暖かい風が吹き、読書がしやすい時期となってきた。
こんな時には店番をしつつ本を読むに限る。森近霖之助はそう思い、本を手にとった。
年がら年中本を読んでいるのだからどうせ寒かろうと暑かろうと変わりはしないだろうと思う人もいるだろう。
だが待って欲しい、本を読む環境というのは実に読書という行為の4割は占めるほどに重要な事だと思うのだ。
それは読書とは本に書かれた内容を読み取り、それに対し考察を重ねた物を知識とし、それを自らの中に定着させる事だと考えている。
それらの作業を円滑に行なっていくには自分の周囲の環境が読書に集中することが出来る環境か、というのが極めて重要であると思う。まあ実際の所今日は気持ちがいいので本を読んで過ごしたいというだけなのだが。
そんなとりとめのない事を考えつつ、本を読みふけっていると
カランカラン。
ドアベルが鳴り響き、僕は客が来た事を知った。客が来たことで僕は読書を中断せざるを得なくなったという訳だ。やれやれ……
「いらっしゃい」
「やあ旦那、久しぶり」
来客はこの店の困った常連の一人である小野塚小町だった。
ここへはよくサボりついでに訪れているのだが、来店頻度に反比例して商品を買ってくれる事は極めて少ない。
そんな彼女を見て僕は何か違和感を感じた。よくわからないのでスルーするが。
「小町か、さあ帰って仕事に戻ったらどうだい?」
「ちょ、旦那酷いね。今日は休み取ってきたからサボりじゃないよ!」
そう言って小町は両手を振り回して否定している。ふむ、そうまで言うなら本当なんだろう。
「まったく酷いね、サボりを真っ先に疑うなんてさ」
そう言って小町は傍の椅子に腰掛けた。売り物なんだが……
「君はいつもサボっているじゃないか。言われて当然だよ」
「なにを!旦那だって似たようなものじゃないか!」
小町は頬を膨らませて反論した。僕が仕事をサボっている?なにを馬鹿なことを。
「君はなにを言っているんだい?今まさに仕事をしているじゃないか。店番もしているしね」
「今までずうっと読書しておいてなにを言うんだろうねぇ」
全く知らないなそんなこと。小町はニヤニヤしながらこっちを見ている。なんで知っているんだか……
まあいい。用件をさっさと聞いてしまおう。なにか買うならそれで良し。冷やかしなら早々にお帰り願おうか。
「ふん。それで君は今日なんの用事で来たんだい?何もないなら帰ってもらうよ」
「いや、ちゃんと用事あるんだよ。ちょっと旦那に頼みたい事があってね」
そう言って小町はカウンターにいくつかの物を置いた。
金属の塊に木の柄……だろうか、おそらく何かの材料の類だと思うのだが。
「これは……?」
「大鎌の材料だよ」
小町は重かったとばかりに腕を細かく振りながらそう言った。
大鎌……?ああ、だからあんな違和感があったのか。
「無くしたか、壊したのかい?」
「壊した方だねえ。おかげでちょっと落ち着かないよ」
小町はいかにも困っていると言う風に肩を竦めている。あの大鎌を壊すって一体何があったのだろう。
「一応聞くが何で壊したんだい?」
「足元の草刈ってたらなんか硬いものに引っ掛けて、そのまま無理やり引っ張っちゃった時に柄が折れたんだ」
「ふんふん」
「結構長い間使ってきたからガタが来ていたんだろうしね」
なるほど、よくわかった。が、ひとつ気になる所が出来た。残念そうにしている小町に質問する。
「何で草刈っていたんだい?」
「サボって昼寝するためさ!」
小町は胸を張りドヤ顔を決めている。するような事じゃないだろ。
「はあ……で?どうしたんだい?」
「今は支給されたの使ってるんだけどなんか合わなくてさ」
小町が見せてきた両手の手のひらにはいくつか潰れたマメがある。
なかなか痛そうな状態になっていた。だいたいわかってきたぞ……なにをして欲しいのか。
「それで……?」
「ちょっと私に大鎌作ってくれないかなって」
そう言って小町は上目遣いで僕を見つめてきた。くっ……
「まあいいよ、お代はちょっと多くなるけどね」
「ホントかい!?やった!ありがとう旦那!」
飛び上がって喜ぶ小町。そんな喜ぶような事じゃないだろう、仕事だし。
「時間が掛かるけど大丈夫かい?あれなら急ぎでもいいよ。追加料金あるがね」
「いや、のんびりで良いよ。楽しみにしてるからね」
嬉しそうに、楽しそうに笑っている。つまり期待されていると言う事か……
「じゃあ小町、相談といこうか」
「うん?」
「君の好みというか、使いやすいようにしなくちゃいけないからね、注文を細かくもらいたいんだよ」
「ああ、そうだね。そうしようか」
僕は何か作る時には最高の物を作るというのが道具屋の仕事だと思う。つまりは小町にしっかりと満足してもらえる物を作らなければならないのだ!
「じゃあ始めよう。柄はどんな感じで?」
「うーんと柄は少し歪みを入れて……」
それから僕達は日が暮れるまで議論を重ねていた。その結果十分な情報は集まったのでいい物は出来そうだ……
「うーん、疲れたねぇ」
小町は伸びをして凝った体を伸ばしている。伸びをしているのでどことは言わないが強調されているので目のやり場に困る。本当に。
「そう言えば旦那」
「な、なんだい?」
「こっちの人は大鎌見ると皆こう言うんだよ」
「ん?」
「死神だ!本当に居るんだなぁって」
そりゃあそうだろう。死神の特徴なわけだし。
しかし小町は首を傾げ疑問を浮かべている。
「死神は大鎌持っていると思われてきたからね。皆そりゃ言うだろうよ」
「それだよ!」
ぐいっと身を乗り出して小町は言う。
「何でそのイメージを皆持っているんだい?鎌は慣れてるし別にいいんだけど不思議でさ」
小町は眉間に皺を寄せている。そのイメージが持たれる理由か……
僕は少し考え、理由を推測してみた。
少しして考えが纏まったのでそれを小町に話してみるとしよう。
「おそらく魂をあの世へ運ぶという事が関係しているのだろう」
「ん?どういうことだい?」
理解が出来ないというような小町。仕方がないのでしっかり全部説明しなくてはな、仕方ないね、うん。
「寿命を迎えた魂を迎えに来るという事が昔から言われてきたのは知っているだろう?」
「うん」
「というより刈り取りに来ると思われていたが……人々は身近にあるもので姿や象徴となるものを表そうとしたのだろうな」
「と、言うと?」
「人間の命を刈り取る……刈るのだから鎌を使うんだろう。刈る物が命なんだからきっと大きな鎌を使うんだろう……そんな風に思われ、その想像図を誰かが書いてそれが広まったんだと思うよ」
「はぁ~なるほどねぇ。それで持たされるようになったのか」
小町は感心しきったように頷いている。やはり聞き疲れてはいるようだ……短くしてみたのだが。
「大鎌を持つ事はサービスで始められたんだったかな?」
「そうだよ。なかなか好評でね、喜んでもらえるんだ」
ちょっと嬉しそうにしている小町。まあ、確かに面白いかもしれないな。
「作っている間は支給されたものを使うのかい?」
「そのつもりだけど……なんでだい?」
「いや、こんなものもうちにはあるから、待つ間にどうかな、と」
そう言って僕は商品をキョトンとしている小町に見せる。
「ほら、この生命狩りの力を持つ鎌なんでどうかな」
「何でそんな物あるんだい!?」
「拾ったのさ、それでどうする?」
「いや危ないし使わないよ!それ奥に仕舞っときなよ、危ないし」
言われてしまった……いいと思ったのだが……まあいい。
「じゃあ、注文通り作っておくから十日後に来てくれ」
「ああわかったよ。楽しみにしとくよ」
「お代はその時にね」
「わかってるさ、またね旦那」
「ああ、ありがとうございました」
そう言って小町は帰っていった。やれやれ……しばらく本を読む暇はなくなりそうだ。
僕は渡された材料と設計図を持って工房へ向かうことにした。
三週間後、僕は完成品を持って小町を待っていた。そろそろくるはずなんだが……
カランカラン。
「来たよ旦那。どんな感じだい?」
「ああ小町来たかい。約束通り仕上がっているよ」
カウンターの前に来た小町に僕の自信作を渡した。
「おお……」
小町は感嘆の声を漏らし大鎌を見つめている。
「注文通りに仕上げてあるよ。特別頑丈にしてあるし切れ味も良い……どうかな?」
小町の反応を待つ……
すると小町は大鎌を抱きしめ、満面の笑顔を浮かべている。
「最高だよ!ありがとう旦那、大切にするよ!」
「そうか、大事にしてくれよ。修理ならいつでも受け付けているから」
「ああ、ああ!ありがとう!」
本当に嬉しそうな小町、今にも踊りだしそうなぐらいである。これほど喜んでもらえるならこの十日間頑張ってきた甲斐があったというものだ。
「ではお代をいただこうか……これくらいでどうかな?」
「ああ!これくらいなら全然平気さ。ほい!」
代金も気前良く払ってもらう事が出来た。これで僕の生活も安泰という訳だ、お茶などもいい物が買えるという意味でだ。生活自体が苦しい訳ではない。
「ふふふ、じゃああたいは帰るね。また来るよ」
「ああ、ありがとうございました」
上機嫌で小町は帰っていった。早速新しい大鎌を試してみたいのだろうか?まあ満足してくれているので良かったかな。
僕は久しぶりの充実感に包まれつつ、本の世界へ潜っていった。
「ふふふ」
あたいは無縁塚までの道を機嫌良く飛んでいた。
目的の物が手に入ったのだから当然だ。
あたいは新しい大鎌を見て、改めて抱きしめる。
しかし、彼に言った言葉……
「今は支給されたの使ってるんだけどなんか合わなくてさ」
確かに手に馴染まなくて苦労していたが自分で調整する事も容易かった。
なのに彼を頼ったのには理由がある。
「霊夢と魔理沙だけが旦那の手作りの物持ってるなんてずるいよねぇ」
そう、彼女らだけが愛しい彼のお手製の物を持っている。それがたまらなく羨ましかったのだ。前の大鎌が壊れたのは全くの偶然だが。
……あたいが彼に惹かれるようになるのに、大した事があったわけでは無かった。
ただ、彼が毎年無縁塚を訪れてくるので話すようになり、それを繰り返す内に彼が来るのが待ち遠しくなった。
彼の事が頭から離れなくなり、傍にいたいと思うようになった。ただそれだけだ。
……今はこれぐらいの距離でいい。でもいつかはあたいと彼の距離をゼロにしてみせる!
そうあたいは決心し、これからの仕事の為に頭を切り替える事にした。
「ふふふ、よし!いい物あるし仕事頑張っちゃおうかね!」
そうしてあたいは無縁塚ではなく仕事場の三途の川へ急ぐことにした。
さあ、これからバシバシ働くぞ!
その後、同僚には何かあったのかと心配され、映姫様には「小町がそんな一生懸命働いてくれるなんて……!!」と泣かれるのだった。
小町が霖之助のどこを気に入ったのかも書かれていると良かったかな、と。
>>ここへはよくサボりついでによく訪れているのだが
「よく」が重複してます。
次回作も楽しみに待ってます!!!
可愛い小町をありがとうございます。