§
巡り巡る季節は冬。
白く装いを変えた妖怪の山から一人の鴉天狗が飛び来たったとき、目的地である博麗神社の主は神社の一室に据えられた炬燵に入っていた。
来客である天狗――射命丸文は、縁側に面した障子を勝手に開き、炬燵の陣取る部屋へと飛び込む。
炬燵の天板に突っ伏していた霊夢は、吹き込んできた冷たい外気に半分閉じていた目を開いて体を起こした。
「文じゃない。また来たの」
「こんにちは、霊夢さん。いやー、最近めっきり冷え込んできましたねぇ。寒い寒い」
「そりゃ、そんな格好してたら寒いでしょうね」
肩を抱いて体を震えさせる文を見て、霊夢は呆れたように言った。
上は半袖のブラウス一枚、下はミニスカート。季節を一つ遡ったような紅葉色のマフラーだけが唯一の防寒具である。
霊夢は炬燵に潜り込んだ文が足を伸ばしてくるのを蹴っ飛ばしながら言う。
「もっと厚着をすればいいじゃないの」
「たくさん着ると空を飛んだときに風を感じられなくなるから嫌なんですよ。そういうわけでお茶をくださいな」
「……はいはい」
霊夢は天板に置いていた盆に伏せてあった湯飲みにお茶を注いで、文の前に出してやった。
文はそれを一気に飲み干し、白い吐息を吐いた。
それから、いつも持ち歩いている手帳を開き、
「さてさて、それでは取材と参りましょうか」
「あんたのネタにされるようなことがあったかしらね」
「あるじゃないですか。ほら、にとりさんのことですよ」
「にとり?」
河童の河城にとり。
この夏にきゅうりの漬物の作り方を教えたのを切欠に親しくなった妖怪である。
「そうですよ。今年の夏くらいから急に宴会に出るようになったじゃないですか。博麗神社によく来ているという目撃証言もありますし。一体、お二人はどういう関係なんですか?」
「にとりとの関係ねぇ……師匠と弟子ってところかしら。私が師よ」
「えーと、何のです?」
「漬物の」
「……漬物で師匠と弟子とは、また妙な関係ですねぇ」
文は霊夢の話をさらさらと手帳に書き留める。
(すると、にとりの感情は『師弟愛』なのかしらね)
霊夢が多くの妖怪たちに好かれているのは最早誰もが知るところであるのだが、一口に好かれると言ってもその好意の種類は色々だ。
霊夢に対する興味が強いもの、単純に気に入っているもの、恋愛感情と呼べるほどの気持ちを抱くもの、果てには食欲に直結しているものまでいる。
例えば文が頻繁に霊夢を訪ねるようになった頃は、人間の癖に――という上から目線の興味が強かった。
文は、にとりが霊夢と親しくなったのを知り、にとりの霊夢に対する『好意』がどういう種類のものなのかを探っているのだ。
要するに敵情視察。それを調べるためににとりではなく霊夢のところに来るあたりに文の気持ちが透けて見える。
「しかし、漬物の師弟関係というのもよくわかりませんね。にとりさんが来たとき何をしてるんですか?」
「にとりが漬けた漬物持ってくるから、それ食べて採点してやるのよ」
「それだけですか?」
「まぁ、そうね。そのあとで喋ったり、漬物があるから一緒にご飯食べたりするけど」
霊夢はそう言って、「そう言えば」と付け加えた。
「この前はにとりの髪を切ってあげたわね」
「え」
文は手帳のページに落としていた目を上げた。
その顔には驚きが張り付いている。
「それは、霊夢さんがにとりの髪を切ってあげたと?」
「そうよ」
「帽子を脱がして?」
「かぶったままじゃ散髪できないじゃない」
「霊夢さん!」
文は炬燵の上に手をついて身を乗り出した。
その勢いに押されたように、霊夢は仰け反る。
「そのときの話、詳しく教えてください!」
「どうしたのよ、急に」
「そんなのどうだっていいじゃないですか。さぁ早く!」
「わ、わかったわよ。わかったから戻りなさい」
霊夢は文の頭を押して炬燵の対面に押し戻し、話し始めた。
§
木々が色づいた葉を落とすころ。土間の台所に霊夢とにとりの姿があった。
ポリポリと音を立ててきゅうりの糠漬けを食べている霊夢を、真剣な面持ちでにとりが見つめている。
「どうかな?」
「んー」
霊夢は呻ってお茶を一口。
「五十五点」
「またダメかー。満点は遠いなぁ」
にとりはがっくりと肩を落とす。
「味は悪くないんだけどね。方向性がダメ」
「それがわからないんだよな。もっとヒントくれよぅ」
「ダメダメ。自分で気づかないと意味がないの」
「ちぇー。霊夢のケチー」
にとりは唇を尖らせ、持参した瓶入り糠床の手入れを始める。
そのために俯くと、前髪が顔にかかり、にとりは邪魔そうに頭を振った。
糠床の表面を均して立ち上がると、また前髪が目の上に落ちてきて、にとりは糠をつけないように腕でよけた。
が、またすぐにパラパラと目にかかってしまう。
見かねて、霊夢が口を出した。
「にとり、あんた髪伸ばしすぎでしょ」
「別に伸ばしてるわけじゃないんだけど、いつの間にか伸びちゃって」
「ふぅん。切ってあげましょうか?」
「へ? えぇ!?」
にとりは大声を上げて驚いた。
あまりの反応の大きさに、軽い気持ちで提案しただけだった霊夢は怪訝な顔をする。
「そんなに驚くこと?」
「いや、驚くよ。だって、髪切るなら帽子脱がなきゃいけないだろう?」
「そりゃそうでしょうね」
「それって……」
霊夢が答えると、にとりはごにょごにょと呟きながら顔を伏せた。
いつも被っている帽子の庇と垂れ下がった前髪でにとりの顔が見えなくなる。
にとりは小声で何か呟きながら、胸の前で指を絡めている。
何を言っているかは聞き取れなかったが、時折霊夢の耳に届く単語からすると、大して意味のない言葉のようだった。
にとりは、なおももじもじとしていたが、やがて、ゆっくりと顔を上げた。
理由はさっぱりわからないが、頬が真っ赤に染まっている。
「じゃあ、霊夢。お願いしても、いいかな?」
「え、ええ。いいわよ」
消え入りそうな声で言ったにとりに頷きながら、霊夢は(散髪って何だっけ?)と内心で首を捻った。
二人は博麗神社の縁側へと場所を移した。
にとりを縁側の端に座らせて、霊夢はその後ろに回る。
霊夢はにとりの首にタオルを巻き、その上から古い新聞を巻きつけた。
縁側の板の上には、桜が彫り込まれた櫛と手鏡、そして二つの鋏。一つは普通の刃で、もう一つは刃が櫛の歯状になっている。
霊夢はにとりの後ろで膝立ちになり、鋏を手に取って言った。
「そういえば、誰かの髪を切るのは初めてね」
「……大丈夫なのか?」
聞き捨てならないことを言われて、不安になったにとりは尋ねた。
「河童の傷薬で切り落とされた腕をくっつけるって伝承があったわよね」
「何を切るつもりだよ!」
「冗談よ、冗談」
霊夢は笑って、シャキシャキと刃を鳴らした。
「それじゃ、始めるわよ」
「お、おー」
霊夢がそう言うと、にとりは硬い声で返事をした。
肩が持ち上がって、見るからに緊張しているのがわかる。
「だから何でそんなに緊張すんのよ」
「だって……」
そう言ったきり、にとりの言葉はない。
埒が明かないので、霊夢はにとりの帽子に手をかけた。
「ぁ――」とにとりがか細い声を上げる。
褥の上で下着を剥ぎ取られている生娘か、と霊夢は思ったが、自分でも例えがあんまりだと思ったので口にはしなかった。
そんなにとりの反応に反して、帽子の下は、何と言うか普通だった。
十円ハゲがあるわけでもなし、ますますにとりの反応が不可解になってしまう。
が、霊夢は特には触れず、にとりの髪を左右で束ねている髪留めを外した。
それを縁側に置くのと同時に櫛を取り、ゆるく癖のついた髪に歯を通す。
丁寧な手付きで梳られ、青い流れに歯が通るたびに、にとりの体から強張りが取れていく。
十分に緊張が抜けたのを見計らって、霊夢は鋏を取った。
にとりの髪を一房摘み、刃を当てる。
意味もなく息を止めて、ちょきん。
切り離された髪の毛が、新聞の上を滑り落ちる。
「ほら、できるじゃない」
ほぉ、と長い息を吐いて、霊夢は言った。
もう一つまみして、ちょきん。
ちょきん。
初めはおっかなびっくり鋏を操っていたが、やがてちょきちょきと滑らかに音が続くようになる。
「にとりは、普段髪を切るときどうしてるの?」
「自分で切ってるよ」
「そう、でも自分で切るのって難しくない?」
「最初はそうだったけど、もう慣れたからな。霊夢は?」
「私? 昔は先代に切ってもらってたけどね。死んじゃってからはあいつ、紫よ」
「え、あの境界の大妖が? うーん、想像できない」
「私からすれば、あいつがそんな大層な妖怪ってのが実感ないんだけどねぇ」
「そんな風に言えるのは霊夢くらいだと思うぞ」
「いや、強い妖怪だってのはわかってるのよ? でも、なんかねー」
そんな風に喋りながらも、霊夢は手を休めずににとりの髪を切っていた。
鋏を置いてにとりの頭の両側で髪を引っ張り、長さのバランスを確かめる。
梳き鋏に持ち替えて、シャキシャキと鳴らしながら刃を入れていく。
リズムよく鳴る刃音を聞いているうちに、にとりは眠気を感じた。
起きていないとと思うのだが、そんな彼女の意思に構わず、目蓋が重くなる。
こくりと頭が揺れ、霊夢は閉じかけていた刃を止めた。
「ちょっとにとり、危ないわよ」
「……んー」
「はぁ、仕方ないわね」
辛うじて返事をしたが、もう何を言われたのかも判然としない。
霊夢は溜息混じりににとりの肩に手を置いて引き寄せた。
ちょうど霊夢の胸元に、にとりの後頭部が埋まる格好になる。
霊夢はにとりを抱きしめるようにして手を回し、前髪に鋏を入れる。
シャキシャキと涼やかな音。
霊夢の柔らかな体に背を預けて、にとりは眠りに落ちていった。
にとりが目を覚ますと、縁側から部屋の中に運び込まれていた。
頭の下には半分に折られた座布団が敷かれていて、体の上には掛け布団がかけてある。
「うぁ、しまった。寝てた」
がばっと体を起こす。
邪魔だった前髪はきちんと整えられていて、視界がよくなったように感じた。
部屋にはにとりが一人きり。霊夢の姿はない。
周囲を見回してそれを知ったにとりは、再び背中から倒れこんだ。
まだ眠気が抜け切っていない。
小さなあくびをして、掛け布団を顔まで引き上げる。
まだ体温の残る布団が、晩秋の空気に晒された体に心地良い。
加えて、その布団からは、霊夢の匂いがした。
霊夢に近づいたときにふと鼻腔を擽る香り。それが濃く残っていてにとりを包み込む。
にとりは相好を崩し、転がるようにして布団に包まった。
と、そのとき。
「にとり、起きたの?」
物音を聞きつけたのか、襖を開いて霊夢が顔を出した。
転がって仰向けになったにとりと、霊夢の視線が交差する。
「………なにやってんの?」
「………………」
何とも言えない空気。
にとりは、にやにやしながら布団に包まっている状況を説明する言葉を捜したが、そんなものは見つかるはずもなく。
苦し紛れに、にとりは言った。
「か、かっぱ巻きー。なんて」
言った瞬間、自分でも「ないわー」と思った。
微妙な沈黙。
やがて、霊夢はふっと笑った。
「いいわね、それ。暖かそうで」
「そ、そうだろ? 気持ち良いぞー」
もう乗るしかないと、やけになってにとりは威張ってみた。
霊夢はなおも愉快そうに笑って、言った。
「私もやってみようかしらね、かっぱ巻き」
§
「それで――」
「ちょーっと待って下さい。もう結構です」
文は、手を前に突き出すジェスチャーをつけて霊夢の話を遮った。
その文を見て、霊夢は首を捻る。
「どうしたのよ、文。凄い不機嫌な顔してるわよ」
「ええ、少しばかり予想外でしたので。まさかにとりさんがそこまでデレデレになって既成事実を積み上げているとは思いませんでした。あの河童ぁ! という気分ですね」
文はそこまでを一息で言い切った。
淡々とした口調が逆に恐ろしかった。
「既成事実って……私、別に何もされてないんだけど」
「されてますって。いいですか、霊夢さん」
「何よ」
「今でこそ河童は人間に似た姿をしていますが、昔は河童といえば頭に皿、背中に甲羅だったのですよ」
「そうだったわね」
「特に頭の皿は、乾けば人間の子供にも負け、割れれば死んでしまうという河童の急所なんです。そういうわけで河童は頭の皿を大切にしましたし、人態を得た今でも本能的に頭を守っているわけです。帽子を取った上で刃物を持った相手に頭を差し出すなんて、相当な信頼がなければできませんよ!」
説明している間にテンションが上がったらしく、天板をばんばん叩きながら文が力説する。
「いえ、この際だからはっきり言いますが、『私の前で帽子を取ってくれ』=『毎日味噌汁を作ってくれないか』なのです! つまり求婚! 英語で言うならプロポゥズ!」
「へーそーなのかー」
「……って霊夢さん、ちっとも驚いてませんね」
大仰に言い切った文だが、霊夢があんまりフラットな態度でいるので、それに引っ張られて文のテンションも下降する。
霊夢は、「まぁね」などと言いながら湯のみを傾けた。
(驚くに値しない……いいえ、興味がないと言うこと?)
霊夢の姿を見ながら文は考察する。
にとりも本気で求婚を考えていたわけではないだろうが、それだけの好意を持っていることを明らかにした。
同じような感情を抱く文としては、それに対する霊夢の受け取り方が気になるのだ。
(それとも、まさか――!)
その瞬間、天啓のように文の脳裏に閃いた考えがあった。
自然、鋭くなった目を向けて、彼女は霊夢を呼ぶ。
「霊夢さん」
「何?」
「あなた、本当は知っていましたね」
霊夢は答えない。
文はそれに構わず言葉を続けた。
「霊夢さんは妖怪退治の専門家です。それはつまり、妖怪の習性を知り尽くしているということに同じ。当然、河童についても。そうじゃないですか?」
「……そんな勉強熱心に見える?」
「博麗の巫女ってそういうものですからね」
睨むような文の目が霊夢を射抜く。
霊夢は息を吐いて、障子の方へと視線を逃がした。
「空気が篭ってるわね。縁側に出ない?」
「構いませんよ」
霊夢の提案に、文は手帳を閉じて頷いた。
二人は、障子を開け放って縁側へと出た。
縁に腰掛けたまま、霊夢は長いこと黙っていた。
文の履いた高下駄の歯が地面を削る音だけがしんとした境内に響く。
ややあって、霊夢が口を開いた。
「さすがね、文」
「じゃあ、やっぱり知ってたのね」
「ええ。でも、使う類の知識じゃなかったから、思い出したのは切ってる途中」
「それで、結局はぐらかしたのね。かっぱ巻きなんて、ふざけちゃって」
「ま、そういうこと」
霊夢は肩をすくめて見せた。
そんな彼女を、文は横目でじろりと睨めつける。
「悪い人ね。向けられている好意に知らん振りなんて。嫌われても知らないわよ」
「あぁ――それならそれでいいかもしれないわね」
「何ですって?」
文は眉根を寄せて、体ごと霊夢の方を向いた。
嫌われるのがいいことだなんて、この巫女は何を考えているのか。
霊夢は文を見ないまま、曖昧にした視線になにかを映しながら呟いた。
「だって、私はみんなを置いていくから」
「――っ」
透き通るような声に、文は息を呑んだ。
揃いも揃って長生きしなかった代々の博麗の巫女と同じ存在の危うさを、その巫女たちを見てきた文は感じ取ることができたからだ。
「何でかよくわかんないんだけど、沢山の妖怪が私に会いに来てくれて、仲良くしてくれる」
「あんたみたいにね」と言って、ようやく霊夢は文の方を向いた。
「私が死んだとき、みんなが少しくらい悲しんでくれるのは、不謹慎だけどちょっと嬉しい。でもね、誰かと深く付き合って、泣かせてしまうのは嫌よ。思い出を一つだけ、心の隅に置いてくれる。そのくらいでいいの」
嫌な話だと、文は思った。
こういう話をされると、嫌でも自分と霊夢の差を意識させられるから。
「今だって、私は霊夢が死んだら泣くわよ」
「じゃあ例えば、私があんたの恋人になった後で死ぬのと比べたらどっちが泣く?」
「…………」
そう言われると返す言葉もない。
親しければ親しいほど、別れの悲しみは大きくなる。
そんなことは、とっくにわかっていた。
わかっていて、覚悟もしていたはずだけれど、突きつけられると嫌になる。
そして、そういうとき、自分の都合で物を言うのが妖怪という種族だった。
「霊夢。人間辞めましょうよ。方法なんていくらでもあるでしょ」
「そうね。でも、博麗の巫女をやっているうちは辞めるつもりはないの」
「じゃあ、その後でもいいわ」
「死んでるじゃない」
「死ぬ一年前くらいには引退しなさいよ。どんだけ巫女やってるつもりよ」
「それでも、私はお婆ちゃんじゃない」
「私は気にしないわ」
苦笑しながら言った霊夢に、文は間髪入れず答えた。
例え霊夢が年老いて、空が飛べなくなって弾幕を張れなくなったとしても、霊夢が霊夢であるならば、傍にいることを喜べるという自信があった。
それに、霊夢は首を振る。嫌だなと。
「私が気にするのよ。だって――」
すぐ隣にいるのに、眩しいものを見上げるような目で、霊夢は言った。
「あなたたちはみんな、うつくしいから」
文は、ぽかんと口を開けた。
その胸中に吹き荒れた感情を、一言で言うならば『意外』。
単に若々しい外見を褒められたわけではない。
羨望されたのは、きっとその在り方。
そういう気持ちを、あの霊夢が持っていたことが意外で。
話の流れもあるだろうが、自分に向かって言ってくれたことがまた意外だった。
そして、意外に思うその驚愕が過ぎ去ったあと、文を強い衝動が襲った。
伝えないと。
それに押されるままに、文は、
「……霊夢」
「うん」
「愛してるわ」
「そう」
短く答えたきり、霊夢は何も言わなかった。
どうして何も言わないのか、今の文にはよくわかっていた。
二人して黙ったまま、霊夢と文は縁側で時間を過ごした。
どれほどの刻が過ぎただろうか。
境内に差し込む日光は西日になり、長い影を作っている。
「あやややや、これはすっかり長居をしてしまいましたね」
文は空に向けて手を伸ばし、ぐっと背伸びをした。
その顔は、いつもの慇懃無礼な新聞記者のものに戻っている。
「では、私はこれから帰って新聞を作ろうと思います」
「適当なこと書くんじゃないわよ」
「もちろんですとも。文々。新聞は、清く正しくがモットーですからね」
文は軽い動きで立ち上がると、背中に漆黒の翼を広げた。
霊夢は妖怪に詳しい。
天狗が両手を大きく広げることで翼を出すという伝承についても知っていた。
文は翼と太陽を背負って霊夢を見下ろしている。
「それでは、また」
「ええ。またね」
黒の翼が動き、文の体が空に舞い上がる。
光加減が変わったとき一瞬だけ見えた文の顔は、見なかったことにしようと思った。
空を駆る文の姿は瞬く間に小さくなり、彼女の滞在を知らせるものは濡れ縁に置き去りにされた一枚の羽根だけだった。
霊夢はその羽根を拾い上げる。
烏羽色との言葉の通り、深く艶やかな黒い羽根だった。
それを、霊夢は己の髪へと挿してみた。
黒い羽根は、霊夢の黒髪に紛れて、見えなくなる。
その黒い羽根が目立つようになる日は、きっとそれほど遠くはない。
わかります。
うん、大好き。
タイトルの「にとられる」という言葉のインパクトだけで充分楽しめました。
しかし、良い
大好きです。