「う~~~~ん…退屈ね。」
天人や天女が住む地、天界
雲よりも遥か上空に存在するその土地は、遮るものが存在しない為に燦々と太陽が輝きを示していて、日光と、透き通るような水の流れる川の恩恵を受けた豊沃な大地を様々な木々や花が彩っている。
…なんてね。
どこまで行っても変わらない、生誕以来いい加減に見飽きた風景が何故か初心にかえったかのように美しく見えたのは、私の心に鬱憤がたまっていたからかしら…。
「--天子様!いい加減に比那名居家の総領娘として、節度を弁えてください!」
…ああやだやだ。
感傷の理由なんか探ってたら思い出したくもない説教を思い出しちゃったわ。
比那名居家の総領娘(長女)として生まれ、比那名居家が天人に成り上がってからというものの、私に向けられるのは過度な期待と失望ばかり
それが全部授業やら、説教という形で私に寄せられるのだから嫌になっちゃう。
お父様からは
--この程度の勉強すら理解出来てないのに、何を遊んでいるんだ!
教育係の小うるさいババアからも
--天子様、このままでは比那名居家の家娘として…
みたいな…。
やれ勉強、それ礼儀作法って…どいつもこいつも口うるさすぎるのよ!
はい分かりました、で出来るなら苦労しないっての!
で、それにいい加減うんざりして、逃げてきちゃった。
逃亡先のここは私のお気に入りの場所
外の世界じゃ幻想的って言われる風景だけど…天界じゃどこへ行っても似たような景色が広がってるし、ここもそれに違わずありふれた場所なんだけどね。
なんとなくだけど、ここの川沿いに座りながら、向かい側の花畑と、綺麗な果実を沢山つけた桃の木を見るのが好きなの。
「はぁ~。なんか楽しいことないからしらね…。」
下の世界に遊びにいこうかなあとも思ったけど
神社は最近恐ろしい八雲のおばさんがよく出入りしてるし、魔理沙達も「研究が佳境だから、弾幕ごっこはまた今度な!」とか何とかでぜんぜん遊んでくれないし…。
よく自分から進んで研究なんか出来るもんだわ…。
「ひ~~~ま~~~。」
結局やることもなければ相手してくれる人もいなくて、私はただ一人でたそがれてるのだった。
▽
「ああ、総領娘様…やはりここにいらっしゃいましたか。」
「げっ、衣玖!」
景色を見るのも飽きて、草木と花の上に寝そべっていると、頭の上の方から呆れの混じった、衣玖の聞きなれた声が聞こえてきた。
それが意味することは…。
「げっじゃないですよ…。総領娘様、比那名居様がお呼びですよ。」
…やっぱりね。
お父様からの呼び戻し、つまりは説教の続きを聞いて、午後の勉強をしろってことでしょう。
思わずハァ、とため息が出てしまう。
「またぁ~?最近に限ったことじゃないけど、言われることが同じようなことばっかで、いい加減聞き飽きたんだけど。」
起き上がって、衣玖の方を向いて返事をする。
天人は不毛なことが好きなのかしら?
天人くずれの私はもううんざりで一言も耳に入れたくないんだけど。
「そうは言いましても、総領娘様が逃げ出したことがそもそもおかしいわけで…。」
「あのね、衣玖?私は自分が興味がないことを勉強出来るほど器用じゃないのよ、分かるでしょ?」
「およよ…。では総領娘様はどのようなことなら興味を持って勉強するのですか?」
「どんなことでも勉強したくないわ。」
そんなの当たり前でしょう
私が堂々と言い放つと、今度は衣玖の口からため息が出てきた。
「総領娘様…比那名居家の跡継ぎがそれでは困りますよ。」
ため息の次には聞き飽きた文言。
もうそれいいわよ…衣玖に言われなくても散々言われてきてるんだから…。
「だって…そうはいっても本当に私に出来る気がしないんだもん。勉強も作法も。」
そうそう
なんなの!?特にあの数学とか言うやつ…あれは古代幻想文字の類か何かかしら?
それに全身が攣りそうになる上にやたら長ったらしくて、相手にストレス与えるだけに決まってるお辞儀とか!
あんなのは時代の流れとともに改善して、破棄するべきものなのよ
いくら幻想郷だからって進化を追求しないのはおかしいと思うわ!
「総領娘様…。」
あれ、衣玖が頭をおさえだしたわ…。
私そんなに変なこといったかしら?
「分かった?お父様には申し訳ないけど、私には比那名居家の跡継ぎなんか興味もないし、その資格もないと思うわ。」
--言った後で内心まずったかな、って思った。
これがもしお父様の耳に入って…万が一勘当でもされたら、私当分放浪の身になっちゃうんだけど…。
…他に後悔することは沢山あるだろうなんて声が聞こえてきたけど、誰かしら?
「…分かりました。」
「え?」
身振り方の心配をしていたら、衣玖が私に寄り添ってきて、隣に座った。
何?私を自由にしてくれるのかしら?
勘当は嫌だけどね
でも残念ながらそうではないらしい
「総領娘様、今日の本来の勉強については比那名居様に上手くいっておきます。その代わりに私と少しだけ勉強をしましょう。」
「は?何それ…。」
「勉強とはいっても、いつも総領娘様がやってるようなものではないですから、安心してください。」
穏やかに笑いながらそう言うと、衣玖はどこからか一冊の本を取り出した。
表裏両表紙とも何も書かれてなく、少し破れていてどことはなしに古めかしい感じがする。
「何よそれ?」
「これは総領娘様が何かに興味を持ってもらえるようにする本です。」
…意味が分からないんだけど。
「さ、これを私が読みますから、総領娘様は楽にして聞いてください。」
「えー…?」
「嫌なら帰っていただいて、また説教やら午後の勉強やらをしていただいても構いませんよ?」
「聞きます。」
それだけは嫌だわ…。
素直に返事したら衣玖はクスリと笑って
「ふふ、では読みますね。先ほども言いましたが楽にし…って、寝転がるのはやめてください。」
「何でよ。」
楽にしてって言ったじゃない。
座るより横になってるほうが楽じゃないのよ。
「そのままだと総領娘様は間違いなく居眠りするでしょうに…。寝たらつれて帰りますからね。」
「起きて聞かせていただきます。」
私の仕草を見てやはりクスクスと笑う衣玖に流されるまま、ぼんやりと視界に映る景色をみながら、衣玖の話を聞くことにした。
▼
むかしむかし、あるところに、貧乏だけど心優しい、おじいさんとおばあさんがいました。
ある年の大晦日の事です。
おじいさんとおばあさんは、二人でかさを作りました。
それを町へ持って行って売り、お正月のおもちを買うつもりです。
「かさは五つもあるから、もちぐらい買えるだろう」
「お願いしますね。それから今夜は雪になりますから、気をつけて下さいよ」
おじいさんは、五つのかさを持って出かけました。
家を出てまもなく、雪が降ってきました。
雪はだんだん激しくなったので、おじいさんはせっせと道を急ぎました。
村はずれまで来ると、お地蔵様が六つならんで立っています。
お地蔵さまの頭にも肩にも、雪が積もっています。
これを見たおじいさんは、そのまま通り過ぎる事が出来ませんでした。
「お地蔵さま。雪が降って寒かろうな。せめて、このかさをかぶってくだされ」
おじいさんはお地蔵さまに、売るつもりのかさをかぶせてやりました。
でも、お地蔵さまは六つなのに、かさは五つしかありません。
そこでおじいさんは自分のかさを脱いで、最後のお地蔵さまにかぶせてやりました。
家へ帰ると、おばあさんがびっくりして言いました。
「まあまあ、ずいぶん早かったですねぇ。それに、おじいさんのかさはどうしました?」
おじいさんは、お地蔵さまのことを話してやりました。
「まあまあ、それは良い事をしましたねえ。おもちなんて、なくてもいいですよ」
おばあさんは、ニコニコして言いました。
その夜、夜中だと言うのに、ふしぎな歌が聞こえてきました。
♪じいさんの家はどこだ。
♪かさのお礼を、届けに来たぞ。
♪じいさんの家はどこだ。
♪かさのお礼を、届けに来たぞ。
歌声はどんどん近づいて、とうとうおじいさんの家の前まで来ると、
ズシーン!
と、何かを置く音がして、そのまま消えてしまいました。
おじいさんがそっと戸を開けてみると、おじいさんのあげたかさをかぶったお地蔵さまの後ろ姿が見えました。
そして家の前には、お正月用のおもちやごちそうが山のように置いてありました。
めでたしめでたし
▼
「…で?」
座って聞いてても寝そうだったんだけど。
「え?」
「え?って何?何かもっと面白いオチとかないの?」
何が言いたいのかまったく理解が出来なかったのだけど…。
「およよ…困りましたね。ただの読み損ですか…。」
「はあ?」
何よそれ。
「総領娘様は、今の話をきいて何かを感じませんでしたか?」
「んー、感想ってこと?とりあえず衣玖が私の精神年齢を何歳だと思ってるのかがよく分かったわ。」
いくら私でもこれが何歳児に向けた話なのかくらいは分かる。
衣玖…?
何か私に対する恨みでもあるのかしら…?
「え?いや、そうじゃなくて…。」
否定するも妙に挙動不審な衣玖
ほんとにそうかしら…?
まあいいわ。
「他にはそうねえ…なんでそんな一文の得にもならないことを勝手におじいさんがしたのに、おばあさんはそんなニコニコしてられるんだろう、とか思ったわ。あ、それとも地蔵がお礼にくることを見越しての行動だったとか?」
私がありのままに感じたことを答えると、衣玖は今日一番の大きさのため息をついた。
「はぁ………。これは前途多難ですね」
「失敬な!」
分からないものは分からないのよ!
「総領娘様は、なんでこの話のおじいさんが、本来動きもしない地蔵に笠をあげたと思います?」
突然の衣玖からの質問
んー…
「そうねえ…地蔵が喜んでくれると思ったからかしら?」
「半分正解です。」
「半分?」
他に何かあるのかしら?
と、目で問いかけると衣玖は少し頷くような動作をして答えた
「もう半分は、おじいさんが誰かの為に何かをすることが好きだったからですよ。」
…はあ?
「なにそれ?」
他人の為に何かをするのが好き?
「ええ、まだ総領娘様には分からないかもしれませんが…。」
分からなくて悪かったわね。
どうせ私は稀代の我侭天人ですよ。
内心憤慨してるのを知ってか知らずか、衣玖は続ける。
「このおじいさんは貧乏ですし、多分何か大それた出来るわけではないと思います。…それでも、他人を気遣い続ける優しさを持っていて、その気遣いこそが生きがいになっているから…人生のパートナーも見つけ、楽しい人生を歩めてるんだと思います。」
んん…?
まだよく分からない
「つまりですね、総領娘様。初めから自分の人生をしっかりと見据えて生きてる方なんて、人にも妖怪にもそうはいないのです。でもある日気づくのですよ…人生の歩み方に。」
澄んだ目を私に向け、衣玖は続ける
「生きていく以上、誰かと常にかかわり続けることになる。そして、そのかかわってくれた人を幸せにすることが、そのまま自分の幸せにもなるのです。」
あ…。
「ですからもし、総領娘様が今自分がなにをしたら良いか迷っているのでしたら…是非誰か…特に大切な人に出来る何かを探してみてほしいと思います。そうすればきっと、これからの目標も見つかると思いますよ。それが今やってる勉強ではないとしても…。」
他人を気遣ったことがない私には、完全に理解することは出来なかったけれど…
--少しだけ、衣玖が何が言いたかったのかが分かった気がした。
他人の為、かあ。
「私に出来るのかな…。」
思わず呟くと、衣玖はニッコリと笑って
「ええ、総領娘様ならきっと…素敵な何かを見つけると思います。」
と返してくれた
「さて、私はそろそろ戻らなければなりません。比那名居様に言い訳もしないといけないことですし…。それでは失礼しますね。」
そういうと、衣玖は比那名居の屋敷方へと飛び始めた。
…そういえば
「ねえ、ちょっと待って!」
ふと、胸に浮かんだ疑問
「およ?」
「じゃあ衣玖は…自分より大切な誰かの為に生きてるの?」
あまり深い考えはなかった。
ただ、なんとなく聞いてみようと思っただけ…。
私の問いに、衣玖は少し面食らったような様子だったが…。
すぐに微笑んで答えた
「決まってるじゃないですか。」
▽
衣玖と勉強(?)をしてから数日が経ったある日のこと
私は家のキッチンの前に立っていた。
「…ん~~~~~、だめだぁ!!」
さっきからずっと挑戦しているのだけど、どれひとつとして上手くいかない
ううう…思わず叫んじゃったじゃない…。
「およよ…総領娘様…?どうなさいました?」
不審に思った衣玖がキッチンに顔を出してきた。
「あ…。い、衣玖…。」
失敗作を見られたらたまらない、と咄嗟に残骸達を背後に隠す。
「何か作っていたんですか…?」
と、衣玖の視線が私の背後にあるものに向けられていた。
ヤバい、隠しきれてなかった…?
「へえ、クッキーですか。」
やっぱりバレてた…
「ええ…一応…。でも全然上手くいかなくて…。」
「ちょっと見せてくださいよ」
「え、だ、だ、駄目よ!!」
「っていってももう見えましたし、失敗しててもいいですから。」
「…。」
言いくるめられた私はおずおずと焼いたクッキーを衣玖に見せる
天界に生っている桃を使ったクッキーからは、生地の香ばしさだけでなく桃の甘い香りも漂ってくる。
ただ…綺麗な円形を保っているものはひとつもなくて、どれも形がいびつだったり…真っ黒に焦がしてしまったものもいくつかあるんだけど…。
「へえ…よく出来てるじゃないですか。」
「ど、どこが…こんなの恥ずかしくて見せられたもんじゃないんだけど!」
そしてなんでよりによって最初に来るのが衣玖なのよ…。
「そうですか?とても美味しそうですけど…ひとついただいてもよろしいですか?」
「え?」
そういうと衣玖は返事を待たずにお皿に積まれたクッキーを一つつまんで、口の中に放り込んだ。
ちょ、ちょっと…。
…
「…おいしいじゃないですか。」
そう感想を漏らす衣玖はとても嬉しそうな顔をしている。
「そ、そうかし…ら?」
正直そういわれてもお世辞にしか聞こえないのは初心者だからかなあ…?
「ええ、とても美味しかったですよ。それに私クッキー大好物なんです…まさか総領娘様の手作りがいただけるとは思いませんでした。」
勝手に食べたくせに…
それでも…保護者のような、優しい笑顔を向けてくれる衣玖を見て、照れくさくなってしまった。
それと同時に、感じたことのない温かさが胸のうちから沸いてくるのを感じた。
--知ってたわよ。
だって…衣玖がクッキー大好きなのを知っていたから、作ってみようと思ったんだもん。
誰かの為に何かをしてみなさいっていうから、それなら最初は衣玖の為に何か出来ないかな…って。
こんなこと、口には出していえないけどね。
-まだ本人にちゃんとした自覚はなかったけど…
-少しずつ、彼女も変わろうとしていた
『君が為に!』
-完-
天人や天女が住む地、天界
雲よりも遥か上空に存在するその土地は、遮るものが存在しない為に燦々と太陽が輝きを示していて、日光と、透き通るような水の流れる川の恩恵を受けた豊沃な大地を様々な木々や花が彩っている。
…なんてね。
どこまで行っても変わらない、生誕以来いい加減に見飽きた風景が何故か初心にかえったかのように美しく見えたのは、私の心に鬱憤がたまっていたからかしら…。
「--天子様!いい加減に比那名居家の総領娘として、節度を弁えてください!」
…ああやだやだ。
感傷の理由なんか探ってたら思い出したくもない説教を思い出しちゃったわ。
比那名居家の総領娘(長女)として生まれ、比那名居家が天人に成り上がってからというものの、私に向けられるのは過度な期待と失望ばかり
それが全部授業やら、説教という形で私に寄せられるのだから嫌になっちゃう。
お父様からは
--この程度の勉強すら理解出来てないのに、何を遊んでいるんだ!
教育係の小うるさいババアからも
--天子様、このままでは比那名居家の家娘として…
みたいな…。
やれ勉強、それ礼儀作法って…どいつもこいつも口うるさすぎるのよ!
はい分かりました、で出来るなら苦労しないっての!
で、それにいい加減うんざりして、逃げてきちゃった。
逃亡先のここは私のお気に入りの場所
外の世界じゃ幻想的って言われる風景だけど…天界じゃどこへ行っても似たような景色が広がってるし、ここもそれに違わずありふれた場所なんだけどね。
なんとなくだけど、ここの川沿いに座りながら、向かい側の花畑と、綺麗な果実を沢山つけた桃の木を見るのが好きなの。
「はぁ~。なんか楽しいことないからしらね…。」
下の世界に遊びにいこうかなあとも思ったけど
神社は最近恐ろしい八雲のおばさんがよく出入りしてるし、魔理沙達も「研究が佳境だから、弾幕ごっこはまた今度な!」とか何とかでぜんぜん遊んでくれないし…。
よく自分から進んで研究なんか出来るもんだわ…。
「ひ~~~ま~~~。」
結局やることもなければ相手してくれる人もいなくて、私はただ一人でたそがれてるのだった。
▽
「ああ、総領娘様…やはりここにいらっしゃいましたか。」
「げっ、衣玖!」
景色を見るのも飽きて、草木と花の上に寝そべっていると、頭の上の方から呆れの混じった、衣玖の聞きなれた声が聞こえてきた。
それが意味することは…。
「げっじゃないですよ…。総領娘様、比那名居様がお呼びですよ。」
…やっぱりね。
お父様からの呼び戻し、つまりは説教の続きを聞いて、午後の勉強をしろってことでしょう。
思わずハァ、とため息が出てしまう。
「またぁ~?最近に限ったことじゃないけど、言われることが同じようなことばっかで、いい加減聞き飽きたんだけど。」
起き上がって、衣玖の方を向いて返事をする。
天人は不毛なことが好きなのかしら?
天人くずれの私はもううんざりで一言も耳に入れたくないんだけど。
「そうは言いましても、総領娘様が逃げ出したことがそもそもおかしいわけで…。」
「あのね、衣玖?私は自分が興味がないことを勉強出来るほど器用じゃないのよ、分かるでしょ?」
「およよ…。では総領娘様はどのようなことなら興味を持って勉強するのですか?」
「どんなことでも勉強したくないわ。」
そんなの当たり前でしょう
私が堂々と言い放つと、今度は衣玖の口からため息が出てきた。
「総領娘様…比那名居家の跡継ぎがそれでは困りますよ。」
ため息の次には聞き飽きた文言。
もうそれいいわよ…衣玖に言われなくても散々言われてきてるんだから…。
「だって…そうはいっても本当に私に出来る気がしないんだもん。勉強も作法も。」
そうそう
なんなの!?特にあの数学とか言うやつ…あれは古代幻想文字の類か何かかしら?
それに全身が攣りそうになる上にやたら長ったらしくて、相手にストレス与えるだけに決まってるお辞儀とか!
あんなのは時代の流れとともに改善して、破棄するべきものなのよ
いくら幻想郷だからって進化を追求しないのはおかしいと思うわ!
「総領娘様…。」
あれ、衣玖が頭をおさえだしたわ…。
私そんなに変なこといったかしら?
「分かった?お父様には申し訳ないけど、私には比那名居家の跡継ぎなんか興味もないし、その資格もないと思うわ。」
--言った後で内心まずったかな、って思った。
これがもしお父様の耳に入って…万が一勘当でもされたら、私当分放浪の身になっちゃうんだけど…。
…他に後悔することは沢山あるだろうなんて声が聞こえてきたけど、誰かしら?
「…分かりました。」
「え?」
身振り方の心配をしていたら、衣玖が私に寄り添ってきて、隣に座った。
何?私を自由にしてくれるのかしら?
勘当は嫌だけどね
でも残念ながらそうではないらしい
「総領娘様、今日の本来の勉強については比那名居様に上手くいっておきます。その代わりに私と少しだけ勉強をしましょう。」
「は?何それ…。」
「勉強とはいっても、いつも総領娘様がやってるようなものではないですから、安心してください。」
穏やかに笑いながらそう言うと、衣玖はどこからか一冊の本を取り出した。
表裏両表紙とも何も書かれてなく、少し破れていてどことはなしに古めかしい感じがする。
「何よそれ?」
「これは総領娘様が何かに興味を持ってもらえるようにする本です。」
…意味が分からないんだけど。
「さ、これを私が読みますから、総領娘様は楽にして聞いてください。」
「えー…?」
「嫌なら帰っていただいて、また説教やら午後の勉強やらをしていただいても構いませんよ?」
「聞きます。」
それだけは嫌だわ…。
素直に返事したら衣玖はクスリと笑って
「ふふ、では読みますね。先ほども言いましたが楽にし…って、寝転がるのはやめてください。」
「何でよ。」
楽にしてって言ったじゃない。
座るより横になってるほうが楽じゃないのよ。
「そのままだと総領娘様は間違いなく居眠りするでしょうに…。寝たらつれて帰りますからね。」
「起きて聞かせていただきます。」
私の仕草を見てやはりクスクスと笑う衣玖に流されるまま、ぼんやりと視界に映る景色をみながら、衣玖の話を聞くことにした。
▼
むかしむかし、あるところに、貧乏だけど心優しい、おじいさんとおばあさんがいました。
ある年の大晦日の事です。
おじいさんとおばあさんは、二人でかさを作りました。
それを町へ持って行って売り、お正月のおもちを買うつもりです。
「かさは五つもあるから、もちぐらい買えるだろう」
「お願いしますね。それから今夜は雪になりますから、気をつけて下さいよ」
おじいさんは、五つのかさを持って出かけました。
家を出てまもなく、雪が降ってきました。
雪はだんだん激しくなったので、おじいさんはせっせと道を急ぎました。
村はずれまで来ると、お地蔵様が六つならんで立っています。
お地蔵さまの頭にも肩にも、雪が積もっています。
これを見たおじいさんは、そのまま通り過ぎる事が出来ませんでした。
「お地蔵さま。雪が降って寒かろうな。せめて、このかさをかぶってくだされ」
おじいさんはお地蔵さまに、売るつもりのかさをかぶせてやりました。
でも、お地蔵さまは六つなのに、かさは五つしかありません。
そこでおじいさんは自分のかさを脱いで、最後のお地蔵さまにかぶせてやりました。
家へ帰ると、おばあさんがびっくりして言いました。
「まあまあ、ずいぶん早かったですねぇ。それに、おじいさんのかさはどうしました?」
おじいさんは、お地蔵さまのことを話してやりました。
「まあまあ、それは良い事をしましたねえ。おもちなんて、なくてもいいですよ」
おばあさんは、ニコニコして言いました。
その夜、夜中だと言うのに、ふしぎな歌が聞こえてきました。
♪じいさんの家はどこだ。
♪かさのお礼を、届けに来たぞ。
♪じいさんの家はどこだ。
♪かさのお礼を、届けに来たぞ。
歌声はどんどん近づいて、とうとうおじいさんの家の前まで来ると、
ズシーン!
と、何かを置く音がして、そのまま消えてしまいました。
おじいさんがそっと戸を開けてみると、おじいさんのあげたかさをかぶったお地蔵さまの後ろ姿が見えました。
そして家の前には、お正月用のおもちやごちそうが山のように置いてありました。
めでたしめでたし
▼
「…で?」
座って聞いてても寝そうだったんだけど。
「え?」
「え?って何?何かもっと面白いオチとかないの?」
何が言いたいのかまったく理解が出来なかったのだけど…。
「およよ…困りましたね。ただの読み損ですか…。」
「はあ?」
何よそれ。
「総領娘様は、今の話をきいて何かを感じませんでしたか?」
「んー、感想ってこと?とりあえず衣玖が私の精神年齢を何歳だと思ってるのかがよく分かったわ。」
いくら私でもこれが何歳児に向けた話なのかくらいは分かる。
衣玖…?
何か私に対する恨みでもあるのかしら…?
「え?いや、そうじゃなくて…。」
否定するも妙に挙動不審な衣玖
ほんとにそうかしら…?
まあいいわ。
「他にはそうねえ…なんでそんな一文の得にもならないことを勝手におじいさんがしたのに、おばあさんはそんなニコニコしてられるんだろう、とか思ったわ。あ、それとも地蔵がお礼にくることを見越しての行動だったとか?」
私がありのままに感じたことを答えると、衣玖は今日一番の大きさのため息をついた。
「はぁ………。これは前途多難ですね」
「失敬な!」
分からないものは分からないのよ!
「総領娘様は、なんでこの話のおじいさんが、本来動きもしない地蔵に笠をあげたと思います?」
突然の衣玖からの質問
んー…
「そうねえ…地蔵が喜んでくれると思ったからかしら?」
「半分正解です。」
「半分?」
他に何かあるのかしら?
と、目で問いかけると衣玖は少し頷くような動作をして答えた
「もう半分は、おじいさんが誰かの為に何かをすることが好きだったからですよ。」
…はあ?
「なにそれ?」
他人の為に何かをするのが好き?
「ええ、まだ総領娘様には分からないかもしれませんが…。」
分からなくて悪かったわね。
どうせ私は稀代の我侭天人ですよ。
内心憤慨してるのを知ってか知らずか、衣玖は続ける。
「このおじいさんは貧乏ですし、多分何か大それた出来るわけではないと思います。…それでも、他人を気遣い続ける優しさを持っていて、その気遣いこそが生きがいになっているから…人生のパートナーも見つけ、楽しい人生を歩めてるんだと思います。」
んん…?
まだよく分からない
「つまりですね、総領娘様。初めから自分の人生をしっかりと見据えて生きてる方なんて、人にも妖怪にもそうはいないのです。でもある日気づくのですよ…人生の歩み方に。」
澄んだ目を私に向け、衣玖は続ける
「生きていく以上、誰かと常にかかわり続けることになる。そして、そのかかわってくれた人を幸せにすることが、そのまま自分の幸せにもなるのです。」
あ…。
「ですからもし、総領娘様が今自分がなにをしたら良いか迷っているのでしたら…是非誰か…特に大切な人に出来る何かを探してみてほしいと思います。そうすればきっと、これからの目標も見つかると思いますよ。それが今やってる勉強ではないとしても…。」
他人を気遣ったことがない私には、完全に理解することは出来なかったけれど…
--少しだけ、衣玖が何が言いたかったのかが分かった気がした。
他人の為、かあ。
「私に出来るのかな…。」
思わず呟くと、衣玖はニッコリと笑って
「ええ、総領娘様ならきっと…素敵な何かを見つけると思います。」
と返してくれた
「さて、私はそろそろ戻らなければなりません。比那名居様に言い訳もしないといけないことですし…。それでは失礼しますね。」
そういうと、衣玖は比那名居の屋敷方へと飛び始めた。
…そういえば
「ねえ、ちょっと待って!」
ふと、胸に浮かんだ疑問
「およ?」
「じゃあ衣玖は…自分より大切な誰かの為に生きてるの?」
あまり深い考えはなかった。
ただ、なんとなく聞いてみようと思っただけ…。
私の問いに、衣玖は少し面食らったような様子だったが…。
すぐに微笑んで答えた
「決まってるじゃないですか。」
▽
衣玖と勉強(?)をしてから数日が経ったある日のこと
私は家のキッチンの前に立っていた。
「…ん~~~~~、だめだぁ!!」
さっきからずっと挑戦しているのだけど、どれひとつとして上手くいかない
ううう…思わず叫んじゃったじゃない…。
「およよ…総領娘様…?どうなさいました?」
不審に思った衣玖がキッチンに顔を出してきた。
「あ…。い、衣玖…。」
失敗作を見られたらたまらない、と咄嗟に残骸達を背後に隠す。
「何か作っていたんですか…?」
と、衣玖の視線が私の背後にあるものに向けられていた。
ヤバい、隠しきれてなかった…?
「へえ、クッキーですか。」
やっぱりバレてた…
「ええ…一応…。でも全然上手くいかなくて…。」
「ちょっと見せてくださいよ」
「え、だ、だ、駄目よ!!」
「っていってももう見えましたし、失敗しててもいいですから。」
「…。」
言いくるめられた私はおずおずと焼いたクッキーを衣玖に見せる
天界に生っている桃を使ったクッキーからは、生地の香ばしさだけでなく桃の甘い香りも漂ってくる。
ただ…綺麗な円形を保っているものはひとつもなくて、どれも形がいびつだったり…真っ黒に焦がしてしまったものもいくつかあるんだけど…。
「へえ…よく出来てるじゃないですか。」
「ど、どこが…こんなの恥ずかしくて見せられたもんじゃないんだけど!」
そしてなんでよりによって最初に来るのが衣玖なのよ…。
「そうですか?とても美味しそうですけど…ひとついただいてもよろしいですか?」
「え?」
そういうと衣玖は返事を待たずにお皿に積まれたクッキーを一つつまんで、口の中に放り込んだ。
ちょ、ちょっと…。
…
「…おいしいじゃないですか。」
そう感想を漏らす衣玖はとても嬉しそうな顔をしている。
「そ、そうかし…ら?」
正直そういわれてもお世辞にしか聞こえないのは初心者だからかなあ…?
「ええ、とても美味しかったですよ。それに私クッキー大好物なんです…まさか総領娘様の手作りがいただけるとは思いませんでした。」
勝手に食べたくせに…
それでも…保護者のような、優しい笑顔を向けてくれる衣玖を見て、照れくさくなってしまった。
それと同時に、感じたことのない温かさが胸のうちから沸いてくるのを感じた。
--知ってたわよ。
だって…衣玖がクッキー大好きなのを知っていたから、作ってみようと思ったんだもん。
誰かの為に何かをしてみなさいっていうから、それなら最初は衣玖の為に何か出来ないかな…って。
こんなこと、口には出していえないけどね。
-まだ本人にちゃんとした自覚はなかったけど…
-少しずつ、彼女も変わろうとしていた
『君が為に!』
-完-
良いか?
とても良い衣玖天でした
誤植報告、コメントありがとうございます
誤植に関しては修正いたしました。
2週間ほど前に書き始めたばかりで、現在読みきり短編のみですがこれから頑張っていきますので、どうぞよろしくお願いします
>11さん
ありがとうございますm(_ _)m
個人的に文章を上手く繋げるのがかなりしんどかった作品なので、評価していただけたのは本当に嬉しいです
こう、難しい表現とかは大していらないんだよ
話の筋が最後まで整っているのが良い
頑張れ(*´∀`)
うわー!これは嬉しいなあ…
私と志同じくする方に、語彙や表現は難しくするべきか?等の相談を何回もしてまして
結果誰にでも気楽に読める、素直に力抜いて書ける、内容が真面目でもどこかクスってなる
そんな作風を目指してこのままいこうと考えていました
そんな中非常に嬉しいコメントでした、ありがとうございます(*'ω'*)
よろしければこれからもお付き合いくださいませm(_ _)m
次回作も楽しみに待ってますよ!
できればもう少し増量してほしいな~(チラッ
ありがとうございます(・ω・)!
文量ですかー。
クーリエで投稿されてる皆さんは基本的に長めの文章を書いてる方が多いですね。
文章量となると一概に分かりました!とは言えないのがアレですが
参考にさせていただきますね!
ありがとうございます
前半は正直あっという間に書けてしまったので、その分文章も上手く繋がってたということかな、と思います。
>23さんへの返信です
あまりに完璧主義過ぎるのかなと。
そういうところを、さりげなく衣玖さんがフォローしているのがいいですね。
天人ってやっぱプライド高いイメージがありますから、完璧主義って言葉がしっくりきますよね。
けど「未熟は愚かだが、未熟を克服しようとする姿は何よりも崇高である」
私の小説仲間が作中に書いていた一文ですが、すごく好きです。
読了ありがとうございました