。
私はあの時となにも変わっていない。
咲夜だって……きっと今頃……。
「あっ」
私は自然と泣いていた。
堪えても堪えても涙はあふれる。
写真が濡れてしまわないよう、しっかりと包んで、泣いた。
なんで……あれは二十年前のこと……。
「涙、拭く?」
「うっ……うう……」
霊夢がハンカチを渡してくれた。
花柄……銀色の花。
その手は血管が浮かび、もうあの頃の艶はない。
私は無言でハンカチを受け取り、涙を拭った。
拭いても拭いても拭いても拭いても……涙はあふれる。
写真がポロリ、と床に落ちた。
裏返しで涙溜まりに落ちる。
「咲夜……良い表情してるじゃない」
霊夢が写真を拾い上げて、涙を拭き取ってくれた。
少しふやけてしまっている。
「泣くんじゃないわよ。私だって……つらかったん……だか……ら……っ!」
霊夢も泣いてくれた。
流す涙は尽きたと思ったのに、また涙が増した。
嬉しかった……。咲夜のために涙を流してくれる人がいる……。
霊夢もハンカチを手にとり、目元を拭いた。
「自慢のメイドよ。とってもかわいいんだから」
「私だってピンピンしてたわよ」
「霊夢の百億倍よ!」
「そうね……本当にかわいかったわ……」
「…………えぇ」
そのあとも数分間は眺めていた。
そして写真を引き出しにしまった。
二十年前の記憶ーーまたいつか、蘇るだろうか。
ブスッと私はしてたけど、咲夜は瀟洒な笑みをカメラに向けていた。
私が誘ったのに……なんか申し訳ない。
戻れるなら、咲夜に抱きついて、ほっぺたスリスリして、また天狗に写真を撮ってもらいたい。
そして、『お嬢様』って、また呼ばれたい。
喜色満面の笑みでリスペクトされたい。
「ねえ、ところで咲夜になにを渡したの?」
「ただの紙よ。手紙」
「ふうん。なにを書いたのよ」
私は思い浮かべた。
今隣に咲夜がいたら、どんなに幸せだろう。
たぶん咲夜なら涙を拭いてくれて、『もう泣かなくていいですよ』と言ってくれるだろう。
叶わない夢ーー私は涙を拭った。
もう頬に涙の跡はなかった。
涙は流さなかった。
そう、咲夜と約束したんだ。
「『また会おうね』って」
「そうでもないわ」
「いえ、初めてですよ」
「どうでもいいわ」
軽くあしらう。
私としては早く事を終えたかった。
「ほら咲夜、来なさい」
「突然どうしたのですかお嬢様?」
「いーいーかーら!」
目の前の天狗がカメラを構える。
どうもぎこちない咲夜に言葉を添えてやる。
「ほら、笑って」
「でもお嬢様……」
「天狗が困ってるわ。早くしましょう」
「いえ、私は別に構いませんが……」
「そう。なら少し時間をいただくわ」
「は……はあ……」
咲夜の視線を下げさせる。
身長の都合上、見上げるしかなかった。
咲夜が笑った。
「うふふ。お嬢様、かわいいですわ」
「うっさいバカメイド」
「はいはい……あら」
私は咲夜の手を握り、優しくそれを掌中に入れた。
決して恥ずかしいものではないのだけれど、願わくば見てほしくはなかった。
「これは……?」
「屋敷に戻ってから見なさい。さっ、撮るわよ」
ギュッと咲夜の手を背中から通して握った。
咲夜も握り返してくれた。しったりとあげた品を零さずに。
カメラの視線からは後ろにつないだ手は見えてないだろうか。
パシャリ。
空を切った閃光が灯った。
「終わりましたよー」
「私ってどうもシャッターライト苦手なのよね」
「そりゃ吸血鬼ですから」
咲夜の超にこやかな笑顔。
若干十七歳。若かった。
咲夜は優しすぎる。抱きしめたいくらいに。
写真を撮った理由も聞かない。
それは何よりも私を楽にさせてくれることだった。
私は怒る気なんて起きなかった。
そうだ、私は吸血鬼。
人間とは……違いすぎる。
「戻るわよ、咲夜」
「あ、ちょっとお待ちください」
咲夜がそそくさと後戻りする。
そして天狗にお礼金と紅茶を差し上げた。
どこまでも瀟洒なメイド……。
「戻るわよー。早く来なさーい」
「あ、待ってくださいお嬢様! お嬢様ぁ!」
そうだ。彼女は最後まで瀟洒だった……。
最期まで……。
「ふうん。それがその時の写真?」
霊夢が顎で私の持っている写真を示し、訊いた。
一枚の写真ーーたまたま引き出しをあさっていたら出てきたものだ。
忘れもしない。
「二十年前のよ」
「あなた全く変わってないわね」
「うっさいバカ巫女」
「どうせ私が死ぬまで幼児体型よ」
「うっさいだまれ!」
うーうーとはしゃぐ私に、すっかり大人になった霊夢が宥める。
肌の艶も元気もあの時よりかなり衰えていた。
今は博麗の巫女は次代に継がれている。
こんな歳ではさすがの霊夢でも妖怪退治の仕事が就かない。
その理由で数年前から霊夢は紅魔館に住んでいた。
なぜ次代・博麗の巫女と過ごさないのかと問うと、
「ハードルは高ければ高いほどくぐりやすいのよ。私だってちっちゃい頃、楽勝にハイハイでくぐったわ」
こればっかり言う。
霊夢も小さい頃、今の巫女のように暮らしていたらしい。
霊夢の持論は、霊夢にしかわからないのかもしれない。
あのとき、咲夜の運命の炎が消えかかっていた。
それは紛れもなく『死』の予兆。
あんなに元気だった咲夜も、写真を撮った数日後に息を引き取った。
とても悲しかった。
「残酷ね……。死因は?」
「そんなこと聞かないで。できれば優しかった咲夜だけを思い出したい」
「…………ごめんなさい」
それから数分間は眺めていた。
いや、私にとってそれは永遠だった。
いつまでも……。
私はあの時となにも変わっていない。
咲夜だって……きっと今頃……。
「あっ」
私は自然と泣いていた。
堪えても堪えても涙はあふれる。
写真が濡れてしまわないよう、しっかりと包んで、泣いた。
なんで……あれは二十年前のこと……。
「涙、拭く?」
「うっ……うう……」
霊夢がハンカチを渡してくれた。
花柄……銀色の花。
その手は血管が浮かび、もうあの頃の艶はない。
私は無言でハンカチを受け取り、涙を拭った。
拭いても拭いても拭いても拭いても……涙はあふれる。
写真がポロリ、と床に落ちた。
裏返しで涙溜まりに落ちる。
「咲夜……良い表情してるじゃない」
霊夢が写真を拾い上げて、涙を拭き取ってくれた。
少しふやけてしまっている。
「泣くんじゃないわよ。私だって……つらかったん……だか……ら……っ!」
霊夢も泣いてくれた。
流す涙は尽きたと思ったのに、また涙が増した。
嬉しかった……。咲夜のために涙を流してくれる人がいる……。
霊夢もハンカチを手にとり、目元を拭いた。
「自慢のメイドよ。とってもかわいいんだから」
「私だってピンピンしてたわよ」
「霊夢の百億倍よ!」
「そうね……本当にかわいかったわ……」
「…………えぇ」
そのあとも数分間は眺めていた。
そして写真を引き出しにしまった。
二十年前の記憶ーーまたいつか、蘇るだろうか。
ブスッと私はしてたけど、咲夜は瀟洒な笑みをカメラに向けていた。
私が誘ったのに……なんか申し訳ない。
戻れるなら、咲夜に抱きついて、ほっぺたスリスリして、また天狗に写真を撮ってもらいたい。
そして、『お嬢様』って、また呼ばれたい。
喜色満面の笑みでリスペクトされたい。
「ねえ、ところで咲夜になにを渡したの?」
「ただの紙よ。手紙」
「ふうん。なにを書いたのよ」
私は思い浮かべた。
今隣に咲夜がいたら、どんなに幸せだろう。
たぶん咲夜なら涙を拭いてくれて、『もう泣かなくていいですよ』と言ってくれるだろう。
叶わない夢ーー私は涙を拭った。
もう頬に涙の跡はなかった。
涙は流さなかった。
そう、咲夜と約束したんだ。
「『また会おうね』って」
誤字?↓
しったりと
しっかりとかな?
撮ってきます。
そしてタグが卑怯((
タグ卑怯すぐるでしょう?
一つは何とかしてこの運命を捻じ曲げようと足掻く。もう一つはこの事実を受け止め、如何にして終わらせるかを考える。
今回は後者の物語だったのですが、最後の一文が実にずるい……勿論いい意味で。
短いながらも、主としての役目をしっかりと全うするレミリアの姿勢に心を奪われました。
親が取ってくれた小さい頃のアルバムには黒歴史で溢れていますが・・・ww
本当に感動しました
あとタグが卑怯ですwww