Coolier - 新生・東方創想話

青娥、私はずっと一緒にいるぞ。私は青娥と一緒にいる。

2012/04/18 03:20:20
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 副題『一方その頃みことじは』


 
 
 ×××芳香と朝×××


 私には自由な時間がない。
 主が起きている時はいつも側にいて、何かを言いつけられれば言うことを聞く。それは雑用であったり、青娥の慰み物になることであったり、不穏な気配があれば警備であり、時折休息であったり、した。
 それが私の使命であって喜びだ。何物にも代えられぬ私の生命だ。だから、私は青娥を疑わぬ。
 青娥に命じられて一緒にいるこの一瞬一瞬を、疑わぬ。


 私は嘘をついた。私には自由な時間がある。自由な時間がない、というのは殆どない、という言葉のあやであって、他の者(それは青娥や神子様、布都、屠自古であったりだ)ほどないということだ。
 私には自由な時間と不自由な時間がある。前者は朝、青娥が起きる前で、後者は起きた後だ。私は死者だ。私に休息はいらぬ。だが青娥が寝ろというから寝る。夜には眠るものだと青娥は言う。時折慰め者になって青娥の隣で寝る。それは欲望の一つであり、眠りたいと思うことは大切なことなのだと青娥は言う。(ついでに言えば慰み者になりたい、したいというのも大切な欲望なのだそうだ。『芳香はどうやらしたい欲望は少ないみたい』と青娥は言ったが、私にはされたいという欲望も良く分からない)そして、青娥が起きる前に起きる。いつも朝には起こしてと青娥は言う。だから私は青娥より早く起きて青娥を揺する。
「青娥、おい、主。朝だ、起きれ」
「お早う、芳香。もう起きてたのね……どうしたの?」
「青娥が起こしてと言った。起きてくれないと、私は主の命に背くことになる。起きろ、青娥。起きてくれ、頼む」
「そうなの……じゃあ芳香、私のことは放っておいて。それで、昼頃にまた起こしてね」
「承ったぞ青娥」
 この調子なのである。そして、大抵昼頃には自分で起き出して、私は誰もいない寝床に青娥の乱れた寝間着を見つけるのである。嫌になる。全然言いつけを守れていない。だが、それは命令通りでなくとも、青娥が自分で起きることは青娥にとって良いことで正しいことであるように思うのでそれはそれでよいと私は思う。
 それはそれとして。青娥に放っておいてと私は言われた。青娥を放っておくのが命令、何があっても昼までは青娥には近づかない。それはそれ、空いた時間に別の命令は受けていない。
 つまりは自由な時間と言うことだ。私が起きて、青娥が起きるまでの時間は、私には自由な時間だ。
 そう言う時、私は散歩をする。朝の、まだ誰も起き出していない道場はとても静かで、私一人が生きているような気分になる。まぁ、生きてはいないので私は一人死んでいるのだ。つまりどういうことだ? 死にながら立って歩いているのは私だけだということだ。これが表現の難しさという奴で、つまりは誰も死んでいなくて私一人が死んでいるように私は感じているのだ。だが、普段からそうだ。あれ? ともかく違うのだ。朝は違う。私は一人で、寂しいのに清々しいというか、まあ、そんな感じだ。
 屠自古あたりは起き出すのが早い。神子を起こすのは自らの責務だと思っているようだし、起きる前から色々と準備をしている。時折廊下に気配がする思うと屠自古かと思う。かと思えば布都が足音高く歩いていて、布都が元気な時は変わった修行をしている時か、何か面白いことを思いついたかだ。こないだやかましかった時は、『おお、青娥の従者か! お主で良いから聞け! いいか……太子様は眠る時……下着をつけない……!』布都はどんなにつまらないことでも大騒ぎだ。何に対しても全力で生きている。とても良いことだ。私もああいう風でありたい。


 中庭には朝の日射しだけが立ち並んでいて、まるで人ならざるものの密会のようだ。日陰はひんやりと冷たく、日向はじっとりと暖かい。夜は本来冷たいもので、朝は暖かいのと混じり合う。そういう、中途半端な感じが、私は好きだ。私も生きているが死んでいる。
 私の身体は冷たい。肉体は固く、血も流れていないが、私は自分を冷血女などとは思わない。私の中には熱い何かがある。その為に青娥の言うことを聞くし、働く。その本質は私には分からない。何なのか分からないものに動かされて私は生きている。死んでも生きる。
 話が逸れた。逸れたついでに言えば朝も好きだが昼間だって夜だって好きだ。私は今の死んで生きている自分も好きだが、きっと死んだ自分だって生きている自分だって好きだ。私は何なのだ。世界は何なのだ。分からないまま好きだと言っているのが、きっと幸せなのだ。幸せって何なのだ?




 朝方、芳香が幸せについて、日射しの中考えている頃、一方神子の部屋では。


『ひゃ……うんっ、そ、そんな、太子さま……ご飯もできているのに、朝からなんて……んんっ』
『駄目ですよ屠自古、きちんと私のことは名前で呼ぶようにと言ったでしょう。ほら、手も休めないで』
『み、みこ……さまぁぁ』
『良くできました』




 ×××芳香と青娥と昼×××


 昼になって、中庭に青娥の姿を見つける。命令があるのかと歩み寄るが、青娥はまだ寝ぼけていて、きっと目の前に立つ私が誰かも、青娥には分かっていない。だけど青娥は私の名前を呼ぶ。寝ぼけ眼で。誰が誰だか分からないままで。
「芳香? こっちにいらっしゃい」
 私は命令とあれば何でも聞く。だけど、私には命令でない関係というのが分からないが、きっと青娥のそういうのには命令でなくても聞いていたと思うのだ。隣に座る。膝を伸ばしたままどすんと座る。腕を伸ばしたまま青娥に撫でられる。よしよしされる。
 青娥は私をよしよしするのが好きだ。私はよしよしされる。よしよし、よしよしされる。そのうちにうっとりする。うっとりとは倒錯であり安心であり忘我だ。私は青娥といる時間を過ごす。膝を伸ばしたままの私の足に、歩いてきた布都が躓いて転ぶ。
「お主……そうやって暗に自分の足が長いのを自慢しているのであろう? たまには少しは縮んでみたらどうなのだ」
 怒っている。私には布都が分からないのだが、きっとそれは私が半分死んでいるからで、布都も同じような生きていて死んでいる状態なのだそうだが、だけどやっぱり私とは違って私には分からない。青娥はあらあらと笑っている。
「ふむ、だがやがて我も足が長くなった暁には、貴様も転ばせてやる! 覚えておくのだな!」
 気持ちの良いドヤ顔を見せて去っていった。ああいう思い切りの良い人物になりたい。
「あの人、生きてた頃は政治とかしてて賢かったのに、復活してから全然そんな風じゃなくなったわねぇ。やっぱりするべきことがないと、人間腐るものかしら」
 青娥にとってはどうでも良いことだったようで、そう一言呟いたっきりひたすら私をよしよしした。肩を抱き寄せて肩を撫でさすったり、頬に触れて私の顔の形を確かめたり、髪の匂いを嗅いだり、青娥自身の髪を私の小指に結んでみたり、していた。そういうのを全て含んでよしよしだ。私はよしよしされる。青娥に、よしよしされる為に生きているのじゃないか、そう思うくらいよしよしされる。
 私はそれでも良いと思っている。青娥のため、命令を全て受け入れるのが私だ。いくらよしよしされているのが気持ち良かろうと、青娥の命令が聞けない私に存在価値はない。
 だけど、青娥によしよしされる為に生きるのは気持ちの良いことだ。そうなればいいな、と私は考える。だけど、そういうのは良くない。
 何故なら、私は生きていないからだ。青娥はきっとそういうのは、生きている奴としていたいに違いない。青娥は生きているんだから。
 私は突然に生きているとは何か分からなくなった。死んでいてもいいなら、青娥も私と同じものになればいいのだ。死んでいても動けるものに。青娥が私と同じでないということは、青娥はやっぱり生きていたいのだ。
 昔、青娥から青娥自身のことを聞いたことがある。いなくなった青娥の父親のこと、道教のこと、不老不死の仙人のこと――当然ながら八割方理解なんてできやしない。私の脳はちょっとばかしポンコツなのだ、だけどそのポンコツさも青娥は可愛いと言う。それはそれで良いのだ。
 だけどそんなポンコツの脳でも、青娥の言葉だけは覚えている。
『芳香、私は逃げ続けているのよ。これまで生きていると、日々をそれなりに過ごすことは慣れきってしまったわ。だけど、その慣れきった日々に在るということが、私を惰性の生へと誘う。……人は、死というものが、誰しもに降りかかる通り雨のように感じているから、受け入れることができる。それがもし、高いところから飛び降りるような、自分で迎えるものなら……誰にも受け入れられなどしないわ。私は緩慢に死に続けている。ねぇ、芳香。目的を持って、死にながら歩くあなたと私、どちらがより人間的かしら。芳香。私はあなたが羨ましい』
 青娥は死にたくないのだ。だから、生き永らえて、遠い昔から今までを、貫いて生きている。それが青娥の望んだことなのだろうか?
 私は死にたくないのだろうか。もう死んでいるっていうのに。




 ちなみに、しばらくしてからのことだが、布都はその後ドヤ顔で足を伸ばして通路に立っていたことがあったが、足が短くて、私は全然引っかからなかった。
 私は普段足を動かして歩く。膝は曲がらないが。久々にジャンプして移動してみようと飛び上がったら、布都の足を思いっきり踏んで布都は悶絶していた。
『痛い! 足の甲! 流石に尸解仙である我でも足の甲は痛い!』
 盛大に転げ回る布都は自分を抑え込まない自由な奴だ。その生き様を見習いたい。




 昼頃、芳香が青娥によしよしされている頃、一方神子の部屋では。


『やだ、もう……お昼なのに……皆のごはん、しないと……掃除も、洗濯も……』
『今日はお休みにしてあげるから、ゆっくりしなさい、屠自古。ほら、屠自古だってこんなにしているじゃありませんか……』
『やぁぁ、もう……いやです……。……みこさまの意地悪……』




 ×××芳香と青娥と夕方×××


 日が傾くまで、私はぼうっと青娥と一緒にいた。お腹すいたわねぇ、と青娥が言った。
「そうか、青娥。何か探してこようか」
「うーん」
 青娥は悩んでいるようだった。何を悩むことがあるのだ? 腹が減るのは大変なことだし、私に命じれば良いだけなのだ。
「食べるのも準備するのも億劫ねえ」
「いつも、屠自古が何かしらしてくれるのではないのか」
「そうねぇ」
「今日はしてくれないのか? 何をしているのだ」
「何って、あの子が家事を放り出す用事なんて一つしかないでしょう。放っておきなさい。お邪魔をしちゃいけないわ」
 そうか、と私は答えた。言葉が途絶えて、青娥がよしよしと髪を撫でている。穏やかで、日射しは暖かだった。青娥は私を引き寄せて、私は青娥にもたれかかるような形で青娥に髪を撫でられている。
「困ったぞ、青娥」
「何も困らないわよ、芳香」
「いや。大変だ。私は何をしているのか分からなくなった」
「あら、なら芳香は普段自分が何をしているのか、分かっているのね」
「決まっている。主の命を聞くことだ。私は青娥の為だけに働く」
 青娥はどうしてか優しげな眼差しを私に向けた。私は青娥を見上げて誇らしくなったが、気の迷いであるかもしれぬ。青娥から与えられるものを望みに働いているのではないのだ。
「だが、私は今青娥の為に働いているのか?」
「芳香、あなたはそんなことを考えなくても良いのよ。腐っているのだから、何を考えても答えなんて出ないって、分かっているでしょう」
「ああ! そうだった、私は脳まで腐ってポンコツなのであった。そうか、いくら考えても答えなど出ないものなのか……うぎぎ、私は思考も満足に出来ず、自己判断も、そもそも自分が何をしているのかも自覚出来ぬほどのポンコツであったか。これでは、青娥の命を聞くにも値せぬ」
 髪に触れている青娥の手が、少し優しくなった気がした。どうして優しくする、青娥。
「何かを考えるなんて、不毛なだけよ。あなたは私の命令を聞く、それだけ。それだけでいいのよ、芳香……」
 その通りだ。私は青娥の、主の命令に従おうとした。考えない。私は考えない……けれど、思考を止めるというのは難しいことだ。どうしたって思考は生まれて私は惑う。
 どうして、青娥。私を、死を迎えた私を使役するために歩く死者として蘇らせたのは青娥だ。私に思考がいらぬと言うのなら、どうして思考を奪わなかった。私自身の言葉を使って会話を交わせるようにした。どうして惑うようにした。
 これでは、主の命令を守れぬたび、道具であるのに存在価値に迷うようになる。そんなものではない、青娥の為だけの私であればいいはずの私が、青娥の為になれぬではないか。私には青娥が分からぬ。そして、私自身すら分からぬ。
「青娥。私は何も考えないぞ。私は何も考えない」
「いいこ、いいこ。芳香ったら、本当に純粋でかわいいわ。よし、よし」
 思考など、いらぬ。私が青娥に対して感じているものさえ、いらぬ。いくら心が痛もうと、青娥と一緒にいたいなどと思う必要はないのだ。




 夕方、芳香が自分の意志をなかったものにしようと決意している頃、神子の部屋では。


『はぁ……神子様、そんな……足で、なんて……』
『ふふ、屠自古も好きなのでしょう……?』
『やぁ、そんなの……分からないです……』




 ×××芳香と青娥と夜×××


 夜半になっても、私達はそこにいた。月が上がって、暗く薄青く辺りは染まって、夜目の利く私や青娥は、その薄明かりの中でも相手をはっきりと見ることができた。だから、我々に昼であるとか朝であるとかは関係ない。青娥も毎日遅くまで起きているから、今日も寝るのはゆっくりだろう。
 そんな時間になっても、どうしてか青娥はどこへも行こうとはしないのだった。我らは屠自古の回す生活のリズムによって動いているのだが、その屠自古がどうしてか動かず、神子様や布都も好きなことをしていると、我々はこんなにも自由だ。私には自由が分からぬ、青娥の意図のままに動くのが私だ。自由など分からずとも良いし、いらぬ。自由とは何だ、私には行きたいところもなければしたいこともない。青娥の側で命令を聞いて青娥のために働ければ満足なのだ。つまりは自由であろうと、今と変わりない。ある種私は自由なのかもしれぬ。
「ねえ芳香、あなた腕組みは出来る?」
 少し逡巡した。私の間接は曲がらぬ。青娥や他の人間のように器用にはいかぬのだ。青娥もそれを分かっていての気紛れ、問いなのだろう。私は頷いた。
「任せろ」
 べきょりべきょりと音を鳴らして肘をへし折ると、私は骨に頼らず筋力だけで姿勢を保持した。
「正座は?」
「任せろ」
 膝もべきょりべきょり。ぺったりと地面に私は座った。だが、困った。肘も力を緩めればぱたりと下を向いてしまうし、立ち上がれぬ。
「困ったぞ青娥、立ち上がれぬ」
「あら。神経がちぎれてるからかしら。でも、私こういうの苦手なのよね。蝶々結びでいいかしら」
「問題ないぞ、青娥」
 べりべりと肉を剥いて神経を引っ張ってくるくると蝶々結びに結んでゆく。青娥の指がちまちまと可愛らしく動くのはこの上なく愛らしかった。そして、蝶々結びで神経が繋がるはずもないが、思い込みでなんとかなる気がするものだ。とは言えやはり動かなかった。肌も縫合してくっついてはいるから、そのうち再生して同化するだろう。
「しばらくかかりそうだ」
「そう。ちょっと待っててね、お手洗い」
 青娥が去ってしまうと、私は一人そのまま残された。暗い廊下の向こうから布都がおっかなびっくりに歩いてきて、薄明かりの下、座り込んだままの私と不意に目が合った。布都はあからさまにびくっとして飛び上がった。
「ひぃぃ! 背の低い何かが我を見上げておるぅ!」
「私だぞ、布都」
「止めろぉ! 我の名を呼ぶなぁ! 存在すら確かではない怨念とも悪意とも知れぬモノに名前を知られておるなど、考えるだに恐ろしい! 妖怪や幽霊ならばせめて姿を現せ! ……って芳香ではないか」
「最初から言っている」
「我はびびっておらぬ、全くもってびびってなどおらぬぞ! よいか、我は少しびっくりしただけなのだ! 怯えた訳ではない! ほんの少しびくっとしたくらいで、怖いなどとは思われては困る! 小用を我慢しているからと言って、少しちびったなどということは決してないぞ!」
 覚えておれ、と指を向けながら布都は廊下をお手洗いの方へと去っていった。青娥が戻ってきて何かあったの、と聞いた。何もなかったぞと私は答えた。




 夜半、座り込む芳香に布都が驚いている頃、神子の部屋では。


『結局、一日中してしまいましたね。私は、幸せですよ。屠自古とこんな風に時間を過ごすのも……今しか出来ぬことだから。以前は、できなかったから。屠自古は幸せでしょうか……?』
『神子様……もちろんです。私は、時々強引に過ぎて、困ることもあるけれど……神子様とこんな風に時間を過ごすことが、不幸であるはずがありません』
『ふふ、屠自古は素直で可愛らしい。知っていますか、屠自古。そんな風にしている時のあなたの表情は、とても魅力的ですよ。……ほら、こっちにおいで……』
『あ、神子さまぁ……もう、駄目ですよ。ほんとに。もう……仕方ないですね……』




 ×××芳香と青娥の真の夜×××


 ようやく青娥は動く気分になったようだった。欠伸をしながらまだ足が再生しきらない私を引きずって寝室にゆくと、私を寝所に放り出して、青娥は寝間着になってから寝所に入った。
 青娥は大抵私を抱き締めて寝る。私は死体だがどうしてか柔らかく暖かい。単純にその方が青娥にとって気持ちよいからかもしれぬ。理に合わなくとも、青娥が満足しておれば私はそれで良い。
 私にとっても、青娥とくっついて眠るのは非常に心地良い。何しろ青娥はないすばでーだし、むにむにと柔らかい青娥の胸を押しつけられるのはひどく良い気持ちだ。くぁ、と口を開く青娥の頭を、伸ばした手で枕になるようにしながら、私は聞いた。
「青娥は胸が大きいな」
「いいでしょう。芳香は控えめね。可愛らしくて素敵だわ、私くらいになると可愛げがなくて。良い悪いではないけど、時々憧れるわ」
 ふむ、何だかとてもけなされた気がするが、青娥に悪気がないのは分かっていたから黙っていた。悪気があっても言わないが。それに、私も同じ気持ちだった。大きいのは面倒そうだ、色々と。
「私は好きだ」
「あら。いやん。大胆ね、芳香」
「おう? 素直な気持ちでいつも感じている。そのままだ。私は青娥が好きだぞ」
 やだもぅこの子ったら、と手を伸ばして頬を撫でる。今日は珍しく何もする気はないようだった。眠いのかもしれない。いつもなら手持ち無沙汰に色々と暇を潰すのに。
「触り心地は良いのだろうな」
「触る?」
「いいのか?」
 青娥が自然に聞いてきた。私は自然に要求をしてみた。青娥がふわりと身体を起こして、私の頭が青娥の胸に来るように、態勢を変えた。青娥の胸に顔を押しつけようとして、手が引っかかる。
「上を向いて」
 その通りにした。青娥が片腕を枕にするようにして私の頭を乗せ、もう片手で頭を抱くようにして胸を押しつけた。むにむにと触れる。刺激物が。埋もれていくみたいな何か、心地よさが広がって、私は無表情に感動した。
「芳香」
「布団か」
 腕のせいで布団がぐわっと持ち上がるのだった。青娥にはそれが気に掛かったのだろう。
「向こう、向いてごらん」
 ぐるり、と身体の向きを変える。今度は後頭部に、青娥の感触が来る。
「……何だか、これは。寂しいぞ、青娥」
 こうしましょう、と青娥は言った。私を青娥の方に向けさせて、私の腕の間に青娥が入って、正面から抱き合う形になった。青娥の腕が背中に回される。
「これはこれで、ずっと芳香の腕を敷いていたら、腰が痛くなりそうね。痛くなったら言うから離れてね」
 うむ、と私は答えたが、意識は別の所にあった。
 青娥の感触を感じているように、私は青娥にはその感触を与えられないのだ。私は青娥を抱き締めることができない。青娥を好いていようとも、私が青娥に与えられるように、青娥に与えることのできるものは少ない。そういうのが途端に寂しくなった。
「まるでシザーハンズのようだ」
「そんなことを考えていたの? いいのよ、芳香は芳香じゃないの。何も考えなくっていいの、でもそういうところも可愛いわ。よし、よし」
 私は与えられぬ。青娥に髪を撫でられ、青娥の感触を感じながら、私はじっと考えていた。私は考えている。主の命に背いている。
 ……長い時間、私は青娥に撫でられていた。言わないでおこうかとも思った。主がそれを望んでいるかいないのか、分からなかったからだ。私は伝えるべきだ。青娥は私の大切な人だ。だけど、青娥にとってはどうだ?
「青娥、私はずっと考えていた。主の命に背いて、考えていた。青娥のために何をせねばならぬか、考えた。私は青娥の為にいるのだ、それを考えずどうする? 主の命は曖昧だ。それでは、青娥の為にならぬ。盲信することは、青娥の為にはならぬ」
 芳香、と青娥の呼ぶ声がする。青娥の表情を仰ぎ見ることが出来ぬ。今眼前には青娥の柔らかな肉体がある。
「我は使役されるモノとして失格かもしれぬ。だが、青娥、聞いてくれ。青娥、私は青娥のためにいるぞ。青娥がいくら何かについて悩んでも、嫌になっても、私は青娥と共にいる。それが青娥に呼び起こされた勤めだと考える」
 青娥の手が止まった。何かを考えているようだった。やがて、青娥の手が持ち上がって、離れた。そのまま、少しの間があって、やがてまたゆっくりと手が下りてきた。青娥の柔らかな手が、私の髪に触れている。
「ばかね。芳香、あなたは何も言わなくていいのよ。あなたのことは、全部分かっているんだから。あなたが私と一緒にいたいことなんて、前から知っているんだから、何を考えていたって、私と一緒にいていいんだから」
 青娥が私を見た。身体を少し離して、私を見下ろした。私は初めて、青娥の目を見ることができた。青娥は怒っていた。怒りながら、哀しんでいた。青娥が何を考えていて、何を求めているのか、私には分からなかった。
「でも、そう言ってほしいなら言ってあげる。……私と、永遠を共にしなさい。いなくなることは許さないわ。だけど、今更だわ。芳香は私といる。……そうでしょう?」
 青娥、と私は呟いた。青娥は私を強く抱き締めた。やっぱり怒っているようだ、と私は思った。




 真夜中、青娥と芳香が抱き合って互いの絆を確かめている頃、神子の部屋では。

『太子様、夜分遅くに済まぬ。その……そう、夜に賊が入ってきても良いように、太子様の身辺警護に来たのだ! けして芳香に驚かされて、一人で眠るのが怖いとか、そういうことはない。……うむ? 屠自古、お主今何をしていたのだ? そんなに顔を近付けて』
『な……な、な……!』
『うむ……屠自古、言わなくても良い。布団に上がり込んで、寝そべってすることなど一つしかない。そう……お主は神子様に、按摩をされていたのであろう?』
『……え、ええ、その通りですよ。神子様にしていただいたのです』
『うむ、屠自古、太子様に按摩をさせるとは無礼千万。あまりに失礼だから言い出せなかったのであろう。せめて、お主も太子様に同じようにして差し上げるのだぞ』

 布都はその後、身辺警護という名目で神子の布団で眠った。屠自古は帰ろうとしなかったので三人で眠った。






「青娥、一つ聞いてもいいか?」
「何かしら」
「どうして青娥は私と一緒にいる? 私は死んでいる。青娥は生きていて、生きたいのに、どうして死者と日々を共にする? それが、青娥の望みなのか」
ばかね、と青娥は言った。どこまでも優しい声色をしていた。
「生きていても、死んでいても、芳香は芳香よ。死んでいるから、私と一緒にいるのではないでしょう」
 思えば簡単なことだ! 青娥だって同じだと考えるのが良い、青娥がそれをはっきり言わないのはもう認めているようなものだ。私は私で、確かめずにそうだと思っていればよいのだ。こういう盲信はよいことだ。
 何しろ青娥は私の全てなのだ。それと同じように、青娥にとっても私が全てだと思うのだ。それが、本当のことでなくとも。一緒にいるうちは、それを盲信していてよいのだ。
 
 
 生きてる!? 青娥生きてるの!? ねぇ! 青娥! 青娥生きてる!?
 えぇ、生きてるわ
 本当!? 生きてるの!? 死んでない!?
 えぇ、死んでないから大丈夫よ
 そうかぁ! 私死んでるから! 死んでて青娥のこと分かんないから!
 そうね、分からないわね
 うん! でも青娥生きてるんだ! そうなんだぁ! じゃぁ一緒にいていいんだよね!
 そうよ、一緒にいていいの
 よかったぁ! じゃぁ生きようね! 一緒に生きよう!
 うん、生きようね
 あぁ! 青娥生きてるから一緒に生きられるね! ね、青娥!
 うん。一緒にいられるわよ
 あぁー青娥と私は今生きてるよー! 幸せだねぇ-!




 芳香ちゃんのことばっかり考えてました。
 正直今回は心理ばっかりになったのでもっと物語的な要素を増やしてリベンジがしたい。あと、みことじもメインで一本書きたい。布都ちゃんも書きたい。書きたいものが貯まっているので色々消化が辛い。

 読んで下さってありがとうございました。
RingGing
https://twitter.com/#!/ProdicateJacks2
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コメント



0.1070簡易評価
2.80奇声を発する程度の能力削除
合間がw
いい味があって面白かったです
4.90名前が無い程度の能力削除
みことじと布都がいい仕事してるおかげで、内面ばっかりの話だけどあんまりくどくない。
5.100名前が無い程度の能力削除
青娥は芳香を愛してるんだろうな。青娥には、重たい障がいをもった娘を愛している母親ような、そんな印象をうけた。
でも芳香をほうってお手洗いに行っちゃう自分勝手さはやっぱり青娥らしい。
11.100名前が無い程度の能力削除
その他面々、特に布都に目が行ってしまう。布都まわしが上手い。おいしい。
芳香の最後のほうは何か物悲しいものも感じる。内面描写がそんなに面白くないはずなのに、読了してマイナス面を忘れてしまう。脇役ずるい。
13.100名前がない程度の能力削除
こんな芳香ちゃんも素敵だな
おもしろかったです
16.90久々削除
外野…もとい布都勢が見事にいい仕事をしていらっしゃる。
どことなく背徳的な雰囲気ながらも、それに厭らしさや汚らしさは感じませんでした。
死んだ者だからこそ分かる苦悩もきっとあるのでしょう。芳香はやっぱりいいキャラです。
18.90名前が無い程度の能力削除
よいねー。面白かった
よしかちゃんよしよし
22.90過剰削除
一途な芳香ちゃんにグッっときました。
そしてみこさまは何をやってるんだwww
24.100雨宮幽削除
あぁんすっごい素敵なせいよし…!
ほのぼのだけどどこか切なくて、よかったです。合間もw
25.100名前が無い程度の能力削除
合間のみことじも素晴らしかったです。
おもしろかった
30.100名前が無い程度の能力削除
芳香の真摯な思考(どんどんドツボにはまってはいるが)と
紛れ込む布都ちゃんの可愛さがいとしい。
…みことじw
34.80名前が無い程度の能力削除
みことじふうううう