私はこいしを探す。
平和だった幻想郷も今では魔境。
空は連日荒れ果て、豊かな自然は奇怪な何かに変貌して、人々の心は荒んでいった。妖精の心が狂えば、環境に直結することを、私は始めて知った。妖精は自然の化身であることが理由だろう。
物奪い合うのは当たり前。連日連夜の殺戮ショーで、人里の守護者も匙投げた。
幻想郷の主たる住人も例外ではない。
例えば、紅魔館では人間のメイド長が自らナイフで首筋を切って、噴出した血を主とその妹で飲み干したらしい。
膨大な蔵書を誇った図書館だって、主である喘息持ちの魔法使いが「寒い寒い」言いながら、少しでも暖を取るために命よりも大切な本を薪に使っているそうだ。
門番はとっくに行方不明で、噂では飽くなき食欲が彼女を襲っているとか。最後に残した言葉が「お腹空いた」だそうで。今頃は死体でも食べ回っているのかしらね?
そういえば、こいしはお腹空かしてないかしら。今更ながら心配になる。
私はこいしを探す。
少し歩き回って見て、ペットを使って聞いただけだから、幻想郷はもっとひどいことになっているのかもしれない。というか、確実になってるわね。まだまだ確認したいことは多いけど、ひとまず優先させるはこいしの居所。
やっぱペットじゃ無理ね。お燐は走り回るのは得意なんだけど、一度もあの子を見つけたことはなかった。そんな子に見つけろいうのが酷ね。危険が洪水のように増した幻想郷の中、逃げ回ってでも探してたからへとへとになってる。とりあえず休憩を取らせた。後で何か作ろうか。定番はシチューかしらね?
お空は返り討ちにできる火力と、飛び回れる速さを持っているのだけれども、いかんせん鳥頭だから目的を忘れちゃうのが玉に傷ね。お燐と一緒に行動させたから、鳥頭の問題は解決できたんだけど、走るのと飛ぶのじゃ文字通り次元が違うから早さが噛み合わないのが難点だわ。まぁ、お燐が生きて帰れたのもお空の火力のおかげだから、組ませて無駄ではなかったわね。
他のペットはお燐とお空ほど使えないし、何よりもこいしを見つけられるのは私しかいないだろう。
……やっぱり私が行くしかないか。
人里をチラッと見た程度じゃやっぱりダメよねー。
でも、出たくない。この安全な地霊殿から、危険をホイップクリームみたいにふんだんに盛った外へなんか行きたくない。
私はか弱い覚妖怪なのよ。外出た瞬間あっけなく死んじゃうのだってあり得る。厳密で言えば死んだことにはならないんだけど、やっぱり痛いのは勘弁だわ。
でも、行かなくちゃならないのも分かってる。何よりも、あの子がそれを望んでる。
そもそも幻想郷がこうなったのだって、あの子のせいなんだから。
人妖の攻撃抑制外すわ、いとも簡単に狂気に陥らせるわ、幻覚見せるわ、とりあえず心に関連あるもん全部使って楽園を魔境に変えやがったのよあいつ。
理由だって容易に想像つくわ。端から見ればすっごく下らない理由よ。理性で成り立つ世の中をなくす必要があったの。全部ストレートに繋がる本能的直球がまかり通る世界が必要だったの。
そして、あの子。今頃笑顔で待ってることでしょうね。能力を使わなくったって分かる。
えぇ、一言で言えばあの子はお姫様になりたがってるのよ。
それで、私はお姫様を迎えにいく勇者なの。
強制的に冒険へと向かわせられる勇者を、勇者と呼ぶのかしらね? 私は全然そう思わないんだけど。もっと言っちゃえばこのまま何も見なかったフリして寝てたいんだけど。冒険なんていらないから平穏をください。割とマジで。
まぁ、茶番だとは分かってるけど。分かってはいるんだけど、ここまで本気でお膳立てされたら茶番で済ませられなくなるのよね。
相変わらず、あの子が考えていることは分からない。
まぁ……しょうがないっか。
私は準備を整える。とは言っても、心のほうね。あの子はきっと護衛は許さないだろうし、色々なところを捜し回らないと捜したことにはならないとか言いそう。
でも、会いに行く前に死んでしまったら元も子もないじゃない。
まぁ、そう言ってもあの子はサムズアップして「信じてる!」とか言いそう。あの子ほど信じるって言葉がふさわしくない子はいないわ。お姉ちゃんとして自信もって言える。
……うん。とりあえずまぁ、遺書は書いたし。
行こっか。
私はこいしを探した。
こいしは予想通り博麗神社にいた。なぜこいしが博麗神社にいることが分かったかと言えば、幻想郷はまだ博麗大結界が壊れてなかったからだ。壊れていないということは、巫女はまだ死んではないということ。しかし、巫女は異変を解決させる役目を負っていて、この狂気に満ちた、巫女と言えども死なない方がおかしい状況を鑑みると、霊夢は異変解決できない状況に置かれている、ということが容易に想像つく。
そして、霊夢をそんな状態に置くことができる事情と能力を持っているのは、こいししかいないのだ。
よって、こいしは博麗神社にいると推理した。
……本音言ってしまえば、前々から「神社っていいよね」とか言ってたから来たに過ぎないのだが。
その霊夢は、こいしに抱きついていた。
「お姉ちゃ~ん」
霊夢は猫撫で声で、そう言った。
私はすこし引いた。
「何やってんのよ」
「私も妹が欲しくて」
「で、霊夢を妹にしたの?」
「別に誰でもよかったんだけど、ついでに」
「感想は?」
「思ったより気持ち悪かった」
「でしょうね」
あの霊夢があんな声を出すなんて、誰が聞いても正気を疑うだろう。いや、実際正気を失ってるんだけど。
「どうしてこんなことをしたのかしら?」
「それは霊夢のこと? 幻想郷のこと?」
「後者。というか、前者はさっき聞いた」
「お姉ちゃんが心配して迎えに来て欲しかったから」
「私が心配するのは前提なのね。それと、これを引き起こしたのはあなただって容易に想像つくから」
「ペット使って楽したのは減点ね」
「見てたのね」
「うん。暇つぶしに」
「地獄絵図にした本人なのに余裕ね。あなた、八雲紫が今事態を収めようと奔走してるからこうして悠長に会っていられるけど、収束したら殺されても文句言えないわよ?」
「大丈夫。死ぬときはお姉ちゃんと一緒だから!」
「それのどこが大丈夫だと言うのよ……」
呆れた。やっぱり何考えているか分からない。それとこいしにすり寄る霊夢が気持ち悪い。こいしも何となくうざったそう。
「でも、幻想郷をこうしたのはちゃんと理由があるんだよ?」
「どういう理由か聞かせて欲しいわね」
「前の幻想郷じゃ理不尽は生まれなかったからだよ」
「理不尽?」
「そう。唐突に殺されてもおかしくないような理不尽。お姉ちゃんの背筋が凍りつくような理不尽」
確かにいくつか危ない場面はあった。心読めるおかげで、すぐに相手が私に対して殺意があることが分かったから回避できたけど。
「ドキドキしたでしょ?」
「緊迫という意味のね」
「お姉ちゃんひ弱だもんね」
「ひ弱に優しくない環境にしたのはお前だろうが!」
私は大声でそう言った。だって本当に危なかったんだもん! マジで死ぬかと思ったわ!
でも、こいしは微笑みを浮かべていた。
「でも、お姉ちゃんはこうして迎えに来てくれた。私はそれが何よりもうれしい」
にっこりと、こいしは笑顔を浮かべる。
驚いた。
こいしに、うれしさの感情を感じる。見えないはずなのに第三の目で見える。こいしは心の底から、私が迎えに来て嬉しく思ってる。
――あぁ。そうか。
理解できた。
「こいし、あなた……」
「さ、お姉ちゃん。帰ろう?」
こいしは小首を傾げて、言ってくる。
「……しょうがないわね」
私は肘を差し出す。
こいしは顔を輝かせて、私の腕に抱きついた。
「ところで、霊夢が捨てられた子犬のような顔をしてるのだけれども」
「放っておけばいいよ」
「……後で何されても、私は知らないわよ?」
「死ぬときは一緒だよ」
「縁起でもないこと言わないで頂戴……」
そう言いつつ、私は諦めていた。これからどうなるかなど、もう知ったこっちゃない。いいだろう、死ぬなら一緒に死んでやる。
このどうしようもなく愚かな妹と一緒に。
ちらりとこいしを見る。
気づいた愚妹は、こちらに笑顔を向けた。心の底から嬉しそう、いや、嬉しいと思っている笑顔。
私とこいしは、地霊殿へと帰った。
こいしが幻想郷を理不尽覆う魔境にしたかった理由――。
それは、理不尽とは反対のものが欲しかったからだ。
理不尽と同じ愛情。
理由なき愛が、こいしが何よりも望んだことだ。
人の心に耐えられず、第三の目を閉じたこいしは、とうとう手に入れたというわけだ。
私の愛を。
危険しかない魔境という条件下。身を挺してまでも迎えに行くことによってのみ証明できた愛。当たり前すぎて言うまでもない愛情を、信じたかった。結局は、それだけの理由なのだ。
この世の中は打算だらけである。本当の意味の愛なんてない。それは、そう。覚り妖怪だからこそ分かっていることだ。私はそれに対しては何も思ってなかった。所詮そんなもんだろうと思っていたからだ。
けれどこいしは違っていた。こいしは信じたかったのだ。無償の愛という奴を。私との絆は打算ではないことを、その無垢な心を以て――。
思えば、私は分かっていたのかもしれない。地霊殿にいる時、私はこいしを切り捨てることができた。切り捨てる動機は単純。保身である。死にたくないから「妹のやったことは私と関わりありませんよ」と言って切り捨てるのだ。そう主張するのは簡単で、地霊殿に引きこもっていればいい。そう「何も見なかったフリして寝て」ればいいのだ。迎えに行くことなんてせずに寝てれば、こいしとの関係は切ったと言えるだろう。それで、八雲紫や博麗霊夢に殺されずに済む。無関係となった妹は殺され、私は生き延びる……。
あぁ……それこそ愚かしい。
たった一人の肉親を見捨てることなんて、できるわけないじゃないか。
打算では成り立たない愛だ。そして、こいしはそれを証明したかったのだ。たとえ幻想郷が地獄になろうが、他人どころか自分と姉が死のうが構わないほどに、こいしにとっては――切実だった。
私は密着するこいしとの距離を少し離し、代わりに手をぎゅっと握る。
「ねぇ、こいし。お腹空いてない?」
こいしはにぱっと笑った。あぁ、嬉しさが見える。
「うん、すいた!」
私は微笑みを浮かべた。
「そう。じゃあ、帰ったら暖かいシチューでも作りましょうか。体に優しいように、野菜もたくさん入れて」
「え~。お肉もほしいよぉ~」
「はいはい。ちゃんと入れますからね」
「やったー!」とこいしは飛び上がる。私はそれにつられて転びそうになるが、笑った。
帰る途中に、私とこいしはかくれんぼをした。私が鬼で、こいしは隠れる。かくれんぼは探してもらえる人がいて始めて成り立つ。かくれんぼという遊びにストーリーをつけるならば、あえて自分を隠すことで相手を心配させ、心配になった相手は自分を探し始める……という主旨だと思う。そう思ったのは、かくれんぼが今回の事件と関連しているように、私には思えたからだった。
心配になった私はこいしを探した。飽きるまでずっと、こいしを探した。
平和だった幻想郷も今では魔境。
空は連日荒れ果て、豊かな自然は奇怪な何かに変貌して、人々の心は荒んでいった。妖精の心が狂えば、環境に直結することを、私は始めて知った。妖精は自然の化身であることが理由だろう。
物奪い合うのは当たり前。連日連夜の殺戮ショーで、人里の守護者も匙投げた。
幻想郷の主たる住人も例外ではない。
例えば、紅魔館では人間のメイド長が自らナイフで首筋を切って、噴出した血を主とその妹で飲み干したらしい。
膨大な蔵書を誇った図書館だって、主である喘息持ちの魔法使いが「寒い寒い」言いながら、少しでも暖を取るために命よりも大切な本を薪に使っているそうだ。
門番はとっくに行方不明で、噂では飽くなき食欲が彼女を襲っているとか。最後に残した言葉が「お腹空いた」だそうで。今頃は死体でも食べ回っているのかしらね?
そういえば、こいしはお腹空かしてないかしら。今更ながら心配になる。
私はこいしを探す。
少し歩き回って見て、ペットを使って聞いただけだから、幻想郷はもっとひどいことになっているのかもしれない。というか、確実になってるわね。まだまだ確認したいことは多いけど、ひとまず優先させるはこいしの居所。
やっぱペットじゃ無理ね。お燐は走り回るのは得意なんだけど、一度もあの子を見つけたことはなかった。そんな子に見つけろいうのが酷ね。危険が洪水のように増した幻想郷の中、逃げ回ってでも探してたからへとへとになってる。とりあえず休憩を取らせた。後で何か作ろうか。定番はシチューかしらね?
お空は返り討ちにできる火力と、飛び回れる速さを持っているのだけれども、いかんせん鳥頭だから目的を忘れちゃうのが玉に傷ね。お燐と一緒に行動させたから、鳥頭の問題は解決できたんだけど、走るのと飛ぶのじゃ文字通り次元が違うから早さが噛み合わないのが難点だわ。まぁ、お燐が生きて帰れたのもお空の火力のおかげだから、組ませて無駄ではなかったわね。
他のペットはお燐とお空ほど使えないし、何よりもこいしを見つけられるのは私しかいないだろう。
……やっぱり私が行くしかないか。
人里をチラッと見た程度じゃやっぱりダメよねー。
でも、出たくない。この安全な地霊殿から、危険をホイップクリームみたいにふんだんに盛った外へなんか行きたくない。
私はか弱い覚妖怪なのよ。外出た瞬間あっけなく死んじゃうのだってあり得る。厳密で言えば死んだことにはならないんだけど、やっぱり痛いのは勘弁だわ。
でも、行かなくちゃならないのも分かってる。何よりも、あの子がそれを望んでる。
そもそも幻想郷がこうなったのだって、あの子のせいなんだから。
人妖の攻撃抑制外すわ、いとも簡単に狂気に陥らせるわ、幻覚見せるわ、とりあえず心に関連あるもん全部使って楽園を魔境に変えやがったのよあいつ。
理由だって容易に想像つくわ。端から見ればすっごく下らない理由よ。理性で成り立つ世の中をなくす必要があったの。全部ストレートに繋がる本能的直球がまかり通る世界が必要だったの。
そして、あの子。今頃笑顔で待ってることでしょうね。能力を使わなくったって分かる。
えぇ、一言で言えばあの子はお姫様になりたがってるのよ。
それで、私はお姫様を迎えにいく勇者なの。
強制的に冒険へと向かわせられる勇者を、勇者と呼ぶのかしらね? 私は全然そう思わないんだけど。もっと言っちゃえばこのまま何も見なかったフリして寝てたいんだけど。冒険なんていらないから平穏をください。割とマジで。
まぁ、茶番だとは分かってるけど。分かってはいるんだけど、ここまで本気でお膳立てされたら茶番で済ませられなくなるのよね。
相変わらず、あの子が考えていることは分からない。
まぁ……しょうがないっか。
私は準備を整える。とは言っても、心のほうね。あの子はきっと護衛は許さないだろうし、色々なところを捜し回らないと捜したことにはならないとか言いそう。
でも、会いに行く前に死んでしまったら元も子もないじゃない。
まぁ、そう言ってもあの子はサムズアップして「信じてる!」とか言いそう。あの子ほど信じるって言葉がふさわしくない子はいないわ。お姉ちゃんとして自信もって言える。
……うん。とりあえずまぁ、遺書は書いたし。
行こっか。
私はこいしを探した。
こいしは予想通り博麗神社にいた。なぜこいしが博麗神社にいることが分かったかと言えば、幻想郷はまだ博麗大結界が壊れてなかったからだ。壊れていないということは、巫女はまだ死んではないということ。しかし、巫女は異変を解決させる役目を負っていて、この狂気に満ちた、巫女と言えども死なない方がおかしい状況を鑑みると、霊夢は異変解決できない状況に置かれている、ということが容易に想像つく。
そして、霊夢をそんな状態に置くことができる事情と能力を持っているのは、こいししかいないのだ。
よって、こいしは博麗神社にいると推理した。
……本音言ってしまえば、前々から「神社っていいよね」とか言ってたから来たに過ぎないのだが。
その霊夢は、こいしに抱きついていた。
「お姉ちゃ~ん」
霊夢は猫撫で声で、そう言った。
私はすこし引いた。
「何やってんのよ」
「私も妹が欲しくて」
「で、霊夢を妹にしたの?」
「別に誰でもよかったんだけど、ついでに」
「感想は?」
「思ったより気持ち悪かった」
「でしょうね」
あの霊夢があんな声を出すなんて、誰が聞いても正気を疑うだろう。いや、実際正気を失ってるんだけど。
「どうしてこんなことをしたのかしら?」
「それは霊夢のこと? 幻想郷のこと?」
「後者。というか、前者はさっき聞いた」
「お姉ちゃんが心配して迎えに来て欲しかったから」
「私が心配するのは前提なのね。それと、これを引き起こしたのはあなただって容易に想像つくから」
「ペット使って楽したのは減点ね」
「見てたのね」
「うん。暇つぶしに」
「地獄絵図にした本人なのに余裕ね。あなた、八雲紫が今事態を収めようと奔走してるからこうして悠長に会っていられるけど、収束したら殺されても文句言えないわよ?」
「大丈夫。死ぬときはお姉ちゃんと一緒だから!」
「それのどこが大丈夫だと言うのよ……」
呆れた。やっぱり何考えているか分からない。それとこいしにすり寄る霊夢が気持ち悪い。こいしも何となくうざったそう。
「でも、幻想郷をこうしたのはちゃんと理由があるんだよ?」
「どういう理由か聞かせて欲しいわね」
「前の幻想郷じゃ理不尽は生まれなかったからだよ」
「理不尽?」
「そう。唐突に殺されてもおかしくないような理不尽。お姉ちゃんの背筋が凍りつくような理不尽」
確かにいくつか危ない場面はあった。心読めるおかげで、すぐに相手が私に対して殺意があることが分かったから回避できたけど。
「ドキドキしたでしょ?」
「緊迫という意味のね」
「お姉ちゃんひ弱だもんね」
「ひ弱に優しくない環境にしたのはお前だろうが!」
私は大声でそう言った。だって本当に危なかったんだもん! マジで死ぬかと思ったわ!
でも、こいしは微笑みを浮かべていた。
「でも、お姉ちゃんはこうして迎えに来てくれた。私はそれが何よりもうれしい」
にっこりと、こいしは笑顔を浮かべる。
驚いた。
こいしに、うれしさの感情を感じる。見えないはずなのに第三の目で見える。こいしは心の底から、私が迎えに来て嬉しく思ってる。
――あぁ。そうか。
理解できた。
「こいし、あなた……」
「さ、お姉ちゃん。帰ろう?」
こいしは小首を傾げて、言ってくる。
「……しょうがないわね」
私は肘を差し出す。
こいしは顔を輝かせて、私の腕に抱きついた。
「ところで、霊夢が捨てられた子犬のような顔をしてるのだけれども」
「放っておけばいいよ」
「……後で何されても、私は知らないわよ?」
「死ぬときは一緒だよ」
「縁起でもないこと言わないで頂戴……」
そう言いつつ、私は諦めていた。これからどうなるかなど、もう知ったこっちゃない。いいだろう、死ぬなら一緒に死んでやる。
このどうしようもなく愚かな妹と一緒に。
ちらりとこいしを見る。
気づいた愚妹は、こちらに笑顔を向けた。心の底から嬉しそう、いや、嬉しいと思っている笑顔。
私とこいしは、地霊殿へと帰った。
こいしが幻想郷を理不尽覆う魔境にしたかった理由――。
それは、理不尽とは反対のものが欲しかったからだ。
理不尽と同じ愛情。
理由なき愛が、こいしが何よりも望んだことだ。
人の心に耐えられず、第三の目を閉じたこいしは、とうとう手に入れたというわけだ。
私の愛を。
危険しかない魔境という条件下。身を挺してまでも迎えに行くことによってのみ証明できた愛。当たり前すぎて言うまでもない愛情を、信じたかった。結局は、それだけの理由なのだ。
この世の中は打算だらけである。本当の意味の愛なんてない。それは、そう。覚り妖怪だからこそ分かっていることだ。私はそれに対しては何も思ってなかった。所詮そんなもんだろうと思っていたからだ。
けれどこいしは違っていた。こいしは信じたかったのだ。無償の愛という奴を。私との絆は打算ではないことを、その無垢な心を以て――。
思えば、私は分かっていたのかもしれない。地霊殿にいる時、私はこいしを切り捨てることができた。切り捨てる動機は単純。保身である。死にたくないから「妹のやったことは私と関わりありませんよ」と言って切り捨てるのだ。そう主張するのは簡単で、地霊殿に引きこもっていればいい。そう「何も見なかったフリして寝て」ればいいのだ。迎えに行くことなんてせずに寝てれば、こいしとの関係は切ったと言えるだろう。それで、八雲紫や博麗霊夢に殺されずに済む。無関係となった妹は殺され、私は生き延びる……。
あぁ……それこそ愚かしい。
たった一人の肉親を見捨てることなんて、できるわけないじゃないか。
打算では成り立たない愛だ。そして、こいしはそれを証明したかったのだ。たとえ幻想郷が地獄になろうが、他人どころか自分と姉が死のうが構わないほどに、こいしにとっては――切実だった。
私は密着するこいしとの距離を少し離し、代わりに手をぎゅっと握る。
「ねぇ、こいし。お腹空いてない?」
こいしはにぱっと笑った。あぁ、嬉しさが見える。
「うん、すいた!」
私は微笑みを浮かべた。
「そう。じゃあ、帰ったら暖かいシチューでも作りましょうか。体に優しいように、野菜もたくさん入れて」
「え~。お肉もほしいよぉ~」
「はいはい。ちゃんと入れますからね」
「やったー!」とこいしは飛び上がる。私はそれにつられて転びそうになるが、笑った。
帰る途中に、私とこいしはかくれんぼをした。私が鬼で、こいしは隠れる。かくれんぼは探してもらえる人がいて始めて成り立つ。かくれんぼという遊びにストーリーをつけるならば、あえて自分を隠すことで相手を心配させ、心配になった相手は自分を探し始める……という主旨だと思う。そう思ったのは、かくれんぼが今回の事件と関連しているように、私には思えたからだった。
心配になった私はこいしを探した。飽きるまでずっと、こいしを探した。
全部の種明かしをしていて語りすぎかとも思ったけど、童話のスタンスを取ったと考えると合点がいく。
あと、容量が10kbちょうどで、なんか笑った。
たまにはこんなのもいいね
あ、霊夢が妹になったことは個人的に重要です。