「………」
私こと宇佐見蓮子は、今現在とても不機嫌だ。
理由は至極単純。昨日相棒と、思いっきり喧嘩をしたからだ。
……いや、あれは私が怒鳴っただけだから、正確には喧嘩じゃないのか。
「でも、あれはメリーが………」
思わず声に出して、あわてて口を閉じる。
わかってはいるのだ。悪いのは彼女じゃなくて私。
ただ、私が自分の感情をコントロール出来なかっただけ。
そう、あれは、放課後のいつもの喫茶店でのこと――――。
「メリー、何かあった?」
喫茶店に入り、次の活動の話をしていた時、メリーの顔色があまり良くないことに気付いた。
「え?別に何でもないけど……」
メリーはそう言って笑顔を見せる。けど、無理してるのが私にはわかる。
「ウソ。絶対何かあったでしょ。私に話してよ」
「何でもないってば……」
「また、夢の中で何かあったのね?」
「………っ!」
“夢”という単語に分かりやすいほど反応するメリー。
今度は一体何があったのだろう。気になってメリーに聞こうとしたその時、
「………ないから」
「………え?」
メリーがボソッと何かを言う。しかしうまく聞き取れずに聞き返すと、
「………蓮子には、関係ないから!」
ハッキリと、その言葉が私の耳に突き刺さる。
私には、関係ない。
「……何、それ」
その一言はあまりにも唐突で、私の思考回路は一瞬にしてメチャクチャになる。
何も考えられないまま、メリーの方を呆然と見る。
メリーは口元に手を当てていて、さっきよりも顔色が悪くなっていた。
そして、その瞳は後悔の色に染まっていた。
「……私じゃ、ダメってこと?」
ようやく絞り出した声は、掠れてしまっている。
言葉の意味を理解したとき――メリーは後悔してるのに――、私は自分を抑えられなくなった。
「私がメリーの悩みを聞いたって無駄ってこと!?」
「ち、違うのよ蓮子………」
「何が違うのよ!?ねえメリー、私たち秘封倶楽部は、二人で一つでしょ?一人が困ればもう一人が助ける。そうだよね?答えてよ、メリー!!」
「………」
「……っ!もういい、メリーなんて知らない!!」
「あ、蓮子………!」
メリーは何も答えてくれなかった。
今まで築いてきたものが、音を立てて崩れていく。
そのまま店を飛び出し、家へと全力で走った。
(………メリーの、バカ!!)
家に着き、勢いよく扉を開け、そのままベットに飛び込む。
枕に沈めていた顔を上げると、押し付けていた部分が濡れていた。
私は、自分でも気づかないうちに泣いていた。
ただ、悲しくて。
何も話してくれず、全て一人で抱え込もうとするメリーの態度が。
そして、悔しかった。
それを分かっているのに、メリーの悩みを聞く事ができない自分が。
「………何が、二人で一つよ」
そう思っているのは事実。だからこそ、本当にバカなのは自分の方。
メリーにも、相談したくても出来ないことだってあるだろう。
なのに私は、無理矢理にでも聞き出そうとしていた。
最も大切なのは相談に乗ることじゃなくて、メリーのことを一番に考えることなのに。
私は自分を、優先させていた。
「………私、最低だな」
あの時の、彼女の瞳。
自分で言った言葉に後悔し、どうしていいか分からなくなっていた。
そんな彼女を無視して、私は感情をぶつけた。
一体どれほど、彼女を傷つけたのだろう?
その日はそのまま、泣き疲れて眠ってしまった。
そして、今日に至るわけである。
大学に行くとメリーに会うことになるので休んだ。
今の私は、メリーに会った時、自分を抑える自信がない。
「はぁ………」
窓からオレンジ色の光が射し込む。朝からずっと昨日のことを考えていた。
正確には、メリーが話してくれなかったことについてだが。
「十中八九、夢のことよね………」
異常なほど“夢”という単語に反応したから間違いないだろう。
いつもの夢のように、また境界を越えたのだろうか?
だが、それなら私に隠す必要なんてないはずだ――――――
―――――私はまた、自分を優先させている。
本当はそんなことじゃなくて、もっと他に考えなきゃいけない事があるはずなのに。
私の思考は動き続ける。そしたら、別のことを考えずに済むから。
………結局、私は逃げているだけなのだ。
大事なことから目を逸らし、見つけた逃げ口に潜り込む。
真正面から全てを受け止める自信がないから、私は逃げ続けている。だって……。
「正直、かなり苦しい………」
一番の理解者だと思っていたから。それを否定された気がしたんだ。
だからあんなにも、自分を抑えることが出来なかった。
この眼のおかげで巡り会えたけど、今はもう、能力なんて関係ない。
時間も境界も無視して、ただただ、彼女の隣にいたいだけなんだ……!
―――彼女はどう思っているのだろう?
ふと、視線を手元に落とす。そこにあるのは、お揃いのストラップがついたケータイ。
何度も何度も、連絡しようとしてやめた。
迷惑がられるかもと思うと、手が止まってしまうのだ。
……私はまた、逃げている。
考え事をしていたら、いつの間にか部屋の中が真っ暗になっていた。
月が輝き、夜空には無数の星が広がっている。
「23時52分15秒……タイムリミットかな」
時刻はもうすぐ午前0時。流石にもう、連絡など出来るはずもない。
「……私の意気地なし。いつもの宇佐見蓮子はどこいったのよ?」
自分らしくない。こんなに悩むのは、私の性分じゃないのに。
秘封倶楽部の活動時間は、いつも今より遅い。
連絡だって、しようと思えばいつだって出来るはず。
(………いつまで、逃げるつもり?)
そっと自分に問いかける。
色んな言い訳が浮かんだが、その全てを否定する。
いい加減、一人二役のおにごっこには疲れた。
私の中で、答えが決まる。
「………よし!」
連絡をしようとケータイを取ったその時、
「え………」
ストラップが、揺れる。誰かからメールが届いた。
こんな時間に送る人なんて、彼女以外にありえない。
「何なのよ………」
ようやく答えを見つけたのに、先を越されてしまった。
彼女からのメールには一行のみ。
『今から指定する場所に来て』
その後もう一通、メールが届く。
指定されたのは、私と彼女の家の中間地点の場所だった。
―――もう、逃げない。
すぐに支度を整え、夜の街へと飛び出した。
「………メリー」
「蓮子……」
辿り着いたのは小高い丘。そこからは満天の星空が覗ける。
走ってきてみると、既にメリーは来ていた。
「何の、用?」
「……蓮子に、話そうと思って」
少し棘のある言い方になってしまったと後悔する。
けれど、メリーは特に気にしていないようだった。
「話すって………」
「うん。昨日…いや、一昨日に話せなかったこと」
メリーがそう言い直したのを聞いて空を見上げる。
午前0時12分09分。日付が変わっていた。
「………夢を見たの」
視線を戻すと、メリーは私をじっと見ていた。
何だか、泣きそうなのを我慢しているようにも見える。
「いつも見るような、境界を越えた夢じゃなかった」
「いつもの夢と違う………?」
「……その夢は生々しくて、現実だと錯覚してしまいそうだった」
苦しそうに話すメリー。一体どんなに酷い夢を見たのだろう?
私がそれを聞くことで苦しみが減るのなら。
「その夢はね、蓮子」
「うん」
「私と蓮子が離れ離れになる夢だった」
「え………?」
一瞬、聞き間違いかと思った。
私とメリーが離れ離れ?そんなこと、夢であっても絶対嫌だ。
メリーは苦しそうにしながらも、その先の言葉を続ける。
「私も蓮子も境界に呑まれて、そのままどこかに飛ばされていた」
「そん、な………」
「夢はそこで終わった。でもね、何だか予知夢のようで、私………」
メリーの瞳から、涙が落ちていく。
「凄く、怖かった………!」
一体、どれほどの恐怖を感じていたのだろう?
そして、私に会うたびに、どれだけ不安になったのだろう?
私は、そんなメリーの心を分かってあげられなかった。
「蓮子と離れたくないって、蓮子を失いたくいないって、心の底から思った……!」
「メリー………」
「この先、結界を暴いていくうちにもし、夢の通りになったらと思うと、もう……!!」
「メリー!!」
堪らなくなって、泣きながら更に言葉を紡ごうとするメリーを抱きしめる。
一瞬ビクッと震えたが、すぐにまた私に縋り付いて泣き始めた。
「蓮子、れんこぉ………」
「大丈夫、私はここにいるから………」
メリーの暖かさを感じる。私たちは確かにここにいる。
そう実感したとき、自然と口から言葉が出た。
「ゴメンね、メリー。貴女の気持ちも知らずに思いっきり怒鳴っちゃって。……辛かったんだよね。でも、ほら」
「蓮子………?」
メリーの手を取り、私の頬に触れさせる。
「……ちゃんと触れるでしょ?私はここに、メリーの隣にいるから」
「………うん」
メリーは泣きながら笑っている。
そして、しっかりと私の頬の感触を確かめていた。が。
「いひゃい、いひゃい!!ひょっとメリー!?」
「………」
何故か思いっきり抓られた。しかも無言で。
やっと解放されたのは、それからたっぷり2分は経った後だった。
「……いきなり何すんのよメリー」
「別に?」
まだ頬が痛い。おかげでしんみりとした空気がどこかに飛んで行ってしまった。
「あのね、蓮子……」
「………何よ」
不貞腐れた私に対して、クスッと笑ってからメリーは話し出す。
「もう、夢の話なんてどうでもよくなっちゃった」
「何よ、それ」
メリーのどうでもいい発言に思わず苦笑する。
私が悩んでいた時間は、結局はあまり意味がなかったらしい。
「まだ起こっていないことに対してどうこう言ってても仕方ないし。なにより」
「ん?何、メリー?」
一旦言葉を区切ってこっちを見つめるメリー。
さっきよりも穏やかな表情だった。
「秘封倶楽部はこんな夢のせいで終わるものじゃないって、思い出したから」
「……当たり前じゃない。今更思い出したの?」
からかうようにそう言うと、予想に反してメリーは笑いながら言った。
「ええ。今更、蓮子のおかげで思い出したのよ」
「私のおかげって……」
―――何もしてないんだけど。
そう思ったが声には出さず、笑って誤魔化した。
ひとしきり笑いあってから、ふと、メリーが表情を改める。
「………実を言うとね、まだ怖かったりする」
「……うん」
「蓮子がいなくなっちゃうような気がするの」
「うん」
「もう、結界を暴けないかもしれない」
「うん」
「だから………」
「うん」
「……ねぇ、蓮子」
「うん?」
「私の話、ちゃんと聞いてる?」
「うん」
「……もう一回、抓ってあげようか?」
「……あのさ、メリー」
メリーの言葉を遮る。これだけは絶対に言っておきたい。
「メリーは一人じゃないし、もし、仮に夢のようなことが起きたとしても、私は必ず貴女を見つけ出すから。………メリーは?」
「………そんなの、蓮子と同じに決まってるじゃない」
「……なら、悩む事はないわ。私はメリーを信じるし、メリーは私を信じてくれている。怖くたって、二人でいれば大丈夫よ」
「そう、よね……でも………」
「さてと」
まだ何か言いたそうなメリーを制して言う。
そろそろいつもの私たちに戻るとしよう。
「次の行き先は決まっているわ。帰ったら計画を立てましょう?」
「あ、ちょっと、蓮子!」
歩き出した私の後を、メリーが慌てて追いかけてくる。
………やっぱり、こうでなくちゃね。
後手に回るのは私らしくないわ。
「メリー」
「何よ」
「………秘封倶楽部は永遠よ!」
「………ええ!!」
彼女が抱えていた苦しみを、全て消す事ができたわけじゃないけど。
私たちは二人で一つだから、その苦しみも全部分け合える。
一人じゃできないことは二人でやればいい。
それが、彼女の隣に立つ私にできることなのだから。
私たちは、再び歩き出す。
全ての始まりである、あの場所へと。
私こと宇佐見蓮子は、今現在とても不機嫌だ。
理由は至極単純。昨日相棒と、思いっきり喧嘩をしたからだ。
……いや、あれは私が怒鳴っただけだから、正確には喧嘩じゃないのか。
「でも、あれはメリーが………」
思わず声に出して、あわてて口を閉じる。
わかってはいるのだ。悪いのは彼女じゃなくて私。
ただ、私が自分の感情をコントロール出来なかっただけ。
そう、あれは、放課後のいつもの喫茶店でのこと――――。
「メリー、何かあった?」
喫茶店に入り、次の活動の話をしていた時、メリーの顔色があまり良くないことに気付いた。
「え?別に何でもないけど……」
メリーはそう言って笑顔を見せる。けど、無理してるのが私にはわかる。
「ウソ。絶対何かあったでしょ。私に話してよ」
「何でもないってば……」
「また、夢の中で何かあったのね?」
「………っ!」
“夢”という単語に分かりやすいほど反応するメリー。
今度は一体何があったのだろう。気になってメリーに聞こうとしたその時、
「………ないから」
「………え?」
メリーがボソッと何かを言う。しかしうまく聞き取れずに聞き返すと、
「………蓮子には、関係ないから!」
ハッキリと、その言葉が私の耳に突き刺さる。
私には、関係ない。
「……何、それ」
その一言はあまりにも唐突で、私の思考回路は一瞬にしてメチャクチャになる。
何も考えられないまま、メリーの方を呆然と見る。
メリーは口元に手を当てていて、さっきよりも顔色が悪くなっていた。
そして、その瞳は後悔の色に染まっていた。
「……私じゃ、ダメってこと?」
ようやく絞り出した声は、掠れてしまっている。
言葉の意味を理解したとき――メリーは後悔してるのに――、私は自分を抑えられなくなった。
「私がメリーの悩みを聞いたって無駄ってこと!?」
「ち、違うのよ蓮子………」
「何が違うのよ!?ねえメリー、私たち秘封倶楽部は、二人で一つでしょ?一人が困ればもう一人が助ける。そうだよね?答えてよ、メリー!!」
「………」
「……っ!もういい、メリーなんて知らない!!」
「あ、蓮子………!」
メリーは何も答えてくれなかった。
今まで築いてきたものが、音を立てて崩れていく。
そのまま店を飛び出し、家へと全力で走った。
(………メリーの、バカ!!)
家に着き、勢いよく扉を開け、そのままベットに飛び込む。
枕に沈めていた顔を上げると、押し付けていた部分が濡れていた。
私は、自分でも気づかないうちに泣いていた。
ただ、悲しくて。
何も話してくれず、全て一人で抱え込もうとするメリーの態度が。
そして、悔しかった。
それを分かっているのに、メリーの悩みを聞く事ができない自分が。
「………何が、二人で一つよ」
そう思っているのは事実。だからこそ、本当にバカなのは自分の方。
メリーにも、相談したくても出来ないことだってあるだろう。
なのに私は、無理矢理にでも聞き出そうとしていた。
最も大切なのは相談に乗ることじゃなくて、メリーのことを一番に考えることなのに。
私は自分を、優先させていた。
「………私、最低だな」
あの時の、彼女の瞳。
自分で言った言葉に後悔し、どうしていいか分からなくなっていた。
そんな彼女を無視して、私は感情をぶつけた。
一体どれほど、彼女を傷つけたのだろう?
その日はそのまま、泣き疲れて眠ってしまった。
そして、今日に至るわけである。
大学に行くとメリーに会うことになるので休んだ。
今の私は、メリーに会った時、自分を抑える自信がない。
「はぁ………」
窓からオレンジ色の光が射し込む。朝からずっと昨日のことを考えていた。
正確には、メリーが話してくれなかったことについてだが。
「十中八九、夢のことよね………」
異常なほど“夢”という単語に反応したから間違いないだろう。
いつもの夢のように、また境界を越えたのだろうか?
だが、それなら私に隠す必要なんてないはずだ――――――
―――――私はまた、自分を優先させている。
本当はそんなことじゃなくて、もっと他に考えなきゃいけない事があるはずなのに。
私の思考は動き続ける。そしたら、別のことを考えずに済むから。
………結局、私は逃げているだけなのだ。
大事なことから目を逸らし、見つけた逃げ口に潜り込む。
真正面から全てを受け止める自信がないから、私は逃げ続けている。だって……。
「正直、かなり苦しい………」
一番の理解者だと思っていたから。それを否定された気がしたんだ。
だからあんなにも、自分を抑えることが出来なかった。
この眼のおかげで巡り会えたけど、今はもう、能力なんて関係ない。
時間も境界も無視して、ただただ、彼女の隣にいたいだけなんだ……!
―――彼女はどう思っているのだろう?
ふと、視線を手元に落とす。そこにあるのは、お揃いのストラップがついたケータイ。
何度も何度も、連絡しようとしてやめた。
迷惑がられるかもと思うと、手が止まってしまうのだ。
……私はまた、逃げている。
考え事をしていたら、いつの間にか部屋の中が真っ暗になっていた。
月が輝き、夜空には無数の星が広がっている。
「23時52分15秒……タイムリミットかな」
時刻はもうすぐ午前0時。流石にもう、連絡など出来るはずもない。
「……私の意気地なし。いつもの宇佐見蓮子はどこいったのよ?」
自分らしくない。こんなに悩むのは、私の性分じゃないのに。
秘封倶楽部の活動時間は、いつも今より遅い。
連絡だって、しようと思えばいつだって出来るはず。
(………いつまで、逃げるつもり?)
そっと自分に問いかける。
色んな言い訳が浮かんだが、その全てを否定する。
いい加減、一人二役のおにごっこには疲れた。
私の中で、答えが決まる。
「………よし!」
連絡をしようとケータイを取ったその時、
「え………」
ストラップが、揺れる。誰かからメールが届いた。
こんな時間に送る人なんて、彼女以外にありえない。
「何なのよ………」
ようやく答えを見つけたのに、先を越されてしまった。
彼女からのメールには一行のみ。
『今から指定する場所に来て』
その後もう一通、メールが届く。
指定されたのは、私と彼女の家の中間地点の場所だった。
―――もう、逃げない。
すぐに支度を整え、夜の街へと飛び出した。
「………メリー」
「蓮子……」
辿り着いたのは小高い丘。そこからは満天の星空が覗ける。
走ってきてみると、既にメリーは来ていた。
「何の、用?」
「……蓮子に、話そうと思って」
少し棘のある言い方になってしまったと後悔する。
けれど、メリーは特に気にしていないようだった。
「話すって………」
「うん。昨日…いや、一昨日に話せなかったこと」
メリーがそう言い直したのを聞いて空を見上げる。
午前0時12分09分。日付が変わっていた。
「………夢を見たの」
視線を戻すと、メリーは私をじっと見ていた。
何だか、泣きそうなのを我慢しているようにも見える。
「いつも見るような、境界を越えた夢じゃなかった」
「いつもの夢と違う………?」
「……その夢は生々しくて、現実だと錯覚してしまいそうだった」
苦しそうに話すメリー。一体どんなに酷い夢を見たのだろう?
私がそれを聞くことで苦しみが減るのなら。
「その夢はね、蓮子」
「うん」
「私と蓮子が離れ離れになる夢だった」
「え………?」
一瞬、聞き間違いかと思った。
私とメリーが離れ離れ?そんなこと、夢であっても絶対嫌だ。
メリーは苦しそうにしながらも、その先の言葉を続ける。
「私も蓮子も境界に呑まれて、そのままどこかに飛ばされていた」
「そん、な………」
「夢はそこで終わった。でもね、何だか予知夢のようで、私………」
メリーの瞳から、涙が落ちていく。
「凄く、怖かった………!」
一体、どれほどの恐怖を感じていたのだろう?
そして、私に会うたびに、どれだけ不安になったのだろう?
私は、そんなメリーの心を分かってあげられなかった。
「蓮子と離れたくないって、蓮子を失いたくいないって、心の底から思った……!」
「メリー………」
「この先、結界を暴いていくうちにもし、夢の通りになったらと思うと、もう……!!」
「メリー!!」
堪らなくなって、泣きながら更に言葉を紡ごうとするメリーを抱きしめる。
一瞬ビクッと震えたが、すぐにまた私に縋り付いて泣き始めた。
「蓮子、れんこぉ………」
「大丈夫、私はここにいるから………」
メリーの暖かさを感じる。私たちは確かにここにいる。
そう実感したとき、自然と口から言葉が出た。
「ゴメンね、メリー。貴女の気持ちも知らずに思いっきり怒鳴っちゃって。……辛かったんだよね。でも、ほら」
「蓮子………?」
メリーの手を取り、私の頬に触れさせる。
「……ちゃんと触れるでしょ?私はここに、メリーの隣にいるから」
「………うん」
メリーは泣きながら笑っている。
そして、しっかりと私の頬の感触を確かめていた。が。
「いひゃい、いひゃい!!ひょっとメリー!?」
「………」
何故か思いっきり抓られた。しかも無言で。
やっと解放されたのは、それからたっぷり2分は経った後だった。
「……いきなり何すんのよメリー」
「別に?」
まだ頬が痛い。おかげでしんみりとした空気がどこかに飛んで行ってしまった。
「あのね、蓮子……」
「………何よ」
不貞腐れた私に対して、クスッと笑ってからメリーは話し出す。
「もう、夢の話なんてどうでもよくなっちゃった」
「何よ、それ」
メリーのどうでもいい発言に思わず苦笑する。
私が悩んでいた時間は、結局はあまり意味がなかったらしい。
「まだ起こっていないことに対してどうこう言ってても仕方ないし。なにより」
「ん?何、メリー?」
一旦言葉を区切ってこっちを見つめるメリー。
さっきよりも穏やかな表情だった。
「秘封倶楽部はこんな夢のせいで終わるものじゃないって、思い出したから」
「……当たり前じゃない。今更思い出したの?」
からかうようにそう言うと、予想に反してメリーは笑いながら言った。
「ええ。今更、蓮子のおかげで思い出したのよ」
「私のおかげって……」
―――何もしてないんだけど。
そう思ったが声には出さず、笑って誤魔化した。
ひとしきり笑いあってから、ふと、メリーが表情を改める。
「………実を言うとね、まだ怖かったりする」
「……うん」
「蓮子がいなくなっちゃうような気がするの」
「うん」
「もう、結界を暴けないかもしれない」
「うん」
「だから………」
「うん」
「……ねぇ、蓮子」
「うん?」
「私の話、ちゃんと聞いてる?」
「うん」
「……もう一回、抓ってあげようか?」
「……あのさ、メリー」
メリーの言葉を遮る。これだけは絶対に言っておきたい。
「メリーは一人じゃないし、もし、仮に夢のようなことが起きたとしても、私は必ず貴女を見つけ出すから。………メリーは?」
「………そんなの、蓮子と同じに決まってるじゃない」
「……なら、悩む事はないわ。私はメリーを信じるし、メリーは私を信じてくれている。怖くたって、二人でいれば大丈夫よ」
「そう、よね……でも………」
「さてと」
まだ何か言いたそうなメリーを制して言う。
そろそろいつもの私たちに戻るとしよう。
「次の行き先は決まっているわ。帰ったら計画を立てましょう?」
「あ、ちょっと、蓮子!」
歩き出した私の後を、メリーが慌てて追いかけてくる。
………やっぱり、こうでなくちゃね。
後手に回るのは私らしくないわ。
「メリー」
「何よ」
「………秘封倶楽部は永遠よ!」
「………ええ!!」
彼女が抱えていた苦しみを、全て消す事ができたわけじゃないけど。
私たちは二人で一つだから、その苦しみも全部分け合える。
一人じゃできないことは二人でやればいい。
それが、彼女の隣に立つ私にできることなのだから。
私たちは、再び歩き出す。
全ての始まりである、あの場所へと。
メリーサイドも楽しみです