はしひめ@地霊殿
眠っているか起きているのかわからない曖昧な時というものは心地よいもので、ついつい長い時間ぼーっと何もせずにいてしまうものだ。私、水橋パルスィも窓の外を流れる殺風景な景色を見ながら夢と現の間の幸福を味わっていた。
・・・いけない。いまどこらへんを走っているのか全くわからない。地底というものは市街地をのぞけばほとんど溶岩やら焦げた大地やらで景色が変わらないため、場所の感覚を失ってしまうのだ。
いいところにお菓子売りの鬼の少年がやってきたので、今どの辺りなのか聞いた。まだ駅には着いていないとのこと。感じのいい少年だったので、ザラメの利いた飴の袋を買ってやった。ちょうど小銭を切らしていたので、釣りは要らないと言って渡したらやたら歓喜して去っていった。地上の同じくらいの人間の子供であればまだ寺子屋にでも通っているであろう歳だ。・・・これだから地上は妬ましい。あの少年はきっと地上の存在など知らなかったであろう。知らない方が幸せなのかもしれない。
飴を口に含み私はこれから行く目的地、地霊殿について考えていた。覚妖怪、古明地さとりが主の地霊殿。最後に行ったのは一年ほど前だろうか。先の地霊異変でも地上の巫女と魔法使いの襲撃にあったと聞いているが、どうしているだろうか。・・・あの異変から閉ざされていたこの地底社会も開かれ、地上との行き来も以前に比べたらかなり簡単になった。
地上との橋の橋姫、つまり地底の番人として地上からの大穴の近くに居を構えていた私だが、地底社会が開かれていきつつある今となってはその仕事もあってないようなものになっていた。番人としてすることいえばせいぜい挨拶程度。なにしろただそこにいるだけでそれが仕事になるのだ。こんな仕事が成り立っていいのだろうか。雇い主であるさとりが何も言わないのだからいいのであろうが。
そのさとりから招待の手紙が届いたのは先日のことであった。雇い主であるという以前に親友でもあるさとりの招待を断る理由もなく、私は旧地獄鉄道に乗ったのであった。
鉄道が駅に着いたようだ。ここまでくれば目的地の地霊殿ももうすぐである。さとりになにか土産でも買ってやっていくべきだろうか。市街地にはやたら観光向けの店が増えてきたため土産物には困らない。このあたりにも地霊異変の影響が出てきているのだ。
昔は地底は薄暗くじめじめした場所であったが、エネルギー革命によりそれも変わりつつある。篝火は裸の電球に変わり、電信なる物もできた。
そう、いま地底は激動の時代を迎えている。
「お、パルスィ。久方ぶりだねぇ。」
地霊殿へとつづく道にある横町を歩いていると、声をかけられた。大柄でありながら女らしい艶やかさを持ち、力の象徴である赤い角が生えた語られる怪力乱神、星熊勇儀である。
「パルスィがこんな所にくるとは珍しい。なにか旧都に用かい?」
「さとりの所にちょっと遊びにきたのよ。・・・って何よその顔。」
どうしてこの鬼は私を珍しいものでも見る目で見ているのか。
「いやぁ、変わったなと思って。何というか、纏ってる雰囲気が明るくなってるからさ。」
「そりゃあいつまでも私も根暗な嫉妬狂いのままじゃないわよ。明るく生きろっていったのは勇儀じゃない。」
「あっはっは、そうだったな。さとりの所に行くんだろ?私もついていくよ。私も最近地霊殿には行ってなかったし。」
そう、目の前にいるこの鬼は私を変えた。他人を嫉妬し、暗く生きているだけだった私に光を与えてくれた。それはこの横町を照らす裸電球のようなものだった。私という個人のなかに革命をもたらしたのだ。
それは並々ならぬ変化であるが、それはまた別のお話、という奴である。
地底よりもさらに深くに、灼熱地獄がある。その入り口に蓋のような形で建てられているのが地霊殿である。
無駄に大きな門をくぐると奥から火車が出迎えにやってきた。・・・火焔猫燐である。
「やや、お姉さん方。久しぶりだねぇ。地霊殿に何の用だい?」
「久しぶりね、お燐。さとりいるかしら。さとりに呼ばれて来たのだけれど?」
「ああ、さとり様に用事かい?ちょっと待って。呼んでくるから。」
この地霊殿にはさとりのペットが多く住んでいるが、人型をとることが出来るほど妖力を蓄えているものは少なく、先の地霊異変を起こした地獄烏の霊烏路空や今の火車、お燐くらいの物である。
階段の上からくせっ毛の少女が降りてくる。そう、彼女こそ実質的にこの地底社会を取り仕切っている地霊殿の主、古明地さとりである。胸のあたりに妖しく光る第三の目は彼女の能力の象徴であり、さとりが覚りである証。私の数少ない友人。いや、親友と言ってもいいかもしれない。
「勇儀さんにパルスィ。ようこそ地霊殿に。ああ、パルスィ。わざわざ来てくれたのですね。」
「久しぶりね。手紙読んだわよ。急に地霊殿に来てくれなんて書いてあったから、驚いたわ。いったい何の用なの?」
・・・ちょっと急に聞きすぎたか。私は会ってすぐに本題を出してしまったことを少し後悔した。しかし地霊殿に来る間、心のどこかでひっかかっていたのだ。さとりと私は、文通はするものの直接会って話すことはあまりない。さとりは地底の中心とも呼べる地霊殿に住んでいて、私は地底の入り口に住んでいるのだ。なかなかそう簡単に会うこともできない。なにか理由があるはずだ。
そんな私の心を読んだのか、さとりは言いづらそうに言った。
「パルスィ、私も急に呼び出して申し訳ないと思っています。しかし、大事な話があるのです。これは私個人の話であり、また、地霊殿の主としての私からの話でもあるのです。」
・・・仕事絡みか。確かに私が地底の番人のようなことをしているのも橋姫という私の種族を考慮してさとりが斡旋してくれたからである。しかし、何かそんな重大なことがあっただろうか?
「続きは私の部屋で話しましょう。・・・申し訳ありませんが、勇儀さん。ここからは少しプライベートな話なんで、ここで待っていてもらえますか?すぐに済みますので。」
「ああ、仕事の話なら確かに他人がいたら話しづらかろう。・・・じゃあ私はいっぺん街にもどって酒でも買ってくるか。どうせパルスィもせっかく来たんだし、今夜は呑むだろ?」
「ふふ、そうですね。それでは、また。」
そうできるならいいのですが。と、たしかに彼女は確かに言った。小さな声で。
さとりは見た目もかなりあどけない少女であるが、部屋もかなり少女趣味な雰囲気である。天蓋付きのベットやら、置かれたぬいぐるみなどいったいあんたはいくつだよとツッコミたくなる。
「相変わらずさとりの部屋はなんというか、むずがゆくなるような部屋ねぇ。」
「パルスィ。」
一言、私を呼んだだけの言葉だがその響きは重く、真剣な話をするのだとわかった。
「・・・何?」
「地底の番人、辞めていただけませんか?」
前編 了
眠っているか起きているのかわからない曖昧な時というものは心地よいもので、ついつい長い時間ぼーっと何もせずにいてしまうものだ。私、水橋パルスィも窓の外を流れる殺風景な景色を見ながら夢と現の間の幸福を味わっていた。
・・・いけない。いまどこらへんを走っているのか全くわからない。地底というものは市街地をのぞけばほとんど溶岩やら焦げた大地やらで景色が変わらないため、場所の感覚を失ってしまうのだ。
いいところにお菓子売りの鬼の少年がやってきたので、今どの辺りなのか聞いた。まだ駅には着いていないとのこと。感じのいい少年だったので、ザラメの利いた飴の袋を買ってやった。ちょうど小銭を切らしていたので、釣りは要らないと言って渡したらやたら歓喜して去っていった。地上の同じくらいの人間の子供であればまだ寺子屋にでも通っているであろう歳だ。・・・これだから地上は妬ましい。あの少年はきっと地上の存在など知らなかったであろう。知らない方が幸せなのかもしれない。
飴を口に含み私はこれから行く目的地、地霊殿について考えていた。覚妖怪、古明地さとりが主の地霊殿。最後に行ったのは一年ほど前だろうか。先の地霊異変でも地上の巫女と魔法使いの襲撃にあったと聞いているが、どうしているだろうか。・・・あの異変から閉ざされていたこの地底社会も開かれ、地上との行き来も以前に比べたらかなり簡単になった。
地上との橋の橋姫、つまり地底の番人として地上からの大穴の近くに居を構えていた私だが、地底社会が開かれていきつつある今となってはその仕事もあってないようなものになっていた。番人としてすることいえばせいぜい挨拶程度。なにしろただそこにいるだけでそれが仕事になるのだ。こんな仕事が成り立っていいのだろうか。雇い主であるさとりが何も言わないのだからいいのであろうが。
そのさとりから招待の手紙が届いたのは先日のことであった。雇い主であるという以前に親友でもあるさとりの招待を断る理由もなく、私は旧地獄鉄道に乗ったのであった。
鉄道が駅に着いたようだ。ここまでくれば目的地の地霊殿ももうすぐである。さとりになにか土産でも買ってやっていくべきだろうか。市街地にはやたら観光向けの店が増えてきたため土産物には困らない。このあたりにも地霊異変の影響が出てきているのだ。
昔は地底は薄暗くじめじめした場所であったが、エネルギー革命によりそれも変わりつつある。篝火は裸の電球に変わり、電信なる物もできた。
そう、いま地底は激動の時代を迎えている。
「お、パルスィ。久方ぶりだねぇ。」
地霊殿へとつづく道にある横町を歩いていると、声をかけられた。大柄でありながら女らしい艶やかさを持ち、力の象徴である赤い角が生えた語られる怪力乱神、星熊勇儀である。
「パルスィがこんな所にくるとは珍しい。なにか旧都に用かい?」
「さとりの所にちょっと遊びにきたのよ。・・・って何よその顔。」
どうしてこの鬼は私を珍しいものでも見る目で見ているのか。
「いやぁ、変わったなと思って。何というか、纏ってる雰囲気が明るくなってるからさ。」
「そりゃあいつまでも私も根暗な嫉妬狂いのままじゃないわよ。明るく生きろっていったのは勇儀じゃない。」
「あっはっは、そうだったな。さとりの所に行くんだろ?私もついていくよ。私も最近地霊殿には行ってなかったし。」
そう、目の前にいるこの鬼は私を変えた。他人を嫉妬し、暗く生きているだけだった私に光を与えてくれた。それはこの横町を照らす裸電球のようなものだった。私という個人のなかに革命をもたらしたのだ。
それは並々ならぬ変化であるが、それはまた別のお話、という奴である。
地底よりもさらに深くに、灼熱地獄がある。その入り口に蓋のような形で建てられているのが地霊殿である。
無駄に大きな門をくぐると奥から火車が出迎えにやってきた。・・・火焔猫燐である。
「やや、お姉さん方。久しぶりだねぇ。地霊殿に何の用だい?」
「久しぶりね、お燐。さとりいるかしら。さとりに呼ばれて来たのだけれど?」
「ああ、さとり様に用事かい?ちょっと待って。呼んでくるから。」
この地霊殿にはさとりのペットが多く住んでいるが、人型をとることが出来るほど妖力を蓄えているものは少なく、先の地霊異変を起こした地獄烏の霊烏路空や今の火車、お燐くらいの物である。
階段の上からくせっ毛の少女が降りてくる。そう、彼女こそ実質的にこの地底社会を取り仕切っている地霊殿の主、古明地さとりである。胸のあたりに妖しく光る第三の目は彼女の能力の象徴であり、さとりが覚りである証。私の数少ない友人。いや、親友と言ってもいいかもしれない。
「勇儀さんにパルスィ。ようこそ地霊殿に。ああ、パルスィ。わざわざ来てくれたのですね。」
「久しぶりね。手紙読んだわよ。急に地霊殿に来てくれなんて書いてあったから、驚いたわ。いったい何の用なの?」
・・・ちょっと急に聞きすぎたか。私は会ってすぐに本題を出してしまったことを少し後悔した。しかし地霊殿に来る間、心のどこかでひっかかっていたのだ。さとりと私は、文通はするものの直接会って話すことはあまりない。さとりは地底の中心とも呼べる地霊殿に住んでいて、私は地底の入り口に住んでいるのだ。なかなかそう簡単に会うこともできない。なにか理由があるはずだ。
そんな私の心を読んだのか、さとりは言いづらそうに言った。
「パルスィ、私も急に呼び出して申し訳ないと思っています。しかし、大事な話があるのです。これは私個人の話であり、また、地霊殿の主としての私からの話でもあるのです。」
・・・仕事絡みか。確かに私が地底の番人のようなことをしているのも橋姫という私の種族を考慮してさとりが斡旋してくれたからである。しかし、何かそんな重大なことがあっただろうか?
「続きは私の部屋で話しましょう。・・・申し訳ありませんが、勇儀さん。ここからは少しプライベートな話なんで、ここで待っていてもらえますか?すぐに済みますので。」
「ああ、仕事の話なら確かに他人がいたら話しづらかろう。・・・じゃあ私はいっぺん街にもどって酒でも買ってくるか。どうせパルスィもせっかく来たんだし、今夜は呑むだろ?」
「ふふ、そうですね。それでは、また。」
そうできるならいいのですが。と、たしかに彼女は確かに言った。小さな声で。
さとりは見た目もかなりあどけない少女であるが、部屋もかなり少女趣味な雰囲気である。天蓋付きのベットやら、置かれたぬいぐるみなどいったいあんたはいくつだよとツッコミたくなる。
「相変わらずさとりの部屋はなんというか、むずがゆくなるような部屋ねぇ。」
「パルスィ。」
一言、私を呼んだだけの言葉だがその響きは重く、真剣な話をするのだとわかった。
「・・・何?」
「地底の番人、辞めていただけませんか?」
前編 了
ただ、そのイメージを描き切れていない印象が残りました。
ストーリーも前篇の短さからこれ以上の広がりを予想できないのが残念。
世界観はとてもいいと思うので後編期待してます
作品はいい感じなんですから、とりあえず一作まとめてから出しましょうよ。
後編出たら読んどきます。
9さん おっしゃる通りです。初投稿ということで少しはやる気持ちが抑えられなかったみたいです(笑)次作からはちゃんと一作ちゃんとまとめてから投稿します。