射命丸文は紅魔館の複数ある来賓室の一つである、通称鏡の間で館の御当主と会食していた。部屋のコンセプトは外の世界のとある宮殿に倣ったそうであるが、吸血鬼の住まう館に鏡の間というのはなかなか皮肉が利いている。
「この肉は里の酪農家から買ったものでしょうか?」
文は骨付きの仔牛を器用にナイフとフォークで味わいながら、そんな疑問をレミリアに投げかけた。
「当たらずとも遠からずってところかな」
レミリアは文以上に器用な手つきで美味そうに肉をほおばる。性格は子どもっぽいのにこういう所作の端々に貴族を感じさせる。文が改めて感心しているとレミリアが何かを訴えるような眼で彼女を見た。もっと質問をしろというポーズだ。
「と、いいますと?」
文が続けて問うとレミリアはまた満足げに口を開く。相手が話したがる瞬間というのが読めないと記者というのは務まらないと文は思っている。しかしレミリアのそれはあまりに露骨なので、読み違えようもない。
「これは里からちょっと外れたところで生活している酪農家の家から季節ごとに送られてくるものだよ。付き合いは割と長いかな」
なんだかんだでこの吸血鬼は説明したがりなのだ。比較的どこに行っても煙たがられることの多い文を歓待して、ときにはこうして食事を饗するのも、文がこの幻想郷においては貴重な「聞き手」であるが故である。
「送られてくる、というのは?購入するわけではないのですか?」
「買うんじゃなくって。送ってくるの。供物・・・?っていう表現が正しいかわかんないんだけど、うーん。なんだろうな、その家は職業酪農家じゃなくて自給自足なんだけどね、妖怪の被害があるあたりだから」
人間の里は外界のものに比べれば小規模ではあるが、それでも数百世帯からなる幻想郷唯一にして最大の集落だ。数が多ければやはりそうした社会に適合しない人間もいる。竹林の中に庵を組んだり、妖怪の山のふもと付近で暮らしたり、里の外で生活する者たちも少なからずいて、その酪農家というのもそうなのだろう。
「賢者たちから与えられた領土はこの館だけで、別に昔のようにスカーレットの領地があるわけじゃないんだけど、ここから霧の湖を挟んで私の目端が利くぐらいの範囲では、木端妖怪どもにあんまり好き勝手されないようにしてるのよね。面子ってものがあるでしょう?で、そのへんにたまたま住んでた人間たちからすれば、私たちは体のいい治安維持組織ってわけ。紫もうるさいし、正式な領民てわけじゃないんだけど、一応その辺の連中が紅魔館による後ろ盾へのお礼、という形でいろいろ持ってきてくれるのさ」
これがなかなか楽しみでね、と笑う姿はいかにも一端の領主さまという感じだが、次の瞬間には無邪気な”どや顔”を披露してくるものだから文は口角が上がるのを必死にこらえなければならなかった。
しかしなるほどと文は納得した。紅魔館では頻繁にパーティが行われ、その度に豪勢な料理が振る舞われるが、その出所はいったいどこなのだろうと前々から疑問だったのだ。野菜や卵は自給できるとしても他はそうはいかないはずで、しかしそういうことならばなるほど合点いく。「人間」は賢者たちから供給されているとはいえ、その他に収入源がなければ紅魔館の家計が成り立つはずもない。文は新たに見た紅魔館の一面をメモに記したい気持ちを抑えて、優雅な仕草でワインを飲んだ。レミリアは文が自分の話を聞きながらメモをとるのを大変喜ぶ(はしゃぐといってもいい)のだが流石に食事中にそれをやるのはマナーに反する。
二人がほぼ同時に仔牛を食べ終えると、タイミングをうかがっていた数名の妖精メイドが空き皿を片づけソルベを供した。三つ目のヴィアンドゥ(肉料理)の前に口直しを挟むあたりやたらとフランス料理の形式にこだわっているようだ。以前文が聞いたところによれば「そのほうが貴族っぽい」からなのだとか。
しかしこういう凝った料理のときには紅魔館ご自慢のメイド長は、その職名を料理長へと変えてしまうから、配膳は自然と妖精の仕事になる。文としては一瞬で目の前の様子が変わってしまう感覚にどうしても慣れないし、妖精たちのたどたどしい手つきもそれはそれで微笑ましいので一向に構わないのだが、レミリアはというと……。
「……」
ほら、さっきまであんなに上機嫌だったのになんだか不満げな様子だ。
なんとか配膳を終えて妖精たちが戻ろうとしたとき
「白リボン!」
と突然レミリアが鋭く言った。文は意味が分からずきょとんとしたが配膳役の妖精が一人びくっとしておずおずと戻ってきたのを見て、どうやらレミリアがその妖精を呼びとめたのだということを察した。妖精が歩いて戻ってくると、レミリアは黙ってソルベの盛られた器をくるりと半回転させた。それを見て白リボンと呼ばれた妖精は顔面蒼白になってしまった。どうやらその器には前後の区別があったようで、妖精が間違ってそれを逆向きにおいてしまったのだということが察せられた。
「間違えたのが客人のほうでなかったから、今回は不問にしてあげる」
レミリアのその言葉を聞き終わるや否や妖精は消え入りそうな声でごめんなさいと言いながら出て行ってしまった。いささか以上に気まずい場面に居合わせてしまった。
「いやいやみっともないところを見せたわ。やっぱり妖精というのはどうしてもねえ。ま、咲夜の優秀さで釣り合いが取れてるかな?」
レミリアはそんなジョークを飛ばしてホストとしての責務を果たし、文もまたゲストとしてそれに
「お釣りがくるくらいじゃないですか」
と答えることでその場の空気は収まった。
しかし規格外ながら一応は妖精である友人――――言うまでもなくチルノのことであるが―――――を持つ文としては、少々レミリアの言い草に釈然としないものを感じてしまう。もちろん妖精を軽視する傾向は、妖怪ならば誰もが持ち得るものだということは文にも分かっていたし、寧ろレミリアという吸血鬼は妖精に対する露骨な蔑視をしない妖怪である。しかしそれゆえに文の中には―――それが極めて勝手な期待に端を発するものであることを自覚しながらも―――彼女自身思いもよらぬほどの落胆があった。
そのような珍しい感情の乱れがなければしかし、射命丸文は気付いたはずだ。レミリアが「白リボン」と不躾にも聞こえる呼称で呼んだ妖精が白いリボンをどこにも身につけていなかったという事実に。
ちょっとしたトラブルがあったからといって、その空気がいつまでも会食を台無しにしたということはなかった。というのも文はいい加減長生きで、精神的に成熟した大人であったし、レミリアもまた過ぎたことを引きずらない性格だったからである。デザートのチーズケーキに加え食後のコーヒーに至るまで完璧な出来栄えだったメイド長改め料理長十六夜咲夜のフルコースを堪能した後、二人は紅魔館三階にある立派な暖炉を備えた談話室に場所を移し、ブランデーを片手に語らっていた。
語らっていたといっても延々と語り続けるレミリアに対して文がひたすら質問をぶつけていて、まるで取材のような様相であった。
そんなとき、
「あら、私に隠れて随分と良いお酒飲んでるのね、レミィ?」
そこにやってきたのはレミリア・スカーレットの親友にして紅魔館お抱え魔術師であるパチュリー・ノーレッジであった。
「おやパチェ、珍しいね。三階まで上がってくるなんてさ?」
レミリアはそういってまたブランデーをあおった。お気に入りの一瓶を開けて、心ゆくまで喋りつくすというのはレミリアにとって大きな楽しみであって、随分上機嫌な様子だ。それにしても確かに珍しいと文も内心思っていた。それはレミリアのように場所のことではなく、むしろ状況のことである。
「なんだ喉の調子がよくないと思ったらカラスが紛れ込んでいたのね。レミィ?」
パチュリーがどの程度の頻度で地下から出てくるのか文は知らないが、少なくとも文が招待されてレミリアと話しているときにやってくることはこれまでなかったように思われた。
「私が呼んだのさ、このカラスは私のお気に入り」
「随分酔いが回っているわねレミィ? 全く、妖精を囲ったかと思えば犬を拾ってきて、お次は烏まで飼い始めるの?紅魔館は何時から動物園になったのかしら」
そう硬いこと言うなってとレミリアは混ぜっ返すが、文としてはパチュリーの言葉になんとなく棘を感じずにはいられない。しかし文にはその理由が分かっていた。魔女はきっと否定するだろうが、彼女が文に向ける視線の真意は妬きもちだ。地底の専門家ならばそれは嫉妬だとはっきり言ってしまうかもしれないが、そういう心の機微というのは長く生きていれば自然と察することができるようになる。特に百歳ちょっとの小娘(あくまで文の視点による)の心くらい見抜けない射命丸文ではない。その証拠に先ほどからパチュリーは、やたらと”レミィ”という愛称を使っている。おそらくは無意識に自分とレミリアの特別な関係性を強調しているのだろう。
普段の聡明な魔女を知っているだけに、その乙女チックな一面を見せられる文としては、穏やかに受け入れるほかない。
「ご心配なさらずとも、私は飼われたりしませんよ。ジャーナリストたるもの権力者におもねるようなことはいたしません」
冗談めかして言ったそれはパチュリーには確かに理解されたようで、彼女は自分の言動を省みてやや赤面しながら目をそらした。無意識とはいえ自らの子供じみた独占欲を見透かされたと思って、きっとパチュリーはベットでバタバタともだえることになるだろう。それを想像して文はいっそうニヤニヤし、それを想像されていることを悟った魔女は、指を鳴らして出現させたゴブレットに、ブランデーをなみなみ注いで一息にあおった。
「ねえ聞いたかいパチェ?ジャーナリズム(笑)ですって」
一方レミリアは渦中の人物でありながら蚊帳の外にいるという道化じみた言動でいっそう文を楽しませ、パチュリーに理不尽な拳をもらった。
それから数時間、文はそのおもしろすぎる状況下での会話を楽しみ、記事になりそうな小話もいくらかまとまって、そろそろお暇というところであった。
「なんだか玄関ホールが騒がしい」
とレミリアが言い始めたのだ。当然普通に物音の聞こえる距離ではない。文も妖怪として並外れた聴覚を持つがほとんど何も気づかなかった。おそらくは実際に音を聞いたというより、騒がしい雰囲気を直感的に感じ取ったのだろう。当主として長く暮らしていることでレミリアにはそれが分かるのだ。
レミリアがおもむろにパチンと指を鳴らすと、というより鳴らした時にはすでにといったほうが正しいが、十六夜咲夜がそこに立っていた。
「ご歓談中に申し訳ありません」
「それはいいんだけどさ、何の騒ぎ?」
咲夜は玄関ホールでの騒ぎについて簡潔に説明を始めた。
「実は妖精メイドの一人が急にホールに駆け込んできまして、私はちょうどそこで他のメイドと話していたのですが、一緒に外に出ていた妖精メイドが野良妖怪に因縁つけられていると…」
「なに?」
文はそこでレミリアの空気が瞬間的にソリッドなものにシフトしたのを感じた。文たちのようにある程度力のある妖怪はよほど酩酊していない限り、意図すれば自力で意識を覚醒させることが可能だが、いったいどこにレミリアを真剣にさせるポイントがあったのだろうか。
「しかしその、かなり錯乱していまして。正直いまいち要領を得ない説明ですので」
「それで?」
「いまは小悪魔が落ち着かせていますが…」
「ここに呼べ」
有無を言わさぬ当主の命令に、しかし瀟洒な従者は一瞬の間さえもなく応えた。突然瞬間移動をさせられていっそう困惑する哀れな妖精メイドの顔に、文は見覚えがあった。先ほどの食事の際に配膳を行っていた妖精の一人だ。
「どこで、誰が、どうなってる?」
レミリアの簡潔な質問に、しかしその妖精は対応できていない。
「え、あれ、いや、その」
「落ち着け私の眼を見ろ、窓ふき。どこで、誰が、どうなってる」
もう一度レミリアは噛んで含めるように言った。
窓ふきってなんだろうと文は思った。窓ふきメイドの総称だろうか?
「えと、リボンちゃんがあの、お嬢様に怒られて、元気がなかったからそれで、私が一緒に行こうって。さっきまで、一緒にいたんだけど、急に熊みたいな妖怪が、私どうしたらいいか、分かんなくって、それで、それで」
妖精の説明はほとんど支離滅裂だった。おそらく早く伝えなければという気持ちばかり焦っているのだろう。しかしレミリアの対応は早かった。
「”妖精の腰掛”のところか?」
「それで私…、え?はいそうです。一緒にそこまでいって、私元気づけようって思ってそれで」
「妖怪に因縁をつけられたんだな?」
「えと、あの、はい!」
そのあとの展開には文はほぼついていけなかった。おそらく親友の魔女も瀟洒な従者もそうであった。妖精が「はい」と言うや否や、レミリアの姿はかき消えてしまったのだ。唯一この場で実戦経験もある古株の妖怪として文だけが、レミリアが奇術を使ったのでも何でもなく、ただ超スピードで部屋を飛び出していったことをかろうじて見ることができた。
記者の本能とでも言うべきか、ここで文はレミリアの後に続くことを即座に決断し、部屋を飛び出した。もう帰る予定ではあったが、この展開を前にして帰ることなどできようはずもない。幸いレミリアが言っていた妖精の腰掛という場所に心当たりがあったのは幸運であった。随分前にチルノとはなした記憶によれば、それは霧の湖の西側に生えている大木のことで、妖精にしか感知できない一種のたまり場になっているのだそうだ。最高速度では文が勝っているとはいえ、吸血鬼もその移動速度に数々の伝承を持つ種族。後を追うのは一苦労であったし、目的地が分かっていなければ追いつけなかっただろう。
文が目的地を視界に収めた頃、レミリアはまさに到着したその瞬間だった。
「白リボン!」
先ほどと同じように、しかしもっと切迫した様子でレミリアが叫んだ。
「お、お嬢様あああ!!」
するとそのレミリアに向かって飛び込んでいく影が見えた。間違いなくあの妖精であった。死中に活とでも言わんばかりにレミリアにしがみついた彼女を、レミリアはひとしきり抱きしめた後、妖怪に対して背中側に回して立ちふさがった。
「ああ、なんだてめえ」
その視線の先には人影が二つ、とはいってもこんな時間に人間が歩いているはずもなし、十中八九妖怪だろう。
「いきなりしゃしゃり出てきて何のつもりだよ、ああん?こっちは今むしゃくしゃしてんだ」
そう大声でがなる妖怪はかなり酔っている様子で、いかにも粗野な風体だった。人化が完全でなく爪などが残っているあたりかなり低級の妖獣か何かだろう。しかしそれでも妖精からすれば十分な脅威だ。
もちろん吸血鬼からすれば路傍の石以下の存在でもあるのだが。
「お、おいやべえって。見たことあるぞ俺ぁ」
もう一方の妖怪も同じくほとんど強い妖気を感じない低級な妖獣であったが、こちらは最低限相手を見る分別があったようだ、しかしその分別を発揮するには遅すぎた。がなっていたほうの妖怪は、レミリアの手ですでにスクラップとしか表現しようのない有様になっていた。
「ま、まってくれ!俺ぁあんたに喧嘩売ったつもりなんてこれっぽっちも…」
命請いはどう考えても無駄であった。ただの愚かな妖獣ならともかく相手を見る分別があるということは、相手を妖精と侮ってストレス発散のためになぶってやろうとしていたことを示しているのだ。
文は、彼が仲間と同じ運命をたどるであろうことを想像して、しかし一切同情はしなかった。
「お前は私に喧嘩を売ったんだよ。私の『家族』を傷つけたやつは、どんな奴であろうと生かしてはおかない」
その言葉を吐き捨てた瞬間のレミリアの、おおよそ先ほどまで見せていた温かみのようなものがごっそりと抜け落ちた冷酷な表情は、その妖怪にだけ向けられたもので、彼女の背後にいた妖精と文には、ただ小さなはずなのに大きくて、頼りがいのある背中だけが見えていた。
レミリアは駆け付けた文に気付くと、泣いていた妖精を文に預けた。
「いろいろと後処理をしないと。紫にも一言詫びを入れないといかんだろうし…。紅魔館まで送ってやっておくれ。客人なのに悪いと思うけど」
そういうとレミリアはどこかと蝙蝠を介してやり取りを始めてしまった。それで話しかける機会を逸した文は、見るべきものは見たと思い、その妖精メイドの手を引いて紅魔館へと戻ることにした。
道すがら、文は落ち着きを取り戻したその妖精から話を聞くことができた。
「大丈夫でしたか?怪我してませんか」
「大丈夫です。やっぱりお嬢様はカッコイイです。約束守ってくれました」
文は約束とは何だろうと思ったが、順番に聞くべきことを聞いていくことにした。
「えっと、あなたのお名前は?」
しかしこの最初の質問が、今回のもろもろの出来事の核心であった。
「あの…、私、名前ありませんです」
「おや、そうでしたか。これはすみませんでした」
文は、妖精にはきちんと名前を持つ者のほうが少ないことをやっと思い出した。もちろん知識としては知っていたが、普段交流のある氷精や光の三妖精がそうではないものだから、ついつい失念していた。そしてその誤解が自分の目を曇らせていたことに、彼女はようやく気付きはじめた。
「ではひょっとして白リボンと呼ばれていたのは…?」
「お嬢様は私のことをそう呼びますのです。最初に赤いお屋敷にいって、お嬢様のお部屋に連れていかれてご挨拶したとき、私が白いリボンをつけていたから。それから、私、白リボンです」
そこで文はさっきは気付けなかったこと―――白リボンと呼ばれた彼女が白いリボンを使っていなかったことに気付いた。
レミリアはその場で適当に特徴を指して呼ばわったのではなくて、妖精たちをきちんと個体として把握して、名前を呼んでいたのだ。おそらく先ほど窓拭きと呼ばれていたメイドも窓を拭くのが好きでそう名付けられた妖精だったのだろう。文は先ほどレミリアが白リボンを叱責したとき、彼女が妖精の名前を呼ばず、ぞんざいな呼びかけをしたことに――――それは実際には勘違いだったわけだが――――失望を感じていたのだということを、遅まきながら自覚した。
「勘違いだったわけですか、私としたことが」
「なにがです?」
レミリアはちゃんと彼女を名前で呼んでいたのだ。それもただの名前じゃない、自分が直々に与えた名前だ。吸血鬼のような強大でプライドの高い妖怪が妖精のような……、あえて嫌な言い方をすれば、取るに足らない存在に、普通は名前を与えたりはしないものだ。
…まあ、白リボンというネーミングセンスは、ううん。
そこでさらに文ははっとした。
「ねえ、紅魔館に来た時挨拶したって言っていましたが、それって妖精メイドは全員するものなのですか?」
「しますよ?妖精メイドはみーんなお嬢様の部屋に連れて行かれるのです。それでメイドちょーさんがこの子メイドにしてもいいですかって聞いて、お嬢様がいいよって言います。そしたらその日の夜はパーティです。そのとき名前のない子はお嬢様が名前をつけます。そしたらここにいる間は『かぞく』だよってお嬢様が言います」
家族は必ず守るって約束してくれました、と白リボンは嬉しそうに話した。
妖精蔑視どころかダダ甘じゃないですか。
文は、最早呆れて空いた口がふさがらなかった。妖精メイドの管理は十六夜咲夜が一括してやっているものと思っていたが、実際にはすべてレミリアの決定のもとに動いていたのだ。さらには名もない妖精に自ら名前を付け、パーティまで開いて、臆面もなく家族だと言ってしまうなんて。若いわがままな妖怪の道楽だと、そう言いきってしまうのは容易い、というかそう言い切ってしまっても間違いではない。しかし、そこにレミリア・スカーレットという吸血鬼の本質を見たように文は思った。
レミリア自身はそのことを大仰に種族の差がどうのこうのなんて、思っていないに違いない。彼女はただ単に気まぐれでそういうことをしている。ただ、あの館にいるものは残らず、妖怪も、妖精も、それから人間も、レミリアのそんな子どもっぽさに救われ、惹かれている。それが、文が確信を持って感じることができるすべてだった。
「全く…、寺子屋のガキ大将と変わりませんね」
普段は勝手気ままで周りを振り回す。それは大変に迷惑な話である。妖精メイドたちもよく分からない思いつきにつきあわされたり、事あるごとに完璧すぎる咲夜と比較されて、理不尽な叱責を受けている。それは射命丸文が現実に目撃してきた事実だ。レミリアという小さな悪魔はどこまでも子どもなのである。しかしのその子どもゆえの純情さもまた、レミリア・スカーレットという吸血鬼を構成する、忘れてはならない要素なのだ。いつもは自分でひどい目にあわせているくせに、いざ自分の子分が誰か他人からちょっかいを出された時には、誰よりも早く駆けつけてそいつをコテンパンにのしてしまう。まさに寺子屋のガキ大将とやってることは全く変わらない。ただそれを圧倒的スケールでやりおおせてしまう。それが彼女なのだ。
射命丸文は何だか憑き物が落ちたようにすっきりした。これまでのいろんな疑問がすべて氷解したのだ。
「あの館の方々が、彼女に惚れるのも分かりますよ」
「なにがなのです?」
先ほどからしきりにうなづく文に白リボンは完全においてきぼり状態だった。
「いえ、なんでもありません。こっちの話ですよ」
それから文は、はっきりいって聞くまでもないことだと思いながらも、この一連の物語に―――紅魔館の住人たちによるめんどくさいのろけ話―――――に、一応のオチをつけるのにちょうどいいと思って、こんな質問をした。
「白リボンさん、お嬢様のこと好きですか」
「だ―いすきです!」
「この肉は里の酪農家から買ったものでしょうか?」
文は骨付きの仔牛を器用にナイフとフォークで味わいながら、そんな疑問をレミリアに投げかけた。
「当たらずとも遠からずってところかな」
レミリアは文以上に器用な手つきで美味そうに肉をほおばる。性格は子どもっぽいのにこういう所作の端々に貴族を感じさせる。文が改めて感心しているとレミリアが何かを訴えるような眼で彼女を見た。もっと質問をしろというポーズだ。
「と、いいますと?」
文が続けて問うとレミリアはまた満足げに口を開く。相手が話したがる瞬間というのが読めないと記者というのは務まらないと文は思っている。しかしレミリアのそれはあまりに露骨なので、読み違えようもない。
「これは里からちょっと外れたところで生活している酪農家の家から季節ごとに送られてくるものだよ。付き合いは割と長いかな」
なんだかんだでこの吸血鬼は説明したがりなのだ。比較的どこに行っても煙たがられることの多い文を歓待して、ときにはこうして食事を饗するのも、文がこの幻想郷においては貴重な「聞き手」であるが故である。
「送られてくる、というのは?購入するわけではないのですか?」
「買うんじゃなくって。送ってくるの。供物・・・?っていう表現が正しいかわかんないんだけど、うーん。なんだろうな、その家は職業酪農家じゃなくて自給自足なんだけどね、妖怪の被害があるあたりだから」
人間の里は外界のものに比べれば小規模ではあるが、それでも数百世帯からなる幻想郷唯一にして最大の集落だ。数が多ければやはりそうした社会に適合しない人間もいる。竹林の中に庵を組んだり、妖怪の山のふもと付近で暮らしたり、里の外で生活する者たちも少なからずいて、その酪農家というのもそうなのだろう。
「賢者たちから与えられた領土はこの館だけで、別に昔のようにスカーレットの領地があるわけじゃないんだけど、ここから霧の湖を挟んで私の目端が利くぐらいの範囲では、木端妖怪どもにあんまり好き勝手されないようにしてるのよね。面子ってものがあるでしょう?で、そのへんにたまたま住んでた人間たちからすれば、私たちは体のいい治安維持組織ってわけ。紫もうるさいし、正式な領民てわけじゃないんだけど、一応その辺の連中が紅魔館による後ろ盾へのお礼、という形でいろいろ持ってきてくれるのさ」
これがなかなか楽しみでね、と笑う姿はいかにも一端の領主さまという感じだが、次の瞬間には無邪気な”どや顔”を披露してくるものだから文は口角が上がるのを必死にこらえなければならなかった。
しかしなるほどと文は納得した。紅魔館では頻繁にパーティが行われ、その度に豪勢な料理が振る舞われるが、その出所はいったいどこなのだろうと前々から疑問だったのだ。野菜や卵は自給できるとしても他はそうはいかないはずで、しかしそういうことならばなるほど合点いく。「人間」は賢者たちから供給されているとはいえ、その他に収入源がなければ紅魔館の家計が成り立つはずもない。文は新たに見た紅魔館の一面をメモに記したい気持ちを抑えて、優雅な仕草でワインを飲んだ。レミリアは文が自分の話を聞きながらメモをとるのを大変喜ぶ(はしゃぐといってもいい)のだが流石に食事中にそれをやるのはマナーに反する。
二人がほぼ同時に仔牛を食べ終えると、タイミングをうかがっていた数名の妖精メイドが空き皿を片づけソルベを供した。三つ目のヴィアンドゥ(肉料理)の前に口直しを挟むあたりやたらとフランス料理の形式にこだわっているようだ。以前文が聞いたところによれば「そのほうが貴族っぽい」からなのだとか。
しかしこういう凝った料理のときには紅魔館ご自慢のメイド長は、その職名を料理長へと変えてしまうから、配膳は自然と妖精の仕事になる。文としては一瞬で目の前の様子が変わってしまう感覚にどうしても慣れないし、妖精たちのたどたどしい手つきもそれはそれで微笑ましいので一向に構わないのだが、レミリアはというと……。
「……」
ほら、さっきまであんなに上機嫌だったのになんだか不満げな様子だ。
なんとか配膳を終えて妖精たちが戻ろうとしたとき
「白リボン!」
と突然レミリアが鋭く言った。文は意味が分からずきょとんとしたが配膳役の妖精が一人びくっとしておずおずと戻ってきたのを見て、どうやらレミリアがその妖精を呼びとめたのだということを察した。妖精が歩いて戻ってくると、レミリアは黙ってソルベの盛られた器をくるりと半回転させた。それを見て白リボンと呼ばれた妖精は顔面蒼白になってしまった。どうやらその器には前後の区別があったようで、妖精が間違ってそれを逆向きにおいてしまったのだということが察せられた。
「間違えたのが客人のほうでなかったから、今回は不問にしてあげる」
レミリアのその言葉を聞き終わるや否や妖精は消え入りそうな声でごめんなさいと言いながら出て行ってしまった。いささか以上に気まずい場面に居合わせてしまった。
「いやいやみっともないところを見せたわ。やっぱり妖精というのはどうしてもねえ。ま、咲夜の優秀さで釣り合いが取れてるかな?」
レミリアはそんなジョークを飛ばしてホストとしての責務を果たし、文もまたゲストとしてそれに
「お釣りがくるくらいじゃないですか」
と答えることでその場の空気は収まった。
しかし規格外ながら一応は妖精である友人――――言うまでもなくチルノのことであるが―――――を持つ文としては、少々レミリアの言い草に釈然としないものを感じてしまう。もちろん妖精を軽視する傾向は、妖怪ならば誰もが持ち得るものだということは文にも分かっていたし、寧ろレミリアという吸血鬼は妖精に対する露骨な蔑視をしない妖怪である。しかしそれゆえに文の中には―――それが極めて勝手な期待に端を発するものであることを自覚しながらも―――彼女自身思いもよらぬほどの落胆があった。
そのような珍しい感情の乱れがなければしかし、射命丸文は気付いたはずだ。レミリアが「白リボン」と不躾にも聞こえる呼称で呼んだ妖精が白いリボンをどこにも身につけていなかったという事実に。
ちょっとしたトラブルがあったからといって、その空気がいつまでも会食を台無しにしたということはなかった。というのも文はいい加減長生きで、精神的に成熟した大人であったし、レミリアもまた過ぎたことを引きずらない性格だったからである。デザートのチーズケーキに加え食後のコーヒーに至るまで完璧な出来栄えだったメイド長改め料理長十六夜咲夜のフルコースを堪能した後、二人は紅魔館三階にある立派な暖炉を備えた談話室に場所を移し、ブランデーを片手に語らっていた。
語らっていたといっても延々と語り続けるレミリアに対して文がひたすら質問をぶつけていて、まるで取材のような様相であった。
そんなとき、
「あら、私に隠れて随分と良いお酒飲んでるのね、レミィ?」
そこにやってきたのはレミリア・スカーレットの親友にして紅魔館お抱え魔術師であるパチュリー・ノーレッジであった。
「おやパチェ、珍しいね。三階まで上がってくるなんてさ?」
レミリアはそういってまたブランデーをあおった。お気に入りの一瓶を開けて、心ゆくまで喋りつくすというのはレミリアにとって大きな楽しみであって、随分上機嫌な様子だ。それにしても確かに珍しいと文も内心思っていた。それはレミリアのように場所のことではなく、むしろ状況のことである。
「なんだ喉の調子がよくないと思ったらカラスが紛れ込んでいたのね。レミィ?」
パチュリーがどの程度の頻度で地下から出てくるのか文は知らないが、少なくとも文が招待されてレミリアと話しているときにやってくることはこれまでなかったように思われた。
「私が呼んだのさ、このカラスは私のお気に入り」
「随分酔いが回っているわねレミィ? 全く、妖精を囲ったかと思えば犬を拾ってきて、お次は烏まで飼い始めるの?紅魔館は何時から動物園になったのかしら」
そう硬いこと言うなってとレミリアは混ぜっ返すが、文としてはパチュリーの言葉になんとなく棘を感じずにはいられない。しかし文にはその理由が分かっていた。魔女はきっと否定するだろうが、彼女が文に向ける視線の真意は妬きもちだ。地底の専門家ならばそれは嫉妬だとはっきり言ってしまうかもしれないが、そういう心の機微というのは長く生きていれば自然と察することができるようになる。特に百歳ちょっとの小娘(あくまで文の視点による)の心くらい見抜けない射命丸文ではない。その証拠に先ほどからパチュリーは、やたらと”レミィ”という愛称を使っている。おそらくは無意識に自分とレミリアの特別な関係性を強調しているのだろう。
普段の聡明な魔女を知っているだけに、その乙女チックな一面を見せられる文としては、穏やかに受け入れるほかない。
「ご心配なさらずとも、私は飼われたりしませんよ。ジャーナリストたるもの権力者におもねるようなことはいたしません」
冗談めかして言ったそれはパチュリーには確かに理解されたようで、彼女は自分の言動を省みてやや赤面しながら目をそらした。無意識とはいえ自らの子供じみた独占欲を見透かされたと思って、きっとパチュリーはベットでバタバタともだえることになるだろう。それを想像して文はいっそうニヤニヤし、それを想像されていることを悟った魔女は、指を鳴らして出現させたゴブレットに、ブランデーをなみなみ注いで一息にあおった。
「ねえ聞いたかいパチェ?ジャーナリズム(笑)ですって」
一方レミリアは渦中の人物でありながら蚊帳の外にいるという道化じみた言動でいっそう文を楽しませ、パチュリーに理不尽な拳をもらった。
それから数時間、文はそのおもしろすぎる状況下での会話を楽しみ、記事になりそうな小話もいくらかまとまって、そろそろお暇というところであった。
「なんだか玄関ホールが騒がしい」
とレミリアが言い始めたのだ。当然普通に物音の聞こえる距離ではない。文も妖怪として並外れた聴覚を持つがほとんど何も気づかなかった。おそらくは実際に音を聞いたというより、騒がしい雰囲気を直感的に感じ取ったのだろう。当主として長く暮らしていることでレミリアにはそれが分かるのだ。
レミリアがおもむろにパチンと指を鳴らすと、というより鳴らした時にはすでにといったほうが正しいが、十六夜咲夜がそこに立っていた。
「ご歓談中に申し訳ありません」
「それはいいんだけどさ、何の騒ぎ?」
咲夜は玄関ホールでの騒ぎについて簡潔に説明を始めた。
「実は妖精メイドの一人が急にホールに駆け込んできまして、私はちょうどそこで他のメイドと話していたのですが、一緒に外に出ていた妖精メイドが野良妖怪に因縁つけられていると…」
「なに?」
文はそこでレミリアの空気が瞬間的にソリッドなものにシフトしたのを感じた。文たちのようにある程度力のある妖怪はよほど酩酊していない限り、意図すれば自力で意識を覚醒させることが可能だが、いったいどこにレミリアを真剣にさせるポイントがあったのだろうか。
「しかしその、かなり錯乱していまして。正直いまいち要領を得ない説明ですので」
「それで?」
「いまは小悪魔が落ち着かせていますが…」
「ここに呼べ」
有無を言わさぬ当主の命令に、しかし瀟洒な従者は一瞬の間さえもなく応えた。突然瞬間移動をさせられていっそう困惑する哀れな妖精メイドの顔に、文は見覚えがあった。先ほどの食事の際に配膳を行っていた妖精の一人だ。
「どこで、誰が、どうなってる?」
レミリアの簡潔な質問に、しかしその妖精は対応できていない。
「え、あれ、いや、その」
「落ち着け私の眼を見ろ、窓ふき。どこで、誰が、どうなってる」
もう一度レミリアは噛んで含めるように言った。
窓ふきってなんだろうと文は思った。窓ふきメイドの総称だろうか?
「えと、リボンちゃんがあの、お嬢様に怒られて、元気がなかったからそれで、私が一緒に行こうって。さっきまで、一緒にいたんだけど、急に熊みたいな妖怪が、私どうしたらいいか、分かんなくって、それで、それで」
妖精の説明はほとんど支離滅裂だった。おそらく早く伝えなければという気持ちばかり焦っているのだろう。しかしレミリアの対応は早かった。
「”妖精の腰掛”のところか?」
「それで私…、え?はいそうです。一緒にそこまでいって、私元気づけようって思ってそれで」
「妖怪に因縁をつけられたんだな?」
「えと、あの、はい!」
そのあとの展開には文はほぼついていけなかった。おそらく親友の魔女も瀟洒な従者もそうであった。妖精が「はい」と言うや否や、レミリアの姿はかき消えてしまったのだ。唯一この場で実戦経験もある古株の妖怪として文だけが、レミリアが奇術を使ったのでも何でもなく、ただ超スピードで部屋を飛び出していったことをかろうじて見ることができた。
記者の本能とでも言うべきか、ここで文はレミリアの後に続くことを即座に決断し、部屋を飛び出した。もう帰る予定ではあったが、この展開を前にして帰ることなどできようはずもない。幸いレミリアが言っていた妖精の腰掛という場所に心当たりがあったのは幸運であった。随分前にチルノとはなした記憶によれば、それは霧の湖の西側に生えている大木のことで、妖精にしか感知できない一種のたまり場になっているのだそうだ。最高速度では文が勝っているとはいえ、吸血鬼もその移動速度に数々の伝承を持つ種族。後を追うのは一苦労であったし、目的地が分かっていなければ追いつけなかっただろう。
文が目的地を視界に収めた頃、レミリアはまさに到着したその瞬間だった。
「白リボン!」
先ほどと同じように、しかしもっと切迫した様子でレミリアが叫んだ。
「お、お嬢様あああ!!」
するとそのレミリアに向かって飛び込んでいく影が見えた。間違いなくあの妖精であった。死中に活とでも言わんばかりにレミリアにしがみついた彼女を、レミリアはひとしきり抱きしめた後、妖怪に対して背中側に回して立ちふさがった。
「ああ、なんだてめえ」
その視線の先には人影が二つ、とはいってもこんな時間に人間が歩いているはずもなし、十中八九妖怪だろう。
「いきなりしゃしゃり出てきて何のつもりだよ、ああん?こっちは今むしゃくしゃしてんだ」
そう大声でがなる妖怪はかなり酔っている様子で、いかにも粗野な風体だった。人化が完全でなく爪などが残っているあたりかなり低級の妖獣か何かだろう。しかしそれでも妖精からすれば十分な脅威だ。
もちろん吸血鬼からすれば路傍の石以下の存在でもあるのだが。
「お、おいやべえって。見たことあるぞ俺ぁ」
もう一方の妖怪も同じくほとんど強い妖気を感じない低級な妖獣であったが、こちらは最低限相手を見る分別があったようだ、しかしその分別を発揮するには遅すぎた。がなっていたほうの妖怪は、レミリアの手ですでにスクラップとしか表現しようのない有様になっていた。
「ま、まってくれ!俺ぁあんたに喧嘩売ったつもりなんてこれっぽっちも…」
命請いはどう考えても無駄であった。ただの愚かな妖獣ならともかく相手を見る分別があるということは、相手を妖精と侮ってストレス発散のためになぶってやろうとしていたことを示しているのだ。
文は、彼が仲間と同じ運命をたどるであろうことを想像して、しかし一切同情はしなかった。
「お前は私に喧嘩を売ったんだよ。私の『家族』を傷つけたやつは、どんな奴であろうと生かしてはおかない」
その言葉を吐き捨てた瞬間のレミリアの、おおよそ先ほどまで見せていた温かみのようなものがごっそりと抜け落ちた冷酷な表情は、その妖怪にだけ向けられたもので、彼女の背後にいた妖精と文には、ただ小さなはずなのに大きくて、頼りがいのある背中だけが見えていた。
レミリアは駆け付けた文に気付くと、泣いていた妖精を文に預けた。
「いろいろと後処理をしないと。紫にも一言詫びを入れないといかんだろうし…。紅魔館まで送ってやっておくれ。客人なのに悪いと思うけど」
そういうとレミリアはどこかと蝙蝠を介してやり取りを始めてしまった。それで話しかける機会を逸した文は、見るべきものは見たと思い、その妖精メイドの手を引いて紅魔館へと戻ることにした。
道すがら、文は落ち着きを取り戻したその妖精から話を聞くことができた。
「大丈夫でしたか?怪我してませんか」
「大丈夫です。やっぱりお嬢様はカッコイイです。約束守ってくれました」
文は約束とは何だろうと思ったが、順番に聞くべきことを聞いていくことにした。
「えっと、あなたのお名前は?」
しかしこの最初の質問が、今回のもろもろの出来事の核心であった。
「あの…、私、名前ありませんです」
「おや、そうでしたか。これはすみませんでした」
文は、妖精にはきちんと名前を持つ者のほうが少ないことをやっと思い出した。もちろん知識としては知っていたが、普段交流のある氷精や光の三妖精がそうではないものだから、ついつい失念していた。そしてその誤解が自分の目を曇らせていたことに、彼女はようやく気付きはじめた。
「ではひょっとして白リボンと呼ばれていたのは…?」
「お嬢様は私のことをそう呼びますのです。最初に赤いお屋敷にいって、お嬢様のお部屋に連れていかれてご挨拶したとき、私が白いリボンをつけていたから。それから、私、白リボンです」
そこで文はさっきは気付けなかったこと―――白リボンと呼ばれた彼女が白いリボンを使っていなかったことに気付いた。
レミリアはその場で適当に特徴を指して呼ばわったのではなくて、妖精たちをきちんと個体として把握して、名前を呼んでいたのだ。おそらく先ほど窓拭きと呼ばれていたメイドも窓を拭くのが好きでそう名付けられた妖精だったのだろう。文は先ほどレミリアが白リボンを叱責したとき、彼女が妖精の名前を呼ばず、ぞんざいな呼びかけをしたことに――――それは実際には勘違いだったわけだが――――失望を感じていたのだということを、遅まきながら自覚した。
「勘違いだったわけですか、私としたことが」
「なにがです?」
レミリアはちゃんと彼女を名前で呼んでいたのだ。それもただの名前じゃない、自分が直々に与えた名前だ。吸血鬼のような強大でプライドの高い妖怪が妖精のような……、あえて嫌な言い方をすれば、取るに足らない存在に、普通は名前を与えたりはしないものだ。
…まあ、白リボンというネーミングセンスは、ううん。
そこでさらに文ははっとした。
「ねえ、紅魔館に来た時挨拶したって言っていましたが、それって妖精メイドは全員するものなのですか?」
「しますよ?妖精メイドはみーんなお嬢様の部屋に連れて行かれるのです。それでメイドちょーさんがこの子メイドにしてもいいですかって聞いて、お嬢様がいいよって言います。そしたらその日の夜はパーティです。そのとき名前のない子はお嬢様が名前をつけます。そしたらここにいる間は『かぞく』だよってお嬢様が言います」
家族は必ず守るって約束してくれました、と白リボンは嬉しそうに話した。
妖精蔑視どころかダダ甘じゃないですか。
文は、最早呆れて空いた口がふさがらなかった。妖精メイドの管理は十六夜咲夜が一括してやっているものと思っていたが、実際にはすべてレミリアの決定のもとに動いていたのだ。さらには名もない妖精に自ら名前を付け、パーティまで開いて、臆面もなく家族だと言ってしまうなんて。若いわがままな妖怪の道楽だと、そう言いきってしまうのは容易い、というかそう言い切ってしまっても間違いではない。しかし、そこにレミリア・スカーレットという吸血鬼の本質を見たように文は思った。
レミリア自身はそのことを大仰に種族の差がどうのこうのなんて、思っていないに違いない。彼女はただ単に気まぐれでそういうことをしている。ただ、あの館にいるものは残らず、妖怪も、妖精も、それから人間も、レミリアのそんな子どもっぽさに救われ、惹かれている。それが、文が確信を持って感じることができるすべてだった。
「全く…、寺子屋のガキ大将と変わりませんね」
普段は勝手気ままで周りを振り回す。それは大変に迷惑な話である。妖精メイドたちもよく分からない思いつきにつきあわされたり、事あるごとに完璧すぎる咲夜と比較されて、理不尽な叱責を受けている。それは射命丸文が現実に目撃してきた事実だ。レミリアという小さな悪魔はどこまでも子どもなのである。しかしのその子どもゆえの純情さもまた、レミリア・スカーレットという吸血鬼を構成する、忘れてはならない要素なのだ。いつもは自分でひどい目にあわせているくせに、いざ自分の子分が誰か他人からちょっかいを出された時には、誰よりも早く駆けつけてそいつをコテンパンにのしてしまう。まさに寺子屋のガキ大将とやってることは全く変わらない。ただそれを圧倒的スケールでやりおおせてしまう。それが彼女なのだ。
射命丸文は何だか憑き物が落ちたようにすっきりした。これまでのいろんな疑問がすべて氷解したのだ。
「あの館の方々が、彼女に惚れるのも分かりますよ」
「なにがなのです?」
先ほどからしきりにうなづく文に白リボンは完全においてきぼり状態だった。
「いえ、なんでもありません。こっちの話ですよ」
それから文は、はっきりいって聞くまでもないことだと思いながらも、この一連の物語に―――紅魔館の住人たちによるめんどくさいのろけ話―――――に、一応のオチをつけるのにちょうどいいと思って、こんな質問をした。
「白リボンさん、お嬢様のこと好きですか」
「だ―いすきです!」
どちらにせよ家族を愛すお嬢様かっこいいですね
文の内心の機微がいいアクセントでした。
個人的にはぱちぇさんがツボです
このレミリアが美鈴、フランドールの二人と接しているところも見たいっすね
我侭でいつも従者を振り回すけど、家族思いで頼もしいお嬢様は、素晴らしいと思います!
文は一人で何を上がったり下がったりしてんだこのやろう
カッコいいお嬢様は大好物です。次作も楽しみに待っています
この設定でもう少し長い話を書いてくれたら言う事がないです。
とんでもない暴君だ、カリスマなんて微塵も無いな
せいぜいガキ大将ってとこじゃないの、感動した
個人的には文が妖精を平等に見ているという点が最も好印象でした
白リボンちゃんもかわゆい。なんて素敵な家族なんだ。
パチェかわいー
領主というより親方気質というか。文の心境などをナレーションで語りすぎな気がしましたが、面白かったです
レミリアって極端にバランスが取れたキャラですね。ダメダメなところもあり、恰好良いところもありで。
さり気なく文チルの要素が混じっている気がしましたが気のせいですかねw
自分の主観で好き勝手やるしすぐ怒るしその割に形式にうるさい所があるけど
「身内は絶対に見捨てない」「この人の下でなら生きていける」
そう感じさせてくれる頼もしさがレミリアの人望なんだと思う
恐らく命の危険がある治安の悪い時代のカリスマ性
今回のはどっちかと言うとよく二次でも描かれる昔の恐ろしいレミリア、カリスマ溢れるレミリア寄りの性格
状況に合わせて切り換えられるんだろうな。それがすげえ