「パチェは、さ」
紅魔館。ただいまの時刻は午後3時。今日のおやつはミルフィーユ。
珍しく誰も客人のない大図書館にて、レミリアは読んでいた本をパタリと閉じながら、傍らのパチュリーに問いかける。
「しないでするものって、どんなものだと思う?」
「……随分と、難しいことを聞くのね」
「哲学書か何かでも、読んでいるのかしら?珍しい」
そう言いながら、ちらりと本からレミリアに視線を向けるパチュリーだったが、それもほんの一瞬。
興味ないわと言わんばかりに、すぐに本へと視線を戻し、すげないいつもの調子へと戻る。
「分からないわ。というよりも、当てはまるものが多すぎて、貴女が望んでいる答えが見えない、というのが正確な所かしら」
「どういう意味かしら?」
「そのままよ。普段から、何も意識しないで行っている行為は多いということ」
そこまで言ってから、ようやくパチュリーは自らの読んでいた本を閉じる。
その様子は、傍目には普段と何ら変らないよう見えるが、彼女と付き合いの長いレミリアには分かった。
これは、自分の発言に自信を持っているときのパチェだ、と。
具体的には、本を閉じる時の音が『パタン』ではなく『パタンッ』であった。
付き合いの長さ以前に、人間ではまともに違いを聞き分けられないかもしれない。
「例えば、日常生活における生理現象というもの。これだって、意識して行っているわけではないわ」
「あくびだとか、くしゃみとかいったものね」
「ええ。もっと言えば、生活反応そのものもそうよ」
「生活反応?」
「心臓を動かしたり、呼吸をしたり」
「ああ、そういうこと」
それはたしかにそうね、とレミリアは相槌を打つ。
「でしょう?他にも色々あるわ。見たり聞いたりも、必ずしもしようと思ってするものじゃない。見たくないもの、聞きたくないものでも、自分で意識しない内に、目や耳に入ってきてしまうことはある」
「うん。私も、フランが私のこと『あいつ』って言ってたらしいって聞いちゃったし」
「それも、本当はしないでもいいことなのに、たまたま聞いてしまったわけでしょ?
あるいは、恋だってそうね。『恋はするものではなく落ちるものだ』という言葉があるけれど、その言葉が確かだとするならば、これも意識しないで行われるものだと解釈できるのよ。だって、勝手に落ちちゃうんだから。要するに、私たちの日々というのは、こういった、意識しない物事の積み重ねの上に成り立っているのよ」
そこまで言うと、パチュリーは「すぅ」と息を吸い込んだ。
「つまり、そういったことを突き詰めれば、『生きていく』ということそのものが、ある意味では意識しないで行われているということになるわ」
言い切り、レミリアを見つめるパチュリー。
本人も気づいていないだろうが、これ以上ないドヤ顔である。
レミリアは、そんなパチュリーの表情を敢えてスルーし
「一瞬一瞬、さあ今を生きてやろうと考えて生きている者はいないというわけね」
「そういうこと。まあ、例外はあると思うけど……。さすが、理解が早いわね。レミィ」
「ふっ」とパチュリーは、満足気に一瞬微笑んでみせた。
珍しいなと思いながらレミリアがその様子を見ていると、彼女は何事もなかったかのようにいつもの様子に戻って、本を開きながら続ける。
「だから、貴女の問いに私は答えられないのよ。考えれば考えるだけ、答えの候補が多すぎるもの。今挙げたのだって、ほんの一例に過ぎないし」
「ふぅん。でも一応、この問題には確固たる答えがあるわよ?」
「分からなくてもいいわよ。おそらく答えはその本に書いてあるんでしょうけれど、そんな本を書いている者の考えなんて、私の及ぶところじゃないもの。こういう問題は、人の数だけ答えがあるものだし」
「つまんないわねえ、パチェは」
「はぁ」と大げさに一つため息をつくと、立ち上がるレミリア。
その顔には、明らかな呆れの色が浮かんでいる。
「ごちそう様」と一言告げて、彼女は歩き出した。
「あら、もう行くの?」
「ええ。日も陰ってくる時間帯だし、霊夢の所まで遊びに行ってくるわ」
「そう、行ってらっしゃい。晩ごはんまでには帰ってくるのよ」
「うるさいなあ……あ、それと、今日の問題だけど、多分いつかまた聞くからね。その時までには、答えをまとめておいて頂戴」
「善処するわ」
相変わらず、聞いているのかいないのか、本から視線を返すことなく答えるパチュリー。
いつもの事で、咎める気もしなかったレミリアは、そのまま図書館の出口へと向かう。
その途中、たまたま本を整理していた小悪魔を見かけたレミリアは、小さな声で彼女へ話しかけた。
「ねえ小悪魔。何でも知ってるように見えるパチェにもさ、結構見えてないものがあると思わない?」
「そうですね。毎日一緒に居ても、私の気持ちには微塵も気付いてくれていないようですし」
「……大変なのね。悪かったわ」
「そんなに難しいことじゃないんだけどなあ」
長い廊下を歩きながら、再び先程の本を開くレミリア。
その顔には、何とも言えない微苦笑が浮かんでいる。事情を知らない者が見れば、何があったのだろうと不思議に思うかもしれない。
だが、レミリアからしてみれば、思わず笑ってしまっても仕方のない話だろう。
(面白かったから、別にいいんだけどね)
パチュリーは、どんな問題に対しても根っからの真面目な姿勢を崩さない。
だからこそ、今日たまたま本で見た様な、あの手の問題を出すにはピッタリの相手だと、レミリアは考えていた。
そして、事実パチュリーの言動は、レミリアを大いに楽しませることになったのだ。
(まあ、最終的に解答を出してくれなかったのは、率直に言って不満だったけど)
さて、今度この答えを教えてやったら、あの魔女はどういう顔をするだろうか。
「くだらない」と一笑に付すか。あるいは羞恥に頬を染めるか。
(アレが恥ずかしがってる様子なんて中々見れないからね。ま、どのみち、どんな反応をするか見ものだわ)
「にたぁ」と悪い笑みを浮かべるレミリア。その様子は、まさに悪魔と呼ぶに相応しいものであった。
(そういえば、こうやって足を交互に出すのも、一々意識はしないことよね)
何気なく歩きながら、レミリアは考える。
『どこに向かって歩く』までは自分で意識して行うものだが、わざわざ『今左足を出しているのだから、次は右ね』などとは考えない。
なるほど、たしかに生きていくというのは、パチュリーの言うように、意識しない物事の上に成り立つものでもあるのだろう。
そんなことを思いながら、レミリアは一人廊下を歩き続けていく。
(まったく、本当にパチェは。……いつだって、私の期待以上のことを言ってのけるんだから)
今度はまた、今日とは別の問題を出してみようか。パチェが一体どんな答えを出してみせるのか、楽しみだ。
ふと、レミリアの顔に、先程のものとは違う優しい笑みが広がる。
彼女がそんな表情を浮かべたことに気付いた者は、彼女自身も含めて、ただの一人もいなかった。
そして霊夢すげええ
でもそんなレミパチュの関係が好きです
お見事でした。次回作も楽しみに待ってます!!
ある意味パチュリーはド真面目なんですなぁw
点入れ忘れました
いやぁ、面白かった。
こういうノリをサラッと描けるのはセンスなんでしょう。
スゲーなぁ、羨ましいなぁ。
小悪魔頑張れ