Coolier - 新生・東方創想話

射命丸の一日の始まりの始まり

2012/04/05 08:51:45
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カラス天狗、射命丸 文の朝は早い。


まだ陽も昇らない冬の早朝。ところどころ雪が積もった木の生い茂る妖怪の山。木々に隠れるような妖怪の家。家の中で、周囲の静けさを破り、目覚ましが鳴った。
目覚ましはしばらく鳴った後、布団から伸びた腕に頭を叩かれて止まった。布団の主はもぞもぞしていたが、けだるそうにはい出してきた。
清く正しい射命丸である。
射命丸はうらめしげに布団と目覚ましを見て、ぶるっとからだをふるわせた。暖房もないこの家は寒い。
体が冷える前に顔を洗い行く。河童が引いた水道は、寒い朝にも凍りつくことなく、冷たい水を吐き出している。
覚悟を決めて、水で顔を洗う。突き刺すような冷たさが眠った頭を覚醒させる。
洗面台の脇にかけてあったタオルで顔を拭く。寝巻を脱いで畳む。昨日出しておいた普段着に着替える。
身だしなみを整えた射命丸は、部屋に戻り、布団を畳んで、文机のうえの新聞を手に取った。
壁に掛けてあった肩掛けカバンに新聞を入れて斜めにかける。
いってきます。と言って、扉を開け放つ。冷たい冬の空気が吹き込む。
ぎいっ、ばたんと音を立てて扉が閉まる。やっぱり今日はマフラーしてこうかな、そう呟いて射命丸は友達の天狗、犬走 椛が編んでくれたマフラーを探しに戻った。
二度目の、いってきます。で外に出た射命丸は地をけって飛び上がった。
上空の風はさらに冷たい。マフラーをきつく巻きなおし、滞空して腕時計を見る。誕生日に河童のにとりからもらったそれは、いつもより少し遅い時刻を指していた。
射命丸は霧の湖に向けて進路をとった。
目指すは湖の湖畔にある悪魔の館、紅魔館である。



少しばかり急いだので、遅れは取り戻せたようだ。射命丸は紅魔館の門前に降りた。
真っ赤な血の館の門は閉ざされている。が、その前に一人の女性が立っている。
紅魔館の門番、紅 美鈴であった。
おはようございます、めずらしいですね、こんな朝早くに起きているなんて。射命丸は声をかけて歩み寄る。
おはよう、それ、毎朝言いますよね。美鈴もあきれ顔で答える。
射命丸は鞄から新聞を出し、美鈴に、三部ですね。と聞く。
はい。答えて代金を渡す美鈴。
毎度あり。そういって飛び上がる。下を見ると、既に美鈴は門番の詰所に向かって歩いていた。
歩きながら読んでいるのは、射命丸も上出来だったと思っている記事。少しうれしくなる。
射命丸は雲の上を目指すべく、高度を上げる。
次は白玉楼だ。




白玉楼。冥界の管理人である西行寺 幽々子の住まう屋敷。
雲の上の結界をくぐり、長い階段をとびこえ、射命丸は白玉楼の門前に降りた。
そこには妖夢が立っていた。彼女はいつも射命丸がくるのを律義に待っている。
おはようございます、冥界は一層寒いですね。そういって射命丸は新聞を手渡す。
おはようございます、幽霊が多いですからね。答えを返す妖夢が代金を手渡す。
白玉楼ではかなりの数の新聞を取って貰っている。なんでも転生を待つ魂はやることがなくて暇らしい。
では亡霊のお嬢様によろしくお願いします。そう言って射命丸は白玉楼を後にした。すれ違った人魂が、新聞面白かったよ。と言ったので、有難うございます。と返した。
次の目的地は、地上に戻って迷いの竹林である。




迷いの竹林には雪が積もっていた。
射命丸は竹林の外周に近づき、いつも新聞を渡す妖怪ウサギを探した。彼女の事だから落とし穴でも作っていそうだな、そう思った矢先に降り立った地面が陥没する。
間一髪、浮かんで難を逃れた射命丸に、竹林の奥から、てゐがにこにこしながら近づいてきた。
おはようございます、朝から落とし穴とは、あまりいい趣味ではありませんね。そういって射命丸は新聞を手渡す。
てゐのいたずらは昨日今日に始まったことではないが、いちおう言っておく。
おはよう、天狗の慧眼をごまかせただけでも収穫だったよ、有難う。まったく悪びれずに笑うてゐが代金を渡す。
小さくため息をついた射命丸は、ほどほどにしてくださいね。と言って飛び立った。
後で鈴仙に試してみよう、そんな楽しそうな声が聞こえたので、心の中でもう一匹の妖怪ウサギに合掌しておく。きっと彼女なら期待にたがわず引っかかるのだろう。
竹林を出発した射命丸は人里に向かうが、その前に寄る場所がある。射命丸は少し速度を上げた。




香霖堂。人里のはずれのはずれ、魔法の森にほど近い場所、変わり者の半妖がいとなむ古道具屋。
営業時間も、朝早くから空いていると思えば、昼過ぎになっても閉まっていることもあり、店主の気まぐれ具合を表しているようだった。
今日は閉まっているようだ。冬だからか、それとも、昨日夜更かしでもしたのか。明かりのついていない店内で、店主はまだ眠っているだろう。
ある意味、幻想郷で一番自由なのは、このひとかもなあ。そう思いながら射命丸は新聞をポストに入れる。代わりにポストに入れてあった代金をもらう。
霊夢と魔理沙が、止めた方がいいと言う目の前で、文々。新聞の購読を決め、ついでに新聞に関する長広舌を垂れ流した店主の事を思い出し、いや、あれは欲望に素直なだけだ。と思いなおす。
それでも、記念すべき新聞の読者第一号である。
ほのかに感謝の念を送って、射命丸は再び、人里に向かうべく、地をけった。




香霖堂から人里へ向かう途中。
生い茂る木々でひっそりと隠れるように、地底の入り口がある。
妖怪の視力でそれを見てしまうたびに、射命丸はおもいだす。
かつての上司であり、強大な力を持った鬼たち、そして、山の四天王のことを。
鬼が山を去った今でも、射命丸たちは彼女らに頭が上がらない。
山の妖怪、その全てを押さえつけるほどの力を持ち、宴会好きで陽気な鬼たちは、なぜ幻想郷から去ったのだろう、射命丸は疑問に思う。
地底の異変があって以来、そのことをふと考えるが、答えはまだ出ない。
答えがわかれば、幻想郷に鬼が戻ってくるのか、それとも、射命丸も幻想郷を去るのか。
しかし。
こんな楽しい幻想郷から去るなんて、ありえない。そう思っている射命丸は考えるのを止め、さらに速度を上げた。
人里の炊事の煙が見えてきた。




射命丸は命蓮寺の門前に降り立った。早朝であるが、既に妖怪少女がほうきで門前を掃いている。
おはようございます。射命丸は挨拶して歩み寄る。
おはよーございまーす! 掃除をしていた山彦の少女が返す。
朝から元気ですね。というか、いつものぬえさんはどうしました? 新聞を渡して射命丸が問う。
射命丸が来る時間は、いつもならば命蓮寺の朝行が行われている。
なので、修行に興味のない、ぬえやマミゾウが新聞を受け取る。
修行もしないのに命蓮寺に居つく彼女らだが、家事を手伝ったりはしているらしい。
きょうは新聞屋さんがはやいですよー。朝行はこれからでーす! 代金を受け取って時計を見れば、確かにいつもより早い。途中で飛ばしすぎたようだ。
あやや。照れ隠しに頭をかく。
だったら今日は歩いて慧音さんの家まで行きましょうか。そう思って響子に、それでは、明日も文々。新聞をごひいきに。そういって歩きだしたそのとき。
ちょっと。
命蓮寺の石畳がしゃべった。いや石畳の下に誰かいる。
ごりごりと重たそうな音をして石畳をずらし、下から出てきたのは、最近幻想郷にやってきた霍 青娥であった。
登場の様子を見て、なるほど、これがゾンビというやつですね。射命丸は納得した。
響子は慣れたもので、おはよーございまーす! とあいさつしている。
違うわよ。私はゾンビの親玉だけど、まだ生きているわ。青娥はあきれ顔で射命丸に答える。
ところで天狗さん。新聞を一つくださいな。青娥は射命丸に言う。
ははあ、新勢力は情報収集に余念がありませんね。射命丸も鞄から新聞を引き抜いて青娥に差し出す。
初回サービスです。次回からはお代を頂きますよ。とりあえず言っておく。
あらやさしい。聞き流した青娥が新聞を受け取る
読者を大切に、がモットーですので。適当に答える射命丸を尻目に、青娥は元来た石畳の下に潜っていった。
じゃあまた明日。そういって石畳が元に戻っていく。なんだか気の抜けた退場だった。
どうやら明日も新聞を取ってくれるらしい。うさんくさい人だが、それは素直にうれしい。
改めて響子に手を振って、射命丸は人里の大通りを歩きだす。
この時間帯はまだ空いている店は少ない。代わりに、朝食の匂いがどこからか漂ってくる。
まばらな人通りの中、慧音の家を目指す。このペースで歩いていけばちょうどいい時間になるだろう。
射命丸は朝の空気を楽しみながら、寺子屋を目指した。




人里の寺子屋の裏手に慧音の家がある。
慧音は、古めかしいラジカセを玄関の脇に置いて「ラジオ体操」なるものをしていた。夏休みならば、子供も参加しているが、平日は慧音一人だ。
射命丸がやってきたとき、ちょうど流れている音楽が終わった。
テープを止めた慧音が射命丸に気付き、おはよう。と声をかけた。
おはようございます。射命丸もあいさつして、新聞を渡す。
今日は歩きか、珍しいな。さっそく新聞を広げた慧音が言う。
慧音さんはいつもどおりですね。射命丸もこたえる。
うむ、早起きは三文の得というしな。新聞を読みながら慧音が言う。
あまり得したおぼえのない射命丸は、そうですかね。じゃあ私はこれで。と言って慧音と別れる。
慧音も、ん、と頷いて、新聞を閉じて家の中に入って行った。
起きてから何も食べていないので、お腹が減った。射命丸は朝食をとるため、人里のはずれに向かって歩き始めた。




人里のはずれ。表通りから少し入ったところに小さな蕎麦屋がある。
朝早くから夜遅くまで空いていて、人里のはずれにあるこの店では、妖怪が集まって騒いでいることも多い。
しかし朝早い時間では、店にいるのは店主といつもの客だけである。
のれんをかきわけ店に入ると、無愛想な店主が、これまた無愛想に、らっしゃい。とだけ言う。
店内は暖かい。射命丸は、カウンター席に座った。
そこから一つ空けた隣に座っているのは、いつもの客―――八雲 藍である。
おはようございます。藍にそう言って、店主には、いつものお願いします。という。
おはよう。藍がこたえる。
藍は、八雲 紫の式として幻想郷の結界を管理している。朝の見回りが終わった時間にこの蕎麦屋で一息ついているようだ。
随分昔から一緒に蕎麦を食べているが、射命丸もそれ以外はよく知らない。以前取材に行った時もあまり聞かなかった。
朝のほんのひと時の、深入りしない関係が射命丸には心地よく、藍もおそらくそう思っているだろう。
二人分の蕎麦ができるまで、少し言葉を交わす。三人だけの店内にたわいもない内容の言葉がぽつぽつと浮かんで消える。
蕎麦が来れば会話は終わり、すする音だけが響く。
食べ終わるのはほとんど同時。それぞれがカウンターの上に代金を置く。
まいど。という店主の声を背に、一緒に店を出る。
それでは。そういって射命丸は地をけった。
藍も射命丸とは反対の方角に向かって飛ぶ。どこともしれないマヨヒガに帰るのだろう。
暖かい店との温度差を恨めしく思いながら、射命丸はマフラーを巻きなおし、明るくなりかけの空を飛ぶ。
目指しているのは幻想郷の東端、博麗神社である。




博麗神社。博麗 霊夢はほうきで参道を掃き清めていた。
飛んできた射命丸は霊夢の前に降りた。
おはようございます、はい、今日の新聞です。射命丸は新聞を霊夢に差し出す。
あんたも暇ねえ。そう言って霊夢も掃除の手を止め、新聞を受け取る。
お代も払わないのに新聞置いていっていいの? 霊夢が興味なさそうに聞く。
いいんです。博麗の巫女には代々お世話になってますから。射命丸は答える。
私は何もしてないんだけどねぇ。とぼやく霊夢を尻目に、射命丸は飛び立つ。
ちょうど鳥居の向こうから日が昇る。太陽の光がまぶしい。
幻想郷の夜明けである。
射命丸は妖怪の山に進路をとった。




妖怪の山、守矢神社。
射命丸は石段に降り、歩いて鳥居をくぐる。
守矢の巫女は霊夢と同じように掃除をしていた。
おはようございます。今日の新聞です。そういって早苗に新聞を渡す。
おはようございます。いつもありがとうございます。そう言って早苗は代金を払う。
毎度あり。そう言って射命丸が神社を去ろうとするのを、早苗が呼び止める。
三日後に、神奈子さまが宴会を開くそうです。もしお暇でしたらどうぞ。とのことだ。
射命丸はあのフランクな神様を思い出す。二週間ほど前にも宴会を開いたばかりなのに。よっぽど集まって騒ぐのが好きなようだ。
もっとも、幻想郷に住む者はみんなそうだし、射命丸もその一人である。
参加させてもらいます。と言って、神社を離れる。いまからでも宴会は楽しみだ。




射命丸は家に到着した。既にあたりは明るくなっている。
ただいま。と言って扉を開け、靴を脱ぎ、中に入り、マフラーを外す。
肩にかけたカバンを壁に戻す。余った新聞はまとめて文机の上に置いておく。
そして代わりに、文花帖と愛用のカメラを手に取る。
カメラの紐を首にかけ、手帳をポケットに入れる。準備完了。
さあ、今日も元気にいきましょう。

カラス天狗、射命丸 文の一日は始まったばかりである。
テーマは「日常」です。
山田刑天
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コメント



0.770簡易評価
7.80奇声を発する程度の能力削除
穏やかでなんでも無い日常の1ページって感じが良かったです
8.80名前が無い程度の能力削除
雰囲気は好きだぜ
地底のメンツは新聞とってないのか