Coolier - 新生・東方創想話

人が好きな妖怪~河童、厄神、天狗、おっさん、吸血鬼、おっさん、おっさん~

2012/04/04 12:06:34
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紅魔館に住む、多くの‥‥否、ほとんどの‥‥全住人が、一日の内で最も楽しみにしている時間。
それは食事の時間だった。
今夜も、当主の吸血鬼から門番の妖怪。
魔女や妖精まで、皆一様にウキウキしながら食卓に着いていた。

「今日の当番って誰だっけ」
「忘れたの? メイド長よ」
「あ! そうだった! 失敗したなあ。おやつ食べなきゃよかった‥‥」
「ふふん、甘いわね。こっちは午後の仕事で、自ら重労働を志願して、お腹はペコペコ。今ならキロ単位で食べられるわ」

メイド達の会話からも、実に楽しげな雰囲気が伝わってくる。
これが有言実行なのが笑えないところではあるが。

「今日のメニューは何かしらね」
「さあ。でも、咲夜さんが作るなら、外れは万に一つもありませんよ」
「そうね」

レミリアが美鈴と会話を交わしていると、待ちに待った咲夜が現れた。

「お待たせしました。本日は、ハッシュドビーフ。それと、白いご飯を用意致しました」

要はハヤシライスである。
咲夜と手伝いのメイド数人がテーブルを回り、それぞれの食器へお米とルーを盛り付けて行く。
立ち昇る湯気と香りは、まさに幸せの予兆。
一度口に入れれば、悪魔の館なのに気分は天国である。

「さて、全員行き渡りましたか?」
『はーい』
「では、今日も美味しく楽しい最高の時間を始めましょう」
『いただきまーす!』

その言葉を合図に一斉に食べ始める一同。
当主が食事を終えてから、などという野暮な制約は無い。
勿論普段は、愛するレミリアやその妹フランドールを敬い、妖精の割には礼儀正しく振舞っている。
が、この時間だけは、皆一匹の妖精に戻る。
紅魔館の食卓は円卓。
これは即ち、食事中は上も下も関係無いという、紅魔館のポリシーを体現している。
流石に主人に対してタメ口だとか、そういう事ではないが、醤油を取ってもらう程度の事は平気で行われる。

「あら、お嬢様。体調が優れませんか?」

さて自分も‥‥とスプーンを持ったところで、咲夜は主人の表情に気が付く。
どうも、浮かない顔をしているように見えるのだ。

「ん、いやあ、別にどうって事は無いんだけれどもね。ちょっと今日のメニューが‥‥」
「ハヤシラ‥‥ハッシュドビーフは、お好きだったと記憶していますが」
「別にお洒落に言い直さなくていいわよ。勿論、好きよ? 美味しいし」
「では、一体何が?」
「‥‥アレよ」

レミリアが指差したのは、既に最初の一杯を食べ終え、お代わりに向かうメイドの列。

「ああ、二杯目からは自分でよそうんですよ。知りませんでした?」
「いや、知ってるけど。そういう事じゃなくて」

咲夜がもう一度レミリアの指先を視線で辿ると、その終着点は、先頭のメイド。
を、飛び越え、その先にある物体だった。

「ああ、鍋ですね。それが何か?」
「何か? じゃなくてさ。何あれ」
「ですから、鍋です。あの中に、ハッシュドビーフが入っています」
「メイド長ー、お代わり頂きますねー」
「どうぞー」

その瞬間、先頭のメイドが咲夜に確認し、そして。

「わーい」

ヒラリと空中へ舞い上がった。

1メーター。
2メーター。
3メーター。

そろそろ天井に頭をぶつけそうな頃に、メイドは、やっとお玉を使用した。

「‥‥あれさ、本来はどうやって使うの? 牛でも丸ごと煮るの?」

そう。
レミリアが見ていたのは、尋常じゃ無いほど巨大な、どうやって部屋に運んだのかわからないくらい巨大な鍋だったのだ。

「ああ、あれは特注です。仮に牛を丸ごと煮るなら、10頭は軽いですね」
「‥‥あれ、まさか今日一日で食い尽くすわけじゃないわよね?」
「まあ、お嬢様ったら。そんなわけがないじゃないですか」
「だよね?」
「厨房に同じ物が3つあるんですから、あの子達でも流石に無理ですわ」

口元を隠し、上品に笑う咲夜。
が、ここにきてレミリアは声を大にする。

「私が言いたいのは、まさにそこなの!」
「はあ。と、言いますと?」
「例えば、こないだカレーが出たでしょう?」
「はい。二週間ほど前でしたね」
「‥‥何日続いた?」
「はい?」
「何日の間、朝から晩までカレーばっかり食べてたかって聞いてるの!」
「まあ。嫌ですわ、お嬢様」
「何が」

これは心外とばかりの咲夜。
彼女は、こう言い放つ。

「3日目はハンバーグカレー。4日目はカレーうどん。5日目は目玉焼きカレー。6日目はカレーうどんだったじゃないですか」
「そういう問題じゃなくて! しかも、うどん2回も食べてるじゃないの! カレーうどんなんて、そんな短いスパンで食べる物じゃないでしょ!」
「はあ」

ついに声を荒げるレミリア。
それとは対照的に、よほどお腹が減っていたのか、自分の食事を始める咲夜。
主人が話しかけているのに、モグモグと口を動かすという、あんまりな光景である。

「それでだ」
「はい」
「今回もあれでしょ? 1週間分くらいあるんでしょ?」
「まあ、一応。あ、ですが、明日の朝食は、スパゲティにかけようかと」
「だから、問題はそうじゃなくて!」

一向に落ち付かないレミリアのテンション。
話している相手が、ほっぺたにお米を付けているのも、その一因である。

「ご飯にかけようが、麺にかけようが、ご飯を卵で包もうが、そう大きく変わらないでしょうが!」
「はあ」
「いくら美味しくても、飽きるのよ。もう少し、考えて献立を決めてほしいわ」
「‥‥‥‥」
「ねえパチェ。あなたもそう思わない?」

今まで相槌を打っていた咲夜の反応が無くなる。
これはチャンスとばかりに、レミリアは援軍を要請した。
が。

「わ、私!? 私は別に‥‥」
「え? じゃ、じゃあ美鈴!」
「いや、私も特に不満は‥‥」
「フ、フラン!」
「いや、あの‥‥これといって‥‥」

どうにもおかしい。
実は少し前、カレー責めが終わったその日に、4人で話していたのだ。
内容は、まさにレミリアが今言った通り。
つまりレミリアは、他の3人の意見も代弁した形なのだ。
それなのに、味方である筈の彼女等は、何とも素直に食事を続けている。
これはどうした事か?

その答えは、顔を咲夜の方に戻した時、明らかになった。

「‥‥‥‥」
「さ、咲夜?」

静かに。実に静かにだが、その瞳は確実に怒りを湛えていた。
そして、よく見てみると‥‥

「え!? ちょ、ちょっと‥‥あなた達、どうしたの?」

部屋にいるメイド、その全員が、咲夜と同じ目をレミリアに向けているのだ。
うろたえるレミリア。
如何に自分よりか弱い存在とはいえ、この人数に一度に睨まれれば、それは怖い。

「‥‥わかりました」
「え?」

小さな声で言いながら、咲夜は立ち上がる。
そして、レミリアの元へと歩み寄ると。

「文句があるなら、食べなくてよろしい!」
「ええ!?」

まだ手を付けていない食器を、ヒョイと取り上げてしまったのだ。

「ちょっと!」
「誰か、まだお腹に空きがある子はいる?」
「はーい。食べれまーす」
「じゃあ、これ食べちゃって頂戴。お皿片付けられないから」
「わかりました」
「ちょ‥‥それ私の‥‥」
「咲夜さま、これ、お肉少し変えました?」
「わかる? 普通のお肉の他に、挽き肉も混ぜてあるのよ」
「大成功ですよ。食感がいい感じです」
「あの‥‥」
「やーん、ローリエの葉っぱ噛んじゃったー」
「あら、取り切れてなかった? ごめんなさいね」

まるで、この場からレミリアの存在が消えてしまったかのように、楽しげに会話をしながら食事を続けるメイド達。
レミリアの分のハヤシライスは、ものの数分でお腹に収まってしまった。

「ふう、ご馳走様でした」
「美味しかったですー」
「お粗末様。さ、洗い物しちゃいましょうか」

彼女達は、満腹になると、呆然とするレミリアを放置し、ゾロゾロと部屋を出て行ってしまった。
その中には、咲夜も含まれる。

「‥‥え? これって‥‥どゆこと?」

レミリアは、他の3人に尋ねる。
あまりの急展開に、パチュリー達も食事を中断し、事の成り行きを見守っていたのだ。

「そうですねえ‥‥毎日毎日、頑張ってご飯を用意してくれてるのに、あんな風に言われたら、そりゃ怒りますよ」
「まあねえ‥‥レミィの配慮が足りなかったわね」
「あ、あなた達だって、私と同じ事言ってたじゃないの!」
「でも、メイドの子には聞かれてないもん」
「うう、お腹空いたよう‥‥ねえ、ちょっと分けて‥‥」

さっ

「‥‥美鈴。半分‥‥」

さっ

「フラン? ちょびっとだけでいいから‥‥」

さっ

「‥‥あんたら‥‥」

レミリアに背を向け、もくもくと食べる3人。
勿論、自分の取り分が減るのが嫌だというのもある。
しかし何より、レミリアは紅魔館のメイド、ほぼ全てを敵に回してしまった。
そのレミリアに味方をし、自分まで敵だと見なされてしまうのが恐ろしいのだ。

「‥‥わかったわよ! 薄情者どもめ! 貯蔵庫に行けば、パンの一切れや二切れあるでしょ!」

そう言って、レミリアは部屋を出て行く。
残された3人は、一瞬だけレミリアが可哀想になったが、すぐに美味しく食事を頂くのだった。






「ではでは、今日も一日お疲れ様でした!」
「かんぱーい」

人里の片隅。
人間のテリトリー、ギリギリに佇む一件の店。
その立地から、人間に紛れて、妖怪の客が来る事もある。
あまり大きくなく、小奇麗でも無いが、店内はそれなりに賑わっている。
客層は、中年以上の男性が多いようだ。
仕事を終えた後の、お楽しみなのかも知れない。
そんな中に、これから食事とお酒を楽しもうという、周りから少し浮いた一団があった。

「はい、お待ち。モロキュウはサービスね」
「わーい、嬉しい。ありがとう!」
「やっぱり、この季節はまだ、燗酒が美味しいわよね」
「やあやあ、遅れちゃって。まだ始まったばかりよね。何とか間に合った」
「いらっしゃい。注文は?」
「あ、オヤジさん。お久しぶりです。とりあえず、お酒お願いします。ぬるめで」

河童の河城にとり。
厄神、鍵山雛。
そして鴉天狗の射命丸文。

人間達に混ざって、テーブルに陣取るのは、この3人だった。

「遅かったけど、何かあったの?」
「いやあ、里に着いたと同時に、ちょっと面白い噂を耳にして。思わず取材へ」
「面白い噂?」
「なんでも、この近くの家に、件が現れたとかで」
「へえ!」
「何か予言でもしたかしら、と思って話を伺うと、これがもう」
「ガセだったのかしら?」
「丁度目の上に、眉毛みたいな毛が生えてて、鳴き声が「おはよーっ」に聞こえるっていう」
「あはははは!」
「ふふ、それじゃあ今頃、どこかに相棒がいるかもね」
「お待ちどう」
「あっと、ありがとうございます」
「今日手に入った酒でね。結構うまいぞ」
「へえ、楽しみですね。ちなみに銘柄は?」
「鬼殺し」
「ちょっと! 天狗の私に何て物を!」
「はっはっはっは」

妖怪にとって、人間は自らが世に留まるために必要な存在。
そのために、幻想郷に住む妖怪達は、人間と友好的な関係を築く者も多い。
だが、仮に何かの拍子に、人間の信仰や恐怖、血肉すら無くても、生きていける事になったらどうだろう。
もしかしたら、この地を去り、人間と関わらずに暮らしていく者もいるかも知れない。

だが、この場にいる彼女達に限ってそれは無い。
集まったこの3人は、幻想郷に暮らす妖怪の中でも特に、人間と古くから近しい間柄にあった種族。
一部の人間達からは、信仰の対象とすらなっている。
他には、狐や鬼辺りも、似たような立場にあるようだ。
それ故、彼女らは人の暮らしを見守り、時には助け舟を出す事もある。

要は、人間が好きな妖怪であった。
だからこそ、わざわざ人間の縄張りまで出向いて酒を飲むのだ。
にとりは、人見知りを乗り越えて、店主と仲良くなるほどに。
雛は、この日に備えてわざわざ身を清め、貯め込んだ厄で人に迷惑をかけないようにして。
文は、天狗の集会よりも、こちらを優先して。

「やっぱりさあ、食べ物は人間が作った物に限るよね」
「本当。私もう、昨日から天ぷらが食べたくて食べたくて」
「どこかの屋台みたいに、妖怪がやってる店もあるけれど‥‥何て言うか、手のかけ方が違うのよね」

単に、美味しい物が食べたいだけという可能性も捨て切れない。

「では、全員揃ったところで改めて‥‥」
『かんぱーい!』






レミリアは、食品の貯蔵庫へとやって来ていた。

「ワインでも飲んで、お腹を満たそうかしら。‥‥いや、今、私の胃は空っぽ。ワインなんて流し込んだら、多分死ぬ。それに、あれには絶対チーズが必要よ。マリアージュ的に考えて」

見付からないように歩いていると、ようやく目的の場所に辿り着いた。

「まったく‥‥なんで自分の家で、ひもじい思いをしなきゃならないのよ‥‥」

ぶつぶつと文句を言いながら、扉へ手をかけたその瞬間だった。

「お嬢さま、困ります。食材は、先の分まで計算して用意してあるので」
「勝手に食べられてしまっては、予定が狂ってしまいます」

不意に背後から聞こえる声。
そして、浴びせられた気迫に、レミリアはその場から大きく飛び退く。

「げっ! あ、あなた達は!」
「どうしても、その部屋に立ち入ると仰るならば」
「私達を倒してからにして頂きましょう」
「ど、どうしてこんなところに‥‥」

レミリアを真正面から見据え、仁王立ちする二つの影。
その正体は、紅魔館に仕える妖精の中に数名いる、特に大きな力を持つ者。
所謂、大妖精と括られる存在の二人だった。
しかし、この二人は本来、美鈴と同じく門を守る立場にある、外勤の担当。
美鈴の不在時に、代わってリーダー役を務める、紅魔館防衛の要。
人呼んで‥‥

『ダブルドラゴン姉妹と呼ばれる、私達をね!』

かっこいいポーズで身構える二人。
少し悦に入っているようだ。

「ちょっと! 美鈴は今食堂にいるのよ? あんたら、持ち場離れてて、咲夜に叱られるわよ?」
「その咲夜さまの頼みです」
「貯蔵庫に現れるであろう、ネズミ狩りをするようにと」
「ネ、ネズミ?」
「頭の青い、大きなネズミです」
「些細なミスでご飯を食いっぱぐれ、お腹を減らしている、可哀想なネズミです」
「‥‥‥‥」
「とにかく、申し訳ありませんが、ここに入れる事は出来ません」
「私達にこの仕事を頼みに来た咲夜さま、ガチで怖かったんで」
「咲夜さま以外にも、内勤の子が殺気ピリピリだったんで」
「ああ‥‥」

その言葉に、レミリアは食堂での光景を思い出す。
吸血鬼の自分でさえ、怯んでしまったあの雰囲気。
この二人が断れないのも無理は無い。

「‥‥わかったわ。あーん、お腹空いたよお」
「‥‥お嬢さま、こちらを」

辺りを警戒した後、ダブルドラゴン姉妹の片割れが、レミリアに何かを差し出す。

「これは‥‥」
「すみません。人目を忍んで持ち出すには、これが精一杯でした」
「あなた達‥‥」

渡された物。
それは、小ビンに詰められた、血液だった。
レミリアがいかに小食とは言え、全く足りない量。
だが、渡された物よりも、その気持ちが嬉しかった。

「ありがとう。これで飢え死にしなくて済むわ」
「強がりはよして下さい」
「吸血鬼とはいえ、血だけを飲んで満足出来る筈がありません」

その言葉は真実だった。
ただ生きていくためには、血液さえ啜っていれば、何の問題も無いかも知れない。
しかしそれでは、我々が毎日、栄養補助食品だけで生活するようなもの。
食事の重要な面‥‥精神面は満たされないのだ。
人はパンのみで生きるに非ず。
ジャムとか卵とか、ウィンナーとかも食べて生きたいのだ。

「‥‥お嬢さま、我々は今から、二人だけの秘密の会話をします」
「ただし、我々は人よりも声が大きいので、聞かないでいてくれれば助かるのですが」
「え? うん、いいよ」

そう言って、レミリアは耳を塞いだ。

「‥‥ちょっと。何やってんすか」
「なんで本当に聞いてないんすか」
「え、何?」
「もういいです。耳から手をどけて下さい」
「ん? 今なんて?」
「ちぇい!」

苛立った姉妹は、レミリアの手を払い除けた。

「さて‥‥あー、妹よ。私達はぁ、大変なミスをぉ、おかしてしまったぞー」
「えー? 姉さん、それはどんな事ぉ?」
「‥‥あ、そういう事ね」

わざとらしい棒読みに、レミリアは漸く、二人の意図に気が付いた。

「ここに来る前にぃ、他の子に門番の仕事を引き継ぐのをぉ、忘れてしまったぁ」
「まあ大変。それじゃあ、外から入ってくる人にも‥‥中から出て行く人にも! 誰も気が付かないじゃなぁい」
「困ったなぁ」

チラッ

二人は、レミリアに視線を向ける。
指で大きく丸を作っている主人を見るに、ここまでは理解して貰えたようだ。

「それになんと、部屋に財布を忘れてきてしまったぁ」
「まあ、私も忘れてきてしまったわ」
「三階の角部屋の私達の部屋にある、タンスの一番上の段に、財布を忘れてしまうとは、不覚だなぁ」
「そうねえ。二人合わせて軽く一回分の飲食代くらいにはなる金額の入った財布を、忘れてしまうなんてねぇ」
「それに、部屋の鍵もかけ忘れてしまったぞぉ」
「まあ大変。もしも誰かが部屋に入って財布を見付けて、外にご飯を食べに行ったりしたらどうしましょ~」
「そうだなぁ。人里の外れにある、人外でも割と気軽に行ける、お酒とご飯の美味しい店なんかに行かれたら、困ってしまうなぁ~」

チラッ

再度、レミリアの顔を確認する二人。
が、そこには先ほどと違い、驚きを隠せていない主人の顔があった。

「あなた達‥‥」
「これも二人だけの会話なのですが‥‥」
「我々は、お嬢さまの助けになるのが、生き甲斐なんですよ」

そう言いながら、二人はレミリアから視線を外し、扉に背を預ける。
どうやら、話はここまでという事らしい。
レミリアは、抑えきれず目に溜まった涙を拭い、二人に背を向けた。

「‥‥これは私の独り言なんだけど‥‥私は、受けた恩を決して忘れない。それから最近、極上のワインを手に入れたの。滅多に手に入らない品なんだけど、一人で飲むには勿体なくて‥‥晩酌の相手を探さないとね。二人くらいいてくれれば嬉しいわ」
「‥‥独り言ですが、至極光栄です」
「私も独り言ですが、明日の夜は非番です」
「ふふ‥‥」
「えへへ」

こうして、各々が大きな独り言を言い終え、三人は分かれるのだった。



「‥‥だって、ねえ」
「私達だって‥‥三日連続が、美味しく食べられる限度よね」
「デミグラスソースで溺れる夢見そう‥‥」

二人がレミリアに救いの手を差し伸べたのは、仲間意識によるところも大きかったのだ。






「それが、私の記事を切り抜いて、貼ってくれてたの! もう、泣いちゃうかと思ったわ」
「あはは。そんなオーバーな」
「むむ。じゃあ二人は、何か無いの? こう‥‥やっててよかったなーって事は」
「んー‥‥」
「あ、私はね、やっててよかったって言うのとは違うけれど、ちょっと変わった話ならあるわよ」

いい感じに酒が回り、舌も回るようになってきた三人。
今は、人間と関わった時の話題で盛り上がっているらしい。

「私、厄を集めるじゃない? だから、結構避けられたりもするんだけど」
「うん」
「こないだ‥‥一月くらい前かな。私にわざわざ会いに来た人がいて」
「へえ」
「どうも、最近すこぶるツイてないって。もしかしたら、何か悪い物が憑いてるんじゃないかって。‥‥何か憑いててツイてないんじゃないかって」
「よし、この話は終わりにしましょうか」
「ごめんごめん。で、頼って来たらしいのよ。私を。わざわざ私を」
「よかったじゃん」
「そうなのよ。もー、嬉しくなっちゃって。すぐ引き受けたのね」
「何か憑いてたの?」

にとりの質問に、雛は大げさに首を振る。

「憑いてるも憑いてないも‥‥もう、入道雲みたいな厄が」
「うわあ」
「よく生きてたね」
「後ほんの少しでも遅かったら、大事になってたわね。それで、すぐに厄を引き取ったんだけど」
「うん」
「もう、量が多すぎて、時間がかかるのよこれが」
「そうよねえ」
「で、朝から始めたんだけど、全ての厄が私の方に移ったのが、昼過ぎなの」
「ひゃー」
「それで、別れたんだけどね。「なんか、体が軽くなった気がします」って言って。そりゃそうよね」
「あっはっは」
「で、話はこれからなんだけどね」
「まだ何かあったの?」
「あんまり凄いのを貰っちゃったから、すぐに浄化しに行ったのね? で、ある神様に厄を引き取ってもらって、さあ帰りましょうって思ったんだけど」
「けど?」
「川のほとりに、さっきの男の人がいるのよ」
「また会えたんだ」
「で、別れたのがお昼くらい。その時が夕方だったんだけど‥‥」

雛が、お猪口を呷る。
話のオチが近いようだ。

「また会いましたね~って言おうと思って近付いたら‥‥憑いてんの。厄が」
「ええええ!」
「払ったのに!? ちょっと前に払ったのに!?」
「そうなのよ。もー、ビックリしちゃって。こう、全部合わせたら、スイカくらいの大きさになるくらいに」
「結構大きい!」
「もう、慌てた慌てた。すぐ声をかけて、もう一回厄を引き寄せて」
「うん」
「で、しばらく様子を見る事にしたの。不安だったし」
「うん」
「そしたらね? 寄ってくるの。厄が。あの人に向かって。ザザザザ‥‥って」
「うわあああ。今、ちょっと鳥肌立った」
「何なんでしょうね。体質?」
「体質‥‥っていうより、あれもう、呪いか何かのレベルよ。本当に」
「呪い? ‥‥呪い」
「で、今は定期的に会って、厄を‥‥どうしたの?」

呪いという言葉に反応し、何かを考える文。
そして、確かめるようにこう言った。

「その人って、背が高めの、アゴ髭を生やした人だったり‥‥」
「え? そうそう! どうして知ってるの?」
「いや、その‥‥前に一回、会った事あるわ。その人」
「へえ」
「世間は狭いわね」
「で、その時聞いたんだけれど‥‥昔、森で迷って、食べる物も尽きて‥‥」
「うん」
「その‥‥捕まえて、食べちゃったんですって」
「‥‥何を?」
「‥‥白蛇」
「うっそでしょ!?」
「まずいじゃないの!」

ガタンと音を立てながら身を乗り出し、更に大声まで出してしまった。
店中の視線が集まるのを感じ、恥ずかしそうに頭を下げる三人。

「‥‥で、それ本当?」
「うん。信心深い人で。結構深刻に話してたから覚えてるわ。」
「うわー、ひくわー‥‥ひくわー! 荷が重いよー!」
「でも、直接呪い殺すタイプじゃなくてよかったわね」
「う。ええ、まあ‥‥」
「それに、考えようによってはさ」
「ん?」
「呪いが解けるまで、その人、雛に会いに来るんだよね? 頼りにして」
「あ」
「‥‥ちょっと羨ましくない?」
「‥‥たしかに、少し」
「え、えへへ‥‥そうかな」
「それに、仮にその白蛇が神様とかで、もし本当にまずくなりそうだったら」
「何か案があるの?」

雛の質問に、文は頷く。

「その神様を上手く唆して、おっきい異変を起こさせるの」
「唆す?」
「例えば‥‥あなたの恨みを晴らすには、人間全てを恐怖に陥れなければ、とか言って」
「ああ、なるほど。そうしたら‥‥」
「博麗の巫女が動く」
「そっか。じゃあ問題ないね」

こうして、雛の目下の悩みは、多少解決した。
博麗霊夢さまさまである。






「えーと、角部屋だったわね。‥‥よし、誰もいない」

二人の忠臣と別れたレミリアは、教えられた部屋へとやって来ていた。
ノブに手を掛けると、確かに鍵はかかっておらず、扉は素直に開いた。

「で、タンスの‥‥一番上、っと。‥‥何か私、完全に泥棒みたい」

レミリアがタンスを覗き込むと、そこには可愛らしい財布がちょこんと乗っかっていた。

「あった! えーと、ひのふの‥‥うん。これだけあれば、美味しい物食べられるわね。少し増やして返すからね」

ダブルドラゴン姉妹の顔が頭に思い浮かんだ時、部屋の外から誰かの足音が聞こえてきた。

「まずい。グズグズしていられないわね‥‥よいしょ」

レミリアは窓開け、夜空へと飛び立った。






「あ、そういえばさ、私達って一部の人から、水の神様だって言われてて」
「うん」
「夏とかに、日照りが続くでしょ? そうすると、結構、お供え物とか置いてあったりするんだよね」
「へえ、いいなー」
「でもまあ、その分頑張らなきゃいけないし、大変だったりするんだけどね。こう、雨乞い的なものを」
「そんなの出来るの?」
「まあ、一応河童だし」
「へえ‥‥で、お供えって、何貰うの? やっぱりキュウリ?」
「うん、そうなんだけどさ‥‥」

途中まで言い掛けたにとりが、口を噤む。

「何? どうしたのよ?」
「あのさ‥‥いや、やっぱやめとく」
「何よ、そこまで言ったのにやめるなんて、気持ち悪いじゃない」
「そうよそうよ」
「うー‥‥じゃあ言うけど‥‥これ、あくまでも、一瞬、ほんのちょっぴり思っただけだからね!?」
「わかったわかった」
「あのさ‥‥こう‥‥河童だからって、何もキュウリばっかり食べてるわけじゃ‥‥」
「‥‥は?」
「たまにはこう‥‥他の作物とか、動物的な感じのとか‥‥」
「はあああ!?」
「え、何。お供え物って時点で羨ましいのに、その品物に文句言うわけ?」
「いやいやいや! 違‥‥文句とかじゃ‥‥」
「ひくわー。鍵山、本日二度目のドン引き。内容的には一番のドン引き」
「アウト。これはもう完全にアウトですよにとりさん」
「にとりさんって‥‥」
「いやあ、わざわざ持って来てくれるお供え物に注文付けるなんて、河童さんは大妖怪ですよ」
「いやいやいやいや! だから違うって! もう、お供えとか本当に有り難いから!」
「またまた」
「本当だってば! 初めて見た時なんて、ちょっと涙出ちゃったもん!」
「‥‥しかし今は、キュウリ如きでは動じないにとりさんなのであった」
「もー! 違うって! 何さ! 言えって言うから言ったのに! もー!」

肩を震わせ、目元が薄らと濡れているにとり。
本気で泣きそうだと悟った二人は、慌てて場を取り繕う。

「うそうそ。わかってるって」
「ね。ちょっと手を合わせてくれたりしただけで、嬉しいものね」
「‥‥からかったな」
「てへ」

そんな会話をしている時だった。

カランコロンカランと鈴の音が鳴り、扉が開く。

「らっしゃーせー」
「あれ? 混んでるなあ。二人なんだけど」
「あー、今は満席でして‥‥」

入って来たのは、二人連れの男性客だった。
いつの間にか、席は満席。
にぎやかさもピークとなっていた。

「‥‥あの」
「はい?」
「合い席でよければ、少し詰めますけど」

店員に提案したのは、文だった。

「ちょ、ちょっと文! 何を‥‥」
「だってここ、本当は六人くらい座れそうな席だし‥‥私達だってまだまだ居座るから、譲れないし」
「でも‥‥」

会った事話した事も無い人間と、至近距離に。
にとりにとっては、非常に困る展開であった。

「あの‥‥無理せんで下さい。俺らはまた今度って事で‥‥」
「ひゅい!? あ、その! なんていうか!」

雰囲気を察し、遠慮する男。
いきなり声をかけられ、パニックになるにとり。
口から出た答えは、こうだった。

「私達妖怪ですけど、それでよければ!」
「へえ! 妖怪!」
「妖怪でもこんな店に来るのか」
「え、えへへ! この店に何かようかい!? なんて! なん‥て‥」
思いの外食い付いてくる男達。
注目を浴びたにとりは、勢いよく発言し、勢いよく滑った。

「ま、まあ、そっちがいいって言うなら‥‥」
「世話になるか‥‥」

こうして、世にも奇妙なテーブルが出来あがったのである。






しばらくの間、レミリアは夜空を右往左往していた。
里の外れとは聞いていたが、具体的な場所は全く知らなかったのだ。
それらしき建物を見付けてはこっそり近寄り、そして飛び去る。
そんな事を繰り返している内に、やっと目的の場所に辿り着く事が出来た。

「あ、あった! ここね!‥‥居酒屋、ってやつかしら」

実はレミリアには、こういった大衆酒場へ行った経験が無かった。
当たり前な気もするが。
が、躊躇している暇は無い。
こうしている間にも、胃は自らの分泌液で自らを溶かしているのだ。
レミリアは意を決し、引き戸に手をかけた。

カランコロンカラン

「らっしゃいませー。待ち合わせでしょうか?」
「い、いえ。一人なのだけど‥‥」
「お一人様ですか‥‥ただいま、席が埋まってしまっておりまして」
「え!?」

言われてから店内を見回すと、確かにどこのスペースも大勢の客で賑わっている。
レミリアは、がっくりと肩を落とした。

「はあ‥‥わかったわ。どこかこの辺で、妖怪でも食べ物を買える場所、無いかしら」
「妖怪だって?」

レミリアの質問に反応したのは、店員では無かった。

「お嬢ちゃん、妖怪なのか?」
「え、ええ」
「じゃあ、あんたらの知り合いかい?」
「え?‥‥知らない」
「あら?‥‥知らないわね」
「どれどれ?‥‥知ってる! レミリアさん!」

入口に背を向ける形で座っていた三人が次々に振り向く。
そして、三人目の文が驚きの声をあげた。

「しゃ、射命丸文! どうしてこんなところに?」
「何でフルネームで呼ぶんですか。それはこっちのセリフですよ」
「やっぱり知り合いか。困ってるようだし、ここに呼んでやったらどうだい?」
「え? いいんですか?」
「俺達だって、譲って貰ったんだ。文句は無いさ。なあ?」
「おう。嬢ちゃん、こっち来いこっち」

大衆飲み屋も初めてだが、知らない男に手招きされるというのも初めてだった。
それも、妖怪と知った上で。

「い、いいのかしら?」

遠慮と警戒の混じった感情を抱くレミリアだが、この機を逃す余裕は無い。
既に、鳩尾辺りが胃液で溶けてきている気がするのだ。
が、せめてもう一度くらい確かめておいた方がいいだろう。

「本当にいいの? 私、妖怪よ?」
「何を今更」

言われて気付いたが、一枚の大皿に五枚の小皿。
どうやら既に、人間と妖怪が料理を分けて食べる程度の空間になっているようだ。

「けど‥‥その子達と違って、私は悪魔‥‥吸血鬼よ?」
「吸血鬼!?」

そう、吸血鬼といえば、過去に大きな事件を起こし、幻想郷では有名だ。
悪名高いとも言えるかも知れない。
それに、レミリア自身も以前に異変を起こした事がある。
警戒されても無理は無いだろう。

「吸血鬼だってよ」
「へえ、初めて見た。やっぱりあれか? 血を吸われたら、しばらく痒くなったり‥‥」
「いやいやいや、人を虫みたいに言わないでもらえる?」
「あ、お前最近、膝に水が溜まるって言ってたな。この際‥‥」
「いやいやいやいや、無理。そういうのは無理」

どうやら居座っても問題無い。
レミリアは、早くもそう判断した。

「ご注文は?」
「え? ええと‥‥この店には何があるのかしら‥‥まあいいわ。何か、早く出来て美味しい物を。なるべく早く。そろそろ死にそう」
「合点承知。じゃあ大急ぎで」

席に落ち付き、店に漂ういい香りを嗅ぐと、胃袋が倍速で食べ物を求め始めた。
そして、盛大に叫びをあげた。

「あっ‥‥」
「はははは! なんだ、そんなに腹ペコなのか。これでも食って待ってな」

そう言って男が渡したのは、先ほど来たばかりの鶏の唐揚げだった。

「え! いいの? いいのかしら?」

口から出る言葉は質問だが、答えを待つより早く、レミリアの手は動いていた。

「‥‥美味しい‥‥生き返るわあ」
「ここの唐揚げは、絶品ですからね。どれ、私も一つ‥‥」
「え?」
「え?」
「え?」

レミリアと、男二人から疑問の声があがる。

「へ? 何か?」
「あんた、鴉天狗って言ってなかったか?‥‥唐揚げ食うの?」
「‥‥共食い?」
「いやいや、だって、カラスですよ? そりゃあ鶏くらい食べますよ」
「ん? あ、うん‥‥んん?」
「ほら、他にも鷹だって鷲だって、他の鳥を食べるじゃないですか」
「ああ、確かに」
「そう言われると納得だな」
「でしょう? それに‥‥人間だって、己の欲望のために、他者を食い殺すじゃないですか」
『‥‥‥‥』
「‥‥あれ?」

訪れる沈黙。

「‥‥文、それ、かっこいい事言ったつもり?」
「だとしたら、センスを疑うわ」
「そりゃ新聞も人気出ないわ」
「ひどい!」
「ははははは」

文が不本意ながら場に笑いを提供していると、にとりが隣の男に話しかける。

「ねえねえ! それで、さっきの続きだけど‥‥」
「ん? ああ、ボルトだかナットだか知らんが、形さえわかれば作れると思うぞ」
「本当!? じゃあ、今度見本持って、行ってもいい?」

数十分前まで、あれだけパニックに陥っていたにとりが、今では平気で話をしている。
この理由は、自己紹介にあった。






「ええ、では改めまして。私は鴉天狗の射命丸。射命丸文です」
「ん?‥‥なんか聞いた事が‥‥いや見た事があるような」
「これはお目が高い! 私、新聞を発行しておりまして。恐らくそのせいでしょう」
「‥‥あ、すまん。気のせいだった」
「なんですと!?」
「私は、厄神の鍵山雛。人々の厄を自分の周りに集める事が出来るわ」
「厄?」
「そう、厄。厄払いってあるでしょう? あの厄」
「へえ、じゃあ、大変なんじゃないのか?」
「大丈夫。私は影響を受けないわ。けれど、周りに対してはその限りじゃないの。もしもどこかで私を見かけたら、あまり近付かない方が‥‥」

わざと人間を遠ざけるような事を言う雛。
これは、相手の事を思っての事だった。
が。

「お、厄ってこれか?」
「え? キャアアア! な、何してるの!」

清め切れず、僅かに雛の周りを漂っていた厄。
それを男の一人が、あろう事か、むんずと掴んでしまったのだ。

「ん? なんだ、掴めねえや。消えちまった」
「ああああ! 厄が‥‥あなたの中に入っちゃったじゃないの! 待ってて! すぐに‥‥」
「あっち! なんだ!? 結構前に来た筈の、揚げだし豆腐で、舌を火傷しちまった」
「これ、とろみ付き過ぎだろ。だから冷めねえんだよ」
「ああ、そうか。‥‥え? 厄、って‥‥こんな感じ?」
「え、いや‥‥今のは残りかすみたいな厄だったから‥‥」

雛が回収するまでも無く、男は舌に軽い火傷を負っただけで済んだ。
これが、予想外の方向へ転がっていく。

「じゃあ、もっと凄いやつもあるのか‥‥そりゃ怖いな」
「ははは。なんだ? ビビってるのか?」
「あん? バカかお前。誰がそんなもんで。お前こそ、腰抜けって評判だろうが」
「なんだと? じゃあ、どっちがすげえ厄を我慢出来るか決めようぜ」
「おもしれえ。受けて立ってやろうじゃねえか」
「え? え? 何? 二人とも、何言ってるの?」
「と、言うわけで厄神様」
「はい?」
「今度会いに行くからよ。それまでに、凄いの貯めておいてくれよ」
「え、何それ」
「もっとこう‥‥度胸試しに使えるようなのを」
「いやいやいや、それはちょっと」
「よーし決まりだ! 今度の休みに、二人で行こうぜ!」
「おう! 逃げるなよ!」
「もしもーし?」

こうして雛は、厄が周囲に浮いていても会える友人(?)を得る事が出来た。

「わ、私はその‥‥河童の‥‥河城‥‥」
「‥‥このお嬢ちゃん、どうしたんだ?」
「にとりは、人と打ち解けるのが少し遅いんですよ。気にしないで下さい」
「そうかい。じゃ、その間にこっちから‥‥俺はこの近くで、魚屋をやってるんだ。もし何かあったら、寄ってみてくれよ」
「へえ、お魚屋さんなの」
「‥‥そういや、河童って水の中に棲んでるんだよな。‥‥開きにしたら食えないかな」
「ひゅい!?」
「おい馬鹿。怖がってんじゃねえか」
「ははははは」
「俺は鍛冶屋をやってんだ。何か買うなら安く‥‥って言っても、妖怪の女の子にゃあんまり縁は無いか」

鍛冶屋。
その言葉に、にとりが反応した。

「か、鍛冶屋って‥‥金属で何か作ったりする感じの‥‥」
「そう。その鍛冶屋だ」
「じゃ、じゃあ‥‥もしお願いしたら、作ってくれたり?」
「物によるがな」
「本当!? 私、河城にとり! 今ね、今ね! ボルトとナットが足りなくて、困ってるの!」
「ぼ、ぼると?‥‥納豆?」
「納豆じゃなくて、ナット! こうね、こうやってね、クルクル回して、締め付けて使うの!」
「み、見た事が無いからわからんが‥‥出来ない事は無いんじゃねえか?」
「本当!? やったー!」

にとりは、こうして男達と打ち解ける事が出来たのだ。






「それじゃ、今度実物持って遊びに行くから! 約束だよ!」
「わかったわかった」
「お待たせしました。こちら、吸血鬼のお嬢さんご注文の、ニラ玉です」
「にら‥‥たま?」
「知らないんですか? ニラと卵を醤油で煮たお惣菜ですよ」
「初めて見るわね。‥‥まあいいわ。いただきます」

箸で少量つまみ、口へ放り込む。
その瞬間、男の一人が慌てたように声を出した。

「あっ! ちょっと待った!」
「え、何? もう食べちゃったわよ。結構美味しいわね」
「お嬢ちゃん、吸血鬼だろ?」
「ええ」
「ニンニクがダメなんだから、ニラも危ないんじゃないか?」
「え?」
「あ」
「あ」
「‥‥‥‥」

その場にいる全員が息を飲んだ。
吸血鬼がニンニクを食べたらどうなるのかは知らないし、ニラでも効き目があるのかもわからない。
けれど、もし目の前で霧散していったりしたらどうしよう。
楽しい酒の席は、一瞬でお通夜のような空間になるだろう。
十秒、二十秒‥‥
時が流れるが、レミリアの体に変化は無い。

「‥‥大丈夫みたい」
「よかったあ‥‥」

全員が安堵の溜め息を吐く。
一瞬で、この場に連帯感が生まれた気がした。






「それでさ、私が今作っているのは、全自動で板を切れるノコギリなの」
「へえ、そいつは便利そうだな」
「完成したら、一番にプレゼントするよ!」
「それも嬉しいが、もっとこう‥‥かっこいいのは無いのか?」
「かっこいい?」
「何て言うんだろうな。こう‥‥普段は小さく納まってて、使う時には、ガションガションと変形するような」
「!!」
「どうした?」
「それ、いい! すっごくいい!」
「だろ!?」


「最近、命名決闘法とかいうのが流行ってるだろ?」
「はい。スペルカードルールとか、弾幕とか呼ばれてます」
「一回見た事あるが‥‥あれ、楽しいのか?」
「そうですね‥‥私達は楽しんでますが、男性の方には、些か物足りないかも知れないですね」
「だよなあ」
「ちなみに、もしも参加するとしたら、どんな名前のカードにしたいですか?」
「ん? うーん‥‥殴符「ウルトラパンチ」とかどうだ?」
「え‥‥」
「じゃあ俺は、そうだな‥‥獄殺「スーパー破壊光線」だな!」
「絶対に参加しないで下さい。お願いします」


「雛人形か‥‥最近、しまいっ放しだな」
「娘さんがいるの?」
「ああ。息子もいてな‥‥これが、ヤンチャな奴で」
「へえ、元気でいいじゃない」
「その雛人形も‥‥あ、いや。なんでもない」
「何? 何かあったの?」
「いや、あんたに言うのはちょっと‥‥」
「大丈夫よ。言ってみなさいよ」
「‥‥雛人形を使って戦いごっこをやってて、見事に首が折れた」
「ぎゃあ! なんて事を!」
「ああ、男の子はやるよな。俺も昔、姉貴の持ってた人形をザリガニと戦わせて‥‥」
「ももも、もういい! 聞きたくない!」



「なあ、吸血鬼ってよ‥‥」
「‥‥ああ、俺もそう思ってた」
「何よ。男の内緒話は好かれないわよ?」
「んー、じゃあ言うが‥‥怒るなよ?」
「怒らないわよ」
「吸血鬼って、もっとこう‥‥ボインちゃんかと思ってた」
「俺も。ボン キュッ ボン! な」
「うがあ!」
「怒ってるじゃねえか!」






こうして、レミリアにとって初めての‥‥否、他の者にとっても、これだけ別の種族と共に楽しんだ夜は初めてかも知れない。
彼女達の中で、霊夢や咲夜は、まともな人間に含まれないのだ。
とにかく、時間はあっという間に過ぎていった。
そんな中、レミリアは気が付いた事がある。
皆で話しながら食べた、数々の料理。
中には、非常に質素で、簡単な物も多く含まれていた。
しかし、そのどれもが、咲夜の拵えた料理と肩を並べるほどに美味しかったのだ。
レミリアは、こんな事を尋ねた。

「ねえ、ここの料理‥‥例えばこれ。豚肉を塩で焼いただけなのに、どうしてこんなに美味しいのかしら。何か秘密はあるのかしら」
「あん? だってよオヤジ。秘密はあんのか?」
「秘密? そうだな‥‥さっき便所に行って、手を洗わなかったからかな」
「ぶーっ!」

勢いよく放たれる肉の弾幕。
これが異変中ならば、レミリアの正面に座っている男は、残機を一つ失っていたところだ。
もしくは、殴符「ウルトラパンチ」で切り抜けるかも知れない。

「はっはっは! 冗談だよ」
「悪質な冗談はよして頂戴!」
「秘密か‥‥強いて言うなら、この場所に店を作った事かな」
「は?」
「こんな店に来るのは、騒がしい馬鹿ばっかりだ。そんな連中と一緒に飯を食ってみろ。美味いに決まってるじゃないか」
「それって‥‥」
「楽しく食う飯は美味い。騒ぎながら飲む酒は美味い。それが秘密だろうな」
「あ‥‥」
「そうだそうだ。こんなもん、家に持って帰って一人で食ってみろ。クソほども美味くないぜ」
「もう! 物を食べる場所でクソとか言うの、やめてもらえませんか!」
「そうだそうだ! 人がモロキュウ食べてるのに!」
「ちょっとにとり! やめてよ!」
「あっはっはっは!」

場が、割と最低な会話で盛り上がる。
その様子に溜め息を吐きながら、店主はもう一つ付け加える。

「それから、こういう風に、皆が楽しそうに飯を食うのを想像しながら作る。それが一番の秘密かもな」
店主の言葉に、レミリアはハッとする。
そうか。
そうだったのか。
紅魔館で食べる食事が、いつも美味しい理由。
皆で笑い合いながら囲む食卓。
咲夜を始めとするメイド達が頭を悩ませ、それでも、皆に美味しい物を食べさせようと頑張ってくれる。
それが、いつも食事を楽しみにしている理由だったのだ。

「さあさあ、店はまだ開けといてやるが、そろそろ勘定してくれ。酔い潰れられたら、面倒で敵わんからな」
「はいよ」
「ごちそうさん」

その声に、男二人はさっさと支払いを済ませる。
自分達の請求より少しだけ多く払ったのは、男としての意地だろうか。
レミリアも、借りている金で支払いを済ませる。

「さて天狗さん。あんたは今日どうする?」
「こんなところでどうでしょうか」

そう言うと、文は懐から何枚かの写真を取り出した。

「ふーむ、霧の湖に‥‥ここは?」
「早朝の守矢神社です。なかなか神秘的でしょう?」
「折角なら、もう少し空から撮って欲しかったがな」
「あやや、これは手厳しい。では、不足分はツケにしておいて下さい」

文が渡したのは風景写真だった。

「今の、何してたの?」
「私は店主さんの提案で、現金の代わりに写真を撮って来て、渡す事にしてるんです。普通の人間では見る事の出来ない、天狗ならではの目線からのを」
「へえ」
「厄神様は、こないだ甥っ子の厄払いを済ませてもらったからな。次回も頼むぞ」
「はーい」
「河童は‥‥」
「ふふふ、今日は凄いのを持ってきたよ! これなら、三回くらいタダで飲み食いできるね!」

そう言うと、にとりはリュックサックを開く。

「じゃーん! にとり式、全自動貧乏削りマシーン! これさえあれば、あなたの鉛筆も楽々両側仕様に‥‥」
「よし、ツケな」
「ひゅい!?」

にとりのツケが、五回分貯まった瞬間である。

「今度変な物持って来たら、帽子引っぺがして炎天下に半日晒すからな」
「そ、それだけはご勘弁を!」
「河童の干物か。脂がのってそうだから、塩はきつめだな」
「ぎゃあ! やっぱり人間こわい!」

再び騒がしくなった一同に、満足気に笑う店主。
そんな彼に、レミリアは尋ねた。

「ねえ」
「ん?」
「もしも‥‥丹精込めて作った料理が、飽きたとか言われたら‥‥どうする?」
「こめかみに拳を叩き込む」
「ですよねー」

レミリアは乾いた笑みを浮かべる。
メイド全員分のテンプルパンチ‥‥果たして、自分の脳は堪え切ってくれるだろうか。

「で、その後には勉強だな。次こそは、グウの音も出ないような美味い物を食わせてやれるように」
「そう‥‥」

咲夜達は、今頃どうしているだろう。
もしかしたら、自分の我儘を重く受け止め、もっともっと美味しい物をと努力しているかも知れない。

「おい、吸血鬼のお嬢ちゃん。いつまでもぼんやりしてないで、もっと飲めよ」
「もう支払いは済ませちゃったんだから、残したら損するわよ」
「ははは、違いねえや」

不思議な宴は、まだまだ続く。
今はこの混沌とした空間を楽しもう。
そして、帰ったら皆に謝ろう。
許してもらえたら、二日酔いの胃に、美味しいハヤシライスを詰め込むのだ。
店主「一週間は続きすぎだろ」
レミリア「えっ?」

頭に浮かんでた二つの話が、いい具合に一つに混ざりそうな気がしたんで頑張ってみました。
別の場面から始まって、最終的に一つに交わる感じが好きなんです。

作りすぎたシチューを泣きながら食べてる時に、レミリアの方の話を思い付きました。
レミリアが悪いみたいに書いてますが、ハヤシライス一週間とか地獄だと思います。
なんでああいうのって、作りすぎちゃうんでしょう。

にとり達の方は、いつも通りの、人間と妖怪を絡ませたい病です。

女の子同士のキャッキャとおっさんが定期的に書きたくなって困ります。
いつか、おっさんの集団の中でキャッキャする誰かの話とかが思い浮かぶかも知れません。
ブリッツェン
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コメント



0.3750簡易評価
1.100黄十字削除
前回荒れてたから、しばらくは来ないと思ってましたよ。
いや、もはやブリッツェンさんの名前を見るだけで、期待して吹いてしまうほどになってます。

今回もにぎやかで楽しい話ですね。
何と言うか、ブリッツェンさんの作品は、名もない脇役がすごくいい味を出してるんですよねぇw
ただの逸品の料理だけではなく、付け合せも逸品と言うべきなんでしょうかw
2.80奇声を発する程度の能力削除
とても面白く、良かったです
5.100名前が無い程度の能力削除
イイヨー
モブのおっさんイイヨー!
みんなが楽しそうで何よりです。本当に。
でもさっきゅん、横着はいかんよ。鍋3つは確信犯だろう。
12.90名前が無い程度の能力削除
朝昼晩三食3日間カレーが限界だったなぁ
13.90名前が無い程度の能力削除
にぎやかで終始楽しく読めました。
モブキャラも相変わらず、悪目立ちしない程度に魅力がありますね。
ダブルドラゴンはこれまで登場したモブで1番好きかも。
15.100名前が無い程度の能力削除
ダブルドラゴン姉妹をもっと出すんだ!
16.100名前が無い程度の能力削除
作りすぎて指摘されたら逆ギレとか、咲夜さんが完全にお母さんww
メイドの意図に気づかず本当に耳を塞ぐお嬢様とかの細かいセンスが好きです
17.10名前が無い程度の能力削除
うーん、咲夜が酷くない?あと他の人たちも。
笑うというより紅魔館におけるレミリアの地位の低さというか扱いの悪さに悲しくなった。
不愉快でした。
19.90月宮 あゆ削除
なんだかブリッツェンらしい紅魔館と別の話を混ぜる斬新な方法は少し違和感がありました
けど、居酒屋での話といい紅魔館での食事といい個別の話はとても楽しく読ませていただきました。

続編を期待しています
20.100名前が無い程度の能力削除
うん、やはり貴方の書く幻想郷は、面白いですね。
下手な妖怪よりタフで強い人間と、人間より人間らしい妖怪が住む世界……
ホントに良いです!
24.100白銀狼削除
やっぱり貴方の作品は面白い!いつも楽しみにしてますよ!
モブキャラに味があって読みごたえ満点でした。タイトルも思わず釣られてしまうような良いセンスでw
次回作も楽しみにしてます。
26.80名前が無い程度の能力削除
おっさん好い
27.100名前が無い程度の能力削除
安心のニヤニヤ空間。お見事です。
おっさんと少女の絡みが良い塩梅でした。いいなぁこういうのも。
30.100名前が無い程度の能力削除
いいよこの幻想郷
34.100名前が無い程度の能力削除
ええなぁ
35.100名前が無い程度の能力削除
おっさん’sがいい味だしてるねー
面白かったです。
38.100名前が無い程度の能力削除
作品自体は楽しげな雰囲気が伝わってくる良いお話でした。
ただ作者さんには関係ないんですが、○○さんらしい○○な作品で面白かったですというコメント。作者名を見て決まって同じコメント点数。名前で評価してるみたいです。
40.100名前が無い程度の能力削除
1週間は続きすぎだねw
というか、もつのかな?
41.100名前が無い程度の能力削除
居酒屋の話しいいねー
ウルトラパンチとか、完全に男って感じのネーミングセンスだわww
44.100名前が無い程度の能力削除
ハヤシライス一週間は鬼畜w

こういう雰囲気の作品ってやっぱりいいですね
次も期待してます
47.100名前が無い程度の能力削除
ブリッツェンさんのオリキャラは大好きです

私が思うに、東方に出すオリキャラって東方っぽいキャラじゃなければ問題ないと思うんですよね。

『〇〇の生き別れた兄弟』や『〇〇程度の能力』みたいなキャラさえ出さなければ基本大丈夫だと思ってる。

でも上の例以外のキャラとなるともはやオリというよりモブですねw

これからもナイスなオリキャラ?モブキャラ?を出しつつ頑張ってくださいね。
49.100名前が無い程度の能力削除
もうホント貴方の一般人が出てくる話大好き
50.100名前が無い程度の能力削除
これは良い宴会SS
66.100名前が無い程度の能力削除
お袋と似たような事やりあって、夕飯抜きにされた事あったな~
68.100名前が無い程度の能力削除
ダブルドラゴンを主役に一本書くべき!
75.100八神桜花削除
こういう愛すべきおっさんは大好きですわー。

そして咲夜さんマジおかん。
メイドじゃなくてマジおかん。
76.90久々削除
おっさん方が実にいい味を出していますね。
レミリアが居酒屋に行くというのも意外性がありながらそこに不自然さが無い。お見事です。
それにしてもにとり可愛いなこん畜生。あ、ちなみにカレーは一週間は余裕です。
78.100名前が無い程度の能力削除
咲夜さんのなら私
79.100名前が無い程度の能力削除
>>「吸血鬼だってよ」
>>「へえ、初めて見た。やっぱりあれか? 血を吸われたら、しばらく痒くなったり‥‥」

言われてハッとした。先入観持たないおっさん達すげぇ
80.90名前が無い程度の能力削除
3つ鍋があるんだからそれぞれで味を変えればいいのに……とは思った。
85.100名前が無い程度の能力削除
文章の緩急がとても楽しくて最高でした。なんとなく竹井10日さんを彷彿とするような感じで面白かったです
88.100名前が無い程度の能力削除
おもしろかった
90.100名前が無い程度の能力削除
にとりかわいいよにとり
92.90名前が無い程度の能力削除
おっさん成分はやっぱり幻想郷にも必要ですな。
93.100名前が無い程度の能力削除
にぎやかさが伝わってくるようです
オリキャラも本当の幻想郷の一般人という感じがして親しみが持てます
95.100名前が無い程度の能力削除
おっさんがいいね
あと作りすぎたハヤシrハッシュドビーフ少しいただけませんかね
97.80名前が無い程度の能力削除
妖怪と人間の絡みがすごくいい感じ。読んだあととてもいい気分になれました。
101.100名前が無い程度の能力削除
こんな幻想郷も素晴らしいですね。
112.80名前が無い程度の能力削除
咲夜さん。それ、一人暮らしの大学生レベルの手抜きです。