「十六夜咲夜は引退を申し入れた――そう、それで貴方の中で決定なのね。
了解したわ。いくら貴方が私の従者といえども、私には貴方の意思を蔑ろにする権利はないもの」
そのお嬢様の言葉を扉越しに聞いて、私――紅美鈴はなんてタイミングで来てしまったのだろうと後悔する事になった。
とある日の夜更け過ぎの事である。
私は借りていた漫画を返そうとお嬢様の寝室を訪れた。
その漫画はお嬢様が誉める事だけあってかなり面白く、この感動をどうやって伝えるべきなのか言葉をいろいろと探しだした。
そのままお嬢様と漫画談義を繰り広げるのも悪くない。
――要するに、部屋を訪れる前の私は多少なりとも浮かれ気分だったわけである。
そこに来て、このセリフ。
聞き間違いかもしれない。
聞き間違えだろう。
聞き間違えだといいな。
浮かれていた私は一転して、今お嬢様が言った言葉の意味を考え始めていた。
「今までお世話になりました。
私を拾ってここまで育ててくれた恩はどんな言葉を紡いでも表現できない程でございます」
「構わないわ。人間はいつか巣立っていくもの。そうでしょう?」
「申し訳ありません」
「構わないと言ったでしょう? 私たち妖怪は長すぎる寿命ゆえに退屈には慣れているけど、人間は寿命が短いゆえに閃光のように輝く人生を送りたいと考えるのよね。
その胸中は察しているつもりよ」
決定的だった。
ショックのあまり漫画を落とさなかった私を誉めてやりたい。
しかし、なぜ今更なのだろう。
咲夜さんはずっと――たぶん生命の続く限り一生お嬢様に仕えると思っていたのに。
こんな突然に別れの時が来てしまうなんて……。
ふと思い返してみて、そういえば最近の咲夜さんは様子がおかしい事が何度かあった。
何か考えごとをしている時が多く、話しかけても上の空といった感じだった。
そればかりか、私に何か言いたそうにしては口を閉ざし、果ては避けられているのではないかと疑った程である。
……それがこんな結末に繋がるなんて。
「う、うぅっ……」
いつの間にか、私は涙を零していた。
仕事仲間であり、上司であり、そして憧れの人物との別れを惜しんで。
「そこにいるのは誰?」
私のすすり泣く声がお嬢様に聞こえてしまったらしい。
私は見つかったという思いよりも、見つかってよかったという想いの方が強かった。
咲夜さんの胸中を知ってしまった今、次に咲夜さんと会う時にどんな顔を見せたらいいのか分からなかったからである。
私は「紅美鈴です」と声をかけて、部屋へと入った。
「美鈴……、あなた泣いているの?」
咲夜さんは口に手をあてて驚いた。
よかった、咲夜さんの中で私はまだ見捨てられてなかったんだ……。
それが分かり、余計に泣きたくなった。
そんな私の様子が分かったのだろう。お嬢様からお咎めの言葉はなかった。
「聞いたとおりよ、美鈴。咲夜はこの紅魔館から出ていく事になったわ」
「はい……」
反論したかった。
泣き縋ってでも咲夜さんを止めたかった。
でも、それでも――咲夜さんが自分の決めた事は最後まで貫く人だという事は分かっていたから。長い間一緒に暮らす中で、それは痛い程に理解していたから。
それほどまでに、私はずっと咲夜さんを見ていたから。
私に止める事はできなかった。
「なら……」
この言葉が出たのは、きっと私の最後の足掻きだったのかもしれない。
みっともないと言われてもいい。誰かに笑われても構わない。
私は、私なりに咲夜さんに感謝の気持ちを表したかった。
「咲夜さんが引退するその日は紅魔館を挙げてパーティーを開きましょう!
いえ、紅魔館だけでなく神社の巫女とか魔法使いとか幻想郷中の住民を皆集めて最高のパーティーを開きましょう! 咲夜さんは幻想郷の皆に愛されている素晴らしい人です。声をかけたらきっとすぐにでも飛んできますよ」
「それには及ばないわ」
一蹴された。
咲夜さんはどこまでも咲夜さんで、どんな時でも咲夜さんだった。
「パーティーを開いてくれるのは嬉しいわ。
でも、身内だけのささやかなパーティーにして欲しいの。私の引退如きで大きな騒ぎになるのは耐えられないから」
「……分かりました」
どこまでも冷静に、涙一つ流す事なく、こんな時まで洒落に、咲夜さんはそう言い切った。
そして、次に咲夜さんが言うであろう言葉も、私は多少なりとも予測ができた。
「では、お嬢様。
私の引退パーティーは3日後という事でご用意いたします」
「ええ、よろしく頼むわね」
そのまま、咲夜さんは一切の感情の変化を見せずに退出していった。
離れていく咲夜さんの背中がどこまでも遠いような気がした。
「分かっているよ、美鈴。
貴方が何も言わなくても分かっている」
「お嬢様……」
二人だけとなった部屋で、お嬢様がぽつりとつぶやいた。
「咲夜は出来過ぎた人間だ。あの娘は最後まで紅魔館のメイド長でいるつもりなのだから、例え自分のパーティーといえども、全力で準備をするだろうね。
最高級の料理に最高級の飾り付け。あの娘は自分のために最高のもてなしを繰り広げるだろう」
それは寂しい事なのに。
最後ぐらいは楽させたかったのに。
「だが……」
そこでお嬢様が声のトーンを変えた。
「それでも、咲夜のために私たちができる事はたくさんある。
美鈴、これは私からの命令だ。これに背く事は紅魔館の主として絶対に許さない」
「どのようなご命令でしょうか?」
「美鈴の考えうる限りで最高のプレゼントを咲夜に用意しなさい。
身内だけのささやかなパーティーだけど、咲夜は身内だけのパーティーなら嬉しいと言った。
その意味を、私たちは答えてやらないといけないのよ」
「――それは願ってもないご命令ですね」
咲夜さん引退まで後3日。
後3日で、咲夜さんへの感謝の意を込めた最高のプレゼントを用意する。
それが、私に課せられた役割。
☆ ☆ ☆
私は考えた。
考えに考えた。
門番という激務の最中にもひたすら考えた。
考え過ぎて魔理沙っぽい魔法使いを一人館内に侵入させてしまった事になったが、これは些細な問題と言えよう。
そのせいで咲夜さんに怒られてナイフを投げ付けられた結果となってしまったが、これも最後の思い出と考えれば感慨深い。
「どんなものをあげれば咲夜さんは喜ぶんだろう?」
咲夜さんが欲しがるものを考える。
新しいメイド服、新しいナイフ、新しい懐中時計……いろいろ思いついては消えていく。
それはあくまでも普通のプレゼントである。誕生日プレゼントならばそれでも格好がつくのかもしれないが、今回は最高のプレゼントである。
何か私にしかできないようなプレゼントを送りたかった。
「食べ物……はダメか」
そうしていつの間にか日が暮れて、本日の業務は終了となった。
後2回――そのうちの1回はパーティーの立食となるので次で最後となる夕食を平らげて、私はベッドで寝転がっていた。
考えても考えても咲夜さんへのプレゼントは決まらなかった。
「明日、人里へ行って探してみよう」
明日は幸いにも休日である。
実際に品物を見ていれば咲夜さんに送る最高のプレゼントが見つかるかもしれない。
私は淡い期待を込めて、今日は眠る事にした。
☆ ☆ ☆
「今日で咲夜はこの紅魔館を去る事となるわ。
お世話になった者、お世話した者――これはいないか……。みんな咲夜に向けていろいろ言いたい事もあるでしょう。
もちろん私も納得はしたものの、まだまだ咲夜に言いたい事はたくさんあるわ。
でも、それも今日でおしまい。
咲夜引退パーティー。身内だけのささやかなものだけど、咲夜が紅魔館で過ごした日々を皆が忘れないように、今日この時を大切にしましょう。
それじゃあ、乾杯」
パーティー当日となった。
紅魔館のパーティー会場は華やかに飾られ、テーブルには腕によりをかけて作った豪華な料理が並べられている。
ただし、それを作ったのが送られる咲夜さん自身なのだから、なんともやるせない気分になる。
でも、私はそんな事を口に出したりしない。きっと皆もそうだろう。
今日この時だけは咲夜さんの前では笑顔でいたかった。
「どう、美鈴? 楽しんでる?」
「はい! 咲夜さんのお料理はどれを食べても美味しいものばかりです!」
「当然ね。こんなに時間をかけて作ったのは久しぶりだもの。喜んでもらわないと意味がないわ」
こんなセリフを――この人は真顔で言うのだ。
ほんと……私はどういう顔をしたらいいのか分からなくなる。
「でも、咲夜さん……」
油断をすると瞳に涙が溜まってくる。今日は泣かないと決めたはずなのに。
「ダメ、美鈴」
咲夜さんは片目を閉じて私の口に人差し指をあてた。
綺麗な指だ。この人は隅から隅まで完璧なんだ。
だから憧れであって理想な上司なのだろうと思う。
「それ以上は言わないで、決心が鈍ってしまうわ」
「ごめんなさい」
素直に詫びる。
たしかに今言うセリフではないから。
「あなたはきっとお酒が足りてないのね。だからそんなにも感傷的になってしまうんだわ」
「え、いや……そうじゃなくて……」
「今日は鬼から仕入れた強力なお酒があるの。
これを飲めばあなたもきっと笑顔になれるわ」
「ちょっ、咲夜さん、無理やりはよくない――って、あああぁぁぁっ!!!!!」
咲夜さんも無理してるのかな?
紅魔館を離れる事になってつらいのかな?
常に傍で控えていたお嬢様と離れる事になって寂しいのかな?
後、これは我儘だけど。
私と離れる事になって、多少なりとも悲壮感を感じているのかな?
……聞きたい。
すっごく聞きたい。
でも聞けない。
聞いてはいけない。
だから、私は心の奥底にそれを閉じ込める。
まだそれを外に出していい時期じゃないから。
「そろそろ皆もほろ酔い気分になってきたみたいね。
それじゃあパーティーのメインイベントといこうかしら」
お嬢様の声がマイク越しに響き渡る。
「メインイベント? そんなものを私は聞いていないんだけど……?」
咲夜さんが首をかしげる。
当然だ。これは私とお嬢様が用意したシークレットイベントなのだから。
私がこの3日間。悩みに悩んだプレゼント。
それを今から咲夜さんに披露するのだ。
「咲夜さん見ていてください」
「美鈴?」
「紅美鈴。女を見せます!」
お酒の力も手伝って格好よく決めたつもりなんだけど、どうなんだろう。咲夜さんは少しでもときめいてくれたのかな?
確認したい。すっごく確認したい。
でももう私は壇上に向かって歩き出しているのだから、今更振り返るなんて格好悪いマネはできない。
壇上に進み、お嬢様からマイクを譲り受ける。
お嬢様から肩越しに「頑張ってね」と応援を頂いた。
がんばります。紅美鈴は今から人生で最高の頑張りをみせます。
息を吸う。咲夜さんの顔を確認する。咲夜さんはずっとこっちを見てくれている。
よしっ!
「咲夜さん!!」
大声で叫んだため、マイクがキーンと音を立てた。
でも効果はあったようで、今まで騒がしかったパーティー会場が一瞬にして静まりかえった。
パチュリー様もこぁちゃんも妹さまも私を見ている。
咲夜さんはまるで妹の晴れ舞台を見守るかのようなハラハラとした顔で私を見ていた。
「今までいっぱいいっぱいい~っぱいお世話になった咲夜さんのために、この私紅美鈴が最高のプレゼントを用意しました!」
おぉっ! と周りから歓声があがる。
妖精メイドさん達ナイス!
「悩みに悩んで決めたプレゼントなのですが、正直これで咲夜さんが喜んでくれるのかは分かりません。不安でいっぱいです。
でも、これで咲夜さんとのお別れなんだから、自分を信じて渡したいと思います!」
咲夜さんが壇上にやってくる。その際に多少なりとも顔に驚きが浮かんでいるのが見え、咲夜さんも人の子だったんだなぁ、と私は感心した。
咲夜さんと向かいあう。
「咲夜さんに差し上げるプレゼントは……
ありませんっ!!」
私の言葉に、パーティー会場全体からどよめきが起こる。
お嬢様も咲夜さんもこの事態は予想できなかったらしく、口をあんぐりと開けている。
だが、ここまでは私の予測範囲内だった。
「プレゼントなんて送るはずがないじゃないですかっ!!
だって、私は咲夜さんと離れたくないんだから!! もし、プレゼントをあげてそれで咲夜さんは喜ぶのかもしれないけど、それで、咲夜さんが紅魔館を去ってしまったら私が悲しいですもん!!
皆さんもそうでしょう!? 誰一人として咲夜さんに紅魔館を去って行って欲しいなんて考えている方なんていないでしょう!?
だから、私はプレゼントをあげません!!
……それでも、もし咲夜さんがプレゼントを欲しいと言うのなら!!」
ぎゅっ、と咲夜さんの手を握る。
「この握った手を離さない事が私のプレゼントです!!」
言った。私は言ってやった。咲夜さんに向けた想いを全て言い切った。
これでパーティーが失敗に終わるなら私の責任、ごめんなさい。
でも、私は咲夜さんをこのまま行かせてしまうのが耐えられなかった。
泣き縋って止めるマネなんてしたくないと思っていたけど、この3日間ずっと考えていて、やっぱり私は咲夜さんと離れるという事を受け入れたくなかった。
咲夜さんはこんな私を受け入れてくれるはずがないと長年の付き合いから分かっていた。
それでも、私は自分の素直な気持ちを止められなかった。
だから言った。
後悔はしない。するはずがない。
「……まったく」
当の咲夜さんは元の涼しい顔に戻っていた。
それは不自然なくらいに。
「昔からあなたは破天荒だと思っていたけど、まさかここまで破天荒な行いをしてくれるなんてね」
「破天荒でも構いません。それで咲夜さんを止められるのなら」
私はヤケだった。ここまでしてしまったのだから後には引けない、怖いものなんてない!
一方で、咲夜さんは笑顔を見せた。
私はなぜこの場において咲夜さんが笑顔を見せるのが分からなかった。
「了解、あなたの想いはしかと受け止めたわ。
それじゃあ、私もあなたの想いに答えようかしらね」
「え?」
「照明落として!」
咲夜さんの合図で一瞬にして照明が落とされる。
カーテンを締めきっていたために月明かりも入ってこない真っ暗闇だ。
いくら妖怪が夜目に利くとは言え、こう突然明かりを消されては間近にいる咲夜さんの顔すら分からなくなる。
でも、咲夜さんがそばにいると分かるのは――ずっと体温を感じられるのは。
私が握りしめて離さない咲夜さんの手の温もりのおかげだろう。
「美鈴、見なさい! これが十六夜咲夜というものよ!
照明点けて!!」
咲夜さんの合図で再び灯される照明。
今度は逆に当然明るくなりすぎて、私は目を細めた。
だから、その突然聞こえてきた彼女たちの声が信じられなかった。
「全く遅いっての、こっちはもう裏で始めちゃってたわよ」
「そう言うなよ、霊夢。宴会はいつだって楽しいものだぜ?」
「美鈴さん、さっきの告白聞いてました。すっごく良かったです!!」
目を開けると、そこは別空間へと変化していた。
いやそんなわけはないのだが、ここは紅魔館で間違いないのだが、私の目はそう捉えていた。
「霊夢、魔理沙に早苗まで……なんで!?」
見回してみると彼女たちだけではなかった。
アリスやチルノに大妖精、白玉楼の住人やプリズムリバー三姉妹、永遠亭の住人、妖怪の山の住人、地底の妖怪、命蓮寺の住人に、最近幻想郷にやってきた神霊廟の住人まで。
又聞きにしか覚えがなかった幻想郷の住人たちがこの紅魔館に勢ぞろいしていたのである。
「言葉をそっくり返そうかしらね。
美鈴は幻想郷の皆に愛されている素晴らしい妖怪だから、声をかけたらすぐに飛んでくるのよ」
「……咲夜さん」
咲夜さんは笑顔である一点を差す。
そこは先ほどまで『十六夜咲夜引退パーティー』という垂れ幕が張ってあったはずなのだが。
「あ、あはは……」
おもわず笑ってしまった。
あぁ、たしかにそうだ。私はこの三日間咲夜さんの事ばかり考えていたから、自分の事なんてすっかり忘れてしまっていた。
『紅美鈴誕生日パーティー』
垂れ幕はそう変わっていた。
「どう、恐れ入った?」
「はい、参りました。さすが咲夜さんです」
私は放心状態のままそう答えていた。
まさか咲夜さんを見送るパーティーのはずが、実は私を驚かせるためのパーティーだったなんて……。
ふとお嬢様の方を見ると、これ以上ないぐらいの笑みを浮かべて親指を立てていた。
……やられた。
私はそもそもお嬢様から借りた漫画を返すためにあの日お嬢様の寝室を訪れたのだ。
それを見計らって咲夜さんの引退話を始めるなんてたやすい事だろう。
そして、お嬢様の言った『最高のプレゼントの用意』も全てはこのための演出。
私は二人にまんまと騙されてしまったというわけだ。
でも、騙されたにしては心地いい。
それはきっと私を驚かせるためのパーティーを開いてくれたという感謝の気持ちより、まだ咲夜さんは紅魔館にいてくれるんだという安心感が芽生えたからだろう。
私はいつの間にか涙を零していた。
「あら、泣く程嬉しかった?」
「涙って悲しい時にしか出ないものだと思っていたのに、嬉しい時にも出るものなんですね」
咲夜さんを見送る今日だけは涙を見せまいと思っていた。
それは半ば成功した。
でも、咲夜さんがまだ紅魔館にいてくれると分かった今は、涙を止められそうになかった。
「あ……、いつまでも手を握ってたら悪いですよね、ごめんなさい」
そこで私は今までずっと咲夜さんの手を握っていた事に気付く。
あわてて手を離そうとしたのだけれど……。
「咲夜さん?」
咲夜さんは手を離してくれなかった。
「……ところで美鈴」
咲夜さんはわざと話題を変えるためか、声のトーンを上げて言った。
「シナリオにはまだ続きがあってね。
美鈴は私に最高のプレゼントを送った。だから、私はあなたに最高のプレゼントの10倍返しを送る予定だったのよ」
「そう……なんですか?」
「でも、結局はこれじゃない? 美鈴のプレゼントはなくて、代わりにくれたものがずっと離さないって事でしょ?」
「えぇ、まぁ……」
改めて言われると恥ずかしい。
「このプレゼントに対する10倍返しは何になると思う?」
そう言って。
咲夜さんの手が私のほっぺたに触れて。
近づいてくる咲夜さんの顔に。
私は驚いて両目をぎゅっとつぶって。
顔が真っ赤になる程恥ずかしい中で。
周りの喧騒がどこか遠くの出来事のように感じられて。
咲夜さんの唇がゆっくりと。
私に触れるのだった。
途端に巻き起こる歓声も。
私にはどこか遠い世界のように思えた。
了解したわ。いくら貴方が私の従者といえども、私には貴方の意思を蔑ろにする権利はないもの」
そのお嬢様の言葉を扉越しに聞いて、私――紅美鈴はなんてタイミングで来てしまったのだろうと後悔する事になった。
とある日の夜更け過ぎの事である。
私は借りていた漫画を返そうとお嬢様の寝室を訪れた。
その漫画はお嬢様が誉める事だけあってかなり面白く、この感動をどうやって伝えるべきなのか言葉をいろいろと探しだした。
そのままお嬢様と漫画談義を繰り広げるのも悪くない。
――要するに、部屋を訪れる前の私は多少なりとも浮かれ気分だったわけである。
そこに来て、このセリフ。
聞き間違いかもしれない。
聞き間違えだろう。
聞き間違えだといいな。
浮かれていた私は一転して、今お嬢様が言った言葉の意味を考え始めていた。
「今までお世話になりました。
私を拾ってここまで育ててくれた恩はどんな言葉を紡いでも表現できない程でございます」
「構わないわ。人間はいつか巣立っていくもの。そうでしょう?」
「申し訳ありません」
「構わないと言ったでしょう? 私たち妖怪は長すぎる寿命ゆえに退屈には慣れているけど、人間は寿命が短いゆえに閃光のように輝く人生を送りたいと考えるのよね。
その胸中は察しているつもりよ」
決定的だった。
ショックのあまり漫画を落とさなかった私を誉めてやりたい。
しかし、なぜ今更なのだろう。
咲夜さんはずっと――たぶん生命の続く限り一生お嬢様に仕えると思っていたのに。
こんな突然に別れの時が来てしまうなんて……。
ふと思い返してみて、そういえば最近の咲夜さんは様子がおかしい事が何度かあった。
何か考えごとをしている時が多く、話しかけても上の空といった感じだった。
そればかりか、私に何か言いたそうにしては口を閉ざし、果ては避けられているのではないかと疑った程である。
……それがこんな結末に繋がるなんて。
「う、うぅっ……」
いつの間にか、私は涙を零していた。
仕事仲間であり、上司であり、そして憧れの人物との別れを惜しんで。
「そこにいるのは誰?」
私のすすり泣く声がお嬢様に聞こえてしまったらしい。
私は見つかったという思いよりも、見つかってよかったという想いの方が強かった。
咲夜さんの胸中を知ってしまった今、次に咲夜さんと会う時にどんな顔を見せたらいいのか分からなかったからである。
私は「紅美鈴です」と声をかけて、部屋へと入った。
「美鈴……、あなた泣いているの?」
咲夜さんは口に手をあてて驚いた。
よかった、咲夜さんの中で私はまだ見捨てられてなかったんだ……。
それが分かり、余計に泣きたくなった。
そんな私の様子が分かったのだろう。お嬢様からお咎めの言葉はなかった。
「聞いたとおりよ、美鈴。咲夜はこの紅魔館から出ていく事になったわ」
「はい……」
反論したかった。
泣き縋ってでも咲夜さんを止めたかった。
でも、それでも――咲夜さんが自分の決めた事は最後まで貫く人だという事は分かっていたから。長い間一緒に暮らす中で、それは痛い程に理解していたから。
それほどまでに、私はずっと咲夜さんを見ていたから。
私に止める事はできなかった。
「なら……」
この言葉が出たのは、きっと私の最後の足掻きだったのかもしれない。
みっともないと言われてもいい。誰かに笑われても構わない。
私は、私なりに咲夜さんに感謝の気持ちを表したかった。
「咲夜さんが引退するその日は紅魔館を挙げてパーティーを開きましょう!
いえ、紅魔館だけでなく神社の巫女とか魔法使いとか幻想郷中の住民を皆集めて最高のパーティーを開きましょう! 咲夜さんは幻想郷の皆に愛されている素晴らしい人です。声をかけたらきっとすぐにでも飛んできますよ」
「それには及ばないわ」
一蹴された。
咲夜さんはどこまでも咲夜さんで、どんな時でも咲夜さんだった。
「パーティーを開いてくれるのは嬉しいわ。
でも、身内だけのささやかなパーティーにして欲しいの。私の引退如きで大きな騒ぎになるのは耐えられないから」
「……分かりました」
どこまでも冷静に、涙一つ流す事なく、こんな時まで洒落に、咲夜さんはそう言い切った。
そして、次に咲夜さんが言うであろう言葉も、私は多少なりとも予測ができた。
「では、お嬢様。
私の引退パーティーは3日後という事でご用意いたします」
「ええ、よろしく頼むわね」
そのまま、咲夜さんは一切の感情の変化を見せずに退出していった。
離れていく咲夜さんの背中がどこまでも遠いような気がした。
「分かっているよ、美鈴。
貴方が何も言わなくても分かっている」
「お嬢様……」
二人だけとなった部屋で、お嬢様がぽつりとつぶやいた。
「咲夜は出来過ぎた人間だ。あの娘は最後まで紅魔館のメイド長でいるつもりなのだから、例え自分のパーティーといえども、全力で準備をするだろうね。
最高級の料理に最高級の飾り付け。あの娘は自分のために最高のもてなしを繰り広げるだろう」
それは寂しい事なのに。
最後ぐらいは楽させたかったのに。
「だが……」
そこでお嬢様が声のトーンを変えた。
「それでも、咲夜のために私たちができる事はたくさんある。
美鈴、これは私からの命令だ。これに背く事は紅魔館の主として絶対に許さない」
「どのようなご命令でしょうか?」
「美鈴の考えうる限りで最高のプレゼントを咲夜に用意しなさい。
身内だけのささやかなパーティーだけど、咲夜は身内だけのパーティーなら嬉しいと言った。
その意味を、私たちは答えてやらないといけないのよ」
「――それは願ってもないご命令ですね」
咲夜さん引退まで後3日。
後3日で、咲夜さんへの感謝の意を込めた最高のプレゼントを用意する。
それが、私に課せられた役割。
☆ ☆ ☆
私は考えた。
考えに考えた。
門番という激務の最中にもひたすら考えた。
考え過ぎて魔理沙っぽい魔法使いを一人館内に侵入させてしまった事になったが、これは些細な問題と言えよう。
そのせいで咲夜さんに怒られてナイフを投げ付けられた結果となってしまったが、これも最後の思い出と考えれば感慨深い。
「どんなものをあげれば咲夜さんは喜ぶんだろう?」
咲夜さんが欲しがるものを考える。
新しいメイド服、新しいナイフ、新しい懐中時計……いろいろ思いついては消えていく。
それはあくまでも普通のプレゼントである。誕生日プレゼントならばそれでも格好がつくのかもしれないが、今回は最高のプレゼントである。
何か私にしかできないようなプレゼントを送りたかった。
「食べ物……はダメか」
そうしていつの間にか日が暮れて、本日の業務は終了となった。
後2回――そのうちの1回はパーティーの立食となるので次で最後となる夕食を平らげて、私はベッドで寝転がっていた。
考えても考えても咲夜さんへのプレゼントは決まらなかった。
「明日、人里へ行って探してみよう」
明日は幸いにも休日である。
実際に品物を見ていれば咲夜さんに送る最高のプレゼントが見つかるかもしれない。
私は淡い期待を込めて、今日は眠る事にした。
☆ ☆ ☆
「今日で咲夜はこの紅魔館を去る事となるわ。
お世話になった者、お世話した者――これはいないか……。みんな咲夜に向けていろいろ言いたい事もあるでしょう。
もちろん私も納得はしたものの、まだまだ咲夜に言いたい事はたくさんあるわ。
でも、それも今日でおしまい。
咲夜引退パーティー。身内だけのささやかなものだけど、咲夜が紅魔館で過ごした日々を皆が忘れないように、今日この時を大切にしましょう。
それじゃあ、乾杯」
パーティー当日となった。
紅魔館のパーティー会場は華やかに飾られ、テーブルには腕によりをかけて作った豪華な料理が並べられている。
ただし、それを作ったのが送られる咲夜さん自身なのだから、なんともやるせない気分になる。
でも、私はそんな事を口に出したりしない。きっと皆もそうだろう。
今日この時だけは咲夜さんの前では笑顔でいたかった。
「どう、美鈴? 楽しんでる?」
「はい! 咲夜さんのお料理はどれを食べても美味しいものばかりです!」
「当然ね。こんなに時間をかけて作ったのは久しぶりだもの。喜んでもらわないと意味がないわ」
こんなセリフを――この人は真顔で言うのだ。
ほんと……私はどういう顔をしたらいいのか分からなくなる。
「でも、咲夜さん……」
油断をすると瞳に涙が溜まってくる。今日は泣かないと決めたはずなのに。
「ダメ、美鈴」
咲夜さんは片目を閉じて私の口に人差し指をあてた。
綺麗な指だ。この人は隅から隅まで完璧なんだ。
だから憧れであって理想な上司なのだろうと思う。
「それ以上は言わないで、決心が鈍ってしまうわ」
「ごめんなさい」
素直に詫びる。
たしかに今言うセリフではないから。
「あなたはきっとお酒が足りてないのね。だからそんなにも感傷的になってしまうんだわ」
「え、いや……そうじゃなくて……」
「今日は鬼から仕入れた強力なお酒があるの。
これを飲めばあなたもきっと笑顔になれるわ」
「ちょっ、咲夜さん、無理やりはよくない――って、あああぁぁぁっ!!!!!」
咲夜さんも無理してるのかな?
紅魔館を離れる事になってつらいのかな?
常に傍で控えていたお嬢様と離れる事になって寂しいのかな?
後、これは我儘だけど。
私と離れる事になって、多少なりとも悲壮感を感じているのかな?
……聞きたい。
すっごく聞きたい。
でも聞けない。
聞いてはいけない。
だから、私は心の奥底にそれを閉じ込める。
まだそれを外に出していい時期じゃないから。
「そろそろ皆もほろ酔い気分になってきたみたいね。
それじゃあパーティーのメインイベントといこうかしら」
お嬢様の声がマイク越しに響き渡る。
「メインイベント? そんなものを私は聞いていないんだけど……?」
咲夜さんが首をかしげる。
当然だ。これは私とお嬢様が用意したシークレットイベントなのだから。
私がこの3日間。悩みに悩んだプレゼント。
それを今から咲夜さんに披露するのだ。
「咲夜さん見ていてください」
「美鈴?」
「紅美鈴。女を見せます!」
お酒の力も手伝って格好よく決めたつもりなんだけど、どうなんだろう。咲夜さんは少しでもときめいてくれたのかな?
確認したい。すっごく確認したい。
でももう私は壇上に向かって歩き出しているのだから、今更振り返るなんて格好悪いマネはできない。
壇上に進み、お嬢様からマイクを譲り受ける。
お嬢様から肩越しに「頑張ってね」と応援を頂いた。
がんばります。紅美鈴は今から人生で最高の頑張りをみせます。
息を吸う。咲夜さんの顔を確認する。咲夜さんはずっとこっちを見てくれている。
よしっ!
「咲夜さん!!」
大声で叫んだため、マイクがキーンと音を立てた。
でも効果はあったようで、今まで騒がしかったパーティー会場が一瞬にして静まりかえった。
パチュリー様もこぁちゃんも妹さまも私を見ている。
咲夜さんはまるで妹の晴れ舞台を見守るかのようなハラハラとした顔で私を見ていた。
「今までいっぱいいっぱいい~っぱいお世話になった咲夜さんのために、この私紅美鈴が最高のプレゼントを用意しました!」
おぉっ! と周りから歓声があがる。
妖精メイドさん達ナイス!
「悩みに悩んで決めたプレゼントなのですが、正直これで咲夜さんが喜んでくれるのかは分かりません。不安でいっぱいです。
でも、これで咲夜さんとのお別れなんだから、自分を信じて渡したいと思います!」
咲夜さんが壇上にやってくる。その際に多少なりとも顔に驚きが浮かんでいるのが見え、咲夜さんも人の子だったんだなぁ、と私は感心した。
咲夜さんと向かいあう。
「咲夜さんに差し上げるプレゼントは……
ありませんっ!!」
私の言葉に、パーティー会場全体からどよめきが起こる。
お嬢様も咲夜さんもこの事態は予想できなかったらしく、口をあんぐりと開けている。
だが、ここまでは私の予測範囲内だった。
「プレゼントなんて送るはずがないじゃないですかっ!!
だって、私は咲夜さんと離れたくないんだから!! もし、プレゼントをあげてそれで咲夜さんは喜ぶのかもしれないけど、それで、咲夜さんが紅魔館を去ってしまったら私が悲しいですもん!!
皆さんもそうでしょう!? 誰一人として咲夜さんに紅魔館を去って行って欲しいなんて考えている方なんていないでしょう!?
だから、私はプレゼントをあげません!!
……それでも、もし咲夜さんがプレゼントを欲しいと言うのなら!!」
ぎゅっ、と咲夜さんの手を握る。
「この握った手を離さない事が私のプレゼントです!!」
言った。私は言ってやった。咲夜さんに向けた想いを全て言い切った。
これでパーティーが失敗に終わるなら私の責任、ごめんなさい。
でも、私は咲夜さんをこのまま行かせてしまうのが耐えられなかった。
泣き縋って止めるマネなんてしたくないと思っていたけど、この3日間ずっと考えていて、やっぱり私は咲夜さんと離れるという事を受け入れたくなかった。
咲夜さんはこんな私を受け入れてくれるはずがないと長年の付き合いから分かっていた。
それでも、私は自分の素直な気持ちを止められなかった。
だから言った。
後悔はしない。するはずがない。
「……まったく」
当の咲夜さんは元の涼しい顔に戻っていた。
それは不自然なくらいに。
「昔からあなたは破天荒だと思っていたけど、まさかここまで破天荒な行いをしてくれるなんてね」
「破天荒でも構いません。それで咲夜さんを止められるのなら」
私はヤケだった。ここまでしてしまったのだから後には引けない、怖いものなんてない!
一方で、咲夜さんは笑顔を見せた。
私はなぜこの場において咲夜さんが笑顔を見せるのが分からなかった。
「了解、あなたの想いはしかと受け止めたわ。
それじゃあ、私もあなたの想いに答えようかしらね」
「え?」
「照明落として!」
咲夜さんの合図で一瞬にして照明が落とされる。
カーテンを締めきっていたために月明かりも入ってこない真っ暗闇だ。
いくら妖怪が夜目に利くとは言え、こう突然明かりを消されては間近にいる咲夜さんの顔すら分からなくなる。
でも、咲夜さんがそばにいると分かるのは――ずっと体温を感じられるのは。
私が握りしめて離さない咲夜さんの手の温もりのおかげだろう。
「美鈴、見なさい! これが十六夜咲夜というものよ!
照明点けて!!」
咲夜さんの合図で再び灯される照明。
今度は逆に当然明るくなりすぎて、私は目を細めた。
だから、その突然聞こえてきた彼女たちの声が信じられなかった。
「全く遅いっての、こっちはもう裏で始めちゃってたわよ」
「そう言うなよ、霊夢。宴会はいつだって楽しいものだぜ?」
「美鈴さん、さっきの告白聞いてました。すっごく良かったです!!」
目を開けると、そこは別空間へと変化していた。
いやそんなわけはないのだが、ここは紅魔館で間違いないのだが、私の目はそう捉えていた。
「霊夢、魔理沙に早苗まで……なんで!?」
見回してみると彼女たちだけではなかった。
アリスやチルノに大妖精、白玉楼の住人やプリズムリバー三姉妹、永遠亭の住人、妖怪の山の住人、地底の妖怪、命蓮寺の住人に、最近幻想郷にやってきた神霊廟の住人まで。
又聞きにしか覚えがなかった幻想郷の住人たちがこの紅魔館に勢ぞろいしていたのである。
「言葉をそっくり返そうかしらね。
美鈴は幻想郷の皆に愛されている素晴らしい妖怪だから、声をかけたらすぐに飛んでくるのよ」
「……咲夜さん」
咲夜さんは笑顔である一点を差す。
そこは先ほどまで『十六夜咲夜引退パーティー』という垂れ幕が張ってあったはずなのだが。
「あ、あはは……」
おもわず笑ってしまった。
あぁ、たしかにそうだ。私はこの三日間咲夜さんの事ばかり考えていたから、自分の事なんてすっかり忘れてしまっていた。
『紅美鈴誕生日パーティー』
垂れ幕はそう変わっていた。
「どう、恐れ入った?」
「はい、参りました。さすが咲夜さんです」
私は放心状態のままそう答えていた。
まさか咲夜さんを見送るパーティーのはずが、実は私を驚かせるためのパーティーだったなんて……。
ふとお嬢様の方を見ると、これ以上ないぐらいの笑みを浮かべて親指を立てていた。
……やられた。
私はそもそもお嬢様から借りた漫画を返すためにあの日お嬢様の寝室を訪れたのだ。
それを見計らって咲夜さんの引退話を始めるなんてたやすい事だろう。
そして、お嬢様の言った『最高のプレゼントの用意』も全てはこのための演出。
私は二人にまんまと騙されてしまったというわけだ。
でも、騙されたにしては心地いい。
それはきっと私を驚かせるためのパーティーを開いてくれたという感謝の気持ちより、まだ咲夜さんは紅魔館にいてくれるんだという安心感が芽生えたからだろう。
私はいつの間にか涙を零していた。
「あら、泣く程嬉しかった?」
「涙って悲しい時にしか出ないものだと思っていたのに、嬉しい時にも出るものなんですね」
咲夜さんを見送る今日だけは涙を見せまいと思っていた。
それは半ば成功した。
でも、咲夜さんがまだ紅魔館にいてくれると分かった今は、涙を止められそうになかった。
「あ……、いつまでも手を握ってたら悪いですよね、ごめんなさい」
そこで私は今までずっと咲夜さんの手を握っていた事に気付く。
あわてて手を離そうとしたのだけれど……。
「咲夜さん?」
咲夜さんは手を離してくれなかった。
「……ところで美鈴」
咲夜さんはわざと話題を変えるためか、声のトーンを上げて言った。
「シナリオにはまだ続きがあってね。
美鈴は私に最高のプレゼントを送った。だから、私はあなたに最高のプレゼントの10倍返しを送る予定だったのよ」
「そう……なんですか?」
「でも、結局はこれじゃない? 美鈴のプレゼントはなくて、代わりにくれたものがずっと離さないって事でしょ?」
「えぇ、まぁ……」
改めて言われると恥ずかしい。
「このプレゼントに対する10倍返しは何になると思う?」
そう言って。
咲夜さんの手が私のほっぺたに触れて。
近づいてくる咲夜さんの顔に。
私は驚いて両目をぎゅっとつぶって。
顔が真っ赤になる程恥ずかしい中で。
周りの喧騒がどこか遠くの出来事のように感じられて。
咲夜さんの唇がゆっくりと。
私に触れるのだった。
途端に巻き起こる歓声も。
私にはどこか遠い世界のように思えた。
でも、良かったです