前作の「春風は上客を呼ぶ」からの続編となっております。
未読の方は読んでもらえれば話が通じると思いますのでよろしくお願いします。
ではどうぞ。
地底の町……旧都の屋敷に住む星熊勇儀は酒を用意していた。
とっときの日本酒だ。私は屋敷の蔵から一番上等な奴と私のお気に入りの物を取り出した。これならきっと美味いと言ってくれるだろう。
「これくらいでいいかな。……ふふっ楽しみだねぇ」
地上で知り合った森近霖之助と夜桜を楽しむ事になっているのだ。
事の発端は店での会話であった。
「やあ霖之助。また来たよ」
「勇儀か、いらっしゃい」
彼がこの香霖堂の店主、森近霖之助だ。どんな時も本ばかり読んでいるような店主で、やはり今も本を読んでいたみたいだ。商売に向いていないと聞くが私もそう思う。
「お茶を入れてこよう。そこに座っているといい」
「悪いね」
そういって彼は店の奥へ引っ込んでいった。そこで私はそばにあった椅子に座り、霖之助を待った。
相変わらずいろんな物で溢れかえっているみたいだ。掃除すればいいのに、と私は人の事言えなかったね、掃除苦手だし。
「お待たせ、お茶を入れてきたよ」
「おお、ありがとう」
そう考えていたら霖之助がお茶を入れてきた。いい香りがするよ、茶柱も立ってるね。
お茶を手に取り飲めば、口に広がるほのかな甘味と程よい渋味、そしてお茶の豊かな香り。
「うん、美味しいねぇ」
「お得意様用の上等の茶葉だからね、当然だよ」
そう言って彼は自分の茶を飲んでいる、まあ茶葉もいい物なんだろうけどさ、私は霖之助の腕を褒めたんだけど。
「お得意様ねぇ、数回しか来てないってのにもう私はそうなったのかい?」
「ああ。この店では商品の価値をわかってくれて、なおかつ対価もしっかり払うお客は少ないからね。僕にとって君は大切なお客様だよ」
「ふふっ、嬉しい事言ってくれるじゃないの」
お得意様、ね。いい響きじゃないか!って待った、……「商品の価値をわかってくれて、なおかつ対価もしっかり払うお客は少ない」?
「客が来てないのはわかるけど、対価を払わない奴が来てるのかい?」
「客が来てないのはわかるって……」
霖之助は顔を苦虫を噛み潰したようにし、肩を落とした。やはりショックは受けるらしい。
いや、この辺閑古鳥の大合唱が聞こえるし、あんな店の前に物置いといたら来ないよ、そりゃ。
「はは、悪かったよ。それでどうなんだい?」
「……ああ、前来た時に霊夢がお茶を持っていっただろう?」
「そうだね」
たしか霊夢はツケにしていったけど、ああ、魔理沙もそうだったっけね。
霖之助はまだ顔を顰めて、帳簿を眺めている。私は嫌なものを感じたが、気になるので聞く事にする。
「ツケならいいんじゃないか?私もたまにするよ?」
「あの子達は桁が違うんだ」
「え?」
「ツケがどれだけ溜まっているか教えてあげようか?」
そう言った霖之助の目は死んでいる、生気が欠片も見えない程だ。
あれには一体どれだけの額が記録されているのか?一体どれだけあの二人は霖之助にツケているのか?私は半ば恐怖しながらも頷いた。
「お、教えとくれよ、どれくらいなんだい?」
「内緒にしてくれよ、一応言っておくが」
「当然だ、鬼は約束を破らないよ!」
そう言って私は自分の胸を叩いた。約束を守るのは鬼の美徳だからね。
なぜか目を逸らす霖之助。どうしたのかねぇ?
「じゃあ教えよう、あの二人のツケの額は……」
「…………これ、本当かい?」
「ああ、本当にあの二人のツケだ」
私は何も言うことが出来なかった。これ、私の一年分の生活費よりあるぞ。
よくもまあここまで貯めたモンだよ。霖之助もため息しか出ないようだ。……今度からもっと沢山商品を買う事にしよう……
「……じゃあ、この焼酎買わせてもらうよ」
「……ああ、毎度あり」
……空気が重い……なんとかしなくては……
そこで私はここへ来た目的を思い出した。霖之助と話すのが楽しくて忘れていたよ。
「なあ、霖之助、今日の夜一緒に呑まないかい?」
「今日の夜に、かい?構わないが……突然だね」
「最初来た時に一緒に呑もうって言ったじゃないか」
「ほう、そういえばそんなことも言っていたね」
「でさ、今日なのはね、いい物がうちにあるんだ。一緒に呑みたいと思ってね」
「おお、ではそうしようか」
霖之助も乗り気みたいだ、こちらに体を向けて笑っている。良かったよ、乗り気でさ。
「じゃあ決まりだね!場所はどこにしようか?」
「それなら裏の縁側で花見はどうかな?ちょうど桜が見頃だよ」
花見か、やっぱり春ならそれだね!きっと酒ももっと美味くなるに違いない。
「ならそうしようか、酒は私が準備してくるよ」
「ああ、じゃあ夜にまた来てくれ。待ってるよ」
「わかった、じゃあね」
そうして私は店を出て旧都から家へと帰っていたのだった。
おっと、思い返していたら随分時間が経っちまったみたいだね。今は何時かな?
そう思い時計を見ると、約束の時間まで後二時間といったところだった。
「……やっぱり楽しみな事があると時が経つのは早いねぇ」
さて、香霖堂まで少し遠いしそろそろ出ないとね、荷物の確認、と……
「日本酒二つ、私の杯(小さいほう)と……あっヤバッ忘れてたよ!」
そうだ、誘おうと思ったきっかけになったモノ忘れててどうすんだい私は!
忘れ物を思い出し、私は居間へ向かうとそこには探していた物が転がっていた。
「良かったよ思い出して。危なかったねぇ」
ほっと一息、腰に下げ、用意した酒を包めば用意はホントに完了だ。
さあ、霖之助との花見に出かけようじゃないか!
私は意気揚々と屋敷を出て、香霖堂へ向かった。
……後で聞いた話だと鼻歌混じりにスキップしていたらしい、……恥ずかしい。
地上へ出て店までの道を歩いていき、ふと顔を上げれば空は見事な満月だった。
「ううん、綺麗だねぇ……」
思わず笑みが溢れる。おかげで明るいし、桜もよく見えるだろう。
「ああ、花見の上に月見酒までできそうだ。……うーん、贅沢だよね」
なんて素晴らしい贅沢なんだ。これは急いでちゃんとした所で楽しまなくちゃね!
私はそう思い香霖堂までの道を急いだ。
少しすれば、香霖堂へと着いた。一応時間通りなはずだけど……
私はもう明かりの消えた店の玄関の前で呼びかけた。
「おーい霖之助、来たよー」
返事は無いか……おや?少し声が聞こえるような……
「こっちだ、裏に回って来てくれー」
おっと、外だったか、私は急いで裏へ回った。
裏へ回ると霖之助がつまみの用意を済ませ、縁側に腰掛けていた。
「君はタイミングがいいね。ちょうど準備が終わった所だよ」
霖之助は微笑してこちらを見て、空の杯を掲げている。早く始めようということだろう。
「それは良かった。じゃあ早速」
私は霖之助の右隣へ座り、杯を取り出し、私と霖之助の杯へ持ってきた酒を注ぐ。
「ああ、始めようか」
「今日は何に乾杯しようか?」
「じゃあ……あの桜と僕たちの出会いに、なんてどうかな?」
……恥ずかしい事を平然と!私は気恥かしくなりつつも頷いた。
「じゃああの桜と」
「私達の出会いに」
「「乾杯」」
乾杯して酒を飲み干す。うん、美味い。
「これは美味いね」
霖之助も満足そうだ。
「ああ、私の一番のお気に入りと上物だからね!」
「ふふ、それはありがたいね、そんないいものを出してくれるなんて」
喜んでくれたみたいだ、珍しくにっこりと笑っている。……おっと、顔が暑いね。酔いが回るには速すぎるよ。
「ふふふ、それだけじゃないよ。これを見てくれよ」
「これは……?」
腰に下げた自慢の物を見せてやる。聞いて驚け、呑んで酔え!
「鬼の瓢さ!」
「ほう……あの酒が無限に沸くというあれか」
興味深そうにしている。霖之助はこれをかぶりついて見ている。
予想通りの反応だ。……ううん、気持ちいいねぇ!
「驚くのはここからだよ。なんとこの瓢箪、鬼用の強い酒じゃなくて少し弱めの普通の人妖でも無理なく呑める度数で出てくるんだ!こんなの私のものだけだよ?」
「おお、それで味のほうはどうなんだい?」
「心配無用さ!味も私が保証する。最高傑作と言ってもいいくらいだよ!」
「それは楽しみだね」
「へへ、今度の宴会に持ってこうかと思ってたんだけど、一番最初に見せようかなってさ」
「今度の宴会?」
「博麗神社のだよ、知らないのかい?」
「いや、宴会があるのは知っているが……」
霖之助は宴会の話を聞くと顔を顰めてこう言った。
「……それはあまり人に見せないほうがいいね。特に霊夢や魔理沙には」
「どうしてだい?宴会でも便利だよ?」
「……なぜってもし見つかったらそれこそ壊れるまで絞り尽くされるよ」
「あ……」
確かにそうだった。手入れは大変なのにあの宴会ばかりしているとこに持ってたら大変だ。
宴会ばかりってとこは私ら鬼は言えないんだけどさ。
「じゃあこの瓢は霖之助と一緒に呑む時だけにしようか!」
「そうしてくれ、さっ、僕の作ったつまみも食べてくれ、そして花見、月見といこうじゃないか」
「ああ、そうしよう!」
それからはほとんど私たちは会話をしなかった。つまみと酒に舌鼓を打ち、見事な桜と満月を見て、片方が杯を開ければ注ぎ、存分に楽しんでいた。
霖之助は会話というか薀蓄を話すのが好きだと聞いていたけど彼も黙って花見を楽しんでいた。
もしかしたら遠慮してくれたのかもしれない。まあ、実際どうであっても、普段の宴会で騒がしかったり喋りながらというのが多かったから、たまには静かに呑みたいと思っていた私にとってはありがたかった。
しばらくして呑んでいた時に私はつぶやいた。
「なあ、霖之助……」
「……なんだい?」
少し顔が赤くなってきている霖之助はこちらを見た。
「また……また、一緒に呑まないかい?時間があったらでいいからさ」
「ふむ……」
曖昧に頷き、酒を呑む霖之助。彼の杯に酒を注ぎつつ、返事を待つ。……なんかドキドキするけど、どうしちゃったんだろうね?
「さっきさ」
「なんだい?」
「君はあの瓢を使うのは僕と一緒に呑む時だけって言っていたよね?」
「ああ、そうだね」
「僕をそうしてくれと言ったね」
「そうだね」
「つまりさ」
そう言ってこちらをみて、霖之助はニッっと笑った。
「僕も君ともっと呑みたいってことさ」
「……ああ!また呑もう!約束だよ!」
そうして私達はまた花見を再開した。
おかしいな、ただ次も呑む約束をしただけなのに……こんなにドキドキしたり、嬉しくなって、顔が熱くなるなんて……酔いすぎだよ、回るの速いよ、まったく!
そうして二人の静かな花見はゆっくりと過ぎて行った。
鬼の心に出来た感情の蕾。満開に花開くのはまだ先の事だった。
勇儀姐さんと夜の逢瀬…ウフフ
次回作も楽しみに待ってます。
では返信です
2番様
大人の飲み会がいいんでしょうねw夜の逢瀬とかなんかエr(ry
白銀狼様
むしろ数が少ないのが不思議ですw
不定期なのでたまに見に来て下さいね!
6番様
実は相性がいいと思います。
20番様
ありがとうございますw
そう言ってもらえると励みになりますよ。