※この作品は一部「キテレツ大百科」のパロディを含みます。ご注意下さい。
また、挿絵がありますのでPCもしくはスマートフォンからの閲覧を推奨いたします。
夏真っ盛りの妖怪の山では、虫たちの声が耳をつんざきます。
ミンミンミンミン……シャワシャワシャワ……。
そんなざわざわと青い匂いが充満する山の中腹にある滝の近くに、秘密の場所がありました。
崖が窪んで出来たその薄暗い場所は、夏の焼けるような日差しを遮り、川からやってくる涼しい風がサァっと吹き抜けるのです。
避暑をするのに絶好の場所であるそこは、近くに住む河童と待機中である白狼天狗の溜まり場になっていました。
そこでいつものように二人で将棋をする姿がありました、河城にとりと犬走椛です。
しかしどうやら、仲良く将棋をしているという訳ではなさそうです。
椛はむしゃくしゃとした表情で、耳をピクピク、尻尾をパタパタ、足をゆさゆさ……とても虫の居所が悪そうです。
対するにとりも何だかふらふらとしていて、イライラとする椛の前でしきりにあくびをしています。
「ふぁーぁ……。椛、今日はいつにも増して不機嫌だね」
大将棋の盤面から目をそらさずに、にとりはあくびをしながら言います。
「……私はいつも不機嫌ですか?」
盤面を見つめているにとりを睨みながら椛は吠えました。
にとりは細かい所に突っ込むなあと苦笑いします。
「とりあえず……何かあったの?」
「別に……」
会話が続かず、じっとりと空気が止まります。
大将棋の方も膠着状態、夏の午後のゆっくりとした時間が静かに流れていきます。
せっかく涼しい場所に居るのに、これでは何だか暑く感じてしまいます。
そんな空気に耐えかねたにとりは、思いついたように椛に質問をぶつけました。
「そう言えば昨日の夜、山の中腹にある封印が施された石窟で事件があったって話だけれど。その話、詳しく知らないのかい?」
にとりとしてはこの件についての話をずっと椛から聞きたかったのだけれど、椛はここに来た時からずっと不機嫌だったので聞くに聞けなかったのです。
話題も無くなりこれからもずっと不機嫌なら、もういっそ今聞いてしまおうとにとりは考えたのです。
にとりの質問に対し椛は、ややあってから不機嫌な表情を崩さずに口を開きました。
「……知ってる限りの事なら話せますけど、期待しているような内容じゃありませんよ?」
「おー、聞かせて聞かせて!」
にとりが将棋盤から身を乗り出してそう言うと、椛は「仕方がありませんね……」という面倒くさそうな表情をします。
「表向きは宝物庫として使われていた石窟から全ての宝物が盗まれたと言う話ですけど……」
「表向き……というと?」
「事件時の仲間の哨戒天狗から受けた報告に、その盗難事件の直後に石窟から飛び出した妖怪が山を降りていったという情報がありました。でもそれに関しては、上の天狗達は何も言っていませんけど」
「実はその石窟には、妖怪が封印されていたって事なのかな」
「というもっぱらの噂です、それに……逃げ出した妖怪に襲われて……おそらく食べられた人間がいるという報告も受けました」
「人喰い……?」
「ええ、生々しい叫び声を聞いた仲間が沢山いますから、間違いは無いと思います。結局その襲われた人の亡骸は確認されなかったので……封印から解かれたばかりの妖怪が、力を取り戻す為に近くに居た人間を丸呑みにしたんじゃないですかね」
「人間が妖怪の山……しかも一番危険な夜に居るというのも不思議な話だけどねー」
「でも確か……その叫び声があった場所で、けいたいでんわという外の世界の道具が見つかっていますから、外の世界の人間だと思います」
「うーん……外の世界の人間が偶然そこにねぇ……」
「結局の所、真相は誰も知りませんよ。私が知っているのはこの限りです」
「椛は昨晩の警戒中に、何も見なかったの?」
「……っ!」
にとりの質問に、椛はわかりやすく表情を変えました。
目を丸くし、眉間にしわを寄せて、口をへの字に変えました。
「何も……見てませんよ」
「椛は嘘つくの下手だね。それが可愛いんだけどね!」
「んなっ……! 私は別に嘘なんか……」
にとりは切り札と言わんばかりに、盤面から顔を上げて椛の目を見据えて言います。
「文と何かあったんだよね?」
「……っ」
一瞬の静寂あと、椛の耳の毛がフサフサと逆立ち、ワサワサと膨らんだ尻尾をバンバンと地面に何度も叩きつけます。
ギリギリと、犬歯が見えそうな表情をした後に、搾り出すように呟きました。
「別に、あ……文さんと、なななな、何もありませんよ」
「いやいや、隠そうとしたってこの河童の目はごまかせないよ! というか分かりやすすぎるよいくら何でも!」
そんなにとりの渾身の突っ込みも、椛はギリリと歯を食いしばるようにして聞き流してしまいます。
にとりは、ふぅと呆れたため息を付いてから気を取り直して続けます。
「さてさて……そんな悩める椛にぴったりの発明があるのさ!」
椛の返事を待たず、にとりはいつも背負っているリュックサックをごそごそとあさり始めました。
「名付けてー、超電磁パワーストーン!」
てーってれーってててててー♪ ディンドン♪ と、にとりは口で効果音を言います。
その姿に椛もドン引きのようです。
「ふふふ、徹夜してニテレツ大百科に載っていた道具を再現してみたの」
「そんな怪しげな物を売りつけようと言うつもりなのですか」
「いあいあ、売りつけるなんてとんでもない。ついさっき完成したばかりでね、使ってくれる人を探していたんだよー」
「使うって……道具ですか、それ。どう見てもただの石ころですけど」
椛が訝しげにそう尋ねると、にとりは待ってましたと言わんばかりの笑顔を返します。
「実はこれ、ただの石ころじゃありませーん! 何と、使用者が叶えたい願いをすぐさま叶えてくれる超凄い道具なんです!」
「……」
「あれー、どうしたの椛? 凄いと思わない? 願いが叶っちゃうんだよ? しかも、即効性あり!」
「どう考えても……怪しいですよね」
「まぁまぁそう言わずにさ。是非使ってみてよ。一回使ったら、この凄さが絶対分かるって」
にとりのそれは、霊感商法の詐欺師のような雰囲気を醸し出しています。
「そこまで言うなら……使ってもいいですけど、でも本当に願いを叶えられるんですか?」
「自分の力で掴み取れる事であれば可能な限り実現してくれるはずだよ」
「……それって凄い事じゃないですか?」
「何度も言ってるじゃないか。凄い発明さ! ただねおみくじで大吉を引くだとか、地面を掘って埋蔵金を見つけ出すとか、運が大きく関わる事象は叶えられないよ?」
「何だか、曖昧なんですね」
「まー、私自身作ったばかりでどういう動作するか分からないから、そういう意味も含めて使ってみて欲しいのさ」
「実験台になれって事ですか……」
「そうそう。そういうこと! というかそもそも……」
「そもそも……?」
椛がそう問い返すと、にとりはしまったという表情をしてから、言い直します。
「あ、いや!? やっぱなんでもない。椛が適任だと思ったって事さ」
「自分で使ったらいいじゃないですか」
「ほら、何かあったら嫌だし」
「私だったらいいんですかー!」
「あははは」
にとりはひとしきり笑ってごまかした後「さて……さっそく使ってよ椛」と椛の右手を無理やり掴んで、その石ころ(超電磁パワーストーン)を握らせました。
「えっと……使い方は?」
「握りしめて、願いを呟くだけ。余計なスイッチとかは隠してあるからね。ユニバーサルデザインだよ!」
「うー、いきなり願いって何を言えばいいのやら……」
「とにかく今、叶えたい事でいいんだよ。些細な事でいいからさ」
「それじゃ……射命丸文さんと……話がしたい」
椛がそう石ころ(超電磁パワーストーン)に向かって呟くと、握りこんだ指の隙間から青白い光が漏れ出します。
椛は驚いて「チェレンコフッ!」とギリギリなリアクションをしてしまいます。
「神秘的な雰囲気を出したかったから、無駄に光るようにしてみました。ついでに喋ったりもするよ!」
「……悪趣味ですね」
椛がそう言った後、ややあってから石から響き渡るような声がします。
「ジツゲンカノウデス。ドチラノシャメイマルアヤサンデスカ。シテイシテクダサイ」
どちらの? というのはどういう意味です? と椛は首をかしげます。
「あー……あはは、そうか。名前だけじゃ駄目か……」
にとりは言いながら、椛の手の中から石ころ(超電磁パワーストーン)を取り返すと、カチャカチャと忙しそうに操作しはじめました。
「えーっと、この射命丸文にセットしてっと」
椛には、にとりが一体何をしているのかさっぱり理解できません。
「これでよしっと、ごめんごめん。試作品だからね、早速エラーが出たよ。でもこれからは、フルネームじゃなくて文さんって言うだけでも通じるからね」
そう言って、また石ころ(超電磁パワーストーン)を椛の手のひらに乗せました。
そしてまた石ころ(超電磁パワーストーン)は青白く輝くはじめたのです。
「マスター、リョウカイシマシタ。データウワガキカンリョウ」
「デハサキホドノメイレイヲ、ジツゲンカイシシマス」
石ころ(超電磁パワーストーン)がそう言い終わった直後、椛はピリピリと身体が痺れました。
全身の感覚がふわふわと、何だか宙に浮いているようになります。
するとどうでしょう、次の瞬間には意思とは関係なしに空を飛び始めたのです。
「え、あれ? ちょっと、身体が勝手にーっ?!」
「あはは、いってらっしゃーい」
浮かび上がってどんどん遠ざかっていく椛に、にとりは満面の笑みで手を振るのでした。
※※※
椛の意志とは無関係に、身体は何処かに向かって空を飛び……直進していきます。
どうやら向かってる先は……、昨日盗難事件があった場所。妖怪の山中腹にある封印の石窟のようです。
この辺りを担当している哨戒天狗の部隊が、いつもよりも厳重な警戒態勢で空を監視しているのが見えました。
椛は持ち場ではない警戒区域に足を踏み入れてしまったので、哨戒天狗達に睨まれてしまいます。
「あはは、お勤めご苦労様ですー」
身体の制御がききませんから、椛にはそう言ってごまかす事しか出来ません。
もしも「……そこの、怪しいから止まれ!」とか言われたら、どうしても止まれないので問答無用で真っ二つにされても文句は言えません。
そんな状況だったので、椛は冷や汗が止まりませんでした。
「そっちも大変そうねー。お互い頑張りましょう」
笑顔でそう言ったのは、そこの部隊のリーダーの白狼天狗です。
椛も昨晩は大天狗様の支持のもとで現場の警戒に当たっていましたし、妖怪の山では真面目で優秀な白狼天狗として通っているので特に怪しまれる事もありません。
……それどころか笑顔で手を振ってもらっちゃいました。
「日々の行いって……大切ですね……」
そして……その封印が解かれてしまった石窟の前に辿り着きました。
夏なのに薄ら寒く、暗い暗いその中に足を踏み入れようとした時に初めて椛の身体が自由になったのです。
「あ、やっと動ける……ふぅ、一体何なのこの石ころ(超電磁パワーストーン)……」
「あやや? 椛じゃないですか」
「きゃうんっ?!」
薄暗い石窟の中から突然名前を呼ばれて、椛は転びそうなほど驚いてしまいました。
石窟の奥から人影が近づいてきます、それは椛が会いたいと願った人物。射命丸文でした。
「あ……文さん」
「椛も今回の事件についての調査ですか」
「いや、別にそういう訳じゃ……」
文は何か閃いたように、パァッと明るい表情で言います。
「椛、今お暇ですか? もしお暇でしたら、ちょっと取材に協力して欲しいのですが」
椛はその言葉に、嬉しさと同時に言葉に出来ない嫌な感覚が込み上げてきました。
、感情を抑えきれず不快感をあらわにしてしまい、ギリっと奥歯を噛み締めます。
「はぁ? 何寝ぼけた事言ってるんですか」
「あややぁ?!」
文は予想だにしていなかった椛の返答に、驚きを隠せません。
そんな文をよそに、椛は続けます。
「文さんは、私が居ると足手まといなんでしょう?」
「えーっと……私、そんな事言いましたっけ?」
「言いました。もう忘れたと言うおつもりでしょう?」
文は椛の態度に、たじろいでしまいます。
「そんな訳で、私は忙しいので失礼します」
文の返答をも待たず、椛はそう言って石窟の外へと飛び出してしまいました。
「ちょっ椛、待ってー!」
文の引きとめる声も無視して、椛はさっさといなくなってしまったのです。
「うーん……無意識のうちに傷つけてしまっていたようですね。はぁ、困りました」
妖怪の山の上空で、椛は自分の頭をぐしゃぐしゃと引っ掻き回していました。
「うーわーーー! 私は、そういう事を言いたかったんじゃないのにー!」
しかし椛としても、文がもう忘れたという態度だったのが気に入らなかったのも事実です。
椛は……本当はちゃんと話をして、その上で取材を手伝わせて下さいと言うつもりだったのです。
それなのに一時の感情に振り回されたせいで、余計に文との距離が遠くなってしまいました。
「一緒に取材するチャンスだったのに、一緒に居られると思ったのに……。文さんから誘ってくれたのに」後悔がワッと溢れてできます。
そんな行き場の無いモヤモヤとした感情で、椛は手を足を尻尾を耳をバタバタとさせました。
「うう……せっかく願いが叶ったのに……あっ」
椛はそう言って、ずっと握りしめていた石ころ(超電磁パワーストーン)に目をやりました。
「そうだ……これを使えば……」
椛はすぅっと深呼吸してから、自分が何を叶えたいのか頭の中で整理しました。
そして意を決して石ころ(超電磁パワーストーン)に願いを吹き込みました。
「文さんと仲直りして、一緒に……取材がしたい! ついでに文さんに優しくされたい!」
「ジツゲンカノウデス。ジツゲンカイシシマス」
瞬間に、身体がビリビリとしびれます。さっきよりも強く痺れたので勝手に耳と尻尾がピーーンッとそり立ちました。
そしてまた、椛の意志を無視するように身体が動き始めたのでした。
※※※
文は事件の真相を解き明かす為に、朝からずっと石窟を調べていました。
上層部の一部の大天狗達は今回の件で躍起になっていて、盗みを働いた犯人を見つけ出せと怒り狂っているのです。
しかしながら肝心の、盗まれた物については大天狗達も語ろうとしません。
彼らは「宝物庫として封印を施して使っていた石窟から、すべての宝が奪われたと」という情報しか伝えないのです。
しかしながら、明らかにそれだけではない目撃情報と痕跡がある事を文は調べ上げていました。
調べれば調べるほど疑問が次々に浮かぶ事件、だから文は自然と笑みが溢れるのです。
「こんな面白い事件、誰かに真相を暴かれる前に私が記事にするべきなのです!」
と意気込んでみたものの、ある程度の情報を仕入れてからと言うもの、取材はこれといって進展はせずにずっと平行線のままでした。
「椛が居てくれれば、千里眼の力で……何かヒントを見つけてくれると思っていたのですが……」
一人でつぶやき、文は気の抜けたため息をつきました。
先程の椛の態度……心当たりが無いとは言い切れないので、文は心苦しくなります。
「こうなったら土下座してでも、許してもらうべきなのでしょうか。いやしかし、それでは記者としてのプライドが……」
「文さん!!」
「あやっ?!」
文が驚いて石窟の入り口を見ると、立ち去ったはずの椛が再びそこにいたのです。
そして椛は凛とした表情で文の前へと歩んだとと思ったら、なぜか空中に少しだけ浮きあがります。そして空中で正座をしたのです。
「やっぱり私、文さんと一緒に取材がしたいです! さっきは申し訳ありませんでしたぁああ!!」
そう言って椛は、空中で正座をしながら地面に向かって両手を付き出し、頭を地面にぶつけながらダイナミックにかつ、アクロバティックな土下座をしたのです。
しかしそれで土下座は終わりません「お許し下さいー! 仲直りいたしましょうー!」椛はそう叫びながら、頭を軸にして逆さのまま、その場でギュルギュルと回転しはじめたのです。その姿はまるで荒ぶる流し雛のようです。
回転速度は次第に上がっていき、振り回される椛の尻尾が空気を切り裂きフォンフォンと音を奏で始めます。
あまりの回転の速さに幻想郷最速である文の眼を持ってしても、椛の姿をとらえる事が出来ません。
「ぼべぼぼばびんぼぼべばばぼべぶっっ!!」
これこそが真の土下座なのです! という叫びが聞こえてきそうな状況ですが、回転速度が早すぎてもはや椛が何を言っているのか、文には聞き取れませんでした。
やがて回転もゆっくりになり椛の姿を確認できるようになった頃に、全身を地面に叩きつけるようにしてアクロバティック大回転土下座は終わりました。
「ちょっと、椛……椛?」
椛は白目を向いて、ビクンッビクンッと小さく動きます。
ややあって、椛はハッと意識を取り戻しました。
「や……やっと……動ける……、うぷっ……」
身体の自由と意識を取り戻した途端、椛は強烈な吐き気に襲われたのです。
顔を真っ青にしながら、椛は必死に胃の底からこみ上げてくるナニかをこらえます。
「椛の気持ちは……よく伝わりました。本当は悪いのは私のはずなのに、こんな事させて……本当にごめんなさい」
「文さん……うぷっぷ……」
「あはは、ちょっと頑張りすぎですよ。風当たりが良い場所で、休憩しましょう。ほら、椛。立てますか?」
「おえっぷ(すみません)」
石窟から少し歩いた木陰、そこで椛は文の膝を枕にして介抱されていました。
椛としては恥ずかしかったのですが、気分が悪すぎてどうにも出来なかったのと文さんの膝枕が心地よかったのとで、青白い顔を赤くしながら静かに目を閉じて休息しました。
「椛、落ち着きました?」
「はい、おかげさまで……」
小一時間ほど休憩をすると、椛の先程までの吐き気もどこかへ吹き飛んでいました。
「文さん、すみません。こんな事までしてもらって……」
「あやや、さっきの土下座にはちょっとびっくりしましたけど……本当は悪いのは私の方ですから。椛が気にする事じゃありませんよ」
文さんがはにかんでそう言うと、椛は心の奥が熱くなるのを感じます。
その感情が何なのか考えようとすると、顔が真っ赤になってしまうので、椛は自分の考えを振り払うように力強くブンブンと頭を横振りました。
「さてさて……椛も元気いっぱいになった事ですし、さっそくですけど取材の方、手伝って貰えますか?」
「喜んでっ!」
二人は立ち上がって笑いあうと、再び石窟へと歩みはじめます。
結果的に……椛の願いは叶いました、石ころ(超電磁パワーストーン)の効果は凄いと椛は実感したのですが……。
仲直り出来たし、取材も一緒に出来るし、優しくされた。一応すべて実現されたのです。
しかし椛は文の後ろを追いながら「解せぬ……」と小さく呟くのでした。
※※※
再び石窟の前に着くと文は「もうたっぷり調べましたから」と中には入らず、その外観をなめまわすように見ながら言います。
「石窟を調査してた時なんですけど、大天狗様から派遣された調査隊とやらが来て、色々と面白い話を仕入れたのですよ」
「それって……もしかして妖怪の目撃情報ですか?」
「さすが椛です、もう知っていましたか。ただ……その妖怪の件ともう一つ、ちょっと不思議な情報がありましてね」
褒められて椛の尻尾が無意識にパタパタと揺れ動きます。
「と、いいますと?」
「昨晩、事件が起きる少し前……この周辺の見回りをしていた天狗が、石窟を塞いでいた大岩の隙間から漏れる青白い不思議な光を見た……という話です。それも1回では無く、2回……」
「それは私……初めて聞きました」
「ここからは私の推測なのですが……、石窟に施されていたあの大天狗様の封印を簡単に破れると思います?」
文は得意げな顔で指をピンッと立てて、くるくると宙を掻き回すような仕草をします。
「いやいや……封印をした本人ならまだしも、打ち破ろうとしたら大規模な術式を使わないと無理……なんじゃないですか?」
「しかし、そんな大掛かりな準備をしていたらすぐに見つかって御用ですよね?」
「当然、そうでしょうね。私達、哨戒天狗だって不審者を見つけたら黙ってませんから」
「でもどんな強固な結界でも『宝物を守る為だけ』の術式だったら内側からの力には弱いんじゃないかと、私は思うのです」
「犯人は内側から? という事ですか……でも、それだと妖怪の件との辻褄が合わないんじゃないですか?」
椛がそう言うと、文は「確かにそうですが」と小さく呟き、続けて言いました。
「妖怪を封印していた石窟ならば、施されている術式も内部からの力を封じるようにびっしりと作られているはずなんですよ……ただ私が先程調べた限りでは、そのような封印の後は見られませんでした」
「分からなくなってきました……。つまり、ここの封印は大天狗様の言っていた通り、宝物を守るためだけの封印だったんですよね? だったら正体不明の妖怪の目撃情報が沢山出ているのは一体……。そんな目立つ妖怪なのに石窟の封印が解かれてからしか目撃されてないんですよ? それに犯人はどうやって結界の中に入り込んだんですか?」
椛は次々に湧き上がる疑問をすべて文にぶつけます。
「ふふふ……それはですね。いいですか……椛」
すると文はいよいよという表情で言いました。
ごくりっ……と椛の喉がなります。
「私にもさっぱり分からないので、椛の千里眼に頼ろうかなと思っていたのです!」
※※※
石窟の外に出て、椛は目を閉じて千里眼の力に意識を集中しました。
心を静め、意識を暗くしていくと、次第に風が自分の眼のようになるのです。
それで幻想郷の全てを見渡す事ができる、それが椛の能力なのでした。
「その走り去った妖怪を見付け出せれば早いのですけどね。まずはこの石窟から続いている跡を辿って貰えますか?」
文が指した方向には、まるで岩が斜面を転がったようにぽっかりと木々が消え去っており、山を降りる道が出来上がっていたのです。
「この跡をずっと追っていけばいいんですね」
「その先までは私も確認済なんですが、途中で川になってから痕跡が一切ないのですよ」
椛も千里眼でその強引に作られた道を進みます。
やがて視界が開けて、川へと辿り着きました。
「確かに川に入り込んだような跡を最後に……途絶えてますね……」
「川を使って妖怪は山を降りたのは間違いないはずです」
「椛には、川の底を含めて川周辺を徹底的に調査して欲しいです」
「分かりました」
椛は千里眼を続けて、どんな小さな痕跡も逃さぬように集中を続けましたが、全く手掛かりになりそうな物は見つかりません。
「にとりさんが住んでいる家の近くまで見ましたが……特にこれといって……変わった所はありませんね」
「そう……ですか」
「仮に川を下りて突き進んだとしたら、にとりさんを含めあの辺りで暮らしている河童達が気がついているはずですよね? でも私、今日にとりさんと話をしましたけど、特に変わった所は無かったみたいですけど」
「あややや……、陸に再び上がった痕跡も無いのですから……はてさて……」
「川に入ったあと、しばらくしてから空を飛んだという可能性は?」
「だとしたら石窟から出た時に、わざわざ木をなぎ倒して進まず、はじめから飛んでいたのでは無いのでしょうか?」
「うーん、でも山の木々に紛れて逃げられた方が、私達哨戒天狗としては見つけにくいですから……あえて川まで森林を抜けていったのかもしれません」
「なるほど……だとすると封印されていた妖怪は結構な知能があったという事になりますね」
「ふぅ、結局……進展は無しです……ですよね。すみません」
「いえいえ、椛が謝る事ではありませんよ」
千里眼を解くと、気を落とした文の表情が椛の視界に飛び込んできました。
それを見て、椛はとても申し訳なくなってしまいます。
どんな小さな事でも何か手掛かりは無かったかと、椛は先程千里眼で見てきた光景を思い返します。
「あ、そういえば。気になった事としては……その妖怪が通り過ぎたあとの木々は、真っ二つに切り裂かれていますよね」
「あやや? 確かに、言われるまで気が付きませんでした。という事は体当たりでなぎ倒したわけではなく、障害になる木だけ切り裂きながら突き進んだ。という事になりますね」
「素早く逃げながら目の前に立ちふさがる木を切り裂いて突き進むって……結構、凄い芸当……ですよね」
「お手柄です椛。ふふふ……かなり危険な妖怪……と言う事が分かりましたね」
言って文は、落胆したように長い溜息をつきました。
椛は心が苦しくなります……役に立ちたいのにまったく役に立ててない自分がもどかしくて仕方がないのです。
「文さん、ちょっと待ってて貰えますか?」
「はい? いいですけど……もよおしてしまったのですか?」
「ちっ違います! 文さんのバカー!」
椛は文が居る場所から数歩だけ離れた木の陰に隠れると、そっと石ころ(超電磁パワーストーン)を取り出しました。
「またこの石ころ(超電磁パワーストーン)に頼るのは嫌だけど……効果は確かだし……」
椛は両手で石ころ(超電磁パワーストーン)を握りしめて、文に聞こえないようにそっと言いました。
「お願い、この事件の重要な手掛かりを下さい!」
椛の願いを聞き届けたと言わんばかりに、両手から青白い光が溢れ出します。
「ジツゲンカノウデス。ジツゲンカイシシマス」
びびびっと痺れると、ふんわりと身体が自分のものでは無いような感覚になります。
そしてまた身体が勝手に動き始めました。
文が居る場所とは違う方に向かいはじめたので、椛は慌てて叫びます。
「文さーん! 重要な手掛かり見つけました! 私の後を付いてきて下さい!」
※※※
椛の身体がたどり着いたのは妖怪の山のはずれにある、ひっそりと木々に寄り添うように建っている一軒家でした。
広大な山の中には鴉天狗の家が所々に隠れるようにして建てられていて、この家もそのうちの一軒なのです。
「重要な手掛かりって……ここは、はたての家じゃないですか」
文が驚いたような、呆れたような、どっちつかずの表情で言いました。
「えーっと……多分、はたてさんが何か重要な手掛かりを握ってるんだと思います」
「思いますって、また随分と曖昧ですねー」
そう……椛が石ころ(超電磁パワーストーン)に導かれてやってきたのは……姫海棠はたての家だったのです。
「確かに、はたての念写能力だったら……思いがけない情報を仕入れている可能性がありますね」
言いながら文が扉をノックしました。
しかし、しばらく経ってもはたてが出てくる気配はありません。
「椛、中にはたて……居ますよね?」
「ええ、居ますね。間違いなく」
文は何度も何度も何度も、しつこくノックをし続けます。それでもはたては出てこないのです。
コンコン――コンコンコン――
やはり、はたては出て来ません。やがて文は「幻想郷最速のノックを見せてあげましょう」と言い放ち、ドドドドドドドドドというノックとは到底思えない音に変化しました。
もうすぐ扉が耐え切れずに木っ端微塵に吹き飛んでしまうんではないのかという頃。
「うるっさいなぁー!! もう! いきなり何よ、押しかけて!」
あまりの轟音に耐えられなくなったのか、ついにはたてが乱暴に扉を開いて顔を出したのです。
「あやや、やっと出てきましたね。引きこもり中失礼します、ちょっと取材にご協力をして頂きたいのですが」
「ははーん? 例の事件に関する事ね?」
「ほほう、話が早いですね。という事は……掴んでるんですね。手掛かり……」
にやぁと文はいやらしい笑みを浮かべます。
それに対してはたては、ふふんという得意げな表情です。
「ええ勿論。私の念写がバッチリと昨晩起きた事件の概略は掴んでいるわよ」
「おお、さすがははたてですね! 是非、情報提供を!」
「すると思う?」
「ですよねー……」
文はまたしてもがっくりと肩を落とします。
この時、実を言うと……椛の身体はまだ自由になっていませんでした。
ここに来たときから勝手に千里眼の能力を発動させたりと、石ころ(超電磁パワーストーン)はやりたい放題です。
文とはたてのやり取りを聞いてる間も、身体を動かそうと必死だったのですが喋る事しか許してくれませんでした。
そしてはたてが「誰があんた達に情報提供するもんでんすか! あはははは」と高笑いした時、椛の身体がまた動きだし自分の意思で喋る事もできなくなってしまったのです。
「まあ、どうしてもと言うならね……交換条件として――」
はたてが何かを言いかけている時、椛ははたてに歩み寄ります。
「ちょっと文さん、はたてさんと二人だけで話させて貰えませんか?」
「おや? 分かりました。少々時間を潰してきましょう」
文は言うと、旋風を巻き起こしながら空へと飛び上がりました。
あえて大げさに距離を取るのは、文は二人の会話に水をささないという思いの現れなのでしょう。
「ちょっと、人がせっかく情報を提供してあげても良いって言おうとしたのに……」
「でもそれって、ろくでもない交換条件なんですよね?」
椛がそう言うと、はたてはフンッと鼻をならします。
はたては急に鋭い目付きになり、椛を挑発的に睨み付けます。
「それはそうと、二人だけで話がしたいってまさかアンタ……」
はたては最後までは言い切らず、椛の出方を伺っているようでした。
「はたてさん、文さんがノックしているのに出てくるの……随分と遅かったですね」
「え? 何? そこの話?」
はたては何故だか、拍子抜けという表情をして「そんなの面倒くさかったからに決まってるでしょう?」と、小馬鹿にするように言いました。
「でも、ここから見える限りだとお家の中、凄い綺麗になってますよね」
「そ……そりゃぁ、いつだって自分の家くらい綺麗にしているわよ」
「これなら、私達をお部屋に招き入れても恥ずかしくありませんよね」
「ちょっと椛……何がいいたいの……?」
「あの短時間とは言え、押入れにすべてを押し込む事で掃除を完璧にこなすとは、さすがははたてさんです」
「……っ」
「私達が訪れた時なんて……とても見てられないくらいの地獄絵図だったのに……なんという事でしょう、今ではリフォーム仕立てのようにスッキリしてるじゃありませんか!」
椛が意思とは関係なしに発する言葉の意味を、椛は身体の自由がきかないながらも分かっていました。
先ほど、千里眼の能力を勝手に発動した時に、ゴミや洗濯物、洗っていない食器にまみれた、はたての部屋をしっかりと見てしまったのです。
「……くふっ、椛。能力で見てたのね……くう! プライバシーについて考えなさいよあんたー!」
「情報提供が無いのなら、このまま私と文さんは二人で取材に戻りますけど。せっかく片付けたはたてさんのお部屋には入らずに。二人でまた取材にいっちゃいますよ?」
はたての目尻がヒクヒクと小刻みに動きます。
そんな事も構わず、椛は自分の意思とは関係なく勝手に話を続けます。
「……はたてさんも、久しぶりに来た私達を招き入れてくれるつもりだったんですから、交換条件なんか出さずに、ここは穏便にいきましょうよ」
「なんで椛なんかにそんな事言われなくちゃならないのよ!」
くー、とはたては地団駄を踏みます。
そんなはたてに、椛はさらに追い打ちをかけます。
「別に私は文さんに、はたてさんのさっきまでの家の惨状を報告してもいいんですよ?」
「椛……言うようになったじゃない……。あああー! もう! 分かったわよ、情報提供すればいいんでしょう! その代わり、私の家でゆっくりしていくがいいわ! また何度でも来たくなるほど丁重におもてなししてあげるわよ!」
はたてとの話に決着がついて、やっと椛の身体は束縛から開放されました。
「う……動けるっ! というか私、こういうキャラじゃないのにぃいいいい!!」
「なっいきなり、どうしたのよ椛……」
「はたてさん、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ、そういうつもりじゃなかったんです!」
「椛、あなたしばらく見ないうちに雰囲気変わったと思ってたら、また急に戻ってるわね。いや、まぁ……何かよく分からないけど、その件は絶対に文には言わないでよ?」
「もちろんです!」
「あと一つ、どうしてもはたてさんに言わなければならない事が……」
「今度は何よ? まさかやっぱりあの話について……なの?」
「決して、見るつもりは無かったんですけど、はたてさんの着替えもバッチリ……」
思い返して椛は顔が熱くなりました。
勝手に発動した千里眼の能力は、そう……はたての全てをまるっとお見通ししてしまっていたのです。
「ななな……っ」
それを聞かされたはたても、耳まで真っ赤になりました。
「ふふふ。椛……。責任をとりなさいよね」
「えっえっ?! せっ責任ですかっ?」
はたては、笑顔で椛の両肩を掴みます。
そして小さく「歯ぁ食いしばりなさい!」と言い放った後。
「このバカ犬ー!」
スパコーンと、鴉天狗伝統の記者チョップを椛の頭頂部におみまいするのでした。
「きゃうーん!」
「まったくもう。あんたのその馬鹿正直な所……好き、っていうか嫌いじゃないからさ、もうさっきみたいな駆け引きみたいな事はするべきじゃないわね」
「肝に命じます……」
椛とはたてのやり取りが一段落ついた頃、文は見計らったように再び二人のもとへと戻ってきました。
「あやや、お二人ともお話は終わりました?」
「ええ、はたてさんも取材に協力してくれるそうです」
「あややや!? これは驚きました。さすが椛です、どうやって説得したんですか!?」
「さささ、お二人とも私のお部屋にお入り下さい!」
「お邪魔しまーす。文さん、何ぼけっとしてるんですか? ほら、いきましょう」
「あれれ? 椛? はたて? あれーー? あれー?」
唖然とする文をよそに、二人は仲良く談笑しながら中へと入っていくのでした。
※※※
綺麗に整理整頓されたばかりのはたての部屋に、文と椛は招き入れてもらいました。
人数分の淹れたての紅茶にクッキーまでばっちりと用意されています。
最終的にはたてが念写で得た情報と、文が調べ上げた情報を交換する協力体制……と言う事で丸く収まったのです。
文が知る限りの内容をひと通り伝えると、仕入れていない情報があったらしくはたては顔色を変えました。
「ちょっと待って、妖怪に襲われた人間が居たの?!」
「ええ、断末魔の叫びを聞いたという報告が多数ありますし、外の世界のけいたいでんわという道具が付近に落ちていました」
「その、落ちていたけいたんでんわはどうしたの?」
「それが不思議な事に哨戒天狗が回収した後、大天狗様の所へ運んでいる最中に小さく爆発して粉々に壊れたそうです」
椛も知らなかった情報に、えっと息を飲みました。
「私の所には、けいたいでんわが落ちていたという情報しか入ってきていませんでしたよ」
「情報がまだ錯綜していますからね、けいたいでんわを回収した哨戒天狗本人から聞いた情報なので間違い無いはずです」
「爆発したっていうのも謎だけれど、妖怪の山のしかも中腹に外の世界の人間が入ってこれるの?」
「普通に考えたらありえませんね」
「偶然、封印が解かれた故に……逃げ去る妖怪の餌食になってしまったと」
「妖怪……ねぇ……」
「どうしたのですかはたて?」
「いや、別に。ただ、私は本当に封印を解かれた『妖怪』が居たのか確信を持てなかったから」
「これだから引きこもりはいけません、ふふふ、外に出れば情報が溢れているのですよ」
「うっさいわねー。じゃあ、私の念写した写真も必要ないわね」
「あやや! そんな殺生な~」
椛はそんなやり取りをしている二人を見て、どこか羨ましくも感じながらも心にとても暖かい物を感じました。
「えーっとね。これが今朝、念写したものよ」
はたてがそう言ってテーブルの上に数枚の写真を広げます。
それはどこかの屋内ような場所で件の妖怪と思わしき姿が写り込んだ写真。
つまりは、この事件の真相に迫る写真……のはずでした。
しかし……写真全体が激しくぼやけているせいで、その妖怪の姿をはっきりと見ることは出来ません。
はたてが取り出した他の写真には、妖怪と一緒に写り込んだ人影もありましたが、これもまたピントがブレているのです。
「ちょっとピンボケが酷くて、何だか分かりませんね。妖怪と……犯人も写り込んでいるようですが」
「それは、元の写真を撮った奴が下手くそなだけよ。私の念写はいつだって完璧なのよ」
「はたて、他の写真は無いのですか?」
「え? あ……。えええーっと……今ここにある分だけだけど……?」
「私の念写がバッチリと昨夜起きた事件の概略を掴んでいるわよ(キリッ! とか言っておいて、収穫はこれだけですかー」
「妖怪も犯人も写り込んでるんだからいいじゃないのよー! あんた達だって大した情報得られてなかったでしょうに!」
「あやや、それを言われると何とも……」
文は苦笑いしながら写真を拾い上げると、どんな小さな証拠も逃さないようにまじまじと見つめます。
「しかしこの妖怪……茶色い塊のように見えますが……熊のような妖怪なのでしょうか、文さん」
「あやー、この写真だとボケすぎてて顔が何処にあるか分からないですね……。逃げ去る時の素早さから考えるに大猪の可能性もありますね」
写り込んでいる人影と妖怪の姿を比較すると、その妖怪は野生の熊を一回り大きくしたような体格に見えました。
「こんな妖怪が人間を襲って……今も幻想郷の何処かに潜んでいるのですね」
椛は正体不明かつ危険な妖怪の存在を想像しただけで、背筋が冷たくなります。
「あやや、これはもはや妖怪の山だけでは収まりきらない大事件に発展する可能性もありますね!」
文は深刻そうな顔で言いながらも、どこかうわずっている声で楽しそうです。
椛がまだ見ぬ妖怪に恐怖を抱くのに対し、文はまだ見ぬ妖怪に期待を抱いているようです。
「でもさ、この妖怪がまた空腹になって里で人を襲い始めたら、遅かれ早かれ巫女に退治されるんじゃないの? それに正直、文の情報と私の情報を合わせた所で真相なんて迫れるとも思えないし……これでこの事件は行き詰まったわね」
はたてが冷めた声でそう言います。椛には、はたてがこの事件が解決されずに流れてほしいと考えてるように見えました。
「あやー……もし巫女に退治される結末になるのなら、その記録をバッチリと残したい所ですねぇー」
完全にもう諦めムードになってしまった状態で、何か役に立てる事は無いかと椛は目を皿のようにして写真を見つめました。
そして妖怪(のような影)と一緒に二人の人影が写り込んでいる写真を見た時、何か引っかかる物を感じたのです。
その違和感が一体何なのかを知るために椛が必死に頭を回転させている時、急にはたてが声をかけてきたのです。
「椛は、何かこの事件について掴んでる事ないの? 何かあれば是非教えて欲しいのだけど」
はたては何故か椛に挑戦的な目付きで問いかけます。
「へ? いや、さっき文さんがお話した内容しか私も知りませんけど?」
椛がそう言うと、じっとはたては椛の目を見つめます。
はたてのその何かを探るようなその目付きに睨まれると、椛はやましいことは無いけれど不安な気持ちになってしまいます。
「まぁ……馬鹿正直な椛だし、嘘なんてつかないわよね」
「ええ? まあ……隠してる情報とか特にありませんけど……」
「うん、大丈夫。ちょっと言って見たかっただけだから。やっぱり椛は椛ね」
はたては安心した、と言いたげな表情を一瞬見せたと思いきや、次の瞬間には「椛もふもふー」と言いながら、椛の耳をさわさわとなではじめたのです。
「あわわわ」
椛もくすぐったくて嬉しい気分になり、尻尾がわさわさと揺れ動いてしまいます。
それからしばらくはお茶会のような雰囲気で盛り上がり、結局の所事件に関しては完全に行き詰ってしまっていました。
「はてさて、うーん。どうしたものか……。妖怪が居る事が確定的になった事ですし、やはり巫女が出動するのを待つのが得策でしょうか」
文が諦めて紅茶とクッキーに舌鼓をうちはじめた時、椛はやっと写真を見て感じていた違和感が頭の中で形になってきたのです。
「あれ……」
「椛、どうしました?」
「いや、ここ何だか見覚えあるような……余りにもピンボケが酷くて分かり難いのですけど」
言って椛は、文に写真を手渡します。
「うーん? 私には何処だかさっぱり分からないのですが、椛は心当たりがあるのですか?」
「ええーっと、ちょっと待ってください。ここにこれがあるって事はー」
「……ああ、もしかしたら。ここ、にとりさんの研究室かもしれませんよ! 何度か入った事あるんですけど、室内の雰囲気がそっくりですね!」
「あややや?! それは本当ですか椛」
「それにこの妖怪を中心にして犯人らしき二人の影が写ってる写真。右の人影……リュックのようなもの背負ってるように見えませんか?」
「言われてみると、確かに……。はたては、どう思います?」
「え? ええ? まぁ……椛がそう言うなら、私もその人影は河城にとりじゃないか……て思うけれど」
「あやや、では、左は誰でしょうか? 右をにとりさんだと仮定して見てみると、なんとなくですけど白狼天狗っぽくも見えますね」
「確かに……ボケてるとは言え、白狼天狗だと言われてみるとそう見えますね……」
文は椛に、お手柄です! と言いながら頭をなでなでします。
そしてらんらんと瞳を輝かせながら、嬉しそうに言うのです。
「あやや、となると……にとりさんが怪しいですね! 昨晩何も見ていないというのが嘘である可能性も出てきましたよ!」
「嘘……ついてたんでしょうか、にとりさん」
「ちょっと待って、もしも本当に河城にとりが犯人だったらどうするのよ! それにもう一人、白狼天狗も居るんでしょう?」
はたては、勝手に盛り上がる二人を抑えつけるようにまくしたてます。
「河城にとりと白狼天狗が犯人で、記事にしてバラ撒いたらどうなるかわかるでしょう?」
「あ……」
「あやや……」
時間が止まってしまったかのような、重い空気が流れます。
虫たちのざわめきが遠のき、じわりと夏の空気がまとわりついてくるのです。
「それは……」
「記事に書いたら、間違いなくにとりさん……、それにここに写ってるもう一人の白狼天狗も……」
「あやや、大天狗様に捉えられて、酷い目にあわされる……でしょうね」
酷い目……というのが何をさしているのか、声に出さずとも三人は分かっていました。
この妖怪の山で大天狗を敵に回しておいて無事ですむはずがありません。
文は小さく「それでも……」と呟きます。
「それを確かめるのも記者の仕事ではありませんか。もしそれが最悪の真実を知ったとしたら……」
「知ってしまったとしたら?」
はたての鋭い目線が文を突き刺します。
「幾ら真実を追い求める清く正しい私射命丸文でも、友を売るような真似はいたしませんよ。としか言えませんね」
「はぁ……それを聞いて安心したわ」
「はたてさん……の場合はどうするのですか?」
椛の考えと文の考えは同じだったけれど、はたてはどう考えているのか知りたくて椛は質問を投げかけました。
「え?」
「仮に念写で、この件の犯人がくっきり写り込んでていて、それが妖怪の山の住人で……しかもよく知っている間柄だったらのお話です」
椛の問いかけに、はたては目を大きくして息を飲みました。
そしてフゥっとため息のような深呼吸をしてから言います。
「……私は真相がなんであれ、面白い記事を書く事以外には執着しないわよ。真相が面白いとは限らないでしょ?」
「あやや、それはでっち上げて誤魔化すと言う事ですね。清く正しい新聞記者としてあるまじき行為!」
「あんたにだきゃーいわれたくないわ! というか、さっきあんたも同じ様な事言ってたじゃないのよー!」
はたては両手をグーにしてぽかぽかと文を叩きます。
そんな二人を眺めがながら椛は改めて……ゴシップ記者だと言われていても、やっぱり信頼出来る人達だと感じるのでした。
「ただ、どんな真相が待っていたとしても確かめずにはいられません、なんせ私は新聞記者ですから。何も知らなければ追い詰められる仲間を助ける事もできやしませんからね。では椛、にとりさんの所に行くとしましょう」
「はっはい……!」
「何よ、もう行っちゃうの?」
「あ、はたてさん。紅茶とクッキーごちそう様でした。また遊びに来ますね」
「あやや、これからもこうして定期的に情報交換する場を設けるのもありかもしれませんね。という訳でまた来ますよ!」
「別に私は構わないけど……、来るっていうならまた必ず来なさいよ……」
「あやー、そうですね。記者ですから、アポイントメントは大切にしますよー」
文がそう笑って言うと、はたてと椛もつられてくすくすと笑い合うのでした。
文と椛の二人を見送ってから、はたては引き出しの奥に隠していた一枚の写真を取り出しました。
そっと取り出したそれは、文と椛には見せなかった決定的な写真だったのです。
そこには……ピンボケではなく、くっきりと今回の件で騒がれている『妖怪』の正体、それに『河城にとり』と『犬走椛』の姿が写り込んでいたのです。
「これが妖怪……ねぇ、私にはハリボテにしか見えないのだけれど……まぁ真相がなんであれ、私は面白い記事を書く事以外には執着しないわよ」
はたてはそう言いながら、その写真を破りゴミ箱の中へと放り込んだのです。
「さーて……でっちあげの記事。面白おかしく書かせてもらいましょうかね」
楽しそうに笑いながら腕捲りをし、白紙の原稿を広げました。
※※※
夕日に照らされて、赤く染まった妖怪の山。
大騒ぎしていた虫達も、今は寂しげにカナカナカナ……と鳴いています。
吹き抜ける湿っぽい風からは、夕焼けの匂いがします。
そんな中、文と椛は河城にとりの家の前へと来ていました。
にとりの家は川の中ではなく川から少し離れた岩陰にひっそりと佇んでいました。
本人いわく、発明品は水に弱い物が多いから、今時の河童は川辺で生活するとの事らしいです。
「にーとーりーさーん! 清く正しい射命丸が取材に来ましたよー!」
文がにとりの家の前でそう叫ぶと……ややあってから、にとりは扉を開いて顔を出しました。
「んー? どうしたの二人とも」
いかにも寝起き……という顔です。
「あやや、お休み中失礼しました。ちょっとどうしても確認したい事があるのですけれど、にとりさんは昨日……この辺りで怪しい物音とか聞きませんでしたかね」
「いや、特に聞いてないけど……石窟の件だよね?」
文は「察しがよろしいようで」と不敵に笑いながら続けます。
「実を言いますと、はたてさんが念写した写真に、にとりさんのような人影が写り込んでいたのですよ」
「ひゅい?!」
「焼増ししてもらった写真がここにあるので、是非見て下さい」
にとりは文が胸ポケットから取り出した写真を受け取ると、納得がいかないというような不満気な表情をしました。
「んー? 何これ、ピンボケが酷くて何だか分からないけど、ここに写ってるのが私って言いたい訳?」
「あやや、心当たりが無いですか?」
「ある訳ないよー。全くもう失礼しちゃうなー」
にとりはぷくーっと頬を膨らませます。
「そりゃ、確かに見方によっては河童にも見えなくは無い……けどさぁ……。それに私の研究室にそっくりって言うけど、河童の研究室なんて何処も同じような内装だよ?」
「あやー……そうなんですか」
文はがっくりと肩を落とします。
けれども椛は文がこれで引き下がるはずが無い事を分かっていました。多少強引にでも、にとりさんが隠している秘密を暴こうとするはずです。
「あやや、それでもですね……」と追い打ちをかけようとした文を遮るように、にとりが言い出します。
「悪いけど、私が提供できる情報は無いよ。だけれど……」
にとりは急に不気味な笑みを浮かべながら続けます。
「だけれど……?」
「ふふふ、事件の真相に確実に迫れる裏技があるのだけど……試してみない?」
思いもしなかった提案に、文と椛はきょとんと顔を見合わせるのでした。
文と椛は「いいからついてきて」というにとりに連れられて、にとりの家の地下にある研究室へと足を踏み入れました。
薄暗い研究室では、訳の分からない道具やパーツ等が辺りに散乱していました。
そんな部屋の中央には……何だか怪しげな白い布に包まれた物がどんっと置かれていました。
その布の前でにとりは二人に向き直ると、眠たい目を擦りながらすぅっと息を吸い込んで言います。
「ついに完成いたしました。夢の大発明! タイムマシーン!!」
てーってれーってててててー♪ ディンドン♪ と、にとりは口で効果音を言います。
その姿に文も椛もドン引きのようです。
そしてにとりが白い布を引っ張ると、二畳分くらいの薄い板の上に訳の分からない機械が取り付けられた道具が姿を表したのです。
「あやや?! タイムマシンって……過去や未来に行ける‥…あれです……よね?」
「その通り、完成したてのほやほやなのだ! 是非二人に使って貰おうと思ってさ」
「ほ……本物なんですか?!」
驚く二人を前に、にとりは後頭部が地面に付きそうなくらいに得意げにふんぞり返ってしまいます。
「ふっふふーん! 本物ですとも本物ですともー!」
「しかし何だか、ただの板のようにも見えますけど」
「これは数あるタイムマシンの文献の中でもね、ドルァーエモン型タイムマシンっていうのをベースにしてみたのさ。机の引き出しという条件を、この地下研究室に当てはめて再現したのだ。他にもドゥエロリアン型タイムマシンっていう大型の物も再現してみたかったんだけど、時間と材料が足らなくて諦めたよ。そっちの機構だと起動に1.21ジゴワット必要だしね……地底のエネルギー革命で今後再現も可能になるかもうんぬんかんぬん……」
「……という訳で、この道具を使って事件が起きるちょっと前に石窟で待機していれば犯人も妖怪の正体も、全てが分かると思うのさ!」
にとりさんの小一時間の説明を聞き流し、やっと終わったか……と文と椛はため息をつきました。
「あやや、なるほどなるほど……確かに行き詰ってしまった事件の真相を知るには、もってこいの道具ですね」
「でしょでしょ? それじゃ、早速使ってみてよ。ほら、二人とも乗って乗って!」
にとりは「ほらほら急いで」と、無理やり文と椛の背中を押します。
「ええ!? ちょ、にとりさん待って下さい。私と文さんが行くんですか? でもこんな方法で真相を知るだなんて間違ってませんか!」
「いや、椛。にとりさんが言っている事ももっともです。推測ではなく……この目でしっかりと真実を受け止めるべきだと私は思うのです!(キリッ!」
文は既にそのタイムマシン? に乗り込んで準備万端、という状態で「さあ早く乗って!」と椛に手招きをしています。
「文さんはそれ、単に好奇心ですよね! 絶対真相がどうのとか関係ありませんってそれー!」
「ほらー椛も乗って乗って、ご存知の通りこの道具はね。自分が指定した好きな時間に行くことが出来るんだけどさ……」
にとりは椛の両肩を掴んで、無理やりタイムマシンに座らせました。
「ただ到着時間と座標は少し曖昧なのさ、とりあえず石窟の近くにセットしておくから……これで事件が起こる直前に、タイムトラベルできるはず」
「え、あ……あの、座標が曖昧って、大丈夫なんですか?」
「うーん、『いしのなかにいる』状態になる可能性もあるかもしれないけど、多分大丈夫! 私を信じろ!」
「いや、怖いですってー!!」
「椛、なせばなるですよ」
文はもう好奇心が全開で、終始にやけ続けています。
対する椛はにとりの発明品への恐怖から、わんわんとわめき散らします。
「私はもうにとりさんの発明がこりごりですよー!」
「あ、あと。向こうで何かあった時の為に、この発明品も持っていくといいさ」
言いながらにとりはポケットをまさぐって小さな機械を取り出しました。
「タイムトランシーバー」
てーってれーってててててー♪ ディンドン♪ と、にとりは口で効果音を言います。
その姿に椛はドン引きのしてしまいます。
にとりはその機械を文に手渡しました、すると文は何かに気が付いたのか首をかしげます。
「あや? はたてが持っているカメラとそっくりですね」
「まぁね、最近の流行りなのさ」
椛もそれを見て、何か引っかかるものを感じました。
「あれ? 確かこれはけいたいでん……」
椛が何かを言いかけようとしてた所で「ささ、準備は万端だから。早速起動させるよー!」とにとりは慌ただしく機械をいじりだしました。
「それじゃ、いってらっしゃーい!」
「え、ちょっとまって下さい! まだ心の準備がー!」
結局、聞きたい事も殆ど確認できずに、タイムマシンは起動してしまったのです。
二人を乗せた機械は青白く包まれ……雷鳴のような激しい音と光を残して完全に地下研究室から消え去ってしまいました。
※※※
強烈な青白い光に包み込まれて、ぐるぐると椛の視界が回転します。
右も左も分からない、椛は自分が今どこにいるのかすら分からない、渦の中に吸い込まれてしまうようにぐるぐるぐると回り続けます。
まぶしすぎて頭の中がちかちかします。
そして突然光が消えたと思ったら……今度は視界が真っ暗になったのです。
何も見えません。何も聞こえません。「も……もしかして私は意識を失ってしまったのでしょうか?」椛が呟くと、その声はしっかりと聞こえました。
「あや、椛そこにいるのですね?」
椛の隣で文の声がします。
「あ、文さん! 大丈夫ですか?」
椛は文の声がした方を振り向くと、ゴチンッと何かに頭をぶつけてしまいます。
「きゃうんっ!」
「あやや、椛すみません。頭がぶつかってしまいました」
どうやら二人同時に振り向こうとして、ぶつかってしまったようです。
椛はあうあうと頭をさすりました。
「えーっと。これは何でしょうか? うーん? 柔らかい」
「あわわわわ! 文さん、それ私の身体です! っていうか何処を揉んでるんですかー!」
「あやや、椛でしたか。これは失礼」
「って、そんなベタなボケしてないで、真っ暗で何も見えませんよー!」
「あや、椛は夜目は効きませんか?」
「私は犬じゃありませんってー!」
「いや、狼も夜目は効くと思いますけども。仕方ありません、ちょっと霊力を使いましょうかね」
文がそう言って、片手で小さな光の球を作り出し、宙に浮かべると眩しいくらいの光が辺りを照らし出したのです。
椛も目を瞬かせながら、周りを確認しようとします。
ガラクタ置き場……というのでしょうか? 岩肌に囲まれた小さな空間に、見たことも無い形の不思議な道具がひしめきあっていたのです。
人形のような物、小さなスイッチのような物、扉のような物、大きな茶色いハリボテ、扉のような物。
とにかく不思議な形をした道具がひしめきあっています。
「何だか、にとりさんの研究室みたいな場所ですね……」
「あやや、ヘンテコな道具ばかりですね……」
『あーあー、二人とも。無事についたかい?』
「きゃうん?!」
突然誰かの声がしたので、椛は全身の毛が逆立ってしまいました。
「だだだ、誰ですか!?」
「椛。このタイムトランシーバーからですよ」
言って文が振りかざした道具から、声が響き渡ります。
『あはは、驚かせてごめんごめん。河城にとりちゃんだよ』
そう言うにとりの声は何故か楽しそうです。
「あ、あの、にとりさん! 変な場所に閉じ込められてしまったのですけど、ここは一体どこなんですか?」
『ああ、ごめんね。そこ封印されてる石窟の中だわ! あはは』
「「ええー!?」」
なんと、石窟の封印を解こうとしている犯人を捕まえるはずだったのに、二人が石窟の中へと入り込んでしまったのです。
「あややや……これはとんでも無い事ですねぇ、まさか……大天狗様の封印の中に入り込んでしまうとは……流石はにとりさんの発明品です」
「文さん、こ……これからどうしましょう?」
「うーん、犯人が来るまで待機……ですかね?」
確かにここで待ちぶせしていれば……確実に犯人に出会えるのですが、それはすなわち犯人と正面か出会うという事で、椛は恐ろしくなってしまいます。
『あ、二人とも。とりあえず、そこに勝手に喋って動く人型のロボットは無いかい?』
「あや? ええーと? ロボットというのは、自立人形の事……ですか?」
『そうそう』
「というか、何故にとりさんがそんな事を知っているのですか?」
『いやぁー。そのうち分かるって。で、どうかな? ロボットはあるかい?』
椛が当たりを見渡すと、ガラクタに紛れて侍のような人形が目につきました。
「文さん、これでしょうか?」
「あやや、確かにそれっぽいですね。でも動いていないようですが」
文がそう言って拾い上げて、あれこれと触っていると……鼻に触れた瞬間に人形の目が光り、ギシギシと音をたてながら動きだしたのです。
「……誰ノリか?」
文の手から逃れるように、ピョンッと地面に着地するとその人形は振り向いて喋り出したのです。
「うわ、喋った!」
「あややや、これまた素晴らしい……。アリスさんの人形とは一味違いますね」
「天狗……? まさかまた何か悪行に使うつもりノリねー! 許さないノリよー!」
人形は急に怒り出し、背中に差していた刀を抜き出します。
「あわわ、ちょっちょっと待って下さい!? 何の事だかさっぱりー!」
突然切りかかってきた人形の攻撃を、椛はいつも持ち歩いている盾で受け止めます。
『えーっと、クロスケ君だっけ? 私達はあなたの敵じゃないから、ちょっと話がしたいのよ』
にとりが機械ごしにそう呼びかけると「なぜ吾輩の名前を?」と人形の動きがピタリと止まりました。
「我輩は、ニテレツ斎さまに作られたロボット、クロスケであるノリ」
刀をおさめ、クロスケと名乗った人形は礼儀正しく挨拶をしたのです。
「何か色々とその名前と容姿は、ギリギリアウトじゃないですかー!?」
「あややや、椛さんどうしました?」
「いえ、なんでもないです」
「どうしたノリか? 我輩は、コロッケじゃなくておはぎが大好物ノリよ?」
この作品をクロスオーバー作品にする勢いでクロスケは言います。これはいけません。
「先程は失礼いたしたノリ。我輩はニテレツ斉様が創りだした発明品が、未来でどのように利用されているか確認するために、そこにある航時機という機械に乗って過去からやってきたノリよ」
人形は、茶色いハリボテを指しながら言います。
「なるほど……あれもタイムマシンなのですか」
「未来にやってきたはいいものの、ニテレツ斉様の発明品は、この幻想郷という場所で大天狗達によって集められ……腹黒い大天狗達が道具を私利私欲の為に使っているノリ」
「なるほど、私達が大天狗様だと勘違いされて襲ってきた訳ですね」
「早とちりして申し訳ないノリ」
「あやや、なるほど。この石窟は大天狗様がこの便利な道具を自分で使うために封印を施したのですね……。でも、そんな悪い事に使われていると知っていたのなら、道具を回収して過去に戻ったら良かったのではないですか?」
「我輩が乗ってきたタイムマシン……航時機は、壊れてしまってもう使えないノリよ……。それに我輩は電源を切られて……何も出来なくされてしまったノリ。本来なら人間を豊かにするはずの道具も……大天狗の権威を保つ為に悪用されているノリよ」
「そんなのって、いくら大天狗様と言え……酷すぎます」
椛は、大天狗がひた隠しにしていた理由を知り……憤りを感じました。
「しかし、お二人方……どうやってここに入ってきたノリ?」
『それは私が説明いたしましょう』
静かにクロスケの話を聞いていたにとりが、待ってましたと言わんばかりに喋り始めました。
『お初にお目にかかります、私はこの幻想郷でエンジニア(自称)をしております河童の河城にとりと申します。実を言いますと、クロスケさんが居る時間から1日先の未来で、私はそこにある壊れた航時機を修理したのです』
「ななな、なんと?! 本当ノリか!」
『ええ、そこにあるタイムマシンがそうなんですけどね。ちょっと分解して私なりにアレンジした物なんですけど』
「おおお……これが……航時機だったノリか……」
『ニテレツ斎の書は……今、未来に居る私の手元にあります。幻想郷の為になるような発明にする為に、この書は私が預かってもよろしいですか?』
「もちろんノリよー! きっとニテレツ斎さまも大喜びノリ!」
『さて、クロスケさん。幻想郷に閉じ込めてしまい本当に申し訳ありません、でももう大丈夫です。私が修理した航時機を使って、過去へと戻って下さい!』
にとりさんの発言に、文と椛は「えっ」と顔を見合わせます。
「あや?! ちょっと、ちょっとまって下さいにとりさん! 話を勝手に進めすぎです! 何なんですか、全くついていけませんよ!」
『だって私、この事件の真相……全て聞いてますから』
「あややや?! だってにとりさん、何も知らないって!」
『ああ、すまん。ありゃ嘘です』
「あやや! にとりさん……騙していたのですね」
騙したァー、よくも騙したァー! と文は叫びます。
「コホン、取り乱しました。では一度ノリスケくんを回収して元の時間に戻ればいいですかね」
「クロスケくんですよ、文さん」
『あ、ごめんそれ無理』
「「えっ?」」
『実はそのタイムマシン。未来に行くための機能が完全に壊れちゃっててさ、過去に行けるようにしか修理できなかったのさ』
「ちょっと待って下さい、どういう事ですか!?」
『あはは、大丈夫! 大丈夫! 問題ないって!』
勝手に進んでいく話に、文と椛は置いてきぼりです。
不満をぶちまけても……にとりさんは未来に居ますから、結局いまさら何を言っても無駄なのです。
「本当に……このタイムマシン、吾輩が使ってもいいノリか?」
にとりさんの発明品の板状のタイムマシンを指しながら、クロスケは戸惑いながら言います。
『もちろん、元はと言えばニテレツ斎さんが作った航時機だからね。それは元々クロスケ君の物だよ』
「過去に戻ることしか出来ないのですから、悔しいですが私と椛にはもう必要が無い道具ですね……」
「あうあう……にとりさん、ひどいです」
『あはは、文句はこっちの時間に戻って来たらいくらでも聞くよ』
「では壊れてしまった航時機は置いていくノリ。それ以外の道具は全て過去に持ち帰らせていただくノリよ。そしてお二人方、この書をどうかにとり殿に渡して欲しいノリ」
クロスケがガラクタの山から取り出したのは、薄汚れた本でした。
「これはニテレツ大百科と言い、ニテレツ斎様が自身の発明品をまとめた設計書ノリ。我輩が未来に来た目的の一つに、この書を優秀な技術者に渡す使命があるノリよ」
『実はもう、この時間では私の手元にあるんだけど。二人にはその時間の私にそのニテレツ大百科を渡して欲しいの」
文は何か難しい顔をしました。
にとりさんの言うがままに話が進んでいるのが面白く無いのは、文も椛も一緒です。
しかし……大天狗が石窟でおこなっていた秘密を知ってしまい……クロスケがとても可哀想になってしまったのも事実です。
出来る事があるのなら可能な限り助けてあげたいという考えは、文も椛も同じなのです。
「責任はやはり我々天狗にあるのでしょうね。しかし大天狗様が……裏でこんな事をしていたとはねぇ、とんでもないスキャンダルですよ……分かりました。この本は必ずにとりさんにお渡しする事をお約束します」
文はそう言って、クロスケが差し出した本を両手で受け取りました。
石窟の中に散らばっていた、ガラクタのようにも見える道具達、それを全部二畳程のスペースしか無いタイムマシンに乗せると、山積みで中々……不安定な状態になりました。
「かなりギュウギュウだけど……大丈夫でしょうか?」
『100人乗っても大丈夫な設計にしてあるから……多分大丈夫だよ! 多分』
そのガラクタの塊の一番上に乗り込んだクロスケは、慣れたような手つきでタイムマシンを操作しています。
「あやや、ノリスケさん。その機械の使い方わかるんですね」
「航時機と操作方法が同じだったおかげで、吾輩にも扱えるノリよー。さすがにとり殿ノリ!」
『いやぁ、それほどでもー』
「では文殿、椛殿、そしてにとり殿……短い時間だったけれど本当にありがとうノリ……三人の事はずっとずっと忘れないノリよー!」
そうクロスケが叫ぶと同時に……目を覆いたくなるほどの激しい光が炸裂しました。
そしてバシュンッと石窟内に低く響く音を最後に……石窟の中には文と椛、そして壊れた航時機だけが残されたのです。
※※※
急に静かになってしまった石窟内。文さんが作り出した霊力玉に照らされていますが……暗くて寂しい空気です。
「あやや……ノリスケくん、行ってしまいましたねぇ」
「クロスケくんですよ、文さん」
「で、にとりさん。過去に無理やり飛ばしておいて……この仕打とは……中々えげつない事をしてくれますね」
『ほ、ほら! 真相を知ることができたんだし! 二人とも。だから許して……』
「ふふふ……にとりさんに後でたっぷりお礼を差し上げますよ。さてさて、ところで私達はどうなるんですか?」
「ここにもタイムマシンはもう一台ありますけど、これ、壊れてるんですよね」
「あや、航時機ってやつですね。ハリボテにしか見えませんが、これがタイムマシンなのですね」
指をさした先にあるのは、木製で出来た乗り物のような道具。にとりが作ったタイムマシンと比べるとハリボテに見えます。
「これが使えない……なら結局、今回の事件の犯人が石窟の封印を解くまで待って脱出するしか無いのでしょうか?」
『うーん……二人とも。盗みを働く為に石窟の封印を解いた犯人……居ると思う?』
にとりの意味深な発言に、文と椛は顔を見合わせました。
そして思考を巡らせると、だんだんと嫌な予感がふつふつと湧いてくるのです。
「えーっと、えーっと……もしかして、もしかして……?」
「もし犯人が存在せず、封印が解除されないとすれば……私達が外に出るためには、内側から封印を解くしかありません。と言う事は、その場合……この事件の真犯人は」
「「私達だーーーー!!!!」」
「あやや、にとりさんやっぱり最初から全て知っていたんですね……! 記者の目を欺くとは……」
『いやいや騙すつもりは無かったんだけどねー、その時間の私から見た状況をスムーズに作り出すためにさ、ちょっと嘘ついちゃったよ』
「ちょっとどころじゃありませんよ! というかどんだけ演技上手いんですか!」
『ふふふ、河童映画界の主演女優賞を頂いた事がある私に不可能はない』
「あの、にとりさん、ちょっといいですか?」
『ん、どうしたの椛?』
「ここにある航時機という機械と、文さんが受け取ったニテレツ斎の書をにとりさんに渡さないと、結局クロスケくんがずっと帰れないって言う事になっちゃいますよね? 私達が脱出に失敗したら、そもそも……? あれれ?」
「あやや、タイムパラドックスというやつですね」
『うーん、私の理論では矛盾は発生しないはずなんだよね。つまりは、二人は無事に石窟から脱出できるはず』
「はずって事は絶対じゃないんですか?」
『もしもタイムパラドックスが発生した場合最悪、幻想郷の崩壊に繋がる可能性が……あくまで可能性だけどね、あはは。まぁ、大丈夫、なんとかなるって!』
「うう……余計に心配になっちゃいましたよ」
「あやや、まぁここで躊躇ってても仕方がありませんね。この書と航時機を無事、にとりさんの所に運んでゆっくり休むとしましょう!」
「は……はい!」
この航時機という機械をどう運ぼうか、文と椛の打ち合わせが始まりました。
「幸い、この機体には車輪が付いていますね。これなら上手く軌道にのせれば川まで一直線に行けるかもしれません」
『そうだね、その航時機は防水機能付きだったから、川を下ると楽だと思うよ!』
「川に入ってしまえば……そのまま流されてにとりさんの家の近くまで行けるって事ですね」
「問題は……地面を走らせるとなると、木々が邪魔になるんですけどね」
「では私が先頭で道を切り開きます」
「ふふふ。椛、よろしく頼みますよ……」
文はまた楽しそうな表情が溢れてきています。
にとりに振り回されたとはいえ、とても刺激的で楽しい出来事というのは変わりないという事なのでしょう。
そんな文を見ているだけで、椛もわくわくどきどきと何だか胸が高鳴ります。
「さぁーて……いくら大天狗様の結界といえど、内側からならば壊すのも容易です!」
「でも、壊したら大騒ぎですよね」
「ええ、それで上層部もカンカンですね。そして宝物を盗んだ犯人を探せーと血眼になるはずです」
「そして私と文さんが、その真相を知る為に……取材に出かけるんですね」
「そうなるように、全力でいきましょう!」
※※※
「蹴散らせええええええええ!!」
ウーウーと河童が取り付けた警報機が鳴り響きます。
文が力任せに石窟内で風を起こしたら、封印は簡単に破れました。
そのままの勢いで、航時機の上で二人は背中合わせに乗り、川に向かって一直線に突き進んでいきます。
見上げると、上空にはもう異変に気が付いた哨戒天狗達が、集まってきているのが木々の隙間から見えます。
「あややややややや、しかしこれ、見つかったら処分どころの話じゃすみませんよー!」
「見つからない為に全速力で逃げるしか無いですね!」
「てやぁぁああ!」
航時機の先頭に足を掛けた椛は、目の前に迫る障害物である木を、いつもその背中に担いでいる刀で切り捨てていきます。
文は速度を出すために、後ろ向きに風をゴウゴウと呼び出します。
ガラガラガラガラ――車輪が壊れそうな音をあげながら、二人を載せた航時機は、真っ暗な闇を突き進んでいくのです。
障害物に乗り上げるたびに、機体は大きく跳ね上がりギシギシと悲鳴をあげます。
一直線に下っていくと……やがて斜面も緩やかになり、航時機の速度も遅くなっていきます。
そして速度がだんだんと落ち……完全に、航時機は前に進まなくなってしまいました。
「あれ、文さん?」
「もう……霊力が……ふぅ、ふぅ……」
文さんは青白い顔をして、汗まみれになっています。
常に風を出し続けるという事は、かなりの霊力を使ってしまうのです。
「文さん、しっかりして下さい、もうすぐ川ですよ!」
「へ……へぁー……」
椛が呼びかけても、文は倒れそうな顔色でヘラヘラと返事をするだけです。
「うう、まずいです……この辺りは木々も少ないですし、へたすると見つかっちゃうかも」
椛は慌てて航時機から飛び降りると、その機体の後ろから両手でゆっくりと押し出しはじめました。
車輪が壊れかけているのか……思うような速度は出ません。しかし、確実にゆっくりと前には進んでいました。
「あややー、椛だけにやらせるわけにもいきませんね」
文はふらふらとしながらも、椛の隣に並んで一緒に航時機を押し始めました。
カラカラカラ……ゆっくりとゆっくりと……前に進んでいきます。
しかし同時に上空では、天狗達の怒号が近づいて来ているの分かります。
「く……、哨戒天狗達が集まって来てる」
『……流石にピンチだね。よしきた、椛、このタイムトランシーバーを思いっきり進行方向と逆に放り投げなさい。私が引き付けるわ』
「え? にとりさん?」
椛は言われたとおり、文からタイムトランシーバーを受け取ると、全力で放り投げました。
遠くで、ポスンと機械が地面に落ちた音が聞こえます。
そしてややあってから……、
『ぎゃああああああああああ助けてええええええええええ、未確認の妖怪、封印されていた妖怪だあああああああああ。ぎゃああああ。助けて、助けて、食べられるひぎぃいいいいい。痛いいぃいいいい。何かでちゃいまひゅぅううううう』
というにとりの迫真の演技が遠くから響いてきました。
「なんだ!?」
「あっちか!?」
「人間だ!」
「見つけたか!?」
近くに居た天狗たちが次々に、にとりさんの声がする方向に集まっていくのが見えました。
「ちょっと、あれ、やり過ぎじゃないですか」
「あやや……でも陽動は成功してますよ、このまま一気に川まで押しましょう」
二人は頷きあい、もう目の前に迫りつつある川に向けて、じりじりと航時機を押し運びます。
「結局……食べられた人間の正体も、遺されたけいたいでんわも……こういう事だったんですね」
「あやや……場合によっては真相は知らない方が幸せっていうのを……身を持って感じさせられますね……」
「文さん、川が見えてきましたよ!」
「ふぅーふぅーやっと……ここまできましたね」
霊力を使い切った挙句、体力もかなり使った文は、本当にふらふらでくたくたでした。
「あとは川に直接飛び込んで、にとりさんの家の近くまで流されましょう!」
ここまで来ればもう何も心配はいらない、二人がそう安心しきった時でした。
「そこ、誰かいるのですか!?」
ふいに上空から凛とした声が響き渡ったのです。
椛の心臓が激しく跳ね上がります。
「あわわわ!?」
「あや!? 見つかってしまいましたか……マズいですね……椛は機械と一緒にここで隠れて下さい」
「あ、文さん。どうするんですか!?」
「相手は哨戒天狗のようですから、軽くあしらってきますよ」
汗を手の甲で拭いながら、文はいつものようにへらへらと笑いました。
文が声がした方へと飛び上がると、一人の白狼天狗が待ち受けていました。
「あややや、どうかされましたか?」
「あれ……文さん? こんな時間に何してるんですか」
「おやや、も、椛じゃなですか……」
飛び立った文の姿を地上から見守っていた椛は、目を丸く見開きます。
「つい先程この辺りで、轟音と走り去る巨大な影を見たとの報告があったのですが、何かご存知ありませんか?」
「私もたった今、その姿を追いかける為に来たのですよ」
「そうでしたか。だいぶお疲れのようですが……?」
「あやや、ずっと追いかけてましたからね。確か、あっちの方に逃げていったと思いましたが……」
文は言いながら明後日の方向を指さします。
「文さんは追いかけるんですね?」
「え、ええ勿論」
「なら、私も一緒について行きます」
「いやいや、大丈夫ですよ? 私は一人で追跡しますから!」
「一人より二人の方がいいと思います。さっき哨戒天狗のテレパシーで、襲われる人間を見たという報告が入りました。危険な妖怪のようなのでお供しますよ」
「いやでも、椛にはほら……哨戒天狗としての仕事があるじゃないですか」
「とにかく侵入者を捕まえろ。としか命令されてないのですよ。その妖怪が怪しいと思うので、目的は一緒かと」
「いやでも、本当一人でいいですから!」
「文さん、汗だくでお疲れじゃないですか! 危ないから私も一緒に!」
「一人で!」
「一緒に!」
「一人で!」
「一緒に!」
「……」
「……」
「椛に……」
「何ですか?」
「椛に一緒に来られると足手まといなんです……。言わせないでもらえますか?」
「……っ!」
「そ、そうでしたか。そそそ……そうですよね。お邪魔しました。わわわ、私は、仲間と合流する事にします。お邪魔しました」
そうして逃げるように……『この時間の椛』は立ち去っていきました。
文は木陰に航時機と隠れていた椛の所に戻ると「はぁ……」と気の抜けたようなため息をつきました。
「椛! ごめんなさい」
「いやいや、私の方こそ……こんな事情があったなんて全く知りませんでしたからっ! 私の方こそ……ごめんなさい……」
「椛は悪くありませんよ……」
「文さんも悪くありません!」
「じゃあ悪いのは……、にとりさんという事にしておきましょうか」
「……そうですね!」
疲れもどこかに吹き飛んで、二人はくすくすと笑い声が漏れました。
川に飛び込んだ後は、あっという間ににとりの家の近くまで到着しました。
二人で跡がつかないようにせっせと航時機を川から引き揚げて、にとりを呼び出したのです。
「ひゅい!? なっなに?!」
夜中に突然現れた、汗だくでしかも絶妙な笑みを浮かべている文と椛、にとりの目にはさぞ不気味に映り込んでいたようです。
「どうしたの二人ともこんな時間に、しかもその……船? 何なの?」
「話せば長くなるのですが……」
「とりあえず、文さん……見回りが来る前にこの航時機を隠しましょう」
「おおっと、そうでした」
「この大きさでもにとりさんの研究室になら入るはずです。三人で持ち上げて運びましょう」
「あや、にとりさんも持ち上げるの手伝って下さい。木製とは言え結構重いですよ」
「ひゅい? ひゅい?! ひゅいー??」
にとりは訳もわからず、あたふたとするだけなのでした。
※※※
「えーっと、段取りとしては明日の夕方までにタイムマシンを修理すればいいんだよね?」
にとりは輝かしい目で言います。
今のにとりには、明日までに修理は終わるのか……なんて心配もいらなそうです。
「そうなりますね。明日の夕方……私達がにとりさんを疑って訪ねてくるはずなのです」
「その時に、修理をしたタイムマシンで事件があった時間に送り込めばいいって事ね」
「あやや、そうです」
「つまりは二人が知っている昨日の出来事が限りなく再現されるように動けばいいのね~♪」
にとりは楽しそうに、にやけたり、大声で突然歌ったり、落ち着きがありません。
「ふふふ……いやぁ本当。最高だよ二人とも! こんな素晴らしい本に、こんな技術を持ち込んでくれるなんて!」
「……はぁ、喜んでいただけて良かったです」
「あや、何だか気が抜けちゃいましたねぇ。怒る気もなくなっちゃいました」
「さて早速修理始めるから、悪いけど椛、最初の分解だけ手伝ってくれない?」
「あ、はいー」
椛はパタパタと、航時機をいじくっているにとりのもとに駆け寄ります。
「せっかくですので、何か使えるかもしれませんし。ちょっと撮らせて頂いてもいいですか?」
「どうぞどうぞー。私としても分解前の写真があると助かるからね。っと、椛、こっちおさえててもらっていい?」
「はいはいー」
――カシャッ
――カシャカシャッ
文はそんな二人をもくもくと撮影していきます。
「あや……? 上手くピントがあいませんね」
「どれどれ? あーAFがいかれちゃってるね。激しい揺れとかで壊れちゃったんだと思うよ。MFで撮ってみたら?」
「あやや? よくわからないのですけど」
「枚数撮ってりゃそのうちピントあうさ。今は無理だけど、手が開いたら修理してあげるよ」
「それは助かります」
――カシャッカシャカシャッカシャ
「確かに何枚かに一枚はピントしっかりあいますねぇ……ううーん」
「ああ!? あ、文さん。今気が付いたんですけど」
椛は、にとりと文のやり取りを聞いて驚いたような声をあげました。
「あや? どうしました?」
「はたてさんが持っていた写真って……今、文さんが撮ってる物を念写したんじゃないですかね」
「……いわれてみれば、なるほどなるほど、おお、辻褄があいますね!」
「はてたさんの念写ではピンボケになっていましたけど、もし文さんがしっかり撮影してたら結構危ないんじゃないでしょうか? 念写できるのははたてさんだけじゃないですし、今の私達は妖怪の山の天狗全てを敵に回している状態なんですよ」
椛が不安そうにそう告げると、文はちょっと考えたそぶりを見せた後、深刻そうな顔になりました。
「椛、それは違います」
「え?」
「確かに……私達が犯人だと知ったら、怒り狂う者も沢山いるでしょう。でも同時に、かくまってくれる天狗達はきっと居ますよ」
「だから、全てを敵に回している訳じゃないんじゃないかな。と私は思うのですよ。ただ、確かに余計な行動を起こすのは危険ですから……ちょっと自重しますね」
「そうです……ね、はたてさんもそうですし、他の天狗達が全員敵になった訳じゃないですよね」
「そういう事です」
「実は、今回の件で罪悪感があったんですけど、文さんのおかげで凄い楽になりました」
「さてとー、後は一人で頑張れるから。二人とも後は上の部屋でゆっくりしてていいよ! 疲れたでしょ?」
にとりがそう言うと、文が「お言葉に甘えてー」とふらふらと上の階へと登っていきました。
椛もその後をパタパタと追いかけました。
椛はソファーを借りて横になると、一日の疲れがどっと湧き出てきました。
同じくソファーで寝そべっている文も、相当疲れているのかか細い声で呟きます。
「何か私達にとってはもうくたびれ損でしか無いのですね……」
「きっと、未来のにとりさん的には、すべての真相を知れたんだからいいじゃない! と言って押し通しそうですね」
「今度、新しい発明品の独占取材の約束を取り付けないといけませんね」
くすりと文さんは笑います。
こうして、ゆっくり目を閉じると。
何だかんだで、振り回されて大変だったけどとても楽しい一日だったと感じます。
「全ての原因はにとりさんの発明品だけど、文さんと仲直りできたし、こうして二人で笑い合えるのも、にとりさんの発明品のおかげ。何だか文さんとの距離が前よりぐっと近くなれたので、今回の件は私の中では水に流しましょう」椛は心の中でそうつぶやくのでした。
文がスースーと寝息を立てているのを横目に、椛は寝れずにいました。
たった一日の間に、文さんと一緒に色々な事があったのです……嬉しくて寝れない、不思議な感覚でした。
なんとなく、にとりが気になったので椛は起き上がり、地下研究室へと向かいました。
「おや? 椛、寝れなかったのかい?」
にとりは、研究室でニテレツ大百科を開きながらニヤニヤしていました。
「あれ? にとりさん、もう修理終わったんですか?」
「もちろんさ、ばっちりだよ」
言いながらにとりが指をさした場所には、椛の記憶にあたらしい白い布で覆われたタイムマシンが置いてあったのです。
さすがの仕事の速さに、椛も驚きを隠せません。
「それよりも私は早くこのニテレツ大百科に載ってる道具作りたくてさー! どれを作ろうか目移りしちゃうよー」
にとりがパラパラとめくるニテレツ大百科には、用途不明な不思議な道具の設計図が踊っていました。
椛が覗きこむと、見覚えのある形の道具がありました。
「あ、これなんて……どうですかね?」
「おー、未来の可能性を検出して、望んだ未来が起こるように行動させる道具か……回りくどいけど、面白そうだね」
「これ、完成したら是非……私に使わせて下さい。この時間の本当の私の方に……ですね」
「お、いいねー。自ら試してくれるなんて! どれどれ、では早速いってみよー!」
そうしてにとりはまたも自分の世界に入り込んでいきました。
椛もタイムマシンの修理が無事終わったのを確認したら、安心してしまったのか急に眠気が強くなりソファーに戻るととすぐ寝息をたててしまいました。
※※※
「椛、起きて下さい朝ですよ」
ゆさゆさと肩を揺さぶられて、椛はゆっくりと目を覚ましました。
「あれ、文さん……」
「私は取材にいこうと思うのです。だって時間を戻ったのですよ。こんな面白い事他にないですよ!」
「え、え? えーーー!? でも。万が一、この時間の文さんと文さんが出会っちゃったらどうするんですか?」
「昨日の私の行動はバッチリ覚えてますから、その心配には及びませんよ、椛」
昨晩は余計な行動は自重すると言っていたはずなのに、文はもう出かけたくて仕方がないようです。
「それに私ひとりだったら、誰にも怪しまれずに行動できますから」
ひとり……。その言葉に、椛は得も知れない感情に支配されます。
「やっぱり文さんは……、一人がいいんだ……」椛は心の中で呟きます。
「さて出かける前に、にとりさんに声かけてきますね!」
「あ、文さん!」
呼びとめる声も虚しく、文は地下へと降りていってしまいました。
椛はぐっと奥歯を噛み締めてから……ポケットから小さな石を取り出しました。
「お願い、石ころ(超電磁パワーストーン)さん! 今日は私……文さんとずっと一緒にいたい!!」
「ジツゲンカノウデス。ジツゲンカイシシマス」
地下研究室では徹夜で作業をしているにとりと、意気揚々とした文が話し合っていました。
「という訳で、ちょっと取材に出かけてこようと思うのですよ」
「うーん、チャレンジャーだねぇ……どうしてもというなら止めないけどさぁ」
にとりがそう言うと同時に、椛が研究室内へと入ってきました。
そして文の前まで歩み寄ると、わずかに顔を赤らめながら口を開きました。
「文さん……。私は文さんと一緒に居たいです。外は万が一の危険性もありますから、今日は……にとりさんの家で一緒に過ごしませんか?」
「あやや……そう言われてしまうと」
「確かにタイムパラドックスの可能性があるからねぇ……今の二人が過去に行くまではここでおとなしくしておいた方がいいと私も思うよ」
「ふむ、それもそうですね。じゃあ、今日は椛とゆっくりするとしましょう」
椛の主張に、にとりが後押しし折れたのか文は何だか恥ずかしそうな表情で言いました。
そんな二人を横目に見ながら、にとりはうーんっと伸びをします。
「さぁーて……一段落したし」
「あやや、にとりさんおつかれです。これから上で睡眠とられるんですか?」
「いんや、せっかくの二人の時間を邪魔しても悪いからね。軽くこっち時間の椛と将棋打ってから、研究室で寝る事にするよ。あ、上の部屋は二人で自由に使っていいからねー」
「にとりさん、ありがとうございます」
「お互い様だねー」
そうして椛が文さんと居たいという願いはまたしても実現しました。
しかしながら同時に……椛の中で疑問が湧き出てきます。
「自分で言えばいいだけの内容なのに、それすら石ころ(超電磁パワーストーン)に頼らないとだめなの?」
「道具に頼らないと……結局私は何も出来ないの?」
そんな言葉が、ぐるぐると椛の中で回り続けるのでした。
※※※
その日の夕方、にとりの部屋の奥に隠れた椛と文は、その時間の自分たちが過去に飛び立つのをじっと待ちました。
「ええっと……今、タイムマシンが起動した音、聞こえましたね」
「あやや、これでやっと私達がこの時間の本来の自分になれるわけですね」
二人は「はぁーーーーっ」と長い溜息が出ました。
「さてと、にとりさんの過去へのオペレーションが終わりましたら、私達も解散するとしましょうか」
「あ……はい」
地下からは、にとりが過去に向かって通信機で呼びかけている楽しそうな声が響いてきます。
そんなにとりを観察するために文は地下研究室へと入っていきましたが、椛はその後を追いませんでした。
「私は……道具に頼ってちゃ……駄目だよね」
自分自身に問いかけます。
結局、この振り回された二日間があったのは石ころ(超電磁パワーストーン)のおかげでもありました。
仲直りできたのも、文さんとの距離が近くなったのも、はたてさんと三人で笑いあえたのも、すべて石ころ(超電磁パワーストーン)のおかげです。
だからこそ、椛としては……自分自身の力で手に入れる事が出来なかった事実が、悔しかったのです。
「でも……最後に、最後に……どうしても自分では叶えられない願いを叶えさせて下さい」
椛はこれで石ころ(超電磁パワーストーン)を使うのを最後にすると心に強く誓いながら、握りしめました。
この願いを叶えた後は、道具には一切頼らずに自分の力で頑張っていこう、椛はそう決心しました。
「文さんと……キッ……キスしたい」
『ピピー、エラーデス。ジツゲンフカデス。ベツノメイレイヲシテクダサイ』
予想していなかった石ころ(超電磁パワーストーン)からの返答に椛は戸惑ってしまいます。
実現不可能。
という事は、努力をしても不可能、道具の力を使っても不可能。
「私は……文さんと絶対にキスできないって……事?」
この道具に不可能だと宣言されることは、願いが絶対に叶わぬものであるとトドメを刺すという事に……たった今、椛は気が付きました。
くらくらと頭がのぼせたようになり、悲しさと、怒りと、悔しさと、色々な感情がごちゃまぜになって込み上げてきます。
「文さんとキスしたいし、抱きしめあいたいし、無理かもしれないけど、恋人関係になりたいのー!!」
『ピピー、エラーデス。スベテジツゲンフカデス。ベツノメイレイヲシテクダサイ』
「あはは……そう……だよね……無理。絶対に無理だよね……何言ってるんだろう……私」
椛はその場でぺたりと座り込むと、何だか全身の力が抜けたようになってしまいました。
「じゃあ、じゃあ……最後に……これだけ。文さんと手を繋ぎたい」
『ピピー、エラーデス。ジツゲンフカデス。ベツノメイレイヲシテクダサイ』
「えっ? なんで? どうして……?!」
この道具ならこんな簡単な命令が実現出来ないはずがない、それは椛が一番良く知っています。
なのに不可能だと返してくるという事は……。
「まさか……壊れちゃった……だけ? あはは……あははは、はぁ……」
椛は乾いた笑いが、ただただ溢れでてくるのでした。
にとりの過去へのオペレーションも無事終わり、いよいよ一件落着となりました。
研究室では、にとりは満足して大笑いし、文もこの二日間を思い返しながらくすくすと笑っていました。
椛は壊れてしまった石ころ(超電磁パワーストーン)を文に気が付かれないように、にとりに差し出しました。
「にとりさん。ごめんなさい。壊れちゃったみたいです」
罰が悪そうに椛がそう切り出すと、にとりは「お? いーよいーよ、気にしないで」と上機嫌です。
「えーっと、昼間に渡したのが今の椛だからー、ああ、なるほど……私に作らせたのもそういう訳だったのか」
「それで、どうだった使ってみて?」
「やっぱり道具に頼ってばかりじゃいけないって再確認しましたよ」
「まぁ、コイツは背中を押す道具だからねー。しかしやっぱり壊れたかぁ……むぅ完璧に作れたと思っても結構穴があるもんだねぇ」
「あやや、さて一件落着ですね。そろそろ帰るとしましょうかー!」
文のその一声で、椛の楽しかった二日間に終わりが告げられたのです。
※※※
日も沈んで辺りはもう薄暗くなり、気がつけば夏も虫たちの大合唱もピタリと止んでいました。
にとりの家を出てさて帰ろうという所で、ふと文が椛に声をかけました。
「しっかし困りましたね」
「え?」
「今回の大事件の犯人ですよ。犯人。記事を書くつもりがまさか殆ど私達のせいだったとは……」
「黒幕はにとりさんですけどね……」
「大天狗様が隠していた事実を書くわけにもいきませんし……ここはやはり、面白おかしく書くしかありませんね」
文はでたらめな記事の構想を描き、くすくすと笑います。
「さて……と。頑張った椛には、ご褒美をあげなくてはいけませんね」
「ご褒美って何……ですか?」
「ふふふ、それはお楽しみです。さあ私の家にいきましょう、ほら椛、いきますよ」
言いながら、文は椛の手を取ります。
「えっえ!? 手ぇ……」
「おや、私と手をつなぐのは嫌ですか?」
「そんな事ないです!!」
「ふふ、では行きましょうか」
夏の夜風に煽られながら、二人は飛び立っていくのでした。
※※※
「あれ……おっかしいなぁ? 確かに椛は壊れたって言ってたけど、システムは全部正常だよなー」
にとりの研究室。にとりは椛に返された石ころ(超電磁パワーストーン)を修理しようとしていたのですが、不具合がどこにあるのか分からず、一人で頭を悩ませていました。
「この機械がエラー出す時は、実現があまりにも難しい命令の時か、機械を通さなくても元々起きるはずの出来事を命令しちゃった場合だけって、ニテレツ大百科には書いてあるんだけどな……」
「うーん、何が原因なんだろう?」
にとりは首をかしげたまま、壊れてなどいない石ころ(超電磁パワーストーン)をまじまじと見つめるのでした。
おしまい
また、挿絵がありますのでPCもしくはスマートフォンからの閲覧を推奨いたします。
夏真っ盛りの妖怪の山では、虫たちの声が耳をつんざきます。
ミンミンミンミン……シャワシャワシャワ……。
そんなざわざわと青い匂いが充満する山の中腹にある滝の近くに、秘密の場所がありました。
崖が窪んで出来たその薄暗い場所は、夏の焼けるような日差しを遮り、川からやってくる涼しい風がサァっと吹き抜けるのです。
避暑をするのに絶好の場所であるそこは、近くに住む河童と待機中である白狼天狗の溜まり場になっていました。
そこでいつものように二人で将棋をする姿がありました、河城にとりと犬走椛です。
しかしどうやら、仲良く将棋をしているという訳ではなさそうです。
椛はむしゃくしゃとした表情で、耳をピクピク、尻尾をパタパタ、足をゆさゆさ……とても虫の居所が悪そうです。
対するにとりも何だかふらふらとしていて、イライラとする椛の前でしきりにあくびをしています。
「ふぁーぁ……。椛、今日はいつにも増して不機嫌だね」
大将棋の盤面から目をそらさずに、にとりはあくびをしながら言います。
「……私はいつも不機嫌ですか?」
盤面を見つめているにとりを睨みながら椛は吠えました。
にとりは細かい所に突っ込むなあと苦笑いします。
「とりあえず……何かあったの?」
「別に……」
会話が続かず、じっとりと空気が止まります。
大将棋の方も膠着状態、夏の午後のゆっくりとした時間が静かに流れていきます。
せっかく涼しい場所に居るのに、これでは何だか暑く感じてしまいます。
そんな空気に耐えかねたにとりは、思いついたように椛に質問をぶつけました。
「そう言えば昨日の夜、山の中腹にある封印が施された石窟で事件があったって話だけれど。その話、詳しく知らないのかい?」
にとりとしてはこの件についての話をずっと椛から聞きたかったのだけれど、椛はここに来た時からずっと不機嫌だったので聞くに聞けなかったのです。
話題も無くなりこれからもずっと不機嫌なら、もういっそ今聞いてしまおうとにとりは考えたのです。
にとりの質問に対し椛は、ややあってから不機嫌な表情を崩さずに口を開きました。
「……知ってる限りの事なら話せますけど、期待しているような内容じゃありませんよ?」
「おー、聞かせて聞かせて!」
にとりが将棋盤から身を乗り出してそう言うと、椛は「仕方がありませんね……」という面倒くさそうな表情をします。
「表向きは宝物庫として使われていた石窟から全ての宝物が盗まれたと言う話ですけど……」
「表向き……というと?」
「事件時の仲間の哨戒天狗から受けた報告に、その盗難事件の直後に石窟から飛び出した妖怪が山を降りていったという情報がありました。でもそれに関しては、上の天狗達は何も言っていませんけど」
「実はその石窟には、妖怪が封印されていたって事なのかな」
「というもっぱらの噂です、それに……逃げ出した妖怪に襲われて……おそらく食べられた人間がいるという報告も受けました」
「人喰い……?」
「ええ、生々しい叫び声を聞いた仲間が沢山いますから、間違いは無いと思います。結局その襲われた人の亡骸は確認されなかったので……封印から解かれたばかりの妖怪が、力を取り戻す為に近くに居た人間を丸呑みにしたんじゃないですかね」
「人間が妖怪の山……しかも一番危険な夜に居るというのも不思議な話だけどねー」
「でも確か……その叫び声があった場所で、けいたいでんわという外の世界の道具が見つかっていますから、外の世界の人間だと思います」
「うーん……外の世界の人間が偶然そこにねぇ……」
「結局の所、真相は誰も知りませんよ。私が知っているのはこの限りです」
「椛は昨晩の警戒中に、何も見なかったの?」
「……っ!」
にとりの質問に、椛はわかりやすく表情を変えました。
目を丸くし、眉間にしわを寄せて、口をへの字に変えました。
「何も……見てませんよ」
「椛は嘘つくの下手だね。それが可愛いんだけどね!」
「んなっ……! 私は別に嘘なんか……」
にとりは切り札と言わんばかりに、盤面から顔を上げて椛の目を見据えて言います。
「文と何かあったんだよね?」
「……っ」
一瞬の静寂あと、椛の耳の毛がフサフサと逆立ち、ワサワサと膨らんだ尻尾をバンバンと地面に何度も叩きつけます。
ギリギリと、犬歯が見えそうな表情をした後に、搾り出すように呟きました。
「別に、あ……文さんと、なななな、何もありませんよ」
「いやいや、隠そうとしたってこの河童の目はごまかせないよ! というか分かりやすすぎるよいくら何でも!」
そんなにとりの渾身の突っ込みも、椛はギリリと歯を食いしばるようにして聞き流してしまいます。
にとりは、ふぅと呆れたため息を付いてから気を取り直して続けます。
「さてさて……そんな悩める椛にぴったりの発明があるのさ!」
椛の返事を待たず、にとりはいつも背負っているリュックサックをごそごそとあさり始めました。
「名付けてー、超電磁パワーストーン!」
てーってれーってててててー♪ ディンドン♪ と、にとりは口で効果音を言います。
その姿に椛もドン引きのようです。
「ふふふ、徹夜してニテレツ大百科に載っていた道具を再現してみたの」
「そんな怪しげな物を売りつけようと言うつもりなのですか」
「いあいあ、売りつけるなんてとんでもない。ついさっき完成したばかりでね、使ってくれる人を探していたんだよー」
「使うって……道具ですか、それ。どう見てもただの石ころですけど」
椛が訝しげにそう尋ねると、にとりは待ってましたと言わんばかりの笑顔を返します。
「実はこれ、ただの石ころじゃありませーん! 何と、使用者が叶えたい願いをすぐさま叶えてくれる超凄い道具なんです!」
「……」
「あれー、どうしたの椛? 凄いと思わない? 願いが叶っちゃうんだよ? しかも、即効性あり!」
「どう考えても……怪しいですよね」
「まぁまぁそう言わずにさ。是非使ってみてよ。一回使ったら、この凄さが絶対分かるって」
にとりのそれは、霊感商法の詐欺師のような雰囲気を醸し出しています。
「そこまで言うなら……使ってもいいですけど、でも本当に願いを叶えられるんですか?」
「自分の力で掴み取れる事であれば可能な限り実現してくれるはずだよ」
「……それって凄い事じゃないですか?」
「何度も言ってるじゃないか。凄い発明さ! ただねおみくじで大吉を引くだとか、地面を掘って埋蔵金を見つけ出すとか、運が大きく関わる事象は叶えられないよ?」
「何だか、曖昧なんですね」
「まー、私自身作ったばかりでどういう動作するか分からないから、そういう意味も含めて使ってみて欲しいのさ」
「実験台になれって事ですか……」
「そうそう。そういうこと! というかそもそも……」
「そもそも……?」
椛がそう問い返すと、にとりはしまったという表情をしてから、言い直します。
「あ、いや!? やっぱなんでもない。椛が適任だと思ったって事さ」
「自分で使ったらいいじゃないですか」
「ほら、何かあったら嫌だし」
「私だったらいいんですかー!」
「あははは」
にとりはひとしきり笑ってごまかした後「さて……さっそく使ってよ椛」と椛の右手を無理やり掴んで、その石ころ(超電磁パワーストーン)を握らせました。
「えっと……使い方は?」
「握りしめて、願いを呟くだけ。余計なスイッチとかは隠してあるからね。ユニバーサルデザインだよ!」
「うー、いきなり願いって何を言えばいいのやら……」
「とにかく今、叶えたい事でいいんだよ。些細な事でいいからさ」
「それじゃ……射命丸文さんと……話がしたい」
椛がそう石ころ(超電磁パワーストーン)に向かって呟くと、握りこんだ指の隙間から青白い光が漏れ出します。
椛は驚いて「チェレンコフッ!」とギリギリなリアクションをしてしまいます。
「神秘的な雰囲気を出したかったから、無駄に光るようにしてみました。ついでに喋ったりもするよ!」
「……悪趣味ですね」
椛がそう言った後、ややあってから石から響き渡るような声がします。
「ジツゲンカノウデス。ドチラノシャメイマルアヤサンデスカ。シテイシテクダサイ」
どちらの? というのはどういう意味です? と椛は首をかしげます。
「あー……あはは、そうか。名前だけじゃ駄目か……」
にとりは言いながら、椛の手の中から石ころ(超電磁パワーストーン)を取り返すと、カチャカチャと忙しそうに操作しはじめました。
「えーっと、この射命丸文にセットしてっと」
椛には、にとりが一体何をしているのかさっぱり理解できません。
「これでよしっと、ごめんごめん。試作品だからね、早速エラーが出たよ。でもこれからは、フルネームじゃなくて文さんって言うだけでも通じるからね」
そう言って、また石ころ(超電磁パワーストーン)を椛の手のひらに乗せました。
そしてまた石ころ(超電磁パワーストーン)は青白く輝くはじめたのです。
「マスター、リョウカイシマシタ。データウワガキカンリョウ」
「デハサキホドノメイレイヲ、ジツゲンカイシシマス」
石ころ(超電磁パワーストーン)がそう言い終わった直後、椛はピリピリと身体が痺れました。
全身の感覚がふわふわと、何だか宙に浮いているようになります。
するとどうでしょう、次の瞬間には意思とは関係なしに空を飛び始めたのです。
「え、あれ? ちょっと、身体が勝手にーっ?!」
「あはは、いってらっしゃーい」
浮かび上がってどんどん遠ざかっていく椛に、にとりは満面の笑みで手を振るのでした。
※※※
椛の意志とは無関係に、身体は何処かに向かって空を飛び……直進していきます。
どうやら向かってる先は……、昨日盗難事件があった場所。妖怪の山中腹にある封印の石窟のようです。
この辺りを担当している哨戒天狗の部隊が、いつもよりも厳重な警戒態勢で空を監視しているのが見えました。
椛は持ち場ではない警戒区域に足を踏み入れてしまったので、哨戒天狗達に睨まれてしまいます。
「あはは、お勤めご苦労様ですー」
身体の制御がききませんから、椛にはそう言ってごまかす事しか出来ません。
もしも「……そこの、怪しいから止まれ!」とか言われたら、どうしても止まれないので問答無用で真っ二つにされても文句は言えません。
そんな状況だったので、椛は冷や汗が止まりませんでした。
「そっちも大変そうねー。お互い頑張りましょう」
笑顔でそう言ったのは、そこの部隊のリーダーの白狼天狗です。
椛も昨晩は大天狗様の支持のもとで現場の警戒に当たっていましたし、妖怪の山では真面目で優秀な白狼天狗として通っているので特に怪しまれる事もありません。
……それどころか笑顔で手を振ってもらっちゃいました。
「日々の行いって……大切ですね……」
そして……その封印が解かれてしまった石窟の前に辿り着きました。
夏なのに薄ら寒く、暗い暗いその中に足を踏み入れようとした時に初めて椛の身体が自由になったのです。
「あ、やっと動ける……ふぅ、一体何なのこの石ころ(超電磁パワーストーン)……」
「あやや? 椛じゃないですか」
「きゃうんっ?!」
薄暗い石窟の中から突然名前を呼ばれて、椛は転びそうなほど驚いてしまいました。
石窟の奥から人影が近づいてきます、それは椛が会いたいと願った人物。射命丸文でした。
「あ……文さん」
「椛も今回の事件についての調査ですか」
「いや、別にそういう訳じゃ……」
文は何か閃いたように、パァッと明るい表情で言います。
「椛、今お暇ですか? もしお暇でしたら、ちょっと取材に協力して欲しいのですが」
椛はその言葉に、嬉しさと同時に言葉に出来ない嫌な感覚が込み上げてきました。
、感情を抑えきれず不快感をあらわにしてしまい、ギリっと奥歯を噛み締めます。
「はぁ? 何寝ぼけた事言ってるんですか」
「あややぁ?!」
文は予想だにしていなかった椛の返答に、驚きを隠せません。
そんな文をよそに、椛は続けます。
「文さんは、私が居ると足手まといなんでしょう?」
「えーっと……私、そんな事言いましたっけ?」
「言いました。もう忘れたと言うおつもりでしょう?」
文は椛の態度に、たじろいでしまいます。
「そんな訳で、私は忙しいので失礼します」
文の返答をも待たず、椛はそう言って石窟の外へと飛び出してしまいました。
「ちょっ椛、待ってー!」
文の引きとめる声も無視して、椛はさっさといなくなってしまったのです。
「うーん……無意識のうちに傷つけてしまっていたようですね。はぁ、困りました」
妖怪の山の上空で、椛は自分の頭をぐしゃぐしゃと引っ掻き回していました。
「うーわーーー! 私は、そういう事を言いたかったんじゃないのにー!」
しかし椛としても、文がもう忘れたという態度だったのが気に入らなかったのも事実です。
椛は……本当はちゃんと話をして、その上で取材を手伝わせて下さいと言うつもりだったのです。
それなのに一時の感情に振り回されたせいで、余計に文との距離が遠くなってしまいました。
「一緒に取材するチャンスだったのに、一緒に居られると思ったのに……。文さんから誘ってくれたのに」後悔がワッと溢れてできます。
そんな行き場の無いモヤモヤとした感情で、椛は手を足を尻尾を耳をバタバタとさせました。
「うう……せっかく願いが叶ったのに……あっ」
椛はそう言って、ずっと握りしめていた石ころ(超電磁パワーストーン)に目をやりました。
「そうだ……これを使えば……」
椛はすぅっと深呼吸してから、自分が何を叶えたいのか頭の中で整理しました。
そして意を決して石ころ(超電磁パワーストーン)に願いを吹き込みました。
「文さんと仲直りして、一緒に……取材がしたい! ついでに文さんに優しくされたい!」
「ジツゲンカノウデス。ジツゲンカイシシマス」
瞬間に、身体がビリビリとしびれます。さっきよりも強く痺れたので勝手に耳と尻尾がピーーンッとそり立ちました。
そしてまた、椛の意志を無視するように身体が動き始めたのでした。
※※※
文は事件の真相を解き明かす為に、朝からずっと石窟を調べていました。
上層部の一部の大天狗達は今回の件で躍起になっていて、盗みを働いた犯人を見つけ出せと怒り狂っているのです。
しかしながら肝心の、盗まれた物については大天狗達も語ろうとしません。
彼らは「宝物庫として封印を施して使っていた石窟から、すべての宝が奪われたと」という情報しか伝えないのです。
しかしながら、明らかにそれだけではない目撃情報と痕跡がある事を文は調べ上げていました。
調べれば調べるほど疑問が次々に浮かぶ事件、だから文は自然と笑みが溢れるのです。
「こんな面白い事件、誰かに真相を暴かれる前に私が記事にするべきなのです!」
と意気込んでみたものの、ある程度の情報を仕入れてからと言うもの、取材はこれといって進展はせずにずっと平行線のままでした。
「椛が居てくれれば、千里眼の力で……何かヒントを見つけてくれると思っていたのですが……」
一人でつぶやき、文は気の抜けたため息をつきました。
先程の椛の態度……心当たりが無いとは言い切れないので、文は心苦しくなります。
「こうなったら土下座してでも、許してもらうべきなのでしょうか。いやしかし、それでは記者としてのプライドが……」
「文さん!!」
「あやっ?!」
文が驚いて石窟の入り口を見ると、立ち去ったはずの椛が再びそこにいたのです。
そして椛は凛とした表情で文の前へと歩んだとと思ったら、なぜか空中に少しだけ浮きあがります。そして空中で正座をしたのです。
「やっぱり私、文さんと一緒に取材がしたいです! さっきは申し訳ありませんでしたぁああ!!」
そう言って椛は、空中で正座をしながら地面に向かって両手を付き出し、頭を地面にぶつけながらダイナミックにかつ、アクロバティックな土下座をしたのです。
しかしそれで土下座は終わりません「お許し下さいー! 仲直りいたしましょうー!」椛はそう叫びながら、頭を軸にして逆さのまま、その場でギュルギュルと回転しはじめたのです。その姿はまるで荒ぶる流し雛のようです。
回転速度は次第に上がっていき、振り回される椛の尻尾が空気を切り裂きフォンフォンと音を奏で始めます。
あまりの回転の速さに幻想郷最速である文の眼を持ってしても、椛の姿をとらえる事が出来ません。
「ぼべぼぼばびんぼぼべばばぼべぶっっ!!」
これこそが真の土下座なのです! という叫びが聞こえてきそうな状況ですが、回転速度が早すぎてもはや椛が何を言っているのか、文には聞き取れませんでした。
やがて回転もゆっくりになり椛の姿を確認できるようになった頃に、全身を地面に叩きつけるようにしてアクロバティック大回転土下座は終わりました。
「ちょっと、椛……椛?」
椛は白目を向いて、ビクンッビクンッと小さく動きます。
ややあって、椛はハッと意識を取り戻しました。
「や……やっと……動ける……、うぷっ……」
身体の自由と意識を取り戻した途端、椛は強烈な吐き気に襲われたのです。
顔を真っ青にしながら、椛は必死に胃の底からこみ上げてくるナニかをこらえます。
「椛の気持ちは……よく伝わりました。本当は悪いのは私のはずなのに、こんな事させて……本当にごめんなさい」
「文さん……うぷっぷ……」
「あはは、ちょっと頑張りすぎですよ。風当たりが良い場所で、休憩しましょう。ほら、椛。立てますか?」
「おえっぷ(すみません)」
石窟から少し歩いた木陰、そこで椛は文の膝を枕にして介抱されていました。
椛としては恥ずかしかったのですが、気分が悪すぎてどうにも出来なかったのと文さんの膝枕が心地よかったのとで、青白い顔を赤くしながら静かに目を閉じて休息しました。
「椛、落ち着きました?」
「はい、おかげさまで……」
小一時間ほど休憩をすると、椛の先程までの吐き気もどこかへ吹き飛んでいました。
「文さん、すみません。こんな事までしてもらって……」
「あやや、さっきの土下座にはちょっとびっくりしましたけど……本当は悪いのは私の方ですから。椛が気にする事じゃありませんよ」
文さんがはにかんでそう言うと、椛は心の奥が熱くなるのを感じます。
その感情が何なのか考えようとすると、顔が真っ赤になってしまうので、椛は自分の考えを振り払うように力強くブンブンと頭を横振りました。
「さてさて……椛も元気いっぱいになった事ですし、さっそくですけど取材の方、手伝って貰えますか?」
「喜んでっ!」
二人は立ち上がって笑いあうと、再び石窟へと歩みはじめます。
結果的に……椛の願いは叶いました、石ころ(超電磁パワーストーン)の効果は凄いと椛は実感したのですが……。
仲直り出来たし、取材も一緒に出来るし、優しくされた。一応すべて実現されたのです。
しかし椛は文の後ろを追いながら「解せぬ……」と小さく呟くのでした。
※※※
再び石窟の前に着くと文は「もうたっぷり調べましたから」と中には入らず、その外観をなめまわすように見ながら言います。
「石窟を調査してた時なんですけど、大天狗様から派遣された調査隊とやらが来て、色々と面白い話を仕入れたのですよ」
「それって……もしかして妖怪の目撃情報ですか?」
「さすが椛です、もう知っていましたか。ただ……その妖怪の件ともう一つ、ちょっと不思議な情報がありましてね」
褒められて椛の尻尾が無意識にパタパタと揺れ動きます。
「と、いいますと?」
「昨晩、事件が起きる少し前……この周辺の見回りをしていた天狗が、石窟を塞いでいた大岩の隙間から漏れる青白い不思議な光を見た……という話です。それも1回では無く、2回……」
「それは私……初めて聞きました」
「ここからは私の推測なのですが……、石窟に施されていたあの大天狗様の封印を簡単に破れると思います?」
文は得意げな顔で指をピンッと立てて、くるくると宙を掻き回すような仕草をします。
「いやいや……封印をした本人ならまだしも、打ち破ろうとしたら大規模な術式を使わないと無理……なんじゃないですか?」
「しかし、そんな大掛かりな準備をしていたらすぐに見つかって御用ですよね?」
「当然、そうでしょうね。私達、哨戒天狗だって不審者を見つけたら黙ってませんから」
「でもどんな強固な結界でも『宝物を守る為だけ』の術式だったら内側からの力には弱いんじゃないかと、私は思うのです」
「犯人は内側から? という事ですか……でも、それだと妖怪の件との辻褄が合わないんじゃないですか?」
椛がそう言うと、文は「確かにそうですが」と小さく呟き、続けて言いました。
「妖怪を封印していた石窟ならば、施されている術式も内部からの力を封じるようにびっしりと作られているはずなんですよ……ただ私が先程調べた限りでは、そのような封印の後は見られませんでした」
「分からなくなってきました……。つまり、ここの封印は大天狗様の言っていた通り、宝物を守るためだけの封印だったんですよね? だったら正体不明の妖怪の目撃情報が沢山出ているのは一体……。そんな目立つ妖怪なのに石窟の封印が解かれてからしか目撃されてないんですよ? それに犯人はどうやって結界の中に入り込んだんですか?」
椛は次々に湧き上がる疑問をすべて文にぶつけます。
「ふふふ……それはですね。いいですか……椛」
すると文はいよいよという表情で言いました。
ごくりっ……と椛の喉がなります。
「私にもさっぱり分からないので、椛の千里眼に頼ろうかなと思っていたのです!」
※※※
石窟の外に出て、椛は目を閉じて千里眼の力に意識を集中しました。
心を静め、意識を暗くしていくと、次第に風が自分の眼のようになるのです。
それで幻想郷の全てを見渡す事ができる、それが椛の能力なのでした。
「その走り去った妖怪を見付け出せれば早いのですけどね。まずはこの石窟から続いている跡を辿って貰えますか?」
文が指した方向には、まるで岩が斜面を転がったようにぽっかりと木々が消え去っており、山を降りる道が出来上がっていたのです。
「この跡をずっと追っていけばいいんですね」
「その先までは私も確認済なんですが、途中で川になってから痕跡が一切ないのですよ」
椛も千里眼でその強引に作られた道を進みます。
やがて視界が開けて、川へと辿り着きました。
「確かに川に入り込んだような跡を最後に……途絶えてますね……」
「川を使って妖怪は山を降りたのは間違いないはずです」
「椛には、川の底を含めて川周辺を徹底的に調査して欲しいです」
「分かりました」
椛は千里眼を続けて、どんな小さな痕跡も逃さぬように集中を続けましたが、全く手掛かりになりそうな物は見つかりません。
「にとりさんが住んでいる家の近くまで見ましたが……特にこれといって……変わった所はありませんね」
「そう……ですか」
「仮に川を下りて突き進んだとしたら、にとりさんを含めあの辺りで暮らしている河童達が気がついているはずですよね? でも私、今日にとりさんと話をしましたけど、特に変わった所は無かったみたいですけど」
「あややや……、陸に再び上がった痕跡も無いのですから……はてさて……」
「川に入ったあと、しばらくしてから空を飛んだという可能性は?」
「だとしたら石窟から出た時に、わざわざ木をなぎ倒して進まず、はじめから飛んでいたのでは無いのでしょうか?」
「うーん、でも山の木々に紛れて逃げられた方が、私達哨戒天狗としては見つけにくいですから……あえて川まで森林を抜けていったのかもしれません」
「なるほど……だとすると封印されていた妖怪は結構な知能があったという事になりますね」
「ふぅ、結局……進展は無しです……ですよね。すみません」
「いえいえ、椛が謝る事ではありませんよ」
千里眼を解くと、気を落とした文の表情が椛の視界に飛び込んできました。
それを見て、椛はとても申し訳なくなってしまいます。
どんな小さな事でも何か手掛かりは無かったかと、椛は先程千里眼で見てきた光景を思い返します。
「あ、そういえば。気になった事としては……その妖怪が通り過ぎたあとの木々は、真っ二つに切り裂かれていますよね」
「あやや? 確かに、言われるまで気が付きませんでした。という事は体当たりでなぎ倒したわけではなく、障害になる木だけ切り裂きながら突き進んだ。という事になりますね」
「素早く逃げながら目の前に立ちふさがる木を切り裂いて突き進むって……結構、凄い芸当……ですよね」
「お手柄です椛。ふふふ……かなり危険な妖怪……と言う事が分かりましたね」
言って文は、落胆したように長い溜息をつきました。
椛は心が苦しくなります……役に立ちたいのにまったく役に立ててない自分がもどかしくて仕方がないのです。
「文さん、ちょっと待ってて貰えますか?」
「はい? いいですけど……もよおしてしまったのですか?」
「ちっ違います! 文さんのバカー!」
椛は文が居る場所から数歩だけ離れた木の陰に隠れると、そっと石ころ(超電磁パワーストーン)を取り出しました。
「またこの石ころ(超電磁パワーストーン)に頼るのは嫌だけど……効果は確かだし……」
椛は両手で石ころ(超電磁パワーストーン)を握りしめて、文に聞こえないようにそっと言いました。
「お願い、この事件の重要な手掛かりを下さい!」
椛の願いを聞き届けたと言わんばかりに、両手から青白い光が溢れ出します。
「ジツゲンカノウデス。ジツゲンカイシシマス」
びびびっと痺れると、ふんわりと身体が自分のものでは無いような感覚になります。
そしてまた身体が勝手に動き始めました。
文が居る場所とは違う方に向かいはじめたので、椛は慌てて叫びます。
「文さーん! 重要な手掛かり見つけました! 私の後を付いてきて下さい!」
※※※
椛の身体がたどり着いたのは妖怪の山のはずれにある、ひっそりと木々に寄り添うように建っている一軒家でした。
広大な山の中には鴉天狗の家が所々に隠れるようにして建てられていて、この家もそのうちの一軒なのです。
「重要な手掛かりって……ここは、はたての家じゃないですか」
文が驚いたような、呆れたような、どっちつかずの表情で言いました。
「えーっと……多分、はたてさんが何か重要な手掛かりを握ってるんだと思います」
「思いますって、また随分と曖昧ですねー」
そう……椛が石ころ(超電磁パワーストーン)に導かれてやってきたのは……姫海棠はたての家だったのです。
「確かに、はたての念写能力だったら……思いがけない情報を仕入れている可能性がありますね」
言いながら文が扉をノックしました。
しかし、しばらく経ってもはたてが出てくる気配はありません。
「椛、中にはたて……居ますよね?」
「ええ、居ますね。間違いなく」
文は何度も何度も何度も、しつこくノックをし続けます。それでもはたては出てこないのです。
コンコン――コンコンコン――
やはり、はたては出て来ません。やがて文は「幻想郷最速のノックを見せてあげましょう」と言い放ち、ドドドドドドドドドというノックとは到底思えない音に変化しました。
もうすぐ扉が耐え切れずに木っ端微塵に吹き飛んでしまうんではないのかという頃。
「うるっさいなぁー!! もう! いきなり何よ、押しかけて!」
あまりの轟音に耐えられなくなったのか、ついにはたてが乱暴に扉を開いて顔を出したのです。
「あやや、やっと出てきましたね。引きこもり中失礼します、ちょっと取材にご協力をして頂きたいのですが」
「ははーん? 例の事件に関する事ね?」
「ほほう、話が早いですね。という事は……掴んでるんですね。手掛かり……」
にやぁと文はいやらしい笑みを浮かべます。
それに対してはたては、ふふんという得意げな表情です。
「ええ勿論。私の念写がバッチリと昨晩起きた事件の概略は掴んでいるわよ」
「おお、さすがははたてですね! 是非、情報提供を!」
「すると思う?」
「ですよねー……」
文はまたしてもがっくりと肩を落とします。
この時、実を言うと……椛の身体はまだ自由になっていませんでした。
ここに来たときから勝手に千里眼の能力を発動させたりと、石ころ(超電磁パワーストーン)はやりたい放題です。
文とはたてのやり取りを聞いてる間も、身体を動かそうと必死だったのですが喋る事しか許してくれませんでした。
そしてはたてが「誰があんた達に情報提供するもんでんすか! あはははは」と高笑いした時、椛の身体がまた動きだし自分の意思で喋る事もできなくなってしまったのです。
「まあ、どうしてもと言うならね……交換条件として――」
はたてが何かを言いかけている時、椛ははたてに歩み寄ります。
「ちょっと文さん、はたてさんと二人だけで話させて貰えませんか?」
「おや? 分かりました。少々時間を潰してきましょう」
文は言うと、旋風を巻き起こしながら空へと飛び上がりました。
あえて大げさに距離を取るのは、文は二人の会話に水をささないという思いの現れなのでしょう。
「ちょっと、人がせっかく情報を提供してあげても良いって言おうとしたのに……」
「でもそれって、ろくでもない交換条件なんですよね?」
椛がそう言うと、はたてはフンッと鼻をならします。
はたては急に鋭い目付きになり、椛を挑発的に睨み付けます。
「それはそうと、二人だけで話がしたいってまさかアンタ……」
はたては最後までは言い切らず、椛の出方を伺っているようでした。
「はたてさん、文さんがノックしているのに出てくるの……随分と遅かったですね」
「え? 何? そこの話?」
はたては何故だか、拍子抜けという表情をして「そんなの面倒くさかったからに決まってるでしょう?」と、小馬鹿にするように言いました。
「でも、ここから見える限りだとお家の中、凄い綺麗になってますよね」
「そ……そりゃぁ、いつだって自分の家くらい綺麗にしているわよ」
「これなら、私達をお部屋に招き入れても恥ずかしくありませんよね」
「ちょっと椛……何がいいたいの……?」
「あの短時間とは言え、押入れにすべてを押し込む事で掃除を完璧にこなすとは、さすがははたてさんです」
「……っ」
「私達が訪れた時なんて……とても見てられないくらいの地獄絵図だったのに……なんという事でしょう、今ではリフォーム仕立てのようにスッキリしてるじゃありませんか!」
椛が意思とは関係なしに発する言葉の意味を、椛は身体の自由がきかないながらも分かっていました。
先ほど、千里眼の能力を勝手に発動した時に、ゴミや洗濯物、洗っていない食器にまみれた、はたての部屋をしっかりと見てしまったのです。
「……くふっ、椛。能力で見てたのね……くう! プライバシーについて考えなさいよあんたー!」
「情報提供が無いのなら、このまま私と文さんは二人で取材に戻りますけど。せっかく片付けたはたてさんのお部屋には入らずに。二人でまた取材にいっちゃいますよ?」
はたての目尻がヒクヒクと小刻みに動きます。
そんな事も構わず、椛は自分の意思とは関係なく勝手に話を続けます。
「……はたてさんも、久しぶりに来た私達を招き入れてくれるつもりだったんですから、交換条件なんか出さずに、ここは穏便にいきましょうよ」
「なんで椛なんかにそんな事言われなくちゃならないのよ!」
くー、とはたては地団駄を踏みます。
そんなはたてに、椛はさらに追い打ちをかけます。
「別に私は文さんに、はたてさんのさっきまでの家の惨状を報告してもいいんですよ?」
「椛……言うようになったじゃない……。あああー! もう! 分かったわよ、情報提供すればいいんでしょう! その代わり、私の家でゆっくりしていくがいいわ! また何度でも来たくなるほど丁重におもてなししてあげるわよ!」
はたてとの話に決着がついて、やっと椛の身体は束縛から開放されました。
「う……動けるっ! というか私、こういうキャラじゃないのにぃいいいい!!」
「なっいきなり、どうしたのよ椛……」
「はたてさん、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ、そういうつもりじゃなかったんです!」
「椛、あなたしばらく見ないうちに雰囲気変わったと思ってたら、また急に戻ってるわね。いや、まぁ……何かよく分からないけど、その件は絶対に文には言わないでよ?」
「もちろんです!」
「あと一つ、どうしてもはたてさんに言わなければならない事が……」
「今度は何よ? まさかやっぱりあの話について……なの?」
「決して、見るつもりは無かったんですけど、はたてさんの着替えもバッチリ……」
思い返して椛は顔が熱くなりました。
勝手に発動した千里眼の能力は、そう……はたての全てをまるっとお見通ししてしまっていたのです。
「ななな……っ」
それを聞かされたはたても、耳まで真っ赤になりました。
「ふふふ。椛……。責任をとりなさいよね」
「えっえっ?! せっ責任ですかっ?」
はたては、笑顔で椛の両肩を掴みます。
そして小さく「歯ぁ食いしばりなさい!」と言い放った後。
「このバカ犬ー!」
スパコーンと、鴉天狗伝統の記者チョップを椛の頭頂部におみまいするのでした。
「きゃうーん!」
「まったくもう。あんたのその馬鹿正直な所……好き、っていうか嫌いじゃないからさ、もうさっきみたいな駆け引きみたいな事はするべきじゃないわね」
「肝に命じます……」
椛とはたてのやり取りが一段落ついた頃、文は見計らったように再び二人のもとへと戻ってきました。
「あやや、お二人ともお話は終わりました?」
「ええ、はたてさんも取材に協力してくれるそうです」
「あややや!? これは驚きました。さすが椛です、どうやって説得したんですか!?」
「さささ、お二人とも私のお部屋にお入り下さい!」
「お邪魔しまーす。文さん、何ぼけっとしてるんですか? ほら、いきましょう」
「あれれ? 椛? はたて? あれーー? あれー?」
唖然とする文をよそに、二人は仲良く談笑しながら中へと入っていくのでした。
※※※
綺麗に整理整頓されたばかりのはたての部屋に、文と椛は招き入れてもらいました。
人数分の淹れたての紅茶にクッキーまでばっちりと用意されています。
最終的にはたてが念写で得た情報と、文が調べ上げた情報を交換する協力体制……と言う事で丸く収まったのです。
文が知る限りの内容をひと通り伝えると、仕入れていない情報があったらしくはたては顔色を変えました。
「ちょっと待って、妖怪に襲われた人間が居たの?!」
「ええ、断末魔の叫びを聞いたという報告が多数ありますし、外の世界のけいたいでんわという道具が付近に落ちていました」
「その、落ちていたけいたんでんわはどうしたの?」
「それが不思議な事に哨戒天狗が回収した後、大天狗様の所へ運んでいる最中に小さく爆発して粉々に壊れたそうです」
椛も知らなかった情報に、えっと息を飲みました。
「私の所には、けいたいでんわが落ちていたという情報しか入ってきていませんでしたよ」
「情報がまだ錯綜していますからね、けいたいでんわを回収した哨戒天狗本人から聞いた情報なので間違い無いはずです」
「爆発したっていうのも謎だけれど、妖怪の山のしかも中腹に外の世界の人間が入ってこれるの?」
「普通に考えたらありえませんね」
「偶然、封印が解かれた故に……逃げ去る妖怪の餌食になってしまったと」
「妖怪……ねぇ……」
「どうしたのですかはたて?」
「いや、別に。ただ、私は本当に封印を解かれた『妖怪』が居たのか確信を持てなかったから」
「これだから引きこもりはいけません、ふふふ、外に出れば情報が溢れているのですよ」
「うっさいわねー。じゃあ、私の念写した写真も必要ないわね」
「あやや! そんな殺生な~」
椛はそんなやり取りをしている二人を見て、どこか羨ましくも感じながらも心にとても暖かい物を感じました。
「えーっとね。これが今朝、念写したものよ」
はたてがそう言ってテーブルの上に数枚の写真を広げます。
それはどこかの屋内ような場所で件の妖怪と思わしき姿が写り込んだ写真。
つまりは、この事件の真相に迫る写真……のはずでした。
しかし……写真全体が激しくぼやけているせいで、その妖怪の姿をはっきりと見ることは出来ません。
はたてが取り出した他の写真には、妖怪と一緒に写り込んだ人影もありましたが、これもまたピントがブレているのです。
「ちょっとピンボケが酷くて、何だか分かりませんね。妖怪と……犯人も写り込んでいるようですが」
「それは、元の写真を撮った奴が下手くそなだけよ。私の念写はいつだって完璧なのよ」
「はたて、他の写真は無いのですか?」
「え? あ……。えええーっと……今ここにある分だけだけど……?」
「私の念写がバッチリと昨夜起きた事件の概略を掴んでいるわよ(キリッ! とか言っておいて、収穫はこれだけですかー」
「妖怪も犯人も写り込んでるんだからいいじゃないのよー! あんた達だって大した情報得られてなかったでしょうに!」
「あやや、それを言われると何とも……」
文は苦笑いしながら写真を拾い上げると、どんな小さな証拠も逃さないようにまじまじと見つめます。
「しかしこの妖怪……茶色い塊のように見えますが……熊のような妖怪なのでしょうか、文さん」
「あやー、この写真だとボケすぎてて顔が何処にあるか分からないですね……。逃げ去る時の素早さから考えるに大猪の可能性もありますね」
写り込んでいる人影と妖怪の姿を比較すると、その妖怪は野生の熊を一回り大きくしたような体格に見えました。
「こんな妖怪が人間を襲って……今も幻想郷の何処かに潜んでいるのですね」
椛は正体不明かつ危険な妖怪の存在を想像しただけで、背筋が冷たくなります。
「あやや、これはもはや妖怪の山だけでは収まりきらない大事件に発展する可能性もありますね!」
文は深刻そうな顔で言いながらも、どこかうわずっている声で楽しそうです。
椛がまだ見ぬ妖怪に恐怖を抱くのに対し、文はまだ見ぬ妖怪に期待を抱いているようです。
「でもさ、この妖怪がまた空腹になって里で人を襲い始めたら、遅かれ早かれ巫女に退治されるんじゃないの? それに正直、文の情報と私の情報を合わせた所で真相なんて迫れるとも思えないし……これでこの事件は行き詰まったわね」
はたてが冷めた声でそう言います。椛には、はたてがこの事件が解決されずに流れてほしいと考えてるように見えました。
「あやー……もし巫女に退治される結末になるのなら、その記録をバッチリと残したい所ですねぇー」
完全にもう諦めムードになってしまった状態で、何か役に立てる事は無いかと椛は目を皿のようにして写真を見つめました。
そして妖怪(のような影)と一緒に二人の人影が写り込んでいる写真を見た時、何か引っかかる物を感じたのです。
その違和感が一体何なのかを知るために椛が必死に頭を回転させている時、急にはたてが声をかけてきたのです。
「椛は、何かこの事件について掴んでる事ないの? 何かあれば是非教えて欲しいのだけど」
はたては何故か椛に挑戦的な目付きで問いかけます。
「へ? いや、さっき文さんがお話した内容しか私も知りませんけど?」
椛がそう言うと、じっとはたては椛の目を見つめます。
はたてのその何かを探るようなその目付きに睨まれると、椛はやましいことは無いけれど不安な気持ちになってしまいます。
「まぁ……馬鹿正直な椛だし、嘘なんてつかないわよね」
「ええ? まあ……隠してる情報とか特にありませんけど……」
「うん、大丈夫。ちょっと言って見たかっただけだから。やっぱり椛は椛ね」
はたては安心した、と言いたげな表情を一瞬見せたと思いきや、次の瞬間には「椛もふもふー」と言いながら、椛の耳をさわさわとなではじめたのです。
「あわわわ」
椛もくすぐったくて嬉しい気分になり、尻尾がわさわさと揺れ動いてしまいます。
それからしばらくはお茶会のような雰囲気で盛り上がり、結局の所事件に関しては完全に行き詰ってしまっていました。
「はてさて、うーん。どうしたものか……。妖怪が居る事が確定的になった事ですし、やはり巫女が出動するのを待つのが得策でしょうか」
文が諦めて紅茶とクッキーに舌鼓をうちはじめた時、椛はやっと写真を見て感じていた違和感が頭の中で形になってきたのです。
「あれ……」
「椛、どうしました?」
「いや、ここ何だか見覚えあるような……余りにもピンボケが酷くて分かり難いのですけど」
言って椛は、文に写真を手渡します。
「うーん? 私には何処だかさっぱり分からないのですが、椛は心当たりがあるのですか?」
「ええーっと、ちょっと待ってください。ここにこれがあるって事はー」
「……ああ、もしかしたら。ここ、にとりさんの研究室かもしれませんよ! 何度か入った事あるんですけど、室内の雰囲気がそっくりですね!」
「あややや?! それは本当ですか椛」
「それにこの妖怪を中心にして犯人らしき二人の影が写ってる写真。右の人影……リュックのようなもの背負ってるように見えませんか?」
「言われてみると、確かに……。はたては、どう思います?」
「え? ええ? まぁ……椛がそう言うなら、私もその人影は河城にとりじゃないか……て思うけれど」
「あやや、では、左は誰でしょうか? 右をにとりさんだと仮定して見てみると、なんとなくですけど白狼天狗っぽくも見えますね」
「確かに……ボケてるとは言え、白狼天狗だと言われてみるとそう見えますね……」
文は椛に、お手柄です! と言いながら頭をなでなでします。
そしてらんらんと瞳を輝かせながら、嬉しそうに言うのです。
「あやや、となると……にとりさんが怪しいですね! 昨晩何も見ていないというのが嘘である可能性も出てきましたよ!」
「嘘……ついてたんでしょうか、にとりさん」
「ちょっと待って、もしも本当に河城にとりが犯人だったらどうするのよ! それにもう一人、白狼天狗も居るんでしょう?」
はたては、勝手に盛り上がる二人を抑えつけるようにまくしたてます。
「河城にとりと白狼天狗が犯人で、記事にしてバラ撒いたらどうなるかわかるでしょう?」
「あ……」
「あやや……」
時間が止まってしまったかのような、重い空気が流れます。
虫たちのざわめきが遠のき、じわりと夏の空気がまとわりついてくるのです。
「それは……」
「記事に書いたら、間違いなくにとりさん……、それにここに写ってるもう一人の白狼天狗も……」
「あやや、大天狗様に捉えられて、酷い目にあわされる……でしょうね」
酷い目……というのが何をさしているのか、声に出さずとも三人は分かっていました。
この妖怪の山で大天狗を敵に回しておいて無事ですむはずがありません。
文は小さく「それでも……」と呟きます。
「それを確かめるのも記者の仕事ではありませんか。もしそれが最悪の真実を知ったとしたら……」
「知ってしまったとしたら?」
はたての鋭い目線が文を突き刺します。
「幾ら真実を追い求める清く正しい私射命丸文でも、友を売るような真似はいたしませんよ。としか言えませんね」
「はぁ……それを聞いて安心したわ」
「はたてさん……の場合はどうするのですか?」
椛の考えと文の考えは同じだったけれど、はたてはどう考えているのか知りたくて椛は質問を投げかけました。
「え?」
「仮に念写で、この件の犯人がくっきり写り込んでていて、それが妖怪の山の住人で……しかもよく知っている間柄だったらのお話です」
椛の問いかけに、はたては目を大きくして息を飲みました。
そしてフゥっとため息のような深呼吸をしてから言います。
「……私は真相がなんであれ、面白い記事を書く事以外には執着しないわよ。真相が面白いとは限らないでしょ?」
「あやや、それはでっち上げて誤魔化すと言う事ですね。清く正しい新聞記者としてあるまじき行為!」
「あんたにだきゃーいわれたくないわ! というか、さっきあんたも同じ様な事言ってたじゃないのよー!」
はたては両手をグーにしてぽかぽかと文を叩きます。
そんな二人を眺めがながら椛は改めて……ゴシップ記者だと言われていても、やっぱり信頼出来る人達だと感じるのでした。
「ただ、どんな真相が待っていたとしても確かめずにはいられません、なんせ私は新聞記者ですから。何も知らなければ追い詰められる仲間を助ける事もできやしませんからね。では椛、にとりさんの所に行くとしましょう」
「はっはい……!」
「何よ、もう行っちゃうの?」
「あ、はたてさん。紅茶とクッキーごちそう様でした。また遊びに来ますね」
「あやや、これからもこうして定期的に情報交換する場を設けるのもありかもしれませんね。という訳でまた来ますよ!」
「別に私は構わないけど……、来るっていうならまた必ず来なさいよ……」
「あやー、そうですね。記者ですから、アポイントメントは大切にしますよー」
文がそう笑って言うと、はたてと椛もつられてくすくすと笑い合うのでした。
文と椛の二人を見送ってから、はたては引き出しの奥に隠していた一枚の写真を取り出しました。
そっと取り出したそれは、文と椛には見せなかった決定的な写真だったのです。
そこには……ピンボケではなく、くっきりと今回の件で騒がれている『妖怪』の正体、それに『河城にとり』と『犬走椛』の姿が写り込んでいたのです。
「これが妖怪……ねぇ、私にはハリボテにしか見えないのだけれど……まぁ真相がなんであれ、私は面白い記事を書く事以外には執着しないわよ」
はたてはそう言いながら、その写真を破りゴミ箱の中へと放り込んだのです。
「さーて……でっちあげの記事。面白おかしく書かせてもらいましょうかね」
楽しそうに笑いながら腕捲りをし、白紙の原稿を広げました。
※※※
夕日に照らされて、赤く染まった妖怪の山。
大騒ぎしていた虫達も、今は寂しげにカナカナカナ……と鳴いています。
吹き抜ける湿っぽい風からは、夕焼けの匂いがします。
そんな中、文と椛は河城にとりの家の前へと来ていました。
にとりの家は川の中ではなく川から少し離れた岩陰にひっそりと佇んでいました。
本人いわく、発明品は水に弱い物が多いから、今時の河童は川辺で生活するとの事らしいです。
「にーとーりーさーん! 清く正しい射命丸が取材に来ましたよー!」
文がにとりの家の前でそう叫ぶと……ややあってから、にとりは扉を開いて顔を出しました。
「んー? どうしたの二人とも」
いかにも寝起き……という顔です。
「あやや、お休み中失礼しました。ちょっとどうしても確認したい事があるのですけれど、にとりさんは昨日……この辺りで怪しい物音とか聞きませんでしたかね」
「いや、特に聞いてないけど……石窟の件だよね?」
文は「察しがよろしいようで」と不敵に笑いながら続けます。
「実を言いますと、はたてさんが念写した写真に、にとりさんのような人影が写り込んでいたのですよ」
「ひゅい?!」
「焼増ししてもらった写真がここにあるので、是非見て下さい」
にとりは文が胸ポケットから取り出した写真を受け取ると、納得がいかないというような不満気な表情をしました。
「んー? 何これ、ピンボケが酷くて何だか分からないけど、ここに写ってるのが私って言いたい訳?」
「あやや、心当たりが無いですか?」
「ある訳ないよー。全くもう失礼しちゃうなー」
にとりはぷくーっと頬を膨らませます。
「そりゃ、確かに見方によっては河童にも見えなくは無い……けどさぁ……。それに私の研究室にそっくりって言うけど、河童の研究室なんて何処も同じような内装だよ?」
「あやー……そうなんですか」
文はがっくりと肩を落とします。
けれども椛は文がこれで引き下がるはずが無い事を分かっていました。多少強引にでも、にとりさんが隠している秘密を暴こうとするはずです。
「あやや、それでもですね……」と追い打ちをかけようとした文を遮るように、にとりが言い出します。
「悪いけど、私が提供できる情報は無いよ。だけれど……」
にとりは急に不気味な笑みを浮かべながら続けます。
「だけれど……?」
「ふふふ、事件の真相に確実に迫れる裏技があるのだけど……試してみない?」
思いもしなかった提案に、文と椛はきょとんと顔を見合わせるのでした。
文と椛は「いいからついてきて」というにとりに連れられて、にとりの家の地下にある研究室へと足を踏み入れました。
薄暗い研究室では、訳の分からない道具やパーツ等が辺りに散乱していました。
そんな部屋の中央には……何だか怪しげな白い布に包まれた物がどんっと置かれていました。
その布の前でにとりは二人に向き直ると、眠たい目を擦りながらすぅっと息を吸い込んで言います。
「ついに完成いたしました。夢の大発明! タイムマシーン!!」
てーってれーってててててー♪ ディンドン♪ と、にとりは口で効果音を言います。
その姿に文も椛もドン引きのようです。
そしてにとりが白い布を引っ張ると、二畳分くらいの薄い板の上に訳の分からない機械が取り付けられた道具が姿を表したのです。
「あやや?! タイムマシンって……過去や未来に行ける‥…あれです……よね?」
「その通り、完成したてのほやほやなのだ! 是非二人に使って貰おうと思ってさ」
「ほ……本物なんですか?!」
驚く二人を前に、にとりは後頭部が地面に付きそうなくらいに得意げにふんぞり返ってしまいます。
「ふっふふーん! 本物ですとも本物ですともー!」
「しかし何だか、ただの板のようにも見えますけど」
「これは数あるタイムマシンの文献の中でもね、ドルァーエモン型タイムマシンっていうのをベースにしてみたのさ。机の引き出しという条件を、この地下研究室に当てはめて再現したのだ。他にもドゥエロリアン型タイムマシンっていう大型の物も再現してみたかったんだけど、時間と材料が足らなくて諦めたよ。そっちの機構だと起動に1.21ジゴワット必要だしね……地底のエネルギー革命で今後再現も可能になるかもうんぬんかんぬん……」
「……という訳で、この道具を使って事件が起きるちょっと前に石窟で待機していれば犯人も妖怪の正体も、全てが分かると思うのさ!」
にとりさんの小一時間の説明を聞き流し、やっと終わったか……と文と椛はため息をつきました。
「あやや、なるほどなるほど……確かに行き詰ってしまった事件の真相を知るには、もってこいの道具ですね」
「でしょでしょ? それじゃ、早速使ってみてよ。ほら、二人とも乗って乗って!」
にとりは「ほらほら急いで」と、無理やり文と椛の背中を押します。
「ええ!? ちょ、にとりさん待って下さい。私と文さんが行くんですか? でもこんな方法で真相を知るだなんて間違ってませんか!」
「いや、椛。にとりさんが言っている事ももっともです。推測ではなく……この目でしっかりと真実を受け止めるべきだと私は思うのです!(キリッ!」
文は既にそのタイムマシン? に乗り込んで準備万端、という状態で「さあ早く乗って!」と椛に手招きをしています。
「文さんはそれ、単に好奇心ですよね! 絶対真相がどうのとか関係ありませんってそれー!」
「ほらー椛も乗って乗って、ご存知の通りこの道具はね。自分が指定した好きな時間に行くことが出来るんだけどさ……」
にとりは椛の両肩を掴んで、無理やりタイムマシンに座らせました。
「ただ到着時間と座標は少し曖昧なのさ、とりあえず石窟の近くにセットしておくから……これで事件が起こる直前に、タイムトラベルできるはず」
「え、あ……あの、座標が曖昧って、大丈夫なんですか?」
「うーん、『いしのなかにいる』状態になる可能性もあるかもしれないけど、多分大丈夫! 私を信じろ!」
「いや、怖いですってー!!」
「椛、なせばなるですよ」
文はもう好奇心が全開で、終始にやけ続けています。
対する椛はにとりの発明品への恐怖から、わんわんとわめき散らします。
「私はもうにとりさんの発明がこりごりですよー!」
「あ、あと。向こうで何かあった時の為に、この発明品も持っていくといいさ」
言いながらにとりはポケットをまさぐって小さな機械を取り出しました。
「タイムトランシーバー」
てーってれーってててててー♪ ディンドン♪ と、にとりは口で効果音を言います。
その姿に椛はドン引きのしてしまいます。
にとりはその機械を文に手渡しました、すると文は何かに気が付いたのか首をかしげます。
「あや? はたてが持っているカメラとそっくりですね」
「まぁね、最近の流行りなのさ」
椛もそれを見て、何か引っかかるものを感じました。
「あれ? 確かこれはけいたいでん……」
椛が何かを言いかけようとしてた所で「ささ、準備は万端だから。早速起動させるよー!」とにとりは慌ただしく機械をいじりだしました。
「それじゃ、いってらっしゃーい!」
「え、ちょっとまって下さい! まだ心の準備がー!」
結局、聞きたい事も殆ど確認できずに、タイムマシンは起動してしまったのです。
二人を乗せた機械は青白く包まれ……雷鳴のような激しい音と光を残して完全に地下研究室から消え去ってしまいました。
※※※
強烈な青白い光に包み込まれて、ぐるぐると椛の視界が回転します。
右も左も分からない、椛は自分が今どこにいるのかすら分からない、渦の中に吸い込まれてしまうようにぐるぐるぐると回り続けます。
まぶしすぎて頭の中がちかちかします。
そして突然光が消えたと思ったら……今度は視界が真っ暗になったのです。
何も見えません。何も聞こえません。「も……もしかして私は意識を失ってしまったのでしょうか?」椛が呟くと、その声はしっかりと聞こえました。
「あや、椛そこにいるのですね?」
椛の隣で文の声がします。
「あ、文さん! 大丈夫ですか?」
椛は文の声がした方を振り向くと、ゴチンッと何かに頭をぶつけてしまいます。
「きゃうんっ!」
「あやや、椛すみません。頭がぶつかってしまいました」
どうやら二人同時に振り向こうとして、ぶつかってしまったようです。
椛はあうあうと頭をさすりました。
「えーっと。これは何でしょうか? うーん? 柔らかい」
「あわわわわ! 文さん、それ私の身体です! っていうか何処を揉んでるんですかー!」
「あやや、椛でしたか。これは失礼」
「って、そんなベタなボケしてないで、真っ暗で何も見えませんよー!」
「あや、椛は夜目は効きませんか?」
「私は犬じゃありませんってー!」
「いや、狼も夜目は効くと思いますけども。仕方ありません、ちょっと霊力を使いましょうかね」
文がそう言って、片手で小さな光の球を作り出し、宙に浮かべると眩しいくらいの光が辺りを照らし出したのです。
椛も目を瞬かせながら、周りを確認しようとします。
ガラクタ置き場……というのでしょうか? 岩肌に囲まれた小さな空間に、見たことも無い形の不思議な道具がひしめきあっていたのです。
人形のような物、小さなスイッチのような物、扉のような物、大きな茶色いハリボテ、扉のような物。
とにかく不思議な形をした道具がひしめきあっています。
「何だか、にとりさんの研究室みたいな場所ですね……」
「あやや、ヘンテコな道具ばかりですね……」
『あーあー、二人とも。無事についたかい?』
「きゃうん?!」
突然誰かの声がしたので、椛は全身の毛が逆立ってしまいました。
「だだだ、誰ですか!?」
「椛。このタイムトランシーバーからですよ」
言って文が振りかざした道具から、声が響き渡ります。
『あはは、驚かせてごめんごめん。河城にとりちゃんだよ』
そう言うにとりの声は何故か楽しそうです。
「あ、あの、にとりさん! 変な場所に閉じ込められてしまったのですけど、ここは一体どこなんですか?」
『ああ、ごめんね。そこ封印されてる石窟の中だわ! あはは』
「「ええー!?」」
なんと、石窟の封印を解こうとしている犯人を捕まえるはずだったのに、二人が石窟の中へと入り込んでしまったのです。
「あややや……これはとんでも無い事ですねぇ、まさか……大天狗様の封印の中に入り込んでしまうとは……流石はにとりさんの発明品です」
「文さん、こ……これからどうしましょう?」
「うーん、犯人が来るまで待機……ですかね?」
確かにここで待ちぶせしていれば……確実に犯人に出会えるのですが、それはすなわち犯人と正面か出会うという事で、椛は恐ろしくなってしまいます。
『あ、二人とも。とりあえず、そこに勝手に喋って動く人型のロボットは無いかい?』
「あや? ええーと? ロボットというのは、自立人形の事……ですか?」
『そうそう』
「というか、何故にとりさんがそんな事を知っているのですか?」
『いやぁー。そのうち分かるって。で、どうかな? ロボットはあるかい?』
椛が当たりを見渡すと、ガラクタに紛れて侍のような人形が目につきました。
「文さん、これでしょうか?」
「あやや、確かにそれっぽいですね。でも動いていないようですが」
文がそう言って拾い上げて、あれこれと触っていると……鼻に触れた瞬間に人形の目が光り、ギシギシと音をたてながら動きだしたのです。
「……誰ノリか?」
文の手から逃れるように、ピョンッと地面に着地するとその人形は振り向いて喋り出したのです。
「うわ、喋った!」
「あややや、これまた素晴らしい……。アリスさんの人形とは一味違いますね」
「天狗……? まさかまた何か悪行に使うつもりノリねー! 許さないノリよー!」
人形は急に怒り出し、背中に差していた刀を抜き出します。
「あわわ、ちょっちょっと待って下さい!? 何の事だかさっぱりー!」
突然切りかかってきた人形の攻撃を、椛はいつも持ち歩いている盾で受け止めます。
『えーっと、クロスケ君だっけ? 私達はあなたの敵じゃないから、ちょっと話がしたいのよ』
にとりが機械ごしにそう呼びかけると「なぜ吾輩の名前を?」と人形の動きがピタリと止まりました。
「我輩は、ニテレツ斎さまに作られたロボット、クロスケであるノリ」
刀をおさめ、クロスケと名乗った人形は礼儀正しく挨拶をしたのです。
「何か色々とその名前と容姿は、ギリギリアウトじゃないですかー!?」
「あややや、椛さんどうしました?」
「いえ、なんでもないです」
「どうしたノリか? 我輩は、コロッケじゃなくておはぎが大好物ノリよ?」
この作品をクロスオーバー作品にする勢いでクロスケは言います。これはいけません。
「先程は失礼いたしたノリ。我輩はニテレツ斉様が創りだした発明品が、未来でどのように利用されているか確認するために、そこにある航時機という機械に乗って過去からやってきたノリよ」
人形は、茶色いハリボテを指しながら言います。
「なるほど……あれもタイムマシンなのですか」
「未来にやってきたはいいものの、ニテレツ斉様の発明品は、この幻想郷という場所で大天狗達によって集められ……腹黒い大天狗達が道具を私利私欲の為に使っているノリ」
「なるほど、私達が大天狗様だと勘違いされて襲ってきた訳ですね」
「早とちりして申し訳ないノリ」
「あやや、なるほど。この石窟は大天狗様がこの便利な道具を自分で使うために封印を施したのですね……。でも、そんな悪い事に使われていると知っていたのなら、道具を回収して過去に戻ったら良かったのではないですか?」
「我輩が乗ってきたタイムマシン……航時機は、壊れてしまってもう使えないノリよ……。それに我輩は電源を切られて……何も出来なくされてしまったノリ。本来なら人間を豊かにするはずの道具も……大天狗の権威を保つ為に悪用されているノリよ」
「そんなのって、いくら大天狗様と言え……酷すぎます」
椛は、大天狗がひた隠しにしていた理由を知り……憤りを感じました。
「しかし、お二人方……どうやってここに入ってきたノリ?」
『それは私が説明いたしましょう』
静かにクロスケの話を聞いていたにとりが、待ってましたと言わんばかりに喋り始めました。
『お初にお目にかかります、私はこの幻想郷でエンジニア(自称)をしております河童の河城にとりと申します。実を言いますと、クロスケさんが居る時間から1日先の未来で、私はそこにある壊れた航時機を修理したのです』
「ななな、なんと?! 本当ノリか!」
『ええ、そこにあるタイムマシンがそうなんですけどね。ちょっと分解して私なりにアレンジした物なんですけど』
「おおお……これが……航時機だったノリか……」
『ニテレツ斎の書は……今、未来に居る私の手元にあります。幻想郷の為になるような発明にする為に、この書は私が預かってもよろしいですか?』
「もちろんノリよー! きっとニテレツ斎さまも大喜びノリ!」
『さて、クロスケさん。幻想郷に閉じ込めてしまい本当に申し訳ありません、でももう大丈夫です。私が修理した航時機を使って、過去へと戻って下さい!』
にとりさんの発言に、文と椛は「えっ」と顔を見合わせます。
「あや?! ちょっと、ちょっとまって下さいにとりさん! 話を勝手に進めすぎです! 何なんですか、全くついていけませんよ!」
『だって私、この事件の真相……全て聞いてますから』
「あややや?! だってにとりさん、何も知らないって!」
『ああ、すまん。ありゃ嘘です』
「あやや! にとりさん……騙していたのですね」
騙したァー、よくも騙したァー! と文は叫びます。
「コホン、取り乱しました。では一度ノリスケくんを回収して元の時間に戻ればいいですかね」
「クロスケくんですよ、文さん」
『あ、ごめんそれ無理』
「「えっ?」」
『実はそのタイムマシン。未来に行くための機能が完全に壊れちゃっててさ、過去に行けるようにしか修理できなかったのさ』
「ちょっと待って下さい、どういう事ですか!?」
『あはは、大丈夫! 大丈夫! 問題ないって!』
勝手に進んでいく話に、文と椛は置いてきぼりです。
不満をぶちまけても……にとりさんは未来に居ますから、結局いまさら何を言っても無駄なのです。
「本当に……このタイムマシン、吾輩が使ってもいいノリか?」
にとりさんの発明品の板状のタイムマシンを指しながら、クロスケは戸惑いながら言います。
『もちろん、元はと言えばニテレツ斎さんが作った航時機だからね。それは元々クロスケ君の物だよ』
「過去に戻ることしか出来ないのですから、悔しいですが私と椛にはもう必要が無い道具ですね……」
「あうあう……にとりさん、ひどいです」
『あはは、文句はこっちの時間に戻って来たらいくらでも聞くよ』
「では壊れてしまった航時機は置いていくノリ。それ以外の道具は全て過去に持ち帰らせていただくノリよ。そしてお二人方、この書をどうかにとり殿に渡して欲しいノリ」
クロスケがガラクタの山から取り出したのは、薄汚れた本でした。
「これはニテレツ大百科と言い、ニテレツ斎様が自身の発明品をまとめた設計書ノリ。我輩が未来に来た目的の一つに、この書を優秀な技術者に渡す使命があるノリよ」
『実はもう、この時間では私の手元にあるんだけど。二人にはその時間の私にそのニテレツ大百科を渡して欲しいの」
文は何か難しい顔をしました。
にとりさんの言うがままに話が進んでいるのが面白く無いのは、文も椛も一緒です。
しかし……大天狗が石窟でおこなっていた秘密を知ってしまい……クロスケがとても可哀想になってしまったのも事実です。
出来る事があるのなら可能な限り助けてあげたいという考えは、文も椛も同じなのです。
「責任はやはり我々天狗にあるのでしょうね。しかし大天狗様が……裏でこんな事をしていたとはねぇ、とんでもないスキャンダルですよ……分かりました。この本は必ずにとりさんにお渡しする事をお約束します」
文はそう言って、クロスケが差し出した本を両手で受け取りました。
石窟の中に散らばっていた、ガラクタのようにも見える道具達、それを全部二畳程のスペースしか無いタイムマシンに乗せると、山積みで中々……不安定な状態になりました。
「かなりギュウギュウだけど……大丈夫でしょうか?」
『100人乗っても大丈夫な設計にしてあるから……多分大丈夫だよ! 多分』
そのガラクタの塊の一番上に乗り込んだクロスケは、慣れたような手つきでタイムマシンを操作しています。
「あやや、ノリスケさん。その機械の使い方わかるんですね」
「航時機と操作方法が同じだったおかげで、吾輩にも扱えるノリよー。さすがにとり殿ノリ!」
『いやぁ、それほどでもー』
「では文殿、椛殿、そしてにとり殿……短い時間だったけれど本当にありがとうノリ……三人の事はずっとずっと忘れないノリよー!」
そうクロスケが叫ぶと同時に……目を覆いたくなるほどの激しい光が炸裂しました。
そしてバシュンッと石窟内に低く響く音を最後に……石窟の中には文と椛、そして壊れた航時機だけが残されたのです。
※※※
急に静かになってしまった石窟内。文さんが作り出した霊力玉に照らされていますが……暗くて寂しい空気です。
「あやや……ノリスケくん、行ってしまいましたねぇ」
「クロスケくんですよ、文さん」
「で、にとりさん。過去に無理やり飛ばしておいて……この仕打とは……中々えげつない事をしてくれますね」
『ほ、ほら! 真相を知ることができたんだし! 二人とも。だから許して……』
「ふふふ……にとりさんに後でたっぷりお礼を差し上げますよ。さてさて、ところで私達はどうなるんですか?」
「ここにもタイムマシンはもう一台ありますけど、これ、壊れてるんですよね」
「あや、航時機ってやつですね。ハリボテにしか見えませんが、これがタイムマシンなのですね」
指をさした先にあるのは、木製で出来た乗り物のような道具。にとりが作ったタイムマシンと比べるとハリボテに見えます。
「これが使えない……なら結局、今回の事件の犯人が石窟の封印を解くまで待って脱出するしか無いのでしょうか?」
『うーん……二人とも。盗みを働く為に石窟の封印を解いた犯人……居ると思う?』
にとりの意味深な発言に、文と椛は顔を見合わせました。
そして思考を巡らせると、だんだんと嫌な予感がふつふつと湧いてくるのです。
「えーっと、えーっと……もしかして、もしかして……?」
「もし犯人が存在せず、封印が解除されないとすれば……私達が外に出るためには、内側から封印を解くしかありません。と言う事は、その場合……この事件の真犯人は」
「「私達だーーーー!!!!」」
「あやや、にとりさんやっぱり最初から全て知っていたんですね……! 記者の目を欺くとは……」
『いやいや騙すつもりは無かったんだけどねー、その時間の私から見た状況をスムーズに作り出すためにさ、ちょっと嘘ついちゃったよ』
「ちょっとどころじゃありませんよ! というかどんだけ演技上手いんですか!」
『ふふふ、河童映画界の主演女優賞を頂いた事がある私に不可能はない』
「あの、にとりさん、ちょっといいですか?」
『ん、どうしたの椛?』
「ここにある航時機という機械と、文さんが受け取ったニテレツ斎の書をにとりさんに渡さないと、結局クロスケくんがずっと帰れないって言う事になっちゃいますよね? 私達が脱出に失敗したら、そもそも……? あれれ?」
「あやや、タイムパラドックスというやつですね」
『うーん、私の理論では矛盾は発生しないはずなんだよね。つまりは、二人は無事に石窟から脱出できるはず』
「はずって事は絶対じゃないんですか?」
『もしもタイムパラドックスが発生した場合最悪、幻想郷の崩壊に繋がる可能性が……あくまで可能性だけどね、あはは。まぁ、大丈夫、なんとかなるって!』
「うう……余計に心配になっちゃいましたよ」
「あやや、まぁここで躊躇ってても仕方がありませんね。この書と航時機を無事、にとりさんの所に運んでゆっくり休むとしましょう!」
「は……はい!」
この航時機という機械をどう運ぼうか、文と椛の打ち合わせが始まりました。
「幸い、この機体には車輪が付いていますね。これなら上手く軌道にのせれば川まで一直線に行けるかもしれません」
『そうだね、その航時機は防水機能付きだったから、川を下ると楽だと思うよ!』
「川に入ってしまえば……そのまま流されてにとりさんの家の近くまで行けるって事ですね」
「問題は……地面を走らせるとなると、木々が邪魔になるんですけどね」
「では私が先頭で道を切り開きます」
「ふふふ。椛、よろしく頼みますよ……」
文はまた楽しそうな表情が溢れてきています。
にとりに振り回されたとはいえ、とても刺激的で楽しい出来事というのは変わりないという事なのでしょう。
そんな文を見ているだけで、椛もわくわくどきどきと何だか胸が高鳴ります。
「さぁーて……いくら大天狗様の結界といえど、内側からならば壊すのも容易です!」
「でも、壊したら大騒ぎですよね」
「ええ、それで上層部もカンカンですね。そして宝物を盗んだ犯人を探せーと血眼になるはずです」
「そして私と文さんが、その真相を知る為に……取材に出かけるんですね」
「そうなるように、全力でいきましょう!」
※※※
「蹴散らせええええええええ!!」
ウーウーと河童が取り付けた警報機が鳴り響きます。
文が力任せに石窟内で風を起こしたら、封印は簡単に破れました。
そのままの勢いで、航時機の上で二人は背中合わせに乗り、川に向かって一直線に突き進んでいきます。
見上げると、上空にはもう異変に気が付いた哨戒天狗達が、集まってきているのが木々の隙間から見えます。
「あややややややや、しかしこれ、見つかったら処分どころの話じゃすみませんよー!」
「見つからない為に全速力で逃げるしか無いですね!」
「てやぁぁああ!」
航時機の先頭に足を掛けた椛は、目の前に迫る障害物である木を、いつもその背中に担いでいる刀で切り捨てていきます。
文は速度を出すために、後ろ向きに風をゴウゴウと呼び出します。
ガラガラガラガラ――車輪が壊れそうな音をあげながら、二人を載せた航時機は、真っ暗な闇を突き進んでいくのです。
障害物に乗り上げるたびに、機体は大きく跳ね上がりギシギシと悲鳴をあげます。
一直線に下っていくと……やがて斜面も緩やかになり、航時機の速度も遅くなっていきます。
そして速度がだんだんと落ち……完全に、航時機は前に進まなくなってしまいました。
「あれ、文さん?」
「もう……霊力が……ふぅ、ふぅ……」
文さんは青白い顔をして、汗まみれになっています。
常に風を出し続けるという事は、かなりの霊力を使ってしまうのです。
「文さん、しっかりして下さい、もうすぐ川ですよ!」
「へ……へぁー……」
椛が呼びかけても、文は倒れそうな顔色でヘラヘラと返事をするだけです。
「うう、まずいです……この辺りは木々も少ないですし、へたすると見つかっちゃうかも」
椛は慌てて航時機から飛び降りると、その機体の後ろから両手でゆっくりと押し出しはじめました。
車輪が壊れかけているのか……思うような速度は出ません。しかし、確実にゆっくりと前には進んでいました。
「あややー、椛だけにやらせるわけにもいきませんね」
文はふらふらとしながらも、椛の隣に並んで一緒に航時機を押し始めました。
カラカラカラ……ゆっくりとゆっくりと……前に進んでいきます。
しかし同時に上空では、天狗達の怒号が近づいて来ているの分かります。
「く……、哨戒天狗達が集まって来てる」
『……流石にピンチだね。よしきた、椛、このタイムトランシーバーを思いっきり進行方向と逆に放り投げなさい。私が引き付けるわ』
「え? にとりさん?」
椛は言われたとおり、文からタイムトランシーバーを受け取ると、全力で放り投げました。
遠くで、ポスンと機械が地面に落ちた音が聞こえます。
そしてややあってから……、
『ぎゃああああああああああ助けてええええええええええ、未確認の妖怪、封印されていた妖怪だあああああああああ。ぎゃああああ。助けて、助けて、食べられるひぎぃいいいいい。痛いいぃいいいい。何かでちゃいまひゅぅううううう』
というにとりの迫真の演技が遠くから響いてきました。
「なんだ!?」
「あっちか!?」
「人間だ!」
「見つけたか!?」
近くに居た天狗たちが次々に、にとりさんの声がする方向に集まっていくのが見えました。
「ちょっと、あれ、やり過ぎじゃないですか」
「あやや……でも陽動は成功してますよ、このまま一気に川まで押しましょう」
二人は頷きあい、もう目の前に迫りつつある川に向けて、じりじりと航時機を押し運びます。
「結局……食べられた人間の正体も、遺されたけいたいでんわも……こういう事だったんですね」
「あやや……場合によっては真相は知らない方が幸せっていうのを……身を持って感じさせられますね……」
「文さん、川が見えてきましたよ!」
「ふぅーふぅーやっと……ここまできましたね」
霊力を使い切った挙句、体力もかなり使った文は、本当にふらふらでくたくたでした。
「あとは川に直接飛び込んで、にとりさんの家の近くまで流されましょう!」
ここまで来ればもう何も心配はいらない、二人がそう安心しきった時でした。
「そこ、誰かいるのですか!?」
ふいに上空から凛とした声が響き渡ったのです。
椛の心臓が激しく跳ね上がります。
「あわわわ!?」
「あや!? 見つかってしまいましたか……マズいですね……椛は機械と一緒にここで隠れて下さい」
「あ、文さん。どうするんですか!?」
「相手は哨戒天狗のようですから、軽くあしらってきますよ」
汗を手の甲で拭いながら、文はいつものようにへらへらと笑いました。
文が声がした方へと飛び上がると、一人の白狼天狗が待ち受けていました。
「あややや、どうかされましたか?」
「あれ……文さん? こんな時間に何してるんですか」
「おやや、も、椛じゃなですか……」
飛び立った文の姿を地上から見守っていた椛は、目を丸く見開きます。
「つい先程この辺りで、轟音と走り去る巨大な影を見たとの報告があったのですが、何かご存知ありませんか?」
「私もたった今、その姿を追いかける為に来たのですよ」
「そうでしたか。だいぶお疲れのようですが……?」
「あやや、ずっと追いかけてましたからね。確か、あっちの方に逃げていったと思いましたが……」
文は言いながら明後日の方向を指さします。
「文さんは追いかけるんですね?」
「え、ええ勿論」
「なら、私も一緒について行きます」
「いやいや、大丈夫ですよ? 私は一人で追跡しますから!」
「一人より二人の方がいいと思います。さっき哨戒天狗のテレパシーで、襲われる人間を見たという報告が入りました。危険な妖怪のようなのでお供しますよ」
「いやでも、椛にはほら……哨戒天狗としての仕事があるじゃないですか」
「とにかく侵入者を捕まえろ。としか命令されてないのですよ。その妖怪が怪しいと思うので、目的は一緒かと」
「いやでも、本当一人でいいですから!」
「文さん、汗だくでお疲れじゃないですか! 危ないから私も一緒に!」
「一人で!」
「一緒に!」
「一人で!」
「一緒に!」
「……」
「……」
「椛に……」
「何ですか?」
「椛に一緒に来られると足手まといなんです……。言わせないでもらえますか?」
「……っ!」
「そ、そうでしたか。そそそ……そうですよね。お邪魔しました。わわわ、私は、仲間と合流する事にします。お邪魔しました」
そうして逃げるように……『この時間の椛』は立ち去っていきました。
文は木陰に航時機と隠れていた椛の所に戻ると「はぁ……」と気の抜けたようなため息をつきました。
「椛! ごめんなさい」
「いやいや、私の方こそ……こんな事情があったなんて全く知りませんでしたからっ! 私の方こそ……ごめんなさい……」
「椛は悪くありませんよ……」
「文さんも悪くありません!」
「じゃあ悪いのは……、にとりさんという事にしておきましょうか」
「……そうですね!」
疲れもどこかに吹き飛んで、二人はくすくすと笑い声が漏れました。
川に飛び込んだ後は、あっという間ににとりの家の近くまで到着しました。
二人で跡がつかないようにせっせと航時機を川から引き揚げて、にとりを呼び出したのです。
「ひゅい!? なっなに?!」
夜中に突然現れた、汗だくでしかも絶妙な笑みを浮かべている文と椛、にとりの目にはさぞ不気味に映り込んでいたようです。
「どうしたの二人ともこんな時間に、しかもその……船? 何なの?」
「話せば長くなるのですが……」
「とりあえず、文さん……見回りが来る前にこの航時機を隠しましょう」
「おおっと、そうでした」
「この大きさでもにとりさんの研究室になら入るはずです。三人で持ち上げて運びましょう」
「あや、にとりさんも持ち上げるの手伝って下さい。木製とは言え結構重いですよ」
「ひゅい? ひゅい?! ひゅいー??」
にとりは訳もわからず、あたふたとするだけなのでした。
※※※
「えーっと、段取りとしては明日の夕方までにタイムマシンを修理すればいいんだよね?」
にとりは輝かしい目で言います。
今のにとりには、明日までに修理は終わるのか……なんて心配もいらなそうです。
「そうなりますね。明日の夕方……私達がにとりさんを疑って訪ねてくるはずなのです」
「その時に、修理をしたタイムマシンで事件があった時間に送り込めばいいって事ね」
「あやや、そうです」
「つまりは二人が知っている昨日の出来事が限りなく再現されるように動けばいいのね~♪」
にとりは楽しそうに、にやけたり、大声で突然歌ったり、落ち着きがありません。
「ふふふ……いやぁ本当。最高だよ二人とも! こんな素晴らしい本に、こんな技術を持ち込んでくれるなんて!」
「……はぁ、喜んでいただけて良かったです」
「あや、何だか気が抜けちゃいましたねぇ。怒る気もなくなっちゃいました」
「さて早速修理始めるから、悪いけど椛、最初の分解だけ手伝ってくれない?」
「あ、はいー」
椛はパタパタと、航時機をいじくっているにとりのもとに駆け寄ります。
「せっかくですので、何か使えるかもしれませんし。ちょっと撮らせて頂いてもいいですか?」
「どうぞどうぞー。私としても分解前の写真があると助かるからね。っと、椛、こっちおさえててもらっていい?」
「はいはいー」
――カシャッ
――カシャカシャッ
文はそんな二人をもくもくと撮影していきます。
「あや……? 上手くピントがあいませんね」
「どれどれ? あーAFがいかれちゃってるね。激しい揺れとかで壊れちゃったんだと思うよ。MFで撮ってみたら?」
「あやや? よくわからないのですけど」
「枚数撮ってりゃそのうちピントあうさ。今は無理だけど、手が開いたら修理してあげるよ」
「それは助かります」
――カシャッカシャカシャッカシャ
「確かに何枚かに一枚はピントしっかりあいますねぇ……ううーん」
「ああ!? あ、文さん。今気が付いたんですけど」
椛は、にとりと文のやり取りを聞いて驚いたような声をあげました。
「あや? どうしました?」
「はたてさんが持っていた写真って……今、文さんが撮ってる物を念写したんじゃないですかね」
「……いわれてみれば、なるほどなるほど、おお、辻褄があいますね!」
「はてたさんの念写ではピンボケになっていましたけど、もし文さんがしっかり撮影してたら結構危ないんじゃないでしょうか? 念写できるのははたてさんだけじゃないですし、今の私達は妖怪の山の天狗全てを敵に回している状態なんですよ」
椛が不安そうにそう告げると、文はちょっと考えたそぶりを見せた後、深刻そうな顔になりました。
「椛、それは違います」
「え?」
「確かに……私達が犯人だと知ったら、怒り狂う者も沢山いるでしょう。でも同時に、かくまってくれる天狗達はきっと居ますよ」
「だから、全てを敵に回している訳じゃないんじゃないかな。と私は思うのですよ。ただ、確かに余計な行動を起こすのは危険ですから……ちょっと自重しますね」
「そうです……ね、はたてさんもそうですし、他の天狗達が全員敵になった訳じゃないですよね」
「そういう事です」
「実は、今回の件で罪悪感があったんですけど、文さんのおかげで凄い楽になりました」
「さてとー、後は一人で頑張れるから。二人とも後は上の部屋でゆっくりしてていいよ! 疲れたでしょ?」
にとりがそう言うと、文が「お言葉に甘えてー」とふらふらと上の階へと登っていきました。
椛もその後をパタパタと追いかけました。
椛はソファーを借りて横になると、一日の疲れがどっと湧き出てきました。
同じくソファーで寝そべっている文も、相当疲れているのかか細い声で呟きます。
「何か私達にとってはもうくたびれ損でしか無いのですね……」
「きっと、未来のにとりさん的には、すべての真相を知れたんだからいいじゃない! と言って押し通しそうですね」
「今度、新しい発明品の独占取材の約束を取り付けないといけませんね」
くすりと文さんは笑います。
こうして、ゆっくり目を閉じると。
何だかんだで、振り回されて大変だったけどとても楽しい一日だったと感じます。
「全ての原因はにとりさんの発明品だけど、文さんと仲直りできたし、こうして二人で笑い合えるのも、にとりさんの発明品のおかげ。何だか文さんとの距離が前よりぐっと近くなれたので、今回の件は私の中では水に流しましょう」椛は心の中でそうつぶやくのでした。
文がスースーと寝息を立てているのを横目に、椛は寝れずにいました。
たった一日の間に、文さんと一緒に色々な事があったのです……嬉しくて寝れない、不思議な感覚でした。
なんとなく、にとりが気になったので椛は起き上がり、地下研究室へと向かいました。
「おや? 椛、寝れなかったのかい?」
にとりは、研究室でニテレツ大百科を開きながらニヤニヤしていました。
「あれ? にとりさん、もう修理終わったんですか?」
「もちろんさ、ばっちりだよ」
言いながらにとりが指をさした場所には、椛の記憶にあたらしい白い布で覆われたタイムマシンが置いてあったのです。
さすがの仕事の速さに、椛も驚きを隠せません。
「それよりも私は早くこのニテレツ大百科に載ってる道具作りたくてさー! どれを作ろうか目移りしちゃうよー」
にとりがパラパラとめくるニテレツ大百科には、用途不明な不思議な道具の設計図が踊っていました。
椛が覗きこむと、見覚えのある形の道具がありました。
「あ、これなんて……どうですかね?」
「おー、未来の可能性を検出して、望んだ未来が起こるように行動させる道具か……回りくどいけど、面白そうだね」
「これ、完成したら是非……私に使わせて下さい。この時間の本当の私の方に……ですね」
「お、いいねー。自ら試してくれるなんて! どれどれ、では早速いってみよー!」
そうしてにとりはまたも自分の世界に入り込んでいきました。
椛もタイムマシンの修理が無事終わったのを確認したら、安心してしまったのか急に眠気が強くなりソファーに戻るととすぐ寝息をたててしまいました。
※※※
「椛、起きて下さい朝ですよ」
ゆさゆさと肩を揺さぶられて、椛はゆっくりと目を覚ましました。
「あれ、文さん……」
「私は取材にいこうと思うのです。だって時間を戻ったのですよ。こんな面白い事他にないですよ!」
「え、え? えーーー!? でも。万が一、この時間の文さんと文さんが出会っちゃったらどうするんですか?」
「昨日の私の行動はバッチリ覚えてますから、その心配には及びませんよ、椛」
昨晩は余計な行動は自重すると言っていたはずなのに、文はもう出かけたくて仕方がないようです。
「それに私ひとりだったら、誰にも怪しまれずに行動できますから」
ひとり……。その言葉に、椛は得も知れない感情に支配されます。
「やっぱり文さんは……、一人がいいんだ……」椛は心の中で呟きます。
「さて出かける前に、にとりさんに声かけてきますね!」
「あ、文さん!」
呼びとめる声も虚しく、文は地下へと降りていってしまいました。
椛はぐっと奥歯を噛み締めてから……ポケットから小さな石を取り出しました。
「お願い、石ころ(超電磁パワーストーン)さん! 今日は私……文さんとずっと一緒にいたい!!」
「ジツゲンカノウデス。ジツゲンカイシシマス」
地下研究室では徹夜で作業をしているにとりと、意気揚々とした文が話し合っていました。
「という訳で、ちょっと取材に出かけてこようと思うのですよ」
「うーん、チャレンジャーだねぇ……どうしてもというなら止めないけどさぁ」
にとりがそう言うと同時に、椛が研究室内へと入ってきました。
そして文の前まで歩み寄ると、わずかに顔を赤らめながら口を開きました。
「文さん……。私は文さんと一緒に居たいです。外は万が一の危険性もありますから、今日は……にとりさんの家で一緒に過ごしませんか?」
「あやや……そう言われてしまうと」
「確かにタイムパラドックスの可能性があるからねぇ……今の二人が過去に行くまではここでおとなしくしておいた方がいいと私も思うよ」
「ふむ、それもそうですね。じゃあ、今日は椛とゆっくりするとしましょう」
椛の主張に、にとりが後押しし折れたのか文は何だか恥ずかしそうな表情で言いました。
そんな二人を横目に見ながら、にとりはうーんっと伸びをします。
「さぁーて……一段落したし」
「あやや、にとりさんおつかれです。これから上で睡眠とられるんですか?」
「いんや、せっかくの二人の時間を邪魔しても悪いからね。軽くこっち時間の椛と将棋打ってから、研究室で寝る事にするよ。あ、上の部屋は二人で自由に使っていいからねー」
「にとりさん、ありがとうございます」
「お互い様だねー」
そうして椛が文さんと居たいという願いはまたしても実現しました。
しかしながら同時に……椛の中で疑問が湧き出てきます。
「自分で言えばいいだけの内容なのに、それすら石ころ(超電磁パワーストーン)に頼らないとだめなの?」
「道具に頼らないと……結局私は何も出来ないの?」
そんな言葉が、ぐるぐると椛の中で回り続けるのでした。
※※※
その日の夕方、にとりの部屋の奥に隠れた椛と文は、その時間の自分たちが過去に飛び立つのをじっと待ちました。
「ええっと……今、タイムマシンが起動した音、聞こえましたね」
「あやや、これでやっと私達がこの時間の本来の自分になれるわけですね」
二人は「はぁーーーーっ」と長い溜息が出ました。
「さてと、にとりさんの過去へのオペレーションが終わりましたら、私達も解散するとしましょうか」
「あ……はい」
地下からは、にとりが過去に向かって通信機で呼びかけている楽しそうな声が響いてきます。
そんなにとりを観察するために文は地下研究室へと入っていきましたが、椛はその後を追いませんでした。
「私は……道具に頼ってちゃ……駄目だよね」
自分自身に問いかけます。
結局、この振り回された二日間があったのは石ころ(超電磁パワーストーン)のおかげでもありました。
仲直りできたのも、文さんとの距離が近くなったのも、はたてさんと三人で笑いあえたのも、すべて石ころ(超電磁パワーストーン)のおかげです。
だからこそ、椛としては……自分自身の力で手に入れる事が出来なかった事実が、悔しかったのです。
「でも……最後に、最後に……どうしても自分では叶えられない願いを叶えさせて下さい」
椛はこれで石ころ(超電磁パワーストーン)を使うのを最後にすると心に強く誓いながら、握りしめました。
この願いを叶えた後は、道具には一切頼らずに自分の力で頑張っていこう、椛はそう決心しました。
「文さんと……キッ……キスしたい」
『ピピー、エラーデス。ジツゲンフカデス。ベツノメイレイヲシテクダサイ』
予想していなかった石ころ(超電磁パワーストーン)からの返答に椛は戸惑ってしまいます。
実現不可能。
という事は、努力をしても不可能、道具の力を使っても不可能。
「私は……文さんと絶対にキスできないって……事?」
この道具に不可能だと宣言されることは、願いが絶対に叶わぬものであるとトドメを刺すという事に……たった今、椛は気が付きました。
くらくらと頭がのぼせたようになり、悲しさと、怒りと、悔しさと、色々な感情がごちゃまぜになって込み上げてきます。
「文さんとキスしたいし、抱きしめあいたいし、無理かもしれないけど、恋人関係になりたいのー!!」
『ピピー、エラーデス。スベテジツゲンフカデス。ベツノメイレイヲシテクダサイ』
「あはは……そう……だよね……無理。絶対に無理だよね……何言ってるんだろう……私」
椛はその場でぺたりと座り込むと、何だか全身の力が抜けたようになってしまいました。
「じゃあ、じゃあ……最後に……これだけ。文さんと手を繋ぎたい」
『ピピー、エラーデス。ジツゲンフカデス。ベツノメイレイヲシテクダサイ』
「えっ? なんで? どうして……?!」
この道具ならこんな簡単な命令が実現出来ないはずがない、それは椛が一番良く知っています。
なのに不可能だと返してくるという事は……。
「まさか……壊れちゃった……だけ? あはは……あははは、はぁ……」
椛は乾いた笑いが、ただただ溢れでてくるのでした。
にとりの過去へのオペレーションも無事終わり、いよいよ一件落着となりました。
研究室では、にとりは満足して大笑いし、文もこの二日間を思い返しながらくすくすと笑っていました。
椛は壊れてしまった石ころ(超電磁パワーストーン)を文に気が付かれないように、にとりに差し出しました。
「にとりさん。ごめんなさい。壊れちゃったみたいです」
罰が悪そうに椛がそう切り出すと、にとりは「お? いーよいーよ、気にしないで」と上機嫌です。
「えーっと、昼間に渡したのが今の椛だからー、ああ、なるほど……私に作らせたのもそういう訳だったのか」
「それで、どうだった使ってみて?」
「やっぱり道具に頼ってばかりじゃいけないって再確認しましたよ」
「まぁ、コイツは背中を押す道具だからねー。しかしやっぱり壊れたかぁ……むぅ完璧に作れたと思っても結構穴があるもんだねぇ」
「あやや、さて一件落着ですね。そろそろ帰るとしましょうかー!」
文のその一声で、椛の楽しかった二日間に終わりが告げられたのです。
※※※
日も沈んで辺りはもう薄暗くなり、気がつけば夏も虫たちの大合唱もピタリと止んでいました。
にとりの家を出てさて帰ろうという所で、ふと文が椛に声をかけました。
「しっかし困りましたね」
「え?」
「今回の大事件の犯人ですよ。犯人。記事を書くつもりがまさか殆ど私達のせいだったとは……」
「黒幕はにとりさんですけどね……」
「大天狗様が隠していた事実を書くわけにもいきませんし……ここはやはり、面白おかしく書くしかありませんね」
文はでたらめな記事の構想を描き、くすくすと笑います。
「さて……と。頑張った椛には、ご褒美をあげなくてはいけませんね」
「ご褒美って何……ですか?」
「ふふふ、それはお楽しみです。さあ私の家にいきましょう、ほら椛、いきますよ」
言いながら、文は椛の手を取ります。
「えっえ!? 手ぇ……」
「おや、私と手をつなぐのは嫌ですか?」
「そんな事ないです!!」
「ふふ、では行きましょうか」
夏の夜風に煽られながら、二人は飛び立っていくのでした。
※※※
「あれ……おっかしいなぁ? 確かに椛は壊れたって言ってたけど、システムは全部正常だよなー」
にとりの研究室。にとりは椛に返された石ころ(超電磁パワーストーン)を修理しようとしていたのですが、不具合がどこにあるのか分からず、一人で頭を悩ませていました。
「この機械がエラー出す時は、実現があまりにも難しい命令の時か、機械を通さなくても元々起きるはずの出来事を命令しちゃった場合だけって、ニテレツ大百科には書いてあるんだけどな……」
「うーん、何が原因なんだろう?」
にとりは首をかしげたまま、壊れてなどいない石ころ(超電磁パワーストーン)をまじまじと見つめるのでした。
おしまい
こう言うの面白いなー
つか面白かったよ(´・ω・`)
物語との相乗効果で楽しいですね。
次回作にも期待。
面白かった。
児童文学っぽさもでていて、お見事。
もみじもふもふー
お話もどこかで見たようなロボットが出たり、にとりがくろまく~だったりと面白かったです
・「、感情を抑えきれず不快感をあらわにしてしまい、ギリっと奥歯を噛み締めます。」
文の冒頭に「、」があります。
・「はてたさんの念写ではピンボケになっていましたけど、もし文さんがしっかり撮影してたら結構危ないんじゃないでしょうか?」
はてたさんw
また、タイムマシーンが出てきた時点でオチがわかってしまったけれど、伏線が回収されたり意外な展開があったりと最後まで楽しめました。
文さんと もっともっとべたべた出来るといいですね・・・ッ!
とても楽しいひと時でした。
またこんなあやもみが読みたいです 読みたいです