『昔の友人たちに会ってきますわ』
そう言って、咲夜が一日休暇を取った。
旧友たちと楽しく語らいあう咲夜の姿を、私はパチェに頼んで魔法で見せてもらっていた。
水晶玉に、私服姿の咲夜が映る。
『あー、くにちゃん! おひさー』
『ユッコ! 変わったねー』
誰だ、くにちゃんって。
見知らぬ名前で呼ばれる咲夜に激しい違和感を覚える。
「田中邦恵。咲夜が外の世界にいた頃の名前……つまり、咲夜の本名よ」
「あいつ、前なんとかって名乗ってなかったっけ。私を殺しに来たとき」
「あれはコードネームなんでしょ。ヴァンパイアハンターとしての」
「ふぅん」
まあ名前なんてどうでもいい。
咲夜は咲夜だ。
『きゃーくにちゃん! 久しぶりー!』
『うわー、めっちゃ美人になってるし!』
『けいちゃん! みっちょん!』
続々と集まってくる咲夜の旧友たち。
その数が六人を超えたあたりで、私はパチェに疑問をぶつけた。
「……ていうか、あいつってヴァンパイアハンターの家の生まれだったんでしょ? なんでふつうに友達とかいんの?」
「それはあくまで裏の顔で、表向きは普通の子供として学校にも通ってたって言ってたわよ。家も表向きはただの八百屋だったって」
「八百屋て」
カモフラージュするにしても、もうちょっとなんかあったんじゃないのと思うが。
「敵に気取られないようにするにはちょうど良かったんでしょ」
「まあそういうもんなのかしら」
敵って、要するに吸血鬼の事だよなあ。
なんて、何故か他人事のように考えている私がいた。
「ちなみに、咲夜の実家は今でも八百屋を営んでいるわ。ニンニクが年中特売で一個十円」
「微妙に裏の顔滲み出てるじゃん」
そんなふうに、私とパチェに実家談義をされていることなど夢にも思っていないであろう咲夜は、とても楽しそうに友人たちと語らいあっていた。
普段はまずもって聞くことのない咲夜の声色が、水晶玉を通して聞こえてくる。
『そんでさー、私なんか遊び過ぎて、前期にして留年確定しちゃってさー』
『えー、だめじゃんそれ』
『もう親もカンカンでさ、来年の学費は自分で稼げ!って言われちゃって、おかげでバイト三昧だよ』
『あはは、そりゃ大変』
『もー、笑いごとじゃないよー。くにちゃんったら』
『ごめんごめん。あはは』
屈託のない顔で笑う咲夜を見ていると、なんだろう、胸の奥がちくっとしてくる。
私はその原因に勘付きながらも、でもそれに気付くのを先延ばしにしたかった。
しかしそれを許さない質問が、咲夜の友人――けいちゃんといったか――の口を突いて出た。
『ところで、くにちゃんは今何やってんの? 中三の終わりくらいから、親戚の家に行ってるって聞いてるけど』
『そうそう、私もそれ聞きたかった』
『大学とか行ってないの? 専門学校とか?』
興味津々といった顔つきで、咲夜に次々と質問をぶつける友人たち。
咲夜はしばし目をぱちくりとさせてから、しかし、なんでもないことのように答えた。
『あー、うん。色々あって、今はとあるお金持ちのおうちでメイドやってるよ』
『め、メイド!?』
『うん』
驚く友人たちを尻目に、咲夜はちゅーっとオレンジジュースを啜っている。
外の世界は二十歳にならないと飲酒ができないらしい。
『なんでまたメイドなんか……』
『まあ色々あってね。色々』
『色々って……』
『あ、これおいし』
はむはむと唐揚げを頬張っている咲夜は、なんだかいつもより幼く見えた。
「……ねぇ、パチェ」
「ん?」
「……咲夜にも、こういう未来があったのかな」
「え?」
「同じ年頃の友達とご飯食べて、笑いあって、馬鹿話なんかもして……私は、そういう未来を咲夜から奪ってしまったのかな」
「そうかもね」
「!?」
否定してほしくて言った言葉を間髪入れずに肯定されると、流石に堪える。
しかしパチェは、いつも通りの眠そうな目のままで言った。
「でもそんなの、関係ないでしょ」
「え?」
「咲夜がヴァンパイアハンターだったことは事実だし、あなたを殺すためにこの館に乗り込んできたことも事実だわ。……そしてその結果、あなたのメイドになったこともね」
「…………」
「でもそれで、咲夜が不幸になったとは、私は思わない」
「パチェ」
「確かに咲夜は、同じ年頃の子が経験しているようなことを、経験できなくなったかもしれない。でもそんなことは、今の咲夜が幸福かどうかとは、まったく関係がないことよ」
「…………」
パチェの言わんとしていることは分かる。
分かるよ。
でも私には、どうしても、今映る咲夜の笑顔が、本当はそうあるべきものだったように思えてならないんだ。
ユッコと呼ばれた友人が咲夜に話し掛ける。
『ねぇ、くにちゃん』
『ん? なに?』
『こっちに、帰ってこないの?』
その言葉は、最も鋭く私の心臓を射抜いた。
やめて。
そんなこと、咲夜に聞かないで。
咲夜に、その答えを言わせないで。
『こっちには皆いるし、また昔みたいに皆で楽しくやろうよ』
『そうだよくにちゃん、帰ってきなよ。おじさんやおばさんも、きっと喜ぶよ』
『…………』
シーザーサラダを摘まんでいた咲夜の箸が止まった。
『ねえ、くにちゃん』
ユッコが咲夜の袖を引いた。
もう見ていられない。
私が水晶玉から目を背けようとした、そのとき。
『ごめん』
その声はとても小さかったが、でもとても芯が通っていたように感じた。
咲夜は続けて言う。
『私も皆とこうしているの、楽しいよ』
『これからもまたこうして、集まったりできたらなって、思う』
『でも』
そこで一旦言葉を切ってから、咲夜は笑顔で言った。
『私は今、最高に幸せだから』
一瞬、時が止まったようにも感じられたが、それが咲夜の能力によるものでないことだけは私にもわかった。
『だから……ごめん』
そう言って、ぺこりと頭を下げる咲夜。
友人たちは少し目をぱちくりさせた後、各々が、とても優しい表情を浮かべながら、言った。
『……わかったよ、くにちゃん』
『それならもう、何も言わないよ』
『でもまた必ず、皆で集まろうね!』
次々に掛けられる言葉に、咲夜の表情も綻ぶ。
『……うん!』
その返事を皮切りに、再び盛り上がり始める一同。
『よーし! 今夜は飲むぞー! くにちゃんも、何オレンジジュースなんか飲んでんの!』
『ふぇ?』
『ちょ、ダメだって。くにちゃんまだ誕生日来てないんだから』
『あ、そういや早生まれだったっけ』
『そうそう』
ワイワイと盛り上がる場。
楽しそうに笑う咲夜。
……って、あれ、おかしいな。
ここからが、良いところなのに。
「……パチェ、魔力が弱まってきてるんじゃないの? 水晶の画面が、ぼやけてきてるわよ」
「え? そんなはず―――」
言いかけて、パチェは私の顔を見て、少し驚いた……ような気がした。
気がしたというのは、不思議なことに、パチェの顔も少し歪んで見えたからだ。
おかしいな。
「……ええ、そうね。今日は喘息の調子が良くないみたい。申し訳ないけれど、今日はこれで我慢して頂戴」
「……ったく、もう。しょうがないなあ、パチェは」
私は文句を垂れながらも、ぼやけた水晶越しに、友人たちと楽しそうに笑いあう咲夜を、ただただずっと見ていた。
了
最初は笑ってたのですが
最後あたりから
ちょっといいお話。
感動しました。
でもこういう直球も悪くないね。
読んで展開通りでもすっきりするいい話。
お代は点数で
しかし八百屋ってwww
愛されてんなー田中さん
BBAが泣いてるぞ
短編ながらいい雰囲気が出ていて好きです
あと咲夜さんの年齢がわかってしまう作品にくすっときました
酒とたばこは20歳になってから
でもコメント6番のせいで脳内映像が壮絶な代物にすり替わってしまった…orz
でも本名もうちょっと考えろよw
結果としてそれで良かったと思います
咲夜さんのオフがこんなに可愛いなんて
全部読んでしまったw
ほっこりするいいさくやでした